「福祉を産業に」は、『福祉従事者がやりがいを持って働き続けることができるまちづくり条例の意義・展望』のなかの秀逸な提案のひとつだと思う。
校正は苦手であるが、みなでの対談は、新たな発見、考え方の更新になって、楽しみながら読むことができる。このなかで「福祉を産業に」という点が、何度か、強調されている。
福祉を産業へというと、福祉を儲け仕事にすることと誤解されるが、ここでの産業は、そういう意味ではない。
(1)産業というと、そこで働く人が、そこでの仕事で暮らしが成り立つということである。農業も漁業も、それで暮らせる人がいるから一つの産業となる。
(2)産業というと、そこには売れる価値にあるものをつくり、提供しているということだろう。福祉は、もはや家庭内扶助の延長というレベルではたいおうできないくらいに、高度化、複雑化しているという側面がある。前の時代の家庭内扶助という位置づけを脱却するパラダイムが、産業という視点なのだろう。
(3)産業と言えるためには、さまざまな法制度が担保される。同時に、産業文化のようなものが必要である。たとえば、仕事のノウハウを先輩から後輩へ伝えていくといったことや、あるいは、その人がリタイアしても、すぐに他のものが交代できるといった仕組みである。農業も水産業も工業も、こうやって持続し、前の取り組みを越える改良・発展が行われてきた。翻って、福祉ではどうなのか。家庭内扶助の延長で、こうした近代化が不十分ではないか。
みんなの主張を意訳するとこんな感じになるだろうか。
しかし、この視点は、これまで自治体が持ちえなかったことであるし、無関心であったのではないか。そのため、いつまでも家庭内扶助のくびきから、脱することができなかったのではないか。
福祉従事者を励ます政策の一つが、福祉の事業所を励ますことであるが、単に補助金を配るといった表面的なことではなく、こうした産業としての福祉を構築するといった基本構造を組みあてるのも、自治体の仕事ではないか。
翻って、自治体の産業振興プランに、福祉の記述はあるだろうか。ざっと目たところなので、確定的な結論は保留するが、せいぜい市民事業的な活動の振興程度のようだ。福祉を産業というのには、抵抗があるということなのだろう。
ただ、この観点は、まだまだ未開の分野で、私ももう少し考えたいと思うが、忘れないうちに、ともかく思いついたことを書いておこう。
それに加えて、この対談では、年金経済との関係も書いてある。地方では高齢者が多く、地域経済は、高齢者の年金によるところが大であるが、高齢者の年金が、高齢者を支える福祉事業者の給料として、きちんと回っていけば、働き盛りによる年金の拠出→高齢者の福祉→高齢者の年金による経済活動→働き盛りの収入という循環になり、それが働き盛りと高齢者の対立を軽減することになるという指摘もある。
そういう意味でも、福祉の産業化をきちんと考えるべき時が来たということなのだろう(こんなことを誰かがすでに言っているのだろうか)。