大好き森の人

オランウータンの赤ちゃん大好き、かわいいもの大好き、おいしいもの大好き、おしゃべり大好き、Happyな毎日。

ジャカルタの空港

2012-10-31 21:53:20 | ボルネオツアー

 ジャカルタまで戻りました。

行きの時は、夜中に着いたのですが

帰りは、まだ夕方だったので街は活気にあふれていました。

ドーナツのお店がたくさんありました。

揚げ物が好きなのかな?

何の油で揚げているのかな?

気になります。

交通ルールなんて、あってないようなもので

赤信号でも堂々と渡っている人がいてびっくりです。

今回のツアーでは

ルールに関して、日本との違いにびっくりすることが多かったです。

外国で生活するって大変なことだなと思いました。

ホテルのバスが迎えに来て乗りました。

今回は、ちょっと長くベットで寝られるので嬉しい

れいなちゃん赤ちゃん(ほんとは、私・・・)です。


またね♪ボルネオ♪

2012-10-30 22:14:36 | ボルネオツアー

 バイバイ、ボルネオ♪

楽しかったよ♪

自然のオランウータンとアイコンタクトを取ることはできなかったけど

同じ空の下にいるかと思うだけで幸せでした。

また、必ず来ます。

その時は、お腹をこわすことはないようにします。

絶対・・・。

オランウータンとできるだけ同化したから。

ジャカルタまで飛行機に乗っている時間は、ほぼ2時間。

時差があるから1時間です。

でも、機内食はしっかり出るんだよね。

日本の飛行機も見習ってほしいな。

ドーナツに、春巻きみたいなものでした。

お腹が痛かったから、がまんがまん。。。

油っぽいしね。

でも、何か出るのは楽しいよね。

ジャカルタの街が見えてきました。

ここで、また一泊します。

来た時よりは時間があるから嬉しいです。


まだまだ続くよ♪

2012-10-28 14:00:42 | ボルネオツアー

  村での五日間が過ぎ、

クマイ港からそのまま、パンカランプン空港へ。。。

ここで、夕方まで飛行機を待ちました。

何か食べるとそのままトイレへ・・・の状態は続いていましたが

それ以外は、至って元気でした。

帰りの飛行機でワインが出たら

飲む気は満々です。

彫刻モモちゃんも実は来ていました。

ここで、初登場です。

売店で、ポカリスエットを買いました。

売店のおじさんに、「かわいいね」と褒められて

ごきげんのれいなちゃ赤ちゃんです。

褒められても、他に何も買わないけどね。

お腹、痛いから・・・。

ボルネオの地からは、さよならだけど

旅は続くので

まだまだボルネオツアーの話は続くよ。

よろしくねぇ~。


来た道を帰る

2012-10-28 08:13:25 | ボルネオツアー

 タンジュンハラパン村から帰ります。

 

帰りは、モーターボートで

さぁ~っと帰りました。

それでも、水先案内人は村の男たちです。

男たちは、

ボートのどこにでも乗れちゃうのですよ。

ニッパヤシも見おさめかと思うと不思議な感じがします。

クマイの港に着きました。

クマイも見おさめです。

感慨深いです。

憧れだったボルネオの地。。。

また来るぞと誓いを立てている「れいなちゃん赤ちゃん」でした。

キャンプリーキーのオランウータンたちも

「sampsi jumpa また会いましょう」

「selmat tinggal さようなら」


テリマカシー

2012-10-25 22:30:43 | ボルネオツアー

 お別れの時が来ました。

村に着いた時と同様に大勢の村人が見送りに来てくれました。

インドネシア語で、「ありがとう」を「テリマカシー」と言いますが

村人は、明るく、親切で、

「テリマカシー」の村でした。

ツアーのメンバーともよく話していたのは、

村の人たちに感謝の気持ちを伝えたいのですが

「テリマカシー」しかわからず、

「テリマカシー」の最上級はないものかということでした。

お風呂もトイレも

日本ほど恵まれているところはないと思います。

だから、長期間の滞在はなかなか大変だと思うけれど

お金と時間が許せば、毎年行きたいです。

帰りは、来た時とは違い

モーターボートで短時間で帰ることになっていました。

「sampsi jumpa また会いましょう」

「selmat tinggal さようなら」

オランウータンも川の向こうで、

私たちを見送ってくれていました。

私は、残念ながらオランウータンの顔を見ることはできなかったのですが

一時間以上もそこを動かずいてくれたのは、

私たちのためにいてくれていたのだと信じています。


お世話になりました♪

2012-10-24 22:11:18 | ボルネオツアー

 ホームステイ先の奥さんと娘さんです。

奥さんのソフィアンさんは、とても料理上手でした。

三歳のインディちゃんは、とてもかわいかったです。

私がいつも、オランウータンのぬいぐるみ「れいなちゃん赤ちゃん」を持っていたので

インディちゃんも自分の持っている人形やぬいぐるみを見せてくれて

一緒に遊びました。

みんな、ホームステイ先の家族とはそれぞれの過ごし方があったと思います。

私は、ほとんどの時間、インディちゃんと“こちょこちょ”をして過ごしました。

インディちゃんは、どのくらい言葉を覚えているのかわかりませんでしたが、

私は、比べるまでもなく三歳の子よりインドネシア語を知らないわけです。

それで、思いついたのが、くすぐりっこでした。

けっこう長い時間遊ぶことができました。

だんなさんは、とてもシャイな人であまり話はできませんでした。

仕事から帰ってくるのも遅かったですし・・・。

でも、夜、バナさんのロッジに行く時やホタルを見に行く時には

歩いて5分もすれば着いてしまう距離なのに、集合場所まで送ってくれました。

村の人たちは、本当に気遣いのできる人たちだと思いました。

それから、今回の旅の一番の役立ち品は、

『旅の指さし会話帳 インドネシア』(情報センター出版局)です。

本に書いてある言葉を指さすだけで、会話をすることができました。

本当に助かりました。

最後の日は、朝食も昼食もホームステイの家で食べることになっていました。

私は、食欲がなく、用意してくれた食事をほとんど食べることができませんでした。

申し訳なかったので、

本を開き

「Keracunan 食あたり」「sakit perut お腹が痛い」 「tidak ada nafsu makan 食欲がない」

の言葉を指で押さえました。

昼に、バナナだけもらい家を出ました。

すると、イッシーさんが慌てて私を呼びに来ました。

 

オランウータンが来ているというのです。

木の陰から見える茶色の姿が、オランウータンです。

オランウータンが、私たちが帰るのを知っていたかのように現れてくれたのです。


最後の朝

2012-10-22 21:47:13 | ボルネオツアー

 

 村での最後の朝を迎えました。

具合は、まだまだ悪かったのですが、頑張って5時に起きました。

「ウータン」の会のスタッフで、ツアーのガイド兼通訳だったイッシーさんに

対岸の森に、早朝だったらオランウータンが来る可能性が高いと教えてもらったからです。

イッシーさんは、川のそばのバナさんのロッジに泊まっていました。

朝目が覚めると、朝ごはんの時間まで

森を眺めながらゆったりするのが定番のようです。

実際、オランウータンを見たとのことでした。

私以外にも、何人か来ていました。

1時間くらい待ってみましたが、オランウータンは現れませんでした。

でも、数時間後、不思議なことが起こったのです。

その話は、また。。。


お腹をこわす(涙)

2012-10-22 00:00:00 | ボルネオツアー

  村最後の夜です。

「さよならパーティー」が始まりました。

なのに私は、急に調子が悪くなり

ロッジのベットを借りました。

水には気をつけたつもりだったのになぁ~とがっかりしました。

お腹は壊す場合が多いと慰めてもらいました。

壁の向こうから楽しそうな太鼓の音が聞こえました。

伝統の踊りも踊られたようです。

ごちそうもたくさん用意されました。

「カルチャーボックス」と言って

インドネシアと日本それぞれ独特(と、想像されるもの)の品物を持ち寄り

それが何なのか当てるクイズ大会も行いました。

私が用意したものは、「だるまおとし」でした。

次の日、メンバーから

「すごく受けていたよ♪」と教えてもらいました。

あまり寝たような気がしませんでしたが

気がつくと静かになっていたのでだいぶ寝ていたことがわかりました。


テングザルに見送られて

2012-10-21 17:03:29 | ボルネオツアー

  子どもたちとの環境学習会を終えて

村にもどります。

子どもたちは、モーターボートで帰って行きました。

私たちは、リバークルーズの目的もあるので

ゆっくり移動するのだとだんだんわかってきました。

今回の旅で、

「テングザル」には何回も出会いました。

あんまり見ることができたものだから

どんどん贅沢になって

テングザルを見てもあまり興奮しない私たちでした。

昨日、BS朝日の番組を見ていたら

「ブタオザル」と「カニクイザル」と「テングザル」が

ボルネオの森で棲み分かれて存在すると言っていました。

あの大きなお腹にも理由がありました。

改めて何回も見ることができた自分たちの幸運をありがたいと思いたいです。

夕闇せまるボルネオの森を舟は進みました。

村に着くと

「さよならパーティー」の準備が始まっていました。

そうです。

時間があると思っていた村での活動ですが

最後の夜になっていました。

7時くらいから

村人とのお別れの会があるとのことでした。

パーティーのごちそうとは別に

お疲れ様のおやつが置いてありました。

本当に、客を大事にしてくれる村だなあと思います。


すっかり仲良し♪

2012-10-20 19:00:00 | ボルネオツアー

 「環境教育」で私とペアを組んでくれたテディくんです。

最初は、大学生のお兄ちゃんたちとペアだった友達をうらやましそうに

していました。 

だって、私はお兄ちゃんたちみたいに

一緒に跳んだり跳ねたりできないものね。

でも、一緒に過ごしているうちに

打ち解けることができました。

コミュニケーションって大事ですよねぇ。

インドネシア語も英語も苦手な私と通じる言葉は?って考えたのでしょう。

おかげで、

「GO!!」とテディくんに言われて

何度か老体?に鞭打って走るはめになりました。

私の年甲斐もない頑張りに

彼なりに感謝?の気持ちを表してくれたのでしょう。

最後に、

荷物を持ってくれました。 

って、一番軽い「れいなちゃん赤ちゃん」だったのですけどね。 

もしかしたら、オランウータンのぬいぐるみを持ってみたかった?

帰り道ずっと持って歩いてくれました。

楽しそうでしたねぇ♪

れいなちゃん赤ちゃんも。。。

満面の笑みですね♪


植物の学習

2012-10-18 22:54:09 | ボルネオツアー

 村の子どもたちは、2年前から環境教育を受けているだけあって

植物の名前や何に効くのかよくわかっていました。

私とペアのテディ君が、歩きながらいろいろ教えてくれたのですが

インドネシア語の発音も難しく覚えることはできませんでした。

それぞれの植物には、札がついてあり

よく整備されていました。

学習環境としてもしっかり整えているのですね。

私たち対象にも、先生がここに植えてある植物について教えてくれました。

男の子たちは、自分たちの知っていることを説明したいようで

男子とペアだった者は、別グループでいろいろ聞かされました。(笑)

りっぱなウツボカズラがありました。

私は、食虫植物に興味があるのですが

こんなに大きいものは初めて見ました。

最後に、友達のトミーさんから託された手作りバッチを子どもたちに配りました。

れいなちゃん赤ちゃんも帽子に付けている針金細工のバッチです。

ボルネオの子どもたちに、お土産として持っていきたいと相談したら

20個ほど作って持たせてくれました。

子どもたちは、とても喜んでくれました。

一番喜んでいたのは、異常にテンションの高かった子どもたちの先生でした。

一つだけタコのバッチがあったのですが(ほとんどが魚のバッチ)、

「自分にオクトパスを付けてくれ」と真っ先に言っていました。

トミーさん、本当にありがとう。


ネイチャーゲーム

2012-10-16 00:00:00 | ボルネオツアー

 植林をした後は、子どもたちとネイチャーゲームをしました。

ネイチャーゲームは、いろいろなゲームを自然の中で行い

体全体で自然を感じ、自分と自然の共存の大切さを実感させる

そのことを目的としたゲームだそうです。

名前当てゲームをしたり、音当てゲームをしたりしました。

自然の中で、「聞く」ことや「見る」ことにを集中すると感覚がとぎすまされるそうです。

そして、今まで気が付かなかった自然の美しさ、多様さに気付くことができるのだそうです。

月に一度でも、継続は力なりです。

この子たちが大人になり、村のために働いてくれることを期待したいと思いました。

村の未来は明るいと思います。

れいなちゃん赤ちゃんに一番興味を持ってくれた

子どもたちの中で一番小柄だった女の子と写真を撮りました。 


森で環境教育

2012-10-15 21:20:28 | ボルネオツアー

 森での活動は、天気に左右されます。

雨でなければ、子どもたちと一緒に森で活動するという計画でした。

もちろん、森へは舟で行きます。

村は村、活動場所は活動場所ということなのですね。

タンジュンハラパン村では、FNPFが学校の先生と協力して

一か月に一度、村の子どもたちに環境教育を行っています。

子どもたちは、薬や苗木になる植物の勉強をしたり

ネイチャーゲームをしたり、森の中でクッキングをしたりしているそうです。

おそろいのグリーンのTシャツを着ていました。

子どもたちと一人ずつペアになって森を歩きました。

私はテディくんとペアでした。

一緒に植林をしました。

ネイチャーゲームをした時以外、一緒に過ごしました。


ロッジでお昼

2012-10-14 15:06:32 | ボルネオツアー

  お昼頃、高学年の授業も終わったのか

小学生が学校から帰ってきます。

私たちは、昼ごはんを食べるために

バナさんのロッジに行きました。

朝晩は、ホームステイ先で食べましたが

昼ごはんはほとんどバナさんの手料理でした。

水は、ペットボトルのものを飲みます。

とても貴重です。

お昼の時にやりくりをして

持ち歩くための水を確保しました。

バナさんとこでの食事には、必ずペットボトルの水が用意されていたので

助かりました。

かき揚げ(bakwan)と空芯菜炒め(carkangkung)とビーフン(bihun)とごはん(nasi)です。

魚の料理もありましたが、私は苦手なので食べませんでした。

日本でもよく食べるものばかりで、とてもおいしいかったです。

でも、ごはんだけは日本のやわらかく炊いたものが恋しくなりました。

午後は、子どもたちと一緒に環境についての学習会でした。


jalan jalan (ジャラン ジャラン)

2012-10-14 11:19:44 | ボルネオツアー

 小学校の見学の後は、自由時間でした。

私は、友達のキョーコさんと今回のツアーで仲良しになったエミさんの三人で

村を歩くことにしました。

歩くことをジャランといいます。

ジャランジャランは、散歩です。

ホームステイ先の奥さん、ソフィアンさんにも「ちょっと出かけませんか?」という意味だと思うのですが

「ジャランジャラン」と言われました。

多くの村人は、朝、食事が済むと洗濯をしておしゃべりして一日を過ごしています。

時間がゆったり流れていきます。

川は、洗濯、水浴び(マンディ)など

生活になくてはならないものです。

大きな川には、ワニがいるそうですが

この川にはいないようです。

村には、電気も水道もありませんが(発電機と太陽電池を利用したものはあります)

村人は、携帯電話を持っていました。

電話線を引くのは大変ですが、携帯電話はアンテナを一本立てればすむからだと思いました。

ウシやニワトリなどの家畜が放し飼いされていました。

庭先では、野菜や花、たくさんの植物を育てていました。

お店も2、3軒ありました。

コーラやスプライトなどの缶ジュースやお菓子が売られていました。

昔、日本でも売られていた何で色をつけているかわからないような色のジュースも

ありました。

子どもたちは、そのジュースを片手に遊んでいました。

村人は、お店によく集まって話をしています。

果物や肉、魚などはバイクで行商の人が売りに来ていました。

ソフィアンさんも、食材を買っていました。

この緑の屋根の建物は、診療所だそうです。

お医者さんには、会いませんでした。

出かけていたか、いても私が気付かなかったのか

どちらなのかわかりませんけれど・・・。