「う……ん」
(お兄ちゃん?)
小頭はかすむ視界の中で、兄の姿を見た……まるで恐ろしい存在の様な……怒気を放った足軽。そんなのは初めてで……それは……
「はっ!!」
野々野小頭は目を開けた。大きく鼓動が波を打ってる。まるでさっきまで全速力で走ってたみたいな……そんな鼓動の速さだ。それに息も……「はっはっひふっひっひ」となんかおかしい。
さらには小頭の目にはいつもの天井が見えてるのに、その天井に重なる様にある物がみえてた。それは大きな黒い男。それが小頭の上に覆いかぶさってくるような……そんな光景がみえてる。
そのせいで、次第に息が上手くできなくなっていく……
「小頭、俺を見ろ」
そんな優しい声。そして小頭の額にとん……と置かれた手。その手が不思議と小頭の中から悪夢というか不安というか? それを吸っているかのようだった。それになんか冷たいし……
(気持ちいい)
――と感じる。
「どうだ? 落ち着いたか?」
なんか全てをわかってるような……そんな感じの野々野足軽の言葉に小頭はイラっとした。理不尽なのはわかってる。きっと何があったか野々野足軽はわかってて、だからこそ優しくしてる。まるで昔のように……けどそれが……
「うっさい、ばか」
小頭は寝返りを打って足軽に背中を向けた。なんとなく名残惜しく感じた額……けどそれを振り払うように毛布を頭までかぶる。
「そうだよな……俺が家にいればあんなことには……ごめん」
後ろの方でそんな後悔をにじませるような声が聞こえる。たしかに男性である野々野足軽がいれば、どうにかなったかもしれない。そもそも足軽がいたら、犯人が入ってくることもなかったかもしれない。
「怖かったよな……」
ギュッと小頭は体を縮こませた。今も目を閉じるとあの光景が見える。足軽の手を感じてた時は思い出さなかったそれが、目を閉じるとよみがえる。
「……ん」
ごそごそと毛布の中でやってた小頭。そして毛布の中から手をニュッとだした。それを見て足軽は何も言わずにその手を取ってくれた。
(なんで今更……中学に入ってからは私の事放っておいてたくせに……)
小頭はそんな事を思ってた。何か言ったら付き合ってくれるが、昔のように四六時中一緒にいる……ということはない。小頭はわかってる。そもそもがそれは足軽も、そして小頭も成長したからだ。兄と……そして妹といつまでもべったりなんてしてられない。
成長と共に、自然とそうなっていくものだ。けどそのズレ……成長のズレ。先に大人になっていく兄から先に妹離れしていくから、小頭は先に突き放されたって思ってる。
だからこそ、今更……なんだ。優しくするなら、いつもしてなさいよ……それが小頭の要求だった。そこには今日のあの犯人の姿は一ミリも関係なかった。