ふくろう親父の昔語り

地域の歴史とか、その時々の感想などを、書き続けてみたいと思います。
高知県の東のほうの物語です。

小島鉄橋

2009-10-24 15:18:01 | 森林鉄道物語
 現在残る森林鉄道の遺産の中でも、もっとも長大な部類の鉄橋かと思います。
幅1.9M・長さ143Mとの記録があります。

 昭和7年に建設されたのです。
 赤く塗られた橋は周囲の緑に映えて、美しいです。

 いつの頃か、随分と前のことですが、この橋を自分が車の運転をして渡ったときの緊張感を思い出します。幅が1.9Mしかありませんから、車の両側にそれほど余裕はないのです。無事渡ったときの安心感たるや、肩の力が抜けたのです。

 この橋は、今でも川向こうの方々にとっては、生活道でしょうし、北川温泉から見る絶景ポイントなのです。

 

最新の画像もっと見る

6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
お世話様。 (ふくろう親父。)
2009-10-25 22:26:37
ピーアはそれなりかな。

小島鉄橋の周辺にも上流二又に橋がありますが、これはコンクリート橋ですね。ただこの橋コンクリートで出来ておりますが、一切鉄筋は入っておりません。珍しい橋です。さらにそこから1Kmほど下流に鉄橋がありますね。

 平鍋のダム湖の上にかかっている橋です。
 黒猫さんも、ありがとう。
返信する
Unknown (miyata)
2009-10-25 18:40:27
黒猫ラビッシュさん、こんばんは。
そうですか。とても腑に落ちました。きっとそうでしょう。
日常語からかけ離れた名称だったので、普通に場所を指しながら不思議な気持ちがずっとしていました。どうもありがとうございます。50年目に謎が解けました。
返信する
Unknown (miyata)
2009-10-25 18:37:50
こんばんは。
ふくろう親父さん、あそこで溺れて下まで流されたなんて危ない目に遭いましたね。陸橋から飛び込んだ頃は泳げていたので大丈夫でしたが、実は私も奈半利川で溺れてから泳ぎを覚えたんです。兄に連れて行ってもらっていて浮き輪から転げて川底に沈みました。といっても浅かったんでしょうけど。魚を突きに来ていた人に助けてもらいました。
ピーヤはどうも黒猫ラビッシュさんの説が当たりのようですね。
返信する
Unknown (黒猫ラビッシュ)
2009-10-25 09:35:23
ピーヤとは橋脚そのものじゃなかったでしょうか?たしか英語でPierでは
誰かたとえば工事関係者の人が言っていたのがみんなに伝わったんでしょうかね~
かなり前の記憶なんですが小島にかかる鉄橋の近くにもう一本か二本の橋があったような気がします(記憶違いならごめんなさい)
北川温泉は懐かしいです~廃校になった学校跡地に出来たんでしたっけ?電源開発に勤めてた叔父が出張で来た時に一緒に行ったことがあります。
今度帰省したら家族で行ってみたいですね~
返信する
残念ですね。 (ふくろう親父。)
2009-10-24 21:04:06
 まことに残念ですが、奈半利の樋之口から田野町立岡にいたる鉄橋はすでにありません。

 この場所は、奈半利から車で30分程度上流にさかのぼったところにあります。

 ピーヤという言葉については、確かに記憶がありますね。
 意味については定かではありませんので、確認をしましょう。
 ピーヤという一つの言葉で、昔あそこでおぼれかけた記憶がよみがえってきました。
 あそこには沈床までありましたからね。
 あそこの場所から、川の流れに身を任せて、今の国道まで流れてきた記憶まで・・・。

 ありがとうございます。
 ピーヤは先輩諸氏に聞いてみましょう。
返信する
Unknown (miyata)
2009-10-24 19:33:15
こんばんは。
質問です。この鉄橋は奈半利川に架かっている鉄橋だと思いますが、この橋脚の下の部分を「ピーヤ」と呼んでいた記憶があります。このピーヤってその時分からどうしてそんな名前がついているのか不思議に思っていました。
そこで、
1,あの当時、私を含む奈半利の学童年齢層一般がそういう名称を使っていたのでしょうか。
2.ピーヤってどういう意味なのでしょうか。
博識のふくろう親父さんならわかるかと思いお尋ねします。

※この鉄橋から下に飛び込んだこわ~い思い出があります。
返信する