ふくろう親父の昔語り

地域の歴史とか、その時々の感想などを、書き続けてみたいと思います。
高知県の東のほうの物語です。

今年初めて。

2010-04-29 21:00:49 | 日記
 今年初めてのメダカの稚魚を確認しました。

 普段だとまず,いるはずのない、親メダカの水槽に,水草に隠れていました。
 運がいいことです。

 本来なら食べられているところだけに、良かったです。

 いつもながら、稚魚の小さいこと。本当に楊枝の先程度なのです。

 まだ一匹だけですが、稚魚専用の水槽に入れました。
 これから、どんどんと増えてもらいたいところです。
 今年の目標は100匹を掲げて頑張りたいところです。

 おじさんが、熱心にメダカの産卵に、そして孵化に神経を使う時期が来たのです。

 いい季節です。

わからん経済。

2010-04-29 11:36:09 | 手前かってな推論。
 ギリシャの経済状態が良くないことについては、随分と以前から報道されていますが、また円高に走る可能性について、情報が流れている。

 きっかけはアメリカの格付け会社がギリシャとポルトガルの格付けを下げたのです。これによって市場での資金調達がより難しくなり、財政再建を困難にしてしまったのです。
 さらにユーロ安に向かうこととなり、そのまま円高に、結果として電機や精密機械など日本の得意分野、製造業の株価に影響が出始めています。日本が良くなっているわけでもないのに、評価が上がる。相対的な問題ですからね。

 任天堂やキャノン、ソニー等、軒並みダウンの憂き目に会っているのです。
 こんな事態になっても、日本は何もしないのです。政府は動けないのです。困ったものです。

 ちなみにギリシャの負債残高は38兆円。日本の負債残高は約970兆円。経済規模が違うとはいえ、なんで円高なのかが、よくわからんね。

 豊かな国、日本。
 そうなのか?
 子供達にお金を配ってもいいのですが、経済対策をキチンとやるべきです。
 さらに1兆円規模の追加予算を検討しているようですが、7月の選挙対策などという理由だったら、あきれてしまう。困ったねえ。

 企業が喘いでいます。
 世界で一流を誇ってきていた、日本の製造業が疲弊しています。
 トヨタに入ろうとする学生が減ってきたのですから、これも分からんねえ。

 田舎はあいも変わらず、変化無し。
 不平不満はあるにしても、難しいねえ。選挙があるのに、波立たず。
 水深がなくなれば、波も起きないようです。

ちょっといい話。1

2010-04-29 11:22:50 | ちょっといい話。
 新しくカテゴリー(ちょっといい話。)を追加する事にしました。

 本を読んでいて、ちょっといい話。だと思っていたからです。
ホンの先に、電話で長年の友人から、奥様の訃報を聞いたことから、思い出しました。

 今日の話の主人公は白州正子さん。20世紀の最後ごろの話です。

 日本でも有名な医学者が彼女に誘われて、酒を飲みに行ったのです。
 「一緒に、お酒を飲みましょう。」と、突然誘われたのだそうです。

 骨董が大好きだった彼女が、全財産をはたいて買ったという朝鮮の木挽き徳利でお酒を楽しんだそう。
 「話」としては、ここからです。お酒を飲んでから3日ほど経った午後、彼女は自分で救急車を呼び、それが来るまでの間、うまいものを食べて、それから入院。まもなく昏睡状態に陥り、1週間ほどでなくなられたのです。葬式無し、戒名無しであったそうな。

 お酒を共に楽しんだ医学者は思ったそうです。彼女の「死の作法」だったのでしょう。
 お別れの儀式をキチンとやって、逝ってしまったのです。

 誰でも死なない人はいないわけで、生き方もあるけれども、死に方もあるな。そう思ったひと時でした。

 白州正子88歳没。
 私の中では、いい話です。
 友人の奥様に合掌。
 長い病でした。明るい人でした。あとは記憶の中です。

いやらしい。

2010-04-29 01:16:53 | 好きなもの
 絵画に描かれた裸婦はいやらしいのか。

 先日絵葉書を送った方から一発返事です。いやらしい。

 送る相手を間違えたらしい。しかしモジリアーニだぜ。
 裸婦とはいえ、それほど・・。

 ま、仕方ないことです。
 言い訳するほど、ばかばかしくもあり、ほっておく事にした。

 美とは?。なんだ?
 美とは、大脳の幻想か?錯覚か?単に思い込み?なのか。
 何で人間は美しいものに憧れを持つんだろう。
 しかし、皆同じものを美しいと感じているわけでもなさそうだしなあ。
 好き嫌いはあるなあ。
 美しいと思っても、好きになれないものも在るし・・。

 ゴーギャンがタヒチで描いた裸婦もいやらしい部類なんだろうかなあ。
 エゴン・シーレが求めてやまなかった「家族」あの作品もヌードではある。



 こんな話は、疲れるだけだから、もう寝よう。

なはりE 地点

2010-04-27 21:40:25 | 手前かってな推論。
 高知県の東部地域の財産かと思います。多気・坂本神社です。

 高知県だけなのか、よくわかりませんが8世紀以前の情報があまりないのです。
 古代のことで記録が少ないのは、仕方ないことなのでしょう.
 土佐の国司や郡司が国に対し報告書を提出しているのでしょうが、都は戦いの連続で、焼失したりもしたのでしょう。
 それだけに、残された少ない情報を精査する以外、することがないのですが、推論することが多いだけに、楽しい作業です。


 写真は多気・坂本神社の入り口にある神輿橋です。
御祭神は、多気神社が武内宿禰で、坂本神社が葛城襲津彦命です。
 境内社として壱岐神社(壱岐直根子命)、多賀社があります。
 
 多気神社・坂本神社は共に延喜式内社です。両社は宝永(1704~10)の頃に合祀されたと伝えられています。
 延喜式内社とは、醍醐天皇の御代にまとめられた、延喜式神名帳に登載される古社の事です。
 御祭神の武内宿禰は第八代孝元天皇の孫で、多くの天皇に仕えた長寿の方とされています。葛城襲津彦命は、武内宿袮の子神です。 この二祭神は蘇我氏の祖で、その一族が地域の守護神として祀ったものといわれているのです。

 


 さて、この神社がいつ頃この場所に造られたのか、資料等について読んだことがありません。研究不足ですがね。政治と宗教はいつの時代も合一してきたように考えています。

 もともと日本は神道の国だったはずです。その日本に6世紀の末から7世紀の初頭に中国から朝鮮経由で仏教が入って来たことについては、昔、学校で習ったと記憶しています。
 日本史上、最初の文明開化なのです。

 さらに、無理なこじ付けかもしれませんが、こんなことを考えました。

 長谷川が流れ出してきたあたりに人が住み始めるのです。海岸が近く、貝や小魚を採取できる場所。さらに野根山山系の麓ですから山での狩猟にも便利なところです。小枝等の燃料の調達が楽で、小屋の建設に必要であろう木材にしても豊富にある場所なのです。そしてこの付近で、稲作が始まったのです。奈半利川から取水して稲作をやるには、治水事業に無理があるからですし、暴れ川が落ち着くのはずっと最近になってからなのです。四手井山南側で弥生石器が出土していることも、納得の出来るところです。

 稲作が始まり、食料品の確保と燃料としての木材の調達と、水の確保が楽で、さらに日当たりがいい場所ですからね。そうした理由で人口が急増していったのではないか。

 そこから上流、清浄な場所を選んで、多気神社・坂本神社を造ったのです。背後の山々を霊的な場所として選ばれたところなのです。さらに、神への信仰の場の建設は人口の増大を生みます。周辺地域の信仰を集め人口の集中が起こりはじめるのです。
 大和の中央王権では、645年の「大化の改新」によって、すでに蘇我宗家は滅亡しているのですが、土佐の東部地域の僻地においては蘇我氏の一族が社を構える事が出来たのです。 そして、6世紀から7世紀にかけて、仏教が日本に入ってくると、8世紀も半ば頃、奈良の時代にコゴロク廃寺が建立されるのです。

 建立した場所は奈半利で最初に人間が住み始めた四手井山の南麓と多気神社・坂本神社の中間辺たりということなのです。
 もっと海岸に近い場所を「最初に住んだ場所」に設定したかったのですが、水がないのです。
 多分、水のない場所に人は住まないだろうと思うのです。
 
 コゴロク廃寺が建立されたであろう時期は、すでに野根山官道が出来ていたのですから、官道沿いには、田畑が広がっていたことでしょう。神社はすでにあり、さらに寺を建立するのです。それ相当の人数が生活していたことになります。食料品の調達が大問題であったはずなのです。

 この頃には、すでに今の野根山街道沿いには家が建ち、市が開かれていたのではないでしょうか。
 奈半利の最初の一ページは野根山山系の麓の場所から始まって、多気神社・坂本神社が出来ることで人口の増大が始まり、野根山街道が出来て人の往来が始まるのです。さらにコゴロク廃寺が出来ることで高知県東部地域の中心地となっていったのです。

 多気・坂本神社。高知県東部地域のパワースポットなのです。
 なにしろ1200年を越える程の長い期間、多くの信心を受けてきた場所なのですから。
 資料や記録がなくとも、奈半利には、間違いなく人が住み、営々と生活を営んできたことは事実なのです。そして神社が今ここにある、この事実は、大切にしなければなりません。

 奈半利E 地点としました。 

300日。

2010-04-26 22:01:44 | 日記
いつの間にか、300日がたちました。

このブログを書き始めて300日がたちました。まだ1年経ってないのですね。

ちょっとしたことがあって、あるHPから出なくてはいけなくなったものですから、この場所に流れ着いたのですが、ありがたいことになんとか続けていられます。

時にコメントをいただき、感謝です。
デジタルの時期ですから、数字が出てきます。

300日で62,000アクセスを越えてしまいました。
何となく、書いているのですが、本当に多くの方々に覗いていただきました。
ありがとうございました。

感謝ですが、これからも書きたいことを書きたい様に、書いてまいりますので、よろしくお願いいたします。

今日は、北川村で先日開催されました、マラソン大会の話を聞いておりました。
個人別反省会でした。
地域活動は色々ですが、悩んだらやることです。

今日の教訓です。
なせばなる。なさねばならぬ、なにごとも・・・・・・・・。

私も、どれだけ続けてこのブログも書けるのか分かりませんが、いいのです。自然体で出来るだけを意識して書いてまいりましょう。

よろしくお願いします。

自由な時間。

2010-04-25 22:02:55 | 日記
 時間には色々と過し方があります。
 緊張感があって、後から考えても、いい時間を過せていたときもありますが、なんとはなく時間が勝手に過ぎているといった日があります。

 今日は、いつの間にか時間が勝手に過ぎていて、楽しかったのです。
 多気坂本神社とモネの公園に行ってきました。

 神社のヒンヤリとして、少し薄暗い場の雰囲気が心地よかったですね。
 誰もいない空間は、凛として、いい感じだったですね。
 何日かあと、書きたいと思います。

 今日はモネの庭です。



 大型のバスが何台か止まっていて、観光客は日曜日を楽しんでいました。



 思ったより、花が少なくカラフルではなかったですね。寒波の影響でしょう。
 これからきれいになるぞって、少ない花が言っておりました。


 これは今が盛りと咲き誇っておりました。たまにはこんな時間も必要です。
 多気坂本神社のお旅所の桜です。

 今度は7月下旬に海で泳ごうと思います。いい時間です。

なはりD 地点。

2010-04-24 23:45:21 | Vision East
 奈半利町は長年にわたって「ふるさと海岸モデル事業」を実施してきました。

 緩傾斜堤や離岸提を設置し、養浜事業を実施してきたのです。砂浜の侵食に起因する害から町を守るために事業を継続してきたのです。

 離岸提では、いままでに何千個というテトラポットを海中に投下してきました。古いものはもう35歳程度の年齢になっているのですが、おかしな事にというか、この離岸提にサンゴが着床し始めたのです。
 必然なのか、偶然なのか、わからないのですが、研究者によると70種以上もの亜熱帯区のサンゴ群生が見られるというのです。



 海岸から遠望してもわかりませんが、グラスボートから覗くか、泳ぎながら見ると「なるほどあるね。」
 面白いほどいろんなサンゴがあります。
 観光資源化することに異論はないのですが、できれば100年ほどは人間を排除して、研究者だけの特別エリアにデモしたほうがいいのではないかと思っています。

 今回観光事業が推進されるようです。
 高知県の東部地域の財産となりうるか、また将来について考える時期が来ているのでしょう。
 「ひいきの引き倒し。」という言葉があります。
 「価値あるものを、将来にも渡って育てて行く」ぐらいの精神的、時間的な余裕が欲しいものです。真に観光資源として成長しているのか理解を超えているのですがね。

 遊びと観光は違う。そう思います。資源の保護の為に遊びにルールが必要です。
 観光産業化には、お金が落ちないといけないのですが、資源をつつき壊しては禍根を残すことになるのですから。

 奈半利の海岸。緩傾斜堤とサンゴの群生があります。ここをなはりD地点とします。
 気の向くままの順番です。

 つぎは高知県東部地域を代表するパワースポットです。
 

気。

2010-04-24 13:23:49 | 手前かってな推論。
目に見えないエネルギー。

気の迷いとか、気力とか日常よく使われる言葉でもあります。

 今日、画集を見ていて思ったのです。気の表現。気を描こうとしたのじゃあないのかな。
そんな作品が多いように思うのです。

 気力充実した画家が、キャンバスに向かい、作品を仕上げている姿が、何となく想像されて、妙に納得しているのです。

 いい物を描きたいといったことではなく、描きたいものを書いた。自分の表現方法を勝ち得た作家が、勝手な評価を得て時代を超越して、残されているのではないかなあ。

 気を描く。気!!。
 私は、最近どうもいかんねえ。
 根気がないし、意欲に欠けているのが良くわかる。

我、未だ未熟也。
 そういえば、上品さを感じさせてくれる作品もある。作品に品性を与える作家は凄いね。
 色々自伝的なものを見ても、いい作品を作った画家がみんな上品な紳士や淑女であったりもしないようだし、なかなか面白いものです。

 作品を前に、この作品を描いているとき、画家は何を考えていたんだろうかとか、・・。
 単に一心不乱では描けないだろうし、ある程度の計算もないとねえ。

 らちもないことです。
 ぱっと見ての、印象だけで思い悩んでおります。なんで??。

 不惑の年は、かなり前に過ぎたんだけどなあ。困ったことです。情けないことです。

遠い記憶。

2010-04-23 14:19:31 | 日記
奈半利の海岸です。
養浜事業なのでしょうか。
以前と比べて浜が広くなったような気がしております。
奈半利川にダムが3つも作られたことから、砂利とか砂とかが、海に流れ込んでこなくなったのです。流れてくるのはヘドロ的な微細で軽いものですね。

私達の子供のときって、浜がもっと広かったと思うのです。
よく浜で遊んだものです。楽しかった記憶しかない場所です。
それが、いつの頃からか堤防の付近まで波打ち際が接近し始めたのです。

最近、本当に珍しく行って見たのです。
離岸堤の内側に、いわゆる浜が出来ているのです。

なんかうれしかったなあ。
田舎も少しづつ、変わっています。

浜は、波打ち際は命を育む、凄くいい場所なのです。