昨日の安土山弾丸訪問に想いを馳せながら、昼下がり、鴨セイロを戴きました。
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1582年6月2日、城の主が京都本能寺で謀反による自刃。大混乱の同6月15日安土山での我が国初の天主閣(後に天守閣と呼ばれる築城様式となる)が大火で一夜大崩落。その天主閣は築城から僅か3年でこの世から姿を消すことになる。
見取図、設計図など真贋叶う物が現存せずその復元は想像の域を出ることは無い。が、宣教師ルイス-フロイスが本国に送った報告書、この城に入った諸国武将の克明な日記などからおおよそな内観、外観が礎石から分かって来ているようで、いつの日か、どこかの国、何処からかの蔵から天主閣資料がひょっこり出てくるのをワタシは楽しみにしているのだ。
しゃて、その大火で全てが焼け落ちたわけでは無いのだ。その後、江戸時代に火事で主一族菩提寺が焼失。唯一天主築城1579年からその場にあり続ける建造物が2つある。菩提寺境内にあった三重の塔と入口の仁王門(二王門)だ。
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凄まじい迫力の金剛力士像がそこに居ます。
吽形像。
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真一文字に閉じた口は何を語るよりその意思を見るものに伝えます。
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横顔。
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阿形像。
今にもこちらに向かって来る錯覚に陥る動き、眼力。
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何かを遮る、立ち切る気迫が現在も持続しています。
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この眼力に全てを見透かされている気がします。
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恐らく、落成の時、この山頂に居を構えていた主も必ず見ているであろうこの金剛力士像。唯一、主と目を合わせたであろう現存する唯一の生き証人。是非、見るべし。
下山時、巨石群が現れる。権現として崇められていた場所だはず。山裾までうっすらと道の痕跡が確認出来る。
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残念ながら訪れたのは月曜日、幾つもある博物館はことごとく休み。学術的に知る事は次回の機会に。
では。
あ、今日戴いた鴨セイロ、かなりウマイです。
Paikaji