© 東洋経済オンライン 木材を多用した温かみのある内装の糸井事務所のオフィス。低いパーティションも、スタッフ間のコミュニケーションのしやすさに配慮されている(撮影:今井康一)
世界20言語・地域で発売され、日本でも話題作となっている『ワーク・ルールズ!』。グーグル社の人事トップ(上級副社長)であるラズロ・ボック氏が同社の人事労務制度や採用基準、働き方に関する文化、メンタリティに至るまで余すところなく著し、今年のベストセラーになっています。
同書の刊行をきっかけに、ユニークな会社の「ルール」や「働き方」を持っている日本企業に突撃して、お話を伺うことにしました。第2回目は、東京糸井重里事務所。お話を伺ったのはCFOの篠田真貴子さん、人事を担当している趙啓子さん、コンテンツを担当している永田泰大さん、商品開発の松本絢子さん。「ほぼ日刊イトイ新聞」(「ほぼ日」)のコンテンツや商品はどのように生まれているのか。制度や組織の側面から語ってもらいました。
――「東京糸井重里事務所」独特のワーク・ルールズみたいなものは、あるのでしょうか。
松本:いろんなことがとがめられないことでしょうか。極端なところでは、昼寝とかも。ルールという決まったものはありませんが、事実上そうなっているってことはたくさんあります。
篠田:たとえば、勤務時間内に映画を見たり、展覧会に行ったり、街をブラブラしても構わない、と考えています。制度としては裁量労働制ですが、その根本の考え方として公私混同を推奨していますね。コソコソ行く必要はありません。
――「行ってきまーす」みたいなことを誰かに言うのですか?
篠田:当社では従業員のことを「乗組員」と言っているのですが、全乗組員宛てのメールアドレスに、自分がどこで何をする予定かを送って共有します。公私混同ということで自由に行動できる一方で、私たちが負う最低限の責任は、ウソや隠しごなく行動を共有することだと考えています。
――それは、たとえば2日にわたってもいいような感じですか?
篠田:まったく仕事と関係ないことをするのであれば、有休を取ります。「堂々と休もう」というスタンスです。たまに「これは出勤と休みどっちですか?」と乗組員に聞かれたときは、「あなたはどう思いますか?」と返して本人に決めてもらっています。
松本:私は新卒からこの会社にいるので、ほかの会社を知らないのですが、中途で来た人は「業務の共有のされ方がすごい」と驚かれます。今どんな仕事をやっているかを、ほかのスタッフが、それこそ持ち場の違うスタッフもだいたい知っていたり。社内宛のメールが1日100件くらい来ます。
趙:電話の伝言メモも全社でやっています。
松本:だから、伝言メモで「この人、今こういう仕事やっているんだ」とか、「こういう人とやり取りしているんだ」などということは、わかったりしますよね。
篠田:社内メールの表題の付け方にも、ルールがあります。「誰とどこに行きます」的な行動予定関係は、菱形のマークを表題に頭に付ける、電話の伝言メモは星印、とか。いろんな打合せの議事録も、表題に三角印を付けて共有していますね。
――すべてのメールに目を通しているのですか?
松本:最近はGmailなど、見出しの横に、本文がある程度読めるようになっていますよね。だから、メールを開かなくてもだいたいはわかります。朝は菱形の行動予定マークで、「体調が悪いので遅れます」とか「休みます」なんていうメールが全員宛てに送られてきます。
――面白いですね。それはわかりやすい。
篠田:あとは、雑談がすごく多いと言われます。席が近い人とは、「今どういうことをやっているの?」といった仕事に関することも、「今は何にはまっているの?」といった雑談も頻繁にしています。席替えを4カ月に1回という頻度で行なっているので、隣の人がずっと同じということもありません。
――ほかにどういったものを共有されているのでしょうか?
篠田:永田のコンテンツ部隊(「読み物チーム」と呼んでいます)は、ホワイトボードのカレンダーに、どのコンテンツがいつから始まるかの予定を付箋で貼っています。あとはお客様からの感想や要望がつづられたメールも、全員が受信しています。自分が担当していないコンテンツに関するメールにも目をとおすことになります。これも大事なことだと考えています。
――全社員の予定もお客様のメールも、皆さんがちゃんとチェックされているんでしょうか? みんなで見られるようになっていても、忙しいとか面倒くさいなど、さまざまな理由で見ない人がいてもおかしくないなと思ってしまうのですが、そこをどういう形で、皆さんが見られる状態を作られているのでしょうか?
篠田:興味が先に来て、自発的に見ているという感じですね。もちろん、見ていないタイミングもありますが。
松本:「あのメールあったじゃない?」と、後で話題にもなることも多いです。そうすると、メールを見ておこうとは思いますよね。
――興味が先に来るというのはいいですね。何かの工夫はあるのですか?
趙:私は転職してこの会社に入ったのですが、最初にびっくりしたことがあります。会社で共有する情報というのは、一般的には部署ごとに下りてきたりしますよね。弊社では、待っているだけでは、誰も情報をくれません。私が会社に入ったばかりのときに、「どこに聞きにいったらよいのですか?」と質問したら、「メールにあるでしょう」と言われて、「自分で取りにいくのか」と思いました。このことが、興味を持つきっかけになったというか、そうしないと自分自身がついていけなくなると感じましたね。
篠田:興味の源は、私たちの事業がB to Cで、インターネットで直接お客様とやり取りをするところにあると思っています。もしリアルの店舗でしたら、店頭でお客様が入ってきたときに、お客様に興味を持たないと、仕事ができない、というのと一緒です。もうひとつの源は、無料のコンテンツであれ商品であれ、お客さんに喜ばれたい、ウケたいと思っていることです。読者の反応を、すごく見たいんですよね。
自分のコンテンツが公開されたときは、読者の反応を深く読み込むのではないでしょうか。そこを起点に、たとえば「自分のコンテンツ宛てのメールと、同じ日に出した○○さんのコンテンツへの反響は、どうしてこんなに違うの?」など、読者からの反応がすべて共有されているから自分なりに振り返りやすい。読者にも仲間にも見られていることを糧にして、次の面白いコンテンツ、喜んでいただけるものを作ろう、そういうドライブがかかる組織運営です。
もしかしたら乗組員は、自分は自然にお客様の反響に興味を持ったと思っているかもしれませんが、実は今お話ししたような環境、仕組みも作用しています。
――ほかにルールはありますか?
松本:何かに縛られたりするというよりも、とにかく自立が求められます。日常生活での暗黙のルールって、死ぬほどあるじゃないですか。会社に言われるからそういうルールに従うのではなく、会社でも暗黙のルールで守ってねという感じです。要するに、「ルールだから、これをやります」ということではなくて、「自分から守ろうよね」ということを、糸井に教育された気がします。信頼関係ってそういうところで生まれてくるよねって。
趙:私は、入社してきた人に就業規則の説明をするのですが、最初に「自分がアウトプットの出しやすい、自分が働きやすい形で働いてください」と伝えています。自己裁量・自己管理とは好き勝手ということではなく、周りがその働き方を認めて受け入れるところまで含むと考えています。どんな働き方が望ましいかは個々の仕事の内容ややり方によって異なるので、どんなアウトプットがあればいいか、そのために自分がどうありたいか、が問われていると思います。
――御社の採用のページがとてもよく読まれているということを伺ったことがあります。何か面白い試みなどは、されていますか?
趙:採用ページそのもののことではないのですが……。「ほぼ日」上で採用を呼び掛けるときに応募書類を出してもらっているのですが、課題や提出書類と一緒に、必ずつけてもらっているのが「推薦状」です。今は、誰からでも書式は問いませんので、A4用紙1枚を書いてもらってください、としています。
――たとえば、母親が書いてもいいんですか?
趙:もちろんです。お父さんの人もいますし、奥さまが書いてくれたり。
篠田:現職の上司という人もいました。転職する希望があることを上司と話し合えている、ということですよね。
趙:推薦状は、採用判断の大切な要素になっています。自分で書いているものより、もっとその人の奥行きが見えてきます。実際に採用した社員の話ですが、結婚して長くて、お子さまもいる社員の奥さまが推薦状を書いてくれて入社したのですが、奥さまが旦那さんのことを「ありのまま」に書いているんですよね。
「あまり片づけられないし」とか「うちの旦那、ホントにもう靴下出しっ放しで……」的な話が。ともすれば、推薦とは真逆の下げた文章に見えるのですが、奥様の文章からは、長年連れ添ったご夫婦によくある、健全でフラットな視点を感じて、とてもいい印象を持ちました。
加えて最後に、「ずっと主人が読んでいるほぼ日に応募したいと思ったのを、私は応援したいと思いました」という一文が書いてありました。その人が地方在住で小学校のお子さんがいたため、転勤してもらってまで来ていただいて大丈夫か、ご家族に負担がかからないか、結構みんなで話し合いをしましたが、最終的に奥さんの推薦状が決め手になりました。
篠田:応募する方も、1人で熱情に駆られて応募するだけでなく、誰かに「自分は応募したいんだ」という話をして、推薦状をお願いしないといけないのですよね。ここが応募される方にとって、大事なプロセスになっているのではないかと思います。もし、大切な家族や友人を説得できなかったから、その応募の動機ってちょっとあやふやだったかもしれない、などと自覚できるのではないでしょうか。不採用をお知らせするメールをお出ししたときには、「推薦状を書いてくれた友人に、改めて感謝しました」とか「家族とこの話ができたことがよかった」などと返していただいたりすることもあって、私たちも感激します。
永田:特に奥さんが書く旦那さんの推薦文はいいですね。「この人のこういうところがいい」ということがビシッと書いてある。
趙:あと、お母さんが息子のことを書くときは必ず「優しい」って書いてあったりとか。彼女はラブレターになっちゃっている(笑)。
松本:兄弟はなかなかいいものがあります。弟がお兄ちゃんを推薦するとか。
――真似する会社が出てくるかもしれませんね。
趙:広まったらいいと思います。
篠田:ただ、この取組みは、こちらの読解力が問われます。私も他社に真似したいって言われたら、「どうぞどうぞ」って言いますが、正直、私たちは日々多くのお客様とコミュニケーションを取っているから、普通の人が書くものの本当の意図は何だろうとか、人柄や内容を読み取る力が平均的に高いチームだと思うんです。かつて私が勤めていた金融機関のように、形式張った職場では、あまり合わないかもしれません。この組織だからこそ、ワークしている仕組みであるとは思います。
趙:見る側の価値観が揃っているので、目線が合っているというのもありますね。
――一般企業の人事部だけでやってしまうと、ぶれてしまうかもしれないですね。それこそ好き嫌いになりかねない。
永田:「ほぼ日」で募集をすることが多いので、応募される方々も「ほぼ日」への価値観が揃っているようなところがありますね。
(後編へ続く)