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4章 地球の第1から第3文明-7/7:地球人のルーツ(PrejectnVega)

2016-01-15 | 宇宙種族

Project Vegaさんより http://www.project-vega.org/2014/03/5_30.html 

(1章序文より抜粋) この文章は様々な専門家が、インターネット、テレビ、本などで断片的に論じている出来事を集め、年代別に並べたSFである。可能な限り確実性の高い物的証拠やデータを優先的に集めているが、偽情報やノイズの判断が難しいこともある。特にチャネラーのチャネリングに頼った文章に関しては、本当かどうかは判断が難しい部分なので、この内容を鵜呑みにするのではなく、最終的には自分の頭で考え、確認して、正しいかどうか判断する必要がある。

 
 4章 地球の第1から第3文明 : 地球人のルーツ
 
(つづき)
 
■紀元前132万年頃

小惑星の地球への接近-------------------------------------------------------------------------------------

 ハイパーボーリア文明が興ってから約3万年後、天文学者やそれにかかわる学者たちは、非常に心配していたことがあった。それは遙か遠方にある巨大な小惑星が、地球に接近しつつあることが明らかであったことである。それはオーストラリアの中央にあったイキリト天文台によって最初に発見された。数ヵ月後には肉眼でも見えるほどの不吉に真っ赤に燃える光は、その数週間後にはますますはっきりと見えるようになった。
 オーストラリアやニューギニア、そして南極政府は、黄色人種たちの指導者たちによって直ちに提起された重大な事項に合意した。そして小惑星との不可避の衝突を前に、予想される大惨事の際に最も必要とされる医者や技術者などできるだけ多くの専門家を乗せて、飛行可能な宇宙船はすべて地球から離れることにした。
 この当時は地球の周りにはまだ月はない時代である。彼らの宇宙船はその時12週間の飛行が可能だったが、長い間に彼らの長距離飛行の能力は失われていた。彼らの計画では地球上の軌道に留まり、できるだけ早く戻って来て援助の必要な人々を救助する予定だった。そこで80機の宇宙船が用意され、一昼夜にわたる会合によって選ばれたグループを乗船させた。黄色人種は98機の宇宙船を用意した。しかしアフリカには宇宙船は1機もなかった。
 そして選ばれた人々の中には、各国の最高指導者以外の”大臣たち”は1人として宇宙船搭乗者に選ばれなかったことである。これは現代人には奇妙に聞こえることかもしれないが、もし今日の地球で同じことが起きたら、政治家たちの多くは自分と同じ皮膚の色をした人々を助けるために裏工作をするに違いないからである。
 すべての準備が整い、国民は差し迫った衝突について知らされた。人々が指導者たちに裏切られたと誤解してパニックを起こしたり、空港襲撃を起こすのを怖れて、宇宙船の役目は秘密に保たれた。また集団パニックを最小限に留めるために、指導者たちは衝突の衝撃は深刻なものにはならないと説明した。測定された小惑星のスピードを考慮すると、衝突はもはや避けられないほどに差し迫っていた。専門家たちは、あと48時間しかないという数字をはじき出した。来たるべき大惨事を考えて、宇宙船は衝突の2時間前に離陸し、12週間の飛行能力を最大限に利用して地球の軌道上にとどまる予定だった。

 この小惑星は、現在の南アメリカに衝突するものと計算されていた。こうしてすべての準備は整い、問題のその日、中部オーストラリア時間では正午に飛び立つ合図を待っていた。ところがあり得ないことに、計算に何か間違いがあったのか、突然、小惑星は加速し、オレンジ色の太陽のように午前11時に空に現れたのである。直ちに離陸命令が出され、すべての宇宙船は空に舞い上がった。素早く地球の大気圏と重力圏から脱出するために、現在のヨーロッパ上空へワープする必要があった。
 彼らの宇宙船には可能な速度であったにもかかわらず、彼らはワープできず、小惑星は地球に衝突した。小惑星が地球の大気圏内に入った際、それは3つの巨大な隕石に分裂した。その最も小さいものでさえ直径数キロメートルにも及び、1つは現在、紅海となっている地域へ落下した。別のさらに巨大な隕石は現在のティモール海に落下し、最大の隕石はガラパゴス諸島にある地域に落下した。
 またガーナへもその隕石の一部が衝突し、直径10.5kmの巨大な穴ができ、そこがゆっくりと水で満たされ、ボスムトゥイ湖ができた。隕石の破片は地球内部に達し、数百の火山が一度に噴火・爆発した。

 その瞬間に起こった衝撃は怖ろしいものだった。太陽は鈍い赤に変わり、気球が落ちるように水平線に向かって落ちていった。その後再びゆっくりと上昇を始め、半分の高さまで来るとまた落ちていった。そして地球が突然、地軸の傾きを変えるポールシフトが起こった。2つの隕石が地球の地殻を貫き、信じがたい規模の爆発が起こった。オーストラリアやニューギニア、日本、南アメリカだけでなく、実際には地球上のほとんどの地域で火山が噴火を起こした。
 瞬時に山々が形成され、高さ300メートルを超える津波がオーストラリアの5分の4を飲み込んだ。オーストラリア大陸からタスマニアが切り離され、南極の大部分が沈み、南極とオーストラリアの間に巨大な海峡部分を造った。そして現在ベンガル湾のあるミャンマーの大部分の地域が沈んだ。そして盆地が沈んで紅海が形成されたのである。
 それはほんの数時間であった。その大陸は、地球の最深部に端を発した隆起の結果、生じたガス状の帯によって持ち上げられたのである。地球表面の隆起は数ヶ月にわたり続いた。隕石が直撃した3つの地点では数千もの火山が造られ、有毒ガスがオーストラリア大陸中に広がり、ほんの数分で100万人もの黒人種が死んでいった。統計では、オーストラリアの人間や動物のほぼすべてが全滅した。その原因は怖ろしい有毒ガスだった。この大惨事が収まった時には、わずか180人だけが生き残っていた。

 宇宙船が逃げ出す時間はわずかな時間しかなかった。というのも、専門家たちが1つの間違いを犯したからである。しかし強いて言えば、彼らには何が起きるのか本当には予測できなかった。彼らは地軸の傾斜は予測していたが、その振動までは予測できなかったのである。宇宙船は反重力ワープに捕らえられ、隕石の地球大気圏再突入によって生じた逆流に引きずられたのである。さらに無数の隕石の破片によって攻撃され、その流れに引き込まれてしまった。黒人種の乗った3機と黄色人種の4機を合わせた7機だけが、どうにかこの怖ろしい地球の大惨事から逃れることに成功した。

アボリジニの起源------------------------------------------------------------------------------------------

 過去には黒人種がオーストラリアからニューギニアやアフリカへ広がっていったが、オーストラリアのアボリジニ(原住民)は、世界中の黒人種と大きく異なっている。それは大惨事の結果、地表にはかなりの隆起が見られ、沈殿していたウランが地表に飛び散って強い放射能を発した。しかしこれはオーストラリアにだけ起こり、生き残った人々の多くはこれに侵されてしまったのでちょうど被爆したようになった。彼らは遺伝子にも影響を受けたので、それで今日のアフリカ人の遺伝子とオーストラリアのアボリジニの遺伝子が異なっているのである。さらに環境がまったく変わり、食生活も大きく変化した。
 大地の隆起は続き、或る場所では突然に、またある場所では何日もかかって山々が形成されていった。一方で大地の割れ目が開いては街を飲み込み、その割れ目が閉じていった。このようにしてすべての文明の痕跡が取り除かれていったのである。もっとも怖ろしかったことは、これまで地球には1度も起こらなかった大洪水であった。火山は大量の灰を空気中に吹き上げ、それはかなりの高度にまで及んで光をさえぎり空を暗くした。数千万平方メートルもの地域から発生した水蒸気と、海洋からの水蒸気は灰の雲を形成した。こうした厚い雲が、想像を絶するような豪雨を降らしたのである。

最後の大地震とハイパーボーリア文明の終焉----------------------------------------------------------

 12週間後、バカラティーニ人の宇宙船は地上へ戻ることを余儀なくされた。彼らは現在、ヨーロッパとして知られている地域に下りることにしたが、それはその場所以外の地域がまったく視界がきかなかったからであった。しかし7機のうち1機だけがようやく着陸を果たした。他の宇宙船は、地上を荒れ狂っていた風速300~400キロメートルもの強風に煽られて大地に叩きつけられたのである。強風の主な原因は、繰り返し起こる突然の火山噴火による温度差にあった。
 唯一の宇宙船は、現在グリーンランドと呼ばれている大陸にやっと着陸した。宇宙船には95人の黄色人種が乗っており、その多くは医者やさまざまな分野の専門家たちだった。しかしきわめて不利な条件下での着陸であったために、宇宙船の損傷は修復が不可能であり、宇宙船は2度と離陸することはできなかった。ただシェルターとしては有効に機能し、また長期間生き残れるだけの充分な食料を持っていたので、それをできるだけ計画的に配分することにした。

 それから約1ヶ月後、彼らは大地震に巻き込まれた。このとどめの最後の大惨事によって、宇宙船を含め地球上のすべての文明の痕跡は完全に破壊されてしまった。小惑星の衝突に付随したいくつもの大惨事があり、たとえサハラ地域の被害は小さかったとはいえ、アフリカやニューギニア、ミャンマー、中国にいた人々は完全に散りじりになってしまい、紅海の地域に建設されたいくつかの都市は、新しく形成された海に飲み込まれてしまった。このように地球上の都市は1つとして残ることなく、数百万人の人間も動物も一掃されてしまった
 これは大飢饉が起こる少し前のことであった。言うまでもなく、オーストラリアや中国のすばらしい文化は、伝説として記憶される以外に何一つ残らなかった。生き残ったわずかな人々は、新たに形成された深い大地の割れ目や海によって、突然互いにばらばらに切り離された。そして初めて、この地球上で彼らは”人喰い”を経験することになったのである。

■紀元前100万年頃

 ジャワ原人がインドネシア辺りに現れる。
 
また、現在の中国の北京市辺りに、ペキン原人が現れる。


■紀元前89万9701年頃

 この頃、ネガティブ勢力のレプティリアンが、地球にエデンを設置する。設置されたのは今の北アメリカのニューメキシコとアリゾナの境界沿い。設置したのはシーカー(Ciaker)というレプティリアンで砂漠を好む。
 レプティリアンの文明は3段階級のカースト制になっていて、君主制とも言える身分制度がある。それはイングランドの社会体制と似ており、まず王族がいて、次に伯爵(はくしゃく)や男爵(だんしゃく)に当たる士官階級があり、最後に汚い仕事は何でもやらされる小作農達がいる。このエデンを建設したのは士官クラスのレプティリアンで、滞在し始めたのも彼らが初で王族ではなかった。
 シーカーは最も古いレプティリアン種の先祖に当たる系統で、シーカー自身も自分達の星がどこなのか正確にはわかっていない。彼らの身長は5.5m〜7.6mで、体重は重くて1134kgになる。黒っぽい革状の皮膚にいくつもに分かれた茶色で鱗状の腹部、そしてあごに沿ってヒゲが生えている。更に交尾の際に用いるかぎ爪を持っていて、舌も一本以上ある。彼らは卵を産み、産卵の際はバトルホルモンと呼ばれるものを使って産卵プロセスを加速させる。性別はあるが女性は戦争には参加しない。中でもひと際強く若い女性は年長で、弱いリーダーを戦闘儀式によって打ち負かし、殺すことが期待される。シーカーの種族は遺伝系統によって支配•統治されていて、遺伝系統は常に母親を辿って保たれていく。女王を君主に持った遺伝系統によって支配される彼らは、銀河の中でも最も力を持った種族の一つであり、軍事力は銀河宇宙を見渡しても他に類を見ないほど強力であり、その一族のメンバーは狂信的で、一族の栄光のためには何でもする。この銀河におけるすべての人間種が関わって来た過去の衝突や紛争の主な敵になってきたのが彼らである。

■紀元前76万3132年頃

 オリオン星団のリゲル、ミンタカ、ベテルギウスのポジティブな文明の生命体たちは、オリオン戦争から逃れるため別の移住先を探していた。そこで見つかったのが地球だった。彼らは密かに地球に移りエデンを中国に設置し、そこに自然に進化していた類人猿に遺伝子操作を施し、人類を創造した。そして彼らは人類として輪廻することを選んだ。その利点は、自分たちがどこから来たか忘れてしまうことにあった。そうすれば、オリオンなどのネガティブなグループの探索から逃れることができるからである。

■紀元前74万1237年頃

 オリオン星人の次に、アーサ•メイジャー(大熊座)とアーサ•マイナー(小熊座)の一部からのカペラ人達が、チリの南のヨガン山の麓にエデンを設立する。


■紀元前70万1655年頃

 ベガ人が地球にエデンを設立。場所は北アフリカのリビアとニジェールの境辺り。


■紀元前60万4003年頃

 カシオペア人という昆虫型の種が、北アフリカのアルジェリアにエデンを設置

■紀元前53万4003年頃

 プレアデス星系とシリウス星系のアセンションが同時に行われプレアデスにいたネガティブな種族は地球へ向かった

■紀元前50万年頃

 これまでは地球の周りには現在の月は存在せず、変わりに2つの小さな月があり、それが地球の周りを回っていた。しかしこの頃、地球はより大きな月を”捕獲”した。それが現在の月である。月は地球に余りにも接近して通過しようとしたために、地球の引力に捕らえられてしまった。衛星に関してはこのようなことはしばしば起こるのである。月は衝突する可能性はあったがそうはならなかった。月は本来、螺旋を描きながら太陽の周りを周回する小惑星のことである。小惑星の螺旋運動は、慣性力が小さいために大きな惑星よりもさらに速くなる。そして螺旋運動が速くなると、小惑星はしばしば大惑星に追いつく。もし小惑星があまりにも近づきすぎると、小惑星の引力は太陽のそれよりも強くなり、小惑星は大惑星の周りを軌道を描いて周回し始める。しかも小惑星は依然として螺旋運動を続けるので、遅かれ早かれついには衝突することになる。
 つまり今地球から見える月が、19万5000年後地球に衝突する予定である。その時、それは地球の最後になる。もしその時までに地球人類が精神的・科学的に充分に進歩していなかった場合、人類の滅亡を意味する。しかし充分に進歩しているなら、他の惑星へ避難している。

ニビルのドゥ・ウルの治世--------------------------------------------------------------------------------

 ドゥ・ウルは、子に恵まれなかった。彼は、アンの血統が始まって以来、初めて“種子”によってではなく“愛”によって自分の伴侶ダウルを選んだ。そして、ダウルが宮殿の入り口で見つけた子を息子とし、“日照り”を意味する“ラーマ”と名付けた。しかし、大気層の裂け目を修復する方法も見つからず、宮殿や王室顧問評議会では、不満が増大していた。
 
 

 有識者会議では、修復のために2つの方法が検討された。1つはニビルでは非常に稀な金属である金を細かく挽き、空に浮遊させる方法である。金は、“打ち出し細工のブレスレット(小惑星帯)”の内側に豊富に存在することが判明していた。もう1つは、“恐怖の武器”を創造して大地を揺るがし、火山活動を活発化させる方法である。ラーマは決断力に欠け、その間に状況は悪化した。そして、その責任として、王に非難の目が向けられた。昔の倉庫から武器が取り出され、1人の王子が最初に武器を手に取り、氾濫した。その王子とは、アラルである。王は宮殿の塔に逃れたが、追ってきたアラルともみ合いとなり、ラーマは倒れて死んだ。そして、アラルは王座に着き、王位を宣言した。ラーマの死を喜ぶ者もいれば、アラルの行いを嘆き悲しむ者もいて、国の統一は失われた。アラルの王位について、多くの者が立腹した。しかし、アラルは“種子の法”によって王位の権利を略奪されたアラムの血統であることが判明し、評議会は王位を認めようとした。そこに、1人の王子が意見した。
「私こそ、アンの純粋な種子の末裔です」と。アヌであった。評議会が血統を辿ると、まさしくその通りであった。そして、アヌを王とすることが決定された。しかし、アラルはアヌに「一緒にニビルに平和を取り戻そう。私は王座に留まり、君は継承権を持つ」と言った。アラルは評議会に「アヌを皇太子とし、彼の息子に私の娘を娶らせ、継承を合体させよう」と提案した。そして、アヌは評議会と会衆の前で、アラルの次期継承者となることを宣言した。このようにして、アラルは王位に留まった。アラルは“天の船”を建造させ、“打ち出し細工のブレスレット”で金を探させたが、そこで船は粉砕され、1隻も戻ってこなかった。また、“恐怖の武器”で“空飛ぶ二輪戦車”を武装させ、火山を攻撃したが、火山による噴出は増えず、効果は無かった。そのため、人々の間では不満が増大した。しかし、アラルは王位に居座った。9番目のシャルに、アヌは裸での取っ組み合いの喧嘩をアラルに挑み、勝者が王となることを提言した。彼らは公共の場で取り組み、アラルが膝を折って胸から地面に倒れこんだ。そして、アヌが新たな王として迎えられた。

 和平後の血統が問題を生じさせたが、それが後々、地球での覇権争いへと繋がる。またくじ引きや血統の選択の類似性などは、聖書の原型である。そして、ラーマと言えばインダス文明の叙事詩ラーマーヤナであり、アヌとアラルの取っ組み合いは相撲そのものである。つまりニビルで起きたことが地球でも起こるのである。
 インダス文明の叙事詩ラーマーヤナは、魔神に略奪された妻シータを無事に救い出したものの、ラーマはシータの貞節(ていせつ)を疑ってしまった。身の潔白を証明するために、シータは燃える火の中に身を投げた。あわや、というところで、火の神アグニによって、シータは助けられた。これにより、ラーマはシータの潔白を信じ、永遠の愛を誓い合った。というのが、ラーマーヤナのクライマックスである。ここでの“燃える炎”の原型が、“日照りを意味するラーマ”である。 

ニビルのアヌの治世----------------------------------------------------------------------------------------

アンプレアデス次元からニビル星に移り住んだ初代王
アンシャガル(アンの子。北朝の王)
アヌアンの血を引く王として後にニビルを統一させる南朝の王)

●エンキ
●エンリル            
●ニンフルサグ(ニンマー)

 宇宙連合のソ・ラーラの指示を受けてニビルに移り住んだプレアデスの一族のアンの子孫アヌ皇子によって、惑星ニビルは統一された。アヌはイナンナの曾祖父(そうそふ)である。ニビル星の王権制度は、アンから始まり、そこから、無限に近い年数が経過した後、アンの子孫アヌが人工惑星ニビルで誕生した。アヌは、その惑星全体を治める王となった。こうして、ニビル星の王アヌを中心とする王権制度はじまった。そして、皇族の血を引く者たちによってヒエラルキーは確立された。
 アヌの権力は絶対的であり、彼の権力の強さは、宇宙連合ソ・ラーラだけでなく、宇宙連合の各司令官たちの間でも知れわたった。王にふさわしい品格を備えていたアヌには、アンツという妃がいた。彼女はアヌ一族の大いなる女神であり女神アンツは、アヌの妹でもあった。
 ニビル星人にとって、このような近親相関の関係性は、むしろ喜ばしいことだった。人間にとってこの非合理きわまりない秩序は、徐々にこの物語を通して明らかになる。
 アヌには、一族の血を分けたニビルのヒエラルキー最高位につく三人の子供がいる。彼ら、いわゆる三神が、ニビル星のアヌのもとであらゆることを支配するようになる。もちろん地球は、彼らによってあらゆることにひな型が生まれた。地球最古の神々である。長男の神はエンキ、アヌの次男にあたる男神はエンリルで、そして妹の女神ニンマーが生まれた。
 エンキは長男の神ではあったが、アヌと正式な妃アンツの間に生まれたエンリルの神が生まれたために、アヌの後継者とはならなかった。
 こうして、アヌを頭にエンリル、エンキ、ニンマーという三神がニビル星と地球を統治する三本柱の神々となった。ニビル星のヒエラルキーはここから形成されていった。彼ら同士の力関係は、地球にもむろん影響し、それは今日でも消えることはなく存在している。
 
 


 人間社会の頂点にいる一握りの者たち、そしてその他大勢の差は決して縮まることはない。それどころか、50万年も経過した世界において、その差は開いていくばかりである。こうした権力の仕組みを最初に創造したのは、ニビル星人であるという事実を、人間たちははっきりと知る必要がある。今日の地球では、マネーというモノによって、さらに世界中の人々がその格差に苦しんでいる。
 地球のことを知りたいなら、その根源であるニビルという星をまず知るべきなのである。そうすれば、ニビル星人に秘められている宝物にも、アクセスできる可能性が生まれる。
 封じられていた神々のコードをまず解明することによって、人類の果てしない可能性が生まれてくる。それは人間の一人一人に秘められた可能性にアクセスすることであり、それによって、人類はついに救われるだろう。いや、それ以外には人類が真に救済される道はないのかもしれない。

アヌが溺愛した女神アンツ--------------------------------------------------------------------------------

 基本的に、アヌはニビルの宮殿で過ごしたが、宇宙中から賓客を呼んでパーティを開くのが好きだった。銀河の星が直列する記念日や彗星が通過する記念日、そして誰かの結婚式などと常に口実を作っては皆を、ニビル星のアカデにある豪華なアンツの宮殿に招待した。

 ニビル星では、アヌ一族が絶対的な権力の下で、誰もが自由気ままに暮らしているようであってもアヌとアンツの目を常に気にしていた。そして、一族内で意見のくい違いは絶えなかったが、最終的には誰もが必ずアヌの言葉に従った。このルールは未来永劫変わることはない。権力の頂点にいるアヌとアンツは特に、人間からすると神業としか思えないような大胆なことをやってのけたり、誰もが思いつかない行動を気まぐれで楽しむこともあった。

 アヌにとってアンツは最愛の妻であり、ニビルの女王でもある。彼女は、ニビル星人の母なる女神として、アヌをはじめ皆に崇拝されていた。彼女には、宇宙の隅々から最高の贈り物が届けられた。女神と呼ばれている他の存在さえもアンツに憧れていた。まさに、「豊穣の女神」とは、アンツそのものなのである。彼女を愛する夫、王アヌは、アンツのための神殿をニビル星のあちこちに建ててやった。豪華な王冠のような形をしたシェム(スペースクラフト)も、彼女専用のものがアヌから贈られた。

『我が愛する妻、いつまでも私のそばを離れないでおくれ!』

 そのシェムの表面には彼のメッセージが書かれていた。偉大な王アヌでさえアンツには頭が上がらなかった。彼は、ひたすら彼女を愛し尽くしていた。それもまた、アヌの偉大さでもあった。アンツもまた、彼女自身が大きな愛の源のような存在だった。イナンナもまた、アンツとの思い出は楽しいことばかりだった。
 “飽きる”“退屈する”というような概念は、ニビル星人にはまったく理解できなかった。特にプレアデス次元からニビル星に移った存在たちにとって、美の概念は欠かせない。彼らは、美に対して強い執着心があった。創造力豊かな彼らは当然、愛し合うことの美しさもよく知っていた

4章 地球の第1から第3文明-6/7:地球人のルーツ(PrejectnVega)

2016-01-15 | 宇宙種族

Project Vegaさんより http://www.project-vega.org/2014/03/5_30.html 

(1章序文より抜粋) この文章は様々な専門家が、インターネット、テレビ、本などで断片的に論じている出来事を集め、年代別に並べたSFである。可能な限り確実性の高い物的証拠やデータを優先的に集めているが、偽情報やノイズの判断が難しいこともある。特にチャネラーのチャネリングに頼った文章に関しては、本当かどうかは判断が難しい部分なので、この内容を鵜呑みにするのではなく、最終的には自分の頭で考え、確認して、正しいかどうか判断する必要がある。

 
 4章 地球の第1から第3文明 : 地球人のルーツ
 
(つづき)
 
■紀元前135万年頃

バカラティーニ人が太陽系に調査に来る---------------------------------------------------------------

 135万年前、ケンタウルス座のバカラティーニ星は、人が住む惑星としては深刻な状況を迎えることがわかっていた。それは彼らの惑星が内部的に寒冷化の傾向にあり、いずれ500年以内に人が住めない環境になろうとしていたからである。そこでバカラティーニ星の指導者たちは多くの話し合いや偵察、そして遠征を重ねた結果、居住可能な地球と火星に宇宙船を送る決断を下した。彼らの惑星と同じカテゴリーに分類される地球のような若い惑星に避難することを考えたのである。 
 彼らは調査のために太陽系に侵入し、まず最初に、居住可能で実際に当時人々が住んでいた火星を訪問した。火星人はテクノロジーは持っていなかったが、対照的に精神が高度に進化していた。身長は120センチから150センチくらいのモンゴロイド系で、彼らは種族でまとまり、石でできた小屋に生活していた。
 火星上にいる動物は多くはなく、小さな山羊のようなものや巨大な野ウサギのような生物、それに数種類の野ねずみ、そしてバクのような頭をしたバッファローに似た動物、数種類の鳥と3種類の蛇がおり、そのうち1種類は毒を持っていた。植物も少なく、4メートルを超える樹木はなく、ただソバに似た食用となる草があった。
 バカラティーニ星の人々は火星の調査を行なったが、火星もまた間もなく、4000年、5000年後には寒冷化で居住不可能になることを知った。それに火星の動植物は、バカラティーニ星からの移民を受け入れるには不十分なものに彼らには思えた。

 こうして彼らの2機の宇宙船は次に地球へ向かった。そして現在、オーストラリアと呼ばれている場所に着陸した。当時はオーストラリア、ニューギニア、インドネシア、マレーシアはすべて1つの大陸となって繋がっていた。幅が約300キロの海峡が存在し、正確にはそれが現在のタイの位置にあった。当時のオーストラリアにはいくつもの大河によってつくられた内海があり、さまざまな興味深い動植物で満ち溢れていたのである。
 彼らはあらゆることを考慮し、そして宇宙飛行士たちはこの国を最初の移民基地として選んだのであった。黒人種はオーストラリアを選び黄色人種は現在のミャンマーの地域に住みつくことになった。基地が沿岸部に作られ、黄色人種はベンガル湾岸を、黒人種はオーストラリアの内海沿岸を選んだ。のちに、現在のニューギニアのある場所にも基地が建設された。

バカラティーニ星から地球へ移民が始まる------------------------------------------------------------- 

 彼らの宇宙船は超光速飛行が可能で、地球時間で50年を費やして、黒人種と黄色人種を360万人ずつ地球へ移民させた。新しい惑星で生き残ろうとする決断のために、2つの人種の間には完全な理解と協力があり、平和的に移民が行なわれた。そして共通の合意により、老人や虚弱な人々はバカラティーニ星にとどまったのである。彼らは基地を建設する前には地球上をくまなく探索し、彼らの移民の前には絶対に人類は存在していなかったことを確認した。彼らは人間に似た”ヒューマノイド”が存在するものと考えていたが、詳細な調査の結果、それらは巨大な猿であったことがわかった。
 地球の重力は彼らの惑星よりも大きく、彼ら2つの人種にとってそれはかなり不快なものだったが、次第に適応していった。街や工場の建設のためには、軽量でかつ強固な物質がバカラティーニ星から輸入された。当時、オーストラリアの場所は赤道直下に位置していた。地軸は現在とは異なっており、1回の自転のために30時間12分を要し、大陽の周りを回転する公転周期は280日であった。赤道直下の気候も今日とは異なっており、現在よりもはるかに高湿度の状態であった。 

ハイパーボーリア文明が興る------------------------------------------------------------------------------

 バカラチーニから720万人が超光速宇宙船に乗って地球に移住してくることによって、地球でハイパーボーリア文明が築かれていく。黒人360万人はオーストラリア大陸に、黄色人360万人は現在のミャンマーに定住した。黒人種は男女とも身長230センチほどで、とても美しい人種だった。黄色人種は身長が男性190センチ、女性180センチほどで、両人種ともたいへん知的で、テレパシーを使えるほど進歩していた。しかしバカラティーニ星よりも地球のほうが重力が大きかったので、それ以後徐々に小さくなっていった。

 彼らは平和な社会を作る知恵も持っていたので、入植後も、平和な世界が長く続いた。母星から持ってきた科学力で反重力技術や水素モーターを使い、現文明を上回る高度な文明を築き上げていた。そして大陸の至る所に大都市を築いており、現在の北極圏でも栄えていた。こうしてハイパーボーリア文明は栄えていった。
 当初、ハイパーボーリア人は精神文明も進んでいて、重大犯罪者はワニの池に放り投げられるなど、極めて刑罰が重かったためか、犯罪はほとんどなく、平等平和な社会が永く続いていた。
 数千年後、黒人種はアフリカ中央部に50万人が移住したが、この頃から偶像崇拝の宗教が現れ、政治家と邪悪な聖職者が特権階層を作り、人民を支配搾取するようになった。人心は乱れ、あらゆる犯罪が徐々に蔓延っていった。このころより、超能力はしだいに失われ、高度な文明が序所に衰退していった。

バカラティーニ星から持ち込まれた動物や食物-------------------------------------------------------

 当時、オーストラリア付近には巨大なシマウマの群れが放浪し、巨大な食用となる鳥ドードーや、巨大なジャガーや人間がディノーシスと呼んでいる体長4メートルもある鳥もいた。いくつかの川には体長15メートルにも及ぶクロコダイルや、体長25メートルから30メートルの大蛇などがいた。バカラティーニ人は時にはそれらを食用にした。

 地球にあるほとんどの動植物は、栄養価と生態系の面でバカラティーニ星のものとは異なっていた。そこで彼らはたくさんの実験農場を造り、特に植物のヒマワリやトウモロコシ、小麦、モロコシ、タピオカなど、バカラティーニ星から持ち込まれた植物を地球に順応させることに努力が払われた。これらの植物は当時の地球には存在していなかったか、また非常に原始的段階にあって食用にできるものではなかったのである。

 彼らはバカラティーニ星では、山羊やカンガルーを好んで食べていたので、それらは母星から輸入された。しかし、特にカンガルーを地球に適応させるためには大きな問題があり、そのために多大な努力が払われた。それは特に餌で、カンガルーは地球にはまったく存在しないアリルと呼ばれる細くて堅い芝を食べていたが、それを地球で育てようとすると、いつも無数の小菌類に侵されて枯れてしまうのであった。そのためカンガルーには人工の餌を与えて、数十年かけて徐々に地球の芝に慣らしていった。
 黒人種はアリル栽培を続け、ついにその植物を地球に順応させることに成功した。しかし、それには余りにも長い時間がかかったので、すでにカンガルーは地球の草を食べるようになっていた。その後、いくつかのアリルという芝は根を下ろしたが、それを食用とする動物がいなかったことからオーストラリア中に広がっていった。それは現在でも植物名をクサントルホエア(日本名はススキノキ)として存在しており、一般的にはブラック・ボーイと呼ばれている。
 バカラティーニ星よりも地球でのほうが、その芝はかなり太く高く成長したが、母星から持ち込まれた品種にはこうしたことがしばしば起きた。それも太古の珍しい名残りの1つである。しかもそれがカンガルーとともにオーストラリアにだけ見られるということは、バカラティーニ星人が別の地域にコロニーを探すようになる前まで、この地に長く留まっていたことを示している。彼らは地球に順応するために多くのことを克服しなければならず、こうしたことはそうした数多くの中の一例に過ぎない。

  黄色人種はベンガル湾の奥に住みついたが、彼らは現在のミャンマーと呼ばれているところにも居を構え、都市と実験農場を建設した。

 彼らは基本的に野菜に関心があったので、バカラティーニ星からキャベツやレタス、パセリ、コリアンダーなどを輸入した。果物ではチェリーやバナナ、オレンジの木が輸入されたが、その当時は現在よりも気温が低かったために、バナナとオレンジは順応させるのに初めは困難があった。
 同じようにして、黄色人種は小麦を根付かせることにも成功した。そしてバカラティーニ星から持って来られた小麦は穂の長さが40センチにもなり、コーヒー豆ほどの実をつけたので膨大な穀物を生み出した。黄色人種は4種類の小麦を育て、より多くの収穫を上げることに努力した。現在の地球上にある”稲”は、完全に地球独自のものだが、それは黄色人種によって飛躍的に改良されて今日のようなものになったのである。

ハイパーボーリア文明の宗教 -----------------------------------------------------------------------------

  ハイパーボーリア文明での最初の人間は、黒人種と黄色人種だった。彼らは物質的に成功し、同時にまた、礼拝用の巨大な集会場を建設した。そして彼らは宗教儀式を行なっていた。彼らは皆”タキオニ”と呼ばれていたいわゆるチベット仏教の僧侶のラマ教徒のように”生まれ変わり”を信じていた。

ハイパーボーリア人のアフリカ遠征 --------------------------------------------------------------------

 2国間の互いの国への旅行は頻繁に行なわれ、また共同で地球の辺境探索も行なった。ある日、黒人種と黄色人種の混合グループは、現在の喜望峰と呼ばれている南アフリカの突端(とったん)へ上陸した。アフリカは当時からほとんど変わりはなかったが、ただサハラ砂漠や紅海はまだ存在しなかった。彼らが今回探索を行なったのは、彼らが地球で3世紀を過ごした後であった。

 アフリカで彼らは、象やキリン、バッファローのような初めて見る動物やトマトを発見した。しかし現在の人間が知っているようなトマトではなく、発見されたトマトは、干しぶどうのように小さく非常に酸味が強かった。このような改良に長けていた黄色人種は数世紀をかけて改良を行ない、ちょうど稲がそうであったように、現在のなじみのあるトマトを作り出した。また彼らは、自分たちの母星から輸入したのとよく似たバナナの木を見つけて驚いた。しかしアフリカのバナナは大きな種を含んでいて食用には適していなかった。
 このアフリカ遠征は、それぞれ50人ずつの黒人種と黄色人種で行なわれ、象とトマトに加えて、その後見つけた蛇の天敵マングースを持ち帰った。しかし不幸なことに、実は彼らが気づかぬうちに、現在では黄熱病として知られている怖ろしいウイルスも持ち帰ってきてしまった。どのように病気が広がるかを見極められる専門医もいなかったことから、その後、短期間の内に数百万人の人々が死んでいった。それは主に、蚊によって広がっていったものだが、赤道直下の気候では冬でも蚊の数は減らず、オーストラリアに住んでいた黒人種は非常に苦しめられた。そして実際、黄色人種よりも4倍も多く犠牲者を出したのであった。


 バカラティーニ星の黄色人種は、常に医学や病理学の面で優れていたが、それにもかかわらず、その治療法を発見するのに長い年月を要したので、その間にも数万人が苦悶のうちに死んでいった。そしてやっと黄色人種は黒人種にも効くワクチンを作り出し、2つの人種間には友情が生まれた。
 やがて彼らは黄熱病の呪いを克服し、この新しい地球に深く根を下ろした。オーストラリアだけでなく、現在の南極でも人々が暮らすようになった。当時のその地域は穏やかな気候だったのである。そして黄熱病の呪いが終わるころには、黒人種の人口は7億9500万人になっていた。当時は地軸が現在とは異なっていたので、南極はオーストラリアと繋がっており、現在よりもかなり暖かかった。それは現在のロシア南部のようであった。
  それ以後、彼らは1度もバカラティーニ星には戻らず、ひとたび地球に腰を落ち着けると、誰も帰還しないように厳しい規則を作った。かつて彼らの母星であったその惑星は、予測どおり寒冷化が進み、砂漠となって火星のようになっていった。

宇宙の法則は「進化を妨げる介入」を厳しく禁じる-------------------------------------------------

 外部の宇宙生命体が黄熱病で苦しんでいたバカラティーニ人を助けて、ワクチンをつくることはできたが、宇宙生命体たちが従うべきプログラムにはそれがなかったので、介入できなかった。外部からの援助者には”ある状況”を救うことができるが、それは距離を置いてのみ行なわれる。しかしあるポイントを超えてしまうと、いかなる種類の援助であっても宇宙の法則が介入を厳しく禁じる。地球に住む生命は、どのように生き、苦しみ、死ぬかを学ぶためだけではなく、できるだけ精神性を高めるために地球にいるのである。 

バカラティーニの政治形態、裁判制度、刑罰----------------------------------------------------------

 バカラティーニ星から来た人々が持っていた政治形態はとても単純なものだった。8つの村からなる1つの地区には指導者がおり、彼らの挙手で行なわれる選挙によるものだった。こうした指導者は知恵や常識、統率力や知性の点で優れた人々で、彼らは富や家系から選ばれることは決してなかった。そして彼らが選び出した1人の偉大な賢人によって統轄される全体の評議会では、日々直面するさまざまな問題、たとえば水道や道路などについて議論された。長い経験から、すべては完全性や知恵における信望に基いており、彼らは自分たちが遵守できる範囲内で、従うべき公正な秩序を確立した。

 また彼らの裁判制度は、たとえば確実に有罪と考えられる泥棒は、利き腕の手の甲に非常に熱くした鉄で焼き印が押された。右利きの泥棒は右手に焼き印を押され、再び盗みを行なった場合は左手が切り落とされた。これは最近までアラブ諸国で行なわれていたことで、昔から受け継がれてきた習慣である。もしさらに盗みを行なった場合は右手も切り落とされ、かつ額に消すことのできない印を刻まれた。両手を失った泥棒は、すべてを家族や通行人の情けにすがるしかなく、しかも額の印によって誰にも泥棒と分かるので、生きていくことは至難のわざであり、むしろ死ぬほうがましだったのである。
 こうして泥棒は常習犯的見せしめとなり、その結果、言うまでもなく盗みはほとんど起こらなかった。また殺人もほとんど起こらなかった。殺人で告発された者は独房へ連れて行かれ、そのカーテンの向こうには心を読み取ることのできるマインド・リーダーが待ち受けていた。そうした人物は特別な千里眼やテレパシー能力があり、特別な教育機関でそうした能力を磨く努力を常に行なっていたので、殺人容疑者の心を読むことができた。
 さらに予防策として6人のマインド・リーダーが置かれた。それは”目撃者”に対しても、別の場所で同じことが行なわれた。4日目にはすべてのマインド・リーダーたちが、容疑者と目撃者に訊問(じんもん)を行なった3人の裁判官に記録を提出した。弁護士や陪審員はいない。裁判官は事件の詳細な記録のすべてを手元に置き、判断において絶対的な確信が持てるようにした。

 殺人の刑罰は死であった。それもおぞましい死であり、殺人者は生きたままワニの棲む場所へ投げ込まれた。なかでもレイプに関しては殺人以上に重罪と見なされ、刑罰はさらに残酷であった。犯罪者には蜂蜜が塗られ、蟻の巣の近くに肩まで埋められた。死に至るまではおよそ10時間から12時間もかかったのである。

 こうした理由で2つの人種間には犯罪率は極めて低かったので、牢獄を持つ必要がなかった。犯罪者は自分の行為が引き起こす結果をよく知っていた。よって犯罪者が非常に残忍な方法で罰せられることは正義にかなっていた。そしてその結果、犯罪はほとんど起こらなかったのである。

聖職者によるマインド・コントロール------------------------------------------------------------------

 宗教上では、2つの人種は”生まれ変わり”を信じていたが、しばしば彼らを二分する信念上の相違があった。聖職者たちの中にはそれを利用して人々を組織化するものがおり、そうした宗派の分離が黒人種のあいだで悲惨な状況を生み出すことになった。ある時、約50万人の黒人種は聖職者たちの後を追い、現在紅海となっているアフリカへ絶えず移住して行った。当時はまだ紅海は存在せず、アフリカの一部であった。
 聖職者たちは自分たちの下に集まった人々の中から政府の長を選んだが、当然、そうした指導者たちは、聖職者たちのコントロール下にあった。彼らはそこで村や町を建設したが、それまで彼らが持っていた公正な政治形態は捨て去られていた。そしてわずかな間に人々は、現在の地球で見られるような汚職や売春、麻薬などの数多くの不正行為に出合うことになった。
 一方、黄色人種はうまくまとまっていて、多少の宗教的偏向はあったが、彼らの聖職者たちは国政に発言権を持たなかった。彼らは分離してアフリカに移った黒人種とは違い、平和に暮らしていた。

 彼らが持っていた戦闘用の武器はとても単純なものだったが、その性能は見事なものだった。2つの人種はともに、いわゆるレーザー兵器を携帯していた。その兵器は各国の指導者の指揮下にある特別なグループによってコントロールされていた。各国の共通の了解で、各人種は100人のオブザーバーを恒久的に相手国に駐屯させ、それは同時に自国の大使であり外交官であったので、それによって行き過ぎた武装が行なわれないことを保証した。そして平和は3550年間維持されたのであった。
 しかしアフリカに移住した黒人種は分離していったグループだったので、その武器の携帯は許可されなかった。彼らは少しずつ遠方へ広がっていき、現在サハラ砂漠となっている地域に居住した。当時のその地域は、非常に肥沃で穏やかな気候であり、豊かな植物や多くの動物たちが満ち溢れていた。聖職者たちは人々に神殿を建造させ、富と権力への欲望を満たすために、人々に重税を課すようになった。

 彼らはこれまで貧困というものを味わったことがなかったが、ここで富裕層と貧困層という明確な2つの階級が形成された。聖職者は当然、前者に属し、彼らが貧しい人々を搾取したのであった。宗教は偶像崇拝となり、人々は石や木で造られた神々を崇拝し奉げ物をした。しかし間もなく聖職者たちは、人間を生け贄にすることを主張するようになったのである。

宇宙の法則では、人間の基本的義務は”精神性を発達させる”ことにあると規定される--------

 分離して移住して来た最初から、聖職者たちにはある企みがあり、彼らはできるだけ大衆を無知なままに留めておくように尽力(じんりょく)した。そしてそのために何年もかけて大衆の知的・肉体的レベルの向上を妨害した結果、彼らはより簡単に人々を支配できるようになったのである。そのように肥大して発達した宗教は、まさに大衆のコントロールを目的としたものとなり、もはや移住前の信仰とはまったく異なるものとなっていた。
 宇宙の法則では、人がどのような惑星に住もうとも、人間の基本的義務は”精神性を発達させることにある”と規定されている。しかしその聖職者たちは偽りの指導を通して人々を無知へと導き、全国民を退化させることによってこの基本法を犯した。外部の宇宙生命体はこの時点で介入することに決めたが、それを実行する前に、聖職者たちに最後のチャンスを与えることにした。彼らは夢やテレパシーを使って、大司祭に次のようなメッセージを送った。
「人間の生け贄をやめ、人々を正しい道に導くように。人間は精神性を高めるために肉体を持って存在しているのである。あなたの行なっていることは宇宙の法則に違反している」と。
 大司祭はひどく怖れ、翌日、聖職者たちを集めて彼が見た夢の話をした。しかし彼らのうちのある者たちは、大司祭を裏切りだと非難し、幻覚を見たのだと言い、もうろくしたのだと考えた。それは数時間にわたって議論され、会議を構成する15人のうち12人は、自分たちは”復讐心に燃えた神々”の地球における代理人であり、その”復讐心に燃えた神々”への信仰と恐怖心を維持させ、推し進めるのが望ましいと主張し、今まで通りの宗教のやり方を維持する決定をした。彼らは大司祭の夢の話を信じなかったのである。

 こういった時、外部宇宙生命体の立場は非常に微妙なのである。バカラティーニ人はここへ移住して来る前には宇宙船を持っており、そうした乗り物を識別できたので、外部宇宙生命体が宇宙船によって彼らの前に姿を現し、聖職者たちに直接話しかけることもできた。しかしもしそうしたなら、彼らは間違いなく外部宇宙生命体を攻撃してきた。それに彼らは大衆のなかにおいて、自らの優越性を失うことを非常に怖れていたのでなおさらであった。彼らは大衆の反乱に備えて軍隊を作り、かなり強力な武器を保有していたのである。
 外部援助者たちは彼らを正しい道へ導くためにそれらを破壊し、国民に直接話しかけることもできたが、しかしこれは心理的に正しくない。なぜなら人々は聖職者たちに従うことに慣れており、たとえ外部援助者たちが直接話しかけたとしても、人々はなぜその外部援助者が彼らの国内事情に干渉するのか理解できなかった。よって干渉しても意味がないことは明らかだったのである。

 ある晩、外部援助者の宇宙船から出た”球体”の1つが、この国の1万メートル上空を飛んでいた。神殿や都は街から1キロメートル離れたところに位置していた。外部援助者は大司祭と彼の忠告に従った2人の聖職者をテレパシーで目覚めさせると、彼らを都から1キロ半離れた公園まで導いた。そして集団幻覚によって守衛に門を開けさせ、囚人たちを解放させた。次に12人の邪悪な聖職者だけを除き、使用人や兵士など、神殿や都の全住民を起こして避難させた。空に現れた奇妙な雲に導かれて、誰もが街の反対側へと走った。
 これは集団幻覚で、こうして短時間の内に12人の邪悪な聖職者だけが都に残った。そしてすべてが準備されると、”球体”は兵器の力を使い、神殿も含めて都のすべてを破壊した。岩は砕け散り、壁は粉々となり、わずか1メートルの高さの瓦礫となった。そして人々を啓発するために、「神の怒りはこれよりもさらに怖ろしいものであり、これからは大司祭に従い、彼の示す新しい道を歩むように」と警告した。2人の聖職者が大司祭を支えたが、言うまでもなくあの”出来事”は、全て神による奇跡と考えられた。なぜなら翌日、生け贄になる予定だった200人以上の囚人たちが解放されたからである。

 この出来事のすべては何人かの書記によって詳細に記録されたが、何世紀も経つうちに、再び伝説や物語として歪められていった。しかし当時のアフリカでは、この出来事によって瞬時にすべてが変化したのである。人々を搾取していた者たちは、邪悪な聖職者や粉々になった都のことを思い起こしては、自分の身にも起きるかもしれない恐れを感じたので、大いに謙虚となり、新しい指導者たちを助けた。そして人々は移住して来る前の時代のように、再び満足して生きるようになったのである。
 ある幻影・幻像を作り出す時には、人々が見たいと思うものを見せる必要がある。よって例えば人々に宇宙船を見せたいと思うなら、人々がそれを見たがっていることが重要になる。正確な言葉と巧みにコントロールされた暗示によって、人々はそれを見たいという期待で、その人物の周りに実際に現象を見るのである。たとえば宇宙船や白象、あるいは”ファティマの聖女”などがそうだが、これらは地球上の現象としては典型的なケースなのである。
 ファティマの聖母は、1930年、ポルトガルの小さな町ファティマで起きた、カトリック教会が公認している、聖母の出現の一つ。ローマ教皇庁は奇跡として公に認めたが、第三の予言は長年にわたり秘匿(ひとく)した。


ハイパーボーリア文明のアラブ民族---------------------------------------------------------------------

 オーストラリアにいた黒人種から分離してアフリカに移住していった黒人種たちは、その後数世紀の間にアフリカ中に広がり、人口も数百万を数えるまでになった。彼らは工業や都市の発展よりも牧畜を好み、街は現在の紅海がある地域や、アフリカ中心部を流れる大河の沿岸地域にだけ築かれ。人々はサイキックな能力を高めることを望み、多くの人々が空中浮揚によって短い距離を移動できるようになり、テレパシーは彼らの生活においてありふれたものとなった。また肉体の病気はしばしば、手をかざすことだけで癒された。

 彼らはオーストラリアの同胞たちの宇宙船のことを”火の戦車”と呼び、それに乗ってやって来るオーストラリアやニューギニアの黒人種たちと、再び友好的な関係を築くようになった。黒人種と親しくなった黄色人種の一部の人々は北アフリカに移住を開始した。そして、黄色人種は黒人種と混血するようになった。これは驚くべきことで、バカラティーニ星では彼ら2つの人種が混血することは決してなかったのである。民族学者たちは、こうした新しい種族を生むことになった結合に大きな関心を払った。
 そして実はこの”交配種”には、黒人種よりも黄色人種の血のほうが多く入り、結果として黒人種でもなく黄色人種でもない中間的な人種を生み出した。これらの人々は絶えずグループを作り、現在の北アフリカのアルジェリアからチュニジアの辺りに定住した。こうして生まれた新人種がアラブ民族となるが、ただ彼らがただちに現在のアラブ民族の元になったわけではない。それは何世紀もの時間と風土が影響していった。
(つづく)

4章 地球の第1から第3文明-5/7:地球人のルーツ(PrejectnVega)

2016-01-15 | 宇宙種族

Project Vegaさんより http://www.project-vega.org/2014/03/5_30.html 

(1章序文より抜粋) この文章は様々な専門家が、インターネット、テレビ、本などで断片的に論じている出来事を集め、年代別に並べたSFである。可能な限り確実性の高い物的証拠やデータを優先的に集めているが、偽情報やノイズの判断が難しいこともある。特にチャネラーのチャネリングに頼った文章に関しては、本当かどうかは判断が難しい部分なので、この内容を鵜呑みにするのではなく、最終的には自分の頭で考え、確認して、正しいかどうか判断する必要がある。

 
 4章 地球の第1から第3文明 : 地球人のルーツ
 
(つづき)
 
■紀元前5億3000年頃

 地球にバルティカ大陸が出現。魚類の一種の最古の脊椎(せきつい)動物が出現した。

■紀元前4億年前頃

 魚類から両生類が生まれた。これにより脊椎動物の一群は上陸を始めた。


■紀元前3億6000年前頃

 太陽系の火星と木星の間に、太陽系第5惑星マルドゥクが存在し、そこの王はカアハミテスという名であった。アヌンナキはここでも遺伝子実験を行っていた。当時、マルドゥクは太陽系でも最も物質密度の薄い、次元レベルの高い進化した遊星だった。しかしあるとき、ここでも悪いカルマの蓄積を始める。いつしか原子力に手を出し始め、核兵器を作り、核戦争を引き起こし、それによって星もろとも破壊する行為にまで及んだ。
 火星と木星の間に、小惑星群が帯のように存在しているのは、この時のマルドゥクの残骸である。マルドゥクが爆発崩壊すると、火星の火山も大爆発を起こした。そして沢山の人が死んだ。
 マルドゥクの科学者らは人類滅亡の危機を予測し、危機から逃れる為に巨大宇宙船を造り、その宇宙船に多くのマルドゥク人を同乗させて、火星へ移住させた
 そうして時が過ぎ、火星へやってきた他の惑星からの宇宙生命体が、火星に住んでいたマルドゥク人の遺伝子操作をした。その時、火星は生命が存在できるような状況にあり、地球と大変似通っていた。

■紀元前3億年前頃

 アフリカ、チャド北部のサハラ砂漠に直径約1.6kmの隕石が衝突し、直径17kmのクレーターができる。また同時期、爬虫類が現れ始める。

  
■紀元前2億9000万年頃

 カナダのケベック州に隕石が衝突し、直径が26kmと36kmのクリアウォーター・レイクスができる。


■紀元前2億8000万年頃

 地球に哺乳類の先祖が出現した。哺乳類とは、動物界、脊索(せきさく)動物門、脊椎(せきつい)動物亜門に分類される生物群である。


 ■紀元前2億5900万年頃


地球二番目のルマニア文明の崩壊------------------------------------------------------------------------

 遥かな長い歳月が経ち、二代目の地球人の文明は高度なレベルに達していた。しかしエゴの病いは癒えることなく、より一層蔓延していた。さまざまな生産物は、製造に関わった者たちの間だけで分配され、彼らが独占していたので、大多数の人々は生産物を利用できない状態であった。そして当然、このような状態は平和な生活を脅かす、いさかいと賄賂や、危険な技術競争という火に油を注いだ。
 ある夜、地球は二度目の大惨事に見舞われることになった。数人の物理学者が、宇宙のマイナスイオンを、乗り物用の燃料に変換しようとしていた。彼らはスペースシップに太陽エネルギーを利用しているライバルたちを出し抜こうとしていた。そして彼らは実験中にミスを犯し、それが大気の状態に大きな不安定をもたらしてしまった。
 その結果、今まで赤道を軸に自転していた地球は、極を中心軸にして回転し始めてしまった。それは猛烈な暴風雨や吹雪、サイクロンを巻き起こし、その猛威は930年間にわたり地球上を破壊し続けた。ベガ星人が地球のこの大気の激変に気づき、プラスイオンで地球を包み込み、陽性な状態に戻すまで、その壊滅的状況が続いた。その後、ベガ星人は、嵐と巨大竜巻を引き起こすことで、地球の表面を覆い尽くしていた海の水を吸い上げ、宇宙へ放った。地球の表面に生命体が棲息できる環境になるまで、そうした作業が続けられた。そして当然、猛烈な吹雪と嵐のために人間と動物は絶滅した。生き残っていたのは、災害に耐え抜くことのできた植物だけだった。そうした植物は、今でも深海に植わって生きている。
 壮麗な都市クザクが存在していたかつての広大な平原には、今や奈落の底のような峡谷(きょうこく)が姿を現していた。そして地球の誇りであった素晴らしい建造物の残骸である巨石が、そこかしこに転がっていた。 
 海底で発見される遺跡にはさまざまな時代のものがあるが、ベガ星人の建てたものもある。海底だけでなく地上にもあり、それには太陽系の銀河が形成される以前、つまりリラ星爆発の前の物も残っている。なぜなら地球はリラ星が爆発した時の欠片(かけら)だからである。また地球が独立した惑星になった際、つまり大気が燃えてしまった最初の大災害以前の遺跡もある。それにベガ星人が、宇宙旅行中に発見した他の惑星や銀河の暮らしや習慣を描いたイラストや芸術作品もある。海底や地上で今発見されている作品やオブジェや、壁画などのほとんどは、大気が炎上した以降の時代のものである。それは大きな発展を遂げた時代であり、さまざまな分野で進化を促すための実験が多く行なわれた。
 当時は海の面積はそれほど多くはなく、それは後になって広がった。太陽の誕生によって爆発したリラ星の欠片である地球には、無数の亀裂や穴が生じ、内部にも割れ目が出来た。これらが湿気やその他の要因で飽和状態になると、ひび割れを起こして地震を発生させる。そうすると地表ではさまざなポイントで、繰り返し陥没や亀裂が生じ、山崩れが起きる。震源が海底である場合には、海水が沸騰しているかのように海が激しく荒れ始める。そしてその後、海水が陸地に押し寄せ、沿岸部や田畑は水浸しになる。時々、陸地全体が洪水に見舞われることもあり、こうして太古の昔に、地上の大部分が水浸しになってしまった。そして洪水に襲われた地域の人間や動植物は絶滅した。

 こういったルマニア文明の崩壊の後再びシリウス人、オリオン人、アルデバラン人、ケンタウルス人、プレアデス人などがやってきて、さらに新たな人類を作り始めるプレアデス人とシリウス人は、地球の重力場やグリッド、レイライン、ヴォルテックスとポータルシステム、次元の向上の改善などに関わっている


 この頃、巨大な爬虫類の恐竜やアンモナイト類などの動物、鳥類、イチョウ・ソテツなどの植物も移植され、繁栄し始める。またクジラやイルカなども他の星から運ばれてくる
 そして地球人の多くがイルカに転生して生まれていく。そうして地球と人類に大きな貢献をする。イルカや鯨は、彼ら自身のエネルギーを地球のグリッドなどに接続して、地球のバランスを整えているイルカと鯨はシリウスBから訪れた高度に進化した知的な存在で、シリウスBでは、神の化身(高次元の生命体)のイルカ達、神の化身の鯨達が存在している。彼らは人類が二元性の世界になる前のこの時期の地球から存在していたシリウスBからやってきた龍の姿をした龍蛇族は、当初イルカに転生していた
 海洋は地球の大部分を覆い、海洋の内部に複数の信じ難い力の結節点(けっせつてん)、渦巻き、ポータルが存在しているが、イルカや鯨はこうした海洋を維持しているだけではなく、こうした重要なエネルギーに影響を与え、またそれを増幅している。シリウスBは大洋を備えた水成の惑星であるため、イルカなどは海洋部分の莫大な領域の維持管理を促進させるという高度な適性を備えている。ウミガメアシカ科の生物、そして実際に意識を備えたサンゴ礁なども、重要な役割を演じている。神の化身のイルカ達は、黄金のイルカ達として認識されており、シリウス系、プレアデス系、そしてアルクトゥルス系の存在達に囲まれて存在している。

■紀元前2億5000万年頃

 当時の南極大陸は今より暖かく氷はなかった。そこに隕石が衝突し、大きさ約480kmのウィルクスランド・クレーターができる。


 またこの時期、地球にパンゲアという巨大な大陸が形成される。

 

■紀元前2億1500万年頃

 直径3.3〜7.8キロの巨大隕石が落下し、カナダのケベック州に直径約100キロのマニクアガン・クレーターを作り、地球大気上層まで舞い上がった成分が遠く離れた所まで降った。

■紀元前1億4200年頃

 オーストラリアの北部に隕石が衝突し、直径22kmのゴッシズ・ブラフ・クレーターができる。

■紀元前1億年頃

 インド大陸がユーラシア大陸に衝突し、エベレストの形成が始まる。

 カナダのサスカチュワン州に巨大隕石が衝突し、直径13kmのディープ・ベイという湖ができる。

■紀元前8200万年頃

 幅335メートルの隕石が現在のアメリカのアラバマ州北部の浅い海に衝突し、約8キロメートルのウェタンカ・クレーターができる。

■紀元前7000万年頃

 このころ地球に、霊長類の先祖が誕生した。

■紀元前6500万年頃

 現在のメキシコ・ユカタン半島に直径約10キロの小惑星が落下し、直径約180キロのチクシュルーブ・クレーターを作り、地球が寒冷化して恐竜やアンモナイト類などが絶滅した。衝突時のエネルギーは広島型原子爆弾の約10億倍、衝突地点付近で発生した地震の規模はマグニチュード11以上、生じた津波は高さ約300メートルと推定されている。空白となった土地に哺乳類が急速に広がった

■紀元前3800万年頃

 隕石衝突によりカナダのラブラドール地区に位置する直径28kmのミスタスティン湖ができる。


■紀元前3000万年頃

 ヒト科が出現した。ヒト科は、哺乳類サル目(霊長類)の分類群のひとつ。ヒト亜科とオランウータン亜科で構成される。



■紀元前2200万年頃

 この頃に地球を訪れたベガ人が、自分達の遺伝子と地球にいた猿人の遺伝子を掛け合わせて新しい地球人を作った。しかし出来の良い地球人にはならなかった

■紀元前935万年頃

 ケンタウルス座にバカラティーニ星という惑星が存在し、そこに住む人々は知的で高度に進歩した人間だった。彼らは厚い唇と平らな鼻や、縮れた髪を持ち、現在、地球で暮らしている黒人種の人々とよく似ていた。彼らは黄色人種とともに、バカラティーニ星で800万年にわたって一緒に暮らしていた。黄色人種とは正確には地球上の中国人のことであり、黒人種よりも約400年ほど早くバカラティーニ星に住み着いた人々だった。
 その惑星ではこれまで何度となく、争いと革命が繰り返されており、外部の宇宙生命体はそのたびに救済と援助、そして助言を与えるように努めたが、そうした彼らの干渉にもかかわらず、戦争は定期的に引き起こされた。その結果、戦争とその惑星に起きた自然災害が原因となって、2つの人種の人口は減少していった。そしてついに、惑星全体を闇と崩壊に導く大規模な核戦争が勃発し、気温は摂氏マイナス40度にまで低下したのであった。
 それは放射能による破壊だけではなく、食料不足をも引き起こしたので、すべての生命が滅ぶことになった。当時の人口は黒人種70億人、黄色人種40億人だったが、この核戦争によって黒人種はわずか150人、黄色人種85人だけが生き残った。生き残った人々の記録は、彼らが互いの殺人をやめて子孫を増やそうと決める前のものである。

 生き残った人々は指導者たちではなく、3つの黒人種グループと5つの黄色人種のグループからなる生存者たちが、個人のシェルターや公共のシェルターの中で生き残った。そして戦争時には、そのシェルター内には80万人以上の人々がいた。彼らは外へ出ることの危険を知っており、その後、暗黒と極寒における監禁状態を数ヶ月続けた。
 最初に外へ出たのは黒人たちで、彼らは地上に樹木、草花ばかりか、どのような生き物も見つけることができなかった。山の中にはシェルターから孤立して避難していたグループがおり、彼らが最初に”人喰い”を始めた。食料はなく、弱い者が死ぬと彼らはそれを食べたのである。そして、食べるために彼らは互いに殺し合ったので、その惑星において悲惨で最悪の事態となった。
 海の近くに避難していた別のグループは、この惑星で唯一生き残った生物である海中の生き物を食べて何とか生き延びていた。また彼らは巧妙な装置を使って信じられないほどの深さから水をくみ上げて、汚染されていない水を飲むことができた。しかし惑星上に広がる致命的な濃度の放射能や、汚染された魚などを食べたことで、彼らの多くも死んでいった。それとまったく同じことが、黄色人種のいた場所でも起こった。

 彼らは外部の宇宙生命体から何度も警告を受け取っていたにもかかわらず、こうした悲惨な状況を招いてしまった。こうした悲劇が起きる以前は、黒人種も黄色人種もすでにきわめて科学的な進歩を遂げていた。彼らは非常に快適に暮らしており、工場や会社、政府機関など、ちょうど現在の地球で見られるのと同じような環境や職場で働いていたのである。
 彼らもまた権力や知力、幸福を象徴する”金銭”のために、週に平均12時間働いていた。バカラティーニ星では1日が21時間、1週間は6日間である。彼らも、精神的側面よりも物質的側面に重きを置く傾向があった。また現在の地球で行なわれているように、彼らの社会は政治家や官僚のシステムで運営されていた。そして指導者たちは空虚な言葉で国民を欺(あざむ)き、強欲と傲慢さに支配されて国全体を没落へと導いていった。
 惑星上のこの2つの人種は互いに妬み合うようになり、妬みが憎しみに変わるのは時間の問題だった。彼らは絶えず憎しみ合い、対立し、それが頂点に達してついに大規模な争いになった。しかも両者は非常に強力な武器を持っていたので、それが相互破壊を成し遂げていった。
 記録に残っている歴史では、生き残った235人のうち6人が子供であった。彼らは子供をつくったが、必ずしも成功しなかった。生まれてきた子供たちは苦痛の泣き声を上げ、放射能の影響を受けてひどく醜い頭を持って生まれてきたりした。こうして彼らは人体に受けた核戦争の後遺症を耐え忍ばねばならなかったのである。

 150年後、黒人種は19万人に、黄色人種は8万5000人になった。進化を遂げることのできない文明が行き着く問題はいつも同じであり、つまり”核戦争”なのである。
 バカラティーニ星では核戦争の後、地球にいるカマキリに似た昆虫が生き残り、それが放射能による影響で突然変異して巨大化し、体長が8メートルにまで超巨大化して、人間にとってきわめて危険な生物になった。しかもその昆虫には天敵がいなかったので急速に増えていったのである。外部の宇宙生命体はその巨大昆虫が棲息する上空を飛び、彼らを処理した。地上には食用に適したすべてのものが姿を消していたので、次に彼らが行なったのはそれぞれの地域の風土に適した植物の種を植え、植樹をすることであった。
 外部の宇宙生命体は物質的にバカラティーニ人を助けたが、しかしそうした介入を行なう時には、彼らの面前には姿を現さないように注意した。それにはいくつかの理由があるが、その1つは”安全”のためであり、2つ目の理由は彼らへの”心理的配慮”によるものである。それはもしバカラティーニ人が外部の宇宙生命体の存在に気づいて、宇宙からバカラティーニ人を助けるために来ていることがわかると、自分たちは他人に助けてもらわねばならない哀れな存在なのだと、彼らが思ってしまうからである。こうした心理は、彼らが生き延びようとする”意志”に有害な影響を与えるのである。地球に、”天は自ら助くるものを助く(天は、他人に頼らずにひとりで努力する者を助けて幸福を与える。)”ということわざがある通りである。
 そして最後の理由はとても重要なことで、宇宙の法則は確立されており、まさに太陽の周りを惑星が規則正しく公転するのと同じく、その法則は厳しく守られている。そしてもし外部の宇宙生命体たちが間違いを犯すようなことがあれば、ただちにそれに応じて、10年から1000年の刑罰とも言うべき”報い”を受けることになる。このように宇宙生命体は時々援助の手を差し伸べたり、助言を与えることは許されているが、成長を阻むやり過ぎのサポートは禁じられている。つまり”食事を盆に載せて給仕する”ことまでは固く禁じられているのである。
 そこで宇宙生命体たちは動物のつがいを住みつかせ、多くの草木を植えたので、その惑星の人々は動物や植物を食べることができるようになった。このようにしてバカラティーニ人はゼロからスタートしたのである。宇宙生命体たちは、バカラティーニ人の睡眠中の夢やテレパシーを利用して、彼らの前進のための道案内をした。またしばしば”天からの声”も使った。これは実際には宇宙船から発せられる”声”だが、彼らには”天”から届いたと思えるのである。
 それによってバカラティーニ人にとっては宇宙生命体のことを神と思うようになり、そうしたことが、さまざまな伝説や宗教が生まれた原因であり理由となる。ただ緊急の場合、目的は手段を正当化する。このようにして数世紀が経った後、このバカラティーニ星はついに核戦争が起きる以前の状態にまで復興した。そして核戦争は同時に数ヶ所を砂漠にしたが、それ以外の場所はそれほど打撃を受けてはおらず、植物や動物たちが容易に繁殖することができた。こうしてバカラティーニはここから800万年ほど栄えていく。

■紀元前600万年頃

 この頃、地球の周りには現在の月は存在せず、変わりに2つの小さな月があり、それが地球の周りを回っていた。
 

■紀元前500万年頃

 小惑星の衝突によりタジキスタン・中国国境近くにあるパミール高原に、直径約25kmのカラクリ湖ができる。

■紀元前380万年頃

 この頃、地上にアウストラロビテクス・アファレンシスなど猿人が出現した。


■紀元前300万年頃

火星の核戦争-------------------------------------------------------------------------------------------------

 アークトゥルスのミッドウェイ・ステーションの偵察チームが「ルシファー勢力」と言うときその意味は、「3次元および4次元において、ルシファーの偽りの魔力に囚われ、囲われている勢力」のことである。アークトゥルス人はルシファーが、3次元と4次元において生み出される投影物、つまり否定的な感情が作り出すエゴエネルギーを食糧としていることに気づいた。それに対しルシファーはそうしたネガティブエネルギーを与えてくれる人々に対し、「権力の妄想」という形でお返しをしている。そこには多くの部族からなる構成員がおり、アークトゥルス人と提携関係にあったアンタレス人の多くが同様の状況に陥っていた。

 火星は、現在まで4次元の中にあった「空歩く者」と「世界の橋渡し」を名乗る部族の保護下にあった。彼らは協議し、破壊されてしまったマルドゥクの4次元体とともに、アークトゥルス人は3次元のコロニー化のために計画を立てた。その計画とは、ミッドウェイ・ステーションに残ったアンタレス人とアークトゥルス人がそれぞれ、アンタレス人が「空歩く者」の部族の中に転生するという危険に挑み、そうして火星の南半球を引き継ぐ。一方アークトゥルス人の何人かは、火星の北半球で「世界の橋渡し」部族の中に転生して肉体化するというものであった。

 そして地球人の第二の転生の星マルドゥクから転生してきた魂が、火星に住んでいった。火星には人間のような知的生命存在が生きられる環境が整っていて、人々の肉体的加齢化は進まず、30~35歳程度の若さを維持できる。また火星人は精神性も高く、身長は7メートルもある。
 火星の人々が利用していた宇宙船は円盤型ではなく、三角形状の小型船と、それを底部に格納できる「しずく型」の大型船であった。動力にはプラズマとイオンの力が利用され、その燃焼でタービンを回転させていた。ただしこの推進原理はあくまでも太陽系内での短距離飛行に限られていた。太陽系外への遠距離を高速移動するには別の推進原理が必要であり、時間の加速のためにある「ポータル」が利用されていた。つまり、あるポータルから別のポータルへと乗り継ぐことで、超光速での遠距離飛行が実現する。

 遺伝子実験やこの種のコロニー化にはいささか時間がかかるものであり、アークトゥルス人はこの計画が進むにまかせた。しかしアークトゥルス人は火星上で起こっていることを処理するには不適切であり、未熟であったと言える。再び火星のことを思い出したときにはもう遅すぎたのだ。こうして南半球側の火星の「空歩く者」の後見人となったアンタレス人は土星からのアンタレス人、つまりルシファーの勢力のアヌンナキに潜入されてしまい、浸透されてしまったのである。こうして土星から侵入したアンタレス人であるアヌンナキの影響を通して、彼ら「空歩く者」たちの部族は巨大な文明を創り出した。

 これはアルデバランのアトランテジア人の追憶を呼び覚ます。そしてかつてのアルデバランのアトランテジア人のように、火星のアトランテジア人もひどい取引に応じてしまい、意識の低下は避けられなかった。不滅性を唱えるある哲学がしのびより、死に対する奇妙な崇拝も生じていた。死の領域は実際に、銀河の北の大きな次元間領域を構成しており、そこにはそれぞれの存在の真実が保存されていた。そして火星ではごく少数のエリジアムの僧侶と呼ばれる者達が、死を取り仕切っていたのである。警戒を怠りなく監視しなければ、こうしたことがいかに物事を歪めてしまうかを、アークトゥルス人にまざまざと示すものであった。

 そして火星の状況は、アンタレス人とエリジアム人との間で怖ろしい戦争を引き起こしたのである。さらに彼らは互いに防衛と保全にばかり関心を払い、そうした戦争によって悪化する環境や気象の激変には注意することなく、それらが引き起こす来たるべき変化に備えることをしなかった。そしてその結果、火星プロジェクトに致命的とも言える二重の打撃がもたらされたのだ。それは一種の原子力戦争であり、それが大気を乾燥させ、惑星電磁場の有害な希薄化現象を早めることとなった。

 その後かなり短期間のうちに、火星の大地には人が住めなくなってしまった。かつて火星は誇らしいほどの3次元的な人口に満ち溢れており、活気に満ちていたが、今や空っ風が荒れ狂い、赤い砂の冷たい突風が吹き荒れていた。あらゆるところで有害な赤い砂が吹き溜まり、粉々になったかつての記念碑を覆い尽くしていた。そこではもはや誰も、どんな生命も、そこの大気を呼吸することができなかった。空気は放射能で汚染されていたのである。

火星から地球へ転生の場所が変わる--------------------------------------------------------------------- 

 アヌンナキが地球に自分たちの遺伝子を持ち込みやがて今の人間のような形の存在が生まれることになるが、この新しい人体の形は、輪廻してくる魂の住み処となることができた。 それが地球上の人間としての経験の始まりである。
 その目的はいくつもあった。自分たちのための労働者になるような存在を探していたアヌンナキたちもいれば、魂が生まれ変わることができる住み処となるような生物を、この地球上につくりだしたいと思っていたアヌンナキたちもいた。またアヌンナキの中には、ちょうど人が自分の子供がほしいと思うような気持ちで、人というものをつくりたいと思った存在もいた。さらに、人間という存在を作り出すことによって、自分もその一人となって生まれ変わっていこうと考えていたアヌンナキもいた。このことは、かつて火星に存在していたスピリットの形、また、どこかで生まれ変わりたいと思っていたスピリットとの共同作業で協調的に行われた。
 さらにもうひとつ目的があった。地球に生まれ変わることは、この地球の波動のため、魂にとっては非常に難しい経験になることがわかっていた。しかし、その大変な状況を乗り越えることによって、重要な学びの機会になるということもわかっていた。つまり、地球で輪廻転生する住み処となるような人間という存在をつくりだしたのである。このような人間という形での輪廻転生が始まったのは、紀元前300万年頃である。人間の転生の歴史は、ティアマト→マルドゥク→火星→地球であり、地球は4つ目である。

■紀元前200万年頃

 地球の海を任されているイルカやクジラに対し、陸上を任せる知的生命体として、シリウス星系の宇宙人によって新たに地球人が生み出される。この地球人も当時生息していた原人の遺伝子を操作した。

■紀元前176万年頃

 この頃の原人(ホモ・エレクトス)は、火山岩の周囲を打ち砕いて作った長さ20センチほどのアシュール型握り斧や、つるはし状の道具を石器として使用していた。彼らの一部はアフリカのケニア北部のトゥルカナ湖近くにいた。

■紀元前150万年頃

 外部の宇宙生命体のサポートもあり、バカラティーニ星の文明は高度に発展を遂げ、幸いに人々はテクノロジーだけではなく、災いから教訓を学ぶことができ、霊的、精神的に高いレベルへと進化した。こうして黒人種黄色人種の人々は、強い友情の絆を確立した。ただ、これを可能にしたのは、多くの人々がそうした過去の記録を残して後世へ伝え、何が原因で核戦争が引き起こされ、その結果どうなったかを後の世代が知り、よく理解したからなのである。このようにして平和がこの惑星を支配するようになり、それが続いていた。
 しかしやがて彼らは、自分たちの惑星がいずれ500年以内に住めなくなることを知ったのである。しかし彼らは、銀河には他に居住可能な惑星が存在することを知っていたので、本格的な探検旅行に取りかかった。そして地球へと移住していくことになる。

■紀元前140万年頃

 カナダのケベック州のアンゲーバー半島のはるか北方への隕石の衝突により、直径3.4キロメートルのピングアルイト・クレーターができる。



4章 地球の第1から第3文明-4/7:地球人のルーツ(PrejectnVega)

2016-01-15 | 宇宙種族

Project Vegaさんより http://www.project-vega.org/2014/03/5_30.html 

(1章序文より抜粋) この文章は様々な専門家が、インターネット、テレビ、本などで断片的に論じている出来事を集め、年代別に並べたSFである。可能な限り確実性の高い物的証拠やデータを優先的に集めているが、偽情報やノイズの判断が難しいこともある。特にチャネラーのチャネリングに頼った文章に関しては、本当かどうかは判断が難しい部分なので、この内容を鵜呑みにするのではなく、最終的には自分の頭で考え、確認して、正しいかどうか判断する必要がある。

 
 4章 地球の第1から第3文明 : 地球人のルーツ
 
(つづき)
 
ベガ人の2度目の地球入植---------------------------------------------------------------------------------

 この頃、ベガ系種族の船が一隻、再び地球の地表に降り立った。ベガ星人が再び地球に戻ってくるまでには、長い月日が経過した。ベガ星人はタイムマシンで、地球に何が起きたかを知ると、再び地球に人々を入植させようと準備を始めた。そして絶え間ない雨と氷や、その他の方法で地球を水で浸し続け、再び生命体が繁殖できるような環境を創り出した。そして再度、人間と動植物が運び入れられ、地球には二度目の命が与えられた。地球は太陽に対してこれまでとは異なる新しい角度に収まったようであった。太陽光は、今度は地球という惑星に障害をもたらさないだろうと思われた。
 当時ベガ星人は、動物と同じ生存本能だけで生きていた純粋地球人種と遺伝子的な関わりを持つことで、高度な霊性と知性を持つことのできる新しいクロマニョン人種を誕生させた。クロマニョンとは、遺伝子操作を受けて誕生した人種、すなわちクローン人種のことであり、現在の地球人類の先祖となっている。宇宙生命体が新しい地球人種を創造した場所は地球全土に及ぶが、当時の地球は、今の五大陸の地理ではなく、地殻変動により気候や自然環境も大きく変化していた。当時、大陸と陸続きで四季に恵まれた日本列島は、地球の生態系上、最も恵まれた環境で、理想郷のモデルを創るには最も適した場所であった。宇宙生命体によって創造された5色人種の中で、世界の東西南北をまとめる人種として、黄色のアジア人種が日本列島で創造された


ルマニア文明-------------------------------------------------------------------------------------------------

 ベガ星人が築いたこの二番目の文明はルマニア(Lumania)と呼ばれ、科学技術の発展という面においては現在の地球の文明よりも遥かに進歩していた。このルマニア文明の名称そのものは伝説のなかで語り継がれ、後世でもその名称が使われたことがあった。

 ルマニアでは「音」が極めて効果的に利用され、それは治療だけでなく戦争にも用いられ、移動用の乗り物の原動力として、また物体を動かすことにも音が使われていた。音は重いものを大量に運搬する手段でもあったのである。
 この二番目の文明であるルマニアの中心的な場所は、現在のアフリカオーストラリアがある地域に集まっていた。もっとも、当時は気候だけでなく、地表の陸地の占める位置も現在とはまったく異なっていた。当時の大陸の集まり方は、地軸移動によって入れ替わった両極の位置と関係していた。しかし相対的に見て、その文明は局地集中型であり、彼らの文明を少しずつ広げて行くといった拡大の試みは行なわれず、内側へと成長する性質を持っていた。
 そして一方で地球上には当時、広範囲に散在する非組織的な未開文明が同時に存在していた。しかしルマニア文明は、そうした未開文明をあえて「啓蒙」しようとしなかっただけでなく、総力をあげてそれらの文明が進展していくことを阻(はば)もうとした。こうした状況は長い間続いた。
 このルマニア文明を構成していた人々の大半が、以前に栄えた文明の非主流派集団であった。それ以前の集団に生きた人々のほとんどは、この物理的宇宙ではなく別次元の領域で存在し続けることを選択したのだが、二番目の文明を築いた人々は地上の生活に格別な愛着を持っていたことと、それまで関与していた体験的試みをさらに推進させたいと考えたために、別の存在レベル次元に移行することができたにもかかわらず、地球に残る選択をしたのであった。
 地球に残った彼らは、前回の文明の崩壊後から再び未発達な文明としてゼロから始めることには関心はなく、そこで過去の文明から得ていた知識のほとんどが彼らの天性となり、そのため様々な技術発展のプロセスを物凄いスピードで達成していくのであった。
 このルマニア文明の初期にあった彼らがとりわけ関心を向けていたのが、破壊行為に対する防御機能が生まれながらに備わった人類を創り出すことであった。なぜなら彼らの平和願望は、現代人のいう「本能」に極めて近いものになっており、そのために彼らの身体機能は、脳が強い攻撃性の信号を送っても肉体はそれに反応を示さぬように変化してしまっていたからであった。現在でも特定の個人にこの性質の痕跡を見て取ることができ、そうした人は、自分が他へ向かって暴力行為であると見なすことを行いそうになると、その前に気を失ったり、自分の身体を痛めつけようとさえする。
 そうした理由でこのルマニア文明の人々は、彼らの周囲に暮らす未開の土着の人々の文明化を望まず、そのままであることを望んだのであった。しかし一方で彼らは自分たちの集団から人を送り出し、土着の人々とともに生活したり通婚したりということも試みており、そうすることで自分たちの「種」が持つ「そうした生理機能」を平和的に少しづつ変容させていこうという願望があった。

 ルマニア人は過度に用心深く、大きく拘束された精神と肉体を持つ存在へと変化していくことになる。そうした状態にあっては、「生物としての身体が生き抜くために」当然必要な事柄があらゆる面において制約された。彼らの文明の知的進歩はめざましく、その技術はとどまるところを知らず、次々と先端技術が推進されていった。その一つとして、自分たちの存続のために他の生き物を犠牲にする必要をなくすために、人工食が開発されていった。
 彼らはまた同時に、自分たちの環境も損なうことなく、もとのままを維持しようとした。そして現代人がたどっているような蒸気機関車の時代や自動車の時代などの段階を経ることなく、彼らは文明の初期段階から「音」の技術開発に熱中していた。しかしながら彼らが用いていたのは、耳で聞くことの出来ない「音」であった。
 ルマニア人は非常に細身で、肉体的には虚弱な人々だったが、霊的には聡明か、まったくそうでないかのどちらかであった。すでに述べた彼らの先天的制御機能が、あらゆる方面で彼らの身体的エネルギーの流れを妨害していたために、本来極めて高度に発達していたはずのテレパシー能力にまで影響が及んだ場合もあった。 

ルマニア人の偏った在り方--------------------------------------------------------------------------------

  ルマニア人は自分たちの文明圏の周囲にエネルギー場を張り巡らせていたので、他の集団から干渉を受けずに済み、孤立して生活していた。よって彼らが自分たちの技術を用いて、そうした他の未開の集団を攻撃したり、破壊したりということはあり得ないことであった。しかしルマニア人のなかにも、自分たちの行なってきた実験的試みが、必ずしも成功しているとは言えないことに気づく人々が徐々に増えていった。その結果、かつて物理的宇宙にある別の惑星体系へ移住して行った自分たちに先駆けて地球で栄えた文明の人々と合流するために、肉体的な死をきっかけとしてルマニアを去る人々もいた

 そしてルマニア人のいくつかの大集団は、それまで住み慣れた都市を捨て、自分たちを包囲して張り巡らせていたエネルギー場を粉砕し、いくつもの比較的未開な人々の集団に混ざることで、通婚して子孫を残したこうしたルマニア人たちは暴力や破壊行為に耐えられず、未開の人々に対して戦うという同等な行為を持って応戦することができなかったために、彼らはみな早くに殺されて死んでいった。そうした中で彼らが自らの子孫に望んでいたことは、未開の人々との異種婚による突然変異の結果、破壊行為に走る傾向を持たないまま、なおかつ自然な反応を阻止してしまう彼ら本来の神経的制御機能が取り除かれることであった。

 その後、突然変異による子孫たちのうちほんの一握りの人々は後に小集団を作り、それに続く世紀には動物の大群を引き連れてその地域を移動するようになっていた。彼らと動物たちは相互によく助け合い、半人半獣にまつわる古い伝説の多くは、こうした過去の結びつきの記憶が長い年月を経て語り継がれたものでもある。彼らは、初の偉大な文明のまことの生き残りとして、自分たちの起源を潜在的な記憶として常に心の奥深くに強く留めていた。

 彼らは技術面では急成長したが、一方で彼らが目指していたことが創造的潜在能力の建設的な発達というよりはむしろ、暴力破壊行為の回避ばかりであったために、彼らの体験は著しく偏っていたのである。ルマニア人は破壊的行為をあまりにも怖れていたために、身体組織を通して 自由に表現することも是認できないところにまで追いやられていた

 そのような理由からルマニア人の文明はしごく活力に乏しいものであっ た。つまりそこには攻撃性が存在しなかったからではなく、エネルギーの流れや表現の自由が、肉体のレベルにおいて自動的に止められていたからである。地球上に暮らすものであれば、他からの暴力破壊行為は避けられないものであることを彼らはよく理解していた。しかしそのことを個人が独自のやり方で学ぶ権利さえも否定していたために、個人が自分なりに攻撃性を建設的と見なしうる行動へと変容させていく学びが阻まれていたのである。この点に関しては、自由意志が放棄されていたと言える。

 母親の子宮から外に出た子どもは、その後しばらくは病気から身を守る免疫機能が働くように、生後間もない子どもは、霊的な災いからも短期間は守られている。また子どもは自らの過去世での生活やゆかりの場所などに関する記憶を慰みとして持ち続けている。同じくルマニア人の場合も、何世代かにわたる潜在意識の奥深くに存在していた、遥かな太古に発展し滅びた自らの文明の記憶に支えられていた。しかしそうした記憶も徐々に薄れていき、ルマニア人は他からの暴力破壊行為からは自身を守り抜いてきたのだが、恐怖心に関しては同じようにすることができなかったのである。

  こうしてルマニア人は人類にとってごく日常的な恐怖の数々に翻弄され、破壊を伴う自然の力にさえ物理的な対策を講じることができず、彼らのなかではそうした恐れは益々過大視されていった。何かに襲われた場合、彼らには逃げる以外に術はなかった。「戦うか、逃げるか」という選択は、ルマニア人にはなかったのである。つまり彼らにとって唯一の手段が「逃避」であった。 

ベガ星人の第二次地球入植時に築かれた巨大都市クスコ------------------------------------------

 ルマニアの巨大都市クスコにはどこにも角というものがなく、その全体像は羽ばたく一匹の蝶に似ていた。また周辺の森がその美しさをいっそう際立たせるので、その都市は驚くほど煌(きらめ)いて見えた。ここはクザクという名前の街だったが、時が経つにつれて、その街はコスコと呼ばれるようになり、やがてクスコへと変化した。ここはベガ星人の第二次地球入植時に築かれた、地球への入港センターであると同時に、当時の3大都市の一つでもあった。このクザクの街でベガ星人によって興された地球初の化学産業は、宇宙においても屈指の規模を誇るものだったのである。 

ルマニア人の神の象徴--------------------------------------------------------------------------------------

 ルマニア人の神の象徴は、力が強くて筋骨隆々とした男性の姿をしており、自らの力で自分たちを守れなかったルマニア人を代わりに守ってくれる存在であった。この神はルマニア人の信仰と並行して発展していき、自らが表現し得なかった資質を彼らはその神に投影したのである。
 ルマニア人にとっては自然に対する恐怖は並々ならぬものがあったために、人間を育んでくれる自然との間に疎外感や隔絶感が生まれた。ルマニア人は地球上の破壊力から身を守ることがかなわなかったために、地球を信頼することができなかったのである。

ルマニア人の地下都市--------------------------------------------------------------------------------------

 ルマニア人の並外れた科学文明は、主に地球内部において用いられた。よって彼らはそうした意味では最初の穴居(けっきょ)人類であったとも言える。彼らは地下都市から地上へ出るときそうした洞窟を通り、その洞窟は未開の原始人たちが身を潜める隠れ家としても機能しており、ルマニア人の地下都市に至る道であることも少なくなかった。そうした洞窟や通路は、ルマニア人の都市が廃墟と化した後、遥かな歳月が経ってから、未開の土着民によって発見された。
 現代人が現在、石器時代と呼んでいる時期に祖先として見なしている穴居(けっきょ)人類たちが住んでいたのは、それらはしばしば自然の洞窟ではなく、後方がなめらかな壁になった通路へと繋がる人工的な洞窟であり、それらの多くはかつてルマニア人が暮らした廃墟だった。穴居人類の手になる石器の中には、彼らがそうした洞窟で見つけた道具の模倣であり、それを歪めた作りのものもあった。

 ルマニア文明は高度集中型の性質を持ち、他を征服したり、領地を極端に拡大したりはしなかったが、自らの居留地を設け、そこから地上に現れては土着民たちに関する情報を数世紀にわたって収集し続けた。居留地として地下に建設された大規模な地下都市は、言うまでもなく見事な設計がなされており、非常に複雑な地下トンネルの連結網によって繋がっていた。ルマニア人は審美眼のある人々であったので、壁画には線描画などが施され、地下の深い路地には彫られた塑像(そぞう)が並べられていた。
 中には、エスカレーターに似たさまざまな設備も利用されており、その中には歩行者を運ぶものや、物資や貨物を運ぶものもあった。彼らの居留地はたくさんの地域に散在していたが、その相当数が現在のスペイン、そしてピレネー山脈(スペインとフランスの国境地帯にある)と呼ばれている地域にあった。それにはいくつかの理由があったが、その一つはその山岳地帯に住んでいた巨人人種と関係があった。ルマニア人に特有の臆病な性質のゆえに、そのあたりの居住地に駐留することを歓迎する者はおらず、最初から一時的な任務ということで、中でも飛びぬけて勇敢なルマニア人がその地に赴(おもむ)いた。

 洞窟は外界への出入り口としての役割を果たしており、行き止まりと思われる洞窟の場所にはしばしば、「外側からは不透明で見えないが、内側からは透けて見える」素材を用いて作られていた。こうした洞窟を自然の住処として利用していた未開の人々を、ルマニア人は危険をおかすことなくこうして観察していたのである。

ルマニア人のテレパシー能力-----------------------------------------------------------------------------

 ルマニア人は念じることで、一定の振動周波数にそって思考を投射することができた。これは説明することが困難なすぐれた技であり、しかもその投射した思考を特定の地点においてさまざまな方法に置き換えることができた。たとえばそれらは、ある形状や色彩、あるいは特定の映像として表現できた。また彼らの言語は現代人には理解できない極めて特異なものであり、それは投射の調子や振動周波数や間の取り方などの変化が、あまりに緻密で複雑なものであった。
 ルマニア人は現代人の耳では捉えられない音も感知することがでた。ルマニア人特有の破壊行為への恐れは、それゆえに身体的メカニズムのすべてを驚嘆に値するほど鋭敏(えいびん)にしていた。それほど彼らは常に周囲に敏感でなくてはならず、用心深くなければならなかったのである。
 実際、ルマニア人の意思伝達は彼らの美点の一つであった。また彼らがそれほどの伝達手段を持つに至ったのは、ひとつには彼らが非常に破壊行為を怖れていたために、絶えず注意深くある必要性が生み出したものであった。彼らは常時、大規模な血縁集団をつくって生活していたが、これも防御の必要から見た当然の成り行きであり、そうした理由からも、地球内部に住んでいた人々はかなり居心地の悪さを感じていた。彼らは限られた人数ではあったが、いずれも自分たちの文明の主要地域からはすっかり孤立していた。
 しかしそれゆえに彼らのテレパシー能力は非常に発達し、さらに頭上にある地上世界と自分たちとの間の微妙な変化が察知できた。地表を通して地上を観察する目的で、数多くのいわゆるのぞき穴が設けられていた。また地上だけでなく、天体や星座を極めて正確に撮影することのできるカメラも設置されていた。ルマニア人が地殻や天然ガス層について精通し、完璧な記録を保持していたことは言うまでもなく、地震や断層に関しては常に注意深い警戒と予知を怠らなかった。ルマニア人は地中で生きるという選択をしたが、彼らはそれをかつて地球を後にした如何なる人種にも劣らず、誇らしく思っていたのである。

ルマニア人の芸術-------------------------------------------------------------------------------------------

 ルマニア文明には、線画や色彩画を用いた意思伝達の方法が存在していた。彼らにはそうしたことにおいて、極めて特異な情報チャネルというものがあったのである。ルマニア人の芸術は多くの点で、現代人のものよりも格段に優れており、さまざまな芸術形態が現代人には理解しがたい方法で互いに繋がりあっていた。その概念自体がまったく未知のものであるので、説明することも極めて困難である。
 たとえば、非常にシンプルな動物の絵などを想像すると、現代人にはそれは単なる動物を描いた絵に見えるが、ルマニア人にとっては、絵に表された線とは目に見える1本の線以上のものであり、ほぼ無数に識別される特徴によって、ただの線と思われるものが特定の音としても知覚され、それが自動的に翻訳された。その絵を見た人は望めば、絵の視覚的イメージに捕らわれる前に、音のほうを翻訳することもできた。よって単なる動物の絵から、その動物の歴史的背景についてのすべてが語りつくされるのを一瞬のうちに理解することもできた。

 直線や曲線や角度のすべてが、絵画の中で客観的な役割を持ち、音の高低や長短、音色などの極めて複雑な一連の多様性を表現しており、それらは「不可視の言語」と呼ぶことができる。線と線の間の距離は、音の感覚や時間の感覚として翻訳され、線画や彩色画においては、色は意思伝達に特有の言語表現として用いられた。
 現代人にとっても色彩は多少そうした性質を帯びているように、色は感情の度合いの変化を表していた。ルマニア人の絵画は大きさによっても独自のメッセージ性を持ち、細部における表現の緻密性を備えている一方で、意図を及ぼす範囲という点では絶大なる自由が保障されていた。このような絵画は、極めて濃縮されたものであった。

 こうしたルマニア人の絵画的技巧は、のちに三番目の文明の人々によって発見されており、その結果彼らによる模倣絵画の片鱗は今日まで残っている。しかしながらそれらの絵画のメッセージを解釈するための鍵はもはや完全に失われており、現在目にするものはほとんどが、かつての壮大な多次元的要素の欠落したものでしかない。たとえ彼らの絵画が残っていても、現代人にはそれを甦らせることはできない。現存する洞窟の中でも、特にスペインやピレネー山脈地方の特定の地域やアフリカにあるかなり古いものは実は自然のものではなく、人工的な建造物なのである。

ルマニア人の音によって巨大な塊りを動かす技術----------------------------------------------------

 ベガ星の科学技術を継承するルマニア人は巨大な塊りを動かすことができた人々であった。彼らは先に述べたように、「音」に精通しており、極めて高度な技術で音をコントロールすることができたために、実際に「音」による物質の運搬ができた。彼らは最初の地下トンネルを音の技術を用いて掘削し、本来はほとんど自然洞窟が存在しなかった地域に、その方法を用いていくつかの洞窟を築いたのであった。
 その洞窟の壁に描かれた絵画の多くには、高度に様式化された情報が現されており、それは現代社会で用いられる看板と似た意図のようでもあり、その地域に棲む動物などの生き物を描写したものであった。そうした絵画は、一般的に現代人が言うところの歴史に実在した初期の穴居人類によって、後に手本とされたのであった。

 ルマニア人は音を聞くと、即反射的に、しかも驚くべき鮮明さで三次元的な制約を越えてイメージが頭に築かれ、それが聞き手の内深くに取り込まれていった。つまり「音」による驚くべき識別が行なわれており、音には反射的に見事なイメージを創り出す力があった。ルマニア人には内なる視覚と外なる視覚という区別があり、会話の席にあって意思疎通がより明瞭になるように、会話中に目を閉じることは彼らにとってごく自然な行為だった。それによって言葉によるやりとりに伴って次々に変化する内なるイメージを楽しんでいたのである。

ルマニア人の知覚機能--------------------------------------------------------------------------------------

 ルマニア人は学習速度の速い人々であった。彼らは一つの感覚回路だけでなく、多数の感覚を同時に用いて情報を得ることができた。しかもそうした情報を反射的に教え子たちに刻印することができたために、彼らにとって教育は心躍るプロセスだった。しかし彼らのそうした資質と知覚機能のゆえに、そこに本来の彼らの弱さが生み出されてしまうことになった。
 つまりルマニア人は自ら果敢に立ち向かい、破壊的行為に対する自らの恐怖心を克服することができなかった。そしてこのことは当然のように、外に向かう特定の積極的性質をも厳重に阻止するという事態を引き起こしていた。そうした領域ではエネルギーの流れが妨害されていたために、実際にルマニア人には力漲(みなぎ)る性質だけでなく、力の感覚までもが欠如してしまっていた。これは肉体的な力のことだけではない。しかしルマニア人のエネルギーは、あまりに多くの部分が破壊行為の回避に向けられていたために、普通の積極性でさえも、それ以外の分野にエネルギーを注ぐことができなかった。

ルマニア文明と現代文明のつながり---------------------------------------------------------------------

 ルマニア人の霊的遺産は現代人の一部となっている。ルマニア文明の前後の二つの文明は多くの点で、ルマニア文明以上に成功を収めたと言えるが、ルマニア人の試みの背景にあった頑なな意図は極めてはかないものであったことも事実である。しかしながらルマニア人は、自らの現実において破壊行為への問題を解決することができなかったが、彼らがあれほど強く抱いていたその願望は、実は現代人の現実における霊的領域において今も鳴り響いている。
 過去・現在・未来というものは今この一瞬に集約されるという時間の真の本質のゆえに、現代人の見地から「かつて」存在していたルマニア人は、実は今、現在も同じように存在している。現代人の霊的領域にたびたび「浸透してくる思い」というものがあるが、これは偶然に起きているものではない。そこには一見極めてかけ離れたように見えるものの間にある種の調和関係が生じており、それらの間を「思い」が超えられるような効果がもたらされたとき、そうした「思いの浸透」が起こる。よって現代文明とルマニア人の文明との間には、そのようにしてこれまでにも「思いの浸透」が起きているのである。
 これまでにさまざまな古代宗教が、ルマニア人の思想を取り上げてきたが、その一例が「荒々しい神」の姿であった。ルマニア人はその姿に彼ら自身の力や権力や攻撃性を投影してきた。彼らは、「攻撃を仕掛けないというだけでは自分たちを守りきれない」という状況下で、この神が自分たちを守ってくれるようにと期待を込めたのであった。彼らの「浸透してくる思い」には、現代人にとっては未だ現在準備段階にあるものもあり、その中にルマニア人の芸術やコミュニケーションの概念を、初歩的な段階ではあっても現代のなかに見出すことができる。

4章 地球の第1から第3文明-3/7:地球人のルーツ(PrejectnVega)

2016-01-15 | 宇宙種族

Project Vegaさんより http://www.project-vega.org/2014/03/5_30.html 

(1章序文より抜粋) この文章は様々な専門家が、インターネット、テレビ、本などで断片的に論じている出来事を集め、年代別に並べたSFである。可能な限り確実性の高い物的証拠やデータを優先的に集めているが、偽情報やノイズの判断が難しいこともある。特にチャネラーのチャネリングに頼った文章に関しては、本当かどうかは判断が難しい部分なので、この内容を鵜呑みにするのではなく、最終的には自分の頭で考え、確認して、正しいかどうか判断する必要がある。

 
 4章 地球の第1から第3文明 : 地球人のルーツ
 
(つづき)
 
■紀元前27億年頃

地球で一度目の文明のエルポロン文明が興る----------------------------------------------------------

 シリウス星系の12種族が、地球に原始的な人類を誕生させ、ポラリア人と呼ばれた。これにより地球の一度目の文明であるエルポロン文明が栄える当時の日本は現在の北極圏にあり、ポラリス(北極星)の影響を受けていた

1.シリウス星系(代表:シリウスA・アルメーラ) 
2.オリオン星系(代表:ベテルギウース) 
3.プレアデス星系(代表:アルシオーネ) 
4.カシオペア星系(代表:シェダール) 
5.アンドロメダ銀河(代表:アルフェラッツ)
6.琴座星系(代表:ベガ) 
7.小熊座星系(代表:ポラリス[北極星]) 
8.ケフェウス座星系(代表:クモス) 
9.大熊座星系(代表:メグレズ[北斗七星δ“デルタ”星]) 
10.獅子座星系(代表:レグルス)
11.ペガサス座星系(代表:シェアート) 
12.クラリオン(代表:クラリオン)

 最初の根人種であるポラリア人は、物質的というよりはエーテル的な糸状の巨体を有していた。また彼らには性別がなかったため、科学者による分体生殖や出芽のプロセスで増殖が行なわれており、そのため本質的には不老不死であった。彼らは「アーキタイプ(元型的)人種」とも呼ばれ、その体は本質的に気体の性質を帯びていた。
 この時代には地球上の陸地は北極にあったものだけで、他の部分はすべて海に覆われていた。この極地大陸はまるで地球の頭に乗った帽子のように見えた。ここからの長い人類周期全体を通して、一度として海中に没することがないのはこの大陸だけである。 

エデンについて----------------------------------------------------------------------------------------------

 地球外の生命体が地球にやってくる時に行うことは、まずエデンを設置することである。彼らは必要なものすべてを宇宙船の中で育てるので、物に欠くことがない。よって異星人が地球上へチームを派遣する場合はエデンを設置する場所を決め、この惑星の生命体、植物、地質学、鉱物などについてリサーチする為のチームを置いていく。そして次に、12の円柱型のアンテナを地表から少なくとも1.6km地中に落とし埋める。そしてそれらをONにするとアンテナ同士がつながり周波数のドームが形成される。それが出来れば後は宇宙船から荷を降ろす。持って来た植物、果物の木など、彼らに必要な物すべてをドーム内に降ろす。そしてこの中は酸素が多すぎるわけでもなく炭素が過剰にあるわけでもなく、正確に彼らの肉体に合った環境になっている。水素ベースの環境にすることも可能で、水素ベースの存在達が外へ出て仕事をする際は、宇宙服を着ていけば良いだけである。これがエデンの正体である。

 人間型知的生命体の異星人たちは、野菜や生命をさまざまな惑星に伴って移動していた。別の惑星に移植できる生命は特別で、複雑なエコシステムを持った所でのみ可能となる。そして最も複雑なエコシステムはこれまでのところ酸素ベースであり、地球もそのひとつで、銀河でも少数である。
 後に、恐竜、鳥、果物、木などは太陽系にもたらされ、地球、火星、天王星に移植される。最初に完全に自己維持できる生態系を備えたエコシステムはエデンと呼ばれたもので、オリオン、二ビル、プレアデス人が使った言葉である。エデンとは庭のようなものであり、移植できるもので必要なものがすべてそろっている。
 彼らは必ずしも大きな宇宙船に乗って移動していたわけではなかったため軽く旅行でき、必要なものはすべて育つことができるようになっていた。すべての母船にはこのエコシステムが備わっている。アンドロメダの母船に関していえば、完全に自給自足ができてすべてが備わっており、その大きさは33kmもある。エデンは様々な種族があらゆる場所に作り出しており、一つではない

龍神、スカイフィッシュについて------------------------------------------------------------------------

 40億年前の地球が誕生した時、海の中には自然霊である龍神が住んでいた。この龍神は現在ではスカイフィッシュなどとしても知られているが、やがて地球外生命体が魚などの生物を地球へ持ってきて、その生物達がスカイフィッシュの子供を食べたりするなどして、悪影響を及ぼしていた。そしてスカイフィッシュは陸へ上がり、山の奥へと生息場所を移していった。さらに人間が地球上に誕生し、その聖域を侵すまでになり、スカイフィッシュと異星人との間に戦いが勃発した。スカイフィッシュは宇宙まで飛行したりするので、異星人達が調べたところ、自分達よりもはるかに知能の高い進化した最高生命体だということがわかった。それでお互いに干渉しないという協定を結んだ。最高生命体は生命を作り出す資格を持っている存在である。スカイフィッシュの中でも、大龍は宇宙人よりも高等な永遠の命を持つ生命体である。スカイフィッシュは神ではないが、デリケートで、美的感覚や芸術的センスを持ち、音楽や花見なども好む存在である。


 こういった自然霊には、天候などの自然現象を司る働きがある。自然霊界は、霊界の意志にもとづいて、雨を降らせたり、火山を噴火させたりしている。その自然霊にも、高級なものから低級なものまで、さまざまな段階があり、人間が神と呼ぶ愛情のエネルギーは、この世に姿を持ったことのない自然霊の中でも最高級、超高級の自然霊である。
 現在では、スカイフィッシュが実際に飛んでいる姿をビデオカメラで収めたものなどがあり、時折、雲が龍の姿をして現れることもある。
 龍という存在は、この宇宙に拡がるエネルギーの総称であり、本来、龍には善悪はなく、ただエネルギーの流れとして存在している。そこにそういう意味をつけたのは人間なのである。そしていったん意味を与えられたエネルギーは、その手を離れて宇宙を駆け巡り、一人歩きする。


■紀元前21億4000年頃

一度目の地球文明のエルポロン文明が崩壊------------------------------------------------------------

  こうして再び、悠久の長い年月が流れた。その間に地球人は、利己主義を基盤とする文明を築き上げていった。人々は強情で残酷ではあったが、技術と学問の分野ではそこそこの進化を遂げていた。生命についてさまざまな観念が形成され、考えを同じくする者たちのグループが複数生まれて互いに競い合い、新たな科学的発見に賭けるようになった。
 しかし、ある日、予想外の事態が発生した。二人の科学者が、飛行機用の新しい空気燃料を開発するために、地球内部にある研究所で働いていたが、その時、そのうちの一人が非難されるべきミスを犯し、突如、大気を燃え上がらせてしまった。あっという間に、地球全体が炎に包まれてしまった。炎は宇宙にまで拡大し、当時、地球の周りにあった複数の衛星にまで達し、その炎は衛星の表面まで焦がした。地球のすべての生命体は絶滅し、大気も消滅した。そして太陽からもかなり離れてしまった。

■紀元前19億年頃

 地球にヌーナ大陸という巨大な大陸が初めて出現する。

■紀元前10億年頃

 地球にロディニア大陸が出現。

地球にやってきた「エルダー・レース」----------------------------------------------------------------

 この地球が十分に冷え、生命体の居住が可能になったとき、宇宙の彼方からある種族がやってきた。それは「サイクロップス」、すなわち「一つ目族」として知られる種族で、「秘密の資料」の中では、「エル(L)・レース」または「エルズ(Els)」として紹介されている。(Cyclopsサイクロプスは、ギリシャ神話にも登場する「一つ目の巨人」のことで英語読み。ギリシャ語でキュクロープス)
 彼らはあらゆる巨大な周期に乗り、常により快適な宇宙の住処を求めて限りない星の道を旅する「巨人」たちであった。今でも神の種族である彼らは時空の別の次元の旅を続けている。
 エルダー・レースの一部の人々は、真のサイクロップスであった。つまり目が一つしかなかったのである。その他の人々は現代人と同じように二つの目を持っていたが、それとは別に「三つ目の目」である「心眼」というもう一つの目を発達させていた。彼らの身長は平均して3.7メートルもあり、男性女性と別れてはいたが、それは今日の我々が理解しているような性別とは異質なものであった。
 彼らは地球にやってくる前に、銀河系宇宙内のあらゆる空間を旅しており、そこに存在した数限りない太陽や惑星にことごとく自分たちの影響を与えてきた。ある天体が居住可能な状態になると、他の知的生命体に先駆けていち早くそこに住み着き、やがてその天体を去るときには、いくつもの巨大な都市からなる自分たちの地底王国に、膨大な資料を残していく、というように彼らはそれを延々と続けていた。
 宇宙の歴史やその他の情報を満載したその資料は小さなクリスタルに記録されており、ある種の電磁場に囲まれた状態で保存されているが、後にその天体に住んだ敏感な人々によって感知され、時々日の目を見ている。

 サイクロップスたちは、物理的な肉体を持ち、物理的な世界に住む生命体ではあったが、厳密に言えば、今の人間のように3次元世界でのみ生きる生命体ではなかった。彼らははるかな昔から、種族全体で、時間と空間を超越した存在になることを目指していた。つまり、惑星や太陽系といった物理的な世界に束縛されない非物理的な存在になることで、時空を超越して自分たち自身が神になることを夢見ていたのである。
 そしてついに、この地球が彼らの住み着いた最後の世界となった。彼らは地球にやって来てまもなく、その創造的な想念パワーに磨きをかけ、ついに物理的な束縛を完全に克服するに至ったのである。彼らは神になった。時間と空間を完全に超越した彼らに、地球や銀河に縛られている必要はもはやない。彼らは自由になった。彼らはついにシータ・ユニバース(8番目の宇宙)の、「想念宇宙」の住人になったのである。
 彼らが「エルズ」と呼ばれるようになったのは、その「シータ・ユニバース」へ到達を果たしてからのことで、それ以前の彼らは単に、「サイクロップス」と呼ばれていた。「エルズ」または「エル・レース」という呼び名は、彼らが物理的な束縛から自由になるために用いた手段に由来する。彼らは「直角位相シフト」の理解とその有効利用により、地球や銀河系宇宙を離れてそこを後の人類に解放した。直角位相シフト「エル(L)」という文字はまさに「直角」にほかならない。
 そして現在この地球には、ここに最初に住み着いた彼らに由来する単語が数多く残っている。彼らの別名「エルダー・レース」の「エルダー」もその一つである。elder-上位の、上級の、の意。エル(el)はもちろん「L」を意味しており、「ダー(der)」は「由来する(derive)」の短縮形である。その他、「高める(el-evate)」「排除する(el-iminate)」といった単語もそうである。エルズは自分たちをより高い次元に「高め」、時間と空間を「排除した」。辞書を開いて「l]や「el」で始まる単語を片っ端から調べたなら、それらの単語からさまざまな事実を発見して驚くことになる。「エロウヒム」という壮麗な単語も記されている。(el-ohim=典礼用語で神を意味する)

 「エルダー・レース」の一部は、地球に残ることになった。それはカルマ的な理由で「直角位相シフト」を通過することができず、仲間と離れて地球に留まることを強いられた者もいた。そのメンバーたちが再び仲間と合流するためには、自分たちの後に地球にやってくる人類に対し、教師としての役目を果たさなければならなかった。やがてそれが後のアトランティス大陸でも影響力を発揮し、1900年代にはもうほとんどが残っていなかった。

■紀元前7億年頃

 動物の祖となるクラゲ、ウミエラ、ゴカイに似た生物が出現する。

■紀元前6億年頃

 地球はエディアカラ紀を迎える。地球の気候が温和になったことで、世界中の海に生息する動植物が進化した。


■紀元前5億4200万年頃

地球はカンブリア紀を迎える-----------------------------------------------------------------------------

 この頃、地球ではカンブリア爆発と呼ばれる生物の多様化が起こる。突如として脊椎動物をはじめとする今日見られる動物界のほとんどの分類学が出揃った時期である。約1000万年の間に生物の種類を多く増やし、この頃から多くの化石が発見される。

 
(つづく)