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フィリピンにおけるセックスワークの歴史−2

2024-01-14 | フィリピン

20世紀初頭以降、フィリピンの米軍基地の存在(「危機的段階」に設置され、占領中も維持された)が、

基地のある地域にセックスワーカー( 性行為や性的サービスを職業とする人)を惹きつけた。

20世紀前半はセックスワーカーの数は比較的一定していたが、ベトナム戦争が始まると急増した。というのも、

フィリピンの基地には再びアメリカ兵やその他の外国人兵士が多く住むようになったからである。

ベトナム戦争では、クラーク空軍基地を支えたアンヘレス市や、スービック湾の米海軍基地に隣接するオロンガポ市など、

数多くの著名な「休息とレクリエーション」の中心地が設立された。

紛争中、何百隻もの船と何十万人もの軍人がアンヘレスとオロンガポを通過した。たとえば1973年には、

スービックに訪れた水兵の1日平均は8000人で、その年のオロンガポでの消費額は2900万ドルを超えた。

両基地とも現在は閉鎖されている。クラーク空軍基地は1991年のピナツボ山の噴火で大部分が破壊された後、

992年に閉鎖された。

スービック基地は1986年の早い時期に閉鎖され、その閉鎖はセックスワーカーのコミュニティから多くの抗議と抵抗を集めたが、

これらの抗議はほとんどメディアに報道されなかった。

現在、アメリカとフィリピンは、中国の南シナ海での活動に対抗して防衛関係を話し合う中で、スービック湾の基地を

再び米軍に提供するかどうかについて協議している。

ー続くー

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