年金・健保失政
― 行政監督能力の欠如 -
1、10月31日、5千万件に及ぶ年金記録漏れ問題の原因等を追及するために7月に総務省も下に設置された「年金記録問題検証委員会」(座長松尾邦弘前検事総長)は、最終報告書をまとめ総務大臣に提出した。同報告書では、厚労省(旧厚生省)、社保庁に「使命感、責任感が決定的に欠如していた」とし、歴代の社会保険庁長官をはじめとする幹部職員の責任が最も重いとすると共に、監督する立場にあった歴代の厚生相、厚労相も「責任は免れない」としている。
責任問題については、一般的な指摘で当然のことであろうが、今回のサンプル調査では、約5千万件(社保庁推定2兆3千億円相当)の内、入力ミスや結婚による氏名変更など、該当者の特定が難かしい記録が38.5%に上ることが明らかになった。その内、524万件は既に「氏名なし」であることが分っている。その上、死亡、年金受給の対象外など(約28%)を除くと、救済が比較的容易とされる者は34%弱でしかなく、08年3月までに是正するとしているが、救済されるのはせいぜいその程度に止まる可能性が強い。事実、救済作業も、約1万6千件の申し立てに対し9月末で190人しか記録救済できておらず、救済率は低い。それでも保険料を納付した国民の権利であるので1人でも多く救済されるべきであろうが、残りは払い損となる。
2、膨大な年金納付の記録漏れ問題自体だけでも年金制度の信頼性を揺るがす問題であるのに、年金保険料着服・横領事件が数多くあったことが表面化し、横領した職員の刑事告発を巡って、国(厚労省・社保庁)と市町村など地方自治体とが対立している。
これまでに明らかになっている着服・横領は、社保庁職員によるものが52件(約1億7千万円)、市区町村職員等によるものが101件(約2億4千万円)。これらの事件に対する社保庁と自治体の対応は、国民が納付した保険料の着服・横領であったにも拘わらず、免職や退職などの懲戒処分で、刑事告発されているのは1件程度しかない。それも横領事件の時効は7年となっているので、告発できるのは9件しかない。舛添厚労相は、これに対し、盗人は刑事告発し、法に基づき処罰するとの当たり前といえば当たり前の姿勢を明らかにし、関係自治体に告発を要請した。
しかし、告発するのは東京都日野市のみで、大崎、池田、田村の3市は告発せず、その他は未定。その上、鳥取県倉吉市長など、着服が行われていない自治体から厚労相の言動に抗議がなされている。厚労相が就任当初、この問題で「社会保険庁は信用ならない。市町村はもっと信用ならない」と言ったのが背景にある。
そりゃあそうだ。社保庁だって52件、約1億7千万円の横領があるし、市区町村の横領事件の多くは何らかの形で同庁に報告してあっただろうし、そもそも厚労省・社保庁には監督責任があり、他人事のように地方自治体を批判する立場にはないのだろう。
増田総務相が、各自治体の対応につき、「適切かどうか最終的には住民が決める話」と述べたと伝えられているが、法治国家においては、横領その他の刑法上の犯罪は法に基づき判断されるべきであり、公務員については告発すべきことが定められているので(刑事訴訟法)、自治体や住民が判断することではないはずではないのか。住民が判断するのは、その上で自治体や政府の施策に対し下されるのであろう。
このように長期に亘り多数の年金横領・着服を許したことは、歴代内閣、政権与党の行政に対する監督能力が問われるところでもある。また、会計検査院の検査体制や不正者の処分についての人事院の役割も問われるところであり、行政の適正化のための監視制度のあり方も課題となりそうだ。
3、こんなにずさんな管理をしている上、厚生年金会館の建設など「福祉施設費」に約3兆5千億円、グリーンピアの建設や住宅融資などへの出資が約2兆円など、少なくても合計6兆8千億円近くが年金給付以外に流用、浪費されていることが民主党の質問で明らかになったと伝えられている。多くの施設については投売り状態であり、また、この金額にこれら施設の人件費、管理費への補填額を含めれば流用額は更に膨らむ恐れがある。
その上、ボーナスからの年金料徴収や給付年齢の引き上げ、給付額の引き下げが行なわれ、それでも足りないとして消費税などの引き上げが議論されている。それに有料高速道路の料金やタクシー料金、その他ガソリン、食料品などの値上げもある。
この年金問題は、老齢者だけでなく、若い世代にとっても将来不安の最大の要因となっており、消費抑制の背景ともなっている。正に年金失政とも言える。
4、健康保険についても、少子高齢化の中で制度を維持するため、自己負担を増やすことは仕方がないが、65歳以上の年金対象者については、単に年齢に基づき一律に引き上げるのではなく、年金を含む総所得が例えば800万円以上については現役時同様の負担、それ以下は70%負担、年収300万円以下は50%負担など、年収、支払能力の実態に沿った負担にすべきなのであろう。現在与党が検討しているのは、老齢者負担増の一定期間の猶予であるが、目先の対応でしかない上、所得機会が少なくなる75歳以上の負担を一律に引き上げるのは酷な話だ。
更に、健康保険料の他に、いつの間にか介護保険料が付け加えられたが、実質的な健康保険料の値上げであり、年間7万円以上の追加支払いは年金生活者には負担が大きい。加えて、介護保険料が国民年金から自動的に差し引かれる仕組みとなっているようであり、実質的な年金給付額の引き下げとなり、年金生活者にとっては深刻であろう。老齢者が介護福祉のために困窮することになる。
これでは、将来への年金不安に加え、所得の低い者の負担感が高くなることになり、「福祉」ではなく「酷祉」と言われても、また、健保・年金失政と言われても仕方がないのではないだろうか。
厚生労働省への監督責任の欠如は、前防衛事務次官の過剰接待問題や政府関係事業の談合体質などを見ると、程度の差はあろうが、残念ながら「氷山の一角」でしかないのかも知れない。「官僚をうまく使う、仲良くやろう」ということ自体は誰しもそう思うが、それが政・官の仲間内の甘えやもたれあいの自己防衛などであれば、国民全体の利益に害する恐れがあり、行政監督責任が問われても仕方がないのであろう。
― 行政監督能力の欠如 -
1、10月31日、5千万件に及ぶ年金記録漏れ問題の原因等を追及するために7月に総務省も下に設置された「年金記録問題検証委員会」(座長松尾邦弘前検事総長)は、最終報告書をまとめ総務大臣に提出した。同報告書では、厚労省(旧厚生省)、社保庁に「使命感、責任感が決定的に欠如していた」とし、歴代の社会保険庁長官をはじめとする幹部職員の責任が最も重いとすると共に、監督する立場にあった歴代の厚生相、厚労相も「責任は免れない」としている。
責任問題については、一般的な指摘で当然のことであろうが、今回のサンプル調査では、約5千万件(社保庁推定2兆3千億円相当)の内、入力ミスや結婚による氏名変更など、該当者の特定が難かしい記録が38.5%に上ることが明らかになった。その内、524万件は既に「氏名なし」であることが分っている。その上、死亡、年金受給の対象外など(約28%)を除くと、救済が比較的容易とされる者は34%弱でしかなく、08年3月までに是正するとしているが、救済されるのはせいぜいその程度に止まる可能性が強い。事実、救済作業も、約1万6千件の申し立てに対し9月末で190人しか記録救済できておらず、救済率は低い。それでも保険料を納付した国民の権利であるので1人でも多く救済されるべきであろうが、残りは払い損となる。
2、膨大な年金納付の記録漏れ問題自体だけでも年金制度の信頼性を揺るがす問題であるのに、年金保険料着服・横領事件が数多くあったことが表面化し、横領した職員の刑事告発を巡って、国(厚労省・社保庁)と市町村など地方自治体とが対立している。
これまでに明らかになっている着服・横領は、社保庁職員によるものが52件(約1億7千万円)、市区町村職員等によるものが101件(約2億4千万円)。これらの事件に対する社保庁と自治体の対応は、国民が納付した保険料の着服・横領であったにも拘わらず、免職や退職などの懲戒処分で、刑事告発されているのは1件程度しかない。それも横領事件の時効は7年となっているので、告発できるのは9件しかない。舛添厚労相は、これに対し、盗人は刑事告発し、法に基づき処罰するとの当たり前といえば当たり前の姿勢を明らかにし、関係自治体に告発を要請した。
しかし、告発するのは東京都日野市のみで、大崎、池田、田村の3市は告発せず、その他は未定。その上、鳥取県倉吉市長など、着服が行われていない自治体から厚労相の言動に抗議がなされている。厚労相が就任当初、この問題で「社会保険庁は信用ならない。市町村はもっと信用ならない」と言ったのが背景にある。
そりゃあそうだ。社保庁だって52件、約1億7千万円の横領があるし、市区町村の横領事件の多くは何らかの形で同庁に報告してあっただろうし、そもそも厚労省・社保庁には監督責任があり、他人事のように地方自治体を批判する立場にはないのだろう。
増田総務相が、各自治体の対応につき、「適切かどうか最終的には住民が決める話」と述べたと伝えられているが、法治国家においては、横領その他の刑法上の犯罪は法に基づき判断されるべきであり、公務員については告発すべきことが定められているので(刑事訴訟法)、自治体や住民が判断することではないはずではないのか。住民が判断するのは、その上で自治体や政府の施策に対し下されるのであろう。
このように長期に亘り多数の年金横領・着服を許したことは、歴代内閣、政権与党の行政に対する監督能力が問われるところでもある。また、会計検査院の検査体制や不正者の処分についての人事院の役割も問われるところであり、行政の適正化のための監視制度のあり方も課題となりそうだ。
3、こんなにずさんな管理をしている上、厚生年金会館の建設など「福祉施設費」に約3兆5千億円、グリーンピアの建設や住宅融資などへの出資が約2兆円など、少なくても合計6兆8千億円近くが年金給付以外に流用、浪費されていることが民主党の質問で明らかになったと伝えられている。多くの施設については投売り状態であり、また、この金額にこれら施設の人件費、管理費への補填額を含めれば流用額は更に膨らむ恐れがある。
その上、ボーナスからの年金料徴収や給付年齢の引き上げ、給付額の引き下げが行なわれ、それでも足りないとして消費税などの引き上げが議論されている。それに有料高速道路の料金やタクシー料金、その他ガソリン、食料品などの値上げもある。
この年金問題は、老齢者だけでなく、若い世代にとっても将来不安の最大の要因となっており、消費抑制の背景ともなっている。正に年金失政とも言える。
4、健康保険についても、少子高齢化の中で制度を維持するため、自己負担を増やすことは仕方がないが、65歳以上の年金対象者については、単に年齢に基づき一律に引き上げるのではなく、年金を含む総所得が例えば800万円以上については現役時同様の負担、それ以下は70%負担、年収300万円以下は50%負担など、年収、支払能力の実態に沿った負担にすべきなのであろう。現在与党が検討しているのは、老齢者負担増の一定期間の猶予であるが、目先の対応でしかない上、所得機会が少なくなる75歳以上の負担を一律に引き上げるのは酷な話だ。
更に、健康保険料の他に、いつの間にか介護保険料が付け加えられたが、実質的な健康保険料の値上げであり、年間7万円以上の追加支払いは年金生活者には負担が大きい。加えて、介護保険料が国民年金から自動的に差し引かれる仕組みとなっているようであり、実質的な年金給付額の引き下げとなり、年金生活者にとっては深刻であろう。老齢者が介護福祉のために困窮することになる。
これでは、将来への年金不安に加え、所得の低い者の負担感が高くなることになり、「福祉」ではなく「酷祉」と言われても、また、健保・年金失政と言われても仕方がないのではないだろうか。
厚生労働省への監督責任の欠如は、前防衛事務次官の過剰接待問題や政府関係事業の談合体質などを見ると、程度の差はあろうが、残念ながら「氷山の一角」でしかないのかも知れない。「官僚をうまく使う、仲良くやろう」ということ自体は誰しもそう思うが、それが政・官の仲間内の甘えやもたれあいの自己防衛などであれば、国民全体の利益に害する恐れがあり、行政監督責任が問われても仕方がないのであろう。