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加計学園理事長は何故贈賄で起訴されないのか?

2018-09-15 | Weblog
 平成の本音―加計学園理事長は何故贈賄で起訴されないのか?
 文部科学省官僚の2つの汚職事件で、東京地検特捜部は医療コンサルタント会社役員(当時)の谷口浩司氏を逮捕した。この事件では文部科学省前局長佐野太被告と国際統括官の川端和明容疑者を相次いで逮捕した。
 2つの事件では、東京医科大学の臼井正彦理事長(当時)から文科省の「私立大学研究ブランディング事業」に選定して欲しいとの希望を受け、見返りに、関係局長の息子を合格させた疑いであり、医療コンサルテイング会社の役員であった谷口氏が、会食のセッテイングなどの口利きした贈賄ほう助の疑いだ。
 もう一方の事件は、川端容疑者(文科省国際統括官)がJAXA(宇宙航空研究開発機構)の理事に出向中、‘宇宙飛行士の講師派遣’など、‘便宜を図ってもらう見返りに都内の飲食店などで ’140万円相当の接待‘ をした贈賄の疑いだ。
 確かに、えこひいきを受けるために何らかの対価を官側に与えるのであるから‘贈賄’と言えるのだろうが、好ましくはないが、現実の社会では ‘コネ’ があるか無いかは大きな差で、残念ながらこの種のえこひいき、情実はある程度ありそうなことだ。
‘宇宙飛行士の講師派遣’を実現するために140万円相当の飲食の接待を行うことが ‘贈賄’というのであれば、加計学園の加計理事長が安倍首相と頻繁にゴルフや会食を行っていたことが明らかになっているが、どうなのであろう。一私人、一議員との関係であれば問題ではなかろうが、その関係は首相に就任してからも続いていたことが明らかになっている。安倍首相は、国会答弁で加計理事長は ‘腹心の友’ で ‘会食やゴルフ等をしていた’ ことを認めると共に、その費用については ‘持ったり持たれたり’ であると答弁している。会食やゴルフの費用は、少なくても一部は加計理事長が持っていたと見られると共に、そのような機会には、首相側近の元秘書官の官僚や官邸高官なども呼ばれており、これも費用は先方持ちであろう。公務員倫理規定では具体的な便宜を図っていなかったとしても、利害関係者との会食、ゴルフ等に当たりアウトであろう。
 その上、その頃首相として国家戦略特区を経済対策の目玉として推進し、獣医学部の新設につき検討を進めていた時期であるので、加計理事長は直接的な利害関係者であったわけであり、友人との会食、ゴルフでは済まなそうだ。
 加計学園は、建設を予定していた愛媛県に対し、理事長が首相と会った際首相が好意的な発言をしたなどとの報告をし、首相との緊密な関係を利用して、獣医学部の新設を有利に進めたと見られるが、会合したということはまっかな嘘だったと理事長自体が認めている。しかしゴルフ、会食は行われており、結果として獣医学部の新設を有利に進め、非常に大きな実利を得ている。加えて、愛媛県より土地や補助金を受け取っている。どのような理由があろうとも、公的機関に報告書の形で嘘をついた加計学園は、教育者としての資格が問われると共に、国の重要な政策に係る重大な贈賄の可能性があるので、真剣に捜査されてもよいのだろう。
 冒頭の文科省関係の2つの贈収賄事件が検察によるより大きな‘ヤマ’への序章なのかもしれない。しかし検察(大阪特捜)は、森友学園の国有地取得問題に関連し、大阪特捜が財務省佐川理財局長(当時)の公文書偽造を不起訴とし、検察への大きな不信を買ったが、今回は東京地検特捜の対応が注目される。
もっとも、辞任させられた文科省前川前事務次官が加計学園による獣医学部新設につき首相側からの圧力があったことを記載した文書を肯定したが、これに対する検察による文科省への締め付けの可能性もある。しかしそうであるとすると、公的正義や公的機関の公平性にとって事態はもっと深刻と言えそうだ。
正義は維持されなくてはならない。(2018.8.28.)
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皇位継承は新時代にふさわしい簡素で親しみやすく (その3)

2018-09-15 | Weblog
 シリーズー皇位継承は新時代にふさわしい簡素で親しみやすく (その3)
 8月1日、政府は2019年に予定されている現天皇の退位と新天皇の即位を円滑に進めるため内閣府に皇位継承式典事務局を開設した。また憲法上の象徴となる上で最も重要な「即位礼正殿の儀」(即位の礼、2019年10月22日)に多くの王室、元首級を含む外国賓客が訪日することが予想されるため、外務省内に「即位の礼準備事務局」を発足させた。
 天皇陛下の交代が円滑に行われることを願っているが、同時に関連式典の在り方や天皇の公務の在り方、年号の使い方、更には京都御所の復活による東西日本のバランスある発展などについて、新しい時代、グローバル化する国際関係にふさわしい簡素で分かりやすいものにすることが 望ましい。
1、皇位継承は国民レベルの日常が過度に影響されない式典で (その1で掲載)
2、西暦年号使用の一般化                  (その1で掲載)
 3、天皇の「公務」の軽減によるご負担の軽減   (その 2で掲載)


 4、歴史に基づいた京都御所の復活と江戸城の再興による東西日本のバランスある発展
  新天皇ご一家は、現在お住いの東宮御所から‘皇居’に移られることで検討が進められているが(現天皇は退位後東宮御所へ)、歴史的に見てそこは江戸城であり、また現実に江戸城の可成りの部分がそのまま残っている。
 新たな時代を迎えるに当たり、次の理由で江戸城址を中心とした江戸の回復と天皇が京都御所に戻ることにより、歴史に基づいた東西バランスの回復、発展を図ることが望ましい。
 (1)江戸城を中心とする江戸の回復は最大の観光資源
 江戸城は、欧米列強が開国を狙う中、天皇を戴いた薩長土肥の尊王攘夷派が徳川幕府を倒し、勝海舟と西郷隆盛との協議の末、戦火を交えることなく江戸城を明け渡し、江戸を戦火から守ると共に、欧州列強の介入を招くことなく、1868年に明治維新を迎えた経緯がある。
 従って江戸城は、東京の前身である江戸と共に内戦で破壊されることなく引き継がれ、城内に‘皇居’が建設され、天皇が京都御所から移り住んだ。皇居のある江戸城は、第2次世界大戦においても米国による東京への絨毯爆撃の対象から除外され、焼失した大手門を除き、幸運にもその歴史的な姿が維持された。
 江戸城を中心とする江戸の人口は、幕府が発足した17世紀初頭には15万人程度と言われているが、18世紀初頭には100万人を超えたと考えられている。
 特に、各藩の藩主を1年おきに江戸に出仕させる参勤交代が実施されるようになり、地方の大名が藩邸(各藩がそれぞれ嗜好を凝らし上屋敷、中屋敷、下屋敷で構成)を設けたのち、人口と共に江戸に地方の文化や富が持ち込まれ急速に人口が増加し、人口はロンドン(1801年約 86万人)、パリ(同約 54万人)と比較しても世界一の大都市であったと推定されている。文化的にも、地方の文化も持ち込まれ、多様性があり、また版画や日本画、歌舞伎など、欧州でも評価される高い文化が華を開いた。
その中心が江戸城であり、江戸文化は東京だけの歴史遺産ではなく、日本の、そして世界の文化遺産と言えるので、それを再評価し、可能な範囲で復元、保存して人々に開放することが望まれる。
 江戸城には、現在天守閣の他、幕府の中心となる本丸や二の丸があったが、いずれも焼失し、その代わりとして使われていた西の丸は、明治維新後宮殿として使われていたもののこれも焼失し、残っていない。
 出来れば江戸城のシンボルとなる天守閣だけでも復元したいものだ(注1)。現状でも江戸城址は、内郭(主要建物を含む内堀内)でも東西2.3km、南北1.8kmで、周囲約7.8kmに及ぶ広大なもので、主要な門や周囲の石垣や建築物は重厚で、正に日本最大の城址を思わせる。また明治維新に向けての内戦を回避し、また大手門以外は第2次世界大戦末期の爆撃からも逃れたため、城址内の植物や鳥、昆虫などは江戸時代以来の大変貴重な自然遺産だ。それを保全すると共に、江戸を象徴する江戸城址を保全し、文化遺産、自然遺産として公開することが望ましい。それは世界に誇れる貴重な観光資源ともなり、大きな経済効果も期待出来る。明治維新後、江戸城は天皇の御所として使用され、‘皇居’と呼ばれているが、それにより世界に誇れる大変貴重な歴史的な遺産が隠れてしまう結果となっている。(注2)
 江戸城については、城址だけではなく、徳川家の庭園(離宮)や増上寺、徳川家康・徳川吉宗・徳川慶喜を祀る上野東照宮など、徳川ゆかりのものや、各藩の藩邸跡や庭園など、多種多様の名所旧跡があり、これらを改めて整備し江戸城と結び付けると豊かな文化遺産として、日本人だけでなく世界に発信出来る。それは当時の地方の豊かさや文化の再発見でもある。
(2)歴史に沿って天皇は京都御所へ
 天皇は、もともと奈良や京都を中心として勢力を確立し、文化も伝統的に近畿地方にあり、関西、西日本発展の基礎となった。
 だが現在、京都には主人の居ない京都御所があり、歴史に沿わないと同時に、気の抜けた京都になっている。天皇が存在するのに何故京都御所が空なのか。
 京都御所を改修、増築し天皇にそこに入って頂いたらどうだろうか。京都、関西に命が戻り、活気が蘇ることが期待される。大きな経済効果も期待できる。
 公務等のため困難との意見もあろうが、交通や通信手段は飛躍的に向上しており、本質的な問題ではないであろう。天皇の機能や役割は憲法にきちんと位置付け、広く国民に理解されているので、京都御所に移られても何ら問題はないであろう。
 東京にお出ましにならなくてはならない時には、迎賓館赤坂離宮に必要な改修等を行い、ご使用頂けばよい。迎賓館は実際には年数回しか使われておらず、折角の施設も無駄になっている。
 明治時代は終わっており、新しい時代として、歴史に沿った対応をし、東西のバランスある発展を図るべき時であろう。

(注1) 天守閣は、1607年に建てられたが、火事で焼失し、その後2度修築されたものの1638年に再建されたものも、1657年に飛び火により焼失した。その後天守台だけは再建されたが、天守閣は再建されなかった。天守はほぼ同一規模で、5重6階(地上5階、地下1階)で高さは44.8m または 51m、天守台石垣は13.8mであり、地上58.6m以上あり、威光を放っていた。
(注2) 江戸城天守閣の復元については、千代田区やNPOグループが詳細な研究、企画を行っている。
また東京都の江戸東京博物館には、江戸城の模型や関係する貴重なものが展示されている。
(2018.8.11.)(Copy Rights Reserved.)
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皇位継承は新時代にふさわしい簡素で親しみやすく (その2)

2018-09-15 | Weblog
 シリーズー皇位継承は新時代にふさわしい簡素で親しみやすく (その2)
 8月1日、政府は2019年に予定されている現天皇の退位と新天皇の即位を円滑に進めるため内閣府に皇位継承式典事務局を開設した。また憲法上の象徴となる上で最も重要な「即位礼正殿の儀」(即位の礼、2019年10月22日)に多くの王室、元首級を含む外国賓客が訪日することが予想されるため、外務省内に「即位の礼準備事務局」を発足させた。
 天皇陛下の交代が円滑に行われることを願っているが、同時に関連式典の在り方や天皇の公務の在り方、年号の使い方、更には京都御所の復活による東西日本のバランスある発展などについて、新しい時代、グローバル化する国際関係にふさわしい簡素で分かりやすいものにすることが 望ましい。
 1、皇位継承は国民レベルの日常が過度に影響されない式典で (その1で掲載)
  2、西暦年号使用の一般化                  (その1で掲載)

 3、天皇の「公務」の軽減によるご負担の軽減 
 天皇のご公務の負担が今回の退位の大きな原因となっている。その軽減が望ましい。
憲法上は、天皇の国事行為として次の10項目を挙げている。
(1)憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
(2)国会を召集すること。
(3)衆議院を解散すること。
(4)国会議員の総選挙の施行を公示すること。
(5)国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証 すること。
(6)大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
(7)栄典を授与すること。
(8)批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
(9)外国の大使及び公使を接受すること。
(10) 儀式を行うこと。
 天皇の憲法上の「ご公務」はこの10項目に限定されるべきであろう。これだけでも大変な責任であり、激務と思われる。
 この中で具体的に内容が記されていない「儀式」を行うことについては、即位、大喪の礼などの各種儀礼を指すと考えられている。宮中で行われる各種の神道行事などの宗教性のある行事は公的な行事とはみなされないであろう。国の行事として政府が進める行事、例えば戦没者慰霊行事や国体開会式などへの参列は考えられるが、天皇が主催する「国事行為」としての公務とは言えないので、厳密にいえば「任意」の活動であり、憲法上の「ご公務」とは異なるので、この面での軽減は可能であるので、いわゆるご公務の軽減は可能のようだ。
 また外国の大使を接受することは憲法上のご公務であるが、外国の元首の訪日に際し行われる謁見、特に宮中での天皇主催の晩さん会、午餐会については、天皇は元首ではなく、あくまでも国民の統合の象徴であり、対外的に日本を代表するものではないので、憲法上の国事行為ではないと言えよう。王室等のある諸国からの国王、王女などの訪日に限定するなど、ご公務の軽減、簡略化が可能であろう。
 外国からの国・公賓の訪日は、天皇拝謁や晩さん会等との関係があるので、年4―5回程度に限られており、日本の外交の幅を制約しているとの指摘もある。多くの外国元首が訪日を希望しているが、5年から10年、又はそれ以上のウエイテイングとなっているのが現実のようだ。
               

 4、歴史に基づいた京都御所の復活と江戸城の再興による東西のバランスある発展(その3に掲載)
(2018.8.11.)
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皇位継承は新時代にふさわしい簡素で親しみやすく (その1)

2018-09-15 | Weblog
 シリーズー皇位継承は新時代にふさわしい簡素で親しみやすく (その1)
 8月1日、政府は2019年に予定されている現天皇の退位と新天皇の即位を円滑に進めるため内閣府に皇位継承式典事務局を開設した。また憲法上の象徴となる上で最も重要な「即位礼正殿の儀」(即位の礼、2019年10月22日)に多くの王室、元首級を含む外国賓客が訪日することが予想されるため、外務省内に「即位の礼準備事務局」を発足させた。
 天皇陛下の交代が円滑に行われることを願っているが、同時に関連式典の在り方や天皇の公務の在り方、年号の使い方、更には京都御所の復活による東西日本のバランスある発展などについて、新しい時代、グローバル化する国際関係にふさわしい簡素で分かりやすいものにすることが望ましい。
 1、皇位継承は国民レベルの日常が過度に影響されない式典で
 現行天皇の退位、新天皇の即位は多くの国民にとって関心のあることではあるが、皇位継承自体は皇室典範に基づく宮中での皇族内の行事であると共に、神器の継承等など宗教行事が関係することから、皇室会議メンバー(三権の長が含まれる)の参加の下で、簡素に行われることが望まれる。国民に対してはメデイアを通じて知らせることで十分であろう。
 「即位礼正殿の儀」(即位の礼)については、憲法上新天皇が国民の統合の象徴となることから、その趣旨に沿った身近に感じられる式典とすることが望まれる。しかし「国家元首」ではなく、また「国家」統合の象徴でもないので、在京の諸大使の参列を中心とし、海外からの賓客については基本的には皇室と関係の深い王室や希望がある場合は政府要路等で十分であり、権威的で国民から遠くなるような式典とすべきではないのではないだろうか。
 昭和天皇の崩御に際しては、崩御前年の秋ごろに容体が悪化し、それを心配して「歌舞音曲は控える」という注意が国民レベルで守られ、「時節柄」という表現が流行し、年末でありながら飲食店やカラオケ店等の娯楽施設から客が遠のき、翌年1月に崩御されると喪に服するため「歌舞音曲は控える」ことが国民レベルで徹底され、繁華街から客が遠のき、タクシーの列が短くなるなど、「時節柄」が慣例化し、バブル経済崩壊に拍車を掛けるなど、国民生活に過度な影響を
与えた事例がある。このようなことを繰り返すべきではなかろう。
 また大喪の礼では、厳寒の中各国首脳等を長時間拘束したことが疑問視された。

 2、西暦年号使用の一般化
 運転免許証の有効期限の表記を現在の元号から西暦に変更されることになるらしい。2019年春以降にも実施される見通しだ。複雑な年号と西暦との換算に悩まされている国民にとっては、制度の簡素化の上で久々の朗報だ。
 保守的と見られている警察庁が8月2日、変更方針を明らかにしたもので歓迎したい。実際は3年の有効期限とすると、2019年の皇位継承により新天皇が即位するまで元号は明らかにされるまでは、有効期限を元号では記載できない時期があるからだろう。一方国税庁は、2019年10月からの消費税再々増税に関連し、アルコールなどを除く飲食料品や新聞については軽減税率が適用されるとしてパンフレットを事業主などに送付して来ている。再々増税を当然視しており、フライイングとも思われるが、これに関連して「平成35年10月から導入される適格請求書等保存方式」なるものをこまごまと説明している。平成35年10月?? 無いでしょうそんな年。更に平成38年など無い年号を記載しており、省庁での対応の混乱を示している。
公的機関への有効期限付きの各種の申請書や提出書類の日付から個人の履歴書などなどにも同様の問題が起こる。
 そもそも多くの国民は複数の年号を経るので元号表記は煩雑で、そのために費やす手間暇は可なりのもので、超高齢化の時代では更に煩雑な作業が必要となる。時間の喪失感は無視できないほどで、社会的な損失も大きい。
 日本にはこの種の伝統や慣習が多くある上、法律、規則で公的機関への提出文書を細部まで定めていることが多い。一方日本人は良く働き、残業も多く、夏季休暇が短い上休暇も返上して働くのに、労働生産性は欧米諸国が加盟するOECD 35カ国中20位(37年連続という醜態)、先進7カ国中では40日程度は夏季休暇を取るイタリア、フランスよりも低く最下位だ。
 要するに日本人は労働時間が長いのに反して賃金、役員報酬がおしなべて低いということに尽きる。では何故そんなに労働時間が長いのか。その大きな理由の一つが、元号の換算や箸の上げ下げまで規定する規則ずくめの制度にある。米国はじめ多くの国が、日本は市場参入が難かしい、投資し難い、非関税障壁があるのではないかなど、市場の開放性に疑問に思っている。確かに日本人でありながら新規に何かをしようとすると制度や申請書類などが細かく複雑で大変だ。行政書士や代行業が流行るのもうなずける。古い慣習や制度を、新規の法律、制度の導入時や20年毎など一定期間で廃止することを義務付けるなど、簡素化して行かないと、労働生産性も上がらないし、市場参入などへの阻害要因がアルバム式に増えることになる。
 古い制度や規則を時代の変化に伴い漸次廃止していく意識と努力が必要だ。元号はその一つで、西暦年号の使用を一般化すべきだ。元号の使用(その場合必ず西暦年を併記)は、宮中行事などを中心とすることで伝統はで十分維持できる。

 3、天皇の「公務」の軽減によるご負担の軽減                (その2)

 4、歴史に基づいた京都御所の復活と江戸城の再興による東西のバランスある発展(その3)
(2018.8.11.)
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時差Bizの竜馬はミスマッチぜよ!!

2018-09-15 | Weblog
平成の本音―時差Bizの竜馬はミスマッチぜよ!!
 東京都の小池知事は、7月から「時差Biz」と銘打って時差通勤による通勤ラッシュの緩和を提唱し、実施に移した。
 時差出勤は、以前にも実施され、一定の混雑緩和となり、現在では戦後に経験した芋洗いラッシュや駅員の押し屋も見られなくなり、一定の効果があった。
 更にこれを進めるということであり、必要な努力として評価できる。
 しかしその「時差Biz」プロモーションに坂本竜馬が使われている。坂本竜馬は、江戸時代末期の土佐藩(高知)出身の志士で、薩長同盟の成立を画策するなど江戸幕府を倒すことに貢献した。そして明治維新を迎え、江戸は東京となった。
 何で東京都の「時差Biz」プロモーションに坂本竜馬が使われるのか意味が分からない。東京の前身である江戸を倒すことに貢献した男だ。しかも古臭い。使い古されたキャラで、恐らく若い人達は‘何した人?’と思うか、気にも留めないかだろう。
ミスマッチとしか言いようがない。小池都知事は、兵庫県出身で関西の大学で学んだことがあるので、坂本竜馬に親近感を感じるのだろうが、東京に住んでいるものにとっては違和感を持つ。東京都は日本の首都であり、人口の45%以上は地方出身であるので、地方だからどうのと言う積りは更々ない。しかし東京都知事であればもっと江戸や東京になじみのある人物等を活用してはどうなのだろうか。
また東京都知事としては、東京の前身でこの地域を飛躍的に拡大、発展させた江戸の文化や遺跡をもっと引き出し、保護することが役割ではないだろうか。その意味で江戸の中心であった江戸城址を可能な範囲で修復、復元し、更に開放して行くべきではないだろうか。江戸城は世界に誇る歴史遺産である。
(2018.7.25.)
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赤坂自民亭、議員宿舎ってそんなに美味しいんだ!!

2018-09-15 | Weblog
平成の本音―赤坂自民亭、議員宿舎ってそんなに美味しいんだ!!
九州、西日本で大雨が予想され、気象庁が「特別警報」を出していた7月5日の夕、安倍晋三首相はじめ自民党関係議員が‘赤坂自民亭’と称する赤坂議員宿舎で酒盛り懇親会をしていた。あのような被害は予想の範囲を超えており、また本来は私的な懇親会であるので仕方ない面はあるが、その盛り上がっていた席の写真を参加していた女性参議院議員がツイッターにアップした。
西日本であれほどの大惨事になっていただけにツイートではひんしゅくの嵐、新聞、テレビも取り上げた。一方麻生財務相は、‘赤坂自民亭’ついての記者の質問に答え‘あっても、いいんじゃない’とコメントした。
確かに宿舎でプライベートな懇親会をする自体は、タイミングが悪いと言えば悪いが、それ程目くじらを立てることでもない。
しかし‘赤坂自民亭’は、他党も入っている議員宿舎にある。贅沢なものだ。他党も競って政党別料亭を開業できるのか。
ところが赤坂議員宿舎は、国会などにも近い東京の一等地にある豪華なものであるが、すべて税金で作られ、国民の負担で建てられたものだ。総工費は大体334億円、部屋は和室1部屋、洋室2部屋の3LDK(82㎡)で家具つきとなっている。それで家賃は時により8万4千円から10万円まで増減はある。引き上げられても月92,000円くらいだ。2015年9月前後でのこの仕様のマンションの家賃相場は53万円~61万円であるので、周辺相場の約6分の1以下という破格の安値で利用されている。
その豪華国営宿舎でバブリーな響きがある‘赤坂自民亭’を開設し酒宴を催すことが国の定める宿舎利用規定などで認められているのであればいいのだろうが、国費で建設され公的補助で運営されている議員宿舎であるだけに、若干調子に乗り過ぎの印象を与える。他の党の議員が同様の議員宿舎内料亭を開設するとは思えないが、自民党の要路を含む議員が、国民に各種の負担を掛けていることをよそにして、こうした特権意識、特権体質を持っていることがうかがえる。
こうしたことを止めなさいと言っても、地下に潜って体質自体は変わらないだろう。しかしそういう贅沢が出来るのならば、議員宿舎の家賃は周辺相場の50%以上として国庫への負担を軽減すべきではないだろうか。周辺相場の約6分の1以下とはいかにも安すぎる。
この点は赤坂以外の議員宿舎にも言える。また全国にある公務員宿舎についても同様の家賃引き上げをするか、このような宿舎自体を暫時売却し、国庫負担を軽減する一方、家賃の上限を設け、30%程度の家賃補助を行うなど、抜本的な対応を考える時期にあるのだろう。
国有、官有の土地建物や施設等については、補修費や建て替え費、そして管理人を含む管理費、不動産税機会の放棄などコスト高となっており、財政圧迫要因になっている。旧来は必要な時期もあっただろうし、場所も当時は閑散とした場所にあったとしても、現在ではほとんどが住宅街、繁華街になっており、廃止が問われる場所が多くなっている。例えば、中央区京橋に警察博物館があるが、京橋に近い銀座通り沿いにこのような施設がある必要はもはやなさそうだ。
また戦後の時代と顕著に変わったのは、公共交通網の拡大と充実、更には賃貸を含め住宅事情の改善で、議員宿舎や公務員宿舎などを保有する必要性は低下している。財政的余裕もない。(2018.7.24.)
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金融・財務行政の危うい異常な同質性!

2018-09-15 | Weblog
平成の本音―金融・財務行政の危うい異常な同質性!
 7月10日、麻生金融相(財務相)は、金融庁長官として遠藤俊英監督局長(旧大蔵省出身、東大法卒)を起用する人事を発表した。同時に企画市場局長として三井 秀範検査局長(旧大蔵省出身、東大法卒)、総合政策局長に佐々木 清隆総括審議官(旧大蔵省出身、東大法卒)などを発表した。
 一体何、この異常な同質性は!?金融庁長官を含め主要幹部が東大法卒で、旧大蔵省出身である。
 更に更に、中央銀行の黒田総裁も東大法卒だ。また財務次官として星野次彦主税局長を昇格させたが、同人も東大法卒である。
 日本経済の根幹となる金融財政行政のトップを含む主要幹部がすべて東大法学部卒という異常な同質性となっている。
 法学部卒だからどうだということを言うつもりは更々ない。現代社会においては法律、規則は不可欠であり、国家や行政各部にもそれをチェックする法律部や法律専門家は不可欠だ。金融・財政行政においても、国会で法律、規則を作り、それの基づき監督等することが必要であるので、法律専門部局や法律専門家は必要である。
 しかし金融・財政行政を進める上で、法律以前に必要な経済、金融実態や必要と思われる政策の効果や弊害を正しく理解することが必要である。
 なんでもかんでも法律、規則を作ればそれで良いということでもない。それは諸分野で自由な活動、自由な市場を規制し、自由が失われて行き、あたかも社会主義、共産主義のような中央統制国家となり、自由な経済活動や自由市場を制限、規制するという弊害をもたらす可能性が高い。
 また法律、規則は一度作って明文化してしまうと、文言が本来の意図を離れ独り歩きすることが多い。本来の趣旨を離れ、敢えて規制や罰則を科す必要がなくても、なんと説明しようと「規則ですから」ということになる。身近な例からすると、「放置自動車(自転車)」、自動車の路上「放置」だ。
 本来、閑散とした道路や山道などに放棄する目的で「放置」されていた自動車などを取り締まるために、駐車違反とは異なる「放置」を取り締まりの対象にしたものと見られる。広辞苑にも「放置」は、「かまわずに、そのままにして置くこと」と説明されており、それが常識的な認識だろう。しかし、「放置」自動車は、駐車禁止区域かどうかなどは別として、自動車を幹線道路から入った片道2車線の閑散とした道路に止めても、「車から離れ、直ちに運転できない状態」とされ、何らかの理由で1分でも自動車を離れると、何処からともなく現れる請負業者が「放置」の通告書を車に張っていく。理由や時間を問わない。熱中症予防にコンビニで飲料水を求めていたなどと説明しても「法律です」と言われ、状態により1分でも18,000円から15,000円罰金を支払わされる。
 直ちに戻って運転して移動することが前提であり、「かまわずに、そのままにして置くこと」ではないので、非常識な法律解釈であり、常識に外れた取り締まりと見える。もっとも実際に取り締まっているのは、駐車・駐輪違反同様、警察・公安当局から委託を受けた下請け業者であり、行政下請けビジネスとなっているので、取り締まりが多ければ儲かるシステムになっているようだ。
 その後の取り締まり強化と国民の理解で「放置自動車」は現在減少しており、放置取り締まり関連法はその本来の目的を達しているの、で業者による取り締まりを廃止しても良い時期であろう。しかし警察や公安当局の予算上は委託費が毎年ついているので、行政ビジネスを維持するためには、非常識でも取り締まりを強化するということになるのだろう。法律が、国民の行動を制約した上、非常識な罰金で国民に負担を掛けるという2重の弊害を出している例だ。
 金融・財政行政の法律専門家に異常に偏った人事構成は、金融経済の実態を理解せず実態に即した柔軟な政策を見誤る弊害と法律優先の管理経済、規制経済に走る2重の弊害となることが懸念される。同時に人事面での閉鎖性が不健全な人間関係、モラルやコンプライアンスの低下を引き起こす結果となっているのだろう。(2018.7.22.)
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祝自民・公明、参議院定数6増、カジノ法案可決!?

2018-09-15 | Weblog
シリーズ平成の本音―祝自民・公明、参議院定数6増、カジノ法案可決!?
 自民公明両党は、7月11日、参議院において参院定数6増を強行可決し、衆議院でも18日、強行採決した。カジノ法案も近々にも可決の見通しだ。
 折しも7月7日からの大雨で西日本を中心に大被害を受け、死者が200名を越す大惨事の中で、よくも‘ブレず’に‘極楽トンボ’振りを発揮してくれたものだ。祝自民・公明だ。
 カジノ法案の10日の委員会審議には、広島、岡山両県で多くの死者、行方不明者を出しており、人命救助、ライフラインの復旧等が緊急に必要とされている中、‘そんなの関係ねー’とばかりに、石井国土交通相がカジノ法案を力説していた。それとも自民も公明もカジノ依存症~?
また九州、西日本で大雨が予想され、5日午後気象庁が「特別警報」を出している中、安倍晋三首相はじめ自民党関係議員が‘赤坂自民亭’と称する赤坂議員宿舎で酒盛り懇親会をしていたと伝えられている。あのような被害は予想の範囲を超えており、また本来は私的な懇親会であるので仕方ない面はあるが、その盛り上がっていた席の写真を参加していた参議院議員がツイッターにアップしていた。西日本であれほどの大惨事になっているのに立派な‘極楽トンボ’である。政府首脳や議員が国や国民のことに無頓着な姿として映る。人口減と膨大な公的債務の累積が現実のものになっているのに、議員を増やし、消費税再増税をし、福祉を削る一方選挙受けのするバラマキや無駄な予算を大盤振る舞いするなど、自・公両党は国民を食い物にしているように映る。国民はこのような両党の行動を冷静に評価し、選挙に反映させる必要が強くなっているようだ。
自・公連立政権は、国民に期待を持たせることを‘しっかりと’言うが、言っていることと、やっていることが違うことが多い。森友学園や加計学園問題では、トップから補佐官、財務大臣、関係閣僚まで‘しっかりと’嘘をつく。
国民が自然災害で苦しみ、命を落としているのに、更に9年連続人口減であるのに、そんなことにお構いもなく議員増を図り、カジノを優先して通す。しかしそれでも国民がそういう議員を選んでいるのだから仕方ないと言えば仕方ない。ビジネス化しているマスコミもそれを容認している形だ。
自民、公明の議員さん、おめでとうございます。議員は不滅です。
野党も野党で、問責決議や不信任決議を出して抵抗している積りだろうが、初めから衆参両院とも、自民、公明に簡単に否決されることは分かり切っている。共産党や社会党左派は、共産主義、社会主義を信奉する政治宗教のようなもので、なかなか一緒になるのは難しいだろうが、野党もまとまらなければ何もできない。嘆いていても仕方がない。
取り敢えず、参議院は税金の無駄、廃止、又は議席を半分以下にすべし。
個性を失い、自分の意見を持たない議員を作る政党助成金、その元凶である政党ベースの比例代表制は廃止すべし。(2018.7.19.改訂)
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加計理事長、首相と会ったはまっかな嘘と表明!!

2018-09-15 | Weblog
平成の本音―加計理事長、首相と会ったはまっかな嘘と表明!!
国家戦略特区構想であった獣医学部の新設を巡り、加計学園と首相との緊密な関係が国会内外で問題視されている問題で、沈黙を続けていた加計理事長が、6月19日、地元の岡山県で記者会見した。
この中で、学校法人加計学園の同理事長は、愛媛県の文書には‘2015年2月25日に加計氏と安倍首相が面会し、首相が肯定的なコメントした’と記されていることに関し、首相と会ったことは‘記憶にもないし、記録にもない’とすると共に、そのような報告をしたのは、同学園の渡辺事務局長の嘘であるとして謝罪した。その上で、学園事務局幹部による「不適切な言動」に対し、当該事務局長を減給10%(6カ月)の懲戒処分、理事長も給与10%を1年分自主返納する旨発表した。
獣医学部の新設は、アベニミクスの中で目玉とされた国家戦略特区構想の中で進められた国家的な重要政策であり、それが直接の利害関係者である学園側のまっかな嘘で進められたことになり、詐欺に近い。予算的にも、愛媛県今治市に新設された加計学園の獣医学部には、約37億円相当の市有地が無償譲渡され、事業費の半額にあたる最大96億円を県と市が負担するという莫大な経済的利益を伴うものであり、結局は国民、県民の負担となるものだ。
加計学園に対する政治的優遇については、首相、首相を補佐する補佐官や事務方が虚偽を語り、記憶にないなどと繰り返し、信頼を失墜させていところに、今度は受益者側が大嘘を地方行政機関に言っていたことが明らかになった。これを黙認することは、政権と行政当局、与党のコンプライアンス(法令順守)や内部統制を劣化させ、嘘をつき通せば不正も通せるという悪例を作ることになり、内閣、行政、与党の信頼性と民間との不適正な関係において非常に望ましくない。
政治的、社会的な責任が問われるところであろう。また獣医学部は既に開講しており、学生の将来もあるので、許可取り消し等は困難であろうが、愛媛県に大嘘をつき教育に携わる資格が問われる加計学園については、経営主体とすることは不適当であろう。公正な一般公募により経営主体を他の教育団体から募るべきであろう。(2018.6.24.)
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北朝鮮の非核化、ツケだけ回された日本!?

2018-09-15 | Weblog
平成の本音―北朝鮮の非核化、ツケだけ回された日本!?
6月12日、シンガポールにおいてトランプ米国大統領と金正恩北朝鮮国務委員長が歴史上初めて握手し、首脳会談の後、‘トランプ大統領が北朝鮮に安全保障を約束し、金委員長が朝鮮半島の完全な非核化への揺らぎのない決意を再確認し’、共同声明に署名した。
一部メデイアは、具体性がないなどの批判を行っているが、独裁国家である北朝鮮との関係において、最高首脳から非核化の約束を直接引き出したことは大きな成果であり、これにより北朝鮮の非核化への方針が確認されたと言っていいであろう。
しかし非核化と言っても、研究開発施設やウラン濃縮などの製造施設、そして核爆弾や関連物質の処理には莫大な費用が掛かるが、トランプ大統領は共同声明が発表された際の記者会見において、米国はその費用は出さない、韓国や日本が支援してくれるであろうと述べた。莫大な費用が日本にツケ回された形だ。
そもそも北朝鮮の核、ミサイル開発は、朝鮮戦争が1953年に停戦になったものの、終戦にはなっておらず、米・韓との敵対関係が継続されていた中で行われて来たものであるので、日本は朝鮮戦争の直接の当事者ではないし、また今回の朝鮮半島の非核化は、韓国の文大統領が南北首脳会談を主導し、朝鮮半島の非核化と恒久平和構築への取り組みが約束され、それを受けた米国が北朝鮮との首脳会談に合意し、北朝鮮の非核化への約束確認へとつながったもので、韓国、米国のイニシアテイブで進められたものである。
安倍政権は、米・朝首脳会談直前まで北への‘最大限の圧力継続’一点張りであったはずだ。何で北と敵対関係にある米・韓が主導した非核化の巨額費用を日本が払わなくてはならないのか。
 日本は、自公政権の下で北朝鮮への圧力強化の路線を取って来ており、‘最大限の圧力’ ‘最大限の圧力’と叫び続けていたが、米・朝首脳会談を前にして、トランプ大統領は‘最大限の圧力’とはもう言いたくないとして、金正恩と握手をし、非核化、和平のバスに乗り換えた。日本はそのバスにも乗れず、ツケだけを回されたようなものだ。
確かに北朝鮮の非核化は、米韓両国のみならず、中国、ロシアその他東アジア全体の安全にかかわる問題であるので、日本が北朝鮮の非核化に必要な国際機関による査察、監視などに応分の負担をすることは必要であろう。しかし膨大な非核化費用を日本が肩代わりする必要はないのではないだろうか。日本はこれから北朝鮮との和平過程において相当額の賠償を要求されることが予想されるだけに、その前に非核化で巨額の負担をする余裕もないはずだ。
トランプ大統領が、日本人の拉致問題について金正恩国務委員長に直接提起したことは大変心強く、被害者家族も何らかの進展を期待していたであろう。しかし日本の拉致問題は人権問題の中で触れられただけで、共同宣言にも載らなかった。他方米国は、拘束されていた3人の米国人の解放を首脳会談前に実現し、また共同宣言において朝鮮戦争で死亡した米兵等の遺骨の帰還を約束させるなど、きっちり結果を出している。安倍政権が北朝鮮の核、ミサイル問題で前のめりで北朝鮮を批判し、圧力強化を主張していた上、トランプ大統領に拉致問題を提起してもらったことで足元を見られたのであろうか。
しかし安倍政権は、拉致問題解決を‘最優先課題’などと言って期待を持たせながら、最大の圧力継続一辺倒で何らの結果も出していない上、今回韓国、米国に後れを取り、出遅れた結果となった。安倍政権は、言っていることは明確で耳障りは良いのだが、何らの結果を出しておらず、実態は問題の先送りをしているだけとなっている。
この政権は、首相自身はもとよりその下の政官関係者が、森友学園問題においても、加計学園問題においても国会や国民に真実を語らず、虚偽に虚偽を重ね、決済された公的文書の本質部分を削除改ざんし、また加計学園問題では、明らかに特別に優遇している一方、加計学園側が獣医学部新設場所となる愛媛県に対し、首相の名前を使ってあたかも首相と会談を持ち、支持を得ているかのような嘘をつき、詐欺まがいの工作をしたことを黙認している。これら一連の不誠実、不適切な対応は、行政の信頼を根本的に失わせており、政府の発言の信頼性と行政の倫理観、コンプライアンスにおいて戦後最悪の状態になっている。拉致問題についても、発言の信頼性に疑問が持たれる。
事実、2014年5月の日・朝ストックホルム合意において、北朝鮮が日本人拉致問題などの再調査を約束し、特別調査委員会が持たれた。しかし2017年4月17日、日本側が北朝鮮の調査委員会との会合が持たれた後、北朝鮮の宋日昊・日朝国交正常化交渉担当大使(当時)は、平壌において記者団に対し、再調査特別調査委員会について‘解体された’とし、拉致問題に‘誰も関心がない’と述べる一方、‘日本側から要望があれば、人道問題として残留日本人問題に取り組む用意がある’とし、拉致問題は終ったとの姿勢を示した。再調査特別調査委員会が‘解体’され、拉致問題の非常に重大な局面であったにも拘らず、日本側はその後も拉致被害家族の意向に沿う形で‘圧力’の維持、強化に終始し、期待を持たせながら、問題を先送りして来ただけのではないだろうか。(2018.06.18.)
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