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皆様からも面白く参考になる情報(正しい情報)をお寄せ下さい。

財務省福田事務次官の辞任は当然だが疑問も!

2018-04-22 | Weblog
 平成の本音―財務省福田事務次官の辞任は当然だが疑問も!
 財務省の福田事務次官が週刊誌による女性記者へのセクハラ疑惑記事をめぐり混乱状態になり、4月18日、‘職責を果たすことが困難’との理由で辞任した。
 記事の内容、特に週刊誌側から公開された記事と録音における同次官の発言とされる内容は、財務省が森友学園問題を巡る公文書改ざんなどで大きな問題となっているこの時期に、不用意且つ不適切で、耳を疑うような発言で、辞任はやむを得ないだろう。
 その直後、テレビ朝日はその女性記者が同社の記者であることを明らかにし、財務省に抗議の書簡を送った。
 その内容からすると、どうもテレビ局側の対応にも腑に落ちないことがある。
1、女性記者にどうして福田氏への取材を継続させたのか?
テレビ局側の発表等によると、同女性記者は記者グループでの福田氏との会合の他1対1で飲食していたようだ。しかも昨年以来1対1での飲食を複数回行っているとしている。
 同女性記者は、福田氏が飲食中にセクハラ的な発言を行っており、‘怖くなって’録音機を携行するようになり、4月4日に会った際録音し、週刊誌に録音データと共に持ち込んだとしている。
 テレビ局の上司に相談し、放送して欲しいと訴えたが、上司は具体的な対応はしなかったらしい。 ?? えっ、テレビ局側はそのようなことがあったことを前から知っていたの? 黙認した形だ。
 テレビ局側は、女性への人権問題などとして財務省に抗議したようだが、それだけ問題視し、女性記者をかばうのであれは、女性記者から相談があった時点で何故女性記者を福田氏担当からはずすなり、その時点で財務省に然るべく申し入れし、福田氏の言動を抑制に努めなかったのか。
 おそらくテレビ局自体も、セクハラをそれ程問題視していなかったのではないか。テレビ局側自体のセクハラに対する認識が問われても仕方がない。
 日本は、世界比較で女性の地位が低い。女性の職場進出や社会的な取り扱われ方の遅れからであり、セクハラ慣行を含め認識を高めている必要がありそうだ。
2、女性記者は‘怖かった’としつつも、どうして2回も3回も福田氏との1対1の飲食に応じたのだろうか。そんなに‘怖かった’のならばテレビ局側に福田氏担当を外すよう強く要請すべきだったのであろう。
3、また‘怖かった’ので録音機を携行するようにしたとしているが、‘取
材目的’であれば、事前に録音していいか相手に了承を求めるのが取材のルールであり、また礼儀ではないか。
 記者クラブに属する報道機関の‘取材’については、一定のルールがある。発言者の名前は出さないなどで、背景説明など、そうでないと話す方も話しにくい場合があるからだ。
 ‘取材’と称していながら、相手の許可なく録音し、外部の週刊誌に渡す行為はそう言った取材ルールに違反し、適正とは思えない。
 しかも公表された音声は、福田氏の音声だけで、女性記者の音声は出されていない。セクハラされた女性は弱い立場で名前は出せない、被害者保護ということらしい。一般論としてはそのようなケースが多いだろう。福田氏の発言は理解できないし、不用意過ぎる。だがこのケースは、女性である一方記者であり、‘ペンは剣よりも強し’と言われているように、何らかの形で公表すれば、相手方を傷付けることも出来る立場にある。弱い立場とも言えない。相手が公的な地位を持っていればいるほど相手の名誉や地位を傷つけることが出来ることは、報道関係者であれば知っているであろう。
 弱い立場の女性を傷つけるようなセクハラ行為等をしてはならない。それはその通りであり、十分注意する必要がある。しかし、その地位がどうであれ、性別がどうであれ、男女双方とも等しく名誉や尊厳、人格があり、ルールを破って相手を傷つけて良いということにもならない。
 今回の事例は別として、責任を問われている政府高官や大臣に対し、待ち受受け取材において、‘辞任されますか’‘辞任するのですか’と大声で叫んでいる事例が頻繁に見られるが、取材の域を超えた失礼な行為と言えないだろうか。‘辞任するのですか’などは、辞任を迫っている感が強く、コメントを求めていることにはならない。いわばメデイアによるハラスメント、メデイハラとも言える。
4、今回、録音データがそのまま外部の週刊誌に渡され、男性の音声だ
けが公開された。女性記者側の音声は誰だかわかるので、‘セクハラ被害者を保護するため’伏せられていると説明されている。このような事件での被害者保護は不可欠であろう。
  今回の場合、相手側や親元組織に然るべく抗議したものではなく、録音データを外部の週刊誌に渡し、直接記事となり公となったものである。女性記者は公にすることを狙ったものであるので、福田氏側だけでなく、女性記者側にも公の場で説明する責任があるのではなかろうか。
 福田氏とされる発言自体は不適切であるが、公表された発言の流れからすると酒の席での軽妙な発言とも聞こえるところでもあり、女性記者がどのような口調でどのように言ったのか興味がある。多くの視聴者がそう思っているのではないだろうか。福田氏とは1対1で複数回飲食しているということであり、福田氏に何らかの形でセクハラですから止めるように申し入れていなければ、福田氏がそのような発言を女性記者が受け入れられていると誤解していた可能性もある。不用意であり愚かであるが、福田氏が調子に乗って女性記者のいつもの調子の質問に答えて、答えながらも冗談交じりにはぐらかしている風にも聞こえなくはない。
 女性記者側が公にした以上、女性記者側の発言内容や会話の流れについても説明責任があるのではないだろうか。(2018.4.22.)
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財務省福田事務次官の辞任は当然だが疑問も!

2018-04-22 | Weblog
 平成の本音―財務省福田事務次官の辞任は当然だが疑問も!
 財務省の福田事務次官が週刊誌による女性記者へのセクハラ疑惑記事をめぐり混乱状態になり、4月18日、‘職責を果たすことが困難’との理由で辞任した。
 記事の内容、特に週刊誌側から公開された記事と録音における同次官の発言とされる内容は、財務省が森友学園問題を巡る公文書改ざんなどで大きな問題となっているこの時期に、不用意且つ不適切で、耳を疑うような発言で、辞任はやむを得ないだろう。
 その直後、テレビ朝日はその女性記者が同社の記者であることを明らかにし、財務省に抗議の書簡を送った。
 その内容からすると、どうもテレビ局側の対応にも腑に落ちないことがある。
1、女性記者にどうして福田氏への取材を継続させたのか?
テレビ局側の発表等によると、同女性記者は記者グループでの福田氏との会合の他1対1で飲食していたようだ。しかも昨年以来1対1での飲食を複数回行っているとしている。
 同女性記者は、福田氏が飲食中にセクハラ的な発言を行っており、‘怖くなって’録音機を携行するようになり、4月4日に会った際録音し、週刊誌に録音データと共に持ち込んだとしている。
 テレビ局の上司に相談し、放送して欲しいと訴えたが、上司は具体的な対応はしなかったらしい。 ?? えっ、テレビ局側はそのようなことがあったことを前から知っていたの? 黙認した形だ。
 テレビ局側は、女性への人権問題などとして財務省に抗議したようだが、それだけ問題視し、女性記者をかばうのであれは、女性記者から相談があった時点で何故女性記者を福田氏担当からはずすなり、その時点で財務省に然るべく申し入れし、福田氏の言動を抑制に努めなかったのか。
 おそらくテレビ局自体も、セクハラをそれ程問題視していなかったのではないか。テレビ局側自体のセクハラに対する認識が問われても仕方がない。
 日本は、世界比較で女性の地位が低い。女性の職場進出や社会的な取り扱われ方の遅れからであり、セクハラ慣行を含め認識を高めている必要がありそうだ。
2、女性記者は‘怖かった’としつつも、どうして2回も3回も福田氏との1対1の飲食に応じたのだろうか。そんなに‘怖かった’のならばテレビ局側に福田氏担当を外すよう強く要請すべきだったのであろう。
3、また‘怖かった’ので録音機を携行するようにしたとしているが、‘取
材目的’であれば、事前に録音していいか相手に了承を求めるのが取材のルールであり、また礼儀ではないか。
 記者クラブに属する報道機関の‘取材’については、一定のルールがある。発言者の名前は出さないなどで、背景説明など、そうでないと話す方も話しにくい場合があるからだ。
 ‘取材’と称していながら、相手の許可なく録音し、外部の週刊誌に渡す行為はそう言った取材ルールに違反し、適正とは思えない。
 しかも公表された音声は、福田氏の音声だけで、女性記者の音声は出されていない。セクハラされた女性は弱い立場で名前は出せない、被害者保護ということらしい。一般論としてはそのようなケースが多いだろう。福田氏の発言は理解できないし、不用意過ぎる。だがこのケースは、女性である一方記者であり、‘ペンは剣よりも強し’と言われているように、何らかの形で公表すれば、相手方を傷付けることも出来る立場にある。弱い立場とも言えない。相手が公的な地位を持っていればいるほど相手の名誉や地位を傷つけることが出来ることは、報道関係者であれば知っているであろう。
 弱い立場の女性を傷つけるようなセクハラ行為等をしてはならない。それはその通りであり、十分注意する必要がある。しかし、その地位がどうであれ、性別がどうであれ、男女双方とも等しく名誉や尊厳、人格があり、ルールを破って相手を傷つけて良いということにもならない。
 今回の事例は別として、責任を問われている政府高官や大臣に対し、待ち受受け取材において、‘辞任されますか’‘辞任するのですか’と大声で叫んでいる事例が頻繁に見られるが、取材の域を超えた失礼な行為と言えないだろうか。‘辞任するのですか’などは、辞任を迫っている感が強く、コメントを求めていることにはならない。いわばメデイアによるハラスメント、メデイハラとも言える。
4、今回、録音データがそのまま外部の週刊誌に渡され、男性の音声だ
けが公開された。女性記者側の音声は誰だかわかるので、‘セクハラ被害者を保護するため’伏せられていると説明されている。このような事件での被害者保護は不可欠であろう。
  今回の場合、相手側や親元組織に然るべく抗議したものではなく、録音データを外部の週刊誌に渡し、直接記事となり公となったものである。女性記者は公にすることを狙ったものであるので、福田氏側だけでなく、女性記者側にも公の場で説明する責任があるのではなかろうか。
 福田氏とされる発言自体は不適切であるが、公表された発言の流れからすると酒の席での軽妙な発言とも聞こえるところでもあり、女性記者がどのような口調でどのように言ったのか興味がある。多くの視聴者がそう思っているのではないだろうか。福田氏とは1対1で複数回飲食しているということであり、福田氏に何らかの形でセクハラですから止めるように申し入れていなければ、福田氏がそのような発言を女性記者が受け入れられていると誤解していた可能性もある。不用意であり愚かであるが、福田氏が調子に乗って女性記者のいつもの調子の質問に答えて、答えながらも冗談交じりにはぐらかしている風にも聞こえなくはない。
 女性記者側が公にした以上、女性記者側の発言内容や会話の流れについても説明責任があるのではないだろうか。(2018.4.22.)
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財務省福田事務次官の辞任は当然だが疑問も!

2018-04-22 | Weblog
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 財務省の福田事務次官が週刊誌による女性記者へのセクハラ疑惑記事をめぐり混乱状態になり、4月18日、‘職責を果たすことが困難’との理由で辞任した。
 記事の内容、特に週刊誌側から公開された記事と録音における同次官の発言とされる内容は、財務省が森友学園問題を巡る公文書改ざんなどで大きな問題となっているこの時期に、不用意且つ不適切で、耳を疑うような発言で、辞任はやむを得ないだろう。
 その直後、テレビ朝日はその女性記者が同社の記者であることを明らかにし、財務省に抗議の書簡を送った。
 その内容からすると、どうもテレビ局側の対応にも腑に落ちないことがある。
1、女性記者にどうして福田氏への取材を継続させたのか?
テレビ局側の発表等によると、同女性記者は記者グループでの福田氏との会合の他1対1で飲食していたようだ。しかも昨年以来1対1での飲食を複数回行っているとしている。
 同女性記者は、福田氏が飲食中にセクハラ的な発言を行っており、‘怖くなって’録音機を携行するようになり、4月4日に会った際録音し、週刊誌に録音データと共に持ち込んだとしている。
 テレビ局の上司に相談し、放送して欲しいと訴えたが、上司は具体的な対応はしなかったらしい。 ?? えっ、テレビ局側はそのようなことがあったことを前から知っていたの? 黙認した形だ。
 テレビ局側は、女性への人権問題などとして財務省に抗議したようだが、それだけ問題視し、女性記者をかばうのであれは、女性記者から相談があった時点で何故女性記者を福田氏担当からはずすなり、その時点で財務省に然るべく申し入れし、福田氏の言動を抑制に努めなかったのか。
 おそらくテレビ局自体も、セクハラをそれ程問題視していなかったのではないか。テレビ局側自体のセクハラに対する認識が問われても仕方がない。
 日本は、世界比較で女性の地位が低い。女性の職場進出や社会的な取り扱われ方の遅れからであり、セクハラ慣行を含め認識を高めている必要がありそうだ。
2、女性記者は‘怖かった’としつつも、どうして2回も3回も福田氏との1対1の飲食に応じたのだろうか。そんなに‘怖かった’のならばテレビ局側に福田氏担当を外すよう強く要請すべきだったのであろう。
3、また‘怖かった’ので録音機を携行するようにしたとしているが、‘取
材目的’であれば、事前に録音していいか相手に了承を求めるのが取材のルールであり、また礼儀ではないか。
 記者クラブに属する報道機関の‘取材’については、一定のルールがある。発言者の名前は出さないなどで、背景説明など、そうでないと話す方も話しにくい場合があるからだ。
 ‘取材’と称していながら、相手の許可なく録音し、外部の週刊誌に渡す行為はそう言った取材ルールに違反し、適正とは思えない。
 しかも公表された音声は、福田氏の音声だけで、女性記者の音声は出されていない。セクハラされた女性は弱い立場で名前は出せない、被害者保護ということらしい。一般論としてはそのようなケースが多いだろう。福田氏の発言は理解できないし、不用意過ぎる。だがこのケースは、女性である一方記者であり、‘ペンは剣よりも強し’と言われているように、何らかの形で公表すれば、相手方を傷付けることも出来る立場にある。弱い立場とも言えない。相手が公的な地位を持っていればいるほど相手の名誉や地位を傷つけることが出来ることは、報道関係者であれば知っているであろう。
 弱い立場の女性を傷つけるようなセクハラ行為等をしてはならない。それはその通りであり、十分注意する必要がある。しかし、その地位がどうであれ、性別がどうであれ、男女双方とも等しく名誉や尊厳、人格があり、ルールを破って相手を傷つけて良いということにもならない。
 今回の事例は別として、責任を問われている政府高官や大臣に対し、待ち受受け取材において、‘辞任されますか’‘辞任するのですか’と大声で叫んでいる事例が頻繁に見られるが、取材の域を超えた失礼な行為と言えないだろうか。‘辞任するのですか’などは、辞任を迫っている感が強く、コメントを求めていることにはならない。いわばメデイアによるハラスメント、メデイハラとも言える。
4、今回、録音データがそのまま外部の週刊誌に渡され、男性の音声だ
けが公開された。女性記者側の音声は誰だかわかるので、‘セクハラ被害者を保護するため’伏せられていると説明されている。このような事件での被害者保護は不可欠であろう。
  今回の場合、相手側や親元組織に然るべく抗議したものではなく、録音データを外部の週刊誌に渡し、直接記事となり公となったものである。女性記者は公にすることを狙ったものであるので、福田氏側だけでなく、女性記者側にも公の場で説明する責任があるのではなかろうか。
 福田氏とされる発言自体は不適切であるが、公表された発言の流れからすると酒の席での軽妙な発言とも聞こえるところでもあり、女性記者がどのような口調でどのように言ったのか興味がある。多くの視聴者がそう思っているのではないだろうか。福田氏とは1対1で複数回飲食しているということであり、福田氏に何らかの形でセクハラですから止めるように申し入れていなければ、福田氏がそのような発言を女性記者が受け入れられていると誤解していた可能性もある。不用意であり愚かであるが、福田氏が調子に乗って女性記者のいつもの調子の質問に答えて、答えながらも冗談交じりにはぐらかしている風にも聞こえなくはない。
 女性記者側が公にした以上、女性記者側の発言内容や会話の流れについても説明責任があるのではないだろうか。(2018.4.22.)
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新生児取り違えた順天堂病院の対応は不適切!!

2018-04-17 | Weblog
平成の本音―新生児取り違えた順天堂病院の対応は不適切!!
順天堂大学順天堂病院(東京都文京区)は、51年前に新生児の取り違えが起きたことを明らかにした。
順天堂当局によると、本人と母親のDNA鑑定において親子関係がないことが判明し、既に本人に伝達し謝罪しているという。他方、取り違えた相手方についても保存されていた当時のカルテからほぼ特定できたが、‘現在の平穏な生活を考慮し、伝えない’ことにしたとしている。
 取違えが明らかになった男性は、実の親を知りたいとしているが、病院側のかたくなな姿勢により知ることも出来ない状態であり、悩みを明かしている。当然だろう。
 順天堂側の姿勢は、出産を担当している病院の責任者としても、また人としての尊厳、人権を無視した無責任な対応であり、不適切ではないか。相手となる家族の‘現在の平穏な生活を考慮し、伝えない’ということであるが、相手となる家族が違う子供を育てていた、そして自分たちの息子が他に居るのに‘平穏’でいれるわけがないだろう。
 取り違えられたことを知った男性は、そのことで小学生時代に親が離婚し、母親に育てられたものの経済的には恵まれず、高校受験に受かっていたが進学を断念するなど、不遇な人生を歩んできている上、生みの親に会いたいと葛藤している。母親も、離婚を強いられ、苦労して取り違えられた子供を育て、苦労されたことであろう。そのことで人生をめちゃくちゃにされている。自分の子にも会いたいだろう。
 今回の場合、病院側がもう一方の親御さんに内々連絡し、先方がそっとして置いて欲しいとの意向を示している可能性もある。しかし一方の当事者が親に会いたいという気持ちがあれば、会う権利がある。今回の場合、全面的に病院の手違いで起きたことであるので、双方の両親には何の落ち度も責任もない。被害者だ。匿名の卵子提供や精子提供の場合とは異なる。隠す必要もない。
それどころか双方とも本当の親を知る権利がある。知った上で双方がどうするかは当事者の問題であろうが、それを病院が拒否する権利は全くない。順天堂の対応は不適切である。
 いずれにしても当事者の親と子供に対しては、病院側の謝罪と50年間失った人生を十分償える補償が必要だろう。(2018.4.14.)
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森友、家計疑獄に突き落とされた行政官僚!

2018-04-15 | Weblog
平成の本音―森友、家計疑獄に突き落とされた行政官僚!
 森友学園への国有地安値売却問題で、売却の経緯などを記載した決裁書が書き換えられていたことが明らかになった。決裁書には経緯として、首相夫人や複数名の国会議員の名が記載されていた一方、国会に提出されていた文書からは本件の‘特殊性’となる部分がすべて削除されていた。
 佐川前財務省理財局長の衆・参両院での証言(3月27日)においては、文書書き換え・改ざん(2017年2月から4月)に関して、当時担当局長であった佐川氏(前税務長官)が全責任を認めたが、改ざんの理由や削除に至った経緯の詳細については‘刑事訴訟の可能性がある’として説明を拒否した。そのため、何故大幅な値下げが行われたか、何故公文書の改ざん、変造という重大な犯罪的行為が行われたかなどの核心は今回の証言では明らかにされなかった。
 1、検察当局に委ねられた真相究明―2つの罪
 佐川前理財局長は、文書改ざんが‘国金局内’で行われた旨証言したことから、今後は、大阪地検特捜部によって同氏を中心とする理財局の捜査が行われることになろう。公文書改ざん、変造は、原本中の関連部分の大幅削除のほか、300か所余に及ぶと言われており、広範かつ綿密に行われたものと見られるので、事態は深刻だ。検察当局による詳細な調査に基づき起訴され、法令に基づき罰せられることになろう。
 その罪は2つある。一つは、決済後(有印)公文書の書き換え・変造であり、その責任は佐川前理財局長も認めている。
 もう一つは、森友学園への国有地払い下げについて、破格の値引きがなされ
たが、そもそも何故そのような‘特別な’値引きがなされたかであり、そしてそのような国有地の‘破格の値引き’は適正であったか否かである。国有地は、国庫、国民の財産であるので、財務省には公正、適正な管理義務があり、これに反する罪があったかなかったかである。この点は、その契約を許可した近畿財務局長と迫田元理財局長の下での理財局、財務省の問題となる。
 これらはいずれも犯罪にかかわることであるので、基本的には司直の手に委ねられるべきことであろう。
 2、財務省当局を不正処理に向かわせた政治的、道義的責任
 森友学園への国有地安値売却に関する本来の決裁書が公表され、佐川前理財局長の国会証言により、文書の書き換え・改ざんについては首相や官房長、秘書官などの指示はなく、第一義的には佐川局長(当時)の下で理財局内で行われたことがほぼ明らかになった。
また佐川氏は、国有地の安値売却の判断や経緯に関する事項、特に接触のあった首相夫人や保守系議員の名前を何故決裁文書から削除し・改ざんしたかなどについては、訴追の可能性を理由に証言を拒否しているので、真相は明らかになっていない。
財務省当局の本件の‘特殊性’への判断と文書書き換えの問題は、上記の通り司直の捜査を待ちたいが、破格の値引きの判断において首相夫人と複数の自民党議員が関係していることが本来の決裁文書から明らかになった。
 国会における質疑において、安倍首相は同夫人の‘いい土地だから進めてほしい’との発言については、籠池氏の発言を引用した‘伝聞’でしかなく、首相が夫人に確認したところ‘そのようなことは言っていない’旨反論している。しかし首相も夫人から聞いたこととして述べているだけで、首相の発言も‘伝聞’でしかなく、説得力に欠ける。
 しかし決裁された公文書に経緯として首相夫人や関係議員の財務当局側への接触や関心が記されているので、これが財務省当局の判断の根拠であったことは明らかであるので、首相夫人や保守系議員が接触し、関心を持っていたことが明確になったと言えよう。少なくても財務当局はそう認識していたということだ。
それは勝手に財務省担当部局が書いたもので事実に反し、虚偽であるなどという説明が通用するだろうか。そのようなことを言い始めたら、行政文書は信用できないと監督すべき首相や大臣が言うようなものである。首相夫人や一部保守系議員か関係していたことについてはそれで十分だ。
 森友学園への国有土地の破格の値引きについては、首相側は‘指示や関与’を否定しているが、首相夫人や関係議員が関係しており、それが公文書で決済された形となっているので、財務当局への影響は明らかである。
 そのこと自体には違法性はないが、そのような認識や印象を財務当局に与え、破格の値引きをさせた政治的、道義的責任は免れない。更にそのような事実や関系を首相が否定したことが事務当局の国会答弁の流れを作り、野党からの資料請求を前にして文書改ざんに追い込まれて行ったとみられるが、事務当局の公文書に掛かれているような認識とは異なる答弁に終始した首相サイドの言動にも政治的、道義的責任がある。
 首相だけでなく、財務相は2017年2月、3月以降の国会答弁において、‘売却は、法令に基づき適正に行われていた’と再三にわたり述べ、また佐川前理財局長の国税庁官任命についても‘適材適所’などと無責任な答弁に終始していたので、重大な管理、監督責任があると言えよう。
 また決裁済みの公文書の改ざん・変造については、指示や関与はなかったとしても、事柄が行政活動全体の信頼性に係ることであるので、首相及び関係閣僚の管理、監督責任は非常に重いと言えよう。
 籠池夫妻との関係、特に旧帝国憲法時代の‘教育勅語’を基本に据えた教育方針やそのような教育方針を持った学校の建設推進を、この段階で国民の目に晒したくないと気持ちが働いたのだろうか。
 3、官僚受難の季節
 決済後の公文書書き換え自体については、耳を疑う程の異常な行為であり、財務当局の責任であるので、最終的には司直の手により裁きを受けることになろう。
 そもそもその前に、森友学園への安値の国有地払い下げについて、改ざん前の決裁書に破格の値下げをする経緯(‘特殊性’の理由)に明確に記されているように、首相夫人や複数の保守系議員の関心案件であり、値下げの規模として、あたかも地下のゴミの除去費用に対応させて値引きを決定しなくてはならなかったのであろう。破格の値引きについては、近畿財務局のみでは決められず、本省理財局の決裁が必要なため、‘その特殊性’や経緯を記載した決裁書が必要であったと見られる。確かに‘特殊な’事例である。
 首相夫人が森友学園の教育方針に好意を持ち、学校建設のための国有地確保に好意的であったことなどは法に触れることでもなく、また指示していたというものでもない。しかし、それに関わり、関係していたことは公文書の記録から明らかだ。少なくても財務当局はそのような認識をしていたことは明らかだ。
 首相が、森友学園や籠池夫妻との関係ややりとりを否定し、事実に沿わない発言に終始したことから、森友学園への安値による国有地払い下げ問題は、財務省は公文書改ざん・変造という犯罪的行為に追い込まれ、直接の担当官がその重荷に耐え兼ねたのか既に2人も自殺に追い込まれ、当時理財局長であった佐川氏他が捜査対象になっている。
 理財局を中心とする財務省当局の責任は非常に重い。しかしそのような異常な結果に導いた政治的、道義的責任は更に重い。国会の場で事実とは異なる発言や説明をしていたことだけでレッド・カードに値する。当初から事実を話し、説明を尽くせば、政策的な異論は出ようが、‘政局’にはならなかったのであろう。
 現在、与党自民党や保守系新聞、一部保守系有識者等は、この問題を行政組織による文書管理の問題として関係省庁を批判、追及しているが、これは問題を官僚に擦り付け、問題を矮小化しようとするものではなかろうか。無論公文書管理の問題は深刻で、ましてや改ざんや事実に反することを誘導する類のことは、犯罪的行為であり関係当局はその責任を追及されなくてはならない。だがこれらの職員は、首相夫人や首相の関心に沿うようにと思って仕事をしたにも拘らず、一切の関与、指示を首相側に否定されたため、つじつまを合わせるために決済された公文書から関係の箇所を削除し、また膨大なゴミがあったかのように口裏を合わせようと動いたのであろう。
 官僚にとっては正に受難の季節となったが、政権交代の可能性が長期に薄れ、独裁的な政権となると常軌を逸した異常な行動を誘発するのであろうか。独裁的政権のおごり、恐ろしさが露呈したとも言える。やはり8年前後で政権が交代し、与・野党間でのチェック・アンド・バランス、政治と官僚組織とのチェック・アンド・バランスの機能が働くような制度設計とその具現が必要なのであろう。一見、民主主義の非効率にも見えるが、独裁政治による節度を越えた独善と暴走を防ぐためには仕方がない知恵なのであろう。
 組織のリーダーが真実を語らず、部下がそれに反しないよう嘘を繰り返し、証拠となる文書を改ざんまでしてリーダーを守る姿はおぞましく、無様であると同時に、気の毒だ。組織のリーダーたる者は、部下を叱咤激励して働かせるが、ひとたび問題が生じれば、リーダーが責任を取るものだ。にも拘らず、リーダーが真実を語らず、部下がそれに従って嘘をつき守る、しかし問題が発覚すると自分は知らない、‘部下が部下が’では組織は動かない。それ以上に、コンプライアンス(法蓮順守)は崩れ、内部統制は腐敗し崩壊して行く。
 一部保守紙等は、しきりに行政の文書管理問題、官僚の責任に問題をすり替えている。だが、そもそもの問題は首相が事実を隠そうとしたことから行政の体質が表面化しているものであるので、このような一部保守系メデイアの姿勢は国民の目を政権批判からそらし、矛先を行政組織に向けさせようとするものであり、国民の利益に反することを国民自身が認識することが望まれる。
 これが国家レベルで政府、行政組織で起こっているので、事態は非常に深刻だ。
 森友学園問題・財務省・官邸だけではなく、家計学園問題・文科省・官邸も類似の構図だ。更に、防衛省の南スーダン、イラクへ派遣された自衛隊の日報隠ぺい事件、厚生労働省の裁量残業不正統計事件など、官僚の資料工作、隠ぺい体質、虚偽説明が一気に表面化した形だ。これは戦後に積み上げられた官僚組織の体質が背景にあり、組織防衛のためには何でもするという強固な団結、組織の縛りが明らかになったもので、官僚組織の体質改善が急務だ。官僚の新卒優先採用と終身雇用制という排他的な制度が諸悪の根源とも言える。人材を公正、適正に入れ替える開かれた行政組織、制度設計が不可欠だ。
 本来それが出来るのがその管理監督にあたる閣僚、官邸であるが、それが事実を語らず、官僚に嘘をつかせる結果となっている。その意味で戦後最悪の政権であり行政組織であると言えるだろう。
 政権側の公正、誠実な政権運営と行政組織の適正、公正な行政、更に双方のコンプライアンス(法令順守)の重大な危機であり、国民はもっと真剣に政権選択や行政のチェックと向き合うことが必要になっているようだ。病巣は広く、深い。
(2018.4.12.)
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森友、家計疑獄に突き落とされた行政官僚!

2018-04-15 | Weblog
平成の本音―森友、家計疑獄に突き落とされた行政官僚!
 森友学園への国有地安値売却問題で、売却の経緯などを記載した決裁書が書き換えられていたことが明らかになった。決裁書には経緯として、首相夫人や複数名の国会議員の名が記載されていた一方、国会に提出されていた文書からは本件の‘特殊性’となる部分がすべて削除されていた。
 佐川前財務省理財局長の衆・参両院での証言(3月27日)においては、文書書き換え・改ざん(2017年2月から4月)に関して、当時担当局長であった佐川氏(前税務長官)が全責任を認めたが、改ざんの理由や削除に至った経緯の詳細については‘刑事訴訟の可能性がある’として説明を拒否した。そのため、何故大幅な値下げが行われたか、何故公文書の改ざん、変造という重大な犯罪的行為が行われたかなどの核心は今回の証言では明らかにされなかった。
 1、検察当局に委ねられた真相究明―2つの罪
 佐川前理財局長は、文書改ざんが‘国金局内’で行われた旨証言したことから、今後は、大阪地検特捜部によって同氏を中心とする理財局の捜査が行われることになろう。公文書改ざん、変造は、原本中の関連部分の大幅削除のほか、300か所余に及ぶと言われており、広範かつ綿密に行われたものと見られるので、事態は深刻だ。検察当局による詳細な調査に基づき起訴され、法令に基づき罰せられることになろう。
 その罪は2つある。一つは、決済後(有印)公文書の書き換え・変造であり、その責任は佐川前理財局長も認めている。
 もう一つは、森友学園への国有地払い下げについて、破格の値引きがなされ
たが、そもそも何故そのような‘特別な’値引きがなされたかであり、そしてそのような国有地の‘破格の値引き’は適正であったか否かである。国有地は、国庫、国民の財産であるので、財務省には公正、適正な管理義務があり、これに反する罪があったかなかったかである。この点は、その契約を許可した近畿財務局長と迫田元理財局長の下での理財局、財務省の問題となる。
 これらはいずれも犯罪にかかわることであるので、基本的には司直の手に委ねられるべきことであろう。
 2、財務省当局を不正処理に向かわせた政治的、道義的責任
 森友学園への国有地安値売却に関する本来の決裁書が公表され、佐川前理財局長の国会証言により、文書の書き換え・改ざんについては首相や官房長、秘書官などの指示はなく、第一義的には佐川局長(当時)の下で理財局内で行われたことがほぼ明らかになった。
また佐川氏は、国有地の安値売却の判断や経緯に関する事項、特に接触のあった首相夫人や保守系議員の名前を何故決裁文書から削除し・改ざんしたかなどについては、訴追の可能性を理由に証言を拒否しているので、真相は明らかになっていない。
財務省当局の本件の‘特殊性’への判断と文書書き換えの問題は、上記の通り司直の捜査を待ちたいが、破格の値引きの判断において首相夫人と複数の自民党議員が関係していることが本来の決裁文書から明らかになった。
 国会における質疑において、安倍首相は同夫人の‘いい土地だから進めてほしい’との発言については、籠池氏の発言を引用した‘伝聞’でしかなく、首相が夫人に確認したところ‘そのようなことは言っていない’旨反論している。しかし首相も夫人から聞いたこととして述べているだけで、首相の発言も‘伝聞’でしかなく、説得力に欠ける。
 しかし決裁された公文書に経緯として首相夫人や関係議員の財務当局側への接触や関心が記されているので、これが財務省当局の判断の根拠であったことは明らかであるので、首相夫人や保守系議員が接触し、関心を持っていたことが明確になったと言えよう。少なくても財務当局はそう認識していたということだ。
それは勝手に財務省担当部局が書いたもので事実に反し、虚偽であるなどという説明が通用するだろうか。そのようなことを言い始めたら、行政文書は信用できないと監督すべき首相や大臣が言うようなものである。首相夫人や一部保守系議員か関係していたことについてはそれで十分だ。
 森友学園への国有土地の破格の値引きについては、首相側は‘指示や関与’を否定しているが、首相夫人や関係議員が関係しており、それが公文書で決済された形となっているので、財務当局への影響は明らかである。
 そのこと自体には違法性はないが、そのような認識や印象を財務当局に与え、破格の値引きをさせた政治的、道義的責任は免れない。更にそのような事実や関系を首相が否定したことが事務当局の国会答弁の流れを作り、野党からの資料請求を前にして文書改ざんに追い込まれて行ったとみられるが、事務当局の公文書に掛かれているような認識とは異なる答弁に終始した首相サイドの言動にも政治的、道義的責任がある。
 首相だけでなく、財務相は2017年2月、3月以降の国会答弁において、‘売却は、法令に基づき適正に行われていた’と再三にわたり述べ、また佐川前理財局長の国税庁官任命についても‘適材適所’などと無責任な答弁に終始していたので、重大な管理、監督責任があると言えよう。
 また決裁済みの公文書の改ざん・変造については、指示や関与はなかったとしても、事柄が行政活動全体の信頼性に係ることであるので、首相及び関係閣僚の管理、監督責任は非常に重いと言えよう。
 籠池夫妻との関係、特に旧帝国憲法時代の‘教育勅語’を基本に据えた教育方針やそのような教育方針を持った学校の建設推進を、この段階で国民の目に晒したくないと気持ちが働いたのだろうか。
 3、官僚受難の季節
 決済後の公文書書き換え自体については、耳を疑う程の異常な行為であり、財務当局の責任であるので、最終的には司直の手により裁きを受けることになろう。
 そもそもその前に、森友学園への安値の国有地払い下げについて、改ざん前の決裁書に破格の値下げをする経緯(‘特殊性’の理由)に明確に記されているように、首相夫人や複数の保守系議員の関心案件であり、値下げの規模として、あたかも地下のゴミの除去費用に対応させて値引きを決定しなくてはならなかったのであろう。破格の値引きについては、近畿財務局のみでは決められず、本省理財局の決裁が必要なため、‘その特殊性’や経緯を記載した決裁書が必要であったと見られる。確かに‘特殊な’事例である。
 首相夫人が森友学園の教育方針に好意を持ち、学校建設のための国有地確保に好意的であったことなどは法に触れることでもなく、また指示していたというものでもない。しかし、それに関わり、関係していたことは公文書の記録から明らかだ。少なくても財務当局はそのような認識をしていたことは明らかだ。
 首相が、森友学園や籠池夫妻との関係ややりとりを否定し、事実に沿わない発言に終始したことから、森友学園への安値による国有地払い下げ問題は、財務省は公文書改ざん・変造という犯罪的行為に追い込まれ、直接の担当官がその重荷に耐え兼ねたのか既に2人も自殺に追い込まれ、当時理財局長であった佐川氏他が捜査対象になっている。
 理財局を中心とする財務省当局の責任は非常に重い。しかしそのような異常な結果に導いた政治的、道義的責任は更に重い。国会の場で事実とは異なる発言や説明をしていたことだけでレッド・カードに値する。当初から事実を話し、説明を尽くせば、政策的な異論は出ようが、‘政局’にはならなかったのであろう。
 現在、与党自民党や保守系新聞、一部保守系有識者等は、この問題を行政組織による文書管理の問題として関係省庁を批判、追及しているが、これは問題を官僚に擦り付け、問題を矮小化しようとするものではなかろうか。無論公文書管理の問題は深刻で、ましてや改ざんや事実に反することを誘導する類のことは、犯罪的行為であり関係当局はその責任を追及されなくてはならない。だがこれらの職員は、首相夫人や首相の関心に沿うようにと思って仕事をしたにも拘らず、一切の関与、指示を首相側に否定されたため、つじつまを合わせるために決済された公文書から関係の箇所を削除し、また膨大なゴミがあったかのように口裏を合わせようと動いたのであろう。
 官僚にとっては正に受難の季節となったが、政権交代の可能性が長期に薄れ、独裁的な政権となると常軌を逸した異常な行動を誘発するのであろうか。独裁的政権のおごり、恐ろしさが露呈したとも言える。やはり8年前後で政権が交代し、与・野党間でのチェック・アンド・バランス、政治と官僚組織とのチェック・アンド・バランスの機能が働くような制度設計とその具現が必要なのであろう。一見、民主主義の非効率にも見えるが、独裁政治による節度を越えた独善と暴走を防ぐためには仕方がない知恵なのであろう。
 組織のリーダーが真実を語らず、部下がそれに反しないよう嘘を繰り返し、証拠となる文書を改ざんまでしてリーダーを守る姿はおぞましく、無様であると同時に、気の毒だ。組織のリーダーたる者は、部下を叱咤激励して働かせるが、ひとたび問題が生じれば、リーダーが責任を取るものだ。にも拘らず、リーダーが真実を語らず、部下がそれに従って嘘をつき守る、しかし問題が発覚すると自分は知らない、‘部下が部下が’では組織は動かない。それ以上に、コンプライアンス(法蓮順守)は崩れ、内部統制は腐敗し崩壊して行く。
 一部保守紙等は、しきりに行政の文書管理問題、官僚の責任に問題をすり替えている。だが、そもそもの問題は首相が事実を隠そうとしたことから行政の体質が表面化しているものであるので、このような一部保守系メデイアの姿勢は国民の目を政権批判からそらし、矛先を行政組織に向けさせようとするものであり、国民の利益に反することを国民自身が認識することが望まれる。
 これが国家レベルで政府、行政組織で起こっているので、事態は非常に深刻だ。
 森友学園問題・財務省・官邸だけではなく、家計学園問題・文科省・官邸も類似の構図だ。更に、防衛省の南スーダン、イラクへ派遣された自衛隊の日報隠ぺい事件、厚生労働省の裁量残業不正統計事件など、官僚の資料工作、隠ぺい体質、虚偽説明が一気に表面化した形だ。これは戦後に積み上げられた官僚組織の体質が背景にあり、組織防衛のためには何でもするという強固な団結、組織の縛りが明らかになったもので、官僚組織の体質改善が急務だ。官僚の新卒優先採用と終身雇用制という排他的な制度が諸悪の根源とも言える。人材を公正、適正に入れ替える開かれた行政組織、制度設計が不可欠だ。
 本来それが出来るのがその管理監督にあたる閣僚、官邸であるが、それが事実を語らず、官僚に嘘をつかせる結果となっている。その意味で戦後最悪の政権であり行政組織であると言えるだろう。
 政権側の公正、誠実な政権運営と行政組織の適正、公正な行政、更に双方のコンプライアンス(法令順守)の重大な危機であり、国民はもっと真剣に政権選択や行政のチェックと向き合うことが必要になっているようだ。病巣は広く、深い。
(2018.4.12.)
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森友、家計疑獄に突き落とされた行政官僚!

2018-04-15 | Weblog
平成の本音―森友、家計疑獄に突き落とされた行政官僚!
 森友学園への国有地安値売却問題で、売却の経緯などを記載した決裁書が書き換えられていたことが明らかになった。決裁書には経緯として、首相夫人や複数名の国会議員の名が記載されていた一方、国会に提出されていた文書からは本件の‘特殊性’となる部分がすべて削除されていた。
 佐川前財務省理財局長の衆・参両院での証言(3月27日)においては、文書書き換え・改ざん(2017年2月から4月)に関して、当時担当局長であった佐川氏(前税務長官)が全責任を認めたが、改ざんの理由や削除に至った経緯の詳細については‘刑事訴訟の可能性がある’として説明を拒否した。そのため、何故大幅な値下げが行われたか、何故公文書の改ざん、変造という重大な犯罪的行為が行われたかなどの核心は今回の証言では明らかにされなかった。
 1、検察当局に委ねられた真相究明―2つの罪
 佐川前理財局長は、文書改ざんが‘国金局内’で行われた旨証言したことから、今後は、大阪地検特捜部によって同氏を中心とする理財局の捜査が行われることになろう。公文書改ざん、変造は、原本中の関連部分の大幅削除のほか、300か所余に及ぶと言われており、広範かつ綿密に行われたものと見られるので、事態は深刻だ。検察当局による詳細な調査に基づき起訴され、法令に基づき罰せられることになろう。
 その罪は2つある。一つは、決済後(有印)公文書の書き換え・変造であり、その責任は佐川前理財局長も認めている。
 もう一つは、森友学園への国有地払い下げについて、破格の値引きがなされ
たが、そもそも何故そのような‘特別な’値引きがなされたかであり、そしてそのような国有地の‘破格の値引き’は適正であったか否かである。国有地は、国庫、国民の財産であるので、財務省には公正、適正な管理義務があり、これに反する罪があったかなかったかである。この点は、その契約を許可した近畿財務局長と迫田元理財局長の下での理財局、財務省の問題となる。
 これらはいずれも犯罪にかかわることであるので、基本的には司直の手に委ねられるべきことであろう。
 2、財務省当局を不正処理に向かわせた政治的、道義的責任
 森友学園への国有地安値売却に関する本来の決裁書が公表され、佐川前理財局長の国会証言により、文書の書き換え・改ざんについては首相や官房長、秘書官などの指示はなく、第一義的には佐川局長(当時)の下で理財局内で行われたことがほぼ明らかになった。
また佐川氏は、国有地の安値売却の判断や経緯に関する事項、特に接触のあった首相夫人や保守系議員の名前を何故決裁文書から削除し・改ざんしたかなどについては、訴追の可能性を理由に証言を拒否しているので、真相は明らかになっていない。
財務省当局の本件の‘特殊性’への判断と文書書き換えの問題は、上記の通り司直の捜査を待ちたいが、破格の値引きの判断において首相夫人と複数の自民党議員が関係していることが本来の決裁文書から明らかになった。
 国会における質疑において、安倍首相は同夫人の‘いい土地だから進めてほしい’との発言については、籠池氏の発言を引用した‘伝聞’でしかなく、首相が夫人に確認したところ‘そのようなことは言っていない’旨反論している。しかし首相も夫人から聞いたこととして述べているだけで、首相の発言も‘伝聞’でしかなく、説得力に欠ける。
 しかし決裁された公文書に経緯として首相夫人や関係議員の財務当局側への接触や関心が記されているので、これが財務省当局の判断の根拠であったことは明らかであるので、首相夫人や保守系議員が接触し、関心を持っていたことが明確になったと言えよう。少なくても財務当局はそう認識していたということだ。
それは勝手に財務省担当部局が書いたもので事実に反し、虚偽であるなどという説明が通用するだろうか。そのようなことを言い始めたら、行政文書は信用できないと監督すべき首相や大臣が言うようなものである。首相夫人や一部保守系議員か関係していたことについてはそれで十分だ。
 森友学園への国有土地の破格の値引きについては、首相側は‘指示や関与’を否定しているが、首相夫人や関係議員が関係しており、それが公文書で決済された形となっているので、財務当局への影響は明らかである。
 そのこと自体には違法性はないが、そのような認識や印象を財務当局に与え、破格の値引きをさせた政治的、道義的責任は免れない。更にそのような事実や関系を首相が否定したことが事務当局の国会答弁の流れを作り、野党からの資料請求を前にして文書改ざんに追い込まれて行ったとみられるが、事務当局の公文書に掛かれているような認識とは異なる答弁に終始した首相サイドの言動にも政治的、道義的責任がある。
 首相だけでなく、財務相は2017年2月、3月以降の国会答弁において、‘売却は、法令に基づき適正に行われていた’と再三にわたり述べ、また佐川前理財局長の国税庁官任命についても‘適材適所’などと無責任な答弁に終始していたので、重大な管理、監督責任があると言えよう。
 また決裁済みの公文書の改ざん・変造については、指示や関与はなかったとしても、事柄が行政活動全体の信頼性に係ることであるので、首相及び関係閣僚の管理、監督責任は非常に重いと言えよう。
 籠池夫妻との関係、特に旧帝国憲法時代の‘教育勅語’を基本に据えた教育方針やそのような教育方針を持った学校の建設推進を、この段階で国民の目に晒したくないと気持ちが働いたのだろうか。
 3、官僚受難の季節
 決済後の公文書書き換え自体については、耳を疑う程の異常な行為であり、財務当局の責任であるので、最終的には司直の手により裁きを受けることになろう。
 そもそもその前に、森友学園への安値の国有地払い下げについて、改ざん前の決裁書に破格の値下げをする経緯(‘特殊性’の理由)に明確に記されているように、首相夫人や複数の保守系議員の関心案件であり、値下げの規模として、あたかも地下のゴミの除去費用に対応させて値引きを決定しなくてはならなかったのであろう。破格の値引きについては、近畿財務局のみでは決められず、本省理財局の決裁が必要なため、‘その特殊性’や経緯を記載した決裁書が必要であったと見られる。確かに‘特殊な’事例である。
 首相夫人が森友学園の教育方針に好意を持ち、学校建設のための国有地確保に好意的であったことなどは法に触れることでもなく、また指示していたというものでもない。しかし、それに関わり、関係していたことは公文書の記録から明らかだ。少なくても財務当局はそのような認識をしていたことは明らかだ。
 首相が、森友学園や籠池夫妻との関係ややりとりを否定し、事実に沿わない発言に終始したことから、森友学園への安値による国有地払い下げ問題は、財務省は公文書改ざん・変造という犯罪的行為に追い込まれ、直接の担当官がその重荷に耐え兼ねたのか既に2人も自殺に追い込まれ、当時理財局長であった佐川氏他が捜査対象になっている。
 理財局を中心とする財務省当局の責任は非常に重い。しかしそのような異常な結果に導いた政治的、道義的責任は更に重い。国会の場で事実とは異なる発言や説明をしていたことだけでレッド・カードに値する。当初から事実を話し、説明を尽くせば、政策的な異論は出ようが、‘政局’にはならなかったのであろう。
 現在、与党自民党や保守系新聞、一部保守系有識者等は、この問題を行政組織による文書管理の問題として関係省庁を批判、追及しているが、これは問題を官僚に擦り付け、問題を矮小化しようとするものではなかろうか。無論公文書管理の問題は深刻で、ましてや改ざんや事実に反することを誘導する類のことは、犯罪的行為であり関係当局はその責任を追及されなくてはならない。だがこれらの職員は、首相夫人や首相の関心に沿うようにと思って仕事をしたにも拘らず、一切の関与、指示を首相側に否定されたため、つじつまを合わせるために決済された公文書から関係の箇所を削除し、また膨大なゴミがあったかのように口裏を合わせようと動いたのであろう。
 官僚にとっては正に受難の季節となったが、政権交代の可能性が長期に薄れ、独裁的な政権となると常軌を逸した異常な行動を誘発するのであろうか。独裁的政権のおごり、恐ろしさが露呈したとも言える。やはり8年前後で政権が交代し、与・野党間でのチェック・アンド・バランス、政治と官僚組織とのチェック・アンド・バランスの機能が働くような制度設計とその具現が必要なのであろう。一見、民主主義の非効率にも見えるが、独裁政治による節度を越えた独善と暴走を防ぐためには仕方がない知恵なのであろう。
 組織のリーダーが真実を語らず、部下がそれに反しないよう嘘を繰り返し、証拠となる文書を改ざんまでしてリーダーを守る姿はおぞましく、無様であると同時に、気の毒だ。組織のリーダーたる者は、部下を叱咤激励して働かせるが、ひとたび問題が生じれば、リーダーが責任を取るものだ。にも拘らず、リーダーが真実を語らず、部下がそれに従って嘘をつき守る、しかし問題が発覚すると自分は知らない、‘部下が部下が’では組織は動かない。それ以上に、コンプライアンス(法蓮順守)は崩れ、内部統制は腐敗し崩壊して行く。
 一部保守紙等は、しきりに行政の文書管理問題、官僚の責任に問題をすり替えている。だが、そもそもの問題は首相が事実を隠そうとしたことから行政の体質が表面化しているものであるので、このような一部保守系メデイアの姿勢は国民の目を政権批判からそらし、矛先を行政組織に向けさせようとするものであり、国民の利益に反することを国民自身が認識することが望まれる。
 これが国家レベルで政府、行政組織で起こっているので、事態は非常に深刻だ。
 森友学園問題・財務省・官邸だけではなく、家計学園問題・文科省・官邸も類似の構図だ。更に、防衛省の南スーダン、イラクへ派遣された自衛隊の日報隠ぺい事件、厚生労働省の裁量残業不正統計事件など、官僚の資料工作、隠ぺい体質、虚偽説明が一気に表面化した形だ。これは戦後に積み上げられた官僚組織の体質が背景にあり、組織防衛のためには何でもするという強固な団結、組織の縛りが明らかになったもので、官僚組織の体質改善が急務だ。官僚の新卒優先採用と終身雇用制という排他的な制度が諸悪の根源とも言える。人材を公正、適正に入れ替える開かれた行政組織、制度設計が不可欠だ。
 本来それが出来るのがその管理監督にあたる閣僚、官邸であるが、それが事実を語らず、官僚に嘘をつかせる結果となっている。その意味で戦後最悪の政権であり行政組織であると言えるだろう。
 政権側の公正、誠実な政権運営と行政組織の適正、公正な行政、更に双方のコンプライアンス(法令順守)の重大な危機であり、国民はもっと真剣に政権選択や行政のチェックと向き合うことが必要になっているようだ。病巣は広く、深い。
(2018.4.12.)
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森友、家計疑獄に突き落とされた行政官僚!

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 森友学園への国有地安値売却問題で、売却の経緯などを記載した決裁書が書き換えられていたことが明らかになった。決裁書には経緯として、首相夫人や複数名の国会議員の名が記載されていた一方、国会に提出されていた文書からは本件の‘特殊性’となる部分がすべて削除されていた。
 佐川前財務省理財局長の衆・参両院での証言(3月27日)においては、文書書き換え・改ざん(2017年2月から4月)に関して、当時担当局長であった佐川氏(前税務長官)が全責任を認めたが、改ざんの理由や削除に至った経緯の詳細については‘刑事訴訟の可能性がある’として説明を拒否した。そのため、何故大幅な値下げが行われたか、何故公文書の改ざん、変造という重大な犯罪的行為が行われたかなどの核心は今回の証言では明らかにされなかった。
 1、検察当局に委ねられた真相究明―2つの罪
 佐川前理財局長は、文書改ざんが‘国金局内’で行われた旨証言したことから、今後は、大阪地検特捜部によって同氏を中心とする理財局の捜査が行われることになろう。公文書改ざん、変造は、原本中の関連部分の大幅削除のほか、300か所余に及ぶと言われており、広範かつ綿密に行われたものと見られるので、事態は深刻だ。検察当局による詳細な調査に基づき起訴され、法令に基づき罰せられることになろう。
 その罪は2つある。一つは、決済後(有印)公文書の書き換え・変造であり、その責任は佐川前理財局長も認めている。
 もう一つは、森友学園への国有地払い下げについて、破格の値引きがなされ
たが、そもそも何故そのような‘特別な’値引きがなされたかであり、そしてそのような国有地の‘破格の値引き’は適正であったか否かである。国有地は、国庫、国民の財産であるので、財務省には公正、適正な管理義務があり、これに反する罪があったかなかったかである。この点は、その契約を許可した近畿財務局長と迫田元理財局長の下での理財局、財務省の問題となる。
 これらはいずれも犯罪にかかわることであるので、基本的には司直の手に委ねられるべきことであろう。
 2、財務省当局を不正処理に向かわせた政治的、道義的責任
 森友学園への国有地安値売却に関する本来の決裁書が公表され、佐川前理財局長の国会証言により、文書の書き換え・改ざんについては首相や官房長、秘書官などの指示はなく、第一義的には佐川局長(当時)の下で理財局内で行われたことがほぼ明らかになった。
また佐川氏は、国有地の安値売却の判断や経緯に関する事項、特に接触のあった首相夫人や保守系議員の名前を何故決裁文書から削除し・改ざんしたかなどについては、訴追の可能性を理由に証言を拒否しているので、真相は明らかになっていない。
財務省当局の本件の‘特殊性’への判断と文書書き換えの問題は、上記の通り司直の捜査を待ちたいが、破格の値引きの判断において首相夫人と複数の自民党議員が関係していることが本来の決裁文書から明らかになった。
 国会における質疑において、安倍首相は同夫人の‘いい土地だから進めてほしい’との発言については、籠池氏の発言を引用した‘伝聞’でしかなく、首相が夫人に確認したところ‘そのようなことは言っていない’旨反論している。しかし首相も夫人から聞いたこととして述べているだけで、首相の発言も‘伝聞’でしかなく、説得力に欠ける。
 しかし決裁された公文書に経緯として首相夫人や関係議員の財務当局側への接触や関心が記されているので、これが財務省当局の判断の根拠であったことは明らかであるので、首相夫人や保守系議員が接触し、関心を持っていたことが明確になったと言えよう。少なくても財務当局はそう認識していたということだ。
それは勝手に財務省担当部局が書いたもので事実に反し、虚偽であるなどという説明が通用するだろうか。そのようなことを言い始めたら、行政文書は信用できないと監督すべき首相や大臣が言うようなものである。首相夫人や一部保守系議員か関係していたことについてはそれで十分だ。
 森友学園への国有土地の破格の値引きについては、首相側は‘指示や関与’を否定しているが、首相夫人や関係議員が関係しており、それが公文書で決済された形となっているので、財務当局への影響は明らかである。
 そのこと自体には違法性はないが、そのような認識や印象を財務当局に与え、破格の値引きをさせた政治的、道義的責任は免れない。更にそのような事実や関系を首相が否定したことが事務当局の国会答弁の流れを作り、野党からの資料請求を前にして文書改ざんに追い込まれて行ったとみられるが、事務当局の公文書に掛かれているような認識とは異なる答弁に終始した首相サイドの言動にも政治的、道義的責任がある。
 首相だけでなく、財務相は2017年2月、3月以降の国会答弁において、‘売却は、法令に基づき適正に行われていた’と再三にわたり述べ、また佐川前理財局長の国税庁官任命についても‘適材適所’などと無責任な答弁に終始していたので、重大な管理、監督責任があると言えよう。
 また決裁済みの公文書の改ざん・変造については、指示や関与はなかったとしても、事柄が行政活動全体の信頼性に係ることであるので、首相及び関係閣僚の管理、監督責任は非常に重いと言えよう。
 籠池夫妻との関係、特に旧帝国憲法時代の‘教育勅語’を基本に据えた教育方針やそのような教育方針を持った学校の建設推進を、この段階で国民の目に晒したくないと気持ちが働いたのだろうか。
 3、官僚受難の季節
 決済後の公文書書き換え自体については、耳を疑う程の異常な行為であり、財務当局の責任であるので、最終的には司直の手により裁きを受けることになろう。
 そもそもその前に、森友学園への安値の国有地払い下げについて、改ざん前の決裁書に破格の値下げをする経緯(‘特殊性’の理由)に明確に記されているように、首相夫人や複数の保守系議員の関心案件であり、値下げの規模として、あたかも地下のゴミの除去費用に対応させて値引きを決定しなくてはならなかったのであろう。破格の値引きについては、近畿財務局のみでは決められず、本省理財局の決裁が必要なため、‘その特殊性’や経緯を記載した決裁書が必要であったと見られる。確かに‘特殊な’事例である。
 首相夫人が森友学園の教育方針に好意を持ち、学校建設のための国有地確保に好意的であったことなどは法に触れることでもなく、また指示していたというものでもない。しかし、それに関わり、関係していたことは公文書の記録から明らかだ。少なくても財務当局はそのような認識をしていたことは明らかだ。
 首相が、森友学園や籠池夫妻との関係ややりとりを否定し、事実に沿わない発言に終始したことから、森友学園への安値による国有地払い下げ問題は、財務省は公文書改ざん・変造という犯罪的行為に追い込まれ、直接の担当官がその重荷に耐え兼ねたのか既に2人も自殺に追い込まれ、当時理財局長であった佐川氏他が捜査対象になっている。
 理財局を中心とする財務省当局の責任は非常に重い。しかしそのような異常な結果に導いた政治的、道義的責任は更に重い。国会の場で事実とは異なる発言や説明をしていたことだけでレッド・カードに値する。当初から事実を話し、説明を尽くせば、政策的な異論は出ようが、‘政局’にはならなかったのであろう。
 現在、与党自民党や保守系新聞、一部保守系有識者等は、この問題を行政組織による文書管理の問題として関係省庁を批判、追及しているが、これは問題を官僚に擦り付け、問題を矮小化しようとするものではなかろうか。無論公文書管理の問題は深刻で、ましてや改ざんや事実に反することを誘導する類のことは、犯罪的行為であり関係当局はその責任を追及されなくてはならない。だがこれらの職員は、首相夫人や首相の関心に沿うようにと思って仕事をしたにも拘らず、一切の関与、指示を首相側に否定されたため、つじつまを合わせるために決済された公文書から関係の箇所を削除し、また膨大なゴミがあったかのように口裏を合わせようと動いたのであろう。
 官僚にとっては正に受難の季節となったが、政権交代の可能性が長期に薄れ、独裁的な政権となると常軌を逸した異常な行動を誘発するのであろうか。独裁的政権のおごり、恐ろしさが露呈したとも言える。やはり8年前後で政権が交代し、与・野党間でのチェック・アンド・バランス、政治と官僚組織とのチェック・アンド・バランスの機能が働くような制度設計とその具現が必要なのであろう。一見、民主主義の非効率にも見えるが、独裁政治による節度を越えた独善と暴走を防ぐためには仕方がない知恵なのであろう。
 組織のリーダーが真実を語らず、部下がそれに反しないよう嘘を繰り返し、証拠となる文書を改ざんまでしてリーダーを守る姿はおぞましく、無様であると同時に、気の毒だ。組織のリーダーたる者は、部下を叱咤激励して働かせるが、ひとたび問題が生じれば、リーダーが責任を取るものだ。にも拘らず、リーダーが真実を語らず、部下がそれに従って嘘をつき守る、しかし問題が発覚すると自分は知らない、‘部下が部下が’では組織は動かない。それ以上に、コンプライアンス(法蓮順守)は崩れ、内部統制は腐敗し崩壊して行く。
 一部保守紙等は、しきりに行政の文書管理問題、官僚の責任に問題をすり替えている。だが、そもそもの問題は首相が事実を隠そうとしたことから行政の体質が表面化しているものであるので、このような一部保守系メデイアの姿勢は国民の目を政権批判からそらし、矛先を行政組織に向けさせようとするものであり、国民の利益に反することを国民自身が認識することが望まれる。
 これが国家レベルで政府、行政組織で起こっているので、事態は非常に深刻だ。
 森友学園問題・財務省・官邸だけではなく、家計学園問題・文科省・官邸も類似の構図だ。更に、防衛省の南スーダン、イラクへ派遣された自衛隊の日報隠ぺい事件、厚生労働省の裁量残業不正統計事件など、官僚の資料工作、隠ぺい体質、虚偽説明が一気に表面化した形だ。これは戦後に積み上げられた官僚組織の体質が背景にあり、組織防衛のためには何でもするという強固な団結、組織の縛りが明らかになったもので、官僚組織の体質改善が急務だ。官僚の新卒優先採用と終身雇用制という排他的な制度が諸悪の根源とも言える。人材を公正、適正に入れ替える開かれた行政組織、制度設計が不可欠だ。
 本来それが出来るのがその管理監督にあたる閣僚、官邸であるが、それが事実を語らず、官僚に嘘をつかせる結果となっている。その意味で戦後最悪の政権であり行政組織であると言えるだろう。
 政権側の公正、誠実な政権運営と行政組織の適正、公正な行政、更に双方のコンプライアンス(法令順守)の重大な危機であり、国民はもっと真剣に政権選択や行政のチェックと向き合うことが必要になっているようだ。病巣は広く、深い。
(2018.4.12.)
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新生児取り違えた順天堂病院の対応は不適切!!

2018-04-15 | Weblog
平成の本音―新生児取り違えた順天堂病院の対応は不適切!!
順天堂大学順天堂病院(東京都文京区)は、51年前に新生児の取り違えが起きたことを明らかにした。
順天堂当局によると、本人と母親のDNA鑑定において親子関係がないことが判明し、既に本人に伝達し謝罪しているという。他方、取り違えた相手方についても保存されていた当時のカルテからほぼ特定できたが、‘現在の平穏な生活を考慮し、伝えない’ことにしたとしている。
 取違えが明らかになった男性は、実の親を知りたいとしているが、病院側のかたくなな姿勢により知ることも出来ない状態であり、悩みを明かしている。当然だろう。
 順天堂側の姿勢は、出産を担当している病院の責任者としても、また人としての尊厳、人権を無視した無責任な対応であり、不適切ではないか。相手となる家族の‘現在の平穏な生活を考慮し、伝えない’ということであるが、相手となる家族が違う子供を育てていた、そして自分たちの息子が他に居るのに‘平穏’でいれるわけがないだろう。
 取り違えられたことを知った男性は、そのことで小学生時代に親が離婚し、母親に育てられたものの経済的には恵まれず、高校受験に受かっていたが進学を断念するなど、不遇な人生を歩んできている上、生みの親に会いたいと葛藤している。母親も、離婚を強いられ、苦労して取り違えられた子供を育て、苦労されたことであろう。そのことで人生をめちゃくちゃにされている。自分の子にも会いたいだろう。
 当事者が親に会いたいという気持ちがあれば、会う権利がある。相手も知る権利がある。その上で双方がどうするかは当事者の問題であろうが、それを病院が拒否する権利は全くない。順天堂の対応は不適切である。
 いずれにしても当事者に対しては50年間失った人生を十分償える病院側の謝罪と補償が必要だろう。(2018.4.14.)
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年金給付額引き下げ、年齢引き上げを迫る元厚生事務次官!

2018-04-15 | Weblog
シリーズ平成の本音―年金給付額引き下げ、年齢引き上げを迫る元厚生事務次官!
 今国会で最大の目玉とされている働き方改革関連法案で‘裁量残業制’に関する厚労省の統計資料に驚くべき不適正が指摘されている中で、某大手保守系新聞は、元厚労省事務次官の提案として、悪化している年金財政を何とかするため、年金給付額の更なる引き下げと支給年齢の一層の引き上げの必要性を報じている。
 ‘裁量残業制’での信じられない統計上の不正を詫びるわけでもなく、また膨大な年金記録の消失や年金財政の悪化についての責任を国民に謝罪するでもなく、何故このような報道をするのか。国民感情どころか、年代を問わず将来不安を抱えている国民を逆なでしているようなものだ。因みに、‘裁量残業制’での統計上の不正については、その不適正があまりにも多く、またずさんであることから、うっかりミスなどではなく、意図的なものであったと見られている。恐らく、統計結果が当初予想していたものと逆の結果となり、それを急遽訂正するために数値、或いは調査票などを入れ替えた可能性が強い。
 ‘社会保障制度と税制の一体改革’は、民主党政権からいわば引き継いできたようなものであり、国民は改善を期待していた。しかし現自・公連立政権が行ったことは、消費増税をした上、年金支給年齢の引き上げと給付額の引き下げ、それに年金料率の引き上げと言った国民への負担増、改悪でしかなかった。更に、実質家計所得は低下する中で2019年10月には消費税の再々引き上げを行うとしている。
 そもそも消費増税とは一体何だったのか。社会保障制度の改善はどこに行ったのか。
 年金の積立金については、失業保険勘定同様、80年代、90年代に自民党政権下で各種の贅沢な保養・レクレーション施設などを作り浪費し、年金積立金を圧迫した。
 年金財政の立て直しに必要なことは、厚生労働省や日本年金機構(旧社会保障長)、地方公共団体を含め、行政全体、議会運営の無駄や浪費をなくすと共に、少子化、人口減少に備えた公務員や議員の削減を含む、人件費、管理費の削減ではなかろうか。(2018.3.1.)
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