『SHOGUN』と、その前にまだ少しだけ残っている本。今回の旅に持って行くのはこの2冊でいいかなと思い、『SHOGUN』のあとか、英文に疲れたときに自宅で読もうと思っていた本がこれ。
つまみ食いのようにところどころ読んでいて僕の好きなオキナワが描かれていて面白いなと思ったのだが、先ほど購入して初めて最初の2ページを読んでみたら。
ちょっとな(笑)と、それで、これも持って行って旅先で読んで帰ってきたらBookoff行きボックスに入れようと思った。
その「ちょっとな」ポイントは、昔のバックパッカー的な書き出し。バブル明けの頃の若いバックパッカーの書くものは大体こんな空気だった。
[アジアの旅から深夜便で早朝の成田に着き、疲れた頭のまま、でも躍動するアジアのパワーに十分に満たされた気持ちで電車で都内に向かう。ほどなくすると、通勤のサラリーマンが続々と乗り込んできて、車内はたちまち一杯になった。
ふと、彼らの顔を見ると、みんな同じ顔。ひとりひとり違う人たちなのに全員が同じ暗い顔をしている。僕がアジアで出会った子供たち、たくましく生きる人々のらんらんとした瞳とは全く違っていた。この旅から帰って、東京というコンクリートジャングルの生活の中で、僕もこんな風に表情を無くしてしまうんだろうか。
いやだ、それは絶対嫌だ、と僕は声なく叫んでいた。]
・・・みたいな文章の本ばかりだったじゃないですか、あの頃(笑)。今の旅好きな若い物書きもこんな安い論調で書いているんでしょうか。
20歳の頃に初めてタイとインドに行って帰ってきた頃は、そういう描写を読んで(そうだ、そうだ。みんな死んだような顔をしている。僕はあんな風になりたくない!)と思っていたが、そのあと安っぽいなと思うようになっちゃって。
僕がまともに働き始めたのは33歳くらいの頃だったので、別に自分がサラリーマンになったからそう思ったわけではなくて、そのずっと前、まだ「なんちゃってバックパッカー」でバイト代がたまったら飛行機に乗ってどこかに行く生活をしていた頃にそう思っていた。
ま、この本自体も古い本なので、カベルナリアさんの「若気の至り」だろうからやり過ごせばいいんですが(笑)。ああいう論調は好きになれないので、断捨離の一環として手元に置く書籍を厳選している段階の今、一度読んで楽しんだらバーの情報など必要なものだけ記録しておいて、次に誰か読みたい人の元に届けるのがいいかなという結論に至りました。
冒頭のありがちな記述以外の内容は好きなので、この数日で楽しみたいと思う。
若い頃の話ではないのだが、40歳手前くらいの頃でしたか。よく行っていたほぼ日本人しかいないバーになぜか一人のウェールズ人が良く来ていたんです。
まあ、すごい酔っぱらい方する奴で、やはり彼のことを快く思わない人も少なくなく。僕は楽しかったからいつも一緒に飲んでお喋りを楽しんでいた。話の途中で、彼の勤め先が僕の勤め先の通りを挟んだビルだということがわかって、一度昼飯でも食おうということになった。
で、ある日約束をして昼飯を食ったのだが、夜の顔とは全く違って彼は静かで、夜に会う時のようには会話が続かない(笑)。(仕事で何かあって不機嫌なのかな)とこちらがいぶかしく思うほど。
あまりに居心地悪かったので、昼飯が終わる頃に彼に言ってみた。
「昼間は静かなんだねぇ」
そうしたら、彼は僕の目をまっすぐに見て、
「昼間まで夜みたいにハッピーPeopleでニコニコ騒いで喋りまくってたらただのバカでしょ。真剣に仕事してるんだから。」
と言われて(確かに。その通りだな。)と思った。
その時に、若いときに読んだ何冊ものバックパッカー本の、冒頭のようなステレオタイプな記述のことを思い出した(笑)。
因みにカベルナリア吉田さんは、5~6年前に稚内駅の前で見かけたことがある(笑)。
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