今回は、現代にありがちな少々考えさせられるケースを紹介してみます。
家の外にも自由に出ているとっても元気な去勢していない男の子のケースです。
頬付近に大きな傷ができ、その周囲を強くかきこわすとのこと。他院にて3ヵ月ほど治療していたのですが、一向に治る気配がないため来院されました。
飼い主さんは年配の女性で、とても愛情深い方でした。診察する前から、心配でしょうがない気持ちが伝わってきます。
ワラにもすがるような表情で「かゆがって、かゆがってかわいそうで、とても見ていられないのでなんとかしてください!」と強く私に訴えてきました。
かきこわして出血するほどなのでエリザベス・カラーをつけたようです。
病変部を見るためにエリザベス・カラーを外してみると……
あれ?外ネコちゃんによくあるケンカ傷の治りかけみたいだけど、今までに見たことがない感じで傷全体が白ボケているなぁ?…と感じました。
私「どんな薬を使っているのですか?」
飼い主さん「軟膏と飲み薬を出されているんですけど……」
確かに大きな皮膚の欠損の周囲にひっかいたような傷もあるため、かゆいと言えばかゆいのかもしれないけれど…この状態で3ヵ月も改善が見られないということは…?
私は、内服のクラシックな抗菌薬と念のため精神的安定作用を持つ漢方のみを処方し、エリザベス・カラーを外すことを提案しました(高価なウェット・ドレッシングもなし)。
すると飼い主さんは「かゆがってかきこわしちゃうのは大丈夫なんですか?」と相変わらずとても心配そうな顔で聞いてきます。
「あまりにひどかったらまたカラーをつけてもいいと思いますがカラーをつけると首の周囲は逆に蒸れやすく、外ネコちゃんだと視野が遮られることによるリスクやストレスも多いと思いますよ」と私は答えました。
飼い主さんは半信半疑でしぶしぶと私の提案を受け入れたようでした。
そして1週間後……
最初の写真はもっとひどかったのですが、少し傷が小さくなっているのが私にはわかりました。
飼い主さんは「大丈夫なんですかねぇ?…」とかゆがるのを心配して、エリザベス・カラーをあまり外していないようでした。
「おそらく大丈夫だと思います。以前より確実に良くなっていますから…カラーも完全に外した方がいいと思いますよ…」と私は言いました。
でも飼い主さんは、やはり、ひっかいていることばかりが気になりイマイチ良くなっている実感がわいていない様子でした。
「では…少し精神安定作用のあるお薬を増やしてみましょう。そして、ご心配のようですから、写真を撮っておいて1週間後に比較してみましょう」と言って上の写真を撮りました。
そして上の写真から1週間後……
確かに周囲に後足でひっかいたであろう傷が増えましたが、だいぶ小さくなってきています。
飼い主さんも心配そうな顔が安堵の笑顔に変わってきました。
そして同じ薬を2週間分処方しました……すると、その飼い主さんはしばらく来院されませんでした。
その2か月後、再びケンカによる外傷で、今度は後肢を咬まれ来院しました。
でも前回の傷はその後2週間で完治し、きちんと毛も生えてきています。
この結果、「かゆがっている」という主訴にどうにか応えようと、ただのケンカ傷にステロイド入り軟膏(抗菌薬も含有)を使用していたため治癒に至らなかったケースと思われました(ステロイド――副腎皮質ホルモン――は免疫機能を抑制するため、傷が治りにくくなります)。
確かに外傷の治癒過程では少々かゆい時もありますよね。
小学校時代に膝をすりむいてできたカサブタ周囲がかゆくてかゆくて、ついいじってちょっとずつはがしたりしたことを思い出します。
去勢していないネコちゃんが傷周囲をパワフルにかきこわしていたこと、そして飼い主さんが愛情深い方であり、その症状を早くなんとかしてほしいと強く懇願していたことが相まってこのような結果に…?
もちろん、飼い主さんの主訴をまず受け止めることは大切です。よく気持ちを汲んでくれるような先生は、治療成果の如何にかかわらず人気がありますよね。
しかしその中でも、本当にいい人過ぎて何でも言いなりみたいになってしまう先生もいれば、どれくらい意図的なのかは別にして、表面的ニーズに寄り添う優しさや正義を説くことが、いい商売になるから?と感じさせるケースもあるのです。
こういう微妙な隙間から虚像が生まれて混乱し、多くの人が両極端な対応へと向かってしまうのでしょう。
言いなりになっていた方が…治らなくても、表面的ニーズに応える薬を出す方が…儲かる!?
(デーヴ・スペクターさんが統一教会問題が報道されるようになってから――信じると者を書くと「信者」になりますが、合わせると「儲かる」になる――とツイートしてバズってましたね!)
今回みたいなケースは「そんなドヤ顔で言うレベルのことじゃないだろ!俺は絶対そんなことせんわ!」という先生も多いと思います。
しかしながら同業者と話したり、ネット上の記述を見たりすると、「そんなことも知らないの!?」と驚くことも、おそらく驚かれていることもあるように感じるのです。
なにせ動物医療は内科や外科、眼科から歯科、動物の種類の差をも幅広く網羅しなければならず、体全体の流れを感じられるメリットがある反面、苦手分野も出てきてしまうのです。
自省を込めて書きますが、プロのプライドなどと言いながら人の失敗には笑い、気づかぬまま表面的な言葉に振り回され、大同小異のことをしている臨床家がほとんどなのではないでしょうか。
多くの人にはご理解頂けると思いますが、ギャンブルで勝った時だけ鬼の首でも獲ったかのごとく自慢し、負けてる時はギャンブルしてること自体を隠すような方々も多いですからね。
訳知り顔でこんなことを書いている奴に限って「表面的な言葉に惑わされないぞ」という思いが強すぎ、大切な主訴を軽視し、逆方向の失敗しているのに気づいてなかったりもするのでしょう。
(☆このような難しい問題への思考から、私は動物には優しいけれど、飼い主にはそっけない、または厳しいと評されることがあります――「申し訳ありません」と言うしかありませんが、おそらくこの問題がからんだケースほどそういう傾向が強くなってしまうものと思われます。そのため伝わりにくいこともありますが、代わりに上述の例のような表面的ニーズをソフトに満たす精神安定作用のある漢方などを処方しています)
まあ、このケースはそんなに複雑ではないのですが、根本的には同じような形で、現代社会の理想としてあがめられているある種の配慮によって、シンプルであったはずの問題が複雑になってしまっている例が実の所けっこう多いのではないか?と感じるのです。
(人の医療上のあれこれも…しかしこの話はプロでもピンと来る人と来ない人の差が激しいと思われ、具体例を出すと炎上するくらいこんがらがっています)
そのような混乱を生む原因はいったい何なのか?
数々の修羅場をくぐりぬけてきたであろうこの黒白ネコちゃん♂の写真を見ながら、みなさんにも考えてみてほしいのです。
実際これを上回るケースが遠方からやってくることに……(→治らない傷)