教師☆学校心理士のセルフカウンセリングルーム

学校心理士によるつぶやき。教師の悩み・試行錯誤に寄り添うブログです。

新しい一歩

2018年04月14日 | Weblog
新しいことが始まる4月。



昨年度末の異動で、新しい学校に着任。


学校が違えば物の置場所、やり方、雰囲気、1日の流れなどなど違いが大きいもの。


わからないことだらけでてんやわんやの1週間だった。



慣れ親しんだ場ではできたことがなかなかスムースにできずに不便に感じるけれど、今の自分には環境を変えてチャレンジすることが必要なんだと思う。



チャレンジできることに喜びを感じる余裕はまだないけど、新しい一歩を踏み出すチャンスをもらっていることに感謝しなきゃ。。




思い出に生きるのではなく、未来のためだけに生きるのでもなく、今このときに生きていることをちゃんと感じながら、小さなの幸せを感じながら、それを積み重ねていけたらと思う。




終わりと始まりの間

2018年03月30日 | Weblog
 近所の桜が満開。
 今日は風が強くて、花びらがいっぱい舞ってたな。

 

 今年度が終わろうとしている。
 反省だらけの年度となった今年度。(そんなこと毎年言っている気がするけど。)

 
 情けないなという自分へのダメ出し

 と、それだけでなくどうしてダメだったかの分析、

 そして、じゃあどうしたらよいかの戦略を立てて

 来年度に臨む。



 
 そんな終わりと始まりの間の数日。

 
 
 新しい年度を目前にした今、不安と希望の入り交じった複雑な気持ち。

 ドキドキ ワクワクしている。

 
 美容院に行く際、人は皆自分がステキになっていることをイメージし、期待して行くという。


 そう言われてみれば確かにそうだろう。


 変な髪型になる自分をイメージし、それを期待しては行かない。もしそうなら行かない方がいい。


 結果はまあいろいろだろうけど。。



 始まり前夜の今、自分が抱いているイメージもステキな期待に満ちたものになっている。

 
 新しい出会いがよいものであるように、そこから始まる日々が笑顔であふれているものになるように期待している。



 でも結果は、美容師さんでなく自分が握っている。

 
 よいイメージが実際に実現するように手を打っていかなくちゃいけない。


 失敗し気付くことができたんだから、それを生かさなきゃ。




 ステキな年度にしたい。

雪合戦

2018年01月23日 | Weblog
昨日の午後から「大雪になる」という予報通り雪が降り、庭にも道路にも電線の上にも積もった。


4年前の尋常じゃない大雪ほどではないが大雪だ。


30cmくらい積もっただろうか。


学校は児童の登校時間を遅らせる対応。


雪に埋もれる、スリップ、渋滞。。いろいろなことが考えられたので、夜のうちにちょっと車の雪下ろしと雪かきをしておいた。


朝いつもより早めに家を出て、スピードを抑えて運転。


学校に着くと、市役所の方々が除雪の作業をしてくださっていた。区長さんもスコップを片手に出てくださっていた。



学校、子どもたちはいろいろな方がたに支えられているなあと実感。ありがたい。



自分たちも雪かきと交通整理などをして登校時間を迎えた。



雪かきでヘロヘロになったところで元気な子どもたちを迎えることに。


「雪降ったね。みんなのところはどうだった?」



と振って近くの人とおしゃべりチェックイン。



そして、さあ授業というところで、せっかくだからさ、と話を持ち出す。


我が学級では、日々の自分たちのミッションにチャレンジしながら自分たちを成長させるシステムがある。

そこにポイントが貯められることになっていて、ポイントがたまるとお楽しみ会開催の権利が得られることになっている。


今、一回分権利がある。


そこで、その一回を雪遊びに使う?と持ちかけた。


しばしああじゃないこうじゃないの相談タイム。


やる!


ということが民主的に決定し眩しい白銀の校庭へ。



1時間めいっぱい遊んだ子どもたち。


この地域の学校で雪遊び1時間なんてなかなかできるもんじゃない。



子どもたちに追いかけられ大量の雪をぶつけられたがこちらも楽しかった。


授業時数の確保は大事だけど、そんなこんなで時間と気持ちに余裕のなくなってきている学校現場だけど


せっかくだからというチャンスを生かした楽しい企画はあってもいいと思う。



お楽しみ会の権利とかなんとか言ってないで、雪ださあ遊ぼう!と言ってあげればいいのにとも思うところだが、頑張ってきたことの結果だねという価値付けということで。




雪が降ると大変なことも多い。事故や被害がでないことを願っている。




学校での雪は子どもの笑顔につながるものとなった。




今年度もあと2ヶ月。




笑顔でしめくくることがでるようにできることを精一杯やっていきたい。
























あいさつ返事

2018年01月12日 | Weblog
2018年、新しい年が始まった。


学校は3学期。


進学や次の年度を意識して子どもたちは過ごすことになる。


正月に親におじいちゃんおばあちゃんに親戚のおじさんにお年玉と共に「今年は〇年生になるんだねえ」なんて言葉をいただいたことだろう。


残り3ヶ月足らずで新しい一歩を踏み出していく子どもたち。


どんな力が付いていたら、伸びたら幸せにつながるだろうと考えた。



お正月の影響もあるのだろうか「礼儀」や「礼節」ということが思い付いた。




あいさつ、返事、後始末、言葉遣い、時間厳守、マナー。。
 



学校では毎日のようにしなさいしなさいと言われているじゃないかという子とかもしれない。



でも、なぜするのか子どもたちはわかっていないかもしれない。


まあ低学年の児童にはそれでもよいこともある。


よくわからないけどお母さんや先生がいうように、できるようにした方がいいんだな、と続けているうちに習慣として身に付くことは悪くない。


ただ、もう少し学年が上がっていったとき、なぜやるのかの意味を自覚していると違うと思う。ただやらされているのとは違ってくるはず。



礼儀や礼節は、相手や周りの人をイヤな思いにさせず大切にすると共に、自分を幸せにするスキルだよと伝えたい。


あいさつをしない人よりいつもあいさつをする人の方が周りの人にかわいがられるだろう。


テレビで事件を起こした人のことを取材しているレポーターがインタビューをしている様子をよく見る。そこでは「あいさつをよくする人だったよ」とか「あいさつも会釈もしないよ」とかあいさつについての言葉がよく聞かれる。

あいさつは人の印象に大きく影響している。あいさつができると感じのいい人として受け止められるのだ。これは幸せに生きることにつながらないだろうか。

入社した先で、当たり前のこととして気持ちのよいあいさつや返事ができる人は感じよく受け止められ先輩や上司の方々からかわいがられないだろうか。


あいさつだけでなく堅苦しいと思われがちな礼儀や作法も、相手を思いやる心がベースにあるもので、完璧でなくても基本が身に付いていれば、お互いに気持ちよく過ごすことができ、きっと周りから大切にされる幸せな生き方につながっていると思うのである。



3学期は短いながら6年生を送る会や卒業式といった礼儀について考えたり身に付けるチャンスとなる行事がある。



これを生かして子どもたちの幸せになる力を伸ばしていけたらいいなあと思う。





自分の礼儀・礼節も磨かねば。



そんなことがサラッとできる、そしてポジティブに指導できる2018年にしたい。




B'z 稲葉さん

2017年12月31日 | Weblog
この年末、B'zから大きな大きな勇気をもらった。




日頃からストイックに自らを磨き続ける。

準備は個のレベルでもチームのレベルでも常に綿密に最善を尽くす。

積み重ねた経験や名声による傲りを寄せ付けないチャレンジ精神、謙虚さ、真摯な姿勢。

トラブルへの予防、危機管理の手だてを怠らない。




それでも稲葉さんにふりかかった大阪で開催されたイベントのライヴでいつもの声が出なくなってしまったというこの年末のトラブル。


まさか、という大きな衝撃。
そして大丈夫なのだろうかという心配。



だが

なんとその次の次の日、多くの心配の声を圧巻のパフォーマンスで感動の嵐に変えてみせた。2時間を越えるドーム公演のライヴをやりきってしまった。



多方面に与える影響、外野の声。
自責の念。
溢れてくる様々な感情に巻き込まれず
その場でやれることに全力を尽くす。


その後にも何をすべきかを判断しやりきる。


凄すぎて真似はできない。
レベルの差はどこまでも大きいが、その姿勢、生き様を見習いたい。


完全無欠のB'zのヴォーカリストである稲葉さんが生身の人間だということ。そしてその生身の稲葉さんが完全無欠と思わせる超一流のパフォーマンスを常に示している裏側にはどれだけのことがあるのかということも改めて考えさせられた。


自分はどんだけやってんのか。
まだまだ青すぎて話にならない。

やるべきことを見据えて謙虚に真っ直ぐやっていきたい。



ほんとに大きな大きな勇気をもらった。





休日のハッピーとブルーと

2017年11月04日 | Weblog
駆け抜けていく時間。


休み明けのスタートが気になって、そのために消費していくような休日の過ごし方をしてしまうことがある。


幸せな時間の過ごし方とは言えないなあと思う。



今の自分に、自分がやれてることに決して満足できないけれど、恵まれてるなぁと思うこと多い。


今、ここの幸せを感じながら、ついつい当たり前になっていることへの有り難さ・感謝の気持ちを抱きながら、過ごしていきたい。



11月に突入

2017年11月03日 | Weblog
なんとかまた1つ行事を乗り越えた今週。

学級の成長具合は3歩進んで2歩下がる、4歩下がるを繰り返す日々。なかなか思うようには進んでいかない。まあ、うまくいっていると思っているときは見えていないだけということも多い。。


集団の中には2:6:2の割合で協力層、中間層、非協力層がいるという。

学級集団をまとめていこうと考えるとき、担任として気になってしまうのは2割の非協力層の行動態度である。表だって逸脱行動を取ったり、勝手をしたり、また目立つ行動をしなくてもこちらの指示や働きかけに対してネガティブな反応をしたりする場合もある。

しかし、そこに注目しすぎないことが崩壊を防ぐポイントで、協力層の適切な行動を可視化して中間層に広げていくことを地道にやっていきたいところ。


うまくいっていないときは、やはりどこかで大事なポイントが意識から落ちていて、間違った対応をしてしまっている。


新しい情報に触れたり、周りに刺激されたり、うまくやっていこうと対処療法に奔走してしまうが、原則に立ち返ることが大事だなあ、と思う。かつてその原則を自分の中に形作った書籍を再読することをやっていこうと思っている。


うまくいっていないときにその状況を焦らず受け止めて、対策を練り試行錯誤し、人生の一部と楽しみながら一歩一歩進めていけたらステキだけれど、未熟な自分はなかなかそこまでいけないなあ。


悩みの日常に流されがちだけど、小さな向上や成長、幸せに気付き感じながら年末に向かって時間を過ごしていきたいと思う。



対話

2017年10月07日 | Weblog
ますます複雑化し先行きの不透明な未来。


そこで社会の一員として生きていくことになる子どもたちが幸せに生きていくために対話的な授業が求められている。


対話が大事。
対話ができるように、していこう。
対話で考えを深めていこう。
と、子どもたちに語る。



でも我が身を振り返ると、決して自信をもって日々の生活の中で対話をしているとは言えない。

『あなたの人生が変わる対話術』泉谷閑示 講談社
を読んだ。



対話とは単なる会話ではなく、それを通して新たな自分との出会いがあるものと言える。自分にbefore・afterがある感じ。自分の言いたいことを言って、相手の言うことは鼓膜を振るわせて聞くだけでは対話とは言えない。



まずは自他の境界線を引き、依存しない他者関係を意識するところから。日本人はそうしたところから対話が苦手。同じ前提に立ちたがるし、同質を好む。
正に自分がそうだな、と思う。




孤独を受け入れ本当の意味で他者を尊敬し、自分の考えを伝え合わなければbefore・after、成長はないんだろう。



自分にできる範囲で対話を意識して実践していきたい。

対話を楽しめるようになれたらいい。そうすれば、子どもたちにも心からその素晴らしさや意味を伝えられると思う。


ただ日本の「和をもって尊し」もステキだと考える。同調圧力、空気を読み合う窮屈さに、生きるのではない、これからの時代に通用する、「対話のある和」を目指していけたらいい。

折り返し

2017年10月03日 | Weblog
10月に入った。
2017年の残りもあと2ヶ月。
信じられないくらい早い。


年度の残りはあと6ヶ月。
折り返し地点だ。


先日運動会が終わり、今日からリスタート。
教育活動を進めていく上で「節目」は大事で、やや無理矢理にでも節目を作って新たな気持ちでスタートを切ることは崩れを予防する効果もある。
「あれ、変だぞ」と思ったままズルズルいくのが一番まずい。行事でもいいし、月のスタートでもいい、三連休明けというのだっていい。いつでもリスタートはできるのです。


そこまでの頑張りを認めた上で、もう一歩な点、課題をできれば子どもたちから出させて、改善して成長につなげていこうと、新しいスタートをきる。

今日はそんな日。
そんな日はちょっと暑苦しく語るので前日からちよっとドキドキする。ちゃんと受け止めてもらえるかな、なんて不安になるけどそこはエイっとやるしかない。
そして、リスタートにあたって大切にしていこうと伝えたことを明日から日常的に働きかけていくことがこれまた大事。本気で成長を願う、そのために繰り返し要求していこうと思う。


節目はいつでもつくれる。自分次第で新しく始められる。





今日という日は、残りの人生の最初の日である。

チャールズ・デードリッヒ




意味ある負荷

2017年09月28日 | Weblog
『脳は負荷をかけられてこそ成長する。』


私たちの国の多くの人は何不自由なく豊かな生活を送ることができている。



今、スマホ1つでどれだけのことができるようになっているだろう。

AIの発達によって、ますます生活は便利なっている。

一方でストレス耐性がどんどん下がっている気がする。

遅い狭い暑い寒い。。小さな不快も受け止められずにイライラしてしまう。


そんな世の中にあって、当然子どもたちも我慢したり大変なこと面倒なことを避けたりしがち。


でも社会の一員として協力し貢献しながら幸せに生きていくためには我慢する力、ムリする力は必要だ。
やり抜く力「GRIT」も話題だ。



学校の存在価値はそんなところに見いだすことができないか。


我慢、やり抜くと言っても精神論を全面に出してシゴキや修行をしていくのとは違う。
価値と期待を伝え主体的に意味のあるムリができるようにしていけたらよい。肯定的なしつけという意味のポジティブディシプリンもポイントだろう。


学校での学びが一人一人の子どもの将来の笑顔につながるようにしていかなくてはならない。


悩みつつ試行錯誤の共育は続きます。