連休が明けたと思ったら、週末♪
エンジンがなかなかかからない生活に。。
甘えず自分に厳しくいきたいものです。
今日はいい天気。長袖じゃ暑いくらいです。
『「話を聞ける子」が育つ魔法のひと言』 星一郎 (青春出版社 2008)
子育て真っ最中のお母さん向けの書である。
アドラー心理学に基づく話の聞き方、言葉のかけ方がわかりやすく具体例とともに書かれている。対象はお母さんであっても、アドラー心理学に基づく子どもへの働きかけを学ぶという点では教師にとっても、大変参考になる。「魔法の言葉」そのものを追試するだけでなく、アドラー心理学の考え方を自分のものとしたい。
大切なのは、子どもを一人の人間として尊敬すること。子どもに自ら考えさせて選択させること。選択したことには責任をとらせること。
横の関係で関わること。命令したり、物事を決め付けて押しつけるのではなく、質問する形で考えさせる、Iメッセージで言葉をかける。ルールを一緒に決め、一緒に守る。
改めて学んだ。
子どもに対して、上から見下ろして関わるのではない。
大人に対してしないことは子どもに対してもしないということが基本だと思う。
そういった根本の考え方・哲学を押さえた上で、子どもがやる気を出すような、話を聞けるようになるような言葉のかけ方や聞き方などの枝葉の技術を参考にすべきだと思う。
「「にっこり笑って、ばっさり」方式でいけば、怒らずにすみ、子育てはぐんとラクになります」(p.67)
「にっこり笑ってばっさり」方式とはダメなものはダメ。子どものわがままに対して笑顔で徹底して譲らないやり方である。その場から離れるのも有効だとある。「ちょっとだけ」や「じゃ、あと一回」、「しょうがないな。。」では、ごねれば要求が通ることを子どもは学ぶ。なぜダメなのか、意味を学んだ上で、また、ルールを自分たちで決めさせた上で、笑顔で頑として徹底したいものである。
「何でも親がガードしていると、転んでも起き上がる方法を自分で学ぶチャンスを失います。すると、ちょっとしたことでつまずいたり、傷つきやすくなります。/いたずらに杖を差し出すことと、かわいがるのとでは大きな違いがあるのです。/そこで、親自身が子どもに「聞く」必要があるのです。何か手助けしてあげたいときは、子どもに、「してほしいかい?」と聞いてみてください。」(p.139)
失敗から学ぶ機会をしっかり用意すること。自然の結末からの学びの機会の保証が大事である。命に関わる重大な危険は杖を差し出してガードする必要はもちろんある。だが、なんでもかんでも先回りして、子どもが学ぶ機会を奪ってはいけない。その際のフォローも教師にとっては大事に仕事だと思う。また、教室が安心して失敗できる場になっていなければならないだろう。
「私はこう思うけれど、どう思う?」と、子どもに問い、子どもに考えさせて選択させる。そしてその行動の責任を自分できっちりとらせる。
失敗したら「なぜ?」で問い詰めるのではなく、「どうしたらよかったと思う?」「失敗しないようにどうしたらいいと思う?」と子どもに問い、自分で解決方法を考えさせる。学級の問題であれば学級全体に問い、解決方法を考えみんなでルールづくりをする。
大切なのは大人が「正しい」「当たり前」を一方的に決め、押しつけないこと。
子どもに考えさせ、選択の余地を与え、責任を学ばせたい。
それは共同体感覚の育成につながる。
「尊敬」というキーワードを常に意識し、個々への働きかけ、学級への働きかけ、学級づくりを揺るがない哲学のもと積み重ねたいと思う。
エンジンがなかなかかからない生活に。。
甘えず自分に厳しくいきたいものです。
今日はいい天気。長袖じゃ暑いくらいです。
『「話を聞ける子」が育つ魔法のひと言』 星一郎 (青春出版社 2008)
子育て真っ最中のお母さん向けの書である。
アドラー心理学に基づく話の聞き方、言葉のかけ方がわかりやすく具体例とともに書かれている。対象はお母さんであっても、アドラー心理学に基づく子どもへの働きかけを学ぶという点では教師にとっても、大変参考になる。「魔法の言葉」そのものを追試するだけでなく、アドラー心理学の考え方を自分のものとしたい。
大切なのは、子どもを一人の人間として尊敬すること。子どもに自ら考えさせて選択させること。選択したことには責任をとらせること。
横の関係で関わること。命令したり、物事を決め付けて押しつけるのではなく、質問する形で考えさせる、Iメッセージで言葉をかける。ルールを一緒に決め、一緒に守る。
改めて学んだ。
子どもに対して、上から見下ろして関わるのではない。
大人に対してしないことは子どもに対してもしないということが基本だと思う。
そういった根本の考え方・哲学を押さえた上で、子どもがやる気を出すような、話を聞けるようになるような言葉のかけ方や聞き方などの枝葉の技術を参考にすべきだと思う。
「「にっこり笑って、ばっさり」方式でいけば、怒らずにすみ、子育てはぐんとラクになります」(p.67)
「にっこり笑ってばっさり」方式とはダメなものはダメ。子どものわがままに対して笑顔で徹底して譲らないやり方である。その場から離れるのも有効だとある。「ちょっとだけ」や「じゃ、あと一回」、「しょうがないな。。」では、ごねれば要求が通ることを子どもは学ぶ。なぜダメなのか、意味を学んだ上で、また、ルールを自分たちで決めさせた上で、笑顔で頑として徹底したいものである。
「何でも親がガードしていると、転んでも起き上がる方法を自分で学ぶチャンスを失います。すると、ちょっとしたことでつまずいたり、傷つきやすくなります。/いたずらに杖を差し出すことと、かわいがるのとでは大きな違いがあるのです。/そこで、親自身が子どもに「聞く」必要があるのです。何か手助けしてあげたいときは、子どもに、「してほしいかい?」と聞いてみてください。」(p.139)
失敗から学ぶ機会をしっかり用意すること。自然の結末からの学びの機会の保証が大事である。命に関わる重大な危険は杖を差し出してガードする必要はもちろんある。だが、なんでもかんでも先回りして、子どもが学ぶ機会を奪ってはいけない。その際のフォローも教師にとっては大事に仕事だと思う。また、教室が安心して失敗できる場になっていなければならないだろう。
「私はこう思うけれど、どう思う?」と、子どもに問い、子どもに考えさせて選択させる。そしてその行動の責任を自分できっちりとらせる。
失敗したら「なぜ?」で問い詰めるのではなく、「どうしたらよかったと思う?」「失敗しないようにどうしたらいいと思う?」と子どもに問い、自分で解決方法を考えさせる。学級の問題であれば学級全体に問い、解決方法を考えみんなでルールづくりをする。
大切なのは大人が「正しい」「当たり前」を一方的に決め、押しつけないこと。
子どもに考えさせ、選択の余地を与え、責任を学ばせたい。
それは共同体感覚の育成につながる。
「尊敬」というキーワードを常に意識し、個々への働きかけ、学級への働きかけ、学級づくりを揺るがない哲学のもと積み重ねたいと思う。
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