婆のたわごと♬

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自分のリズム♪

2022-03-21 06:32:01 | 日記

季節外れの曲が始終、頭の中を駆け巡る。

1980年代前半に流行った、ワムのXマスソングだ。

古いね! ( ^^) _U~~

でも、私が何かしようとするときの、自分のリズムに、一番合っている曲なのだ。

きっと、鼓動というか、脈拍の動きと同じテンポなのかもしれない。

一番、しっくりする。

そうそう、SMAPの曲もそうだ…。

あのリズムも、テンポも、私の体にはマッチしてる。 (⌒▽⌒)アハハ!

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私って、愛されてる…?!

2022-03-20 05:15:07 | 日記

茨城県に住む友人から、嬉しい小包が届けられた。

箱の中には、色とりどりのお菓子がいっぱい。

畑の恵みを…と言って、梨やら、ブドウやら、柿やら、メロンやら…。

最近は、キィウイまで送ってくださる。

彼女の心遣いを感謝しつつ、美味しくいただいてるのだが…。

今回の贈り物は、ちょっと、意味合いが違うようだった。

ご主人様の病気が悪化して、彼女の毎日は看病で明け暮れているらしい。

 

彼女とは、もう、30数年前に、内田康夫氏の浅見光彦出版パーティで知り合った。

軽井沢のプリンスホテルで、同じテーブルに座ったのが縁だ。

その後、生涯の心の友となる、金沢の親友を紹介してくれたのも、彼女だ。

茨城に遊びに行くたびに、彼女のご主人が車を出してくれて、筑波山や、笠間稲荷など

行ったものだった。

中でも、土浦の予科練に行った時の戦車と桜の光景は、今でも目に焼き付いている。

仕事がうまくいかない時、この予科練の展示室で、無念にも若く散っていった同胞を

想い、「小さなことでくよくよしてる自分」に叱咤激励をするんですよ…と、苦笑いしていたご主人の姿を覚えている。

そのご主人が糖尿を患い、車も手放し、会社も義弟(彼女の弟)に譲り、闘病生活を送ってる由、伺っていたけれど…。

今度は、パーキンソン病に罹患し、食事も一人ではできない体になってしまわれたとか…。

金沢の亡き親友のお墓参りに、一緒に行きたいから連れて行ってね…と、お願いしたけれど、無理になったから…と、彼女は詫びた。

週3回の透析に加え、パーキンソン病では…。

とても、留守はできないから…と、彼女の手紙には悲壮感が漂っていた。

なんと、言葉をかけていいのか、わからなかった。

若い日の颯爽としてたご主人の姿が浮かんできて…。

すぐに、メールを出した。

 

「玉手箱のような贈り物。 すごく、嬉しい。 ひょっとして、私、愛されてる…?!  

ご主人様と一緒に行った、いろいろな場所やお姿。 

しっかり、覚えているよ!  忘れられないよ♪」

 

即、返信メールが。

「アハハ♬ あなたは大切なヒトよ❤」

嬉しすぎるよ♪

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母の話♪

2022-03-19 05:46:34 | 日記

今日は、生きていれば、母は103歳となる。

今は、元気な老人が多くなったから、母も…と思わずにはいられない。

62歳で亡くなったから、もう、そろそろ、記憶も乏しくなってくるか…と思っていたけれど。

どっこい! 母のことは忘れたことがない。

愛用してた着物の柄のこと。 

酸っぱい果実が大好きで、口をすぼめて食べていた顔。

始終、明るく、歌を口ずさんでいた母。

私は、本当に母が好きだ♪

 

母は6歳の時実母を亡くした。

祖父は、子供のため…と言って、のち添えはもらわなかったそうだ。

母の実家は、小さな魚市場を営んでいたそうで、経済的には困らなかったし、古くからのばあやさんもいて、人並みの少女時代を送ったそうだ。

でも、母親がいないということは、何か、欠けてるものがあったらしい。

私たち子どもを育てるときも、わからなかったことが多かったようだ。

「私は、ある意味、片輪で育ったから、あんたたちを育てるのに、何か、欠けていることもあるかもしれない。 

 ごめんね!」

が口癖だった母。

そして、19歳の時、父を亡くした。

家族縁に薄かった母だ。

いつも、自分の家族を守るために、がむしゃらに働いていた母を想うと、なぜか、涙がこぼれる。

 

働き者の母は、体を壊し、40代後半くらいから、ベッドでの生活が多くなってきた。

実家の父が営んでいた非鉄金属の商いも、母が要となって働いていたのに…。

明るかった働き者の母は、人が変わったようになってしまった。

病というのは、恐ろしいものだと、母を見ていて思った。

 

今、私が曲りなりとも、幸せに暮らしていられるのは、両親のおかげ。

感謝してもしきれないほど、大きな慈愛をいただいている。

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驚き、桃の木、山椒の木

2022-03-18 07:41:11 | 日記

私には4歳違いの妹がいる。

が、私が早生まれなので、学年は5年の開きがある。

私が6年生になったとき、妹は、やっと1年生。

だから、姉妹と言えども、共通の話題もなく、冷ややかな関係だ。

ましてや、妹は姉よりも資質的に上だし、出来損ないの姉を、苦々しく感じていただろう…。

一族の中で、姉の私は唯一の「女の子」だったから、親戚中にちやほやされたし…。

出来の良い妹が姉の後塵を拝するのは、彼女にとっては我慢できなかったことだろう…。

 

妹は成人してから、外資の会社に勤務し、長いこと海外で暮らしていた。

帰国して拠点を日本に移したのは、わずか、10年前のこと。

浦島太郎状態の妹は、珍しく姉を頼った。

生まれてから、初めて、姉妹らしい生活が続いた。( ^^) _U~~

お芝居を見に行ったり、旅行をしたり、美味しいものを食べに行ったり…。

が、そんな蜜月時代も長くは続かなかった…。

 

主人の義姉問題が持ち上がってきたのだ。

主人にとっては親ほども年齢に開きのある義姉。

異常なほど、大事にしている。

独り住まいの生活に終止符を打ち、ホームでの生活を選んだのだが…。

何かにつけて、実家(弟の家)を当てにする。

ある年のお正月のこと、例年ならば、私の妹が滞在するはずだった。

そこに、急遽、割り込んできた義姉。

ホームから我が家に帰省すると言う…。

弾き飛ばされた妹。

プライドの高い妹のことだ。

それ以来、我が家の敷居をまたぐことは無い。

 

季節ごとに、安否のメールを出すが、滅多に返信もしてこない。

その妹から、珍しく連絡が…。

貸金庫を解約したから、代理人カード(私名義)を銀行に返却しに行ってほしいとの依頼だ。

もともと、私の縁で、取引した銀行だ。

わざわざ、遠くの銀行で口座を開かなくても、近間にも銀行はいくつもあるだろう。

 

早速、出向き、ミッション終了。

銀行からの受領書を郵送する旨、妹に連絡した。

すると、

 「有難う♪ 感謝です! ……」

という返信メールが届いた。

妹にしたら、かなりの長文。

 

あれまぁ~、こりゃぁ、「驚き・桃の木・山椒の木」だわ!! ( ^^) _U~~

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夜干し

2022-03-17 07:17:17 | 日記

夜干しがいけないことだ…なんて、今時、誰も言わないことだろう。

でも、我々、昭和の人間は、姑から、夜干しはいけないと、口が酸っぱくなるほど言われたものだ。

多分、夜、干すと、夜露が洗濯物を濡らす。

特に子供のものなどは、昼間、お日様の光をたっぷりと浴びさせたい…と言う親心からの言い伝えなのかもしれない。

亡くなった人のモノは夜干しをするから、それで、忌み嫌ったのかも…。

 

昨今、我が家の近所はお若い世帯が増えた。

それで、特に目に付くのかもしれないが…。

右も左も夜干しだらけ。

昔と違って、ママたちも働きに行ってるし、日中は干せないこともあるだろう…。

世の中の仕組みが変わってきたというのに。

昔人間の石頭の主人は、文句、たらたらだ。

 

姑の言うことを、素直に聞いていた若い嫁だった自分が、なんか、いとおしい♬ 

アハハ♬( ^^) _U~

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