死後30年以上も経ったというのに角栄人気は根強いものがあります。雑誌の「角栄特集」や「角栄本」の新刊発行は令和の時代にあっても続いています。「金権政治」は指弾しても,小学校卒の身で権力の頂点に立ったという実績。便利な空間に住み,「豊かに生きたい」とする時代背景に対応し,日本をより良い国にしようと奔走した姿には関心が高まっていることを,反映しての事でありましょう。
そんな中で「田中角栄は尊敬できない」と,切り捨てているのが,防衛施設庁長官、初代の内閣官房内閣安全保障室長を歴任した佐々淳行氏(1930年~ 2018年)です。著書『私を通りすぎた政治家』で、理想や知性を持たない、政治をカネに換えた政治家だと、痛烈に批判し切り捨てています。
■田中角栄は尊敬できない 出典『私を通りすぎた政治家』 p88~p94 発行:2014年8月 文藝春秋社
リーダーシップはそれなりにあっても、権力に付随する利益や享楽を求めるポリティシャン*1は、やはり尊敬できない。
部下の心を掴む人心収攬や、自分の決定を遂行する行政手腕において、田中角栄氏は第一級の内閣総理大臣だと思う。優れたリーダーであり、日本を経済的に盛り上げたことは間違いない。ただ、何ともノーブレス・オブリージユ(高貴なる者の義務)がないのである。
だから私は、田中氏をまったく尊敬していない。
たとえば、こんな方法で役人もお金で買おうとしていた。田中氏の著書でベストセラーとなっ、だ『日本列島改造論』を書いたのは各省の役人である。その報酬は三〇万円といわれたから、現職の中央官庁の課長クラスが争うようにして書いたのだ。
その一人は私だった。安全保障論を書いていた。
(中略)
私は官僚をこのような使い方をした政治家をステーツマン*2と呼ぶことはしない方針である。田中氏はすぐれたポリティシャンではあるが、ステーツマンに不可欠な「ノーブレス・オブリージェ」がなかった。
田中角栄時代の金権政治によって、日本の政治が泥まみれ、金まみれになってしまったことは間違いない。この時代に、士魂が亡び商才がはびこったことは間違いない。
田中金権政治は、まさにそんな時代だった。派閥の長だの影響力を持つ人物とは、高潔な人格とか卓抜した識見・能力などは関係がない。お金を持ってないとダメだった。何よりもまず集金力が問われていた。
その次が航空機である。
全日空が導入した大型旅客機、ロッキードL・1011トライスターをめぐり、その当時、総理だった田中角栄総理への賄賂が発覚したのがロッキード事件だった。ピーナッツ五個と書かれた五億円の領収証だとか、記憶している人も多いだろう。金脈問題で退陣していた田中氏は一九七六年(昭和五十一年)七月、逮捕される。「総理の犯罪」として大騒ぎになったのだった。
*1ポリティシャン (politician) 政治家。特に、自分や党の利益のために動く政党政治家などをさす。政治屋。
*2ステーツ‐マン (statesman) 政治家。悪い意味で使うポリティシャン(政治屋)とは区別して用いる。
◆いったい、田中角栄という政治家は何だったのだろう。
一時期、田中角栄を最大の敵として攻撃し続けた石原慎太郎ですら、晩年は『天才』というタイトルの本を著し、田中角栄を称賛しています。札束を配って権力を求め、権力から札束を生み出した人物田中角栄。どっちが田中角栄なのか。
角栄を持ち上げる論もあれば、角栄をくさす論もあります。田中角栄はひとりの人物である。世に出ている書籍の論述を通じて、角栄氏を見つめ直してみます。