黒沢永紀オフィシャルブログ(旧・廃墟徒然草)

産業遺産と建築、廃墟、時空旅行、都市のほころびや不思議な景観、ノスタルジックな街角など、歴史的“感考”地を読み解く

廃線:鶴見線石油支線 #04

2005-12-21 06:55:33 | 鉄道遺産


京浜工業地帯を貫通するように走るJR鶴見線。
その途中の駅<安善駅>から分岐した廃線<石油支線>の特集です。

安善駅の踏切を渡りると暫くは、
右に工場の塀、左に幾つかの民家や自営系事務所などが並び、
やがてカーブしながら道に合流する石油支線が現れます。
あとは埋立地のほぼ中央を一直線に貫通する道路と平行に、
支線の線路も真っ直ぐに延びています。

線路が合流したあたりでまっさきに目に入るのは、
線路越しに見える米軍の貯油基地です。



GATE RR No.1 と書かれた看板のかかる鉄柵扉は頑丈に閉じられ、
その先には幾台ものタンク車が停車しているところを見ると、
どうやらこの線路は現役線の様です。
かなり錆び付いているので、相当使用されていないと思いますが、
草に覆われたりしているわけではなく、
結構新しめのバラストも敷かれています。

昭和10年の安善埋立地一帯の俯瞰図をみると、
この安善駅前の米軍貯油場には「臨港大野球場」が書いてあります。
工業地帯の企業対抗試合が行われる他、
一般への貸し出しもしていたそうです。

しばらく一直線の軌道を線路伝いに歩きますが、
左側にはおそらく終わっているなんらかの工場らしき建物や、
完全に終わっている元造船所と思われる建物などが続き、
米軍基地内で見かけた以外人の気配すら感じません。
ごくたまに、隣の道を乗用車が通過するくらいですが、
車が通りすぎるとまた風の音しか聞こえなくなり、
周囲で動く気配を感じるのは、
徐々に傾く太陽の影くらいです。



やがてこの安善町の埋立地を真ん中で分断する運河をわたる、
<安善橋>が見えてきます。
そのずっと先には、京浜運河を越えた扇島埋立地にある、
昭和シェル石油の赤白市松のタンクも見えます。

ちなみにこの石油支線は、
鶴見線が最初に開通した翌月に開通し、
その後昭和5年の全線電化開通によって、
鶴見線本線と同時に一般乗客も利用できるようになりました。
ふつう貨物運搬線は専用線なことが多いですが、
JRになった今も鶴見線が一般乗客を扱っているのは、
<鶴見臨港鉄道>時代の名残なのかもしれません。
鶴見線は今でも旅客輸送をしていますが、
石油支線は昭和13年(1938)に、旅客営業は停止されています。

>次の記事  >この特集を最初から読む

■シリーズ:鶴見線石油支線■
・#01 鶴見駅・本山駅
・#02 鶴見線・安善駅
・#03 安善駅踏切・浅野総一郎
・#05 安善橋・鶴見線の駅名
・#06 車止め・昭和10年の沿線案内
・#07 踏切・戦後の鶴見線
・#08 ヤード跡・安善町の石油会社
・#09 石油埋立地の意味
・#10 浜安善駅・京浜の発展と衰退
・#11 鶴見線と京浜の未来
・#12 最終回
 


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2 Comments

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Unknown (GG-1)
2005-12-22 00:56:05
石油支線までもが旅客営業をしていたとは知りませんでした。前出で駅が在ったと書かれてましたが貨物駅だろうと勝手に想像しておりました。

たった8年で旅客営業をやめたのは、日中戦争の影響か何かでしょうか。

石油は戦略物資なので一般の目に触れないようにしたとか
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旅客輸送の廃止 (廃墟徒然草)
2005-12-22 16:01:03
▼GG-1さんへ



まず駅に関してですが、

さすがに現存するものは貨物駅だと思います。

なんといっても旅客駅として使われたのは、

昭和13年までですから。

『鶴見線物語』によると、

本山駅や海水浴前駅などの観光的臭いの強い駅が、

全て戦時下で廃駅になってますので、

石油支線の旅客輸送の廃止も、

恐らく戦時体制下の廃止だと思いますが、

石油支線のことに関してはあまり深く書かれてなく、

詳細はまだわかりません。

一応鶴見線営業所やJR貨物にも軽く問い合わせをしてみましたが、

いずれも石油支線に関しては既に管轄外ということで、

軌道が残っていることすら知らない状態でした。



形を変えて営業する『鶴見臨港鐵道』に、

年明け、資料を見に行きますので、

その後なんらかのご報告ができるかと思います。

 

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