
京浜工業地帯を貫通するように走るJR鶴見線。
その途中の駅<安善駅>から分岐した廃線<石油支線>の特集です。
安善駅の踏切を渡りると暫くは、
右に工場の塀、左に幾つかの民家や自営系事務所などが並び、
やがてカーブしながら道に合流する石油支線が現れます。
あとは埋立地のほぼ中央を一直線に貫通する道路と平行に、
支線の線路も真っ直ぐに延びています。
線路が合流したあたりでまっさきに目に入るのは、
線路越しに見える米軍の貯油基地です。

GATE RR No.1 と書かれた看板のかかる鉄柵扉は頑丈に閉じられ、
その先には幾台ものタンク車が停車しているところを見ると、
どうやらこの線路は現役線の様です。
かなり錆び付いているので、相当使用されていないと思いますが、
草に覆われたりしているわけではなく、
結構新しめのバラストも敷かれています。
昭和10年の安善埋立地一帯の俯瞰図をみると、
この安善駅前の米軍貯油場には「臨港大野球場」が書いてあります。
工業地帯の企業対抗試合が行われる他、
一般への貸し出しもしていたそうです。
しばらく一直線の軌道を線路伝いに歩きますが、
左側にはおそらく終わっているなんらかの工場らしき建物や、
完全に終わっている元造船所と思われる建物などが続き、
米軍基地内で見かけた以外人の気配すら感じません。
ごくたまに、隣の道を乗用車が通過するくらいですが、
車が通りすぎるとまた風の音しか聞こえなくなり、
周囲で動く気配を感じるのは、
徐々に傾く太陽の影くらいです。

やがてこの安善町の埋立地を真ん中で分断する運河をわたる、
<安善橋>が見えてきます。
そのずっと先には、京浜運河を越えた扇島埋立地にある、
昭和シェル石油の赤白市松のタンクも見えます。
ちなみにこの石油支線は、
鶴見線が最初に開通した翌月に開通し、
その後昭和5年の全線電化開通によって、
鶴見線本線と同時に一般乗客も利用できるようになりました。
ふつう貨物運搬線は専用線なことが多いですが、
JRになった今も鶴見線が一般乗客を扱っているのは、
<鶴見臨港鉄道>時代の名残なのかもしれません。
鶴見線は今でも旅客輸送をしていますが、
石油支線は昭和13年(1938)に、旅客営業は停止されています。
>次の記事 >この特集を最初から読む
■シリーズ:鶴見線石油支線■
・#01 鶴見駅・本山駅
・#02 鶴見線・安善駅
・#03 安善駅踏切・浅野総一郎
・#05 安善橋・鶴見線の駅名
・#06 車止め・昭和10年の沿線案内
・#07 踏切・戦後の鶴見線
・#08 ヤード跡・安善町の石油会社
・#09 石油埋立地の意味
・#10 浜安善駅・京浜の発展と衰退
・#11 鶴見線と京浜の未来
・#12 最終回
たった8年で旅客営業をやめたのは、日中戦争の影響か何かでしょうか。
石油は戦略物資なので一般の目に触れないようにしたとか
まず駅に関してですが、
さすがに現存するものは貨物駅だと思います。
なんといっても旅客駅として使われたのは、
昭和13年までですから。
『鶴見線物語』によると、
本山駅や海水浴前駅などの観光的臭いの強い駅が、
全て戦時下で廃駅になってますので、
石油支線の旅客輸送の廃止も、
恐らく戦時体制下の廃止だと思いますが、
石油支線のことに関してはあまり深く書かれてなく、
詳細はまだわかりません。
一応鶴見線営業所やJR貨物にも軽く問い合わせをしてみましたが、
いずれも石油支線に関しては既に管轄外ということで、
軌道が残っていることすら知らない状態でした。
形を変えて営業する『鶴見臨港鐵道』に、
年明け、資料を見に行きますので、
その後なんらかのご報告ができるかと思います。