今夜はN響定期公演で東京芸術劇場。
ファビオ・ルイージが首席指揮者として初めて振るコンサート。
待機期間が確保できず13日の公演を沼尻さんに代わってもらったことが、ファビオにとってとても残念だったのだろう。そして楽しみにしていた聴衆に申し訳なく思っていたのだろう。
マエストロは弦楽奏者の入場を追い越して登壇し、コンマスらの驚きの表情にも目を向けず、ぼくら聴衆に向かって深々とお辞儀をした。
そしてオーケストラの面々が慌たゞしくチューニング終えるや、すぐにマエストロはあの弦のトレモロを始めた。
”わたしはすぐにでもみなさんに演奏を届けたかった、待ちきれなかった”、というファビオの熱い気持ちが現れたシーンだった。
こんなマエストロが誰か他にいるだろうか。
そんな思いに胸を熱くして、ロマンティックの第1主題、第2主題に聴き入っていった。
雄大にして繊細、デリケートにしてダイナミック。荒々しく、厳かに。明るく、壮麗に。
4楽章70分の素晴らしいロマンティックだった。
マエストロの指揮は小澤松本フェスティバル2019でサイトウキネンを振ったシュミット、マーラー、オペラ・エフゲニーオネーギン以来。エネルギッシュで細やかで有弁だった。
それまではファビオのオペラを、実演ではないがたくさん見ていた。歌手たちはみんなファビオを絶賛していた。
いつだったか小澤征爾さんが、“ぼくが尊敬しているファビオ・ルイージが云々“と語ったことがあって、びっくりしたのを覚えている。
それで2019年のフェスティバルに招聘したのだろう。
あれでぼくはすっかりマエストロルイージのファンになった。
だから首席指揮者に就任したというニュースは本当に嬉しかった。
そのあとだいぶ経ってから、チューリッヒの音楽監督を退任すると聞いたのだが、驚いたなぁ。
そうまでして就任してくれた首席としての、今夜が初陣だったからなんだ。
マエストロは演奏を終えると下がらず、楽団員を讃え、労うようにそのままみんなを退場させた。
そして鳴り止まないカーテンコールに自分だけ、3度戻って来てくれた。笑顔で、何度もお辞儀をして、手を振って、最後は右手でチャオ。
ホールは総立ち。ぼくら日本の音楽ファンとファビオの心が、気持ちが、深く結びついた瞬間だった。
こうして今夜も忘れられない夜になった。