雪が止むことだけが決まっているなら

モラハラの父と認知症の母と…

父と話すことで、ヒントを見つけた気がする

2020-12-27 15:15:17 | 日記

病院から帰ってから、父といろいろ話したが、すでに記憶が曖昧だ。順番もかなりごちゃごちゃだけど、思いつくだけ書き留めておく。

父は「結局自分が悪いんだ」という。「過去のことはいいから、先のことを考えよう」と私。
母が夕飯の後疲れたと言って寝てしまうことも時々あるらしく、その時は父が洗い物をしていると。それは「いいことなんじゃないの」と。「できる人ができることをやればいいと。お互い補い合ってやっていけばいい」と。

「2人が50点ずつ頑張って100点になればいい」と私。すると、「俺は100点じゃないと嫌だ」と言い出す。「そもそも100点の人間なんていないし」「俺は今まで100点だった」開いた口がふさがらん。「お母さんがこんななのに…」と言いかけて途中でやめる。「みんな落ち込んだり失敗しながらがらやってる」と。

「俺は別にいなくてもいい。お金はあるからそれでいいだろう」とも言っていた。どのタイミングで言ったかは思い出せないけど。
「もっと楽しい話してよ。お金の話しても楽しくない。」

母が「自分はお父さんに感謝してる、幸せだ」と言ったのはこの時だったのか?
「ほら、お母さんは幸せだと言ってるよ」と。
父のことを否定してしまったら、自分の今までの人生も否定してしまうことになるから、言い聞かせている部分もあるのか。それに嫌なことばかりだったわけじゃない。娘二人に恵まれ、楽しい時期もあったのも確かだ。

「俺が悪いんだ」とすぐ過去のことを持ち出すので、「今更過去のことを考えてもどうしようもないから、今からのことを考えよう」と。
ママ友に言われたと。そのママ友もお母さんの介護をすることになり、「お互い大変だねー」と言ったら、「まずは今日と明日のことだけ考えよう」とママ友にも言われたと。母もそれを聞いて頷いていた。

「1ヶ月に1度くらいは母もうちに来ればいいし、時には距離を置くことも大切だよ」と。私も旦那と仲悪いわけではないけど、ずっと一緒は嫌だし。「お父さんも時にはカラオケに行ったりしたらいい」「前もって言ってくれれば、私も休みを取りやすいし、気分転換したらいい」と。すねたのか知らないが、返事もせずカーペットのゴミを取っている父。「ね、お父さん」と言うと、「うん」と。

父の場合は貴重面とか完璧主義じゃなくて、自分の思い通りに事が運ばないと気が済まないだけの話なんだけど。

お茶をするのに、冷蔵庫を開けては「何でも残り物をとっておいて、ダメにする」と言う。「こんなものまで取っておいてとっとと捨てればいい」と。「そりゃお母さんだってもったいないと思って、そうするよ」と。
「もし残り物とか見つけたら、黙ってお父さんが捨てればいい」と。
「お父さんも怒らなくて済むし、お母さんも怒られなくて済む」と。
「捨てたってお母さんはもう忘れてるから、あれがないとか言わないし」
「私だって、そういうことはある」

「お前といる時はお母さんの表情が全然違う」とも言っていた。そりゃそうだろ。とにかく一言一言がきついんだよ。
「なんでそんなことするんだ。またそんなことして」の繰り返し。

何でも忘れてしまうんだから。
直そうとか、よくしてやろうとかもういいんだよ。

でも、母に対する対応も私自身も反省するところ多々あり。
台所の棚に目隠しの布をかけていたけど、汚れて古いし、隠すと何があるか忘れるから取った方がいいよと捨ててしまったが、しばらくすると、また別の布を持ってきて隠そうとしている。「隠したら、どこに何があるか忘れるからせんでいいよ」とやめさせたが、それよりも「今はお茶を飲んで、後でしよう」とか言えばいいんだと今気づく。それで安心するならそれでいいんだ。どうせ忘れてしまうのだから。

父と話している内に、母との対応の仕方のヒントを得た気がする。
たまには言い合いのもいいもんだ。ちちがどう感じたかはわからないけれど。

帰りの車の中、いろいろ考えた。

否定したり、やめさせたり、するのではなく、指摘や命令ではなく、
受け止めて、じゃぁどうしようかとか、後でしようとか、提案、相談する形にすればいいんだ。

妄想については、そんなことないよとか勘違いだよとか、その都度否定はするけれど。
これはどうするか。とりあえず他の話題で話を逸らすか。孫の話とか。

記憶障害はもうどうにもならないだろう。後はとにかく気持ちを安定させて、少しでも進行を遅らせないといけない。
そのためにも父も私も母に対する言動にはかなり気を付けないといけない。でも、そうすることで、今の悪循環から解放されれば、母も穏やかに暮らせるだろう。

こうやっていろいろ書き出すと、頭の中も整理されてくるし、気づくこともある。
父に手紙を書こう。
会話だと面倒くさい。なんだかんだと言い訳ばかりだ。
明快に説得力を持って、文章にまとめるのは大変だけど。
頭はしっかりしてるので読解力はあるが、性格の問題だよなー。
受け入れられるのか。とにかく今は悪循環を止めるしかない。


認知症の母と、父と

2020-12-27 13:16:39 | 日記

前回の日記の後にも1度夜に父から電話があり、また母が父の女性関係のことを妄想して言い出したので、頭に来てまた母を怒鳴ったらしい。
とりあえず母に替わってくれと言って母と話したが、母はすでに覚えていないのか、話が噛み合わない。とりあえず女性関係については気にしなくていいから、安心していいよとは伝えたが…。また同じことの繰り返しだろう。

そして、先日また実家に泊まりに行って来た。あまり掃除もしていないようだったので、洗剤などを持参して。
すると、父がセスキ炭酸ソーダを買って来たと見せてくれた。それで電話機を拭いたがかなり汚れていたと。←それだけかい。
とにかく棚の上とか埃がたまっているのが気になると、前から父は言っていたけど、。私はそれよりお風呂のカビやトイレのこびりついた汚れ、キッチンなどの水回りが気になってしょうがないので、そちらをやる。そもそも埃がそんなに気になるんなら自分ですればいいと思うけどな!
私が掃除しているので、母も自分も何かしなければとゴソゴソやっているが、こういう時も父は動かずテレビを見ている。とりあえず風呂掃除の間に洗面台にカビとりハイターを吹き付けておいたら、気づくと母が洗面台を掃除している。それはまだ触らんで!素手で触ったら危ないよ…と。なかなか目が離せない。
1時間半ほどかけて掃除。本当はもっと徹底的にやりたかったけど、勝手がわからないし、汚れも取れるものと取れないものがあり、まいっかーと。

掃除が終わって一息ついている時だったか(母はこの時別室にいた)、3日続けて、夜父が寝てから母が2階で物を投げまくって大変だったらしい。たまらず「3日目にはビンタした」と。「本当にそれだけはやめて」と。「それで何も解決せんやろ」と。母が「もうしませんと言ってもまた数分後にやっている」と。「そりゃあ忘れるもん」悪循環だ。私がビンタしてやりたいわ!

夕飯は何にしようかと母。父が昼に買って来た餃子があるというが、見つけられない。
肉が冷蔵庫にも冷凍庫や野菜室などに入っている。使わないものは冷凍に入れ、今日使うものを出す。野菜も大根とかジャガイモとかだぶり買い。野菜もいろいろ入っているので、これでなんとかなるだろうと今日使うものを出している。
そして、リビングにいてもしばらくすると、今日の夕飯何にしようとまた台所に行って、そうか、これだったという感じ。
落ち着かないのかかなり前に料理を作り始め、父がお風呂に入る前に出来上がってしまったが、「遅くなるより早い方がいいんじゃ」と私。手伝おうかと思ったけど、なんとか一人で料理はできる。凝ったものは作らないけど、特に困ることはない。(以前はいろいろ作ってくれたが、しょうがない)そして、いつの間にか食卓に餃子が出ている。謎だ。ま、あったからいいけど。

夕飯は父も酒が入るし、面倒くさい。日本の政治家はバカばかりだとか、そんな類の話ばかりでうんざりだ。とにかく私は肯定も否定もせず、頷くのみ。
俺は思いやりがある。俺は東大にだって行けた。今でも昔の取引先の人とか連絡をくれる。中卒の部下は俺のお陰で営業部長まで上り詰めた。俺ってすごいだろ感がうざい。

その割には、病院の診察では先生に「妻が認知症だという悩みを相談できる友達はいない」と言っていた。「同級生の中でも一番元気なのは自分だ」とも。そういえば、いつもの政治の話をしている時に、「こういう話をしても同級生もテレビではこう言っていたとか言う。何がテレビだ。同級生もバカばかりだ」と。それで友達とかよく言えたもんだ。とにかく人を見下さないと生きていけないらしい。

妹の元夫のことも持ち出し、テレビ関係者にろくなやつはいないと。何でも一くくりにしないと気が済まないらしい。確かに最初の挨拶は礼儀知らずの部分もあったかもしれないけれど、あんたもたいがいだと言いたい。結局肝心な時には逃げてばかりだった。

母も毎日夕飯でこんな話を聞かされたんじゃ、たまったもんじゃないだろう。

父はだいたい9時過ぎには寝る。母にハグをして。それで安心するならそれはそれでいいが。


翌日、病院は午後だったので、午前は台所の整理、掃除。とにかく食べかけの物があちこちに押し込んである。ひからびた饅頭とか。「奥にこんなものあったよー。もう捨てるね」という感じ。食材の管理もできていない。いろんなものが混在。食器棚にもお茶やメモだったり、いろんなものが入っていたので、整理。
スプーンやフォークなどもごちゃごちゃだったので、スプーンとフォークに分けて立てておいたら、それを見た父が「これはヨーグルトを食べるから、一つだけ別に置いておいたのに」とか、「スプーンなんかこんなにいらないから、捨てればいい」とか、うるさい。片付けてくれてありがとうとか、綺麗になったなとかないんかい!
これが父がいう「几帳面」か。自分は何もせずに難癖つける。うざい!

そういえば、片付けている途中、突然2階からドタバタ音がした。父が「またやっている」と言うので行ってみると、母が部屋で座り込んでいた。背中に手をまわし、とりあえず「大丈夫だから」と声をかける。母は「頭がおかしい」とか言っていたような気がするが、私もよく覚えていない。とにか「大丈夫だから安心して」と言って、二人で本などを片付けた。数分で嘘のように落ち着いている。

一体何きっかけだったんだろう。その直前に何があったか私も思い出せない。そのくらい些細なことだったのか。
そういえば、前日も私が風呂掃除をしている時だったか、2階から音が聞えた。すぐに収まったのでそのままにしておいたが。あれも何きっかけ?その後下りてきて、普通にしていたと思うけど。
直接イライラをぶつけられないから、自分の部屋で発散してまた戻るという感じなのか。場所や相手かまわずということではないので、まだ理性が残っているということか。

その後、母と買い物に行った。買わないといけない物をメモして冷蔵庫に貼っておいたが、その存在をすぐ忘れるので、「冷蔵庫のメモに書いておいて」とその都度。
お金は普通に払うし、買い物はなんとかできる。

ごみも一応分別していたが、私が家に持って帰ったものを見てみると、プラゴミなど中には洗ってないものも(洗い方が不十分なもの)あってまた洗う。

昼食はファミレスでランチを完食。父が「母の食が細くて困る」と言っているが、外食ではちゃんと残さず食べる。私でさえご飯を少し残したのに。今は150cmないくらいで33~35キロらしい。がりがりだ。

病院では、まず先生が母にいろいろ質問する。母は母なりに一生懸命答えているのに、その内父が我慢できずに口をはさみだす。
先生は真実が知りたいというより、母がどう感じているか認識しているかを確認しているんだろうから、黙っていればいいのに。
母は待合室に行って、父と
3人で先生と話す。と言っても、ほぼ父が話して、私はほとんど話さなかったけど。
物を投げたりするのが毎日(1日に数回)、女性関係や保険金殺人などの妄想。
(待合室でもいきなり保険金殺人でどこどこで人が殺されたとか突然言い出す。何情報?どういうこと?と冗談っぽく言っても母は真剣)

先生は、とにかく不安な気持ちがそうさせるんだろうから、父の気持ちもわかるが、責めたり怒ったりしないように。
わかってはいるけれど、時々言ってしまうと父。手を上げたことは言わないし、私もわざわざ言わない。
先生、「ありがとう」とか伝える。たまには距離を置く。デイサービスを増やすなどいろいろ提案してくれる。

そして、先生が父の話し方が気になると。先生が母に質問しているのに横から入って来た時の口調など。
私も「父なりに気を使っていると思うが、母からしたら強く感じると思う」と伝える。

とにかく薬については、メマリーはあまり合わないようなので、オランザピンに変えて1か月様子をみることに。

私も今回は薬のことについて聞こうと思っていたのけれど、薬を変えるということになったので、特に私から何も質問もせず。1か月様子を見てからだな。しかし、後でネットで見てみると、認知症の進行を抑えるのではなく、躁鬱病などに使う薬なので、どうなのか…という不安もある。感情が不安定になったり、物を投げたり、妄想を抑えることを優先するしかないか。

できれば薬よりも環境で少しでもいい方向に向かわせたいけれど。
一体、どういう風に母と接したらいいのか、どう父に伝えたらいいのか、頭の中をぐるぐる。
私自身も母と接している時に迷うことはたくさんあるし、後でもう少しこういう言い方をした方がよかったなと思うこともあるし、そもそもどう答えたらいいんだよということもあるし、どうしたらいいのかわからない。

 


イライラして物を投げまくる母

2020-12-17 13:15:39 | 日記

一昨日の夜、父から電話。
「お母さんをたたいた」と…。時間的にちょうど夕飯時だったので父もお酒が入っていたんだろう。とにかく毎日毎日母が女性関係を疑っていろいろ言ってくるらしい。自分は外に連れだしたり自分なりにがんばっているのに、なんでこんな風に疑われなければいけないのかというイライラがつのり、思わず手をあげてしまったらしい。そして、「病気だからしょうがないよ」と言うと、「本心が出て来ているんじゃないか」と。
とにかく「明日私は仕事が休みだから行くから」と言うが、同じようなことを繰り返し話す。(誰かに話したいのだろうが、友人に言えるわけもなく私に電話してきたのだろう)
私も「お母さんは病気だから」とか、「お父さんに見捨てられたらどうしようという不安から妄想してるんじゃないの」とか、そういった当たり前のことしか言えない。
後ろでは母の泣き声がする。
とりあえず明日行くからと電話を切る。

しばらくして母の携帯に電話をかけるが出ない。時間を置いてかけ3度目にやっと出た。でも、意外と落ち着いている。「お父さんとけんかしたの」と聞いても、わかっているようなわかっていないような。
「疑うようなことは何もないから、安心していいんだよ。不安にならなくても大丈夫だよ」と言ったが、きっとこれも忘れてしまうんだろう。

風呂に入って考える。父は私に何を言って欲しかったんだろう。父も興奮状態だったし、私はいつもと同じようなことしか言えないし。思わず、「私がお母さんを引き取ろうか。でも仕事があるから24時間は見れないし」と言ったら、父は黙っていたが。
ちょうど翌日から2連休だったので、母を連れて来てこちらに泊まらせようかと思う。時々父と母も離れた方がいいかなと。
そもそもこの2連休、1日は実家に行って母をランチにでも連れ出したた方がいいかなとは思っていた。でも、思うだけで行動には移さなかった。ていうか、移したくなかったというのが本音だ。

そして、昨日実家に行って来たが、父に「母を連れて帰ろうとか」言うと、それは別にいいみたいな感じだ。(本当にいいと思っているのか、私に遠慮していたのか)母は2階で寝ていると言う。しばらく父と話して母のところに行くと、ちょうど下に降りようとしていたところらしい。ファンヒーターの灯油タンクを持っている(空になったので給油すると言う)。それを父が見て、「お母さんは(イライラすると)これも投げる」と。思わず私が笑って、「そんなことしたら死ぬよ(父に当たりでもしたら大変だ)、投げてもいいけど重いものはやめて、軽いものだけにして」と言ったら、「そうね」と言っていたが。
部屋の隅にはものが山積みになっている。「これはまた今度片付けよう」と声を掛ける。

そういえば、父が「S(私)は自分に似ているんじゃないか」という。「Sがこんなに優しいとは思わなかったと」まぁ元々父とは会話なんてほとんどなかったし、あの件以来実家とは何年も距離を取っていたし。私は「普通だよ」と。親がこんな状態で放っておけるわけがない。しかも、本当に優しかったらもっとまめに電話したり、顔を出したりするだろう。そういうところは私は最低限のことで済まそうとしている。
それにそもそも父は自分が優しいと思っているんだと思うと、それこそ滑稽だ。
それから「K(妹)は全然連絡もよこさない」と。「だってそれはしょうがないよ」と。大事な時に親にいろいろしてもらわなかったということを言おうとしたら、突然「母の血がどうだ」と意味不明なことを言い出す。何かと思ったら、母の兄弟が自死したことを持ち出す。「それは関係ないよ」と言うが、相変わらずこの人の考え方はおかしい。というか、自分が何か責められそうになると、話題を変えたり、矛先を変えようとするのは前からだ。
自分は絶対悪くないし、妹にした仕打ちも覚えていないんだろう。

母をランチに連れ出そうと思ったが、2時から近所で集まりがあるらしい。(前回はクリスマスのガーランドを作ったらしい)その集まりが今日は最後なので、行った方がいいんじゃないかと。じゃぁ、2時までには帰るからと母と出かける。母はその集まりにもあまり気が進まないような感じだったけど、最後みたいだよと言ったら行こうかなと。

2人でショッピングモールへ行く途中、車の中で話す分には普通だ。以前からそんなにべらべら喋る人じゃなかったし、私が一方的に喋ることの方が多かった。でも、最近は私も何をしゃべっていいのか。何を覚えているのか覚えていないのかもわからないし。
これ言ったっけ?という感じで話しかけてたり。でも、前ほど会話が続かない。あんまり込み入った話は難しいかな…とも思ったが、意外と理解力はあるような感じだし。とにかく短期記憶がダメなので、また忘れてしまうんだろうけどできる限り明るい話題をと思い、娘たちのことを話したりもしたが。私自身話すのが億劫になってしまって、会話もなかなか弾まない。

ランチをして、お店を見て回っていると、薬局に行くと。最初は口内炎の薬が言っていたが、舌がざらざらと違和感があるらしくその薬が欲しいと。それは前からずっと言っていた。そして、レジでは普通に薬剤師さんと会話をして、薬を選んでもらった。普通に相槌を打ったりしているので、パッと見認知症とはわからないだろう。マスクのせいで鼻だけではなく口呼吸になりやすく乾燥して、そういう症状が出る人もいるとのこと。母の場合はそうじゃないよなーと思いつつ、薬剤師さんの話を聞く。とりあえず薬を買って安心したのでいいか。
帰ってから、そういえば薬買ったよねと言ったら、バッグから出してきたので、なんとなく覚えてはいるのか。

集まりに間に合うように実家に帰り、父が「行こう」と言うと、今度は母は「行かない」という。私が「最後らしいよ」と言うと「じゃぁ行く」と言う。「じゃぁ、私は帰るから」と言うと、「せっかっく来てくれたのにじゃぁやっぱり行かない」と言う。(もしかしてこの時点でランチに行ったことを忘れていたのか?)結局父は一人で出かけた。でも、母と家で2人、何をしたらいいのか。テレビも集中して見る感じもないし、会話も続かない。
そこで、、散らかっていた母の部屋を二人でに片付けることに。

部屋の隅に積み上がた物をいるものいらない物、燃える燃えないなどのゴミの分別をした。いる物は机の上、いらない物はこっちと声をかけながら、ゴミの分別について聞くとちゃんと答える。(合ってるかどうかわからないけど)時々話が堂々巡りすることはあったが、だいぶ片付いた。
それにしてもタンスは傷だらけだし、壁も所々へこんでいる。どんだけ物を投げたんだか。
「すごいね、このタンス。反抗期の中学生みたい」「重い物はやめて軽いものだけ投げた方がいいよ」と言うと、「そうだね」と答えはするが。

レースのカーテンをかけてあった本棚(アルバムが入ってる)も整理し(なんとレコードまで出て来た)、とりあえずいると言う本はそこへしまう。(もう本なんて読まないだろうけど)1時間半ほどかけて片付けた。「カーテンも捨てたら」というと、「洗濯する」と言うので、「もう使うことはないから」と捨てさせる。
片付けている間に母のお姉さんから電話があり、受け答えを聞いていると普通だ。おばはまさか母が認知症だとは思わないだろう。話の内容も当たり障りのない短いものだったので、なかなかぼろは出さない。

下に降りたら父が帰っていたので、お茶をして帰ることに。
お茶を入れるのに急須がないと言う。流しにあるよと言うと、それじゃないと言う。その急須にはサイズが全く合わない茶こしが入っている。そこにお茶っぱを入れてお湯を入れ、今度はその茶こしを取り出し、湯呑の上でお湯をかけだす。「やけどするよ、もうわけわからんよ。笑わせようとしてるの?」と言うと、真顔で自分は「おかしいから」という感じだ。
以前あげたティーバッグがあったので、とりあえず今あるお茶っぱが無くなったらそれを使ってと。買い置きしてあったお茶っぱは私が持って帰ることに。この調子だとお茶っぱの後始末だけでも大変だ。

しばらくすると、母は「何かおかしい」と言っている。だいたい夕方になると言い出すことが多いので、大丈夫だろうと思って帰った。

そして、今日の午前中父から電話。
昨日、私が帰った後にまた物を投げまくったらしく、せっかく片付けた母の部屋もまた元通りらしい。まぁそれはいいが、片付いた部屋を見ても、私と片付けたことを思い出さないということなのか。椅子も投げたらしく、かなりひどい有様らしい。私といる時は全然そういう素振りは見せなかったのに。今は自分の部屋で寝ていると。
やっぱり強引にでもこっちに連れて来ればよかったかと思いながらも、私も半日一緒にいただけでぐったりだ。
ずっと暴れているわけでもないし、何かきっかけがあるんだろうけど、それが何かわからないし、どうしたらいいのかわからない。

今度また病院に行くので、その時に聞いてみようかとも思うが、たぶん今までと同じような答えだろう。薬を変えるとか、対応の仕方とか。医者っていうのは検査や診断、薬の処方、一般的なアドバイスまではしてくれるが、それ以上は特に何もしてくれない。この間も帰り際に父が名残惜しそうに先生にいろいろ話していたが、それだけ追いつめられているというか何か打開策を教えて欲しいということだったんだと思う。でも、その答えは先生にもきっとわからない。
相談窓口のパンフレットはもらったし、家族会もあるらしい。
父に家族会に行ってみたら?と言ったが、以前1度行ったことはあるらしい。でも、言うことはみんな同じだと。否定するな…とかわかりきったこと。でも、わかっていたもそれができない。じっと一緒にいるとそうだろう。私もついつい言ってしまうことがある。(冗談っぽく言うようにはしているけれど)

とりえあず父にはいつでも電話をかけてとは言っておいたが、これといった解決策もなく、どうしようもない。

 


認知症の母と

2020-12-03 13:11:49 | 日記

父から手紙。母がイライラして物を投げたりすることもあったりと、大変なこともあるらしく、自分は介護に向いていないのではないかと。
介護に向き不向きはないと思う。認知症という病気なので、うまくいかないことの方が多いと思う。など、ネットや本で仕入れた知識などでアドバイス的なことを手紙にし、大学病院での結果を私なりにまとめたものと一緒に父に渡す。

ネットで見た中で印象的だったのが、
出来事そのものは忘れてしまっても、感情は残っているということ。
不安だったり悲しさ、寂しさがあっても、具体的なことが思い出せないと、そこで妄想が広がってしまうのかも。
父の浮気とか。父に見捨てられたらどうしようという不安もあるかも。
うちに泊まりに来ていた時も、父と電話で話した後、「お父さんがまた○○さんと会っている」と「電話の向こうで笑い声がした」と。とりえあず「そんなことはないよ」と否定はしたけど。思い込んでいるので、どうしようもない。
妄想については、否定も肯定もするなと書いてあるけれど、そういうわけにもいかず一応否定はしているが、それも忘れてしまうのか。

たまには離れた方がいいかもということで、母を2泊3日あずかった。
普通なようで、やっぱりいろいろある。(ちょっと多くて書き切れないけど)
・料理や洗い物などは手伝ってくれたり、布団を上げたりとそういうことは率先してやってくれる。
・暇つぶしにと大人の塗り絵を用意していたけど、「デイサービスでしたことある」と。覚えていることもあるんだと。私が食事の準備をしている間、塗り絵をしていたけど、楽しそうには見えない。黙々と作業をこなしている感じでいいのか悪いのかわからない。色も塗り方も単調で。
・とにかく昔のことはよく覚えているが、短期記憶はだめだ。2泊して車で途中まで送っていく時(途中で父と落ち合う)、「今どこに行ってるの?」と。「お父さんが迎えに来るから、○○に行ってるよ」と。「うちに2泊したよ」「2泊もしたんだ」「(長女)とも会って、一緒にご飯食べたよ」と言っても覚えていないようだ。
・かなり冷え込んで来たのに、カーディガンしか持ってきていなくて、私のジャケットを貸してあげ、「これあげるから」と言っておいたけど、車に置いて行く。父に引き渡す時に、「これあげる。私のお下がり」と言うと、初めて聞いたかのように「ありがとう」と。
・夜になると、調子が悪くなる。突然、玄関に行ってしゃがみ込んでしまったり。「一人にして。何か聞こえる」と。「寒いから風邪ひくよ。テレビの音があった方がいいよ」とリビングへ。
・2日目はお風呂に入らないと言うので、「昨日髪洗ってないから、今日は洗って」と。一応髪は洗って来た。
・寝てからもトイレに起きたりと、2~3度は起きている感じ。夜中起きると、間違って押し入れ開けたり。しょうがない。
・2日目は夕飯後の薬を飲ませるのを忘れていて、お風呂上りに飲ませる。しかし、「薬を飲むと調子が悪くなる」というが、とりあえず飲ませる。でも、飲んだ後に何度もうがいをする。「気分が悪い」と言うので、横になったらと言ってもうがいをやめない。「のどに引っかかってる」みたいなことを言うので、「小さい薬だしすぐ溶けるよ」と。そのまま8時半前に「もう寝る」と布団へ。
でも、11時半ごろ起きて来て、「調子が悪い」と。寝る前の薬を飲んでいなかったので「飲んだら」と言っても飲まない。布団に入っていると、一人ぶつぶつ言っている。父の名前を言って「殺す」だったか。物騒なことを。保険金殺人がどうのとかいう妄想もあるらしいので、それか。「どうしたの?」と聞くと「調子が悪い」「薬飲んだら?」「もう落ち着いて来た」の繰り返し。
携帯を開いたりと落ち着かない。「どうしたの?」と聞くと、「110番か救急車呼ぼうとしていた」と。「びっくりさせんでよ。だけん、薬飲んでって言ったやろ」と、私も若干イライラしてくる。なるべく態度には出さないようにはしてるつもりだけど。
・1日目のお風呂では、丸めた下着がなぜかシャンプー置きの所につっこんである。本人は覚えていないだろうから、黙って洗濯かごへ。2日目は下着は自分で持っていってバッグに入れていた。レジ袋を渡して汚れ物をその中へ入れさせる。
お風呂のふたの閉め方は間違っているけど、それもしょうがない。
・車に乗っていると、「この車、よく見る」とか「この車の後ろをよく走る」とか「ナンバーを覚えてる」とか「また市役所の車だ」とか意味不明なことを。
・ランチに行ったら、食事代とお金をくれたが、会計の時にまたお金を出そうとする。

他にもいろいろあったような気はするけど、とにかく今の所実害があったり、他人に迷惑をかけるわけじゃないし、自分のことは自分でやっている。とにかく短期記憶と妄想か。
食事も出されたものは全部食べていた。かなり痩せてしまってはいるけれど、食べられる内は大丈夫か。

私は実家に帰してしまえばいつもの日常だけれど、父も毎日だと大変だろう。
父もだけれど、母も。未だに三食作って洗濯しているらしい。それがストレスになりそうな気もするし、かといってそれをやめさせたら、どんどん認知症が進んでしまいそうだし。
掃除はあまりしないらしい。今度実家に行った時に大掃除でもするか。

とにかく先が見えない。ていうか、治ることはないので、このまま少しずつ進行していくんだろう。私に何ができるだろう…と言いながら、あまり関わり合いたくないという気持ちも正直ある。でも、そうも言ってられない時はいずれはやってくる。とにかく今できることをやるしかない。昨日はハガキを書いて母に送った。「来てくれてありがとう」と。ここに来たことも覚えてはいないだろうけど。