英国史というと、国王なんかの名前がズラズラ出てきて・・・なんて心配はご無用。「驚きの英国史」(コリン・ジョイス NHK出版新書)から、あまり知られていないけど興味津々の歴史エピソードをお楽しみいただこうという趣向です。著者は、英国出身のフリージャーナリスト。海外ニュース誌の滞日記者としての経験を活かして、日本でも数冊の本を出しておられます。わかりやすく、ユーモアあるそれらの本からネタを拾って、以前、2回記事にしました(文末にリンクを貼っています)。今回も十分にご堪能いただけるはずです。どうぞ最後までお付き合いください。
★体を張った貴婦人
世の中には、史実か伝説か、はっきりとはしないけれど、多くの人が事実だと信じ、その主人公に深い愛情を抱いているエピソードがあります。英国での代表的な人物として、著者が挙げるのが、ゴダイバ(ゴディバ)夫人です。
11世紀、英国中部のコベントリーの領主であった夫・レオフリクは、住民に重い税を課し、夫人は心を痛めていました。税を軽くするよう頼む夫人に、ある時、夫は、それなら裸で馬に乗って町じゅうを乗りましてもらおうか、とからかいました。真に受けた夫人はそれを実行し、夫が皮肉で言った約束を守らせました。物語の周辺には謎も多いのですが、彼女は現代でも大きな存在でアートや文学の世界で生き続けています。コベントリー市に立つゴダイバ夫人の銅像です(同書から)。

住民たちは彼女への感謝の意を表すため、窓を閉じ、家に閉じこもったといいます。たった一人だけ、こっそり盗み見た男が、ピーピング・トム(覗き屋トム)だ、という伝説まで生みました。
さて、英語読みでゴダイバをゴディバと発音すれば、そう、日本でもお馴染みのベルギーの高級チョコレートブランドです。彼女の人気にあやかって名付けられたもので、馬に乗った彼女の図柄が商品ロゴになっています。天国にいる(はずの)ゴディバ夫人も、こんな風に利用されるとは、と「ちょっぴり」戸惑っているかもしれません。
★オックスフォード大学生が住民と衝突した日
若い頃、オックスフォードの町を訪れたことがあります。大学中心の落ち着いた街並み、雰囲気が印象的でした。

そんな町で、1355年、オックスフォード大学生と住民の大衝突事件があったのが驚きです。秩序の回復に国王が乗り出す事態にまで発展しました。
ことの発端は、街の中心部にあるスウィンドルストック・タバーンという店(この場所には記念碑が立っているとのこと)で、二人の学生が、ワインの質が良くないと、乱暴な口調で店主に文句を言ったことです。双方、激しいやり取りの末、学生は店主にワインをかけ、殴りつけました。
普通なら法に従って学生は処分されるはず。でも、当時の学生は修道会のメンバーだったため町の法は適用されず、大学側も処分を拒否しました。もちろん住民は収まりません。近くの街の住民も弓矢で武装して攻撃に加わりました。襲われた60人以上の学生が死亡し、学生、大学関係者は町を逃げ出しました。
たまたま、近くの村に国王エドワード3世が滞在していました。両派は自分たちの主張を認めるよう訴えます。「ついに王は、学生側に利があるという裁定をきっぱりと下した。」(同書から)
同大学OBの著者は「王は誕生して間もない大学を後押しすれば、教育ある国民と高い学識が自分のもとにもたらされ、国の将来に役立つことを知っていた。町の人々の不満は二の次だった。」(同)と、同大学OBの著者は、国王の裁定に一定の理解を示しています。一方、「国王のこの政治的裁定のおかげで、オックスフォード大学の現在の地位はあるのかもしれない」と、OBならではの皮肉で締めくくるバランス感覚はさすがでした。
★悲劇の探検家・スコット大尉
世界で最初に南極点に到達したのは、ノルウェーのアムンゼン隊で、1912年のことです。数週間遅れで到達した英国のスコット隊は2番手という結果になりました。加えて、帰途、スコット大尉自身が遭難死するという悲劇にも見舞われています。でも、当然のことながら、著者はスコット隊を高く評価するのです。

アムンゼン隊はひたすら1番乗りだけを目指す「冒険」でした。でも、スコット隊は、極地の学術調査で大きな成果を挙げている、というのです。
具体的には、膨大な数の標本を採集しています。気象に関するデータ収集、野生生物の生息状況、地質調査などを行いました。当時入手が極めて困難であった皇帝ペンギンの卵の標本は、ロンドンの自然史博物館に展示されています。
そして、彼が残した日記(現在、大英図書館所蔵の貴重な記録となっています。足に重度の凍傷を負ったローレンス・オーツ大尉は、仲間の足手まといになることをおそれ、ブリザードの中、テントを出て行き、みずから命を絶ちました。日記に残された彼の最後の言葉です。「ちょっと出かけてくる。しばらく戻らないと思う」(同)
著者の身びいきを差し引いても、スコット探検隊の業績は、世界的にもっと評価されてしかるべき、と十分納得できました。