幸い好評をいただき、今も時折アクセスをいただいているシリーズの第3弾です(文末に過去分へのリンクを貼っています)。とりあえず、今回がシリーズの最終回になります。
「100のモノが語る世界の歴史(ニール・マクレガー 筑摩書房 全3巻)から、私なりに選んだ「モノ語り」の最終章をお楽しみください。こちら、大英博物館の正面です。
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★サットン・フーの兜(かぶと)★
まずは能書き抜きで、この恐ろしいまでに力強い造形美をご覧ください。
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イングランド東部サフォーク州の海岸に近いサットン・フーから出土したアングロサクソンの兜です。西暦600~650年頃のものと推定されています。1939年の夏、この地の船葬墓から発見されました。
この地で「イギリス考古学上でも極めつけの心躍る発見がなされたのは1939年の夏のことだった」「何百年もの歳月を超えて、これはわれわれに詩や戦いや北海を中心にした世界を語ってくれる」(ともに同書から)との記述から著者の熱い想いが伝わってきます。
それというのもこの時代のイギリスは、ローマによる支配が崩壊した「暗黒時代」とされていたからです。埋葬されていた高位の軍人と思われる人物の遺骨は朽ち果てていましたが、埋葬されていた船を復元すると、全長が27メートルという巨大なものでした。アングロサクソンの源流ともいえる「モノ」の発見に著者が熱くなるのも道理です。
★アラビアのブロンズの手★
イエメンから出土したほぼ実物大の青銅製の手です。西暦100~300年頃の「モノ」とされています。
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浮き出た静脈、窪んだ爪、骨折でもしたのでしょうか、変形した小指まで実にリアルです。表面に刻まれた文字からその由来が分かっています。
当時、世界には今日よりはるかに多くの神々が存在していました。この右手は、アラブ世界におけるそんな神のひとり「タラーブ・リヤム(リヤムの強者)」に供物として捧げられたものです。捧げたのは、「タラーブ」なる人物で、神の名をもらっている事からも信仰篤く、かつ、これだけのモノを捧げられるだけの財力の持ち主でもあったのでしょう。
本来であれば、体の一部を切り取って捧げ、氏族の代表としてその繁栄を祈願するべきところをレプリカで済ませるわけですから、本人の手に近い精巧なものでなければなりません。リアルなはずです。その後、イエメンの支配者は、ユダヤ教、キリスト教、ゾロアスター教を経て、628年にイスラム教を奉ずるに至りますが、神々の群雄割拠時代を物語る貴重な「モノ」といえます。
★イフェの頭像★
ナイジェリアから出土した真鍮の像で、西暦1400~1500年頃のモノとされています。歴史的意義とか背景よりも「ここにある作品、真鍮で鋳造されたこの頭部は、紛れもなくなく偉大な芸術品である」(同書から)との著者の激賞に私も全く同感です。ほぼ実物大で、表に刻まれている細かい垂直線が、頭部の立体感を一層際立たせています。
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1938年にナイジェリアのイフェにあった王宮の跡から発見された13個頭部の一つです。発見当初は、そのあまりの美しさに世界中が驚き、ヨーロッパの学者の中には、古代ギリシャの彫刻ではないかと決めつける人も出る始末。もちろん今では、この像がアフリカの王族のモノであり、約600年前に西アフリカに存在した中世の大文明を象徴していることが分かっています。
レプリカでもいいですから側に置いて、毎日でも眺めていたい「作品」です。
★ルイス島のチェス駒★
歴史的意義、文明、宗教など堅苦しいテーマにちなむ「モノ」を紹介してきましたので、最後は遊びの歴史に関わる「モノ」を紹介することにします。1831年にスコットランド、ルイス島で発見されたチェスの駒です。素材は、セイウチ牙とクジラの歯で、西暦1150~1200年頃のモノです。
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78個発見された駒のうち、67個を博物館が所蔵しています。キングの駒は、8センチほどもありますから、かなり大ぶりで、ご覧のように、表情も豊かです。
人間は5000年以上にわたって盤上(ボード)ゲームを楽しんできましたが、チェスは比較的新しく、西暦500年にインドで発明されたと考えられています。
アジア、中東を経て、ヨーロッパの北部まで伝わってきたわけです。人類の歴史はある意味でパワーゲームの歴史ですが、このボードゲームには人類のロマンを感じますね。