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第595回 ジプシーの迷子対策に学ぶ

2024-09-27 | エッセイ
 米原万里さん(ロシア語通訳、エッセイスト)の幅広い話題とユーモアに富んだエッセイを愛読し、当ブログでも何度か取り上げました(文末に、直近2回分へのリンクを貼っています)。
 今回のネタ元は、「魔女の1ダース」(新潮文庫)所収の「モスクワのジプシー」です。
著者とネタ元表紙です>
 私自身が小さい頃、そして親になってからも、出かける時に注意を怠れなかったのは、迷子にならない、させない、ということでした。本エッセイには、ロシアの子育て専門家・ニキーチン夫妻が登場し、この問題に取り組むきっかけとなった体験が語られます。そして、この問題が子育ての本質に変わる興味深いものだと教えられました。
 まずは、きっかけとなったエピソードをご紹介し、後半では、その経験を日々の子育ての中で活かし、実践しているお二人の様子をお伝えします。最後には、「猫育て」にも応用している米原さんの体験をご紹介しますので、どうぞお気楽に、最後までお付き合いください。

 モスクワ郊外に住むニキーチン夫妻の一家が大都会モスクワを訪れた時のことです。下から2番目の息子が迷子になってしまいました。これをきっかけに、ニキーチン氏は、「迷子」という現象に多大の関心を寄せるようになり、「流浪の民ジプシーの子は決して迷子にならない」との説を知るや、早速その検証に取りかかりました。
 モスクワの地下鉄の駅でのことです。二人のジプシーの母親が立ち話に夢中になっています。その子供と思われる4~5人の少年少女(6歳未満くらい)が、プラットホームじゅうを駆け回って鬼ごっこをしています。二人の母親は話に夢中で、子供たちを一瞥だにしません。子供たちは、遊びに興じながらも、ほぼ定期的にチラッチラッと母親たちを見やります。そのうち、母親たちは、子供たちに視線さえ走らせず、エスカレーターのほうへ歩き出しました。一方、子供たちは、親の動きを察知して、遊びを続けながらも少しずつエスカレーターのほうへシフトしていくのです。「われわれは親の側が子どもが迷子にならないように配慮するあまり、子ども自身の迷子にならないようにという注意力と努力の余地を奪ってしまっているのです。ジプシーは親がそんな気配りをしないおかげで子どものほうにその能力が育つのです。迷子を作らないためには、そのほうが確実なのです」(同書から)と、ニキーチン氏は、米原さんへの話を結んだといいます。
 幼児が本来秘めている能力をスポイルすることなく最大限引き出し、伸ばしていくことが育児の基本だ、という理論です。

 この理論に沿って、夫妻は、乳幼児のおしめを外す時期を早めることに取り組みました。ロシアでは、1歳半くらいまでおしめを外せませんが、アフリカの場合は、半歳くらいで解放されるのが普通と知って、おしめを外す時期をどんどん早めていきました。すると、わずか3ヶ月ほどで、夫妻の子どもはちゃんと、しかも喜んで便器で用を足すようになったというのです。子どもにとっても、その方がはるかに快適で、おしめから解放された幼児は精神的に安定したともいいます。

 ロシアでは、子どもが風邪をひかないよう、冬には着膨れするほど衣服で包み込みます。でも、ニキーチン家の子供たちは、屋内では裸足で過ごすだけでなく、真冬でも裸足裸体で雪の中を走り回らせました。子供たちは嫌がるどころか、喜んで走り回り、全員が風邪をひくこともなく、すくすくと育ちました。

 子どもは好奇心の塊で、周りには危険がいっぱいです。親としては心配で、ついつい「あれはダメ、こっちは危ない、それには近づくな」などと口うるさく言いがちです。
 でも、それだといつまでたっても子どもは自身で危険の本当の怖さをできないし、危険度を推し量る能力を身につけられない、と夫妻はいうのです。
 ですから、ニキーチン式子育てでは、いたずらに子どもを危険から遠ざけません。熱したアイロンに子どもが興味を持ったら、軽く触らせるくらいのことはするといいます。自らの痛みを伴う経験を通して、身の回りには危険なものがあることを学ばせるというわけです。

 さて、愛猫家の米原さんは、常時3~4匹飼っています。小さい頃から望むままに自由に外に出させていて、交通事故に遭った猫は一匹もいません。ところが、隣の一家もほぼ同じ数の猫を飼っていますが、交通事故で3年の間に2匹が死亡、2匹が身体障害者になりました。米原さんが、ニキーチンさんに倣って調べたところ、そこの猫たちは、小さい頃は、ずっと室内で飼われていたことがわかりました。猫の世界でも、過保護にされて危険予知能力が身につかないと、悲劇が起るという夫妻の理論を、身近な例で実感した米原さんでした。

 いかがでしたか?夫妻の理論は「子育て」「猫育て」に限らず、家庭、職場などにおける「オトナ育て」にも応用できそうだな、と感じたことでした。冒頭でご紹介した記事へのリンクは<第483回 裁判所に出頭した猫の話><第536回 米原万里さんの通訳裏話>です。併せてご覧いただければ幸いです。それでは次回をお楽しみに。

第594回 クイズで笑おう英語名文-1英語弁講座45

2024-09-20 | エッセイ
 ご安心ください。クイズ形式で、やさしい英語で、笑いもたっぷりで、英語の名言・迷言に触れていただこうという趣向です。ネタ元は、「ひらめき!英語迷言教室」(右田邦雄 岩波ジュニア新書)です。問題は短文で、しっかり和訳と解説を付けています。気軽にチャレンジをお楽しみください。

★第1問
" Nothing is impossible. The word itself says; " I'm (   ). "
(不可能なことなんてないわ。言葉自身が言ってるじゃないの。私は(   )だって)
かのオードリー・ヘップバーンの言葉です。

<答え>" impossible "を、アポストロフィを付けた" I'm " と、" possible "に分ければ、「私は可能よ(できるわ)」となるわけです。彼女らしい、いかにもおしゃれな名言です。

★第2問
” Women like a man with a past, but they prefer a man with a (   ). "
(女性は過去を持っている男性を好む。でも、(  )を持ってる男性の方が好き)
アメリカの女優Mae West(メイ・ウェスト)の言葉です。(  )に入るのは?
<答え>" present "です。「現在」と「プレゼント(贈り物)」の両義を活かした工夫が笑いを誘います。

★第3問
" There are three stages of man; he believes in Santa Claus, he does not believe in
Santa Claus; he is (   ). "
(男には3つの(成長)段階がある。サンタの存在を信じている時、信じていない時、そして
(   )である時)
アメリカのTVジャーナリストのボブ・フィリップスの言葉です。(   )に入るのは・・・
<答え>そう、" Santa Claus "です。子供や孫を喜ばそうとサンタの扮装で張り切ったり、プレゼントを贈る側になるお父さん、お爺ちゃんの姿が目に浮かびます。

★第4問
" I don't smoke or drink, I don't do drugs, but I only have one small problem. I (   ). "
(’私はタバコも酒もやりません。ドラッグもです。でも、ちょっとした問題を抱えています。
(   )することです)
<答え>英語は出てこなくても、言わんとするところはわかりますよね。
" lie "(嘘をつく)が入ります。サービス問題でした。

★第5問
" When a man points his finger at someone else, he should remember that three of his fingers are pointing at (   ). "
(人が他人に(非難のため)指を向けた時、3本の指は、(   )に向けられていることを覚えておきなさい)
<答え>(   )に入るのは、もちろん" himself " です。他人への安易な非難を戒めた良くできた名言です。

★第6問
" Remember, ( A )is the ( B )you worried about ( C ). "
(覚えておきなさい。(A )は、( C )に、君が心配していた(B ) のことなんだ。
(   )内には、yesterday/today/tomorrow のどれかが、それぞれ入ります。ちょっとお考えください。
<答え>Aはtoday(今日)、Bはtomorrow(明日)、Cは、yesterday(昨日)です。
昨日のことをくよくよせずに、今日(今)をしっかり生きろ、という含蓄に富む応援メッセージです。

★第7問
" War doesn't determine who is rightーonly who is (   ). "
’戦争は誰が正しいかを決めない。ただ、誰が(   )かを決めるだけだ)
(   )内には、" L "(エル)の小文字で始まる言葉が入ります。さて、正解は・・・
<答え>" left " が入ります。" right "(右、正しい)との対比で、" left "(左、残された)を置いています。悲惨な荒廃、惨禍、孤児などを「残す」だけ、との名言です。

 出来はいかがでしたか?もう少しネタがありますので、いずれ続編をお送りする予定です。
 それでは次回をお楽しみに。

第593回 奇人列伝-6南方熊楠ほか

2024-09-13 | エッセイ
 久しぶりに「奇人列伝」の第6弾をお届けします(文末に、直近2回分へのリンクを貼っています)。
 前回ネタ元にしました「昭和超人奇人カタログ」(香都有穂(こと・ゆうほ) ライブ出版)から引き続き3人をご紹介します。いずれ劣らぬ変人、奇人、(なかには)超人ぶりをお楽しみください。

★南方熊楠(みなかた・くまぐす)(1867-1941)★
 超人的学識と奇行で知られた民俗学者、博物学者です。

 キノコ、コケ類、粘菌の研究分野で、世界的な業績を残しています。数限りない奇行エピソードを残していますが、驚異の記憶力、天才ぶりに絞ってご紹介します。
 7歳で小学校に入学した時には、すでに難しい漢籍を読みこなしていました。10歳の時から、当時の百科全書として広く使われていた「倭漢三方図絵」(全105巻)の筆写に取り組み始め、わずか5年で完成させています。
 12歳の時、和歌山市内の古本屋で和装本の「太平記」を見て、欲しくなりましたが、値段が高くて手が出ません。そこで、小学校の帰りに、3枚、5枚と立ち読みして暗記し、自宅で書き写しました。半年で全54巻を写し終えたといいます。
 過ぎ去った43日間の日記を、天候、会った人物、時間までも正確に再現し、少しの間違いもなかった、とのエピソードも残しています。熊楠が自身の記憶力について語った言葉です。
「わが輩は地獄耳で一度聞いたことは決して忘れない。また忘れてしまいたいと想う時は奥歯をキューと噛んで舌打ちすると、すぐ忘れる」(同書から)
 日本が世界に誇る超人、奇人です。

★金田一京助(きんだいち・きょうすけ)(1883-1971)★
 数多くの国語辞書の編集で知られた言語学者です。息子の晴彦も言語学者として名をなしています。
 東大、早大で教壇に立っていますが、講義の延長が常でした。20~30分の延長はザラで、2時間のところが3時間になることもよくあったといいます。
 昭和29年に、天皇陛下の前で講義した時もそのクセが出たのです。柳田国男ら4人に、15分ずつが割り当てられました。予定通り終えた柳田に続いた金田一が気がつくと、45分も超過しています。柳田からあと5分で切り上げるよう耳打ちされましたが、さらに15分かかりました。
 数日後、天皇から4人が呼ばれて食事をご相伴した時のことです。失態に恐縮する金田一に「天皇は「金田一、この間の話はおもしろかったよ」と声をかけました。「恐れ入りました」と金田一は感激の涙をポロポロ流した」(同書から)ずいぶん純情だったんですね。
 ある時、放送局から、晴彦が対談番組に出演するための迎えのタクシーが来ました。それにサッサと乗って京助が出かけました。いくら待ってもタクシーが来ないので、電車を乗り継いで晴彦が放送局に着くと、なんとそこに京助がいるではありませんか。
 放送局も、大先生の京助にあなたではございません、とも言えず、結局、親子にゲストを加えたトークになりました。
 息子が番組に出るのを知っていたのではないでしょうか。なかなかのちゃっかり親父ぶりを発揮しています。

★横溝正史(よこみぞ・せいし)(1902-1981)★
 金田一探偵が活躍する「八つ墓村」などで知られた推理小説作家です。
 大変な乗り物恐怖症で、乗っていると何ともいえない恐怖と孤独に襲われて、飛び降りたい衝動にかられるというから危険この上ありません。昭和8年、東京から汽車に乗った時のこと。千葉で最初の発作が出て、そこで降りてしまいました。その時は、酒を飲み続けて何とか帰ってきました。戦後、小田急沿線に住んでいましたが、電車に乗ったのは、6年間で2回だけだったといいます。小説では人を恐怖させながら、本人が、乗り物恐怖症というのが意外でした。

 いかがでしたか?直近2回分へのリンクは、<第203回><第452回>です。なお、ネタ元の本にもう少しご紹介したい人物が「います」ので、いずれ続編をお届けする予定です。それでは次回をお楽しみに。

第592回 現代の海賊との攻防話

2024-09-06 | エッセイ
 18、19世紀ならともかく、現代(といっても、ネタ元が少し古い本ですので、1990年代のことになります)に、海賊なんているの、と言われそうです。でも、20万トン級タンカー(原油輸送船)を標的にした襲撃事件が起こっていた、というのを知って驚きました。
 こんなタイプの船です(ネットから)。

 以前にも何度かネタ元にしました上前淳一郎さんの「読むクスリ」シリーズ(文春文庫:文末に簡単な書誌データを付記しています)の「海賊ニ注意セヨ」(第32巻所収)から、お届けします。最後までよろしくお付き合いください。

 日本船主協会海務部の日比野雅彦さんによると、1997年中に世界で、229件もの海賊襲撃事件が発生したといいます。そして、ほぼ半分の110件が極東・東南アジア海域で巨大タンカーが襲われた事例です。それには、こんな事情がありました。
 中東から日本へ原油を運ぶタンカーは、アラビア海からベンガル湾を通り、南シナ海に抜けるルートを航行します。その途中にあるマラッカ・シンガポール海峡は、ご覧のように狭く、しかも水深が浅いため最大の難所です。

 タンカーは、速度を落とし、周囲の船や浅瀬に注意を払いつつ、夜は、衝突防止のため前方をこうこうと明かりを照らしながら進みます。でも、巨体ですから、船体の後部までは監視が行き届きません。しかもスピードを落としています。そこが海賊どもの目の付け所です。小型の高速艇で近づき、タンカー後部の手すりにカギ付きロープを投げ上げ、引っ掛けます。武器を手にした数人がよじ登り、乗組員を脅して金品を奪うのです。
 船内はとにかく広いですから、乗組員たちが気づかぬうちに部屋に入り込み、金品を奪って逃げます。中には、ピストルで応戦した船長が射殺されるケースもあったといいます。狭い海峡で陸地が近いですから、一旦、船を離れれば逃走も容易で、連中にとっては都合がいい条件です。

 「なぜ海賊が捕まらないか、とおっしゃるんですか?それは海の上の出来事だからですよ」(同書での日比野さんの発言。以下、同じ)
 日本人を含め、多国籍の船員が襲われた場合、誰が、どこへ届け出るか、という問題があります。沿岸国に届け出たとしても、神出鬼没の海賊の取り締まり、捜査に期待はできません。かえって、情報収集に協力して足止めを食い、原油の輸送が遅れるばかりです。
 
 手を拱(こまね)いてばかりはいられません。船主の経済的被害を防ぎ、船員を守る対策は、自分たちでやるしかない、と取り組みが始まりました。
 航行中の船同士は、お互いに交信して、怪しい高速艇が迫ってこなかったか、情報をやりとりします。日比野さんは、日々、世界の「海賊情報」を集め、危険水域を航行中の日本船に「海賊ニ注意セヨ」と連絡するようにしました。
 その上で、「海賊どもをよじ登らせないようタンカーのほうで気をつけるしか、方法がありません」
 夜間、船尾の見張りを強化しました。不審な船に気づいたら、汽笛を高く鳴らして投光器で照らし、消火用ホースで大量に水をぶっかけます。お前たちの正体はわかっているぞ、と示すことで連中は逃げ出しました。
 そして、対策の切り札は、船尾へのセキュリティシステムの設置です。まず、赤外線やレーザーを使って、海賊が登ってこようとすると探知する装置が試作されました。
 そんな中、日本のナビックスライン社が開発したのが「桃太郎」というシステムです。後部の上甲板にぐるっと鋼線を張りめぐらせます。海賊がロープを投げ上げると、この鋼線に引っ掛かり、張力を検知するというシンプルな仕掛けです。警報ブザーが鳴り出し、乗組員に知らせます。あとは、先ほどのような対応で、海賊どもを追っ払うのです。同社船員部の児玉敬一さんによれば「7年前にこれをタンカーに設置してから、わが社では1件も海賊の被害がありません」とのことで、効果絶大です。
 「桃太郎」という可愛い名前は、同社の女子社員が「鬼退治なら「桃太郎」でしょう」との提案が、その場で採用されたもの、とのこと。なお、ナビックスライン社は、1999年4月に商船三井と合併して社名は消えましたが、「「桃太郎」にはまだまだご活躍願わなければならないだろう」と著者は締めくくっています。

 いかがでしたか?当たり前のように入ってくる原油の裏には、こんな攻防、ご苦労があったんですね。タンカーに限らず、世界を航行中の船の安全を願わずにはいられません。それでは次回をお楽しみに。
<付記>「読むクスリシリーズ」は、1984年から2002年まで、著者が週刊文春に連載したコラムを書籍化したものです。企業人たちから聞いたちょっといい話、愉快な話などを幅広く紹介しています。文春文庫版は全37巻です。