先日の三社祭りでは御神輿の上に乗る者が居て物議をかもしました。あの映像を見てなんだかガッカリでした。
担ぎ手の見事な刺青には驚きましたが、地元の人のコメントでは「地元でない担ぎ手が応援に来る」とか~ なんだかうなずけます。
近頃では御神輿は「ソヤ」とかなんとか言って担いでいるようですが私の子供の頃は「ワショイ」で、陽気で威勢がありました。
父も祭りの役員などしていましたが浴衣に絽の羽織袴で、背に菖蒲の笠負っている姿は風情がありました。
御神輿は神様の乗り物として尊く扱われ、仕丁のような人が御神輿の台座を持って付いて歩きその上でしばし休憩などして進みました。この台の上で音頭をとることは
あっても御神輿の上に乗るようなことは無かったように思います。 神社側の厳しい通告もこのように担ぎ手の品位の低下を憂いてのことのような気がします。地元の人達だけで祭りを構成出来ないのはその土地の伝統の純度が薄れて残念なことと思います。
(姉から届いた山法師の写真です)⇒
担ぎ手の見事な刺青には驚きましたが、地元の人のコメントでは「地元でない担ぎ手が応援に来る」とか~ なんだかうなずけます。
近頃では御神輿は「ソヤ」とかなんとか言って担いでいるようですが私の子供の頃は「ワショイ」で、陽気で威勢がありました。
父も祭りの役員などしていましたが浴衣に絽の羽織袴で、背に菖蒲の笠負っている姿は風情がありました。
御神輿は神様の乗り物として尊く扱われ、仕丁のような人が御神輿の台座を持って付いて歩きその上でしばし休憩などして進みました。この台の上で音頭をとることは
あっても御神輿の上に乗るようなことは無かったように思います。 神社側の厳しい通告もこのように担ぎ手の品位の低下を憂いてのことのような気がします。地元の人達だけで祭りを構成出来ないのはその土地の伝統の純度が薄れて残念なことと思います。
(姉から届いた山法師の写真です)⇒
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