周平の『コトノハノハコ』

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小説第1弾『草食系貧乏』~第4章~

2011年01月29日 | 小説
「二瓶といいます。よろしくね。」
「こちらこそ宜しくお願いします。」
僕と岩本さんは互いに簡単に挨拶を済ませた。
それだけで岩本さんが緊張しているのは十分に伝わってきた。
「あまり緊張しなくて大丈夫だからね。」
こういう一言はポイント高いよなぁ、と思いながら口にしてみた。

「じゃあ、まずはレジの打ち方から教えるね。」
「はい!よろしくお願いします。」

「これをこうして、あぁして、こうするの。」
と、実際に言った訳ではないが、ほぼそれに近い感じで僕のレジの打ち方説明は3分で終了した。
タバコの種類に関しては、
「タバコの種類たくさんあって大変だと思うけど、今度レジが暇な時間があったら覚えておいてね。」
とだけ説明した。
ちなみに今ほどレジが暇な時間帯は他に無い。

時計は午前0時20分を回った。
「えーと… 岩本さんはどこ出身なの?」
最初の質問としてはちょうど良いのではないだろうか。
いきなり「一人暮らしなんだっけ?」とか「彼氏とかいるの?」はNGだと思った。

「私は、えーと… 福井出身です。」
「へぇ、そうなんだ。」

ちょっと待て。自分の出身地を答えるのに「えーと…」は要るだろうか?
警戒されてるのか?
いや、きっとまだ少し緊張しているのだ。自分の出身地もすぐに出てこないくらいに。

「二瓶さんはどこのご出身なんですか?」
早くも想定外の展開だ。質問する事はあれこれと考えていたが、質問される事は全く考えていなかった。だが、ここは冷静に。
「僕は宮城出身だよ。」
「あ、そうなんですか。じゃあ今は一人暮らしなんですか?」
なんという事だ。自分が絶対NGだと思っていた質問を彼女は軽々としてきた。
「う、うん、そうだよ。一人暮らし。」
やばい。完全に動揺している。そして何かが逆転してしまっている。
「普段は何をされてるんですか? 学生さんですか?」
「い、いや、ギターとかやってるんだ。」
とか、って何だよ?
「わー、すごい! じゃあバンドとか組んだりしてるんですか?」
「ん、いや、バンドはまだ組んでないんだけど。そのうち。」
そのうちどこの誰が僕なんかとバンドを組んでくれる見込みがあるのだろう。
「お歳はおいくつなんですか? あ、すみません、失礼ですよね?いきなり…」
「いや、大丈夫。僕は23歳だよ。岩本さんは確か20歳だよね?」
「はい、そうです。」

なんとか無理矢理「僕が質問する。それに彼女が答える」という態勢に戻した。
間を持たせるためなのかもしれないが、それでも彼女の方から質問がバシバシ飛んで来てビックリした。
僕への興味は決してゼロではないと考えて良いのだろうか?

だが、彼女の脳内に「二瓶という先輩は23歳でフラフラしてるフリーターギタリスト」というデータがインプットされてしまった事は間違いないであろう。
そして結局、僕は彼女について知りたかった事を何一つ訊き出す事ができなかった。