Nonsection Radical

撮影と本の空間

ゲートボールはどこへ行った

2014年01月19日 | Weblog
一時期はあれほどブームになった「お年寄りのスポーツ」ゲートボールだけど、最近はすっかり寂れてしまったのか。
公園などにあった「専用競技場」にも人の姿はなく、用具を持って街を”闊歩”する人も見かけない。
公園や広場を巡って子供とゲートボールをする老人との”世代間紛争”の話も聞かなくなった。
あれはひと時のブームだったのか、それともある世代に起きた現象だったのか。
毎年年寄りは”増産”されているのだけれど、”老後”をどのように過ごすかというのが話題になっているが、そのキーワードが「生涯現役」だったりする。
現役なのだからゲートボールなどにうつつを抜かしている暇はないという事か。
satoboなども時折、孫や子供の食事を引き受けて”居場所”を確保しようかと思ったりする事もあるのだけれど、それはやってはイケナイと戒めている。
自分では、忙しい家族の為に美味しいものを作ったらきっと喜んでくれるだろうと想像するのだけれど、それは単なる勘違い、自己満足で、若い世代とはきっと味覚も違うし、表面的な事とは別に内心では「ちょっとなぁ」と思われるに決まっているのだ。
やはり「隠居」が年寄りの目指す道なのではないかと思う。
時代小説などを読んでいると、家督を子供に譲って、あとは家の運営には口を挟まず、補助的な立場に徹している「ご隠居」の姿が描かれている。
いつまでも「生涯現役」では、死なない限り世代交代はされないのだ。
ただでさえ歳を取ると先祖返りというか、自分の若かった、幼かった時の味覚、思考に戻って今をああだこうだと言いたくなるのだから、一世代前の”ジョーシキ”を持ち出されて若い者はイヤになるであろう。
やはりある時期に現役引退して、実権を譲り渡す必要がある。
余計な事は言わず、やらず、自分の世界で生きる必要がある。
そこで問題なのは、じゃぁ何をすればいいの?というワケだ。
あんな年寄りがやるゲートボールなんて、と年寄り新世代は思ったりして、自分の立ち位置を見極めずに現役にこだわったりする。
かといって、一時期のようなシニア世代向け雑誌で新しい趣味を探すという動きも下火だ。
良く思えば趣味の多角化が拡がっている、悪く思えば何もしないでボッとしている状態で、話題になるような大きなブームが表面化していないのか。
と、ここまで考えてきたけれど、これっておもにジイさんの場合で、バアさんは現役時代からの流れで”老後”もずっと結構豊かな人脈と趣味と情報で楽しんでいるのではないかと思えてきた。
仕事”しか”してこなかったオトコが、それを失ったあとに何も残らなかったという事なのか。
仕事関係にしか価値を持たず、そして仕事でしか人とのつきあいがなくて、それを失ったあとに自分の立場を築けないでいるのか。
それはわからない。
ゲートボール世代後の新規参入年寄りが、どのように老後を過ごしているのか情報が入ってこないのだから。
何をして毎日過ごしているんだろうねぇ。
ちゃんと隠居しているんだろうかねぇ。




今津町名小路1丁目の街並み 大門通り商店街
滋賀県高島市今津町名小路1丁目
撮影 2013年12月28日 土曜日 11時55分


須磨寺
兵庫県神戸市須磨区須磨寺町3,4丁目
撮影 2013年12月14日 土曜日 15時30分
コメント
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