実際に、緊急下の女性たちは、どのようにして赤ちゃんポストを使うのか。
ここでは、ハンブルクとウィーンの赤ちゃんポストの使用方法を元に話を進めてみよう。
赤ちゃんポストは、おおむね、何らかの施設に設置されている。幼稚園だったり、母子支援生活施設だったり、病院だったりする。24時間、誰かが働いている場所であることが、設置の前提条件となる。
ポストは、だいたい、人目につかない場所に設置されている。入口も、裏口だったり、木や植物の陰になっている場所が主な設置場所だ。
緊急下の女性は、赤ちゃんを連れて、このポストにやってくる。「匿名性」が守られねばならないため、だいたい、一般の人の目がいかないように工夫がなされていたりする。
そこに行った女性は、まず、赤ちゃんポストとなる電子レンジ型の蓋をあける。この蓋のことを、Klappe(赤ちゃんポストの「ポスト」にあたる言葉)と呼ぶ。開閉式の扉のことをKlappeと呼ぶのだ。ちなみに、ハンブルク地方の方言だということを、ウィーンの赤ちゃんポスト設置者の医師に聞いたことがある。
この扉を開くと、そこには、「母への手紙」と「朱肉」が置いてある。手紙の中味は、かつてこのブログでも紹介したことがあるが、具体的に、母親に対するメッセージが書かれてある。基本的には、「あなたの行為を肯定します」といった内容が書かれてあり、赤ちゃんに関する情報をできるだけ残すように、という説明がある。
朱肉は、赤ちゃんの指紋・足紋を母用の手紙に残すためのものである。赤ちゃんと親を一致させるための重要なツールである。赤ちゃんポストは、基本的に、「母親は困難を乗り越えて戻ってくる」という信念に基づいて設置されているので、この朱肉は、母と子をつなげる重要な道具なのである。
そして、常時37℃に設定されたベッドの上に、赤ちゃんを寝かせる。どんな状態であっても、赤ちゃんは凍え死ぬことはない。たとえ生まれたての赤ちゃんであっても、無事に保護できるように、システマティックに制御されている。監視カメラは、母の方には向けられておらず、子どもを映しだしている。
ただし、このカメラが、設置組織の内部の人間に報告されるのは、母親が扉を閉じた後、3分後である。
母親は、意を決して、扉を閉じる。そうすると、オートロックがかかり、外の人間が赤ちゃんを連れ去る可能性はなくなる。赤ちゃんポストが設置されている部屋は、内部の人間しか入ることができない。もちろん、扉を閉めた母親も、扉を閉じた時点で、もう立ち去るしかない。オートロックがかかるのは、扉を閉めた後に、母親がためらうのを防ぐためでもある。
母親は、扉を閉じた後、すぐにその場を去る。
そして、3分後、赤ちゃんが預けられたというシグナル(ベル・サイレン)が該当機関の部屋に鳴り響く。スタッフは、そのシグナルを聴いて、赤ちゃんが置かれたベッドに向かう。3分というタイムラグは、あくまでも母親が匿名のまま立ち去るための時間である。
担当のスタッフ(保育士だったり、幼稚園教諭だったり、看護師だったり、医療従事者だったりする)は、その子を保護し、ただちに健康診断を受けさせる。人命救助という観点から、その赤ちゃんがどういう状態なのかを把握して、その診断結果を全て記録することになる。
その診断の後、赤ちゃんポスト設置主体の担当者に引き渡され、仮の里親のもとに預けられる。日本では乳児院ということになるかもしれないが、ドイツ語圏では、主に仮の里親のもとに預けられている。
この里親のもとで、最大8週間程度、赤ちゃんは育てられる。もちろん、行政からの支援金などはないので、完全に里親のボランティア養護である。
その8週間の間に、赤ちゃんポスト設置者は、母親からの連絡を待つ。24時間使用可能な緊急電話(ホットライン)を通じて、母からの電話があるケースも決して少なくない。もちろん、何の連絡もないまま、8週間後に児童相談所(ユーゲントアムト)を経由して、養子縁組/施設養護に委ねるケースもある。
担当職員のもとに電話があった場合、まず匿名でよいので、母親と接触する機会をなんとしても得るための努力をする。電話があったという時点で、希望の光が灯されるのである。
そして、担当職員数名で、母親と接触する。
もしも、母親が自分自身の問題を解決しているのであれば、即刻赤ちゃんは母親の下に返されることになる。匿名のままでもよいし、実名を明らかにしてもよい。母親が自分で決められるのである。赤ちゃんが母親のもとに返されれば、一件落着である。
もしも、母親が自分自身の問題を解決することができないのであれば、その母親の支援を提案する。もちろんあらゆるケースを想定して、ソーシャルワーカーなどの協力を得ながら、母親と赤ちゃんが共に健康に、健全に生活していくための道を探ることになる。
近年、赤ちゃんポストの設置主体は、母子自立支援施設に類する施設をもっているケースが多い。赤ちゃんを保護し、母親に返すだけでなく、母子の自立支援をも促そうとしているのである。
このような手続きを通じて、緊急下の女性とその子ども(赤ちゃん)の保護が行われているのである。それが、赤ちゃんポストである。
赤ちゃんポストは児童遺棄かどうか、という問いがあるが、それは、あまりにも現実を踏まえていない「外側の人間の問い」である。
赤ちゃんポストは、あくまでも赤ちゃんの一時保護機関であり、一時的に母親から赤ちゃんを預かる機関である。がゆえに、「ポスト」というのは、あまりにもこのプロジェクトの本質からズレすぎている。意味的には、「赤ちゃん一時保護救済室」といったところじゃないかな、と思う。
8週間まで預け入れ可能な乳児院~保育施設と言ってもいいかもしれない。いや、違う。その後、里親に預けるわけだから、赤ちゃんポスト設置組織は、その媒体でしかない。いや、媒体に踏みとどまっているところが、この赤ちゃんポストの最大の功績かもしれない。
赤ちゃんポストは、母子、医療機関、乳児の養護機関を媒介する一つの装置なのである。
もしも、母親が名乗り出なかった場合は、赤ちゃんの情報を地方自治体に提供し、養子縁組の手続きを開始する。このことは、「母親への手紙」にもきちんと記されている。
これが、赤ちゃんポストの使用方法である。
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だが、赤ちゃんポストは、それだけで単独で成立しているわけではない。
この赤ちゃんポストの取り組みと同様に大事なのが、「匿名の預け入れ」という概念と、「個別の引き渡し」である。さらには、「母子生活支援」という概念が重要になってくる。
この点については、また来週に。