1月4日、遂に熊本慈恵病院で【内密出産】が行われたというニュースが飛び込んできた。
赤ちゃんポストを運用している熊本市の慈恵病院で相談員のみに身元を明かし病院で匿名で出産できる「内密出産」が行われた可能性があることがわかった。
国内初のケースとみられる。
慈恵病院は3年前、危険な孤立出産を減らすため相談員1人だけに身元を明かし匿名で出産ができる内密出産を導入した。
関係者によると今回、内密出産の可能性があるのは、西日本に住む10代の女性で名前や住所など個人情報を明かさないまま12月、仮名で出産したという。
その後、病院は赤ちゃんのために産みの親の情報を残してほしいと説得を続け、女性は病院の相談員1人だけに名前などの個人情報を明かした。
身元が確認できる書類は病院が保管し、子どもが一定の年齢になれば閲覧することができる。
一方、病院は母親と連絡を取り続け、赤ちゃんをどうするのか今後の選択肢を一緒に考えていくとしている。
ドイツで法制化されている内密出産は日本では前例がなく国内では初めてのケースになる可能性がある。
この件について、幾つか論点を書いておきます。
①昨年、既に一度【内密出産】は実施されており、その際は母親が身元を明らかにしたので、行政は黙認した。この時点で、行政(ないしは国家)は、何も問題にしなかった。
②ドイツでは内密出産は合法化されたが、それ以前から700以上の【匿名出産】が実施されてきた背景がある。この匿名出産は合法ではないものの、国が容認(黙認)するかたちで推し進められてきた。匿名出産が実施されたのは、いわゆる「嬰児殺し」「赤ちゃん殺し」「赤ちゃん遺棄」を防ぐためであり、また、予期せぬ妊娠に悩む母親の母体の保護(母子の生命保護)の観点から必要だと考えられたからである。
③その匿名出産は、既にフランスやベルギーでは合法化されており、匿名出産で産まれた子どもの数は膨大である。その前提には、キリスト教の「中絶の禁止」という思想があり、神様からの贈り物である胎児の命を守るために、必要だとずっと考えられてきた。
④日本は、そうした中絶禁止という思想をもっておらず、戦後ずっと国家主導で人工妊娠中絶が推奨されてきた。「育てられないなら中絶を」と呼び掛ける動きも戦後間もない頃にあった。マザー・テレサも、日本での中絶の多さに絶句したというエピソードもある。
⑤ドイツのような合法的な内密出産を実施するためには、法的な整備が必要不可欠だが、その法整備がなくとも、欧州各地では匿名出産や内密出産は、既に実施されてきている。故に、日本ではそれができない、という理屈には(すぐには)ならない。
⑥とはいえ、いくつかの法(戸籍法や国籍法等)に抵触する可能性も既に指摘されている。身元が分からなければ「棄児」として見なされ、市長が子の戸籍を作ることができるが、身元が分かっていて、病院側が出生を届け出ると戸籍法上「違法」になる可能性も指摘されている。
⑦外国国籍の人に対して厳しい態度を見せる日本においては、この内密出産に対して異を唱える人は相当数いる。賛否を問わず、移民政策を積極的に取ってきたヨーロッパに対して、移民や難民を認めない日本では、この内密出産が「移民排斥」の観点から世論的にネガティブに捉えられる可能性がある。(また、実母に神経症的なこだわりを見せる日本では、「育てられないなら産むな」「育てられないのに子をつくる行為をするな」という意見が(男女問わず)ものすごく強くあり、妊婦自身がそう感じている)
⑧熊本事件病院が内密出産を実施する背景には、「こうのとりのゆりかご」の経験がある。日本中から、予期せぬ妊娠に悩む妊婦さんの相談にもずっと乗り続けている。周囲に自身の妊娠に知られたくないというニーズをもった妊婦さんを数えきれないくらいに見てきた(相談に乗ってきた)慈恵病院だからこそ、「身元を明かさない医療機関での出産」の必要性を強く感じてきたことも間違いない。
⑨メディアはいたずらにこの問題を論争的に扱ってはいけない。国も実際、内密出産については相当の勉強をしており、ドイツの制度についても深くまで分かっている。立場の弱い母子の生命がかかっているデリケートな問題だけに、そっと経緯を見守ってほしい。内密出産がいいか悪いかも、安易に言わないでほしい。匿名・内密出産を実施している他の国においても、そんな感じでそっと黙認して、見守っているというのが実際のところだ。
➉日本の子育て環境は、決して恵まれているとは言えない。家族関係も他国よりも歪んでいるケースが多い。戦後ずっと拝金主義できた日本では、子育てを実母に押し付けるかたちで経済発展してきた。つまり、子育てについて分かっている人があまりにも少なすぎる。時代は変わった。女性が社会に出る時代になった。女性が声をあげられるようになった。今、家族関係も大きく変わろうとしている。その過渡期にある。その中で、実際に自身の予期せぬ妊娠に苦しむ女性が多数いるということをまずは受け止めてほしい。そして、そういう女性を生み出しているのは、他でもない男性たちである。男性がいなければ、女性は妊娠することはない。
⑪もし慈恵病院が内密出産の実施に踏み切らなければ、法整備の具体的な話には絶対にならない。事例がどうしても必要だった。事例が生じることで、議論が可能となる。人は、実際に起こっていない話にはなかなか飛びつけないし、飛びつかない。そういう意味で、今回の慈恵病院の英断には、心から敬意を表したい。
⑫それに、もし今回の件で慈恵病院側が法的に責任を問われ、訴訟問題になったとしたら、世界中からバッシングを受けることにもなると思う。なぜ母子の命や健康を守っているのに、法的に裁かれなければならないのか?、と。ただでも世界的な地位を落としに落としているこの国の価値が、更に落ちることになりかねない。経済はボロボロ、家庭もボロボロ、労働環境もボロボロ、科学技術もボロボロ、大学もボロボロ、なにもかも落ち目の日本で、もしこの内密出産さえ法的に裁かれるとしたら、この国に未来も希望もない。せめて、命を大切にする国として、世界からの信頼回復を目指すことくらいは必死に頑張ってほしいと願う。
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補足⑬熊本慈恵病院の行った内密出産は、ドイツの内密出産制度に基づいて行われている。母親の身元情報の管理先が行政ではなく病院になっている点と16歳という情報の公開年齢にこだわっていないという点は異なっているが、それ以外についてはほぼほぼドイツの内密出産の手続きと同様である、ということもここで指摘しておきたい。
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今回の内密出産で、母親は孤立出産することも回避でき、遺棄や殺害のリスクも回避でき、つまりは逮捕されることも回避することができた。また、産まれてきた赤ちゃんは、命が守られ、安全に産まれ、そして、手厚いケアの只中にいる。もしかしたら死んでいたかもしれない赤ちゃんの命が救われたんです。
熊本慈恵病院のスタッフは、これまで無数の妊婦や母親を支援してきた実績もあります。母親もきっとスタッフとのやり取りを通じて、希望ある未来を描けるようになると思います。それに、もしかしたら「内密」を破棄する可能性だってまだありますし、もしそうでなければ、愛情のある養父母さんの手に託されると思います。
だからこそ、静かにこの経緯を見守ってほしいと願います。