ようやく坊守文子の身の上話が終わり二人きりになった妙子と奈美恵には足のしびれを隠す余裕はありませんでした。この騒ぎが久しぶりに会った二人の距離を縮めます。
会うのは法事などの特別な日以外にない親戚同士、会話は近状報告的なものになりますが、日ごろ会わないという気安さが本音の話を引き出します。
妙子には夫の正二の健康状態が気がかりでした。
妙子 「実はね・・・いや、いい。なんでもない」
奈 . . . 本文を読む
「ご住職はお元気ですか」「お元気でねえの」「ご病気ですか」「死んじゃったの」・・・この会話、2年前に住職を亡くなってから寺を訪れる檀家さんと絶えず行われてきたので、今ではその後の説明が立石に水です。
奈美恵 「・・・あのう、いつですか?」
文子 「もう二年前さ」
奈美恵 「ああ、そうでしたか」
妙子 「亡くなった原因は?」
文子 「脳溢血さ」
妙子 「あらまあ」
文子 「いやあ、人の . . . 本文を読む
聖司が一服の為席を外したのと入れ替わりに正一の姪の赤坂奈美恵と義妹の角田妙子が凍えて走り込んで来ます。
奈美恵 「ああ、助かった」
妙子 「ウウ・・歯の根が合わないわ」
何と言っても3月の北海道は東京の人間には応える寒さです。
妙子 「アーッ、火って有り難いわよね。フワって寒さから解放される」
文子の声 「失礼します」
慌てて防寒着を脱ぎ、正座す . . . 本文を読む
住職の様子を聞いた聖司への返答が「死んじゃったの」じゃそりゃあ驚きます。
聖司 「エッ・・・エエ―ッ!」
文子 「あれまあ、知らなかったのかい」
聖司 「ええ、初めて聞きました」
文子 「葬式には正一さんが来てくれてたから、てっきり・・ああそうかい、知らなかったんだ」
聖司 「ええ。ああ!知らぬ事とはいえ・・ご愁傷様です。・・・あのう、 . . . 本文を読む
暫くして玄関の引き戸が勢いよく開きます。
その瞬間吹き込む風が音を立てます。
誰か来たようです。
聖司の声 「今日は」
遠く風の音。
聖司の声 「すいません・・・あの・・・どなたかいませんか」
風の音。
聖司の声 「・・・(大きく)すいません!」
文子の声 「(大きく)ハーイ」
聖司の声 「(大きく)あのう、角田ですけど」
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