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過去のしこりが消えた京香の姿にホッと胸を一同でしたが、京香のこれからの事に関心は移りました。
典子 「ハイ、御涙頂戴はここまでね」
登和 「そうですよ、ここからは先の話にしましょう」
京香 「そうね、先の話にね。みんなにいろいろ教えて貰う事になるからよろしくね」
良子 「姐さん、分かんない事があったら何でも聞いて」
功一 「良ちゃん、強気だね」
良子 「まあ、いろいろ苦労してるからね」
京香 「良子さん、よろしくご指導ください」
良子 「任しておいてください」
登和 「姉さん、一つ聞いていいですか」
京香 「なんだい」
登和 「どうしてここに決めたの」
京香 「ああ、それね。どうして?」
登和 「いえね、社長さんが姉さんの為に探すんだったらもっと別の物件があったんじゃないかと思って」
京香 「あんたはそう思うんだ」
登和 「だって割烹『京香』の京香姉さんですよ」
京香 「だからね、割烹『京香』のあたしはあの人と一緒に死んだの。ここにいるのはみんなの助けで店を持とうとしている伊崎京香なんだよ。わかる」
登和 「・・・そりゃ、分かるけど」
京香 「ここに入ることにした決め手は家賃の安ささ」
良子 「家賃か・・・」
京香 「これから掛かるからね、いろいろと。改装費みたいに一時かかるものは別にして、日々に掛かるものは安けりゃ安いほど助かるからね」
功一 「まあ、確かにね」
京香「とにかくね、ここは二人が趣味の社交ダンスを誰にも邪魔されずに踊る為の部屋なんだって」
登和 「なぜそんな特別な部屋を貸そうと思ったんだろう」
京香 「踏ん切りの為さ。あたしにはよく分かる。前に進むためには過去を捨てて行かなきゃならない事もあるんだよ。だからまずこの部屋から埋めて行かないと先に進めないって事で、家賃も敷金も安く設定したのさ」
良子 「だから家賃が安いんだ」
京香 「それに飛びついたのがあたしって事さ」
良子 「でもそれだけじゃないですよね。姐さんが此処に決めたのは何かあったからですよね」
京香 「そうだね。・・・初めて社長さんに案内されて此処に来て、地下駐車場の一角にあるこの部屋を見た時、隠れ家って言葉が浮かんだの。そうだ、世間の憂さを晴らす隠れ家みたいな店をやりたいと思ってね」
その時良子が何気なく・・・
良子 「隠れ家みたいな店か・・隠れ処京香なんてね」
何気ないその一言をみんなは聞き逃しませんでした。
功一 「かくれどころきょうか・・か」
典子 「ああ、それいいじゃないか」
良子 「えっ、そうですか?」
登和 「うん、いい」
良子 「ああ、そう・・・」
京香 「隠れ処京香・・ね」
功一 「姉貴、俺良いと思います」
登和 「あたしも」
良子 「そうかな・・」
典子 「あたしもいいと思うよ」
京香 「・・・良子」
良子 「ハイ」
京香 「これ、頂いちゃっていい」
良子 「どれ?」
京香 「隠れ処京香」
良子 「えっ、これ使って貰えるんですか」
京香 「いい?」
良子 「勿論ですよ、こんなんでよかったら使って下さい」
京香 「そう。じゃ、隠れ処京香。いただきます」
良子 「ハイ」
典子 「瓢箪から駒だね」
京香のここで営業する店の屋号は「隠れ処京香」に決定しました。
こうなると京香に協力したい三人の想いは妄想は膨らみます。
登和 「姉さん、どんな造りにするんです」
京香 「どんな造りって、やるのは小料理屋だからね・・・」
功一 「このスケールから言えば、やっぱりカウンターなんでしょうね」
京香 「そうだね。屋号が隠れ処京香になっちゃったからちょっと変わった趣向がいいが、内装にはあんまり掛けたくないしね」
典子 「内装は特別考える必要はないんじゃないの、京ちゃんらしいサービスができりゃいいんだから」
京香 「そうですよね」
功一 「玄関はここでいいんですか」
京香 「そうだね」
良子 「ねえ、姐さん。ドアのまんま?」
京香 「あたしは暖簾を下げれる引き戸がいいね」
良子 「あたしそれ賛成」
登和 「あたしも。姉さんと暖簾は切り離せませんよ」
功一 「俺もそれがいいと思う」
京香 「カアサンどう思う」
典子 「あんたにはそれが似合ってるよ」
京香 「じゃそうしましょうかね」
功一 「姉貴、客席はどうするんですか」
京香 「そうだね、一人でやるから最大で十二席ぐらいかなって思ってるわ」
功一 「テーブル席は」
京香 「そうだね・・・まだ決めてないの」
功一 「十二席だと・・・一人60センチ幅として・・720か」
良子 「姐さんやっぱりコの字でお客さん囲まれた形がいいですよね」
登和 「そりゃそうよ、落としなくお客さんをもてなすのが姉さん流だもの。そうですよね」
京香 「・・そうだね
功一 「てことは、四、四、四のコの字だな。240かける3か」
良子 「(寸法を動く)こんな感じかね」
登和 「料理がしやすいかどうかが問題だよ」
良子 「そうだね、一人だからね」
功一 「厨房機器の配置で形が変わるな」
良子 「小さいものは後で考えるとして、調理台・シンク・ガスレンジ・冷蔵庫 製氷機・・・ 」
良子 「コの字でおさまる?」
登和 「少し手狭かも」
功一 「考える余地はあるな」
良子 「・・・ねえ、正面ってもっと欲しくない」
登和 「あたしもねそれが気になってたんだ」
功一 「そうだな、やっぱり客を迎えてるって方向があった方がいいやな」
良子 「こう、入って来てさ、どうもってなるじゃない」
登和 「いらっしゃい、って迎えるわね」
良子 「お客さんもさ、姐さんを正面から見たいと思うよね」
登和 「いずれにしても姉さんに逢いに来るんだからね、お客さんは」
功一 「そうか、それじゃ姉貴の正面を大きくとるとなると、L字もありかな」
良子 「うん、在りかも・・・」
功一 「L字となると八席の四席か。正面カウンターが480」
登和 「こういうことだよね」
良子 「L字だと縦格子の壁から直に正面カウンターってことになるかな」
登和 「その方が中は余裕ができるよね」
功一 「ただ、姉貴の動きが大きくなるからな・・」
良子 「確かにそれはあるわね。ああ、結構難しいな」
京香 「ちょっと、ちょっと待ってよ。気持ちはうれしいけどみんなで勝手に盛り上がらないでよ」
典子 「ホントだよ、これじゃ誰の店だかわかりゃしないよ」
京香 「悪いけど、あたしにも考えさせて」
良子 「あっ、すいません。先走っちゃいましたね」
功一 「すいません」
京香 「なに、謝ってるんだよ。別に怒ってる訳じゃないよ、むしろ感謝してるんだから」
登和 「本当に」
京香 「ああ、勿論さ」
そこへエレベータが降りて来ます。
撮影鏡田伸幸
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