なにげな言葉

なにげない言葉を あなたに伝えたい
迷宮・緑柱玉の世界の独り言

迷宮・緑柱玉の世界 1章2節 「恍惚」

2016-09-21 | 迷宮・緑柱玉の世界
1節を読み返し、切なくなってしまった。
正に正隆さんの話し方そのもの・・・・・

何処までが真実?
何処からがフィクション?

そういう形にした迷宮・緑柱玉の世界

なかなか聞けない心の想いが文字となり私の耳には、声として入ってきた。
忘れちゃいけない想いってある。
私の心の為にも、再アップしてみたいと思った。


************************** 迷宮・緑柱玉の世界 1章2節 「恍惚」********************************



4月もあと少しという日の午後の授業、私は何時ものように教壇に立ち、授業を進めていた。
教室は階段形式に机が並び、すり鉢の底部に私が立ち講義をする形になっている。
何時ものように、生徒の顔ぶれを眺めながら、教室内を見回した。
その時私は、一点に視線が釘付けになってしまった。
一瞬だったか、数秒だったかわからないが確かに私の視線は、その場所から動くことが出来なかった。
この感覚を私は、忘れていた。

私の心臓の音は、教室中に響いてしまうのではないかと思うほど、高鳴った。
冷静さを装い必死に残りの時間の講義をした。
しかし自分の耳に聞こえる声は、微かに声が震えるように感じたのだ。
明らかに私の心は、動揺している。

その後の授業で私は何を話したのか、記憶にない。
その後、何も手につかなくなってしまった。
研究室に戻り、机の上に教科書を置き、深呼吸した。

机の引き出しの取ってを握る手が、汗ばんでいることに気がついた。
引き出しの奥に数ヶ月前に借りた、ハンカチがある。
返すと言ったその言葉を忘れたわけではない。
そのままになっているのだ。
そのハンカチの持ち主である彼女が、私の講義に出席していたのだから、驚いた。

忘れていた。
そうではない。

本当は一番、彼女の入学について、知りたかったのに、私は知ろうとしなかったのだ。
願書が来たことは、理事長から聞いた。
それ以上を聞かなかったのは、避けていからだ。
自分から、他人に興味を持ち、自分の何かが変わることが嫌だったのだ。

彼女の体験入学を案内したあの日の夕方、理事長と共に食事をした。
話は、見学に来た彼女のことが中心だった。
彼女を女と見た理事長は、彼女についてあれこれと話をした。
それを不快に感じながら、私も同じように、品定めするような会話をした。

「僕は好みだな。」

理事長は、そう言った。彼は正直だ。

「子供だからな」

彼のその一言に、私は驚いてしまった。
彼の瞳は、何処か遠くを見るように、窓の外の見ていた。
子供で無かったなら、・・私の心に刺さった。
私も彼女を女として品定めした。
どこかで、彼女を女性としてみていた。
男同士の何気ない会話としても、男の下品さが嫌になった。
入学希望の学生を、男の目は、女としてみる。
紳士気取りするつもりは無いが、彼女に失礼だと思った。
本当にそう感じたのだ。

私の中で彼女は、そんな下世話な存在ではないのだと感じたのだ。
なぜそう思ったか、それは、わからない。
しかし、
私にとって、彼女は、どこか神聖な女性と感じてしまったことに、気づいてしまったのだから、どうしようもない。
それ以来、必死に彼女のことを忘れようとした。
だが、忘れようとすればするほど、私の中で彼女の存在は大きくなった。
信じたくは無かったが、私は彼女に、恋してしまったことは、確かだった。
彼女を思う時、恍惚としているのだ。

恋などもうしないと思っていた。
恋をするような年ではないと、思っていた。
恋など、わが身に降りかかった災難のように感じた。
相手が誰かなど、まったく予想出来ないから、怖い。
熱に侵されていると自分に言い聞かせてみても、心は勝手に燃え上がっていくのである。
キューピットは、私に矢を射ったわけだ。
もう一本の矢が彼女の胸に刺さったなら、これ以上ない幸運だ。
それを確かめるすべは、どこにもない。
現時点で、私の片思いの恋が始まったに過ぎないわけだ。

よって、この恋は決して公に出来ない。
忘れようにも、忘れられないものが、恋。
苦しく、切なさに、心が裂けてしまいそうになるのだ。
この年になって、このような熱い恋心が私を苦しめるとは、思ってもいなかった。
燃える炎は、じりじりと私の心を燃やし、消えることは無かった。

そこで見つけた、妥協点。
心の中だけの恋なら許されるだろう。思いを外に出さず、内なる思いで恋を謳歌しようと考えた。
彼女から借りたハンカチは、返すことができず、背広のポケットに常時入れていた。
時折手にしては、汗を拭くようにしながら、香りを嗅いだ。
甘い香りは、私の鼻腔をくすぐるように刺激し、私の心を和ませてくれていた。
馬鹿げた行為と言われようが、それでしか、恋する心を納得させることができなかった。

しかし、次第にハンカチの香りは自分の匂いと区別できないほど薄くなり、
ハンカチ自体が汚れていることがわかるように色も変わり始め、清潔感はもう消えてなくなっていた。
クリーニングに出す。
そんな些細なことが、重大な決断を迫られているように感じてしまうほどに、
私の心は、彼女に惚れ込んでしまっていた。
仕方なくクリーニングに出した。
戻ったハンカチは、元の美しさを取り戻していたが、彼女の甘い香りは、消えてしまっていた。

私は、それからというもの、鼻の奥に残る記憶の香りを探しまわった。
デパートの化粧品売り場を回り、香水の香りを必死に探し、また今日も見つけることが出来なかったと落胆する。
自分の周りに、数種類の香水がまとわりついているようで、嫌だった。
長い時間シャワーを浴びては、香りを流した。
自分のお気に入りの香りを、これほどしっかり記憶しているというのに、その香りが見つからない。
もどかしさと切なさで、涙が出そうになる。
必死になればなるほど、彼女の香りは、私から逃げていってしまっているように感じるのだ。

歪んだ思いゆえに、神は許してくれないのだろうか。
いつしか、神への祈りに私利私欲を含んだ願いが含まれるようになる。
私利私欲を願う者に、神が手を差し伸べないことを、十分わかっていながらも、神に願ってでも、探し出したいと思うようになっていた。
必死に求める思いだけが空回りする日が幾日も続いた。

結局、私は、彼女の香りを見つけることができないまま、時間だけが過ぎた。
新学期が始まり、彼女の入学を知りたかったが、入学していれば、彼女との恋は禁断の恋となる。
思いを振り切らねばいけないと決意をし、彼女にハンカチを送る覚悟をした。

だが
私の中で、自問自答が始まった。
「なぜこれまで、返す日が遅くなった?」
「どう言い訳をする?」
「なぜ、手放せなかった?」
「本当に返して良いのか?」
「返さなくて良いといったではないか。」

私の中の弱い心が、ハンカチを机の奥に隠すように仕舞ってしまった。
返すことを拒んだのである。


自分の思いを封印したのかといわれれば、それも出来ず、時折机の引き出しの奥に思いを寄せ、見つめるのである。
ハンカチを手に取ることをしない、それだけが、彼女への思いを区切る私にできる精一杯のことだった。
彼女への思いを打ち消そうとしても、やはり無理だ。
忘れた振りをしながら、心は片思いという幸せを手に入れ燃えるように熱くなっていく。
誰にも邪魔されない秘めた恋心は、彼女を自分だけのものにしていた。
しかし、徐々に彼女の顔を細部まではっきりと思い出すことなど出来なくなっていたにもかかわらず、
心は、彼女のハンカチに執着してしまい、歪んだ恋を燃え上がらせてしまった。

明確な対象物がぼやけ、間接的なハンカチに彼女を思うことで、本当の彼女とは関係ないところで、彼女は、私の女になっていた。
だから、現実の彼女の存在を真っ先に調べようとしなかったのだ。
実在の彼女の姿を確認しなくとも、私の恋は進行形であり、私の心を充実させてくれていた。

その彼女が、私の前に現れたのだ。
天使が舞い降りたとはこのことだろう。
天空より光が差し込み、彼女のいた場所だけ明るく見えた。
私は、そこから目をそらすことが出来なかった。
あの甘い香りが、私の鼻腔をくすぐり刺激した。
彼女の姿を目にしたとき、私の思いと彼女の姿が、螺旋状に交わりながら繋がった。


私は、真っ先に、学生名簿で彼女の名前を確認した。住所も電話番号もすべて確認した。
間違いない、確かに彼女だ。
私は、彼女の住所も電話番号ももう私の記憶の一部となり、直ぐに確認できたほど思っていたのだ。
表に出なかった心だが、彼女は私の中に既に住んでいたのだ。
彼女の姿を捉えて、現実の恋へと時を刻み始めた。
私の人生の中に、彼女が加わった瞬間である。
もう、空想ではない。



さて、
私と共に歩んでくれるはずの彼女の承諾をとらなければいけない。
ところが、現実には、教師と生徒という関係である。
認められない恋である。
私の思考はフル回転で動き始めたのだが、現実の彼女を捕らえた私は、急に冷静になった。
現時点では、私の独り相撲に過ぎない。どれだけ彼女を思い叫んだところで、彼女の人生に私は接点を持っていないのだ。

同じ大学内にいるということを確認した私は、綿密な計画を立てた。
まず、彼女のことをもっと知りたい。
私は、私立探偵を雇い、彼女のことについて調べるように依頼した。
数週間の調査の報告を聞くうちに、彼女の現状を知ることが出来るようになり、
今付き合っている人はいないこと、寮生活をやめ、一人暮らしをする予定だということを知った。
何とか、長期休暇になる前に彼女との接点を見つけたいと、焦り始めた。
そんな時、私は、久しぶりに理事長と食事をすることになった。

「最近、彼女を食事に誘っても、良い返事をくれない。」

と彼は、私に言ってきた。
以前数回、3人で食事したことがある、その時は、私は単なる付き添いのような立場ではあったが、あの頃が懐かしい。

「彼女を食事に誘うのは、気があるからなのか?」
と、私は単刀直入に彼に聞く。
「確かに気になっている。気に入っているが、彼女なかなかガード固い。付き合ってみたいとは思うが、上手くはいかないだろうな。」
私は焦った。
彼が彼女に告白をしたら、私の出番は無い。彼のほうが、彼女との接点が多いのだ。
私は、彼の良き理解者のような顔をして、彼の今の気持ちを聞きだそうとした。
「そうか、恋人にしたい女か?」
「良くわからないが、彼女の話し方、仕草がとても良いんだよな。」

と彼は言った。
「彼女には恋人いるのかな?」
と、調査で判ってはいたものの、聞いてみると、
「彼はいないようだが、好きな人はいるようだ。」
私は驚いた。
そんな話が出るとは思っていなかった。
確かに、付き合っていないから、彼がいないとは言い切れない。
見知らぬ男性が、彼女を誘うかもしれない。好きな相手が、声をかければ、躊躇することなく付き合うだろう。
そう思うと、何とかしなければいけないと、焦ってきた。

お前、彼女どう思うんだ?お前好みだろ?」
別れ際理事長が聞いてきた。
彼は、私の心を見抜いていたのかと、驚いてしまった。
「馬鹿言うなよ。そんなはずないだろ?」
「そうか?本当の事言えば良いじゃないか。彼女の事知りたかったのだろ?」
「いや、そんなことはない。」
「正直じゃないな。」

彼に嘘を言っても仕方ない。
「確かに少し気になっている。」
その答えに理事長は、返事をしなかった。
「彼女、一人暮らしするから、アルバイト探すといっていたぞ。」

車に乗ろうとしたその時、それだけ言うと、彼は車で夜の街に消えていった。
「一人暮らしかぁ。アルバイトもねぇ・・・」独り言をつぶやいていた。
私は徐々に集まる情報をつなぎ合わせ、計画を立て始めた。
彼女との接点をどうしても作らなくてはいけない。
今彼女が一番欲しいものは仕事。

「アルバイト探しているそうだね?」
学校の廊下で、何気ない振りをして彼女に声をかけた。
かしこまった話し方よりも、友人のように親しく話すことで、細かな説明を省こうとした。
彼女は、驚いたように、私の方を見つめ話を聞いてくれた。
私の計画の第一段階の幕が上がった。

私は、資料整理の仕事を頼むことにした。
助手などもいるので、出来ないこともないが忙しい時など、
資料整理や、電話番がもう一人いればいいという話をしているのを聞いていたので、その仕事を彼女に進めることにした。
彼女は、即答はしなかったが、話を聞いてくれるということになり、午後の数時間を彼女と同席することが出来るようになった。
この計画がうまくいけば、私と彼女は同じ時間の住人になるのだと思うだけで、興奮してしまう。
彼女の条件を寛容に受け入れ計画を変化させても、彼女をこの手に入れようと知恵をめぐらせた。
好条件で話を進めたいが、学校の中での依頼に、もどかしさを覚えた。
何か好条件を見つけない限り、彼女は新しいアルバイトを見つけるだろう。
そこで私は、第2弾の計画を進めることにした。これはいずれ決行予定だった。

時を早めることにした。
頭の中では、既に何回も繰り返し私の中では進められた計画だったが、これほど早くできるとは思っていなかった。
計画が進行しないと、私の計画の未来が無いわけだ。棚から牡丹餅のように、思いがけず事は良好に進み始めた。
頭の中の計画を思うと、心は焦っているが、出だしでしくじるわけにはいかない、慎重に事を進めなければいけない。
彼女との資料整理のアルバイトの契約が成立した。資料整理のアルバイトは、平日の4日間。彼女の空いている時間を使うことにした。
やはり彼女は、週4日で、2~3時間の仕事を1ヶ月した合計の金額を気にしていた。
「思ったより、少ないかな?」
「仕方ないです。もうひとつ探そうと思います。」

やはり彼女は、もう一つアルバイトを探そうとしていた。
そこで、私は、もう一つの計画の話を、彼女にすることにした。

「もう一つ、アルバイトあるのだけれど、考えてみてくれないだろうか?」
「え?」
「これは、個人的なお願いだから、出来ないようなら、断ってくれていい。どうかな?」
「どのような仕事ですか?」
「私の家の掃除などして欲しい。料理が出来れば、もっとうれしいけどな。
」彼女の顔に安堵の表情が見えた。
これはいけると思った。

「バイト代だって、資料整理より多く出せるよ。私個人が出すお金だからね。」
「自宅の掃除をして欲しい。家政婦が辞めて困っているから、代わりを探そうと思っていたところで、
 私は食事を家政婦に作ってもらっていたから、ここの所、外食が多くなっていて、体に良くないから、料理など作ってくれるとうれしい。
 毎日とは言わない。週2日から3日で良い。
 ただ、私の自宅だから、見せたくないものもあるし、君が見たくないものもあるかもしれない。
 そこは、給料を払うのだからプロとして、他言しない約束をして欲しいが、条件を飲んでさえくれれば、アルバイト代は、はずむよ。」

彼女は、少し考える様子を見たが、断らないだろうと思っていた。
その場で返事が欲しかったが、焦ってはいけない。
「よく考えた上で、返事をくれれば良いよ。」そういって、自宅の電話番号を渡した。

彼女を見送り、窓の外を見ると、夕日で空が赤く染まっていた。
私はその夜、興奮して眠れなかった。この先を思うと、大声で叫びだしたいぐらいの嬉しさだ。
自宅の部屋には、所狭しと、彼女の写真が飾ってある。
探偵に彼女のことを調べさせた時、彼女の写真を撮るようにと注文した。
数枚の写真と、大量のネガが届いた。
私は自宅にある暗室にこもり、ネガから浮かび上がる彼女の姿に興奮し、すべてを写真にして飾った。
写真の中の彼女は、私と上手く付き合ってくれるだろう。互いの私利私欲を満たすわけだから、簡単には切れない約束を手に入れた。
私の計画は、確実に進み始めた。

彼女は着実に、私の中に入って来てくれる。そう思うと、何も手につかなかった。
「大下雛美礼」
そう口に出して呼んでみる。耳に聞こえる彼女の名は、なんと美しい響きなのだろう。
あえて今まで名前で呼ばなかった。「スミレ」

この時、この瞬間を味わいたかったのだ。
私の手の中に入って来たときに彼女に向かって、
「スミレ」
と呼ぶために、私は、彼女を名前で呼ばなかった。
おかしいか?
心の中では、数百回、数千回、いやもっとかもしれないほど、彼女の名を呼んだ。
しかし声に出して呼んではいけない、それほど、私の中で彼女は、神聖であり大切な人になっていた。

残る望みは一つ、
私の呼ぶ、「雛美礼」「はい」
と返事が返ってくるようになることだ。
それも後しばらくの辛抱だと思えば、待つことなど、少しも苦にならなかった。
一睡もしないまま、外が白んできた。朝日がこれほどまでに、美しいとは思ってもいなかった。
手にしていたブランディーのグラスをテーブルに置く。
テーブルの上の、ボトルは、もう少しで空になってしまうほど私は、一人で飲んでいた。
酔っているはずなのに、頭ははっきりとしていた。グラスを片付け、コーヒーをセットして、シャワーを浴びた。
頭を拭きながら、ソファーに腰を下ろすと、電話がなった。

「もしもし・・・大下雛美礼(スミレ)です。」
彼女からだった。
早くにすいません。お出かけ前に、昨日のお返事をしようと思いまして、お電話しました。」
穏やかな声は、私を喜ばせてくれる。
「了解してくれるのかな?」
「はい、よろしくお願いします。」
「今日の夕方にでも、詳しく説明したい。私の研究室に来て欲しい。」
「はい。」


電話が切れた後、こぶしを強く握り締め、気合を入れた
「よしっ!絶対、俺の物にする。」興奮した。
ほっとしたのだろうか、そのままソファーに横になると、沈んでいくように、深い眠りについていた。




最新の画像もっと見る

コメントを投稿