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迷宮・緑柱玉の世界の独り言

迷宮・緑柱玉の世界 1章3節 「禁断の園」

2016-09-22 | 迷宮・緑柱玉の世界
再び執筆してくれるのだね。
嬉しい。
椛が言うように、正隆の声がした。
神経質で心配性。とっつきにくく気難しい男
彼の内なる声を文字にしてくれてありがとう。

世界で誰よりも君を愛し、君に愛されている男
彼の世界が再び始まるのが本当にうれしい。

   田之上 良行


********************* 迷宮・緑柱玉の世界 1章3節 「禁断の園」*******************************

寮を出て、一人暮らしをしたいと言ったとき、
「世間知らずのお前が一人で何が出来るというのだ。寮にそのまま残ればいい。」
お父様は、怒りを、あらわにした。
そう簡単に、私の一人暮らしを許してくれないとは、覚悟していました。

進学したいと言った時も、直ぐに許してはくれなかった。
やっと許しを得て、進学するとなっても、寮に入るなら認めるが、一人暮らしは、認めないと、きつく言われていたのですから、
今回だって、そう簡単には、許してくれるとは思いません。
私は、どうしても一人暮らしをしたいと、親に泣きつきました。
何日も、頼み込みました。
いつも私は、電話口で泣いてたのです。

私の強情さに母親が父親と話をしてくれた。
父親は妥協して友人と共同で生活するという条件でマンションを借りてくれました。
「生活費は、自分で何とかしろ!」
全てを認めないのは、親の意地でもあったのだろうと思います。
「自分の思い通りに全て運ぶとは思うな、自分のことに責任を持ちなさい。
それが出来なければ、連れ戻すからな、覚えておきなさい。」

お父様の厳しい言葉に、身の引き締まる思いでした。

一人暮らしも、私の我侭だけではないのですが、
どんな理由を言っても、言い訳のようになっていました。

実は、今までの寮が、学校の施設として使われることになり、学校から離れた場所に新しい寮が出来ることになり
引っ越さなければいけなくなったことと、
理事長先生との仲を疑われ、寮に居づらくなったからです。

学校見学で知り合った理事長先生は、時折、お酒を召し上がった後に気分がよくなり訪れる寮で門限を待ち構えては、
食堂で長い話をするのです。
理事長は、寮生には不人気でしたが、私は、そんな感情を持つことなく、何時も離れた席で最後まで話しを聞いていることが多かったのです。
要領が悪いと、友人は言いましたけれど、特別、話を聞くのが嫌と思ったことも無かったように思います。
黙って、聞いているだけでしたが、いつしか、個人的にも話をするようになっていました。

時には、食事に誘われるようになり、週末などに出かける事もありました。
友人などは、家に帰る人も多く、中には、彼氏などと、外泊していましたが、
外泊しない私は、ほとんどの時間を寮で過ごしていたので、誘い出してくれていたのかもしれません。

「雛美礼(スミレ)と理事長先生は、付き合っているの?」
と聞かれるようになり、否定しても噂は消えず、
「雛美礼は愛人なの?
そう聞いてくる友人さえ現れました。
もう否定し切れませんでした。

次第に誘われても、お断りしていたのですが、どこにも出かけない私は、理由を作ることにも、困り始めていたのです。
理事長先生にお断りする本当の理由を言えないまま寮に居づらくなっていたのです。
この理由は、引越ししたい最優先理由でも、お父様には言えませんでした。
きっと、お父様に知れてしまった時点で連れ戻されてしまうでしょう。
ふしだらだと、怒鳴りつけるに決まっています。

学生生活を続けるためには、何が何でもアルバイトを見つけなければいけないわけです。
そんな時、バイトを一之瀬先生が紹介してくれたのです。
私は、夢ではないかと思ったほどでした。

なぜこれほど驚いたかといえば、私自身が、先生との接点を探していたからなのです。
私は、入学前から、一之瀬先生を良いなと思っていたのですが、恋愛対象の好きとは、少し違うのかもしれませんが、私好みの男性という位置です。
高校の生徒手帳の中に何時も戴いた名刺を入れていたぐらいです。
こっそり見ては、喜んでいたのです。

「また雛美礼の良い人でしょ?」
友人は、からかいました。
「うふふ」
私は否定しませんでした。だって本当に、素敵だと思ったのですから。
「どんな人なのよ?」
友人は興味で聞きましたが、
「私は、大切な人だから、教えない。」
そう言っては、はぐらかしていました。

一之瀬先生とは、昨年学校見学のときに出会っていました。
背が高く物静かな優しそうな先生だと思ったのです。
スタイル、話し方、すべてが良く見えたのです。
数校見た学校の中から、今の学校を選んだ理由の中に、一之瀬先生がいるというのも理由だったのです。
「来年、また会えると良いですね。」
その言葉に、
「来年も居るんだぁ。」
と思ったのです。
先生が居ることが、第一条件のように思えてしまったのです。
学校の内容が最優先なのですが、邪心が混ざっていたのも本当です。
でもそれは、誰にも言わない秘密の理由です。

学校に入ってみると、一之瀬先生を素敵だという人が多いのに驚きました。
一之瀬先生は独身で、30代前半、私生活については、ほとんど秘密という話でした。皆が狙っていても不思議はないのです。
先生と少しでも会話できれば、もう他の人たちが「何、話していたの?」というほどでした。
私は、見ているだけでいいと思っていましたから、憧れの先生が声をかけてくれただけで、驚きです。
それ以上に驚いたのは、アルバイトをさせてくれるということです。

驚き、びっくりしていても、聞くことはきっちり聞いていないといけません。
しかし、大部分を聞き逃していたように思います。
改めて説明を聞きに先生の研究室に伺ったとき、それが夢ではなく、現実の話だとやっと理解できたほどでした。
そしてもう一つのアルバイトといわれたとき、本当に驚きました。

あの、一之瀬先生のお宅のお掃除をすることです。
一之瀬先生に憧れている人が聞いたら、私はきっと袋叩きにされてしまうでしょうね。
先生が秘密にして欲しいと言われましたが、私だって、口外などしません。
口外した時にどうなるかわからないですからね。

食事に付き合っただけで、愛人呼ばわりされたことを思うと、
自宅に伺う姿を見られたら、もう否定のしようが無いと思います。
愛人と言われることは間違いありません。
私自身の保身のためにも、他言などできません。
私は、学校でのアルバイトを週4日することにしました。

大学内でのアルバイトは、公になっても困ることのないアルバイトです。
書類を提出するようにといわれました。それが処理されれば、私は、堂々とアルバイトできるのです。
もう一つのアルバイトに関しては、正式に返事をしていないのです。

自宅のお掃除というアルバイト、とても魅力的に感じました。
掃除や料理なら、私にも出来る事です。
詳しい内容を聞くと、一之瀬先生の口が重くなったのは、不思議でしたが、言いにくいこともあるでしょう。
正式に返事をしていないので、詳しく言えないのかとも思いましたが、深く聞きなおそうとは思いませんでした。
最後に言った、
「個人的なことだから、他言されたくない。」その一言に、先生の慎重さが見て取れました。

私は、一晩考えました。
心の中ではもう決まっていましたが、すぐに返事をしなかったのです。
少しでも慎重に考えているように、思われたかったのかもしれません。
姑息かもしれませんが、即答しないように注意していました。
電卓を手に、2つのバイトをした場合の収入を計算すると、知らぬ間に微笑んでしまいます。
女は、現実的といいますが、欲しいものは現金である以上、計算高くなって当然だと思います。
初めて仕事で収入を得るという事に、私はすごい期待をしていました。
なんだか、すごく自分の価値が上がったように感じてしまったのです。

私のこれまでの生活の中で、働いて、お小遣いを稼ごうと思ったこともなければ、アルバイトをしようなどと思ったこともなかったのです。
しかし、今回の一人暮らしは、まったく違うわけです。生活費というものの存在をはじめて知ったのです。
計算機片手に、月々の必要経費を友人から聞き出した数字から割り出し、計算してみると、やはり最低限必要な金額というのはあるものです。
貯金通帳を眺め、減る金額を計算すると、家賃を払わなくてもいい様にしてくれたお父様に感謝です。
家賃を抜いても、今後、アルバイトを見つけ、収入を得ないと生活していけなくなるということだけは、はっきりとわかります。
私は焦りさえ覚えていました。お父様の言った、「世間知らず」私は本当に、知らないことが多すぎると思いました。

一之瀬先生の話では、学校のアルバイトの給料より出すよといってくださったので、それが本当なら、こんな素敵なことはないわけです。
真面目に仕事さえすれば、生活するのに困ることは無いのです。私は、この幸運を神に感謝して、布団に潜り込みました。

初めての相手に電話するというのはとても緊張しながら、深呼吸をして、電話をかけました。
呼び出し音を聞きながら、再び、深呼吸をしました。
「はい、一之瀬です。」先生の声が、耳に、飛び込んできました。
「おはようございます。雛美礼です。朝早く、すいません。」朝一番に、先生に電話しました。
「昨日のお話のアルバイトさせてください。」要件を紙に書いておいて良かったと思いました。
用件だけしか伝えてないのに、愛の告白でもしたかのように、どきどきしてしまっていました。
「そう言ってくれると信じていたよ。詳しく話をしたいので、午後にでも、研究室に来て欲しい。」
「はい。午後の授業が終わった後に伺います。」
今の数十秒の電話で、今日の仕事をすべて終えたような緊張と疲労感を感じたのです。

「雛美礼(スミレ)」そう呼べる日が、もうそこまで迫っている。
彼女は、両方のアルバイトを了承してくれた。詳しい説明はまだとしても、もう、私の腕の中に居るも同じだと思った。
自分でも信じられないスピードで、計画が進み始めた。

夕方、彼女にアルバイトの説明をしたなら、その後はどうする?
彼女はいつ、この部屋に足を踏み入れるのだろう?
その決断をするのは私だ。
この部屋をどう見せるかと思うと、さまざまな思いが巡り、まさに夢心地である。
人を迎え入れることに、これほど期待したことがあっただろうか?
私は、他人を自宅に招くことは、ほとんど無い。皆無かもしれない。
それにはそれなりの理由がある。
ここは、私の城である。ここに訪れるものは、私が決め、私の城を荒らされたくない。
自分の城で気を使いたくない。すべてが自分の思い通りになることが、理想である。
しかし、私はずいぶん前から、ここで、「雛美礼」と共に過ごしている。
だが私の雛美礼(スミレ)は私の中だけに存在していたわけで、実在は、していなかった。
その、雛美礼が、やってくるのだ。冷静では、居られない。
思いが長かった分、求めるものは大きく、願望は強い。

今すぐにでも手に入れたいと思う反面じわりじわり手に入れたいと思う気持ちが交差している。
今までも、女子学生との関係がなかったわけではない。しかし、我侭と自分勝手さに、私は嫌気がさした。
言い寄ってくる女学生は、私を振り回した。
振りほどいても群がる蝿のように感じたことさえあった。私が欲しいのは、蝿ではない。
綺麗な羽を持った蝶のような女。ただ一匹を狙うために時間をかけ蜘蛛の巣を張るのだ。
だがまだ、私の欲しい蝶は、羽化していない。
蜘蛛の巣にかかることもない。できることなら、やわらかい蜘蛛の巣の上で、羽化させたい。
それは、蜘蛛の優しさか、残酷さかは、わからない。
もがいて身動き取れなくなるか、糸をうまく上ってくるのかは、彼女次第。彼女をどう引き寄せるか・・楽しみである。

夕方、彼女は研究室にやってきた。昨日よりも少し落ち着いた感じで、ゆっくりと話をすることが出来た。
彼女も、是非にしたいという強い要望にで、火曜と金曜日という約束になった。今日は金曜日である。
今日からということになった。
「詳しい契約は、自宅でいいかな?ここで個人的な話はしたくない。
 もっと、君に出来ることがあれば、契約条件を良くするって約束するよ。」
「はい」彼女の笑顔が、私はとてもうれしかった。
「先に行って、掃除して欲しい。私は仕事が終わり次第帰るよ。それから、ゆっくり話そう。」
心の浮き足とは、正反対な態度で、彼女を見送った。

手の中に一之瀬先生の家の鍵があると思うだけで、とてもうれしかったのです。
上着のポケットに手を入れ、鍵をずっと握っていました。
地図を片手に、たどり着いた場所は、かなり豪華なマンションでした。
メモ帳の下部に書いてある番号を打ち込み、マンション内に入ると、管理人室がありました。
管理人さんに、訪れた旨を報告すると「伺っております、どうぞ。」とおっしゃり、エレベーターのところまで送ってくれました。
「12階ですからね。」
12階のボタンを押しドアが閉まり、静かにエレベーターは、上昇していきました。

1階から順に番号は、変わってゆきました。12階を示す数字が点灯しドアが開きました。
静かなフロアーに足を踏み出すと、そこには、私以外の音も姿も無ありませんでした。
12階は、最上階になっていて、二戸だけです。
「ICHINOSE」と書かれたドアの前に立ち、深呼吸しました。

ずっと握っていたため、鍵は温まり、汗で少し湿った感じになっていました。
鍵穴に鍵を差し込み、開けようとしたその時、「見せたくないもの」といった先生の言葉を思い出してしまいました。
入らないほうが良いのではないだろうか、引き返そうかと考えました。

前もって言ってくれているのだから、まさか、このドアの向こうに死体が転がっている、そんなことがあるわけが無い。
見せたくないなら、事前に片付けてくれているはずです。
ドアを、開け足を一歩踏み込もうとしたその瞬間、私の目に飛び込んできた景色に、一瞬動きが止まってしまいました。
慌ててドアを閉め、廊下に人影が無いことを確認し、ドアにもたれて、呟いていました。
「やめよかなぁ。」来なきゃ、よかったと後悔しました。

私は、一之瀬先生を理想化しすぎていたのでしょうか?
部屋の散らかしようを想像していなかったのです。
研究室が何時も綺麗だから、自宅も綺麗と思い込んでいました。
「家政婦が辞めて困っている」あの言葉は、本当だったのですね。
高いバイト代がもらえる理由がわかった気がしました。

覚悟を決め、再び部屋の中に入り、鍵をかけ、チェーンをかけ、改めて見て驚きました。
大きな首輪と鎖が目に飛び込んできたのです。犬が居るとは聞いていませんでした。
室内に犬が居るという気配はありません。
首輪がある理由がわかりませんが、首輪を手にし、鎖を引き寄せると、その先に紙が付いていました。
よく見ると、私の写真が付いていました。

ショックでした。明らかに合成写真とわかる写真で、私の首に、首輪が付いていた。
なぜこのような写真があるのかと思いました。理解できません。
部屋を見渡すと、部屋の真ん中に大きな籐の椅子が置いてあり、背もたれの中心にも私の写真が張ってありました。
それは合成ではなく、着ている服も私が持っているものです。数日前にも着ていた服装の私です。

足元は、足の踏み場もないと言わんばかりの、広がりようです。
よく見れば、大人もおもちゃといわれるものでした。
世間知らずの私でも、少しは知っています。目のやり場に困り恥ずかしくなります。
途方にくれ、座り込んでしまった私の目にやはり、写真が飛び込んできました。
これもまた、明らかに合成とわかる写真で、足下に広がる道具を口にしているものだった。
耳まで真っ赤になるほど、恥ずかしい写真でした。

身に覚えがないとは言え、自分がこのようなことをしている姿を作り上げられていたことにショックを覚えました。
なぜこのような写真が?よく見れば、私が昼食を取っている写真に合成してあったのです。
大きく口を開けている所に、合成で、玩具を頬張り、何気に手が添えられたように見えるのです。
もちろん本来は、昼食をとっている写真ですから、おいしそうな笑顔でいいのですが
合成された私の笑顔と、口にしている物に、違和感を覚えたのでした。
私の写真と、この部屋の広がりがどう結びつくのかは、わかりませんが、いい気分はしませんでした。

「見られて困るもの」それは、ここにあるもの全てだと思いました。
「見られて困るもの」と言うよりは、「私が見て困るもの」と言う感じさえありました。
しかし、そこには、私に見せたいという意思があることは、はっきり解ります。
なぜ、このようなことをするのか、先生の意図はわからないのです。迷いました。
帰ってしまおうか、アルバイトは断ろうか・・・・禁断の場所に足を踏み込んだ気がしました。

改めて、冷静に見てみれば、散らかっていることに理由があるだろうと思っていることが不思議でした。
好きと思っているからでしょうか?
私はまだ、一之瀬先生を信じているのです。道具を手にしてみても、不潔には感じなかったのです。
この部屋は、私に向けたメッセージであることは確かでした。
ただ、私には、理解できないメッセージです。
片付けられないための、散らかりようではなく、私に見せるために広がっていると言うことを、私は理解しました。
私を信じ、鍵を渡してくれた先生を、信じようとしました。
先生を裏切りたくないと思ったのです。私に何が出来るか試してらっしゃるのです。
なぜそう思ったかは、わかりません。

先生が帰るまでに何とかしなければいけないと思いました。
片づけをはじめてみましたが、思うようにいきません。私は、気分をうまく切り替えるのは苦手です。

先生は、なぜ私の隠れた心の内を、知っているのだろう・・・私は写真を拾い集めました。
どうしても、写真が気になって、片づけが手につかないのです。

なぜ、私の写真がここにたくさんあるのかわからない。
明らかに私は、写真を撮られていることに気付いていないものばかりでした。
思い起こせば、高校時代にもそんなことがあったのです。

バトミントン部に入ていた私を、新聞部の人が、写真を撮っていました。
最初は何を撮っているのか、判りませんでした。
「あの新聞部、雛美礼のほうばっかり見ているよね。」同じ部の子達がそう言う様になりました。
「まさかぁ・・・」
「嘘だと思ったら、雛美礼が移動してごらんよ、カメラの向きが動くからさ。」
半信半疑でしたが、確かに、私の動きとカメラの向きが、同じだったのです。
私は、新聞部の友人に頼み、抗議しました。あからさまな撮影はしなくなったものの、結局ずっと続いていました。
新聞用に色々撮ってるのだと彼は言っていたそうですが、一度も新聞に載ったことは無いのです。
彼の個人的な物だったようです。なぜ、写真を撮っていたのか、真実を聞くのも怖く、そのままだったことを思い出しました。
彼も、ここにあるような写真同様、加工したり、想像していたのでしょうか?

私は、先生が怖くなりました。
私の本心を見透かされているようで、怖かったのです。
先生を好きと言わないけれど、好きだと思ってきましたし、直接的に先生との恋愛を想像しなくても恋心はありました。
加工された写真のようなこと実際にしていた私は、確かにいるのです。
偽の私がしているキスに、胸がきゅんとなったのも事実なのです。

その時、玄関のチャイムが鳴りました。
急いで玄関に向かうと、もう既に、玄関に立っていました。
「ただいま」
靴を脱ぎ足を踏み出そうとしていました。私は、急いで玄関に走りより、先生の脱いだ靴をそろえようとしました。
私は、お母様を思い出しました。
お母様は、お父様の外出時も帰宅時も、きちんと玄関に座って挨拶をしていました。
私も、お母様のように、玄関に座り、靴を直し、
「おかえりなさいませ。お疲れ様でした。」
と、挨拶をしました。
「ただいま。うれしいね。そんな挨拶、されたことないよ。」
私は、少し、うれしくなりました。
「お父様が気持ち良く過ごせるようにするのが、私の喜びなのですよ。」
と言った言葉を、思い出しました。
私は、小さな喜びを見つけたのです。

好きな人が喜んでくれ、誉めてくれることが、自分にとって、これほど嬉しい事

だとは思っても居なかったのです。
一歩控えて歩くお母様の姿を思い出し、私も、真似をしてみたくなりました。
お母様の言う、幸せと喜びがもっと知ることができるような気がしたのです。

「ところで、片付いたかい?」幸せが充満し、暖かくなった心が急に、凍るように冷えてしまいました。
「まだです。」
一瞬の静寂の後
「なぜ、できないんだい?お願いしただろ?」
とても厳しい口調で言われ、返事ができませんでした。
「それから・・・君は僕の秘密を見てしまったのだよ。」
嫌な言い方をしました。
「はい。ここでの事は、誰にも言いません。」
「当然だよ。約束だからね。」


意味ありげな言い方と、わずかな微笑に、散らかった部屋は、見せるためだったと、判りました。
先生は、この散らかった部屋について何もいわないのです。
私が、見て嫌だろうと、わかっていながら、片付けさせるのが当然というそぶりに、確信犯的なものを感じました。
私も、意地っ張りです。そうなれば、照れる必要も嫌悪する必要も無いのだと思いました。
「片付いてないなぁ。やる気あるのか?」
明らかに、見せて、触らせ、片付けろと命令しているのです。
「どう片付けていいのか解らないもの・・・」
「甘えない、教えるから、かたづけなさい。」

まるで、私が広げたかのように、すべてを私が片付けることになったのです。

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