車イスのある風景 

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2006年8月開始 福祉=前橋市肢体不自由児者父母の会等

思い出ビュービュー

2012-12-13 14:12:38 | 小説

「乗せてあげよう」

少年が少女を誘う。

二人は汗を出して長い傾斜を引いて上がった。

そこから滑り降りるのだ。――――――

橇(ソリ)はだんだん速力をます。マフラーがハタハタはためき始める。

風がビュービューと耳を過ぎる。

「僕は君を愛している」

ふと、少女はそんな囁きを風の中に聞いた。

胸がドキドキした。

しかし、速力が緩み、風のうなりが消え、なだらかに橇が止まるころには、それは空耳だったという疑惑が残った。

「どうだったい」

晴々とした少年の顔からは、彼女は孰(いず)れとも決めかねた。

「もう一度」

少女は確かめたいばかりに、また汗をかいて傾斜をのぼる。―――マフラーがはためき出した。

風がビュービュー唸って過ぎた。

胸がドキドキする。

「僕は君を愛している」

少女はため息をついた。

「どうだったい」

「もう一度!もう一度よ」

少女は悲しい声をだした。

今度こそ、今度こそ。しかし、何度試みても同じことだった。泣きそうになって少女は別れた。

そして永遠に。

―二人は離れ離れの町に住むようになり、離れ離れに結婚した。―

年老いても二人はその雪滑りを忘れなかった。

追記:年をとると昔の思い出が胸を突くものだ。

それは悔いの残る思いばかりだ。

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