「乗せてあげよう」
少年が少女を誘う。
二人は汗を出して長い傾斜を引いて上がった。
そこから滑り降りるのだ。――――――
橇(ソリ)はだんだん速力をます。マフラーがハタハタはためき始める。
風がビュービューと耳を過ぎる。
「僕は君を愛している」
ふと、少女はそんな囁きを風の中に聞いた。
胸がドキドキした。
しかし、速力が緩み、風のうなりが消え、なだらかに橇が止まるころには、それは空耳だったという疑惑が残った。
「どうだったい」
晴々とした少年の顔からは、彼女は孰(いず)れとも決めかねた。
「もう一度」
少女は確かめたいばかりに、また汗をかいて傾斜をのぼる。―――マフラーがはためき出した。
風がビュービュー唸って過ぎた。
胸がドキドキする。
「僕は君を愛している」
少女はため息をついた。
「どうだったい」
「もう一度!もう一度よ」
少女は悲しい声をだした。
今度こそ、今度こそ。しかし、何度試みても同じことだった。泣きそうになって少女は別れた。
そして永遠に。
―二人は離れ離れの町に住むようになり、離れ離れに結婚した。―
年老いても二人はその雪滑りを忘れなかった。
追記:年をとると昔の思い出が胸を突くものだ。
それは悔いの残る思いばかりだ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます