どんな業界でも同じだと思うが、そこに長くいると外からの視点を失って内向きの視点ばかりが肥大化し、その結果「業界の常識は社会の非常識」ということになってしまいかねない。最近は医療崩壊が社会問題化していることもあって、医師がそれを論じた本を書いたり新聞への寄稿をしていたりするが、「医者はこんなに身を削って頑張っているのに、国は医療費を削ってばかりで我々に負担を強いてきた。患者は何かあると『医療ミスだ』『医療過誤だ』と文句ばかり言う。国はけしからん。患者はけしからん。みんなお前らの責任だ」みたいなものも少なくなくて、読んでいて吐き気がしそうになることがある。これなども、内向きの視点が肥大化しすぎてしまった例かもしれない。
で、寄金丈嗣氏の『ツボに訊け!──鍼灸の底力』(ちくま新書)である。著者の寄金氏というのは鍼灸マッサージ師の資格も持っているが、『TAO鍼灸療法』など東洋医学関係の雑誌、書籍の企画、編集、制作という、業界のど真ん中ではなく、むしろ業界の周辺をテリトリーとしてきた、ある意味、業界人ではなく境界人とも言うべき人。『ツボに訊け』では、自分のことを
治療家の立場でもなく、患者の立場でもなく、門外漢よりはそれなりに知識を持ちながら、かなり客観的に業界と多くの治療家たちを見てきたわけです。ですので、今でも書籍を作りながら鍼灸を勉強し続ける立場にあり、幸いにして優れた臨床家とのつきあいも続けていますし、実際の臨床の効果も見聞しています。そして内部の人間が隠したがる業界や教育システムの抱える問題点についても書ける立場にあるのです。
と述べている。
そう、この本はタイトルだけ見ると、どこかの女性雑誌の記事のような「○○疾患には○○というツボが効く!」みたいなショボイ内容か、「鍼灸はいいぞ。みんな、もっと鍼灸を受けようよ」みたいな業界の宣伝本のように見えてしまうが、その実体は、鍼灸治療というもののの姿を一般の人にもよくわかるように紹介しながら、同時に痛烈な業界批判の書ともなっているのだ。
中でも、著者がかつて発行していた雑誌『TAO鍼灸療法』の人気記事だったものをリライトしたという、第四章「バーチャル鍼灸体験」がオススメ。1人の女性フリーライターに鍼灸院で治療を受けさせ、それを記事にしたもので、ルールは
①記事の中で取材先は明かさない。
②取材先に、取材での体験治療だということは最後まで明かさない。
③治療を受ける際、治療家にいくつかの質問をする。
④記事には治療前・後の体の状態を書く。
⑤取材先がどこかを聞かれても、黙秘する。
このルールの下、街中の鍼灸接骨院、うらぶれたスナックの2階の鍼灸院、そしてある鍼灸関係の会の会長が院長の鍼灸院を訪ねて治療を受けた、その顛末が書かれているのだが、これがめっぽう面白い。このブログを読んでいるのは、もしかしたら業界関係者が多いのかもしれないが、やっぱり人がどんな治療しているのかは興味があるのではないだろうか。もちろん、どこか治療院を探している人には絶対ためになる話だと思う──この業界の素晴らしさとひどさを知ることができるから。
ついでながら、(第四章ではないけれど)インターネットで治療院を選ぶ際にも
治療を受ける際には、ホームページの情報を鵜呑みにせず、必要な情報を取捨選択する能力が必要です。最近は「なんでもかんでも治る。俺って凄いだろう」的なホームページやブログも見かけますが、それが必ずしも本当のこととは思いません。
とある。ごもっとも。
寄金氏は鍼灸業界の境界人ではあるが(あるいは境界人であるがゆえに)、鍼灸に対する思い入れは人一倍強いようで、こんな記述もある。
「鍼は肚(はら)で打て」だの「丹田をしっかり」だの、聞いたようなことを偉そうに言う人も少なくないのですが、仙腸関節が動きもせず、命門(めいもん)も開かないのに、丹田などが本当にできているはずはありません。自分自身、時間をかけて身体を練り上げた人でなければわからないものがあり、そこに人体の可能性もあるのに、流行りの古武道愛好家の論説を借用したり有難がったりしているだけで、自らが鍛錬し、器を作ろうとする人があまりにも少ないと思います。東洋の医学を標榜しているのに東洋の身体を手に入れようとしないのは不思議でなりません。
これには「なんちゃって鍼灸師」の私としては耳が痛いところだ。
また、鍼灸師のサイトなどでこの話題が出ると急に書き込みがエキサイトする、いわゆる無資格治療の問題についても
鍼灸師が国家資格であるかどうか、一般の人は知りません。無資格の整体師であろうが足揉み師であろうが、自分の身体の不調を改善してくれて気持ちよければそれでいいというのが受ける側の論理でしょう。その治療者がどんな苦労をしてきたか等ということは関係ありません。
と切って捨てている。
ちょっと『ツボに訊け』の話からは外れるが──柔整師もだが特に鍼灸師はこの無資格治療の問題に熱くなる人が多いように思う。「カイロプラクティックやらオステオパシーやらは、そもそも国が認めておらず、(我々と違って)国家資格もなくそんなことをやっている輩は、ろくに勉強もしていないくせに治療を行っていてけしからん(あるいは、危険極まりない)。どうして国はそうした無資格の連中を取り締まらないのか」というのが彼らの最大公約数的な主張だ。しかし、落ちることの方がむしろ難しいような国家試験を通ったくらいで「我々はちゃんと勉強しました」と言われても、もう笑うしかない…。そもそも「国家資格、国家資格」と金科玉条のように彼らは言うが、柔整も鍼灸マッサージも永久に国家資格であり続ける保証がどこにあるというのだろう。私などは、どの療法を21世紀の国家資格として認めるか、全くのゼロ・ベースで国民投票によって決めたら面白いと思うのだ。一体、柔整は、鍼灸は、マッサージは、国民が国家資格にすべきものとして選んでくれるのだろうか
話がそれてしまったが、この『ツボに訊け!』、例えば体に問題を抱えて治療院を探している人が皆この本を読むようになると業界に激震が走るかもしれない、そんな面白い本だ。もちろん治療家にとっても。
>全くのゼロ・ベースで国民投票によって決めたら面白い
ヤ、ヤバイデス先生!
nanahoshiは、今更国家試験合格しないです!!!
>落ちることの方がむしろ難しいような国家試験を通ったくらいで
もう、お腹痛いです!
国家資格は、国民投票。
国家資格=健康保険適用 が妥当ですね。
しかしプラセボ効果がある場合もありますから、偽物が生きる余地もある程度は(笑)
しかし偽物があまりに目につくのは間違いないですが…本物を駆逐する事はありませんので。
ボクも一度「本物」の先生に身体を見て頂きたいです。
よう既にお読みかも知れませんが、マニアックな本ですが「新日本鍼灸楽会草紙」も面白いですよ~!
あの覆面座談会だけでも継続して本にしてほしいと思うファンの一人だったりします。(^^)
>nanahoshiは、今更国家試験合格しないです!!!
私も同じです。試験に通るためには試験勉強が必要で、それは臨床での勉強とは別物ですから。
あ~そう言えば、臨床の勉強もしてないなー…と不勉強が身にしみる今日この頃。
>ウル@俺の家さん
>肩書きを無視してそれが本物か偽物かを見分ける嗅覚を患者や消費者は身につけないといけませんね…
それは本当に難しいことです。最近またニセ医者が逮捕されましたが、ニセ医者の方が本物の医者より「よく話を聞いてくれるし、治療も丁寧でうまい」と患者の評判が高かったりしますから。
現実には、「本物」を保証するはずの免許や肩書きがあることで、逆に「本物」がわかりづらくなってしまっている、ということはあるかもしれません。
>Ten・・さん
>マニアックな本ですが「新日本鍼灸楽会草紙」も面白いですよ~!
それは『ツボに訊け』の中にも出てきますが、まだ見たことがありません。どこかで入手できるのでしょうか?
http://www.amazon.co.jp/dp/4901609203/
あ…amazonで売ってるんですね。情報ありがとうございます。
鍼灸師ではありませんが自虐的に読んでみたくなりました
鍼灸師でなくても、鍼灸界の内側がわかる本として、読んでおいて損はないと思います。
カイロプラクティックでもオステオパシーでも、その道の専門家がこんなふうに、「みんな外に対しては偉そうなこと言ってるけど、実態はこうなんだぜ」ということを、きちんとした本の形で出すようになると、治療業界も変わるかもしれません(ただ、下手にやると“有資格者”に「だから国家資格を持たない無資格者はダメなんだ」という、攻撃材料を与えてしまうだけになる可能性もありますが)。
書いても良いけど~責任はとらん!(笑)
しかし、柔整師は凄いよ!
毎日凄い人数が、怪我で保険診療しているけど、1日にその地域でそれだけ怪我があるって事は、その地域は、テロか事故が毎日勃発している、危険地帯って事でしょ。こんなのが日本国内に沢山あるなんてどう考えても笑えてしまう。これについて柔整師さんらは、いつも知らん顔だ。
あ、カイロプラクティックの裏話を書くんだった(笑)
>書いても良いけど~責任はとらん!(笑)
ゼヒ書いてください、待ってます(笑)。
>しかし、柔整師は凄いよ!
鍼灸学校時代に聞いた話ですが、西日本では1人20部位なんて請求する接骨院があって、それが通ってしまっていたとか。
1人で怪我が20部位って、そりゃ死んでるだろう。いや、死んでないまでも、接骨院じゃなく病院に行くべきだ。
さすがに今はそんなムチャは通らないでしょうが、ひどい話です。
もちろん、真面目にやってる柔整師の先生にとっても、こういう輩がいることは頭の痛い問題でしょう。