こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星シェイクスピア-第三部【1】-

2024年09月21日 | 惑星シェイクスピア。

【朝の翼】エドワード・ロバート・ヒューズ

 

 さて、この第三部で「惑星シェイクスピア」のお話は終わりとなります♪

 

 それで、第一部では【49】のところで「蜘蛛のランペルシュツキィンと少女ウルスラ」、第二部では【1】のところに「名もなき漁人(いさなとり)の王の物語」という、全然関係ないよーな民話っぽいお話が挟まってるのですが、第三部は唯一長くてですね、【1】~【7】か【8】くらいまで、「時の翼の物語」というハムレットたちが生きている時代より、遥か昔のお話が続きますm(_ _)m

 

 まあ、これはある意味、バロン城砦の起こりみたいな遠い昔の物語なのですが、わたし、ここが書いてて一番楽しかったかもしれません(笑)。何故こーゆーお話になったかとか、どこか前文で書けたとしたら書こうかなと思うのですが、とりあえず今回は前文にあんまし文字数使えないということで、このへんで。。。

 

 それではまた~!!

 

 

      惑星シェイクスピア-第三部【1】-

 

         ~時の翼の物語~

 

 まだこの地が、<東王朝>と<西王朝>のふたつの国に分裂するずっと以前のことです。今、バリン州と呼ばれている広い土地にあるバロン城は、まだその名で呼ばれていませんでした。ただそこには、周囲に点在する町や村に<嘆きの城>とか<悲しみの城>と呼ばれる、朽ち果てた城が聳え立っていたのです。

 

 ところで、その<悲しみの城>からそう遠くないひとつの城壁町に、あるひとつの名門騎士の家系がありました。時の当主の名前はカドラス・ボウルズと言い、彼にはふたりの兄があって、ふたりとも騎士として勇名を馳せた高潔な人物として知られていました。ところがその冒険心が祟ってか、ガへリスとガレスというボウルズ家の長男と次男は、東の地において<暁の竜>と呼ばれた火竜、南の海に住む邪悪な海蛇を退治しに出かけ、それぞれ帰らぬ人となっていたのです。

 

 ボウルズ家には代々伝わる三つの家宝があり、それはひとつ目が『五十人の敵に囲まれても絶対勝利する宝剣』、ふたつ目が『五十人の敵に囲まれても絶対傷ひとつ受けない大楯』、三つ目が『五十人の敵に囲まれても絶対無傷で逃げられるブーツ』でした。とはいえ、ガへリス・ボウルズとガレス・ボウルズが相手にしていたのは竜です。竜には人間五十人を合わせた以上の魔法の力と知恵が備わっているだろうことは間違いありません。この勇気のありすぎたふたりの騎士は、人間が相手であればそれが誰でも安々勝ててしまうもので、ついには退屈し、そのような無謀な挑戦の旅へ出かけてしまったものと思われます。ですがその結果のほうは、火竜に焼き殺される、海蛇とともに海に飲まれるという、極めて悲惨な形で終わっていました。

 

 この悲報とともに、末の弟のカドラスの元には、命からがら逃げてきた兄たちの従者により『五十人の敵に囲まれても絶対勝利する宝剣』と、『五十人の敵に囲まれても傷ひとつ受けない大楯』が戻って来ました。長兄ガへリスの忠実な従者は大やけどを負い、元はフサフサだった髪の毛がすっかりチリチリになっていましたし、次兄ガレスの忠実な従者は、元は太めで体幹が良かったにも関わらず、長い船旅で飢え死にしそうになり、いまや別人のように瘦せ細っていました。

 

 カラドスはこの兄ふたりの忠実な従者である、チリチリと激ヤセにそれぞれ十分な褒美を取らせて感謝すると、ふたりの兄の死を悼んで大泣きしました。勇猛な兄ふたりがいなくなってしまった今、ボウルズ家の跡取りはもう自分ひとりしかいません。兄たちより剣術においても槍術においても遥かに劣る彼としては、むしろその頃幼かった自分の三人の子供たちに希望を繋ぐことにしたのです。カラドスの三人の息子たちは、上からそれぞれ名前をバラン、バリン、バロンと言いました。

 

 カラドスは愛する兄ふたりの死を知って以降、まるで人が変わったようにこの三人の息子たちを厳しく育てたと言います。天国から、ガへリスとガレスの二兄弟も見守ってくれていたのでしょうか。長男バランは五十人のつわ者を相手にしても打ち破れるほど強い騎士に、次男のバリンもまた、兄バラン以外に馬上試合では負け知らずだったものです。唯一末の息子のバロンだけが――『ボウルズ家のことは上の優秀な兄ふたりに任せておいて、自分は気ままに生きよう』とばかり、騎士としての才能のほうは十人並みといったところだったようです。

 

 さて、父カラドスの天命が尽きようとする頃、病いに伏す家長の寝室にて、遺言が読み上げられることになりました。財産のほうは大体のところ三等分にされましたが、それでもバランがもっとも良い土地を得、そこから上がる収益も高い地所、それに立派な城館や素晴らしい家財の数々を得ましたが、そのことに対し、バリンもバロンも不満は一切ありませんでした。彼らは三人とも兄弟仲が良く、昔からある風習に従えば、兄のバランだけが家名とともに財産のすべてを継いでおかしくなかったのに――バランが愛する弟ふたりにも、十分すぎるほど財産を分けてくれたからです。

 

 ところで、それはそれで良いとして、ボウルズ家に代々伝わる例の三つの家宝のことです。カラドスは、彼の父親が死の床で同じようにしたように、三兄弟にそれぞれ、三つの家宝のうちどれが欲しいかと訊ねました。心優しいバランは、選択の権利を弟たちに譲ったのですが、実は迷っていたということもあります。自分は今のままで十分強いのだから、大楯かブーツを選ぶべきかと思い、はっきりとは決めかねていました。次兄のバリンもまた、選択権を末の弟に譲りました。彼もまた兄や弟を愛するがゆえに、ふたりが心から欲しいと思っているものを自分が選んでしまいはしないかと、そんなことが心配だったのでした。そこで、最初に選択の権利を与えられた末の弟のバロンは大喜び!!彼は迷うことなく、真っ先に『五十人の敵を前にしても絶対逃げられるブーツ』を選んでいたのです。

 

 こうなると、次兄バリンの心もすぐ決まりました。彼には尊敬する兄よりも強くなりたいといった野心はなかったので、『五十人の敵を前にしても無傷で守られる大楯』を選び、結局のところ『五十人の敵を前にしても絶対勝利する宝剣』は、長兄バランが手にするということになりました。この瞬間、バランは少しもがっかりなどしませんでした。何故かというと、彼自身本当はこの剣を我がものとすることこそが――素晴らしい宝石の嵌まった金の柄を手にするなり、心からの自分の望みだったとはっきり悟ったからなのです。

 

 ところが、バランとバリンとバロンの三兄弟がそれぞれ、素晴らしい宝剣や、騎士の五徳を示す五芒星の描かれた深紅の大楯、それに最上の鹿革で出来た銀の留め金のブーツをほれぼれ眺めやっていると――死の床にある父カラドスは枕をしとどに濡らして泣いているではありませんか!

 

 バランとバリンとバロンはそれぞれ、自分たちの父親が死にかかっていたことを思い出すと「父上、いかがされたのですか!?」と、一度三つの家宝のことは放っておいて、カラドスの枕元へ駆け寄りました。体のどこかが痛むあまり、涙が止まらなくなったのかと思ったのです。

 

「ううっ……わしは悲しいぞ、バランにバリンにバロン。一体わしはこれまでの間、一体なんのために心を鬼にしておまえたち三人の息子を厳しく騎士として育てたのじゃ。こんなアホウな息子なぞ、まったくもって見たこともない。第一に、バランよ。おまえはすでに十分に強い。そこで、家宝を選ぶ権利を弟に譲ってやったところまでは良かったかもしれん。だが第二にバリンよ、何故おまえは正しい選択をしなかったのじゃ。おまえが大楯以外のものを得れば、兄とふたりしてどのような敵がやって来ても無敵状態で蹴散らすことが出来たろうに……おお、バロンよ。おまえはまず真っ先に、自分に相応しいものを選んだな。だが、やはりそれも間違うた選択じゃ。実は騎士として三人の中でもっとも才の乏しいおまえこそが宝剣を得るべきじゃったのに。まったくなんというに嘆かわしいことじゃ。おまえたち三人はこれから、自分のした選択のことで後悔する時というのが必ずやって来ることじゃろう。したが、その時こそ、この老いた父が死の床で何を言い残したかを思い起こし、知恵を尽くして最善を尽くすがよい。さすれば、星神・星母神さまの御導きと御守りが……ゴッホ、ゴッホ、ぐおっほ、ガハァッ!!」

 

 ――̚カドラス・ボウルズはこうして息を引きとり、亡くなりました。バランとバリンとバロンの三兄弟は、続く葬儀の間、人目のないところでそれぞれしとどに泣き暮れました。騎士道のことでは何かと厳しい父ではありましたが、それ以外のことでは本当に優しい、人間としても手本とすべき、立派な人だったからです。

 

 とはいえ、父親の葬儀が済むと、早々に三兄弟は自分たちに与えられた土地を監督するため、旅立つことになりました。それからは何かの折に一年に一度家族で集まれれば良いほうで、めいめいが好きなことをして暮らすという形に落ち着きました。バランは長兄として、父から譲られた地所を堅実に守って暮らし、その土地の民から慕われていましたし、次兄のバリンは父の名を冠したカラドス騎士団を結成すると、華やかなる騎士道に身も心も捧げるといった日々だったようです。ところが、末の弟のバロンだけが――厳しい父の監督の目や、優秀な兄ふたりを見習わなければならぬという重圧がなくなるなり、その暮らしぶりのほうは徐々に堕落したものになっていったのでした。

 

 借金を作らない程度の楽しみとして、毎日のように昼間から賭け事に興じ、夜になれば遊女たちのいる館へ出かけてゆくという生活を送るようになっていたのです。バロン自身も時々(こんな腐ったような生活を送るのは良くない)とか、(ギャンブルもほどほどにしておかないと、そのうちに先祖伝来の土地を売ることになってしまうぞ)とか、(遊女と遊んでばかりいず、そろそろまっとうに将来のことも考えないとなあ)と思ったりもするのですが、結局のところ夜寝る前に少しくらいは反省しても、翌日にはすっかり身についた堕落した習慣通りにするという毎日でした。

 

 バロンは、父親から受け継いだ土地のことに関しては信頼できる管理人に任せておりましたので、自分の懐に入るある程度の収益さえあれば多少の不正には目を瞑っておりました。すなわち、土地管理人の部下たちがひどく虐げて小作農たちを締め上げていても(まあ、世の中そんなものだと思って悪く思わんでくれ)といったようにしか思っていなかったのです。ところが、他の土地から荒くれ者どもがやって来て、小作農の耕した農地を蹴散らし、管理人たちを殺して木に吊ってしまうと、バロンは初めて(困ったな)と思ったのでした。

 

 何分、もう何年も剣も盾も手にせず、馬上試合へ参加するのはどの騎士に賭けるかという、そんなことでだけでした。また、兄のバランとバリンにも、自分のだらしない生活のことが耳に入っているのではないかと思い、ここ何年かは顔を合わせる機会を避けるようさえなっていたのです。

 

(いや、だがもうここは、バラン兄さんやバリン兄さんたちの力に頼るしか……)

 

 バロンはそう考えると、長旅をするための準備をし、鎖帷子や下着や衣服の替えを鞄に詰めると、平民のような軽装をして、最後に例の家宝である『五十人を相手にしても絶対逃げられるブーツ』を履き、愛馬に跨りました。実をいうとバロンは、このブーツの真実の効能について、今まで真面目に考えたことはなかったのでした。いつか自分に息子が出来て譲るか、あるいは兄たちが自分の息子に――つまりは彼の甥に――譲ってくれと言ってきたとすれば、そうしようと思っていたくらいのものだったのです。

 

 ですが、今は違います。何分広大な土地の所有者である自分を襲って殺せば、それはすべて荒くれ者たちの手に渡ってしまうことでしょう。そこでバロンは急いで道を逃げていたわけですが、ここへもし他の強盗や追いはぎといった連中がやって来たとすればどうでしょう。もし彼らの数が五十一人いたとしたら?それとも、そのひとりだけをどうにか剣によって倒したとすれば、残り五十人となった時点で自分は突然逃げ足が最強になるなどして彼らの手から逃れることが出来るということなのでしょうか?

 

(そうだぞ。逃れられるにしても、毎度毎度ゼイゼイ言いながらみっともなく命からがら逃げられるなんていうんじゃそんなのどうかって話だ……第一、五十ってのは誇張した概数だという可能性だってある。だがそれでも、その数が五~六人とかそのくらいなら、逃げ足が速くなるなどして楽々逃げられるということなのかどうか……)

 

 バロンは不安になって来ました。馬を走らせに走らせ、行き着けるところまで行くとそこで野宿することにしましたが、ブーツは履いたままでいることにしました。最初に履いた時にも思ったことですが、そのブーツはまるで彼にあつらえられたみたいにぴったりで、まるで履いていないかの如く履き心地のほうも最高だったのです。

 

 その後も、彼は旅の安全を守られて、強盗の類にもオオカミといった害獣にも襲われることなく、三日ののちには次兄バリンの住む土地へ辿り着くことが出来ました。そこには、以前はなかったもの――立派な城や、適切に手入れしたことで沃野へと姿を変えた、元は荒野だった広い耕作地とが、視界に入り切れぬほどいっぱいに広がっていたものです。

 

 道々通りすがる農夫やその妻や家族たちも満ち足りて、幸福そうに働いています。バロンは自分の貧しい土地のことを思って恥ずかしくなりました。兄のバリンはカラドス騎士団を結成し、その騎士たちに農地や農民を守らせる傍ら、領主として誰もが羨ましくなるような城まで建設していたからです。

 

 ところが、その城のほうに兄バリンは不在でした。兄に代わって城と土地のことを任されていた騎士団長は、理由を聞くと、こう答えていました。

 

「なんでも、兄上のバランさまが呪われた死霊の墓に捕らわれの身になったと聞き、お助けに向かわれたのですよ」

 

 騎士団長は悲痛な顔をしていました。彼以下の他の騎士たちも、今にも泣きそうなほど、瞳に涙を浮かべています。

 

「我々も共に参りましょうと申し上げたのですが」と言ったのは、副騎士団長です。「バリンさまは、兄上のことを助けられるのは自分しかいないと、そう申されまして……『なあに、案ずるな。俺にはこの家宝<五十人の敵を前にしても絶対無傷でいられる大楯>があるのだからな。おまえたちが心配するには及ばない』と言って、愛馬に跨り出かけて行かれたのです。ところがあれからすでに三月。我々もバリンさまをお助けに向かうべきかどうかと考えあぐねていたのですが、バリンさまは『決して自分のことは追うな』と申されていたのです。それよりも、土地と農民のことを第一に考え、この場所を守っていく大切な任務がおまえたちにはあるのだからな』と」

 

「そうでしたか」と、バロンは言いました。兄と同じく、人柄の立派さまでが透けて見えるかのような騎士たちを前に、彼はこの時もまた我が身を顧み、恥ずかしくなっていたのです。「それでは、俺が兄たちがその後どうしたかを探ってきましょう。みなさんは兄バリンが申していたとおり、この土地を守っていてください。俺にもまた兄と同じくボウルズ家の家宝<五十人の敵がいても絶対逃げられるブーツ>がありますゆえ、兄がその後どうしたかを、無事でも――万一そうでなかったとしても、みなさんにお知らせすることが出来ましょう」

 

 バロンのこの言葉を聞いて、城の大広間にいた人々は悲しみに沈みながらも一時喜びました。バロンは兄バリンの城で歓待を受け、十分な糧食と装備、それに素晴らしい鹿毛の馬をいただいて、今度は長兄バランが領主として治める、父カラドスだけでなく、ボウルズ家とその縁の者たちの眠る墓もある故郷の町を目指すことにしました。

 

 そこまでは三日ほどの道のりでしたが、この翌日の夜、バロンが野宿していると不思議なことが起こりました。どこかで誰かが泣いているのですが、それが誰なのかがわかりません。バロンは次第に薄気味悪くなり、すすり泣きの聴こえるほうに向かってこう問いかけました。

 

「誰かいるのか?また、もしいたとすれば、何が悲しくてそんなにしくしく泣いているのだ」

 

 次の瞬間、自分に声をかけてくれるのを待っていたとばかり、オークの樹の下に誰かが姿を現しました。それは頭の禿げた大男で、まるで緑の精のような鮮緑色の衣服を身に纏い、その手には大きなこん棒を握っています。

 

 バロンはギクリとしました。というのも、大男の手にしているこん棒というのが血まみれだったからなのです。

 

「オラ、呪われてるだ」と、緑の大男は言いました。「このこん棒は<敵を五十発殴らずにはいられないこん棒>で、一度敵になった奴のことはオラ、バコバコにせずにいられねえだ。ついこの間も友達と口論になって、ふと気づいたらボコボコにしちまってただ」

 

「ええと、それは一体どういうことかな?」と、バロンは心配になって聞きました。「そもそも、敵という定義にも難しいものがありそうだぞ。ちょっとした誤解が元でも、友達が突然敵に見えるということなのかな?」

 

「オラ、難しいことはわからねえっす」と、緑の大男はこん棒でしきりと素振りしながら言いました。「とにかく、オラの前でアホウとかバカとかウスノロとか、それに類することを口にされると、いつの間にか自動的にそんなことになってるだ。だけんど、そこだけきっちり守ってくれさえすりゃあ、オラ、友達にもなれるし、あんさんのいい用心棒にもなれるだよ」

 

 バロンの気のせいだったかもしれませんが、(断ったらぶっ殺す!!)とばかり、緑の大男はバロンのそばで素振りを繰り返しています。そこでバロンは「わかったよ」と、溜息を押し殺すようにして言いました。「オレたちは今から友達だ。それに、君は用心棒としても大いに頼りになりそうだしね」

 

「ほんとかいっ!?オラ、嬉しいなあ。ついこの間も友達と信じてた奴が突然怒りだして、オラのこと『うすのろ』だのと抜かしやがっただ。もっときびきび動けねえのかとか、オラのこと見てるだけでイライラするとかなんとか……オラ、ほんとに悲しいだ。あいつがそんなことさえ言いさえしなけりゃあ、あんなことにならずに済んだのにと思うと……ううっ」

 

(あんなことって、どんなこと?)とは、バロンはあえて聞きませんでした。とにかく、彼に対しては『バカ』、『アホ』、『ウスノロ』のみならず、とにかく少しでも悪く言うのは禁物だと思って接すれば良いのだと。ところが、名前を聞くと「オラ、グリンゴッド・グリーンリーフ」だというこの大男、次の日には彼の友人たちの死因がなんだったか、バロンにもよくよく理解されるような人物だったのです。

 

 と言いますのも、道の両側にある草花をじっと見ては「綺麗だなあ」などと呟いて座り込み、そこからなかなか動こうとしませんし、「綺麗な蝶ちょだがや」とか、「あの緑のとんぼ、エメラルドの宝石みてえだ」だのと言っては、道を逸れてどこかへ行ってしまったりするのです。

 

 バロンは自分のことを、滅多なことでは怒らない気長屋さんと自負していましたが、流石の彼もグリンと呼ぶことに決めたこの大男にはいちいちイライラさせられました。そのたびに何度となく「とっとと真っすぐ歩くことも出来ねえのか、このウスノロ!」とか、「バッタなんか追っかけてんじゃねえ、このドアホウめが!」といった言葉が喉まで出かかるのですが、彼が背中に担いでいるこん棒を見、その衝動をぐっと堪えるのでした。

 

(いや、ちょっと待てよ。このオレさまは<五十人の敵を前にして絶対逃げられるブーツ>を履いているたわけだからな。グリンのアホめが襲ってきても、この場合逃げられるということになるか?)

 

 バロンはそうも考えましたが、先を急いでいるので次善策を取ることにしました。とにかく、グリンゴッドにいちいちつきあっていたのでは、一体長兄バランの治める故郷へ辿り着くのに何日かかるかわかったものではありません。ですから、まったく一切なんの悪気もないという振りをして、「オレは先に行かせてもらうよ」と一声かけ、美しい鹿毛の馬を全速力で走らせることにしたわけです。

 

 ところが、陽も暮れはじめたため、そろそろ野宿する場所をバロンが探そうとした時のことでした。なんと!道の先へ進んでいくと、グリンゴッドが道の端のほうに<バロンくんはこちらへどうぞ>と書かれた札の横に立っているではありませんか!!

 

 見ると、林の奥のほうにこん棒で樹木を倒して作ったと思しき小さな空き地があり、すでに火を熾してもあれば、道々どこかで猟ってきたのだろう鳥の肉がすでに木の枝に突き刺さっていたのでした。

 

「オラはうすのろだなんだと言われさえしなけりゃ、すこぶる役に立つ家来だがや」

 

「ごめんよ、グリン」と、バロンは素直にあやまりました。「ほんとはおまえと友達になったこと、後悔してたんだ。だが、本当の友達というのはそういうことじゃない。役に立つから親しくしようとか、そういうことじゃないんだ……ありがとう、グリン。オレはなんだか大切なことを思い出した気がするよ」

 

「わかってるだよ、そんなこと。ささ、焼き鳥のほうがちょうどいい具合で焼けてきただ。そろそろ食事にするっぺよ」

 

 バロンはきのうひとりでした味気ない食事のことを思いだしました。というのも、兄ふたりが今どうしているかと思うと、心配で食事も喉を通らないくらいだったのです。けれども今日はどうでしょう!グリンゴッドがいてくれるだけで、友達がそばにいるだけで、一時この先の憂いについては忘れ、バロンはその心のこもった夕食をゆっくり楽しむことが出来たのです。

 

 ところで、ふたりがそれぞれ交替で休もうとしていた時のことでした。「オラ、ちょっとそこらへんで小便してくるだ」とグリンゴッドが言い、バロンが旅の疲れもあって、うとうとしかけていると――「ギャアアッ!!」とか「アヒャアッ!!」、「オヒョウッ!!」という、到底この世のものとも思えぬ叫び声が聞こえて来ました。

 

(一体なんだろう?)と思い、バロンはハッと目が覚めていました。それでも、(きっと誰かが追いはぎにでも襲われているに違いない)と思い、バロンは剣の柄をしかと握りしめ、背筋も凍るような叫び声のほうへ駆けていったのです。

 

 すると、その先には――道の真ん中ほどでぺたりと腰をつき、顔を覆い隠して泣いている、十五、六くらいに見える少女がいるではありませんか。

 

「……一体、どうしたんだい?」

 

 もし相手が非力そうに見える少女でなかったとしたら、バロンも声をかけるのを躊躇っていたことでしょう。何故といって、手にしたランタンの先、彼女のまわりには――首だけ潰されるような形で、旅装束の男の死体が八体ばかりも転がっていたのですから!!

 

 灰色装束の少女がなおも顔を隠したままなので、バロンが不安を募らせていると、後ろに人の気配を感じて振り返りました。見ると闇の中にヌッとばかり、グリンゴッド・グリーンリーフが突っ立っています。

 

「ま、まさか、これ……おまえが?」

 

「違うだよ。オラは首から上だけ狙ったりしねえだ。オラがこん棒をぶん回すときゃ、まんべんなく全身ぶっ叩くだよ」

 

(ああ、そう……)と思いながら、グリンゴッドがいてくれることで別の意味で勇気を得ると、バロンは少女のほうへ近づいていきました。

 

「どうしたんだい、君?もしかして、この強盗どもに襲われるか何かしたのかい?」

 

 八人ばかりの男たちが強盗であったか否かはわかりません。とにかくバロンはそんなふうに聞いてみたというそれだけでした。とりあえず、少女の体のどこにも血がついてないらしいことにもなんとなくほっとしながら。

 

「そうなのよーう!!」と、少女は顔を上げてすっくと立ち上がり、首のない死体を順に蹴飛ばしながら言いました。「まったくもう、いやんなっちゃう。男って、結局そのことしか頭にないんだから……ねえ、あたいまだ十四とかそんくらいにしか見えないでしょお?それなのにこいつら、強姦しようとしたのよっ。しかも輪姦!!まったくもう、これだから人間の男ってイヤになっちゃう」

 

「ええと、とにかく君が無事で良かった。とりあえず、今晩はオレとこいつ……グリンゴッドと一緒に過ごすといいよ。そのう……君のような幼い子を襲うような趣味は、オレにもグリンにもないことだけは確かだからね」

 

「そらそうだがや」と、グリンゴッドが鼻くそをほじりながら言います。「オラにはこんな可愛い娘っこ、こん棒でぶん殴る趣味はねえだよ。それに、いまんとこ友達ってわけでもねえし」

 

「いいわ。あんたたちふたりとも、善良そうだから信じてあげる。それよりあたい、お腹すいちゃった。何か食べるものとかなあい?」

 

 焚火していた場所まで戻ってくると、バロンとグリンはめいめい、自分の食料を何かしら分けてあげました。塩漬け肉や乾パン、干し果物といったものをです。

 

 火の近くでまじまじ見てみると、確かに少女は美しい容貌をしておりましたが、遊女の館に通うことに慣れたバロンの感興を引いたりはしませんでした。幼女を特別好む客もいると聞いたことはありましたが、彼自身はといえば断然熟女のほうが好みだったからです。

 

「ところで君、なんであの悪い奴らがあんな死に方をすることになったのかだけ、教えといてくれないかな?じゃないと、同じように首だけかっ食らうという謎のオオカミか死霊に、今夜オレたちも襲われるんじゃないかと気が気じゃないもんでね」

 

 こうしたことは、昔はよくあったことでした。たとえばオオカミよりも大きな、見たこともない恐ろしい巨獣にひとつの村が全滅させられたとか、そんな類の話です。そうした時、人々はそののちも犯人が見つからないと『死霊の仕業』と噂したりしたものでした。

 

「あらあ、そんなの簡単よお」と、少女はナッツ入りのビスケットを、どこかリスを思わせる仕草でカリカリ食べながら言います。「ほうら!このあたいの左の薬指にある大きなアメジストの嵌まった指環を見てごらん。<一度に五十人の人間の魂を食らうことの出来る指環>だよ。この中には死霊が住んでいてね、こいつを解き放ったが最後、一瞬にしてみんな首を喰われて死ぬことになんのさ」

 

 バロンの気のせいだったかもしれませんが、焚火の炎に照らされて、少女のハシバミ色の瞳が妖しく光ったように思われました。それに、彼女の薬指に輝く紫色の宝石も、何やら禍々しい闇の力に輝いているかのように見えます。

 

「その、差し支えなければだけど……」と、バロンは躊躇いがちに聞きました。事の詳細については彼にしても不明ではあります。ですが、長兄バランが死霊の墓に捕らわれたと聞いたからこそ、次兄バリンは兄を救いに旅立ったと、そのように耳にしていたからです。「その指環は一体どこで手に入れたものなんだい?」

 

「さあね」と、少女は見事な赤毛を後ろに流して言いました。「あたい、昔のことはよく覚えちゃいないのよ。だけど、これだけは覚えておいてね。あたいに向かって『そんなことじゃ将来はズべ公になっちまうぞ!』とか、『しつけのなってねえ娼婦みてえな女だ』だの、そんなことは言っちゃあ駄目よ。あくまでもやさしーく、レディに対するように接してくれるんでなけりゃあ。そのことだけ約束してくれたらあたい、この指環を使ってあんたたちがピンチの時に助けてあげてもよくってよ」

 

「ええと、そのう……」と、バロンは言いにくそうに聞きました。グリンゴッドはすでに「オラもう疲れただ」と言って、大いびきをかいて寝ています。「ひとつ聞いときたいんだけどさ、そのピンチってのがもし五十体の死霊に囲まれたというものだった場合、その指環は何かの役に立ったりするのかな?」

 

(あんた、一体何聞いてんの?正気?)とでもいうような顔をして、少女――「あたいの名前はラヴィリン・ラヴィッド。ラヴィちゃんって呼んでいいわよ」――ということだったのでラヴィは、一瞬目を丸くしていました。けれど、今まで考えてもみなかったことだったにせよ、一応確認してみようと思ったのでしょう。彼女は自分の薬指の宝石に向かい、こう怒鳴っていました。

 

「おい死霊!!ひとつ聞いときたいんだけどよォ、もしあたいたちがこれから五十体のテメェみてえな死霊に囲われたとすっわな。したらよォ、オメェ出来んのかよ。テメェのお仲間の死霊を一度に五十体くれえ一度にぶっ飛ばすとか、そういうことをよォ」

 

 バロンの耳には何も聴こえませんでしたが、ラヴィがアメジストの指環に耳を傾けていたところを見ると、死霊がどうやら何か囁いているようでした。

 

「ああん?声が小せぇな。いっつも言ってるだろォがよ。もっとデカい声でハッキリ、聴こえるように話せってよ……おお、そうか。なるほどな。テメェの他に四十九体くれえは一度、その指環の中に封印することが出来るってか。早く言えよな、まったく、そういう大事なことはよォ。ああん?なんだって?でもそういうことはなるべく奥の手としてしないで欲しいだって?チッ、しょうがねえなあ。まあ一応、そういうことにしておいてやるよ」

 

 ラヴィはぺっと指環に唾を吐きかけると、膝丈ほどもない、灰色のコートのポケットから小汚いハンカチを取りだし、指環を磨いていました。まるで、そうしてやると指環自身が喜ぶのだとでもいうように。

 

「聞いてのとおりだよ、バロンの旦那」と、ラヴィはくるりと振り返って言いました。「だけど、なんでそんなこと聞くのさ?これから死霊と会う予定でも、来週の何曜日かに入ってるってわけでもないんだろ?」

 

(どうやらあまり、育ちのいい娘ではないらしい)とバロンは思いましたが、そのことについては特に追及せずにおきました。何より、自分の体の首から上が大切であったがゆえに。

 

「そのう……オレには上にふたり兄がいるんだが、長兄のバランが死霊の墓に捕らわれたと聞き、それを助けに次兄のバリンが向かったにも関わらず、三月してもなんの音沙汰もないということだったんだ。それで末の弟である、出来損ないのこのオレがふたりの兄の安否確認に今こうして旅に出たというわけで……」

 

「ふうん。上からバランにバリンにバロンねえ。あんたのおとっつぁんとおっかさん、名前考えるのがよっぽど面倒くさかったのかね。まあ、いいや。このラヴィちゃんのことを味方にさえつけときゃ百人力!!そっちのウスノロはなんの役にも立たなそうだけど、あたいは違うよ。きっとあんたのお兄さんを助けるのに必要な力ってのを与えてあげられると思うからね」

 

 このあと、バロンはラヴィに一応色々説明しておきました。グリンゴッド・グリーンリーフに対して、『ウスノロ』とか『バカ』とか『アホ』とか『マヌケ』といった言葉は禁句であること、彼はああ見えて案外役に立つから、役立たず呼ばわりすることも絶対よしたほうがいいということを……。

 

「ふうん。<五十人続けてぶん殴ることの出来るこん棒>ねえ。そんで、あんたの履いてるブーツが<五十人の敵を前にしても絶対逃げられるブーツ>?マジ受けるんですけど!!」

 

 きゃははっ!!とラヴィは陽気に笑っていましたが、バロンは彼女と一緒になって笑う気には到底なれませんでした。死霊の墓ということは、四十九体どころかもっとたくさん――きっと百体くらいは――死霊が墓に眠っている気がしましたし、<五十人の敵を前にしても絶対勝利できる宝剣>によって戦っても、もしあの兄が敵わない存在が相手だったのだとしたら……さらに、長兄バランを救出しに行った次兄バリンですらも敵わない敵が相手だったとすれば、一体自分に逃げる以外どんなことが出来るのか、バロンは心許ないばかりだったのです。

 

「まあ元気だしなよ、バロンの旦那!!」と、落ち込むバロンのことをラヴィが慰めます。年齢的なことでいえば、ラヴィのほうがずっと年下なはずなのですが、まるで彼女は頼り甲斐のある姉御のようでした。「ほら、ものは考えようだよ。あの一見なんの役に立ちそうもない大男は<一度に五十人の敵をこん棒でぶん殴れる>し、あたいは<五十人の人間を瞬殺するか、四十九人の死霊を封じ込められる指環>を持ってるんだし、あんたはあんたでそんな逃げ足の速いブーツを履いてんだからね。きっと、なんとかなるに違いないよ」

 

「うん、そうだね。もしそうだとしたらいいんだけど……」

 

 ――このあと、ラヴィは眠る前に「あたいに変な気起こしたら首ちょんぱだってこと、くれぐれも忘れんじゃないよ!!」と釘を刺してから自分のコートにくるまるようにして眠っていました。何分、時は十一月のこと、流石に朝晩は冷える頃合いでした。バロンも自分の旅装束のコートを首元でかきあわせていましたが、そのうちこっくりやりだして、そのまま寝てしまいました。本当はグリンゴッドと交替で寝ずの番をするつもりでいたのですが、大男の相棒はどうやっても起きて来そうにありませんでしたので。

 

 とはいえ翌日になってみると、グリンゴッドは誰より早起きして、ラヴィとバロンが目覚める前に食事の用意のほうはすっかり整っていました。三人はパンにヤマメといった焼き魚、それにきのうの残りの肉入り雑炊などを食べ、焚火の始末をしてから先を急ぐということになりました。

 

 ところで冷たく乾燥した朝の空気の中、三人が道を進んでゆき、だんだん暑くなってきたので上に着ているものを脱ぎ、馬に荷物として括りつけていた時のことです。道の先のほうで「ヒィ~、たぁすけてくれェ~!!」という、どこか情けないような声がしてきました。

 

「今、なんか聴こえてこなかったか?」

 

 バロンがそう聞くと、「あたいの耳には何も聴こえなかったけど」とラヴィは言い、「オラも何も聴こえなかっただ」とグリンも答えていました。さて、道を先へ進んでいくと茶色い道の中ほどに、中肉中背の、特にどうということもないように思われる男が行き倒れていました。

 

 ところがバロンは馬を引いたまま、見て見ぬ振りをしようとしました。彼は死霊の墓という不吉な言葉と、そこに捕らわれた兄ふたりのことで頭がいっぱいでしたし、誰か他人を助けているような余裕はありませんでした。ラヴィはラヴィでそんな男のことはそもそもどうでも良かったのですし、グリンはグリンで、自分と同じような鮮緑色の服を着た森男の姿が、あまりよく見えなかったようでした。

 

 すると、またさらに少し行った先で、まったく同じような中肉中背の、緑色の服の男が行き倒れているのが見えて来ました。けれども、三人ともこれも無視しました。なんだったらラヴィは軽く腹の当たりを蹴ってから通りすぎていましたし、グリンはグリンで、男の足の爪先を知らずに踏んでいました。それで男が「ぎゃっ!!」と叫んでも、耳垢をほじり、フッと空中に吹き飛ばしたというそれだけだったのです。

 

 けれども流石に三度目に、まったく同じ姿で緑色の服を着た男が行き倒れているのを見た時――バロンも流石にハッとしました。そこで、旅の仲間ふたりにこう聞いたのでした。

 

「なんだ、あいつ。しつこいな……これでもかとばかり『行き倒れてます、助けてくれ』アピールなんかしてきやがって。どう思う?オレはあまりああしたうさんくさい手合いを相手にしたくないんだが……それに、兄さんたちのことも心配だし……」

 

「無視しようよ」と、ラヴィがあっけらかんと即答します。「どうせろくな奴じゃないよ。ちらっと顔見たけど、なんかどーってこともない、普通の顔したパッとしない奴ぽかったしさ。ほら、ちょうどあたいを助けた時みたいに、すぐ助けなきゃって感じないような人間のことは助けたってたぶんろくなこたないんじゃない?」

 

「オラも、あいつとはなんとなく友達になりたくねえだ。というか、バロンとラヴィがいれば、友達なんかこれ以上増えなくてもべつにいいだよ」

 

 ――というわけで、男は最後にもう一度完無視されることになったのですが、彼ら三人が「自分たちは何も見なかった」という振りをして通りすぎようとした時のことです。バロンとラヴィとグリンの三人が、あくまで無視するつもりであるとはっきりわかったからなのでしょう、この中肉中背で、特にこれといった特徴のない青年はガバリと起き上がっていました。それから「やいてめえら、一体どういう了見でいっ!?」と言って怒りはじめたのです。

 

「おりゃあ、三べんも道の真ん中に倒れてたんだぞっ!!仮になんの施しもしなかったとしてもいい、せめても『どうかなさったんですか?』と一言訊ねるってのが人の道ってもんじゃねえのか、ええおいっ!?」

 

 普通のどーってこともない青年は、短い足で三人を追ってきたかと思うと(彼は胴長短足といった体型でした)、何故か突然馬の脇のほうからそんな説教をはじめたのでした。

 

「べつに、あたいたちにあんたを助けなきゃなんない義理はないんじゃなあい?」

 

「んだ、んだ」と、グリンもラヴィに同調します。「ほれ、あんたにも怒るくらいの元気はあるようだし、何分オラたちはこう見えて先を急いでるもんでね。ほんとの行き倒れってわけでもねえんなら、どっかよそさ行ってけれ」

 

「あんた、ボウルズ家の末の息子のバロンさまだろ?オイラはな、かつてあんたの兄貴のバランさまに世話になったことがあるのよ。ほいで、バラン兄貴を助けに次男のバリンさまがやって来たので、その時もお助けしようとしたものの……力及ばず、このオイラだけが死霊の墓から逃げ帰るってことになっちまったのよ。チッ、情けねえ」

 

「へえ~。なんかあんた、最初に見た時から思ってたけど、いかにも運の悪そうな顔してるものねえ。たぶん、バランさまもバリンさまも助からなかったのはあんたのせいだったんじゃない?あんた、なんかそういう感じの顔してるもの」

 

「そういう感じの顔ってなんだ、そういう感じの顔って!!」

 

 胴長短足の男はそう言っていきりたちましたが、バロンにはなんとなくラヴィの言うことがわかる気がしました。本人が是非にというので仲間に加えたものの、何故かその後そのパーティには災厄が降りかかった……というような、そうした何かを感じさせる雰囲気を備えた男なのです。

 

「んだ、んだ」と、グリンもまたラヴィに同調します。「オラには<五十人もの男をぶっ倒せるこん棒>が、こっちのきゃわゆい娘っこには、五十人もの男を一瞬にして亡き者に出来るおっとろしい力があるだよ。ほいで、あんさんには一体何があるだね?むしろオラたちが足を引っ張るあんたのことを助けなきゃならんのなら、ついて来て欲しくねえだよ」

 

「にゃにおーうっ!!そいだら教えてやるっ!オイラにはなあ、<五十人もの男を必ず百発百中で射ることの出来る弓矢>があるんだぞ!!どーだ、参ったかっ!!」

 

(なんだか、結構フツーだな……)

 

 三人はほとんど同時にそう思うと、再び道を先に急ぎはじめました。早ければ今日の夕刻までにはバロンの故郷である、今はバラン・ボウルズが領主である城壁町まで辿り着けるはずでしたから。

 

「やい、こら待てっ!!せめても人の話をちゃんと聞けってんだ、オマエらっ!!」

 

 こうして、三人の後ろから短足の足で追いかけて来た青年――名前をロクスリー・ウッドと言いましたが、本人が「ロックと呼んでくれ!」と言うので、仕方なくそう呼ぶことになった青年――は、道々自分の知っていることをバロンに話しはじめたのでした。

 

「バロンの兄さん、聞いてくれ!!」

 

「いや、悪いがオレはおまえの兄貴じゃない。というか、今後もし一度でもオレのことを兄さんなんて呼びやがったら二度と返事しないから、そのつもりでいてくれ」

 

 バロンが不機嫌そうにこう答えたのには、一応理由がありました。というのも、今までの彼の人生において『兄さん』なんて呼ぼうとしてきた奴の持ってきた話に、ろくなものはなかったからなのです。

 

「ええと、じゃあまあバロンの旦那!それも気に障るってんなら、バロンさんでもなんでもいいが――ええと、オイラも一応言わせておいてもらうよ。あんたの上の兄貴ふたりとも、素晴らしい人たちだった。オイラが『兄貴と呼んでもいいですか?』とか、『これからは兄さんと呼ばせてくだせえ!』って言っても、少しも嫌な顔ひとつせず……」

 

「それだ!!」と、ラヴィがすかさず指摘します。「あんた、やっぱりバロンのことは兄さんとか兄やんなんて呼んじゃ絶対ダメよ。二度あることは三度あるっていうでしょ?あんたがバランさんやバリンさんとどういう関わり合いだったのかは知らないけど、これからもなるべく意識的に、このお兄さんたちにしたのとは別のことをするようにしてよね。じゃないと途中であんただけ置いてっちゃうわよ」

 

「ええっ!?一体あんたたち、オイラに何を求めてるってんだ?何かの縁起の良さか?たとえば、三歩あるくごとに靴のかかとを鳴らすとか、そういう……」

 

「それがええだ」と、何故かグリンが賛同します。「そしたら、バロンは上のお兄さんふたりと同じ轍を踏まずに済むかもしれねえだよ。んだ、んだ。あんさんはこれから三歩あるくごと、靴のかかとを必ず鳴らすのがええだ」

 

「悪いが、早く兄さんたちの話をしてくれないか?」

 

 先ほど、ロックが『あんたのお兄さんはふたりとも素晴らしい人たちだった』と過去形で語ったことが、バロンは気になっていたのです。けれど、ラヴィとグリンがおそらくそうなのではあるまいかと察していた通り、兄バランを助けにいったバリンもまた同じように死霊の墓とやらへ囚われてしまったという、そうしたことだったのかもしれません。

 

 そして、以下はロックが三歩あるくごとに踵を打ち鳴らして語った、彼の知るバランとバリンのボウルズ兄弟が、死霊の墓に囚われるまでの事の次第と顛末となります。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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