『オペラ。~バレエに魅せられし者たち~』の、シーズン1とシーズン2を見ました♪
いえ、その前にたまたま『ミルピエ~パリ・オペラ座に挑んだ男~』と『オーレリ・デュポン~輝ける一瞬に~』と、『新世紀オペラ座』の三本を見ていたので……こちらと合わせてドラマのほうも見ると、より面白いような気がします(自分比☆)。
もちろん、ドラマのほうはあくまでフィクションであり、最初のほうに毎回必ず「実在のパリ・オペラ座とは関係あざーせん☆」みたいに注意書きが出るとはいえ……あらすじのほうは大体、
>>パリ・オペラ座でエトワールを務めるゾエは、怪我や病気によるキャリアの中断が続き、気晴らしのために酒と夜遊びに明け暮れていた。そんなある日、新たに芸術監督に就任した旧友・セバスチャンから事実上の解雇を言い渡され、ショックを受ける。
といったところ(U-NEXTさまよりm(_ _)m)。
主人公のゾエ・モナンは6歳からバレエをはじめ、25歳でエトワールになった、才能あるバレエダンサー。けれど、怪我や流産、失恋といったショックが続き、今では「白鳥の湖」だけでなく、他の古典物も通して踊れる体力もないほど、やさぐれたアバズレ的生活を送っているという(バレリーナ=儚げといったイメージとは程遠い感じかも)。
わたし、こちらより先に『オーレリ・デュポン』のドキュメンタリーを見てたもので……その、バレリーナと聞いて人が一般に思い浮かべるのは、たぶんデュポンのこちらの優等生的バレエダンサー生活と思うわけです(^^;)。
オーレリ・デュポンさんは素晴らしいバレエダンサーであり、これはあくまでドラマの「物語性」としてという意味で――これだとフィクションのドラマとして仕立てる場合、全然面白くないわけですよね(優等生的性格のバレリーナが努力に努力を重ね、オペラ座で輝ける星の座をつかんだ、的な)。そこでゾエ・モナンのように、才能はあるけれど、怪我をしたことをきっかけに落ちぶれた生活を送る、エトワールとはとても思えぬバレリーナ……が主人公のほうが物語として何かと困難を持たせやすく、話を盛り上げやすかったのではないかという気がしたというか。
また、ゾエが主人公であるのと同時、パリ・オペラ座で練習生となったばかりの黒人の若いバレエダンサー、フローラ(19歳)が準主役といった立ち位置なのかな、といったようなところ。
シーズン1の割と最初のほうで、フローラがのちに親友となるオロールの兄、バランタンに「ヨーロッパじゃ、バレエってのは白人が躍るもんだ」的なことを言ってたと思うんですけど、そうした保守的なところっていうのは、今もオペラ座に多少なり残っているのかどうか……ドキュメンタリーの中では「そんなことない」みたいなエピソードがあるように感じるのですが、フローラが黒人であるがゆえにぶつかる困難というのは、よほど才能がない限り「完全になくなる」ということは難しいのではないか……と、感じる部分が自分的にはあるんですよね(^^;)。
なんにしても、「黒人はアメリカあたりでコンテンポラリってでもいたほうが、よほど受けがいいぜ☆」といった雰囲気がある中、フローラの「パリ・オペラ座で踊りたい」という強い意志は、見ていて清々しいほどであり、また、これはゾエもそうなんですよね。彼女もまた、他のバレエ団へ移籍するよりも、「パリ・オペラ座」で踊ることに強い愛着と拘りを持っている(エトワールにまで登りつめたらそりゃそうだろって話かもしれませんけども)。
でも、どんなに才能あるバレエダンサーであろうと、オペラ座では42歳で退団するという決まりがあり――そんな中、今はもう特に古典物は体力が続かなくて踊れないという不良バレリーナ、ゾエは早期退団を言い渡される(ちなみに35歳)。ようするにリストラにも等しい扱いなのですが、それも彼女の乱れた私生活を見ていれば、「無理もなかろう☆」といったところ。
けれど、ゾエはここから頑張りに頑張って、再びオペラ座でエトワールとして星のように輝く……という、再起の物語というには、ちょっとゾエは薄汚い主人公に見えるかもしれません(^^;)
いえ、わたし自身はシーズン1、シーズン2ともにとても面白く、毎日続きが気になってわくわくしながら見てたのでいいんですけど――同じバレエダンサーの方だったら、「気持ちはわかるけど、(バレエダンサーの職業倫理的に)これはないわ」と思ったり、あるいはバレエに清らかなイメージを求めてる方だったら、ゾエはあんまり魅力的な主人公じゃないかもしれません。。。
ちょっとここで『ミルピエ』のことに話飛ぶんですけど、バンジャマン・ミルピエは、振付師としてよりも「ナタリー・ポートマンの旦那☆」として知られる方なのかなという気がしたり(「ブラックスワン」でミルピエが支えになってくれたのが交際のきっかけ的な話は有名ですもんね^^;)。ミルピエがどういった経緯でパリ・オペラ座の芸術監督に就任したのか、詳しい経緯まではわからないものの(リスナー総裁が引っ張ってきたらしいということ以外)……まあ、色々あって彼は一年半くらいでやめてしまうという。ドラマのほうに、セバスチャンという振付師の芸術監督が出てくるわけですけど、彼もまた一年くらいで芸術監督の座を降りています。
というのも、芸術監督っていうのは、純粋にバレエの振付やどの演目にするか、どのダンサーを選ぶか――といったことの他に、オペラ座運営の経済的なこと、法的なこと、ダンサーだけでない照明や衣装係その他の職員さんたちのこと、政府との交渉、多額の寄付金を贈ってくれる人のご機嫌取り(?)や、メディアへの対応などなど、頭がおかしくならないのが不思議なくらいやることがたくさんあり、さらにはオペラ座における上司である総裁とも当然うまくつきあっていかなくてはならず……「純粋にバレエの芸術性を高めたい」みたいな芸術肌の方はむしろ向いてないのではないか――と思われる役職です(たぶん☆)。
ゾエは、セバスチャンとはもともと、同じオペラ座付属のバレエ学校の出身で、割と親しかったらしいのですが、ゾエを「早期退職させたほうがいい」という賛成派に回ったことで、彼らの友情はなんともぎこちないものになってゆきます。
一方、捨てる神あれば拾う神ありと言うべきかどうか、同じバレエダンサーのマニュエルが、再起をはかろうとするゾエのことを徹底的に助けてくれます。わたしの気のせいかもしれませんが、セバスチャンのモデルがミルピエっぽいとしたら、マニュエルのモデルはオーレリ・デュポンのバレエにおける長年のパートナー、マニュエル・ルグリっぽい感じがしたり。。。
それはともかく、マニュエルが友情からゾエのことを徹底的に支えてくれたことで、ゾエは一から体力作りをはじめ、とにかく「オペラ座から解雇されぬため」あらゆる努力を重ねます。演目のほうも、比較的負担の少ないものからこなすようになり、こうして実績作りをすることで、「解雇は不当である」という自分の言い分を、裁判の席で認めさせようと奮闘するゾエ。
黒人の新人ダンサーであるフローラに稽古をつけることにしたのも、結局そのあたりのことが絡んでのことなのですが、とにかくふたりはバレエの稽古を通し、少しずつ親しい関係を築くように。
わたし的ドラマの見どころは、オペラ座には、カドリーユ、コリフェ、スジェ、プルミエ・ダンスール、エトワール……といったように階級があって、毎年進級試験なるものがあって、そこを目指してダンサーたちがそれぞれ努力するところや、その他色々なタイプのダンサーさんが出てくるところかな、なんて
シーズン2では、バランタンやフローラたちがヴァルナ国際バレエコンクールを目指すところも見どころでしたし、意地悪(?)なディアーヌというバレエ学校の先生にして、のちに芸術監督となる彼女をその座から引きずり下ろすところも、最後まで「どうなるんだろうな~」と思って見ていました。
前に映画の『ター』を見た時も思ったんですけど、今はSNSというものがあるから、クラシック界にしてもバレエ界にしても……相当才能のある方でも、社会的に潰されるのは簡単だという意味で、今は相当難しい時代なんじゃないかと思ったりします。
いえ、ディアーヌの場合は間違いなくやり方間違ってるとは思うんですけど、生徒の誰それとちょっとした偶然から食事していただけでも――こっそりそれを撮られて「贔屓だよね~」とか、本当はどうなのかという以前にイメージ論が先行するという意味で、色々難しいというのか、場合によっては「不倫じゃね?」など、色々あるのではないでしょうか。。。
なんにしても、シーズン2はわたし的にはアバズレダンサー・ゾエのイメージアップ大作戦☆という言い方はおかしいんですけど、そうしたエピソードが多い気がします。「我いかにしてビッチダンサーとなりし乎」という、怪我→流産・失恋その他→原因の元カレ登場……というのがシーズン1にあり、ゾエははっきり「やるだけの男」と「恋愛する男」を分けてるわけですけど、シーズン2ではそんなゾエとうまくやっていけそうな男性が現れ……という、ある意味ハッピーエンドな印象で終わります
最後の「春の祭典」は、「セバスチャン、振付師としてやっぱり平凡な才能しかなさそう」……といったイメージが残るとはいえ、わたし自身は「たぶんこれ、シーズン3はないんだろうなあ」と思いつつ見終わりました。いえ、続けようと思えば続けられそうな終わり方なんですけど、やっぱり、ゾエが再び大怪我をしてリハビリして復帰する・またしても失恋するなど、「試練に次ぐ試練」がなければドラマとして成立しないということであれば――これ以上続けるのは難しいんだろうなと感じたような次第です
なんにしても、自分的に物凄く面白いドラマでした♪バレエに関して目の肥えてる方がどう思うかはわからないにしても、ドラマとして見る分には5段階評価で、わたし的には☆4.5といったところ。
それではまた~!!
惑星シェイクスピア。-【34】-
アヴァロン州もまた、他の州に負けず劣らず広大であり、一日ではとても回り切れるものではなかった。また、聞いていたとおり沼沢地のほうがはじまる地点から奥のほうは、案内なしで入ってゆくのは危険だということでもあった。また、かつての偉大なアヴァロンの都の城跡があり、そこへはここから馬車で二日ほどの道のりということであった。
「そこに、昔の人々が眠っているような、墓所というのはあるものでしょうか?」
タイスがホリングウッド氏にそう聞くと、「今ではそのアヴァロン自体が大きな墓のようなものではないでしょうか」ということだった。
「薄汚い白い壁の、朽ちかけた城の跡がありましてね、まあ、わたくしなどは物見遊山に昼間ちょっと見にいったという程度ですが、とても夜にここへ来ようとは思わないような不気味さがありますわな。もし行かれるのでしたら、馬車をお貸ししましょう。また、途中で宿を借りるのに、ここの土地の者に金貨など見せても効果はありません。代わりにたっぷり小麦粉を持たせましょう。こちらのほうが遥かに喜ばれて歓待されるはずです」
また、これから向かう先の場所についても、簡単に地図としてホリングウッド氏は書き記してくれ、自分の名前を出せば悪い扱いは受けずに済むでしょうと請け合ってくれたものである。とはいえ、使い古されたボロ馬車であったため、レンスブルックが一目見るなり「これはひどいぎゃ」と叫び、あちこち故障しそうな箇所を修理してからの出発ということにはなったが。
こうして、御者台にはレンスブルックとギベルネスが並んで座り、幌馬車の中にはハムレット、タイス、ランスロット、ギネビア、カドールの五人が乗り込むことになった。キリオンと彼の従者であるウルフィン、それにディオルグやホレイショやキャシアスらは留守番ということになった。
ハムレット一行がアヴァロン城跡へ向かうという二日の間、天候にはあまり恵まれなかった。とはいえ、このあたりギベルネスと彼らとでは考えがまったく違うようで、残りの者たちは全員、「我々の土地にもこのくらい雨が降れば良いのになあ」という、そうした考え方だったようである。
一日目は、ポツポツ小雨が降りだした夕方頃、村とも呼べぬような、数軒の家屋が並ぶ農家のほうへ辿り着いたので良かったが、夜半にそれがひどい雨降りに変わった。宿を貸してくれた家族らは「晴れるまで待ったほうがええ」と助言してくれたが、一行は朝方には小止みになっているのを見て、やはり旅立った。だが、彼らが「近いうち、嵐になるかもしんねえべ」と言っていたとおり、昼ごろには土砂降りになった。こうして、ゴロゴロと雷が鳴る中を馬車は駆け続け、夕方になるよりもかなり早く、その日の宿として予定していた、そのあたりにただ一軒だけある納屋にも近いような家屋へ到着した。
「そこに住んでおる男は変わり者でしてな」と、デイヴ・ホリングウッドは言っていた。「日雇いの野良仕事のような手伝いをする以外では、ほとんど村の者らとは口も利かないような男でして。まあ、無口なかわり、ただ黙って真面目に働くといった手合いな男なもので、特段何かタブーを犯して除け者にされておるというわけでもなく……本人の性格みたいなものですわな。嫁でも取ってみちゃどうだと親切にすすめてくれる人があっても、ブルブル震えて首を横に振るといったような男らしいのですわ」
御者のレンスブルックだけが濡れネズミになったのでは気の毒だというので、途中でランスロットとギネビアが交替した結果(言うまでもなく、このことでもふたりは張り合った)、三人はズブ濡れになっていたため、その一軒だけポツリと建つ納屋のような建物へ到着するなり、一行はほとんどなだれ込むような形でそこへ入り込んでいた。
とはいえ、茅葺きのその二階建て家屋にはその時誰もいなかった。二階建て、といっても、元はやはり納屋だったのだろう。一階のほうは人が住みやすいよう改装されていたものの、二階のほうはスペースが一階の半分ほどしかなく、しかもそこへはただ梯子がかけてあるだけで、どうやら例の男が寝るためだけにしつらえられた場所のようだった。
「これなら、ほとんど土間のようなもんだぎゃ。馬を入れても文句は言われないで済みそうだぎゃ」
レンスブルックは馬を二頭とも中へ入れると、梯子を上って二階へ行き、そこに積まれた麦藁で馬の濡れた体を拭いてやった。ハムレットたちも悪いとは思ったが、薪も積んであったため、火を熾させてもらい、それで一時的に暖を取らせてもらうことにした。
「べつに、芯から凍えて寒いってわけじゃない。それに、服のほうだってすぐ乾くだろう」
ギネビアがそう言って服を脱ごうとすると、ランスロットが「わーっ!!」と叫んで止める。
「おまえなあ、王子の御前だぞっ!!少しくらいは自分が女だってことを一応考えろっ」
「いやあ、今さらそんなこと言ったって……」
「いいから、上へ行って着替えろ」
カドールも不機嫌に眉根を寄せて言った。ほとんど命令口調にも近い。
「それで、馬と同じく麦藁ででも体を拭けばいいだろう。服はこっちで乾かしておくから、暫くそこで休んでろ」
「ふう~ん。なんかわたしだけ除け者でやな感じだけど、まあ仕方ないや」
こうしてギネビアは、梯子を上っていくと、チュニックと下の黒のズボンを脱いで、ランスロットとカドールの頭目がけ、それぞれ投げつけてやった。
「まったく、しょうのないじゃじゃ馬だ」
「そうだよなあ」と、ランスロットがカドールに相槌を打つ。「ライオネス城砦でトリスタンにでも押しつけてやりたかったんだがな。なんだかんだでここまで連れてきちまった以上、俺たちにも責任がある」
「うるさいぞっ、おまえら。わたしは自分の責任は自分で取るっ!第一わたしが裸になったところで、まごまごするのはおまえら男であって、べつにわたしのほうってわけじゃないんだからなっ!!」
「本人がそんなに裸になりたいってんなら、好きにさせてやるがいいぎゃ」
すっかり濡れネズミになったレンスブルックも、服を脱ぎながらそう言った。タイスが素早く火を熾してくれたため、みな壁際の暖炉のほうへ寄り、半円形になって座る。
「ここの家の主はこの雨の中、一体どこへ行ったんだろうか」
ハムレットが誰にともなくそう言うと、まるで返事でもするようにレンスブルックが、「ハックション!だぎゃ」などと呟いている。
「今日はこの雨だから、野良仕事ってことはないんじゃないか?」
タイスがそう答えると、「そうとも限らないんじゃないか」とカドールが言う。「外でじゃなくても、何か家畜の世話をするとか、そうした仕事があるかもしれない。それに、きのうだって雨が降ってたし、そういう時には雇われてる農家のほうに食事付きで寝泊りさせてもらうとか、まあ色々あるだろ」
「それもそうだな」
「ということは」と、ランスロットが言う。「もしかしたら、ここの家主の風変わりな男とやらは、今晩帰ってこない可能性もあるってことだよな」
「確かに」と、カドール。「そちらのほうがこちらにとっても都合がいいといえば都合がいいか。第一、こんなふうに勝手にこの場所を使わせてもらってるのを見たら、その男だって盗っ人が堂々と寝泊りしてるってことで仰天するかもしれないものな」
「それはあるな」
そんな話をしつつ、一同は暖炉の前で笑った。
「なんにしても」と、ハムレットがギネビアのチュニックを乾かしながら言う。彼女のほうでは干草の山に引っくり返りつつ、口笛を吹いていたが。「出ていく時に、お礼として小麦粉と金貨一枚でも置いていったらいいだろう。そこらへんの道ででも、帰ってきた彼と通りすがれれば事情を説明できるが、誰か人が勝手に泊まっていったらしい痕跡のほうは、掃除したところで残ってしまうものな」
この日、一行は食事のほうは何も困らなかった。というのも、ホリングウッド夫人がバスケットに干しぶどうパンやじゃがいもの茹でたのや、バターやジャムを挟んだサンドイッチなどをたっぷり詰めて持たせてくれたからだ。
「そういえば……どうやら私は、ホリングウッド夫妻に随分失礼なことを言ったのをあやまらなければならないようです」
干し果物やナッツ類のぎっしり詰まった美味しいパウンドケーキを食べながら、ギベルネスは言った。また、マーサ・ホリングウッド夫人の作る食事があまりに美味しかったため、夫と息子ふたりが太っていても――実際、まったく不思議なことではなかったのだ。
「べつに、あなたの意見は正しいと思いますよ」
カドールはべつに面白くもなさそうに言った。ホリングウッド夫人は、ジャム作りにおいても名人のようだ、などということを考えながら。
「だが、結局のところ我々はただここに何日か滞在するといった程度の通りすがりに過ぎませんからね。豊かな隣の州から派遣されてやって来ただけのホリングウッド夫妻に難癖をつける権利などないということを言いたかっただけです。また、彼らの屋敷の屋根の下にいないということであれば、あの夫妻はちょっと無神経で教養がないんじゃないかだとか、俺にしても言いたいことがないわけではない。が、結局のところ夫人の美味しい食事と何晩かの恩ですべては帳消しといったところなんじゃないですかね」
「第一、あの家のガキはふたりとも太りすぎだ」
ランスロットが鶏肉パイを、紅茶で飲み下しながら言う。紅茶のほうは暖炉の上方に据えてある、鉄柵にかかったヤカンで湯を沸かして入れた。
「いや、『騎士になりたーい』とか、『騎士さまになるにはどうしたらいいんですか?』とか、瞳を輝かせて無邪気に言ったりするところは子供として可愛いさ。が、毎日あんなにたらふく食べて、大して運動もしないとしたら、まだ五歳や六歳だってのに二の腕や腹にむっちり肉がつくのも道理だ。ローゼンクランツ城砦やギルデンスターン城砦あたりだったら、子供のしつけがなってないとして、逆さ吊りにさせられるところだぞ。少なくとも、俺の親父ならばそうだ」
「ギルデンスターン城砦じゃ、中流の家庭でもあんなに毎日いいものをたっぷりは食べられないぎゃ」
「まあ、恵まれた家庭に生まれたことは彼ら自身の幸福……」と、言いかけて、タイスは言葉を止めた。「いや、わかりませんね。結局俺は孤児だから、一般的な家庭の幸福といったことについては、他の家を離れたところから見て色々思っているに過ぎないから。でも、あんなふうに上等ないい生地の服を着ていたら、近所の子供たちと普通に遊ぶってこともなさそうだし、そうした意味では少し可哀想でもあるのかな」
「所詮は、他人の家の問題にすぎぬことですよ。それより……」
カドールは、地図を胸元から取り出して言った。
「例のアヴァロンの城へは、ここから歩いていけるくらいの距離らしい。だが、今日はこの悪天候だし、明日雨が降っていなければ……まあ、馬車ならすぐ到着するといったところだろう」
「ホリングウッドさんの話によれば、なんでもそこは『出る』って噂があるらしいぎゃ」
レンスブルックが両手を垂らしてユーレイの物真似をする。また、その彼の姿があまりに滑稽で、みな笑いを誘われた。
「そうだな。夜にそこらをうろついていると、白いドレスを着た御夫人が悲しそうにこっちを見てただの、ヒゲ面の立派な貴人が恨めしい顔をして樹木の下に立ってただの……あとは、昼間でも朝や夕方の濃い霧が立ち込める時には、亡霊や死霊の軍団が戦う姿を見ただのいう話や、何やかや色々あるらしい」
ランスロットはそうした幽霊といった存在を信じてないらしく、頭から馬鹿にしたような顔で、首と目をそれぞれグルリと回してみせる。
「砂漠でだって、そういう幻が出ることはあるじゃないか。でも、実際のところ近くまでいったって何もありしゃしないんだ」
干草の山の中から、ギネビアがそんなふうに言った。彼女は彼女でひとり、寝そべったまま林檎を齧ったりしている。
「まあ、なんにしても、明日そこへ行けばはっきりしたことがわかるでしょう」と、カドールがまとめるように言った。「ただ、念のため霧の深い時間帯は避けたほうがいいでしょうね。本当に霧が深い時には、すぐ一メートルかニメートル先ですらも見通せない時があるようですから。ちょうど、我々がこの村に到着した時のように……おや、ギベルネ先生。今日は随分静かですね。先日の御自分の失言を後悔されているにしても、そんなこともうどうだっていいじゃありませんか。それより、幽霊という存在について、先生の御意見を是非ともお伺いしたいのですが……」
暖炉の火に魅入られたようにぼんやりしていたギベルネスは、ハッとしたように振り返った。もちろん、彼にしてもみなの話は聞いていた。そしてちょうど、そのアヴァロンの城にてどういうことになるかという考えに耽ってはいたのだ。そのような実体のない幽霊のような男に、本当に頼みごとなど可能なのだろうか、ということを。
「そうですね。私は基本的に幽霊といった存在は信じていませんし、その存在の半分か半分以上は、人の想像力に負うところが大きいのではないかと考えています」
ギベルネスはこの惑星に住む人々の文化として、なるべくわかりやすいように説明することにした。目に見えたものを脳がそのように勘違いし、心で信じ込むことがあるだの、そんなふうに言っても誤解が生じるだけだと思った。
「つまり?」
<神の人>が女王ニムエの言葉を狂信者のように頭から信じているわけでないらしいと知って、カドールは強い興味を引かれた。
「まあ、簡単な話ですよ。夜、人がひとりで森を通り抜けるような時、風がヒュウヒュウ鳴っているだけでも、それが亡者の声に聞こえて自分を連れ去ろうとしていると感じたり、暗闇の中に何かちょっとぼうっとした形のものが見えたような気がしたというだけで……人がそこに立っていると、後付け的に考えたりすることがあるという話です。また、そこが何か祟りがあるとか呪われているといった曰くのある場所であれば、なおのこと強い想像力が働くことでしょう。ですが、だからといってそうした不思議なことが何ひとつとしてこの世界には存在しないと思っているわけでもないんです。それに、女王ニムエがハムレット王子に約束した以上、そのことは一言も違わず成就することでしょう。そのことは私も信じます」
今のところ、ギベルネスは例の三女神や女王ニムエといった神とも精霊ともつかぬような不思議な存在と直接接触したことがあるわけではない。だが、ハムレットがカールレオン城址にて夢の中で再び託宣を受けた話がまるきり嘘だと思っているわけでもなく――彼らというのか彼女たちの存在が何か、自分が宇宙船<カエサル>へ戻れるか否かの決定権に近いものを持っているのではないかということも、科学的に説明のつかぬことであった。
ギベルネスのこの言葉に、一同が何故かしーんとなったため、彼としても小首を傾げた。自分が何か三女神と繋がりがあり、<神の人>であるならば意のままに女王ニムエのような存在とコンタクトを取れないのかと、そう言いたいのかもしれないとは、ギベルネスにしても理解する。だが、彼としても今では(待つしかないのだろうな)と、半ば以上諦観の境地に達しているといったところなのだ。たとえば、ハムレットの夢の中に現れたように、いつか自分にも『デンパショーガイを取り除いてやったから帰るがいい』とでも、そんなふうに言ってくれはしまいかということを。
「幽霊を信じないということは、地下にいる魔の者どもの活動を信じないということですか?」
ギベルネ先生にしてもなんとなく気詰まりだろうと考えて、タイスがそんなふうに聞いた。カドールとは違い、やはり彼は僧院で育ったせいだろうか。タイスにとって過程における辻褄の合わないことなどはどうで良いことだった。ただ、人間的な理屈といったものを越えて、ギベルネスが自分たちの元を去ったとしたら、ハムレットは王になれぬのではないかと、そのことを強く深く危惧するというそれだけであったから。
「いや、そういうことでもないですよ」と、ギベルネスは困ったように頭をかく。それから、『科学の力で証明できないことは確かにある』と言いかけて、別の言葉に言い換えた。「そうですねえ。どう言ったらいいか……私は、この納屋に住んでいるというちょっと風変わりだという男性の気持ちが少しわかります。普通、そんな不気味な幽霊が出たりするという謂れのある城近くに、ひとりで住んだりはしないし、出来ないでしょう。でもおそらく彼は……いえ、直接会って聞いてみないとわかりませんが、幽霊などより生きた人間のほうがよほど恐ろしいと思っている。そして私はその部分については強く共感しますね」
再び、誰もギベルネスに言葉を返す者はなかったが、沈黙に耐えかねてか、それともその沈黙も含めておかしかったのか、レンスブルックが堪え切れぬようにプッと吹きだしていた。
「さっ、流石は先生だぎゃ。確かに、幽霊はオラたちを驚かしたりは出来るかもしれないぎゃ。とはいえ、首吊って自殺した霊が恨めしげに出たところで、オラたちの首を同じように吊ることは出来ないはずだぎゃ。そんなことより、生きた人間のほうがよっぽど――オラのことを役立たずな醜い小男だなんだ、色々言ったりして心を傷つけるぎゃ。そしてそんなことのほうが、実際のところよっぽど恐ろしいことだぎゃ」
「レンスブルックは働き者だし、十分すぎるくらいみんなの役に立ってくれてるよ」と、ハムレットが優しく言った。「おまえがいなかったら、馬の世話のことでもなんでも、困ることはいくらもあったろう。本当に、感謝してる。ありがとう」
「いっ、いや~、オラ、そんなつもりじゃなかったぎゃ、ハムレットさま。むしろ気を遣わせて申し訳ないぎゃ」
「みんな、楽しそうだな。わたしも仲間に混ぜろ」
ギネビアは、ここに住む男の着替えらしき衣服を見つけると、その外套を身に纏って梯子を下りてくる。
「わっ、わわっ!おまえら、ハムレットさまに一体何をやらせてるんだ。というか、服を乾かすくらいわたしがやりますっ!!」
「いや、単にオレが一番火に近かったから……」
ギネビアはハムレットからぱっと自分のチュニックを取り上げると、ギベルネスの隣まで来て、それをかざして乾かしはじめた。ズボンのほうは暖炉の上部に吊るしてあったが(隣にランスロットやレンスブルックのそれもある)、それは火から少し離れた、ちょうど熱気の篭もる場所だった。
「ちょうどいいところに下りてきたな、ギネビア」
そう言って、ランスロットが暖炉の柵のところで温めていたじゃがいもと焼いたベーコンを取り上げる。
「じゃがいものほうはホカホカだし、ベーコンはいい具合にカリカリだ。ついでに茶も飲んで体を温めるといい」
「うん……」
ギネビアは、ランスロットの飲んだカップに当たり前のように口をつけ、彼が新しく淹れてくれた紅茶を飲んだ。かといって恋人同士なのかといえば、ギネビアはあらためてそう聞くと全力で否定し、カドールに言わせると、「あいつだけじゃない。我々騎士は兄弟みたいなものだ」ということになるらしい。
(本当に、それだけなのだろうか?)
ハムレットは不思議だった。そして思うのだった。もし本当はそれだけでなく、結局のところランスロットとギネビアが結婚するのだとすれば、自分は王になれた時彼らふたりに――どこかの領地を与えるということになるだろう。まだそんな先のことを考えるのは、ハムレットにしても愚かだと感じるくらいの分別はある。だが、もしギネビアがランスロットと結ばれるつもりが本当にないのであれば、女性領主、というものをこの国の人々はどんなふうに考えるものだろうかということを、彼は時々考えるのだった。
(もっとも、それよりオレにとってはもっといい道があるのだが、果たしてギネビアが承知してくれるものかどうかはわからない)
そんなふうに考えつつ、ハムレットはこの日、仲間たちと談笑して過ごしたのち、深い眠りに落ちていった。みなでわいわい食事をしているうちは気づかなかったが、それでも就寝する頃にはすっかり室内もしーんとなり、激しい雨音と、雷の恐ろしげな音が、いよいよ声高になっていった。だが、みな疲れていたせいもあり、すぐ自分の荷物を枕にしてぐっすり寝入っていたのである。
だが、草木も眠る丑三つ時……といったような時刻の真夜中、ハムレットは何か悲鳴にも近い声を耳許で聴いた気がして、突然跳ね起きていた。そして、自分が何故そんな反応をしたのかに驚き、あたりを見回した。それで彼は二度驚いた。みなで体を寄せ合うようにして雑魚寝していたはずなのに……室内には誰も人が存在せず、そこは暗闇しかない空間のように見えたからである。
ハムレットは咄嗟に、女王ニムエからもらった聖剣に手をやった。それは暗闇の中、虹の妖精の粉でもまぶしたかのように、微かに光り輝いて見え、それが灯りの役割を果たしてくれていると気づいたからである。
>>続く。