さて、今回の前文は何を書こうかな……と思ったんですけど、【17】あたりの弓試合の模様などは、「ロビン・フッドの愉快な冒険」を参考にしたということで、「ロビンと仲間たちが、フィンスベリーでエレノア王妃の御前で弓を射った話」のあたりを一部引用させていただこうかなって思ったんですけど、なんというかまあ「べつにもういっか」という気もしたので、少し違う話でも、と思います(^^;)
わたしがロビン・フッドのことを初めて知ったのは、確か高校生くらいの頃に金ローか何かでケビン・コスナー主演の映画を見てだったような気がします。と言っても、その時一度見たきりなので、今はもうどんな内容だったかについてもほとんど記憶がなく……にも関わらず、「すごく面白いっ!!」みたいに思った記憶のみ残ってるんですよね
そこで、今回あらためて原作を読んだこともあり、もう一度ケビン・コスナーの「ロビン・フッド」を見たかったんですけど、天ぷら☆にて、¥399払ってまで見たいほどでもなかったため(笑)、その時まだ無料で見られたリドスコ先生監督、ラッセル・クロウ主演の「ロビン・フッド」と、かなり昔の映画を一本見ました
どちらも面白かったのですが、特にわたしが好きだったのはかなり昔の映画のほうのロビン・フッドだったかもしれません🏹それで、ケビン・コスナー主演のもラッセル・クロウが主演のロビン・フッドも、さらにわたしが見た昔の映画のロビン・フッドも――似通った点がありながらも、それぞれ脚色的な部分にかなりのところ違いがあると思うんですよね(^^;)
また、こうした点も原作などを読むと編纂のされ方次第によっていくらでも脚色の出来る自由度がかなりのところあり……そうしたところは、「アーサー王物語」とも共通しているように思います。これはあくまでもわたしの見た印象なんですけど、リドスコ先生監督の「ロビン・フッド」は今まで何度も映画化されてきてるだけに、かなりのところオリジナルの脚色度の高い「ロビン・フッド」ではないかという気がしたり。その点、かなり昔の映画のほうは、原作の「ロビン・フッド」の世界観を大切にした、有名な登場人物がある程度でてくるといったタイプの、オーソドックスな雰囲気だった気がするんですよね
それで、「ロビン・フッド」って有名すぎるだけに、わたしの中には「大体こんなよーなお話」といったイメージがずっと根強くありまして……ところが、原作読んでみると今回驚くことが随分ありました
そもそもわたし、ロビン・フッドが実在した人物かどうかということもよく知らず……アーサー王伝説のアーサー王と同じく、半ば伝説化された人物なのだろう――くらいに思ってました。まあ、モデルになったと思しき人物がいなくもないものの、どちらかといえば架空の人物に近いらしい、ということなんですよね🎯🏹
それで、わたしの読んだ光文社文庫さんのが、割とこう……子供向けではなく、大人向きの編纂のされ方、というのはちょっとおかしいかもしれませんが、たぶん、小~中学生向きとかだったらこのエピソードはカットして文章のほうももっと平易でやわらかい感じにするんじゃないかなと思ったりもして……物語のはじまり方と終わり方についてが、わたし的に実は一番驚きだったのです
ロビン・フッドが義賊として、富んでいる人から奪って貧しい人々に分け与えたといったことや、そもそも彼が義賊になったのも、やむにやまれぬ理由によってと言いますか、そうしたイメージが物凄く強かったわけです。それで、終わり方についてもハッピーエンドというか、その後も仲間と一緒に森の中で仲良く暮らした的な……何かそうした牧歌的イメージを漠然と持っていたような気がします。
ところがですね、まずはじまりのほうが、ロビンが18歳だった頃、ノッティンガムである弓試合へ向かおうとしたところ、森で飲み食いしていた森林官たちにからかわれ――カッと頭に血が上り、自慢の弓の腕でそのうちのひとりを射殺してしまうわけです。わたし、児童向けにたくさんあるだろう本のほうを読んでないものの、おそらくこの部分は変えてあるか、別の説を取っているのではないかと想像します(たぶん)。
まあ、相手にも大いに悪いところがあったとはいえ、「からかわれてカッと頭に血が上っただけ」で殺したというのは……それも、殺すつもりはなく、むしろ外そうとしたのに相手が思わぬ方向へ動いたといった不可抗力的理由があるわけでもなく、弁明のしようもなくこの殺人の罪については「ロビン・フッドが悪い」わけです
これがロビン・フッドが森に隠れて暮らすことになった理由であり、とはいえ彼はこの殺人のことを即座に深く後悔しました。そして、そんな彼の元には似たような形で罪を犯した者などが、ロビン・フッドのことを慕って集うようになっていき――有名なメンバーの名前としては、棒術の達人リトル・ジョン、ロビンの甥のウィル・スカーレット、タック修道僧、吟遊詩人のアラン・ア・デール……その他愉快な仲間たちが大勢いるといったところだったでしょうか。
「ロビン・フッドの愉快な冒険」の「愉快な冒険」については、どれも面白いエピソードばかりなのですが、そのあたりはとても有名だと思うので、今回はとりあえず、このロビン・フッドの物語がどのような形で終わるかについて、少し書いてみたいと思います
わたしが参考にさせていただいた、「ロビンと仲間たちが、フィンスベリーでエレノア王妃の御前で弓を射った話」の少しあとに、今度は十字軍へ遠征して帰ってきたリチャード王が、ロビン・フッドの森へやって来るというお話があります。この時ロビンはリチャード王の臣下となることに決め、その後ともに外国へ出征して帰ってくるわけですが……ちょっとここからが、わたし的に思ってもみない悲しい展開だったのです
リチャード王はその後、戦争中に亡くなってしまい、それがロビン・フッドが故郷へ帰ってきた理由でもあるわけですが、ロビン・フッドはずっと懸賞金をかけられた悪党とされており、シャーウッドの森も治めているノッティンガムの長官は、彼のことをずっと目の敵にしており……このあたりの確執というのは、いつでもロビンとその仲間たちが長官殿やその家来のことを軽くいなして終わるというか、そうしたコメディ的要素が強かったと思うわけです。
ところが、最後のほうでロビン・フッドは自分たちの仲間と一緒に長官側の役人たちと本格的な戦争をはじめ、その結果、多くの仲間たちの命が失われてしまいます。そしてそのことが頭を離れず、ロビン・フッドは高熱に冒され、その後命を落とすことになってしまうという……それが、「ロビン・フッド」の物語の終わりなのでした
どうやらロビン・フッドは戦争に参加し、いまや「ハンティングドン伯爵」という地位を得ていたこともあり――以前と同じように逃げ回るような生活は、もう彼の誇り高い性格とは合わなかった……それが、以前は「もう人殺しのようなことは二度とすまい」とあれほど後悔していたロビン・フッドが変わってしまった、一番の理由だったようです。
その気持ちもわからなくはない……という苦い思いとともに最後、ロビン・フッドの墓碑銘を読んで、読者は悲しく最後のページを閉じることになるというか。。。
>>ここの小さな石の下に
ロバート・ハンティングドン伯が眠る
彼ほどの射手はおらず
人々は彼をロビン・フッドと呼んだ
彼と仲間たちのようなおたずね者は
二度とイングランドには現われぬであろう
1247年12月24日
さあ、友よ、わたしたちもここでお別れせねばならない。愉快な旅は終わったのだ。
(「ロビン・フッドの愉快な冒険」ハワード・パイル、三辺律子先生訳/光文社文庫)
……かなりのところ、驚きじゃありませんか?
このはじまりと終わりの間の「ロビン・フッドとその仲間たち」の冒険談が愉快でコミカルで楽しいものが多いゆえにこそ――より一層、その落差によって胸に迫るところのあるラストなのではないでしょうか
アーサー王物語もそうですが、ロビン・フッドの物語もまた編纂のされ方によって変わってくるところが大きいように思うので、こちらについてもまた、機会があれば他の本なども読んでみたいと思っています
それではまた~!!
惑星シェイクスピア-第三部【19】-
「へえ……そんなことがあったんだ」
例の軍法裁判があった四日後、ハムレット王子とロドリゴ・ロットバルト伯爵の軍が、グレイストーン城塞へ到着した。この頃、エレアガンス・メレアガンス子爵率いる約三千の兵は、徐々に完成に近づきつつある木造城砦のほうへ移動しつつあったとはいえ、アストラット地方に広がる野にて幕営を張り、号令がかかるまで待機している兵士含め、恐ろしい数の兵が森中を覆いつつあったと言ってよい。
「ぼく、今のギべルネ先生とキャシアスの話を聞いて、あいつのこと、ちょっと見直したな」と、キリオンは感心して言った。「今後何かのことでポカをやらかして足を引っ張るんじゃないかと思って、その点だけ注意する必要があるとか思ってたんだけど……案外、馬鹿殿のように見えていたのは僕たちの決めつけでもあったわけだよな。ちょっと反省しなきゃ」
「実際のところ、子爵殿は<ただいるだけ>で、我々の役に十分立ってると思いますよ」と、ギべルネスが言った。「彼がメレアガンス伯爵の御子息であればこそ、メレアガンス州の人々は自分たちの代表者とも言える彼が戦争に先陣を切って参加していればこそ――次から次へと必要な衣服や防具を送ってきてくれるんですからね。本当に、胸元に紋章の着いたリブリーやブリガンディンや、その他下着類や靴下に至るまで、とても着心地や履き心地のいいものばかりのようです。軍の意志を統一するためにも、士気を高めるといった意味でも……衣食住といった基本的なことは本当に大切ですね」
「いや、これだけの軍を保つには、そのうち糧食が尽きてしまいますよ」と、カドールが気難しい顔をして言う。「ギべルネ先生がおっしゃった通り、ディオルグがこちらへ戻ってくるまでにはまだ時間がかかるでしょう。我々は、キリオンの奇策を基準にして進軍してきましたからね、たったの一日作戦を遂行する日が延びるだけでも正直痛い。果たして、そこのところの調整をどうすべきか……」
この時、ハムレットは昨晩自分の見た夢のことを語ろうとして、やはり出来なかった。その夢というのは、野原で兵士たちが何人も輪になって座り、いかにも平和な様子で羊が草でも食むが如くサンドイッチやハムやチーズをもぐもぐ食べているところで……ハムレットはぼんやりこの夢のどこかで、(このことには一体どんな意味があるのだろうか?)と考えていた。すると、木陰から白いローブを着、手に杖を持った陰気な顔の男が現れて――無論、メルランディオスである――「この夢の意味か。うむ、いいだろう。親切心から教えてやるが、今後おまえの軍のどの部隊においても、不思議と食糧が尽きることはあるまい。そして、兵士はこう思うのだ。『毎日十分食べ物があって幸せだな。ハムレット王子がクローディアス王に代わって天下をお取りになったら、きっとこんな幸せが毎日が続くんだ』とな」……そしてここで、ハムレットは夢からハッと覚めていた。
(とはいえ、タイスやギべルネ先生くらいにならこんな話をあくまで内輪話としてすることも出来るが……流石に他のみんなにまで公に『だから、少しくらいバロン城塞に攻め込むのが遅れたって大丈夫さ!』なんていう風に言うことはオレにも出来ないぞ)
いや、正確にはカドールやランスロットやギネビアたちにであれば、ハムレットは少しばかり勇気をだして同じことを言うことが出来たに違いない。だが、ロドリゴ=ロットバルト伯爵やガウェイン・カログリナント卿にまでというのは、流石に少々無理であった。
「そうですね」と、カドールに同調して彼の向かい側に座るタイスが頷く。彼らは今、グレイストーン城塞のギべルネスに与えられた広い貴賓室のほうへ集まっていたのである。「我々の当初の計画としては、バロン城塞の堀の手前に打ち込むための数千本の矢と、それを目当てに出てきた兵士を捕縛し、味方とするための木造城砦が完成に向かい次第、キリオンの策を実際に行動へ移す……ということでした。ですが、リッカルロ王が堀を渡るための橋がわりとなる巨大な板を貸してくださるというのは大きい。さて、どうしたものか」
「では、こうしてはどうでしょう」
自分が思いついたことについては、誰かが口にするだろうと思っていたのだが、一同に暫く沈黙が落ちたため――ギべルネスはこう提案していた。
「キリオンの素晴らしい策については、このまま押し進めていって、準備が整い次第、そのまま実行へ移しましょう。果たして、矢を打ち込んでのち、一体何日目で相手が突撃口からこっそり兵を出し、それを回収しようとするかはわかりません。ですが、そうした兵士たちを攫ってきて、木造城砦にて歓待するのにも時間がかかるでしょう。そして、そうこうする内にディオルグは必ず戻って来るはずです」
この時、タイスとカドールは顔を見合わせた。どうやらふたりともまったく同じことを思ったらしいのだが、口を開こうとしてほぼ同時に躊躇ったらしい。
実をいうと、ギべルネスが自信を持って今言ったようなことを口にしたのには理由があった。というのも、彼には実に頼りになる羽アリがいるため、彼が衛星を通して東王朝の王都コーディリアのほうをテントウムシによって探索し、ディオルグが歓迎の宴も何もかも断り、すぐにも戻って来ようとしている……と、教えてもらっていたわけである。
「ええと、そのですね……実は神から天啓と言いますか、幻視のようなものがありまして、それはディオルグが急いでこちらへ戻ってくるというヴィジョンだったのです。ここにいる誰もが知っているとおり、彼は自分の任務をよく心得ている男ですから、万難を排してなるべく早く、最短の時間で戻ってくるでしょう」
ここで、その場にいたタイスとカドールのみならず、ランスロットやギネビア、レンスブルックやホレイショの顔も輝いた。簡易裁判所の撤去された広場にて、久しぶりに出会った時もそうだったが――彼らはギべルネスが戻って来てくれて(無論キャシアスだってそうだったが)、本当に嬉しかった。その上、東王朝で彼らが経験した冒険について聞かされたあとでは、<神の人>に対する頼もしさがさらにいや増していたものである。
「じゃあ、とうとう……」と、タイスが口にする。
「そうだ。我々のハムレットさまが天下を取る日がやって来たんだ」
顔を輝かせてそう言ったのはギネビアだった。だが、彼女の顔の表情に反して、カドールとランスロットは何故か渋い顔をしている。実はギネビアは、自分が宣戦布告の口上を王子に代わって述べると言って聞かなかったため――彼ら三人はここのところ喧嘩ばかりしていたのである。
北のヴィンゲン寺院を出て以降、ここまで長く旅をすること約八か月……彼らの努力がとうとう結実する時が近づいていた。メルランディオスの陰の尽力のお陰で、あまり多くの樹木を伐採することなく、戦略拠点となる木造城砦は建設され、矢のほうもあっという間に何千本にも増えた。実をいうとタイスもカドールも、<神の人>ならば一体いつ進撃すべきなのか、その時を前もって示して欲しかったわけだが……ギべルネスも流石に何月何日に進撃すべきとの神からの託宣があった、とまでは言えなかったわけである。
ゆえに、ギべルネスははっきりそう口に出してまでは言えないらしい彼らの<神の人>に対する要求をそれとなく知ると、「それは私よりもキリオンに聞いたほうがいいでしょうね」と答えていたものである。「何百本もの矢を打ち込むには風向きが重要ですからね。ですから、キリオンが『今だ』とか、『今日この日以外はあり得ない』と言ったとしたら、その日が宣戦布告すべき時です」と。
こうして、とうとうその日がやって来た。それは十三月の十三日のことであり、地球発祥宗教のキリスト教の信徒たちであれば、そんな縁起の悪い日に戦争をはじめようなどとは、決して考えなかったに違いない。だが、その四日前よりキリオンが風向きを読み、その日の朝――木造城砦の中でもっとも豪華にしつらえた一室、その玉座に座したハムレットに、「戦争への進撃をお命じになってくださるよう」願い出ていたわけである。
「うむ。キリオン・ギルデンスターンよ、そなたの好むとおりに敵陣に術策を仕掛けてくるがよいぞ」
どこか芝居がかった調子でそのように言葉を下賜するハムレットに向かい、「このキリオン、必ずや王子の……いえ、ハムレット王のお望みに応えてみせます」などと、彼もまた殊更恭しく跪き、そう答えていたものである。
ハムレット王の謁見の間には、当然他の家臣らも勢ぞろいしていたのだが、タイスやカドール、ランスロットといった気心の知れた間柄の者たちは別として、これらの儀式ばったやりとりは言うまでもなく――他の者たちに対して必要なものだったわけである。だが、ハムレットとキリオンの瞳と瞳、顔の表情と表情の間には、言葉にして語られる以上の信頼の絆があったことは言うまでもないことである。
とはいえ、ハムレットにしても、カドールやランスロット同様心の底から心配ではあったのだ。また、ギネビアとふたりきりになり、彼自身の口から説得を試みてもいた。だが、彼女はどうしても宣戦布告の口上は自分が述べたいと言って聞かなかったのである。
「大丈夫ですよ、王子」と、ギネビアは満面笑顔で言った。「我々の間には、それが仮に東王朝の軍であれ、戦争開始の際、相手が宣戦布告の口上を述べる時には、とりあえず礼儀として矢を射こんできたり、話の腰を途中で折って剣を振り上げ襲ってくるようなことはしません。まあ、戦争の伝統としてそうだというか、戦争の前に何故攻め込んでくるのかなど、相手の話を聞くだけは一応聞くという、そうしたしきたりになってるんですよ」
「だが、しかし……」
この時、ハムレットは煩悶した。ギネビアをそのような危険に晒すくらいなら、その役目は自分が引き受けたいと思っていた。だが、ロットバルト伯爵など、ありとあらゆる人々に止められるとそれはわかってもいることだったからだ。
「大丈夫ですよ。ハムレットさまも、わたしが女だからというので心配して止めようというのでしょう。ですが、これがもし仮にランスロットが宣戦布告の口上を述べる場合でも、彼が音に聞こえし名将だというので、それだけの理由によってでも突然襲いかかって来ようなどとは絶対しません。一度戦争になって互いに交戦状態となれば、それこそあっという間にその場はカオスと化すでしょうが……今回は白兵戦となる前に互いに口上を述べようというのではないですからね。確かにバロン城塞の塔上の人々にも聞こえるよう、堀の近くまでは近づいていくことになるでしょうが、むしろこの場合はわたしが女だからというので、矢狭間から戯れにでも矢を射てくる者などいないことでしょう」
「カドールもランスロットも、きっと何度となく同じことを言ったことだろうが……ギネビア、そなたにもしものことがあったとしたら、オレは今この瞬間もこちらへ向け長く旅をし進軍して来るローゼンクランツ公爵に顔向けが出来なくなるのだ。命がどうこうという以上に、それがそなたの肩であれどこであれ、矢傷ひとつついて欲しくないということもある」
「ありがとうございます。心から尊敬する御主君にそのようにおっしゃっていただき、このギネビア、身に余る幸甚にございます。ですが、わたしは騎士になると心に決めたその瞬間から、そもそも女などではないのです。そう思い、送り出していただけることこそ我が身の光栄と、誰よりハムレット王子には一番わかっていただきたいのです」
「そなたが……そこまで言うのなら………」
ギネビアとしてはこれ以上あれこれ反対されたり、繰り返し言葉を連ねて説得されたりしたくなかったのであろう。彼女はハムレットのこの言葉を了承のそれとして受け取ると、木造城砦における主君の私室から礼をし、さっさと出ていってしまった。
ハムレットは、この時も苦しかった。ギネビアのことを呼びだした時点で『将来、あなたにはオレの妃になってもらいたい。ゆえに、いずれ王となる者の世継ぎを生む身であるそなたには、何よりその御身を大切にしてもらいたいのだ』――この前日、ハムレットはあらゆるシチュエーションにおいて、これに似た言葉を口にする自分のことを想像し、具体的に練習もしてみた。
だが、実際にギネビア・ローゼンクランツという恋する女性のことを前にすると、結局ハムレットは言いたいことの半分も言えずに終わってしまった。何より、ギネビアの口からランスロットの名前が出ると、猶更その感が強まった。結局のところ、彼女は自分でそうと気づいてないだけで、ランスロットのことをこそもっとも愛しており、その彼と対等な関係であり続けたいのだとの思いが頭をもたげてしまうと……どんなにギネビアのことを愛しているか、ゆえにそんな危険を冒して欲しくないのだとは、口の奥に舌でも引っ込んでしまったかのように、ハムレットは何も言えなくなってしまったのである。
(それに、今は愛だの恋だの、そんなことを言っている場合でも、そんな時でもないということもあるしな……)
――こうして、ハムレットは苦しい恋心を内に秘めたまま、ギネビアのことをバロン城塞へ送りだすことになったわけである。
十三月十三日という、南から北に向かい、温かな風が吹いたその日、あくまでも威嚇としての兵士らを三万ばかりも引き連れ、ギネビアはその先頭を切って進軍していった。ギネビアの隊の副官はロットバルト騎士団のブランカ・ロイスであり、彼女はカドールやランスロットに、「絶対に何があろうとも、ギネビアさまを危険になど晒しません。また、そのような事態になったとしたら、この私がこの命を犠牲にしてでもギネビアさまのことをお守りしてみせます」と、頼もしく約束してくれていたのだが――三万もの兵のひとりとして進軍しつつも、ランスロットもカドールも、最後までこの勇ましい女友達のことが心配でならなかったものである。
「バロン城塞の者たちよ、よく聞けい!!」
よく晴れた青い空の下、ギネビアは三万もの兵の代表として前へ出ていきながら、威勢よくそう叫んだ。鞘から抜いた片刃の細身の剣が陽光に煌めく。
「我々は、先王エリオディアスの御子息ハムレット王子を主君とし、汝らにもこの尊き方にお仕えすることを薦めるものである!!なんとなれば、我々は同じ母の胎から生まれた兄弟にも等しい同胞だからだ。今まで、東王朝の軍が攻め込んでくるたび、戦役をともにし、互いにその痛みと苦しみを分かち合ってもきた。果たして、汝らバリン州の者たちが苦しんでいる時、我らロットバルト、それにメレアガンス、さらには遠いライオネス、ローゼンクランツ、ギルデンスターンの砂漠三州が、その痛みをともにしなかったことが一度でもあろうか。断じて否である!!」
ギネビアのこの宣戦布告の口上は、南から彼らのいる北の方角へと、風に乗って不思議とよく通るように聞こえたものである。もしこれが他の時であったなら、もしかしたら彼らは「おい、あれは女だぞ」と、嘲笑っていたかもしれない。また、これが東王朝軍が攻めて来たというのであれば、「東王朝には最早、女しか戦う者がいないのだろうよ」などと、揶揄してもいたに違いない。
だが、ギネビアの勇ましいのと同時に、女としての優しい柔らかさをも内に秘めた声音には――不思議と彼らの心に染み入る効果すらあったらしく、誰もがただじっと、息を潜めるようにしてその言葉に聞き入っていたのである。
「よいか!!知らぬのであれば汝らに教えて進ぜよう。拷問を趣味にすると聞く残虐なクローディアス王は、その自らの策略によって実の兄王に毒を盛りその手にかけたのだ。そして、エリオディアス王とガートルード妃の間にお生まれになった王子をも手にかけようとしたその時、エリオディアス王の忠臣ユリウスがまだ赤ん坊であったハムレット王子の命をお救いし、北のヴィンゲン寺院へお連れしたのである。ハムレット王子は僧院の長老らに育てられ、王の器となるに相応しい方として成長し、今このように我らとともにおられる!!」
ここで、矢狭間の向こうにいる兵も、城塔の内にいた者も、歩廊にいて、一応格好ばかり弓に矢をつがえていた者も――隣やそばにいた仲間たちと、ヒソヒソある言葉を囁き交わしていた。「あの噂は本当だったんだ……」、「どうするよ、おまえ。俺たちはもしかしたら本当に正当な王位継承者である方に弓を引き、これから戦うことになるのかもしれんぞ」などと。
「ハムレット王子は、ただ血筋のみから王として相応しい方というのではない!!この謙虚なる方は、ヴィンゲン寺院にて星神・星母の使いである三女神に長老たちとともに王となるべく神託まで受けたお方なのだ!!もしこのように神からの天啓なくば、王になろうという野心を抱くこともなかったやも知れぬ。だが、神のお申しつけとなれば、その御言葉のとおりになるよう誰しも信仰心のある者なれば、動かずにはおれないというものだ。そして、ヴィンゲン寺院より、この託宣が確かなこととして与えられた<神の人>ギべルネさまとともに、長く旅をしてここにまで至られたのだ。汝らも不思議であろう。ヴィンゲン寺院を出た時、ハムレットさまに従っていた者は<神の人>であるギベルネさま含め、たったの六人だったのだぞ……それが、今やこのように何万もの兵を率いる方となられたのだ!!」
ここでもまた、バロン城塞の兵士たちは、上官に知られぬようヒソヒソと小さな声で囁き交わした。「なんでも、その<神の人>と呼ばれる方は、どんな難病でも瞬く間に治してしまうらしいぞ」、「ハムレットさまはエリオディアス王譲りのお優しいお方で、お会いした方がみな、すぐにもその美しいご容貌と性格の虜になってしまわれるとか」、「もしハムレットさまが王としてお立ちになるのが、サミュエル・ボウルズ卿がまだ生きておられる頃だったらどれほど良かったことか」……などなど、彼らの独り言のような囁き声はその後も途絶えることがなかった。
「バロン城塞におられるおのおの方、よく考えてみるといい!!果たしてこれがただの人間の業だろうか?このこともまた、断じて否である!!我々はこれから、罪なき民のひとりに至るまで重税を課し、罪なき者をも謂れなき罪により逮捕し、残虐の限りを尽くして拷問するクローディアスに弓を引き、最後のひとりになるまで戦う所存である!!だが、我らがハムレット王には最初から星神・星母の護りと導きがあるゆえに、そのようなことはありえぬことであろう。汝らバロン城塞の民たちよ、よく聞くがいい!!汝らがこれから剣によって戦い、弓引こうとする方は神に選ばれ王になろうというお方である。ゆえにとくと心得るがいい。自分たちが誰を、何を後ろに守って戦おうというのかを……我々はこれから、神に選ばれしハムレット王とともに進軍し、この方とともにある正義のために戦う!!だが、この方に剣の切っ先を向け、弓を射る者はすなわち、これから星神・星母に向かって歯向かい、未来永劫に至るまで呪われるであろうことを覚悟してから我々には挑んでくるがいい!!」
ここで、ギネビアがサッと剣を上げると、素晴らしい軍馬と甲冑によって装備した聖ウルスラ騎士団、ロットバルト騎士団の騎士の群れが後ろへ下がり、キリオン・ギルデンスターン率いる弓兵団が代わりに前面へ出てくる。
「ハムレット王は実にお心の広いお方だ!!ゆえに、汝らに暫しの間考える時間を与えよう。その間に、神の選ばれしこの方の味方となるのか、すでに呪われた治世も終わりに近いクローディアスのために最後まで戦い命を落とそうというのか、とくと考えるがいい!!また、この弓の矢は、最後の忠告のしるしとして、我々神の軍からの贈り物として受け取られよ!!」
こうして、ギネビアは脇に控えていたブランカとともに去っていき、彼女たちとその一隊が自分たちの元まで戻って来ると――キリオンはズラリと並んだ弓の名手たちに、「さあ、一斉に射よ!!」と、片手を上げ命じた。
長弓から射られた矢は、二百五十メートル以上もの距離を飛び、すべて正確にバロン城塞を囲む堀の手前の地に落ちた。おそらく、『贈り物』などと言われても、バロン城塞にて第一の壁を守っていた者たちには、さっぱり何が何やらわからなかったことであろう。何分、あれほどまでに立派な騎士の一団が去っていったのみならず、弓兵たちも矢を何百本となく射るだけ射て、そのままいなくなってしまったのだから。
無論、バロン城塞の指揮官らも、ロットバルト州とバリン州の州境となっているといっていい、ナーヴィ=ムルンガ平原の、ロットバルト州側の森林地帯ぎりぎりの場所に、素晴らしい木造の城砦が建設されつつあるとは知っていた。ゆえに、バロン城塞にしても戦時に備え、着々と兵糧その他、軍備について固め、最大限の厳戒態勢を以前よりずっと取ってもいたのである。
とはいえ、兵士らの心は乱れていた。これは正規の兵にしてからがそうで、彼らは一度戦争ということになれば、上官の命令については絶対のものとして従わねばならぬと心得ている者たちである。だが、公の場では表立って口にすることは決してなかったが、夜毎、酒場などに集まっては、今後の軍の動向について何をどうすべきかを話しあわない日は一日たりとてないほどだったのである。
そのことのひとつには、バロン城塞中のあちこちに貼られたビラの文言のことがあったろう。そこには、『偽王クローディアスは人殺しである』と書かれていたり、その理由についても戯画化された王の姿の下に、事細かく書いてあったものである。何人もの罪なき人々が逮捕されては、クローディアスの嗜虐趣味のために犠牲になったこと、重税を取り立てられることによって貧しい者たちの中にも死ぬか、それ以上に悪い生活を送っている者たちが数多くいること、さらにはサミュエル・ボウルズ伯爵もまた、クローディアス王の圧政の犠牲者のひとりであることなどなど……クローディアス王はほとんど完全に真っ黒な、悪魔のような極悪人であるということを、あらゆる形で主張する張り紙が、警邏隊が毎日剥がしても剥がしても、気がついた時には再び剥がした場所に前と同じものか、それ以上に悪いことの書かれたものが張り出されているのであった。
これらのことを行っていたのは、ホットスパーやファルスタッフが長として所属している地下組織、<レーゾンデートル>の組織員が行っていたのであったが、その中には逮捕され、牢獄行きになった者もいた。だが、この者たちにしても、あまり手荒くは扱われなかったのである。最初に逮捕されたホットスパーの指締めや圧迫刑と同じ拷問を受けた者すらなく、「近々あるだろう戦争が終わるまで、おまえたちの身柄もその罪についても保留にしておく」と言い渡されていたのである。これは、牢獄の官吏や看守たちがおのおので勝手にそう決めて行っていたことであった。通常、このようなことはまったく考えられないことであったろう。だが、彼らは報告書には「これこれの厳しい罰と拷問を与えておりますです、ハイ」といったように書き、口でもそのように真顔で嘘をつくのであったが、実際にはこれらの囚人たちに対し実によくしてやっていた。看守たちは、こうした囚人らの牢獄の前で、外の世界では今どういったことが起きているかについてまで、世間話として長々聞かせてやっていたほどである。
さて、キリオンを弓兵長とするロットバルト弓兵団の放った矢であるが、それはバロン城塞第一の壁の守備隊長の命令により、翌日になっても、その翌々日になっても、さらにその次の日になっても、堀の前、荒野の地面にずっと突き刺さったままとなっていた。ロットバルト州には専門の弓職人や矢羽根職人などが、どの町にも村にも必ず存在するだけあり、その矢というのも実に素晴らしい品であった。矢羽根であるガチョウの羽毛は膠(にかわ)によって接着され、リネン糸で矢の軸に結び付けてあり、まったく惚れ惚れするような出来映えだった。
バリン州とロットバルト州の州境となっているナーヴィ=ムルンガ平原の向こう側、森林地帯のはじまる場所に、木造城砦が建設されていることは、こちらの軍でも即座にそれと察知していたから、バロン城塞では兵士らを招集するのと同時、まずは第一の壁の城塔と城塔の間に木造製の屋根を形作っていた。火矢対策のために、燃えにくいよう保護被覆材によって覆う予定でもあるが、これらも何本もの火矢が当たれば、いずれは燃えついてしまうに違いない。だが、その時には燃えついた屋根と建物の骨組みごと、壁を這い上ってくる敵兵らに向かい、そのまま投げつけてやればいいだけのことである。
とにかくこの時、この臨時で作った屋根の下を歩く兵士らは、毎日枯れた堀の向こう側に突き刺さる立派な矢の列を見ては、互いに溜息を着いて過ごしたものである。「守備隊長は何かの罠だから放っておけとおっしゃるが………」、「もったいねえよなあ。ほんのちょっとピュッと行って戻ってくりゃいいだけの話じゃねえか」、「そうだそうだ。まさか、毒が塗られてるってこともあんめえ」と、大体これに類することを互いに話しては、彼らは「もったいねえ、もったいねえ」と、毎日呪文のように唱えてばかりいるのだった。
だが、大抵の矢は地面に十分な深さ突き刺さっていたが、その中から何本かの矢が風に乗りコロコロ転がっていくのを見るにつけ――やはり兵士らのうちの何人かは、「荒野には敵がこっそり隠れることの出来る物陰ひとつあるわけでもありません。また、木造城砦からこちらに向けて馬を走らせるだけでも相当な距離があります。ゆえに、矢を我々だけで取りに行っても問題ないと思うのですが、いかがかと?」といったように守備隊長に進言する者はいくらもいたようである。
バロン城塞の第一の壁の守備隊長はその名をアーバン・アルフヴィヨラと言い、彼はサミュエル・ボウルズ伯爵の時代より、ずっと今の任務に就いている者であった。これは第二の壁を守るルドルフ・ルヴァンシュタッツ第二守備隊長にしてもそうであり、第三の壁を守るギュンター・ギーゼンハルト第三守備隊長にしても同様であった。
これらの守備隊長は三人とも、ロットバルト騎士団のヴィヴィアン・ロイス騎士団長以下、ロットバルト州において名のある将兵らのことはよく知っていたし、特にガウェイン・カログリナント卿などは、サミュエル・ボウルズ伯爵と無二の親友でもあったことから……彼らがどのような考え方をして攻め込んでくるかも重々承知していたのである。すなわち、昔堅気のカログリナント卿は、ボウルズ卿がちょうどそうであったように、自分の仕える主君の命令については絶対のものとして、私情を捨て軍馬に跨り勇ましく駆け、バリン州の軍に昔馴染みの戦友の姿を見かけても、一向動揺することなどないだろう。
また、彼らにしても同様の覚悟を持ってそれぞれに任された三重壁のひとつを死守せねばならぬとわかっていた。さらには、この三人の守備隊長らは、サミュエル・ボウルズ伯爵の生き方を軍人の範としていたから、これまでも常に「ボウルズ伯であればいかにしたことであろうか」といつでも考えてきたように――この時も同じように考えようとして、やはり出来なかった。約四年前に東王朝が攻めて来た時とは明らかに何もかも条件が違うだけに……。
そしてわからないと言えば、ここバロン城塞の人々にも、いや、それのみならずバリン州に住む住民の誰ひとりとして――彼らが心から尊敬する領主であるボウルズ伯爵が、何故残虐な拷問刑にかけられて死ななければならなかったのか、知っている者はひとりとしていなかったのである。ある日、王都テセウスへ呼びだされたかと思うと、伯爵はその後永遠に戻ることはなかったということしか……そして、ボウルズ伯が拷問されて獄中死したと聞くのと同時、州都バランには、ヴァイス・ヴァランクス男爵が家族とともに赴任してきたというわけなのである。
『もし今、サミュエル・ボウルズ伯爵が生きていてくださったら……』バロン城塞にて、軍籍にある者たちはひとり残らず、そう思わぬ者はなかったことだろう。『ハムレット王子に向かって無条件降伏するというのでも、あるいはそれとは逆にあくまでクローディアス王に忠義を尽くすというのでも、我々は最後まで迷うことなく付き従い、最後のひとりになるまで戦ったことであろうに……』と。
さらに、こんなところへ持ってきて、地下組織『レーゾンデートル』の広報活動のことがあった。警邏隊の者たちも、今ではもう組織員か否かなどと厳しく問いただすこともなく、あくまでも格好ばかり尋問するだけだと、民衆たちも知るようになってしまっている。彼らの主張というのは概ね「クローディアスのために戦うだけ無益」であり、「ハムレット王子こそ、正統なる王にして、クローディアスの治世の誤りを正すことの出来る唯一のお方である」というものだった。
(間違いなく、ロットバルト州にいるハムレット王子の軍と通じている者がいる……)
それはアーバン・アルフヴィヨラ守備隊長の確信であったが、そのことと、堀の前の数千もの矢の意味とが、彼の中ではまったく結びつかなかった。そして、自分の配下の兵らが「ちょっとピュッと行って取ってくるのはいかがでしょうか」などと言うたび、アーバンは口では「罠だ」と叱りつけながらも、どういった罠かといったことまで説明の出来ぬ自分に忸怩たるものを感じていたわけである。
さらには彼自身、部下にそう言われるたび、『試しにそうしたら何が起きるのか、見てみるのはどうだろうか』という誘惑に駆られるのだった。そして、城塔のひとつにある守備隊長の部屋にひとりきりになると、窓のひとつに向かって跪き、星神・星母の導きを求めるのみならず、最後には天国に凱旋したであろうサミュエル・ボウルズ伯爵に「嗚呼、ボウルズさま。私は一体どうしたらいいのでしょうか……」と、切ない想いで涙ながらに語りかけるのであった。
>>続く。