ギロチンのことに関しては、こちらの本を参考にさせていただきました♪
とはいえ、今回前文にあんまし文章使えないので、あんまり本の中から文章を引用できなくて残念なんですけど(泣)、読んでいて実は一番驚いたのが……ギロチンというのが、囚人の苦痛の軽減ということなどを考慮して考えられた「人道的な」装置で、発案した人の名前、ギヨタンにちなんでギロチンとかいうところ!!
ぎよたん~!!そんな可愛いお名前の方が、こんな剣呑な恐ろしい装置を発明したのかと思うと……なんだか笑ってしまうでもなく、微笑ましいでもなく、ちょっとギョッ☆するようなお話じゃありませんか(一体何を言いたい・笑)。
それはさておき、本の副題が「国王ルイ十六世の首を刎ねた男」なのですが、ルイ十六世といえば、言うまでもなくマリー・アントワネットの夫でフランス王だった方なわけで……実はわたし、幼い頃、世界で一番最初に興味を持った歴史的人物がマリー・アントワネットだったりします(^^;)
と言っても、ベルばらについてもその頃よく知らなかったため、家にあった図鑑の一冊に、歴史的人物について紹介する的なものがあって……中には確か、仏陀やガンジーやイエス・キリストや、その他名前を聞けば誰もが知ってる方の生涯について、子供向けにイラスト付きでわかりやすく書いてあるものだったと思います
イエス・キリストの生涯についても、「十字架につけろ!十字架につけろ!」と民衆たちが叫んでどうたら……といった文章を読んだような記憶はあるものの、「なんの罪もないのになんで?」とちょっとくらい思った程度なもので、その頃はまったく興味を持ちませんでした(^^;)なんと言ってもまだ子供ですからね、仏陀の生涯とかガンジーの生涯であるとか、アレキサンダー大王がどうこうとか……「ふう~ん。べつになんかつまんない」くらいの気持ちしか持つことが出来ず――でもそんな中で唯一、マリー・アントワネットにだけは子供心にも即座に惹きつけられたのです。
マリー・アントワネットの肖像画の次のページくらいに、ギロチンの写真みたいのが載ってて、「こんなに美しい人がこんな残酷なものにかかって死んだなんてどうして」という、子供にはイエス・キリストの十字架刑よりも、こちらのほうがよほどショックで心に響くものがあったらしく(そんな人間がその△□後、クリスチャンになるだなんて、まったく世の中わからないものです。というか、主の恵みと憐れみに感謝します)。
たぶんその時、マリー・アントワネットの生涯についても読むことには読んだのでしょうが、まだ八歳とか九歳とかそうしたレベルだったと思うので、今はもう記憶にありませんし、それで結局「なんでマリー・アントワネットがギロチンにかかって死んだか」についても、よくわかってなかったと思います。ただ、「こんなに綺麗な人がどうしてこんな残酷なものにかかって死ななければならなかったか」がとにかくショックで驚きだったという、そんな記憶しか残ってなかったり
そしてその□△年後、その記憶がきっかけでベルばらを読んだということもなく、わたしがマリー・アントワネットの生涯についてある程度理解が出来たのは、シュテファン・ツヴァイクの「マリー・アントワネット」を読んでだったと思います
結構前にソフィア・コッポラ監督の「マリー・アントワネット」を見たんですけど……公開時、フランス本国では賛否両論だった、みたいにテレビで紹介されているのを見て、「へえ~」くらいに思ってました。ただ、おかしな意味で言うのではなく、マリー・アントワネットがギロチンにかかって死ぬシーンが見たいと思い、映画のほうを見ることにしたわけです。と、ところが……。。。
その~、確かに見る前から、二時間ちょっとくらいであったため、「このくらいでマリー・アントワネットの人生について語れるものかなあ?」とは疑問に感じてました。そして映画のほうは、マリー・アントワネットの割と前半生に重きが置かれているといった印象で、宮廷での堅苦しいながらも贅沢な生活ぶりについてであるとか、「ほえ~、金かかってんど~!!」という絢爛豪華な舞台衣装やセットであったようには感じたものの、実をいうとわたしが特に見たかったのはマリー・アントワネットの後半生のほうであったため、そのあたりについては空振りにも近いような形で見終わった……といったような印象でありました
いえ、それが悪いとかなんとか言ってるわけじゃないんです。こちらはこちらで、マリー・アントワネットの生涯として割と明るく楽しく軽やかな部分が切り取られていたとしても――こうしたイメージのほうを好む方もたくさんいらっしゃると思うし、わたしも見ていてとても楽しかったし面白かった
でもわたし、ツヴァイクの伝記のほうを読んで、実はものすごく驚いたのです。何に一番驚いたかといえば、「これは確かにギロチンにかけられても仕方のない大罪だ」ということが、ある程度本当の意味でわかったという意味で、初めてハッ☆とさせられたというか。
なんていうかわたし、マリー・アントワネットに対してすごく誤解していたんだなと思いました。確かに「パンがないならごはんを食べればいいじゃないの」じゃなくて、「パンがないならお菓子を食べればいいじゃないの」とか、飢えてるパリの人々によくそんなことが……とか、なんとな~く聞いてはいました。でも、政略結婚でオーストリアからはるばる嫁いで来て、なんか色々気苦労も多くって、宮廷生活は堅苦しい……そうしたことを考えあわせると、そもそも世間知らずのお嬢さんなんだし、仕方ないじゃないのといった感じで、マリー・アントワネットの肩を持ちたいと思う方は今も多いのではないでしょうか(わたしも前までずっとそうでした^^;)。
でも、マリー・アントワネットがいかに国費というものを自分の贅沢のために浪費したかという、その金額のほうがツヴァイクの伝記のほうに書いてあったりして……まあ、顎が外れて床に落ちるほどの、桁外れの額なわけですよ。しかも、何にいかにして使ったかということも細かく書いてあったりして、それがもう世間知らずとか、まわりの人が誰も止めずに言ったとおりにしてくれたからとか、「彼女自身はそれがどのくらいお金がかかっているかなどきちんと理解してなかったのだから仕方ない」とか、「だからマリー・アントワネットに罪はない」とか口が裂けても言えないレベルの恐ろしい贅沢その他のための浪費なわけです
それで、そんな王妃のことを夫であるフランス王のルイ十六世は横っ面張っ倒して止めなかったのかという話なのですが……その~、マリー・アントワネットは結婚後もなかなか妊娠しなかったため、そのことが彼女にとって物凄いプレッシャーだったというのも有名な話と思うのですが、この場合、問題は夫のルイ十六世のほうにあったわけです。つまり、ベッドでうまく――出来ないことによって、マリー・アントワネットはなかなか妊娠しなかった。ところが、宮廷では不妊の女のように言われるしで、それじゃなくても堅苦しい宮廷暮らしが嫌で嫌で堪らない上、ストレスは溜まる一方どころかもう限界超えてるんだけど、マジどうしてくれんの!?といった状況。
そこで、マリー・アントワネットはストレス解消の捌け口を求めて浪費に走っていたり、自分から金を絞り取る目的の気に入りの家臣をはべらせていたり……ルイ十六世は優しくて人の好い方であったようなのですが、そうした状況であるがゆえに、妻のマリー・アントワネットに強く何か物を言ったりすることが出来ない。
そして、民衆のほうでも自分たちの王が人畜無害で善良という言い方はおかしいかもしれませんが、ルイ十六世には罪はない――ということはよくわかっていたらしい。ここでようやく、本のタイトルの「死刑執行人サンソン」のことなのですが、副題にあるとおり、このシャルル=アンリ・サンソンさんがルイ十六世の刑の執行に当たったということなんですよね。でも彼は、ギロチン刑にかけられねばならないほどの罪をこの国王に対して認めることが出来ず、けれど、職業人としてはあくまで仕事としてそのことを行わなければならない……そこで、ルイ十六世の死後、命日が巡ってくるたびにミサを上げてもらっていた――といったように書いてあるのを読んで、「嗚呼」とあらためて思ったような次第であります。。。
シャルル=アンリ・サンソンさんや彼の一族についても非常に興味深いため、本当はそうした文脈で語るべきだったのかもしれないのですが、とにかく読んでいて超々面白い本でした♪
それではまた~!!
惑星シェイクスピア-第三部【20】-
ここで、今から約三年前、サミュエル・ボウルズ伯爵に代わり、クローディアス王の命を受け、新たにバリン州の領主となったヴァイス・ヴァランクス男爵のことに一度触れておこう。
バリン州の住民らは、代々自分たち領民を治めてきたボウルズ伯爵が何故拷問死することになったのかも(一応罪状のほうは王に対する叛逆罪ではあったが、単に家臣としてまっとうなことを口にしただけだろう……ということは、説明されずとも誰もが知っていた)、何故バリン州になんの縁もゆかりもないにわか男爵が自分たちの領主となり搾取しようというのか、まったく理解できなかったものである。
ヴァランクス男爵の実の父親は肉屋であり、彼の母親は王都で洗濯女をしたり、その他料理や掃除、繕い物をあちこちで貰ってきては小銭を稼いで暮らしていたという。そもそも、何故そんな平民出のヴァイスが男爵にまでなることが出来たのか――話のほうは、彼が肉屋をしていた父を七歳の時に亡くした時のことに遡る。いや、正確にはヴァイスの母テオドラが、鍛冶屋のオーデン・ヴァランクスと再婚した時のことに遡る、というべきだろうか。
ヴァイスはそもそも、小さな頃から内気で大人しい性格をしていたため、物心ついた頃から父の肉屋の仕事を間近で見て、心からその職業を嫌悪していた。とはいえ、彼以外には上に姉がひとり、下に妹がふたりいるきりだったから、家業のほうは自然、ヴァイスが長男として継ぐことになるだろうと期待されていたわけである。
どちらかといえば太目だった父親が、病気でみるみる痩せ細っていった時、ヴァイスは何かが恐ろしかった。父イーデンが今までの生涯で殺してきた鶏や鴨といった鳥類や、豚、羊、牛やイノシシなどが、その積み重なりに積み重なった殺生の罪を償わせようと、父のことをよってたかって呪い殺そうとしているのではないかと思われたほど――彼の父の死の床での苦しみようは酷かったからである。
とはいえ、ヴァイスは死にゆく父親が『いつか、再び王都でヴァランクス肉屋の看板を復活させると約束してくれ』と言うと、まったくその気もないのにそう約束していたし、『母さんと姉さん、それに妹たちのことを頼んだぞ』と言われた時も……「何言ってるんだい、父さん。僕はまだ七つだよ。そんな遠い将来のことまで約束させられても困っちゃうな。いくら父さんでも常識で考えたらわかるだろ」とも、当然言わなかった。ただ泣きながら、その固い皮膚の手を握り、『わかったよ、父さん』と答えただけだった。
<ヴァランクス肉店>の看板を出していた店は、王都の商店街の並ぶ通りの、なかなか良い立地条件の場所に位置していたから、借りていた店舗料も高く、肉屋の一階、それに生活居住区としていた二階からも、彼らは早々に追い出されていた。肉屋だったので、毎日食べるのに困るということはなかったが、父のイーデンが病気になると、あっという間に蓄えのほうも尽き、懇意にしていた客や親戚などに、最後には借金まであるという有様だった。
こうした中、母のテオドラが夫の喪に服す一年という期限も明けぬうちに、鍛冶屋のオーデン・ヴァランクス――つまりは、イーデンの従兄弟と再婚した。ヴァイスはこの叔父のことが、おそらく初めて会った赤ん坊の頃から嫌いだったに違いない……と思うほど、あまり好きではなかった。いや、一緒に暮らすようになって大嫌いになり、その後は憎むようにすらなったのだが、オーデンのほうでは自分はこの義理の息子のことをこの上もなく可愛がってやっていると、そのようにずっと勘違いし続けていたようである。
オーデンとヴァイスの間には、義理の父と子として長い行き違いの歴史があったと言えよう。というのも、ヴァイスは小さな頃から内気で大人しい性格であったのだが、オーデンは「男の子はそんなことじゃいけねえや」と言い、何かと荒っぽい遊びを教えようとしたものである。たとえば、闘鶏、闘犬、熊いじめなど……「金貸してやっから、どっちかに賭けな」と、休みごとに何かのギャンブルにヴァイスのことを連れだしたものだった。ヴァイスは気の立った雄鶏同士の殺しあいなど見たくもなかったし、残酷な闘犬にしても同様で、熊いじめに至っては、犬どもが容赦なく鎖に繋がれた熊に食らいついていくのを見て――最後には涙を流していたものである。
だが、オーデンのほうではすっかりこれで「義理の息子と温かい交流を持っている」つもりになっていたらしく、鍛冶屋に来た客相手に「血の繋がりについては実の父親ほど濃くなくても、俺たちゃ親子として上手くいってんだ。なっ!!」などと、ヴァイスに頷くことを何度となく強制してきたものである。
もしオーデンが、一方的にではなく、もう少しこの義理の息子のことを乏しい想像力を総動員して考えてくれていたとしたら……ヴァイスが詩集を一冊プレゼントされただけで、一生忘れえぬほど彼に感謝し、歌劇や芝居の席の隅っこのほうにでも連れていってくれたとしたら――永遠の忠誠を誓うとばかり、この義理の父のことを心の底から崇め奉ったことであろう。
さらに言えば、こうした悲しい行き違いの果てに、ヴァイス・ヴァランクスは平民から<男爵>に成り上がったのだと言えただろう。ヴァイスは鍛冶屋のオーデンから、跡継ぎとなるようこの点については厳しく仕込まれたから、八歳の時、鍛冶場でフイゴを吹くことからはじめ、最終的にはその十年後、十八歳になる頃には……毎日汗だくになって槌を振るい、素晴らしい名剣や盾、それに防具類を作る名工となっていたのである。
ヴァイスは鍛冶屋として修行を積むその過程において、すっかり筋骨逞しい若者に成長していたが、彼自身は王都のテセウス騎士団の面々が大金を支払ってでも、彼の作る剣や盾、防具類を欲しがるのに反して――それらを使って人を殺傷したり、ましてや彼自身が戦争に参加して戦うことなど、まったく想像も出来ないというような、そうした人物であった。ヴァイスが唯一、最初から(僕には絶対向いてない……)という鍛冶仕事にある時から本当の意味で情熱を傾けることが出来るようになったのには、実はあるひとつの理由があったと言えよう。
ヴァイスは、ただある種の芸術品として剣やその鞘や、大楯、胸甲といった防具類を心の底から愛したのである。言ってみれば、まるで彫刻品のように一揃いの甲冑類を心から愛し、剣の鞘や柄の意匠に凝ることに熱中したわけである。また、王都やその隣の州であるアデライール州やモンテヴェール州には、そうした超一級品の価値を持つ大剣や甲冑類に対し大金を出して買おうという貴族たちがいくらでもいたものである。
オーデンは最初、この義理の息子が自分の鍛冶屋としての腕を抜いていくことに対し、内心複雑なものを隠し持っていたらしいのだが、ヴァイスがそうした時に見せる謙虚な態度を見るにつけ、さらにはこの息子の手の技による剣や戦斧、長槍や甲冑類などが、驚くべき値段によって注文を受けることが出来るようになってくると……ただこの、ヴァランクス家に大金をもたらしてくれる金蔓――もとい、可愛い息子のことが、ただひたすらに愛おしくて堪らなくなったものである。最早自分は<ヴァランクス鍛冶店>の隅っこに引っ込んで、ただ馬の蹄鉄でも打ってればいいや、などといったようにすら思うようになっていたほど。
さて、ヴァイスは鍛冶屋という平民の出ではあったが、剣や甲冑などを注文するのはそのほとんどが貴族だけになるほど、次から次へと彼の元に鍛冶仕事が舞い込むようになると、注文主である貴族たちは、彼を自分たちの屋敷やそこで開かれるパーティへ招待するようになっていった。ヴァイスはもともと、文学や詩や音楽を愛好していたから、高貴な人の招きを受けても恥を見ることはなかったし、彼の見目麗しさや物腰の優雅さ、性格の謙虚さを知るにつけ……「まったく、彼にないのはただひとつ、それに相応しい身分だけだわ」と口にする貴婦人たちの数は実に多かったものである。
この時期、ヴァイスは身分違いによる手痛い失恋を経験することになるのだが、そんなことを語っていると長くなるので端折るとして、とにかくヴァイスはこのようにして野心もなく貴族の世界へ足を踏み入れ、最終的にはクローディアス王が宮廷で開くパーティへも参加することが許されるようになっていく。
クローディアス王もまた、ヴァイス・ヴァランクスという名工の手になる剣や甲冑類のファンであったから、彼はオーデンとともに王へのお目通りが許されるというその日、すっかり興奮して眠れなかったものである。もっともそれはこの場合、残念ながら「光栄すぎるあまり」ということではなく、「恐ろしすぎるあまり、その前日からすでに失神しそうになるほどの」といった意味での、悪い、一種病的とさえ言える興奮だった。
ゆえに、ヴァイスが王宮にある謁見の間にて、クローディアス王に拝謁を許されようかというその瞬間、彼は興奮しきって疲れきり、今度はすっかり意気阻喪した様子で、何やら妙に落ち着かぬように見えたものである。オーデンのほうでは、王都で暮らしていながら実はただの田舎者であることがバレぬようにと、脂汗とも冷や汗ともつかぬ奇妙な汗をかきながら、時々震えつつ息子とともに謁見の順番を待っていたのだが――玉座に座る王の御姿を見た瞬間、ヴァイスもオーデンも、共にある種の強い感銘を受けていたものである。
拷問を趣味としている残虐な王である……という噂を聞いていたから、自分たちもまた、言動の何かが王のお気に障ったとすれば、即刻拷問部屋行きを命じられるのではないかということで、彼らふたりは震え上がっていたのであるが「アグラヴェイン卿がおぬしの甲冑を実に自慢していた」とか、「モルドレッド卿が自慢の剣で武術試合に臨む姿を見て嫉妬した」といったように持ち上げられたのみならず、「いずれ余の剣や甲冑も作ってもらいたいものだ」とまで言われ、ヴァランクス家のふたりはこの時ともにすっかり有頂天になっていたものである。
実際、ヴァイスはその後、そのような光栄に浴することにもなるのだが、それが彼らの不幸のはじまりであったことなど、この時のふたりにはわかりようもないことだったろう。ヴァイスもオーデンも、親しくなった貴族たちから「王は気に入った者を拷問鑑賞部屋へ連れていき、その反応を見る」と聞いてはいたが、クローディアス美髯王と呼ばれるくらい、容姿も整い、年齢を感じさせぬ若々しさすら感じる威厳あふれるこの王が――まさか本当にそのようなことを愛好しているのだろうかと、オーデンもヴァイスも最初は半信半疑だったものである。むしろ、王と話していて感じるのは(きっとそんなのはただの噂話にすぎない)ということだったのは間違いない。
だが、幼い頃から闘鶏や闘犬や熊いじめといった、オーデンのギャンブル好きにつきあわされてきたヴァイスではあったが、彼の性格は根っこのところでは一切何も変わっていなかった。ゆえに、彼の母も姉もふたりの妹たちも、そのことをとても心配していたものである。ヴァランクス家はこの長男のお陰で実に裕福になった。貴族でこそなかったが、今では資産的にはそれに準ずるほどの地位と名誉を王都において得ていたほどであった。そこでオーデンは考えた……何がどうあろうと、今後ともクローディアス王には気に入られ続ける必要があると。そして、こうしたやんごとなき方々のちょっとした気まぐれや我が儘、気の迷いなどに巻き込まれ、今ある地位や資産を失うわけには決してゆかぬのだ、と。
とはいえ人間、生理的嫌悪だけは自分の力ではどうにも出来ないものであったろう。オーデンとヴァイスが王の拷問部屋へ招かれたということは、それだけ王がヴァイスのことも、彼の作る剣や甲冑類も気に入ったということを意味していたが、ヴァイスは拷問を専門にする官吏が、王や取り巻きの貴族たちがゴブレットを片手に酒を酌み交わす中、目の前で囚人の生皮を剝がす姿を見て――嫌悪感がこみ上げるあまり、その場に吐いてしまったのである。オーデンはこの瞬間、王の不興を買ってしまったと思い、死を覚悟するあまり目の前が真っ暗となり、必死でこの自慢の息子のことを庇おうとしたものである。
「す、すみませんっ……こいつ、実はきのうから腹の具合のほうを悪くしておりまして、ですが、せっかくの王のお召しということもあって、それで、今ちょっと具合が……っ!!」とか、「肉屋の息子のくせして、腐った肉でも食っちまったんでしょうな」などと、どうにか笑いさえ取ろうとしたものである。
「いいのだ、気にするな」と、凍りついた空気の中、クローディアスはくすりと笑った。「しかし、オーデンよ。おぬしは鍛冶屋と思うていたが……ああ、そうか。ヴァイスの実の父親は幼い頃に死んだのであったな。もしヴァイスよ、おぬしが実の父の家業を継いで肉屋になっていたとすれば、人間の皮剝ぎも牛の解体もさして変わりないということがわかったことであろうにな。とはいえ、もしそうであったとすれば、今ここにいなかったということになるが」
慣れた召使いが何人も、ヴァイスの口から飛び出た吐瀉物をあっという間に片づけ、ヴァイスは王宮の侍医の部屋で、暫し横になることが許された。オーデンはクローディアス王の不興を買ったことでうろたえていたが、自分たちは欲の皮が突っ張りすぎたのかも知れない、などと、独り言のように反省の言葉を口にしたりもした。とにかく、こんなことが原因で自分たちもまた拷問部屋行きになるのだと思い、彼らはその後の数週間を怯えながら暮らしたものである。
この時、ヴァイスとオーデンは王から注文のあった甲冑と剣を丹精込めて製作していたが、その三か月後(この間、彼らは貴族のうち誰からもお呼びがかからなかったものである)王の甲冑と剣が出来上がると、その品を王宮へ納めにいった。王がその場で「おぬしの手で着させてくれぬか」と言ったため、ヴァイスは王宮の王の私室でふたりきりとなり、金縁の鏡の前で鎧を王の体に順に装着していった。
最初に採寸した通りに形作ったので、ある意味当然ではあったが、鎧はぴったりとクローディアスの体に合い、肘や籠手部分などにも、稼働に無理のある場所や不具合もなく、ヴァイスは実にほっとしたものである。さらに、この中でクローディアスが特に気に入ったのが剣のほうで、白銀の輝きを放つ鞘や柄の美しい意匠に、まるで第一級の美術品に見惚れるように長く眺め入っていたものだった。
「ヴァイスよ、おぬしには何か褒美を取らさねばなるまいな」
「いえ、王よ。決してそのような……」ヴァイスの顔は青ざめていた。鎧の着付けについてはオーデンも手伝いましょうと申し出ていたのに、クローディアスはヴァイスにだけ話がある、などと言っていたからである。「クローディアス王のように偉大な方のために、このように鎧を一揃いと剣まで一振り作らせていただくことが出来、このことはわたくしにとって……いいえ、ヴァランクス家にとって、子々孫々に渡るまでの栄誉として語り継がれることとなりましょう」
「いや、余は今、実に心から感動しておるのだ」
鏡からくるりと振り返ると、クローディアスは深い澄んだ湖のような瞳によって、ヴァイスのことをじっと見つめていた。
「ヴァイスよ、おぬし、今から三か月ほど前……拷問を受ける囚人の姿を見て、嘔吐しておったな。そして、そのことで余の不興を買ってしまったと思い、その後おそらくオーデンともども生きた心地がしなかったことであろう。その余のためにこれほどまでに立派な甲冑と剣を完成させてくれるとは……まったく、他のアグラヴェイン公爵などもそうであろうが、余や他の公爵たちのような身分の者はな、何よりも金で買えぬ価値あるものにこそ感動するのだ。余は、今鏡でこの甲冑を見、おぬしの打った剣を見た時ほど、感動でゾクリとしたことはなかったほどだぞ……金貨のほうは十分、欲しいだけのものを与えようと思うが、余がおぬしの与えてくれたものを思い、今後何かの折に特別な褒美を与えようと考えていると、そのこと、どうか期待して覚えておいて欲しい」
「は、ははっ。まったく、このような平民の鍛冶屋に、王さま直々にまったくもったいのうお言葉でごさいます」
そう答えながらも、ヴァイスはクローディアス王の言葉を、本当に心の底から信じ期待して待っていたわけではない。ただ、とにもかくにも王が自分の醜態のことで怒っていなかったことを、心の底から喜んだというそれだけであった。また、実に不思議なことであったが、ヴァイスはカリスマ性のある王と間近で言葉を交わしたというたったそれだけのことで、物事をいいほうへ捉えようとしていた嫌いがある。つまり、拷問を受けていたのは殺人といった罪を犯した囚人たちなのであるし、それをどのように扱おうとも、その権利が王ほどのお方にあるのは当然のことではないか……といったように。
また、クローディアスの私室にて、一対一のふたりきりになったことで(無論、部屋のすぐ外には従者が控えていたとはいえ)、ヴァイスはこの頃、ある熱情に取り憑かれていたようなところがある。というのも、王にお捧げするための甲冑と剣が完成してしまうと、ほっとするあまり、ヴァイスは少々腑抜けのようになってしまったのだが(一種の燃え尽き症候群である)、それでいて、クローディアス王のような素晴らしい方をもっともっと喜ばせて差し上げたいという奇妙な欲望がヴァイスの内側で育ちはじめていた。
もともとヴァイスは、街の広場にある時を知らせるカラクリ人形など、そうした精密機械の装置に興味があり、独自に趣味で研究したりしていたのだが――この時、彼にあるインスピレーションの波が与えられたのである。あとにしてみればそれは、悪魔が与えた霊感だったのかもしれないが、とにもかくにも、ヴァイスはその後半年間ほども、自分が設計図を引いたギロチンという首を斬る装置を作ることに熱中した。何分、金のほうであれば、鍛冶屋の看板を下ろしても一生困らぬほど蓄えがあったし、元は痩せていた母は今では丸々と太り、姉も妹ふたりもそれぞれいいところへ嫁いでいった。
そして、オーデンはといえば、ヴァイスのこのアイディアが気に入って、一緒に大工仕事その他、なんでも手伝っていたものである。というのも、ヴァイスはただ単に王のご機嫌取りがしたいというよりも、このギロチンをクローディアス王が気に入ってくださったとすれば……皮剝ぎその他の残虐な刑罰にかかって囚人が死ななくてもいいようになるだろうと、そう考えていたわけであった。
こうして、なるべく苦しみ少なくしてあっさり死ねる処刑具であるギロチンがヴァイスの手によって完成したのである。ヴァイスはあくまでこの恐ろしい処刑具を「善意」によって考案したのであるが、クローディアス王は囚人が徐々に時間をかけて苦しみつつ死ぬのを楽しんでいるのであって、そんなにあっさり死んだのでは面白くないと感じるのではないか……という懸念がないでもなかったと言える。
とにもかくにも、ヴァイスとオーデンは王宮へと馳せ参じ、まずは自分たちがそのような処刑具を考案したことを、ティンタジェル城の伝令係に伝えた。この伝令係は王の気に入りの従者のひとりであったから、ヴァイスが有名な貴族気に入りの鍛冶職人であることは当然よく知っていた。ゆえに、王の拷問趣味に合うかどうかはわからなかったにせよ、とにかくその「ギロチン」なるものの設計図を見て、(なかなか面白いな)と直感したわけであった。(なんにせよ、クローディアス王の暇つぶしの玩具くらいにはなるだろう)と。
こういった話運びにより、その一週間後にはギロチンのお披露目会が開かれることになったのである。この件に関してヴァランクス家のふたりは、直接王と謁見して言葉を交わしたわけではない。ただ、伝令係が「王が設計図を見て、非常に興奮しておられた」と伝え聞き、そのことを喜んでいたというそれだけである。
ヴァイスにもオーデンにも一応、「自分たちが危ない橋を渡ろうとしている」との自覚くらいはあった。これからも、今後とも貴族か、あるいは金惜しみをしない豪族や地方郷士などから注文を取って剣や鎧を作るというだけでも、暮らしのほうは最早困ることはないのであるから、このふたりは以前「そろそろ田舎に地所でも買って引っ込もうか」と話しあったこともある。だが、テオドラがそのことを嫌がった。というのも、娘が三人とも金持ちの王都の商家に嫁いだことから、「孫に会えなくなる」ということがあったし、何より今では彼女もまた貴族のパーティに招かれるといった裕福さの毒に冒されていたということがあったろう。
どうやらこの眼に見えぬ毒というのに、この頃ヴァイスもオーデンも冒されつつあったに違いない。何故といって、「ギロチン」のお披露目が成功するとは限らなかったし、王の気に入らなければ、自分たちの身を危うくするだけだとの可能性もあった。だが、ふたりはあえてこの危険な橋を渡ろうとしたわけである。そしてその結果はといえば――おそらくは成功したものと思われた。
その日、ティンタジェル城の広い中庭には、臨時の見物席が設けられ、隣州の領主であるアグラヴェイン公爵やモルドレッド公爵など、その他王都住まいの名だたる貴族たちが、煌びやかな格好でずらりと居並んでいたものである。もしヴァイスとオーデンのふたりが、少しずつ貴族の屋敷のパーティへ招かれるなどして、こうした集いに慣れていなかったとしたら……もしかしたら「失敗するかもしれない」と思っただけで、失神しそうになるほど緊張したことだろう。
だが、彼らは徐々に「貴族慣れ」という言い方はおかしいが、とにかくこうした高貴なる人々と語りあうことにも慣れ、すっかり免疫もついてきていた。とはいえ、ふたりはあくまで「王にだけ」気に入られようと思い、あくまでクローディアス王のお悦びを想定してギロチンを製作していたので、こんなにたくさんの貴族までが集まってお披露目会などという大袈裟なことになるとまでは――実はまったく想像していなかったのである。
ところが伝令係曰く、「そのような素晴らしいものを余ひとりだけが見るなどもったいない」ということだったらしい。ヴァイスは最初、等身大の藁人形で試し、ギロチンの鋭い刃によって藁人形の首がスッパリ、農夫が鎌で大麦を刈り取る時のように綺麗に斬れているのを見――「よし、いけるぞ!!」などと喜ばしく思っていたものである。だが、オーデンはそれだけでは飽き足らず「生きた人間で試すのは無理だが、せめても死体では試す必要がある」と、疑わしい口調で意見していたのである。何分、クローディアス王に見ていただくのであるから、決して失敗は許されぬのだ。
そこで、オーデンは死んだばかりの貧乏人の死体を墓場で三体ほど購入した。そして、墓堀人に金を払ってそれとわからぬよう荷馬車で運ばせたわけである。こんな実験を昼日中に行うわけにはいかなかったから、ふたりは郊外の平原にて、真夜中にギロチンを運び、それを再び組み立てると、処刑の模擬実験を行った。
「よし、これならばいけるぞ」と、オーデンは死体のすっぱり斬れた首から上の頭部を、髪の毛を掴んで持ち上げ、嬉しそうに言ったが――墓堀人の目にはおそらく、ランタンの照り返しを受けたその笑顔は、悪魔のそれにしか見えなかったことだろう。
オーデンはもともと、短気で喧嘩っ早く、金さえ貰えばなんでもやるといった傾向にあったが、ヴァイスにはそうした傾向はまったくなかった。だがこの時ばかりはヴァイスもまた、「囚人の処刑時における苦痛と恐怖を軽減するため」という大義名分があったせいだろうか。客観的に見た場合、自分たちがかなりのところおかしい行動を取っているとわかっていても……道徳的に見て良くないとか、愚かしいことだといったようにはまるで感じていなかったようである。
三体の死体で確かめた時の感触から、ヴァイスとオーデンは「生きた人間の首でも必ず成功する」との確信があったまでは良かったのだが、何分四方を高貴なる方々に囲まれてのお披露目会になるとまではまるで想定していなかったため――「なんという野蛮な」とか、「鍛冶屋は馬につける蹄鉄だけ打っておれば良いのだ」といったように冷笑され、話のほうは終わるかもしれないということ……彼らふたりは何よりもそのことを恐れていたわけである。
また、この場には高等裁判所にて最後の判決について言い渡す法務官の面々も多数おり、そうした囚人の量刑に関わる法関係の人物もたくさん見物に来ていた。というのも、クローディアス王が自分の秘書官を通し「新しい処刑法についてヴァランクス家の者より提案があるそうだ。ゆえに、この件に関して是非意見して欲しい」といった旨の文書を送っていたからである。
だが、このようなヴァイスとオーデンの試み自体、気に入らない者たちもいた。それは王気に入りの拷問を専門とする官吏たちであった。意外に思われるかも知れないが、人を拷問するというのは、心身ともに強力な体力や技量や精神力を必要とする。彼らは今の今までクローディアス王の気に入るようにと、あらゆる形で囚人を拷問してきたため、自分たちのそうした苦労を何も知らぬ新参者が、ギロチンなどというよくわからぬ機械をお披露目しようという試み自体、まったく面白いと感じていなかったのである。
必然、今回のお披露目会には、婦人の出入りは禁じられたが、夫や息子などから話を聞き、「自分はヒステリーを起こしたり、ショックで失神するようなことはない」という気丈な女性のみ、入場が許されていた模様である。
確かに、ヴァイス・ヴァランクス考案の「ギロチン」の効能自体はあっさりすぎるくらいあっさり、証明されてはいた。というのも、ティンタジェル城の地下牢から「おまえたちの中で、すぐに首を斬られて死にたい者はいないか」と拷問官吏が募集すると、ほとんどすべての者が立候補していたがゆえに――最終的に拷問官吏長はくじ引きさせることにしたのだが、その幸運な(と言うべきなのかどうかよくわからない)囚人は、看守ふたりに脇を固められつつ引き立てられて来ると、跪いた姿勢により、まずは首を木枠によって固定された。
この記念すべき(と言うべきなのかどうか、これもよくわからない)、ギロチン刑の第一号目の囚人の名は、ハーバード・ランバートと言ったが、自分と家族の飢えのためにパンを盗んで捕まったわけである。無論、パンを盗んだ罪のみによって死刑になったわけではなく、罪を償って釈放されてのちも仕事がなく、盗賊や追いはぎでもする以外生きていく術のなかった男であった。こうして盗みの罪がいくつも積み重なった結果、ティンタジェル城の悪名高き拷問部屋行きを命じられることになってしまったのである。
ハーバードは、鉄の鎖で冷たい牢獄の石壁に繋がれているせいで、そこから皮膚の腐食がはじまっており、自分ひとりではうまく歩けないという有様であった。さらに牢屋の冷たい空気のせいで肺も病んでおり、最早うまくしゃべれぬ状態でもあった。おそらくこの状態で牢屋に放置されていただけでも、いずれ衰弱して死んだことは間違いない。だが、その彼の死をさらに早めようとするものがあった。それが毎日のように行われる拷問であり、いつでも彼が呼ばれるとは限らなかったが(王は元気で体力のある囚人が拷問されることのほうをより好んだから)、それでも皮を剥がれるといった主役級の拷問を受ける囚人の傍らで、まるで目立たぬエキストラのように指締めに耐えたり、重石を乗せた圧迫刑などにひたすら黙って耐えねばならなかったのである。というのも、「ああっ」とか「ううっ」とでも声を洩らしてしまうと、拷問官たちより鋭い鞭打ちの刑を食らうからであった。それも、「王の御前であるぞ!おかしな声を出していいと誰が言ったのだ!!この愚か者め」などと、傍らで罵倒されつつ……。
ティンタジェル城の地下牢には、このようにして「死なない程度にうまく加減され拷問され続ける」血まみれの囚人が何人もいたから、彼らは毎日必死に神に祈っていた。「ああ、早くオラたちを殺しておくんなせえ、神さま……」、「これ以上の地獄はとても耐えられねえだ。早くあなたさまのおられる天国へ連れていっておくんなせえ」といったように。果たしてこの場合、ハーバードの祈りが神に聞き届けられたことにより、彼はギロチン刑によってあっさりすぎるくらいあっさり首を斬り落とされて死亡することになったのか、それもまた誰にもわからぬことであったろう。
何故といって、ハーバードが「ギロチン」なる生まれて初めて見る処刑具の、太陽の光に煌めく鋭い刃を見た時――「自分はきっと悪魔によってくじ引きで当たったんだ……」と直感したのは間違いなく確かである。拷問官の話では「一発で楽に死ねるらしいぞ」と聞いていたのに、世の中そんなにうまい話はやはり転がっていないものなのだと、彼の心は再び絶望の沼に沈んでいった。こんなことなら真っ黒い闇の泥沼から、ちらりとでも外を覗くべきでなかったのだとばかりに……。
とはいえ、痛みが一瞬だったのでないかとは、その場にいた誰もが感じたことであったらしい。ハーバードがもし、ティンタジェル城の地下牢へ移送されてきたばかりの頃であったら、あるいは今この瞬間、自分の足でしっかり立て、はっきりしゃべる気力も体力も残っていたなら、彼はこの見るも恐ろし気な処刑具を見るなり逃げようとしたことだろう。「いや、やっぱりいいっ!他の囚人の誰かにこの光栄な権利を譲るっ!!」とでも叫んでいたろうことは間違いない。だが、彼は処刑台の階段を上がる時にもふらつくほどであり、喉の奥からはゼェゼェヒューヒューいう喘鳴音が聴こえるのみで、さらには久しぶりに太陽の下に引き出されてきたことでも――もう、何が何やら訳がわからなくなっていたのである。
だが、(これから自分はこんなものにかかって死ぬのだ……)という恐ろしいまでの現実感はしっかりしていたし、震え、恐れおののきながらも、(あのまま地下牢にいて死ぬのを待つよりは多少マシかもしれない)との思いも、僅かばかりなくもなかったのである。
とにもかくにも、ハーバード・ランバートという三十八歳の男の苦労と貧しさばかりの生涯は、鋭い刃に繋がれたロープが処刑官の手斧によって断ち切られたほんの一、二秒後に終わった。処刑官はハーバードの髪の毛を掴むと、その落ち窪んだ目の、もともと土気色をしていた男の頭部を、厳粛な顔をして周囲に見せて回ったものである。
ヴァイスとオーデンは、処刑台の脇でその様子を見守っていたが、言うまでもなく彼らふたりは根っこのほうが小市民なのである。ヴァイスは本当に生きた囚人がよろめきながら場内を進んでくると、あっという間に彼のことが気の毒になり、こんなくだらないものに何故自分は血道を上げてしまったのだろうと、急速に後悔しはじめていたし、オーデンはこの罪人のことを軽蔑しきっていたとはいえ、それでもまるきり(やったぞ!成功した!!うまくいった)などといったようには、手放しに喜んではいなかったのである。
そしてここで、奇妙なことが起きた。処刑を見物していた貴族たちの中から、パチパチと賞賛の拍手があちこちから起きたのである。さらには、王自らが伝令係に伝えて、ヴァイスとオーデンにこの場に設けられた玉座の前まで来るよう命じていたのだった。
「まったく見事だ、ヴァイスとオーデンよ!!よくぞこれだけ素晴らしいものを創意工夫によって作り出したものよな。この国内には、あちこちの牢獄にて、処刑を待つ囚人たちが数限りなく多数おるのだ。ある学者の話によれば、これらの囚人にかける衣服や食事代だけでも、真面目に働く国民たちの血税を削るに十分であるとか……今後はこのギロチンを国内の各州の処刑場に設置し、見せしめとしようではないか。罪を犯せばこのギロチンによって処刑されることが民衆たちに広く知れ渡れば、誰もが恐ろしさから盗みや殺人を犯そうなどとは最早考えなくなるに相違あるまいぞ」
クローディアス王のこのお褒めの言葉によって、今度はその場に集まったすべての貴族たちの間に大きな拍手が巻き起こった。もっとも、人々は心の中では色々なことを思っていた。高等裁判所の裁判官などは、(確かに悪くない発明かもしれない)と思う者もいれば、(これが王のあの拷問という悪趣味に飽きたサインであれば良いが)と思う者もいた。さらに、王の気に入りで、毎月多額の俸給を与えられている拷問官吏たちは(あんなにあっさり死んだのでは、見せしめの意味がない。むしろ最後は簡単に一撃で楽に死ねると思い、罪を犯す者は増加するだろう)などと、そんなふうに考える者もいたようである。
ヴァイスとオーデンはとにかく、クローディアス王を喜ばせるために作った処刑具だったため、王からお褒めの言葉を戴けたことを心から喜び、感動すらしていた。彼らは王に呼ばれ、その後暫く玉座の傍らにいて、続く囚人たちの処刑風景をともに見守りつつ、色々なことを語りあったりしたものである。
もっとも王は、最初だけゾクゾクするほどの悦びを感じたものの、すぐにこのギロチン刑にも飽きてしまった。クローディアスがこのギロチン刑の中で特に好んだのは、処刑人が手斧でロープを切り、シャッとばかり刃が落ちてくる瞬間であった。青白い顔をした囚人が暴れて取り押さえられるという茶番劇を見るのも好きではあったが、首を斬り落とされると覚悟した瞬間に人間が見せる、他にはない真実の顔の表情――クローディアスはその真実の瞬間を何より好んでいたのである。
とはいえ、ギロチン刑も慣れてしまうと、案外あっさり囚人が死んでしまうのでつまらなくなってしまい、元の拷問鑑賞する趣味のほうへすぐにも彼は戻っていってしまった。もっとも、ティンタジェル城の拷問官吏たちはそのことで大喜びしていたと言える。というのも彼らはそれで一財産築き、その血塗られた財産によって楽に暮らしていける自分たちの引退後の豊かな生活について、ずっと夢見てばかりいたのだから……。
クローディアス王の拷問趣味については、のちに再び触れることとして、この場合、大切なのはともかく、王がすぐに飽きてしまったにせよ、ヴァイスとオーデンというヴァランクス家の者たちが「自分のためにここまでのことをしてくれた」ことに対し、深い感動を覚えたということである。
また、ヴァイスとオーデンにしても、「王が喜んでくださった」という当初の目的が達成されると、それ以上何か求めることもなかったため――それから暫くしてサミュエル・ボウルズ伯爵が亡くなり、その代わりに男爵としてバリン州を統治せよと命じられた時にはまったくもって驚いたものである。
少々長くなってしまったが、これがヴァイス・ヴァランクスが平民から男爵という爵位を与えられることになったその経緯である。ゆえに、バリン州の州民たちが「何故そのような男が突然自分たちを治める領主となったのか」まるきり理解できなかった以上に――ヴァイス自身がその理由についてなど、まったくもってわかってなどいなかったと言えよう。ヴァイスはクローディアス王の御前に出ると萎縮してしまうため、「何故わたくしだったのでしょう」などと問うことも出来なかったし、ただひたすら、爵位についても広大な領地を与えられたことに対しても……感動のあまり震えつつ、感謝の気持ちを述べることしか出来なかったのである。
だがきっとおそらく、ヴァイスはギロチンなど作らないほうが良かったのであろうし、あのまま鍛冶屋としての自分の生活に満足し、時々気の向いた時のみ名工として槌を振るうこともある……といったように暮らしていったほうが本人のためであったのは間違いない。そのことを彼は、自らが考案したギロチンに民衆たちの手によってかけられるという段になって――自分の人生の最後の最期の段になって悟るということになるのであったから。
>>続く。