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惑星シェイクスピア-第三部【22】-

2024年11月12日 | 惑星シェイクスピア。

 

【4】のところに少し感想を書いたりした「エクスパンス」、ようやく見終わりました♪

 

 ちょっとあんまりググったりしてないのですが(汗)、たぶんシーズン6で打ち切りに近い形で終わった……のかな、といったよーな最終回だったと思います

 

 ん~と、そのですね……「エクスパンス」、わたしにとってSF大作であり、何ひとつ欠点が見受けられないように感じられる作品であるにも関わらず、いまひとつヒットしなかった――という、非常に珍しい作品であるように感じたわけです(^^;)

 

 映像は綺麗だし、設定もしっかりしていて作り込まれてるし(勉強になります)、地球・火星・小惑星帯軍とで争っているわけですけれども、それぞれの側に言い分があって、キャラクターにもある程度共感ができる……以下、わたしにとって欠点は何ひとつないと感じられる素晴らしい作品であるにも関わらず、何故大ヒットとならなかったかの、かなりのとこどーでもいい雑文となりますm(_ _)m

 

 その~、わたし的にSFについて詳しい方は間違いなく「エクスパンス」を非常に高く評価されるのではないかという気がします。ただ、わたしのようにSFについて大して詳しくもないシロートが見た場合、テーマがあまりにも現実的に過ぎたのではないか――と、そんな気がしました。。。

 

 SF作品って、かなり遠くの未来のことを描いていたり、近未来形のもので、「この先こうなるかも……」といった現実性を感じさせるものはヒットしやすい傾向にあるのではないでしょうか。でもエクスパンスって、地球人類がやがて火星にまで進出し、火星と木星の間にある小惑星帯にまで人々が移民していても――我々人類はここまで苦労したにも関わらずこんな程度の未来しか得られないのだという、絶望的なまでの現実感があると思いました。

 

 この点はおそらく、ガチ系のSFファンには高く評価される点と思うのですが、わたし程度のシロートがシロート目線で見た場合、むしろ逆に「人類の未来にまったく夢や希望を抱けない」ということになるわけです。また、シーズン6で終わりとなることがもし最初から確定しているとわかっていた場合、逆算した描き方としてちょっと方向性を間違えてしまったところもあると思います。といってもこれは、製作サイドさまのミスとかいうことでもなんでもなく、最初からリングとその先に突如出現したという1300もある新しい惑星のことをなるべく早い段階で描くべきでなかったか……という気がします(もしシーズン7があった場合、ようやくこちらへストーリーのほうがシフトするというところで終わってしまったので)。

 

 その~、わたしが思うに、視聴者的にこのリングという存在の背後に謎の地球外生命体が存在するということと、そちら側からもたされたプロト分子と呼ばれるものがなんなのか――というのが、「エクスパンス」というSFドラマの二大中心軸でなかったかという気がします。でも割と途中からそこらへんは後回しにされて、地球・火星・小惑星帯を巡る人間模様に主軸が置かれるようになり、正直、わたしはそこらへん面白くないとまでは言わないけれども、そんなに興味なかったのです(すみません)。

 

 にも関わらず、がんばって毎日1話くらいずつコツコツ☆見続けたのは、最終回までに地球人類などアリよりも小さい存在として目に入ってきていないほど文明の発達具合に差のある超々高等文明を持つらしいエイリアンの正体がいかなるものか、またプロト分子の正体とは何か……というその部分が必ず明かされるはずだと信じていたからです。でもこれは「にも関わらず明かされずに終わってがっかりした」とかいう、そうした話じゃないんですよね。何故といって、だんだん終わりに近づくに従って「これはそういうことになるな」と予感されており、でもそれは製作サイドさまが悪いということではないと思うからなのです(ようするに、製作費その他の関係で最初に大きく広げた風呂敷を小さく畳まざるをえなかったということだと思うので^^;)。

 

 今までわたしが夢中になったドラマで、「最後の最後、ちゃんとこの謎は明かされて終わるのだろう」と信じて最後まで見たにも関わらず、「実は製作サイドさまは最後どうなるかちゃんと考えてなかったのだ」と明らかにわかる終わり方だったことがありました。でも「エクスパンス」には原作もあるようだし、ここまでSF作品を描く力のある製作スタッフさまが、「実はなんも考えてなかったんスよ」ということだけは絶対ないと思うわけです。

 

 ただ、ここまでしっかり作り込まれたものを世に放ったにも関わらず、思ったよりヒットしなかった……こと自体は、これだけコンテンツ盛りだくさんなサブスク時代、結果として仕方のないことだったんじゃないかなって思います。またわたし、こうした場合「ここまで見させてきといてなんやっ!!」と、その腹立ちについて必ず何か書かずにおれない人間でもあります(笑)。

 

 でも、「エクスパンス」に関してはただただ残念で不運な作品だった、製作者サイドさまは誰も悪くないと思うよ、うん☆……と素直に頷けるという意味で、非常に稀な作品だったようにも思ったり(^^;)

 

 まあ、自分でも書いていてなんともつまらない感想ですが、主人公のホールデンが「リングを通るたびに彼らの怒りが膨れ上がっていくのがわかる」というその点について、本当にせめても明かされて終わって欲しかったと思う。リングとプロト分子の謎については部分的にしか明かされてないと思うのですが、でも、リングが突然現れたのはそこを通行するための道のようなものを異星人である彼らが作るため……みたいに語られていたように記憶してます。つまり、この道を宇宙の別のところに通すのに、その通り道として地球や火星や小惑星帯があろうとも、そこに住む人類が全員死滅することになろうとも、エイリアン側としては「あれ?もしかして虫が三百億匹くらい死んじゃったかな?」くらいの感覚しかないくらい、文明の成熟度に開きがある――ということなのだと思ったんですよね。

 

 となるとですね、このエイリアンさんたちがどんなお姿をしてらっしゃるのかも気になるし、プロト分子のほとんど不可能を可能にする無限のパワー的なものについても、もうちょっとくらい何かわかってから終わって欲しかったというか(^^;)

 

 まあでも、もしかしたら原作のほうにそこらへんのことは描かれているかもしれないので、どうしても気になるなら「そっち読めよ☆」というそうしたことなのかもしれませぬ。。。

 

 それではまた~!!

 

 

 

 

 

 

 

       惑星シェイクスピア-第三部【22】-

 

 ロットバルト州の、野鳥の鳴き声のみならず、鹿の鳴き声や鳴きうさぎの声まで時々聴こえる木造城砦では、毎日笑い声が絶えなかった。おそらく、これで本当に次期開戦になるのだとは――傍から見た場合、到底信じられないほどであったに違いない。

 

 とはいえ、それにはニムロッド・ニーウッドといった、森を友とする愉快な仲間たちの影響がもっとも大きかったことだろう。彼らは聖ウルスラ騎士団やロットバルト騎士団の面々が、それからもバロン城塞の者たちを攫ってくるたび……数々の余興によってバロン城塞の第一の壁の兵士らを素晴らしくもてなしていたのだから。

 

 ネッド・ポインズはあれから、仲間のひとりのピーター・タウンゼントに命じて、もう一度バロン城塞のほうへ戻ってもらっていた。正確には手紙を持たせて、それを自分たちと同じ考え寄りであろう特に親しい守備兵らに届けてもらうことにしたのである。そしてその手紙には概ね、次のようなことが書いてあった。

 

<俺たちが点呼を取る時になっても一向姿を現さないので、そちらでもきっと心配していることだろう。聞いて驚くなよ!俺たちは今、ハムレットさまの軍と共にいる。いやあ、矢をちょいとばかり失敬してこようと思ったらば、闇に身を潜めていた黒騎士さま方に誘拐されてしまってな。だがみんな、喜んでほしい。ハムレット王子は我々と斬り結ぶことなど少しも望んでおられない。むしろ、我々バロン城塞の住民をひとりでも多く救うため、味方につけたいと考えておられるのだ……そこでだな、まずは第一の壁の守備兵であるおまえたちの間でハムレットさまの軍に投降したいと考える者は、こっそり突撃口から夜に矢を取りに来るような振りをして出てきてくれ。あとのことは、ハムレットさま軍の騎士さま方と一緒について来てから考えればいい。ここに、突撃口の鍵を同封する。出来ればこのことを第二の壁の守備兵や第三の壁の守備兵にも伝えられるといいのだが……そのあたりのことについては、おまえたちの知恵を信頼して任せる。このことの内には、バロン城塞の、引いてはバリン州の全住民の命が懸かっているということ、懸命なおまえたちであれば説明されずともわかってくれるものと信じている>

 

 第一の壁の守備兵たちは、この手紙を読むなり沸き立った。アーバン・アルフヴィヨラ守備隊長と、アドルフ・アダン副隊長にとっては、おそらく頭の痛いことだったとしても――第一の壁の守備兵のみならず、第二の壁の守備兵、それに第三の壁の守備兵も、こののち、少しずつ数を減らしていった。無論、毎夜姿を消すのは十数名ずつであり、最初のうちは仲間内で庇いあうことでどうにか誤魔化すことも出来たとはいえ……「あいつ今日は頭痛で……」、「腹痛で休んでまさ。なんか悪いもんでも食ったんでしょうな。まったく、しょうもねえ奴だ」などなど、そんな嘘も守備隊長やその副官らに通用しない日が当然やって来た。

 

 だが、そのことが露見した時には、それこそまさに時すでに遅し、であった。その理由については後述するが、とにかく、第一の壁の守備兵からは五十名ほどが、第二の壁からは三十名ほどが、第三の壁の守備兵は二十五名ほどが点呼時に姿を現すことなく、ロットバルト州の木造城砦にて、毎日軍事会議で熱い討論を交わすようになっていたのである。

 

 無論、軍事会議の場では、対バロン城塞についての次の手といったことも話し合われていたが、それのみならず、すでにバロン城塞が落城したあとのこと、王都まで攻め上るルートのことについても、連日繰り返しあらゆる情報について精査された。そして、そうしてから再び話のほうは「なんにしてもこうしたこともまた、バロン城塞を無血開城できたとしたらの次の手ということだものな。まずはそちらを実現しなければ……」と、最初のほうへ話が戻ってくるのであった。

 

 第一の壁の守備兵のみならず、第二の壁の守備兵、それに第三の壁の守備兵までもが、すぐにもハムレット軍の仲間になった者、なっても良いとしてある意味味方を裏切った者が多数いたのにはいくつか理由がある。まず、第一の壁・第二の壁・第三の壁の守備兵は合わせて総勢七百名ばかりもいたわけだが、戦争が近い時は別として、彼らの多くは軍事教練や見回りの当番に当たっている時以外では、他にも何かの職業を持っている者が半数以上であった。数字のほうを正確にするとしたならば、第一の壁の守備兵のうち、兵士を専門の職業としているのはほんの八十名ほどにしか過ぎない。第二の壁では七十名ほど、第三の壁では五十名ほどが守備兵の仕事のみによって俸給を得て暮らしているが、他の者たちは町のほうにて集った有志の者たちを訓練しているのだった。代々のボウルズ伯爵の配慮で、これら副業として兵士を兼任している者たちにも手当てのほうはきちんと支払われている。だが、守備兵の俸給のみを糧としている正規に訓練を受けた兵士とは待遇その他、当然段違いの差があった。

 

 ゆえに、正規の守備兵であれば、上官に背くこと自体に後ろめたさをより強く感じたり、レーゾンデートル団の貼り紙の文言に心惹かれたにせよ、それとはまた別に、城塞を守る兵士としての義務感のほうを何より優先させたに違いない。無論、ポインズやスネアやファングたち、最初にハムレット軍側へ寝返った者たちはその十名全員が正規兵であったが、このことを知った町を守る有志として集った兵士らにとって――このことは決定的な効果を及ぼした。「ハムレット王子に投降すれば、確かにクローディアス王を敵に回すことにはなる。だが、よく考えてみろ。ボウルズ伯爵を失った今、我々は一体誰のために戦おうというのだ?それに、メレアガンス州もロットバルト州も、東王朝が攻めて来た時には常に命懸けで共に戦ってきた仲間だぞ。まったく、レーゾンデートル団が今までずっと言ってきたとおりだ。みんな、このことを町中に言い広めろ!!今こそてめえらの町をてめえらで守るという、そのもっとも大切な瞬間がやって来たんだということをな!!」……町の有志として兵士に志願してくる者すなわち、彼らは石工ギルドや大工ギルド、その他家具職人ギルドや皮なめし職人ギルド、鍛冶職人ギルドなどなど、ギルド内における有力者たちというのは非常に多かった。そして、ギルドに職人として登録している者たちはそのほぼ全員が、自分たちを束ねる長に従うというそうした慣習だったのである(職人という者は個人経営であるように見えても、ギルドに登録しなければ事実上町で商売が成り立たなかったという事情も当然関係していよう)。

 

 さらに、ハムレット王子軍側にやって来れなかった守備兵の多くも、そのことを口で表明しているかどうかは別として、ほとんど『無血開城』という言葉に、最上のシェリー酒でも飲んだ時のように酔っている者が大半だった。彼らは素知らぬ顔をして、自分たちの気の毒な守備隊長やその副官の悩みに同調したりするのだが、結局のところ時がとうとう熟したと思われるその瞬間――この愛すべき上官たちのことも説得せねばなるまい……と、すでにそのような心積もりでいたわけである。

 

「なあ、ハムレット王子と無血開城という言葉を聞いたその時以来……俺、ずっと思ってたことがあるんだ」

 

「ふうん。そりゃ一体どんなことだ?つか、きっとそれはみんなが同じように思ってることじゃねえかという気がするがな」

 

「ほら、なんつーかこう……ボウルズ卿のことがあって以来、俺の……というか、俺たちの心の中は、ずっとどす黒いような曇り空だったと思うんだ。伯爵が拷問されて死んだと聞いた時には激しい嵐に雷、それに頭に当たりゃあ死ぬような雹まで降ってた。だが、その気持ちをどうにか押さえつけてその後も暮らしてきた……けど今、ハムレット王子のそのお名前を聞いただけで、その悪い黒雲がサアッと晴れてきて不吉な雲の間から、この上もなく清新な、輝くばかりの光の矢が射してきてるって、なんかそんな気がしてなんねえんだ」

 

 大体、これに類する会話というのは、第一の壁の城塔のみならず、第二の壁の城塔の大広間でも、第三の壁の城塔の食堂でも、似たりよったりの言葉が交わされていたものである。

 

 そして、第十三月の最終日から、第一の月の一日へと新年を迎えようかというその日、ハムレット軍はバロン城塞へ向けてとうとう兵を進めた。この頃にはメレアガンス州の兵のみならず、ライオネス・ローゼンクランツ・ギルデンスターンの砂漠の三州の軍も到着し、こうしてバロン城塞への包囲網は完全に完成した。

 

 とはいえ、彼らは軍備を整え、あたかも血を流すために進軍しているようにしか見えなかったにせよ、内情はそうでなかったのである。この場合、総大将であるハムレット王子は、彼の命が失われてしまえば、この十万近い大軍があってなお彼らの大義名分は失われてしまうのだから、なるべく後方にいて軍馬を進めるべきではあったろう。だが、ハムレットは軍の最前列近くにいた。そして彼は、バロン城塞第一の壁の守備隊長であるアーバン・アルフヴィヨラに向け、最後の説得を試みたのだった。

 

「アーバン・アルフヴィヨラ守備隊長よ!!これだけの大軍を見てなお我が軍への抵抗を試みるか!!もしそなたらが降伏するというのであれば、我々の兵士のうちバロン城塞のみならず、バリン州の住民の誰ひとりとして傷つかずに済むのだぞ!!我々が倒そうというのは僭王クローディアスとその腐った政治体制のみ!!ゆえにおぬしらはただ、我々のこの軍を通してくれさえすればそれで良いのだ!!」

 

「ぐぬうっ……しかしその手には乗るまいぞ、ハムレット王子!!このバロン城塞はここを攻め立てようとする者には、頑なにその門を閉ざす難攻不落の要塞ぞ!!我らバロン城塞の住民は代々そのことを誇りとして生きてきた!!今さらその誇り、どうあっても曲げられぬわ!!」

 

(やれやれ。昔堅気のアルフヴィヨラ守備隊長らしいや)と、ハムレットの後ろにいた、ポインズたち第一の壁の守備兵らは思った。彼らの近くには、第二の壁の守備兵、それに第三の壁の守備兵たちもいる。また、このことには当然理由があった。

 

「そうか!!それがそなたらの出した最終的な回答ということなのだな!!では、こちらにも考えがある!!ものども、かかれいっ!!」

 

 そう叫んだハムレットの号令により、こののち東王朝が攻めて来た時によく見られる陣形によって攻城戦がはじまった。ある意味当たり前すぎるほど当たり前のことではあるが、攻城軍側はまず、現在は干上がっているとはいえ堀を越えなければならない。ハムレット軍が「わあっ!!」という兵士らの勇ましい掛け声と同時、まず真っ先にしたのは、この堀を越えるため、リッカルロ王子からもらい受けたマントレ(可動楯)をさらに巨大化させたような板を盾として進軍していくということであった。この板には足のところに滑車がついており、一枚の板につき十数名の兵が押して少しずつ進んでいった。ちなみにディオルグが到着したのは、このつい二日前のことである。

 

 リッカルロ王子の軍は堀を土嚢で埋めてからこの板橋をかけていたのだが、橋のほうはサイズのほうがぴったりであったから、一度倒してしまえばすぐに隣の板の端を掛け金で留めればそれで良かったのである。こうしてベルフリーと呼ばれる攻城櫓や破城槌を通すことが出来るようになったが、こちらの兵士らよりも先に歩兵たちが梯子を運び、それを約十五メートルある第一の壁に次々かけていった。兵士たちはずっとこの練習をグレイストーン城砦の壁のほうで何度となく行ってきたものである。そして、通称「猫」と呼ばれる石材ブロックの目地に鉄棒を喰い込ませるための道具を使い、後続の兵士たちが上りやすいようにと鉄の杭を次々打ち込んでいった。

 

 無論、この間、バロン城砦側の守備兵も完全に何もしていなかったわけではない。だが、彼らはすでに最初から手筈として決めてある通り――矢狭間から矢を射てはいたが、明らかに的を外してそれを打っていたのである。壁の内側にいた矢狭間の射手などは上ってくる兵士らに「おい、トム!手ぇ滑らかして下に落ちて首の骨折るんじゃねえぞ!!」と声を掛けたり、「俺たちもどうせならハムレットさま軍のほうで戦いたかったなあ。畜生め!!」などと叫んだりしていたものである。城壁の頂上付近でも、適度に弓矢から矢を放つ振りはしていたが、上ってくる自分のよく見知った兵士らがフックを掛けてやってこようとすると――それをしっかり結びつけることをする者はいても、わざと外そうとする者などひとりもいなかったのだ。

 

「な、なな、なんと……っ!!」

 

 この様子を城塔から見ていて驚いたのは、当然何も知らされていなかったアルフヴィヨラ守備隊長と副官のアドルフ・アダン副隊長である。

 

「い、一体どうしたのだ、おまえたちっ!!矢を打ていっ!!そして剣を抜けいっ!!何故敵兵を前にして戦おうともしないのだっ!!」

 

「お言葉ながら、守備隊長……」

 

 事態の異変を先に察知して冷静に分析できたのは、アドルフのほうだった。アルフヴィヨラも、すでに齢五十に達していながら視力のほうは霞むことなく良いほうだったが、頭に血が上るあまり、この時その普段ある眼力のほうがすっかり鈍っていたのだろう。

 

「よく御覧くださりませ」とアドルフに促され、その時アルフヴィヨラはハッとした。上ってきた兵士らは頂上の歩廊部分に到達するなり、お互いを励ますように熱い抱擁を交わしあっていたのだから……。

 

 そしてこの時、城塔の物見やぐらにいたアルフヴィヨラとアドルフの元に、ネッド・ポインズやスネア・ラングウェイ、ファング・ロングといった彼らのよく見知った部下たちが平身低頭、恭しく跪いてやって来たのである。

 

「お、おぬしら、よよ、よくも……っ!!」

 

 アルフヴィヨラは血圧が上がりすぎるあまり、平生は白い顔が今や耳や首まで真っ赤になっていた。ポインズたちは自分たちの尊敬する守備隊長がこのまま憤死するのでないかと恐れたほどだったが、副官のアドルフのほうがむしろ冷静であった。もしかしたら(何かおかしい)とは前からそれとなく気づいていたのかもしれない。

 

「おまえらはこれから全員軍法会議にかけて、し、しし、死刑だぞ……っ!!」

 

 実際にはこの守備隊長にそんな気がないだろうことは、ポインズたちにはよくわかっていた。ただこの場合、今の隊長の立場から鑑みて、とりあえず何かは言わねばならないし、隊長にしてもそんな言葉でも口にせずにはおれない心境でもあったろう。

 

「落ち着いてください、隊長」と、アドルフが上官の体を気遣うように、鋼鉄の甲冑の肩部分に籠手で覆われた手をそっと置く。「彼らには彼らで考えあってのこと……ポインズたちのあの顔をご覧くださりませ。まるで悪戯を見つかった小さな子供が、父親から叱責されるのを心底恐れているかのような顔つきではありませんか。息子たちは父親のためを思えばこそ、今回起きたことを……ハムレット王子軍にあえて勝利させるという道を選んだのです。それもまた、我々をも含めたバロン城塞全住民たちのことを考えてのことでしょう……ポインズよ、そうだな?」

 

「は、はは、はい……っ!!」

 

 ポインズは必要以上に怯えたような態度でそう応じていた。というより、そのような態度でもなければ、到底アルフヴィヨラ隊長の顔が立たないと思ってのことである。

 

「恐れながら、守備隊長さま並びに副隊長さま。我々、こたびばかりは敵を欺くにはまず味方からという言葉通り、そのような奇計に走りましてございます。何より、アルフヴィヨラ守備隊長が州都バランより来る上からの命令と、我々守備兵の部下たちの間に挟まれ、苦しい思いをされるのではないかと心配してのことだったのです。ですが、このように事が成った今この時、守備隊長さまにはその腰にある六つの鍵のうちひとつを使って正門を開き、ハムレット王子を快くお迎えしていただきたいのでございます」

 

「ばっ、ばば、馬鹿を言えっ!!わ、わしはつい今さっきその王子に向かってかかって来いとばかり、挑発するような言葉を怒鳴ったばかりなのだぞっ!!そ、それを……それなのに、そんなことが……ぐ、ぐぐ、ぐぬううっ!!」

 

 アルフヴィヨラは怒りが極まったのかどうか、最後には頭頂部に赤い羽根のついた鉄兜を脱ぎ、それを床に叩きつけていた。それからドカッと副官アドルフの肩を叩き、彼のことを前へ押しだす。

 

「アドルフ、おまえがゆけっ!!少なくともわしは、ハムレット王子には絶対に顔向けが出来ぬ。こんなことならもっと早くに守備隊長の職など辞しておれば良かったわ。よもや味方に裏切られ、こんな煮え湯を飲まされることになろうとはな……いや、わしは「こりゃあ一杯食わされたわい!!」などと言って、このことを笑って済ませるつもりには到底なれぬぞ」

 

「アルフヴィヨラ守備隊長、お願いでございます」と、アドルフもまたポインズ側に回ると、彼ら同様跪き、頭を下げて隊長に懇願するように言った。「ハムレット王子はこのこともまた当然ご存じのことでございましょう。何より、我々は今大切な守備兵のひとりをも失わずに済んだのです……そうであろう?ポインズよ」

 

 もしかしたらひとりかふたり、不慮の怪我をした者がいたかもしれないが、アドルフが見た限り、どちら側の軍にも死者が出たようには見えなかったのである。

 

 ここで、アルフヴィヨラは四年前にあった――もっと言うなら、彼が守備兵としてここバロン城塞へ勤めるようになってからあった東王朝との戦争のことを思いだし、彼は何かを諦めたように嘆息した。そして腰の革帯についた鍵の束の中からひとつを外し、それをやはりアドルフに与えようとする。

 

「だが、これで我が第一の壁は破れたとして、第二の壁、それに第三の壁は一体どうするのだ。向こうにもこちらの様子が見えていて、すでに異変を察知してもいよう。わしはこれから、第二、第三の壁の守備隊長と話をしにいく。何より死力を尽くしてハムレット王子と戦ったりせぬよう、説得するためにな」

 

「アルフヴィヨラ守備隊長。そ、それが……」

 

 ポインズがいかにも心苦しそうに言った。

 

「第二の壁の守備隊長と第三の壁の守備隊長はそれぞれ、彼らの壁の守備兵がどうにかすると思います。ですから、隊長にはやはり城門を開いていただいて、ハムレット王子をお迎えいただくのが一番よろしいかと……」

 

「ぐぬう。そこまで言うか。まあ、老いては子に従えというからな……」

 

 アルフヴィヨラは一度は床に叩きつけた鉄兜を拾うと、それを脇に抱えて歩きだした。ゆく先々で、自分たちの敬愛する守備隊長の姿を見た兵士らは、みな恭しく頭を垂れた。そして、自分たちの守備隊長がすべてを知っても堪えてくださったらしいとその態度で知り、アルフヴィヨラが通りすぎたそのあとは、みなで再び抱きあいこの勝利を喜びあったり、手のひらを打ち合い、作戦の成功を祝いあったりすることに夢中になったのだった。

 

 アルフヴィヨラ守備隊長の腰に下がる六つの鍵は、突撃口、それに正門にある戸口を開けるための鍵、他に火薬のある武器庫など、それぞれ重要な場所の鍵が鍵束に括られていた。おそらくこの作戦の成功の鍵が、そもそも最初にポインズたちが自分の懐から無断でこれを盗んだことに端を発すると彼が知ったとしたら……彼は今この瞬間、烈火の如く怒りはじめたに違いない。だがそのことをアルフヴィヨラが知ることになるのは、このずっとあとのことであったから――その時には彼は気が狂ったように笑いだし、そして最後には感心したようにこう言ったのである。「こりゃあ一杯食わされたわい」と、とても嬉しそうな様子で。

 

 バロン城塞の正門は、その第一の壁の威容に負けず劣らず堅牢であった。二重の落とし扉に、その間を通ろうとする者を下へ落とすトラップドア、他に当然、上の城塔側から門を通ろうとする者をクロスボウによって串刺しにする殺人孔も設置されている。だがこの時、正門の前にて待っていたハムレット王子以下、タイスやカドール、ギネビアにランスロット、ディオルグやギべルネス、レンスブルックといった側近たちは――形ばかり破城槌を用意したことを笑いあっていたものである。

 

「まあ、バロン城塞を通りすぎたそのあとは、ここを拠点として次のクロリエンス州へと進軍せねばならないからな。そう考えれば無駄ということは決してないが……」

 

 葦毛の馬に乗るタイスがそう思慮深げに口にすると、

 

「確かにそれはそうだ」と、愉快そうに笑って鹿毛に乗ったカドール。「こんな奇跡的な開門は、おそらくバロン城塞だけだ。続くクロリエンス州、ラングロフト州などでは到底こううまくはいくまい。だが、万一我らが危うくなってバロン城塞に籠った場合、彼らにこの難攻不落の城塞を落とす術はまずもってないだろう。さらには、その状態でどこまで戦い続けられるものやら……」

 

「それに、ロドリゴ伯爵の話では内苑州の兵をすべて集めたところで、十万にも達しはしまいという話だったしな」と、白馬に乗ったギネビア。彼のすぐ隣には彼女の側近となったブランカもいる。「戦争には数でまされば勝てるというわけではないにせよ、バロン城塞が落ちたと聞いた時点で、彼らの心は砂漠で干からびた青草のようになることだろうよ」

 

「それに東王朝との戦争では、常にここバリン州、それにメレアガンス州、ロットバルト州の兵士たちが中心になって戦ってきたからな」と、ランスロット。彼は毛並みのいい黒馬に跨っている。「むしろ向こうが数では仮に上回っていたとしても、我々には到底勝ち目などありはすまい」

 

「実はな、きのうも話したとおり、リッカルロ王子がこちらへ向かっておられるのだ」と、ディオルグ。彼は実に胆力があり、堀にかけるための板を運ぶため兵を指揮して砂漠を越えてきたばかりだというのに、共に進軍すると言って聞かなかったのである。「この内乱に乗じて攻め込もうというのでは無論なく……ただ、そのような報告があれば王都テセウスがいかに慌てるかということでな。そして、そのことをのちにハムレット王と和平条約を結ぶための手付金代わりにしたいということであった」

 

 疑り深いタイスとカドールは、ハムレットがディオルグの話をしみじみと聞き、すぐに納得したのとは別に――万一のことがあったらどうすべきかと、その不測の事態が起きた際のシナリオをどうしても組み込まずにはおれなかったのであろう。まったく、策謀家といったものは不幸な生き物である。彼らふたりはそのことで随分長く討論を重ねてから、今日というこの日を迎えていたのだった。

 

「そりゃなんとも心強いことだぎゃ」と、粕毛の小型の馬に乗ったレンスブルック。「ギべルネ先生、このことにはディオルグだけじゃなく、先生が星神・星母さまの御託宣によって東王朝へ行ったことがきっと大きいとオラは思ってるぎゃ。まったく、神の人も大変だぎゃ。誰も触りたくもねえようならい病患者たちと……ぶるるっ。オラにはまずもって無理だぎゃ。すでに片目のねえ醜いチビだのに、この上らい者と呼ばれるようになったら、惨めすぎてとても生きていけねえもの」

 

「だから、前にも言ったとおり、リノヒサル城砦はそれほど悲壮感に溢れたような場所じゃなかったんですよ」と、ギべルネスはレンスブルックの隣で微笑んだ。彼の<神の人>としての苦労をここまで深くわかってくれるのは、ある意味レンスブルックだけだったに違いない。「きっとあなたがあの場所にいたとしても、間違いなくそうだったでしょう。砂蜘蛛に目をやられて片目を失ったと聞けば、同情して心から涙を流してくれるような、そんな心優しい人たちばかりでしたからね……彼らは自分たちが社会から疎外される存在であるだけに、そうしたことにはむしろ敏感で繊細なんです」

 

 ――この時、正門を挟むふたつの城塔のほうがざわついた。続いて、落とし扉の上がる音や、何重もの閂を引いたり、つっかえ棒をどけたりする音、それから錠前の鍵の回る音がしたのち……巨大な正門の扉が左右に開いた。途端、城塔の上でラッパやクラリオンによるファンファーレが鳴り響く。

 

「ハムレット王子、先ほどは誠に失礼致しました」

 

 先頭にいて、白馬に跨っているハムレットに向かい、その足許に跪いてアルフヴィヨラは言った。彼はおそらく、斬首を命じられればそのことに大人しく従ったことだろう。そのくらいの覚悟を持って恥を忍び、これからこの国の王となる方の前に身を投げ出したのである。

 

「自分の部下の守備兵らに欺かれているとも気づかぬ愚か者でありますれば……自害を命じられても、それが相応とも思っておりまする。ですが、せめても死ぬ前に部下どもがあなたさまのお目にかかっておけと、そう申しましたもので……」

 

「いいのだ、アルフヴィヨラ守備隊長よ。むしろ、そなたには心苦しい思いをさせてまことに済まなかった。第一の城門を開門してくれたこと、心より感謝する。そして、今後ともそなたにはここバロン城砦にて平和の護り神でいて欲しいものだ」

 

「ハムレット王子……そのようにもったいないお言葉をかけていただき、かたじけのうございます。この正門へ辿り着くまでの間に、今後の計略につきましても部下たちより聞きました。そして、確信致しましたのでございます。あなたさまこそ、偽王クローディアスに代わり、今後この国の王となるべく神に選ばれたお方であるということを……」

 

「アルフヴィヨラよ、ここから先は共に来てくれ。さすればきっと第二の壁の守備隊長も、第三の壁の守備隊長も……おそらくは心を慰められようというものだからな」

 

「ははっ!!それがハムレット王の御心でありましたならば、この老体、どこまでもついていく所存にございます」

 

 ハムレットが白馬に乗ったまま、続く側近たちとともに正門をくぐっていくと――再びラッパとクラリオンによる奏楽が高らかに鳴り響いた。さらにそこへ太鼓の音色が加わり、勇壮な行軍のための曲が奏でられてゆく。

 

 第二の壁は、第一の城壁が破れた時のために、第二の壁との幅は二十メートルほどしかない。そして、通常であれば矢狭間から敵兵はここで狙い撃ちにされ、さらには東と西それぞれにある出入口から挟み撃ちにされるという格好になる。だが、ハムレット王子の軍はそのまま悠々と第二の壁を進みゆき、彼らはこの時、途中で左右に分かれはしたが、ハムレット自身は東側の出入口より入り、第三の壁へと迫っていったのである。

 

 さて、第二の壁の守備隊長は、ルドルフ・ルヴァンシュタッツであったが、彼は部下たちよりその健康を心配され、実は前もって眠り薬によって眠らされていたのであった。副官のルイ・コーヴィルは、その際に部下たちより事情を説明され、協力を求められたわけである。

 

「おお、哀れなルドルフ・ルヴァンシュタッツよ」と、アルフヴィヨラは我知らずそう呟いた。第二の壁の管理城塔を案内したのはそのような事情によりルイ・コーヴィルだったわけだが、彼は上官のルヴァンシュタッツが案内できないことを……ハムレットに心を込めて詫び、上官のことを弁解しようと一生懸命だったものである。このことにはアルフヴィヨラもまた、同じような必死さで口添えした。

 

 というのも、ルヴァンシュタッツはアルフヴィヨラより三歳ほど年下だったが、軍人として誇り高いのみならず、自分が実は部下たちに欺かれていたのだとわかったその瞬間――怒りのあまり卒倒するのではないかと、健康面について特に心配されていたのである。家族は彼にそろそろ引退することを進めていたが、彼は「騎士は戦場以外では死なん」などと言い、城塞における毎日の日課を忠実にこなしていたわけだった。

 

「いや、オレが思っているのはとにもかくにも」と、上官思いの部下たちの弁明を次から次へと聞くうち、ハムレットの顔には我知らず微笑が浮かんだ。「こんなにも素晴らしい勇士たちと真っ向から戦わずに済んで良かったと、ただそのことを神に感謝するというそれだけだからな」

 

 ハムレット王子と出会った者は大抵、彼のこの(本人は自覚していない)得も言われぬ微笑ひとつによって容易く懐柔されてしまう。そのことひとつを持ってしても、彼の心の寛大さや優しさが、言葉で説明されるよりよほど強く感じ取れたからに違いない。

 

 アルフヴィヨラもコーヴィルも、何も知らず寝室で大いびきをかいているルヴァンシュタッツのことが心配だったが――正確には、彼が目覚めたあとのことと、当たり散らされるだろう部下たちのことが――第三の壁に向かうハムレット王子の行軍の列にそのまま加わった。

 

 第三の壁もすでに沈黙していたが、こちらでは降伏の白旗と、城とそれを囲む三つの壁の描かれたバロン城砦の軍旗がすでに交互にズラリと立てられていた。拍手喝采と同時に「ハムレット王子、ようこそ!!」とか、「ハムレット王、万歳!!」といった声が聞こえ、最後にはこれが万歳三唱となり……その兵士と民衆たちの渦巻くような歓呼の声の中、ハムレットは周囲を精鋭たちに守られ、そのまま第三の壁を通過していった。

 

 第三の城壁もまた構造としては第二の壁とよく似ていたが、ここを破られてしまえば、城塞内部に敵兵の侵入を許してしまうことから――城壁の幅は第二の壁よりもさらに分厚く、タルスと呼ばれる敵兵が城壁登攀しづらくさせる部分が基部にあり、矢狭間の数も多いのみならず、ありとあらゆるエスカラード(城壁登攀)を邪魔するための仕掛けがあった。敵兵が梯子をかけた際に鳩孔と呼ばれる穴から棒を突き出して梯子を押すための穴や、矢狭間の内、壁より若干迫り出した部分の下部から(ここよりクロスボウで上がってくる敵兵を打つことも出来る)、大砲の玉のように重い大きな石玉を落としたり、油の入った火壺を落とすなど、この分厚い城壁の内側には――つまりはこれが城塞内部に通じているわけだが、用意周到に様々な準備がなされていた。

 

 第三の城壁は、第一の城壁や第二の城壁よりも高いが(もし第二の壁が敵に占拠された場合、上から狙われるのは不利であるため当前である)、この二十五メートルもある城壁の上まで、敵兵にぶつけるための可燃材入りの樽をどうやって運ぶのかなど、疑問がいくつかあるに違いない。それは人々が高い城を造る時に、上方へ石材を上げる時と同じく巻き上げ機を使うのである。

 

 また、今回は無血開城という特殊な状況であったため、カタパルト(投射機)もトレビシェット(発射体射撃兵器)も、その他城壁に穴を開けるための新兵器である射石砲も使用されなかったが、こうしたものは籠城軍側も敵兵を攻撃するために当然使用するものでもあった。また、万一壁に穴を開けられた場合に備え、壁を補強するための土も木材も城壁の内側には準備してあり、こうした資材の備蓄についても、第三の城壁の歩廊から第二の壁の歩廊に取り外せるタイプの橋を臨時にかけて運べるようになっていた(これは第三の壁から第二の壁に、それから第一の壁にまで運べるようにと、常時軍事教練の際に訓練として組み込まれている)。

 

 難攻不落の城塞であるだけでなく、事実城塞内部に敵を迎えたことのないこのバロン城塞は、東王朝の兵士たちから鋼鉄の処女とかヴァージン・クイーンと呼ばれたこともあったが(ただし、こちらは男を迎え入れたことのない老女といった意味合いが強い)、そこへこの時ハムレット王子の一行は――もしこのバロン城砦を女性にたとえるとしたなら、美しい詩の言葉を煽情的な音楽の調べにのせて語ってかき口説き……とろけるようなキスで第一の壁を、そしてキスをしたまま胸の谷間を相手に許させて第二の壁を、それから破城槌などという荒々しいものによって強制などしなくとも、自分から足を開かせるようにして第三の壁を破った――と、もしかしたらたとえることが出来たかもしれない。

 

 

 処女であるバロンの娘は、

 その堅固さによって清らかな操を頑なに守り抜いた

 彼女は敵の男が何度攻めてこようとも、

 敵兵の男たちを侮り嘲り、

 その気位の高い頭を上げ、彼らを見下ろして言った。

 

「一体おまえたちがなんだからというので、

 わたしはおまえたちの前にこの唇を許し、

 豊満な胸を母のように開いて迎え入れねばならぬと言うのか。

 さあ、剣を仕舞い、槍を下ろし、弓に矢をつがえるのをやめよ。

 このように無益な戦争など即刻やめにしておのおの故郷へ帰るがいい」

 

 こうしてバロンの娘はどのような屈強な男の求婚をも拒み、

 決して受け入れることなく、

 固く城門を閉ざし、誰をも心に迎え入れることさえなく、

 清らかにして馨しい肉体に

 破城槌を押しつけられるのを良しとしなかった。

 

 むしろ誇り高いバロンの娘は、

 そのような無礼な男どもの所業に怒り、憤り、

 これまで一体何度

 求婚してくる男どもを残虐に殺してきたことだろう。

 

 だが、ここにとうとうバロンの娘の屈する時がやって来た。

 ずっと彼女が待ちわびていた者――

 それはハムレット・ペンドラゴン王子。

 彼をこの国の王とすべく、

 一滴の血すら流すことなく、

 この処女女王は自分の門に彼と彼の率いる軍とを喜んで迎え入れたのだ。

 

 その様はまるで、

 心をとろかすキスによって第一の砦が破られ、

 第二の砦は

 そのキスによって緩んだ帯がたわわな胸をさらすかのように破られ、

 おお!!そして第三の砦は

 いずれ王となる方を迎え入れるため、

 野蛮で破廉恥な破城槌など使われずとも、自然と開かれたのだ。

 

 処女であったバロンの娘は、

 正統なる高貴なハムレット王子を迎えるに至り、

 興奮のあまり激しい息遣いとともに

 乙女のように頬を赤く染めたという。

 

 そして、これからもこの気高く美しいバロンの娘は

 陽が昇る時と陽が沈む時、

 そのさらしたばかりの亜麻布のような白い壁を朱に染めて、

 この光栄なる瞬間のことを

 未来永劫何度となく思い返すことであろう。

 

 

 吟遊詩人のバルサザールは、大体のところこれと似た歌をいくつも作って各地で歌い広め、ハムレット王子が実際に王位に就いて以降も、それはどこの州の都でも大流行したという話である。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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