さて、今回の前文は前回の前文の続きということで♪(^^)
いえ、わたしSFって全然詳しくないですし、何かSF的なお話を書くなら、「最低でもこのくらいは読んでおけ!」みたいな本も、いまだに全然読めておらず。。。
そしてそんなわたしが読んだ数少ないSF漫画のひとつが、清水玲子先生の『竜の眠る星』だったと思います。いえ、その後何年もして読み返す機会があった時……中学生の時初めて読んだ時と感じ方がまるで違ったので、自分でも驚きました(^^;)
実をいうと、『竜の眠る星』は、読んでわたしが初めて涙を流した漫画でした
それまでも心から感動したとか、目に涙が浮かんだ……といったことは漫画を読んでいてありました。でも、涙が本当に頬にまで零れたのは、『竜の眠る星』が初めてだったのてす。。。
でも、中学生の時には1~4巻までは読んでいて特にどうとも思わなかったのに――5巻で急にガッと来て泣いたという感じだったんですけど、その後何年かした時に読み返した時には、1巻から物凄く面白く……でも、中学生の時に感動して流した涙は溢れてきませんでした(^^;)
いえ、展開としてどうなるのか二度目にはわかってるのでそういうことだとは思うんですけど、そんなわけで、わたし的にロボットやアンドロイドといえばジャック&エレナのイメージが思春期の頃に刷り込まれてまして……そのせいかどうか、やっぱりちょっとアンドロイドには少女漫画的ロマンをどうしても求めてしまうところがあるというか。。。
でも、AIロボットがかなりのところ現実味を帯びてきた昨今、そうした感傷(?)は抜きにして、一度ちょっと考察してみるのも面白いかな、なんて
ええとですね、前回アンドロイドの<不気味の谷>ということを少し書いてみたんですけど、たとえば、わたしの飼っているわんこさんなりぬこさんなりが死んだとして、そのことをアンドロイドさんが伝えに来た場合……相手は人間とまったく同じ容貌をしているので、わたしには彼/彼女がアンドロイドなのか人間なのかというのはわかりません。
でも、その人が顔色ひとつ変えず、「あなたの飼っていた飼い猫のべスが交通事故で死にました」と無表情に言ったとしたら――たぶんわたし、激怒するんじゃないかなって思います(^^;)どう言ったらいいんでしょう、そうした悲しい知らせを誰かに知らせる時……人間なら、それがまったく知らない相手でも、その人の心痛を察して「なんとも言えない顔」をしてそのことを相手に知らせようとすると思うのです。
そして、わたしたちってそういう<雰囲気>を読み取りますよね。そして、「言葉としては表現されないながらも」、『そんなことをわたしに知らせなくちゃいけなかっただなんて、この人にも悪いことしちゃったな』と思い、また相手が「わたしも、猫飼ってたことあるから……」とだけ言って涙をうっすら浮かべていたら、「ちょっとお話しませんか?」なんて言って、相手のことを(全然知らない人なのに)部屋に上げることさえするかもしれません。
けれどもアンドロイドにはこうした<微妙さ>がわからないから、まあ、普通の報告事項というか、せいぜい理解できても<飼っていた動物が死ぬと人間は悲しいらしい>という情報を元に、「なんとなく悲しげな表情で」そのことをこちらに伝えようとする……でもそこに真心を感じるのは難しい――それがアンドロイドが越えるのが難しいと言われる<不気味の谷>っていうことなんじゃないかな~なんて(もちろん、専門的なことはわかりませんけども^^;)
そして、ジャックやエレナっていうのはこうした<不気味の谷>をとっくに越えた、そこからさらに進化したアンドロイドなんだろうな~なんて思ったり。。。(←?)
あ、あと、↓に関する言い訳事項なんですけど……わたし、警察機関とか法務機関のことについてはまったくまるきりわかっておりませんで(汗)、連載する前にそのあたりのことは調べ直そう――とか思っていながらそんなこともしておらず(殴☆)、そんなわけでかなりいい加減な描写となっておりますが、もともとこの小説、そんなことの連続なので、とりあえずこれは「第一稿」として、大体元の原稿をそのまましちゃうということにしようと思いました(^^;)
ではでは、何やら(いつも通り)そんなヌルい感じでよろしくお願いしますm(_ _)m
それではまた~!!
ティグリス・ユーフラテス刑務所-【4】-
その後、とりあえず桐島秀一は自分の家へ戻ることにしました。ポケットの中の携帯を取りだしては、二階堂京子に電話しようとしてやはり出来ません。というのも、何故待ち合わせの時間に遅れたのかと聞かれた場合、どう答えたらいいかわかりませんでした。もちろん、京子のほうではきのうの自分の告白のことが原因で考え直したのだろうと思っていることでしょう。
(これがもっと他のことなら……適当に嘘の理由を作って即電話して「ごめん、ごめん」で済むんだろうけど、流石に婚姻届けだすのをなんの連絡もなしにすっぽかしたっていうのはな。それに、じゃあ何してたかって聞かれた場合、なんて答える?家で酔っ払って飲み潰れた?いやいや、駄目だろう。それじゃ、結婚するのが本当は憂鬱で酒を飲んでたみたいに聞こえる……あ、そうだ!こうしよう。友達に突然呼びだされたって言うんだ。それで、相手がすごく落ち込んでるみたいだったから、えんえんずっと話を聞かされて、飲んでるうちにそのまま寝ちゃった。よーし、嘘としてはもう完璧だ。あとはもう、向こうが『そんなこと言って、本当はわたしの話を聞いて嫌になったんでしょ!』とかなんとか言ってきても、ひたすら平謝りに謝れば……ま、なんとかなるだろう)
そのように名案が思い浮かぶと、秀一は京子に早速電話することにしました。けれども、いくらコールしてもなかなか出てくれません。
「もしかして、怒ってんのかな。でも、向こうから電話が来てたっていう着信記録もなかったしな……じゃあ、ちょっとマンションのほうまで行ってみるか」
ところが、マンション入口のオートロックのところで、秀一が教えてもらった番号でロックを解錠しようとしても――<error>としか表示が出ません。
「なんでかな。でも、ここでずっと京子を待ってたら、なんか俺、ストーカーっぽくね?」
秀一がそう思い、どうしようかと迷っていた時のことでした。マンションの目の前に警察車輌が数台止まると、そこからどかどかと私服の刑事や警察官の制服を着た男たちが降りてきて、エントランスにいた秀一のことを取り囲みはじめました。
「桐島秀一だな。君を、二階堂京子殺害容疑で逮捕する!!」
「えっ、ええ~っ!?」
秀一は、地味渋系の四十代くらいの刑事に逮捕状をデジタル表示され、当然驚きました。まったく身に覚えがないだけに、ただの冗談としか思えなかったほどです。けれども、刑事たちは大真面目な顔をして、秀一の手首に手錠をかけ、彼をToKyo Metropolitan Police Departmentと書かれた黒塗りの警察車輌に引き立てていきました。
「お、俺、京子のこと、殺してなんかいませんよ!」
「こちらには色々と証拠がある……それだけに裁判官のほうからはすぐに逮捕状が下りた。まあ、言いたいことがあるなら、警察庁のほうでじっくり聞こうか」
先ほどの地味渋系の刑事がそう言いました。こうして警察庁のエアカーは飛び上がると、空中上に見えるエアレーンに入り、あとは車に搭載されているA.Iロボットに「本部のほうまでやってくれ」と言うだけで事足りました。
秀一は警察庁の取調室のほうへ連れこまれると、取調べ専門のアンドロイドに罪状を読み上げられたのち、昨夜から今朝にかけて一体どこで何をしていたのか、アリバイについてまずは聞かれました。というのも、二階堂京子が昨夜自宅で殺されたのは、午前十二時から三時の間くらいという検視結果が出ていたからなのです。
「た、確かに俺、きのう京子に会ってはいましたよ。だって、俺たち今日、婚姻届けを出して結婚する予定だったんですから。俺たちは間違いなく愛しあっていたんです。それなのに、その俺が彼女のことを殺すはずがないでしょう」
「フフフ。そうかな……だが、さっきの貴様の話では、家で正体不明になるまで飲み、その後の記憶がないということではなかったかな?しかも、その後その状態のままどこかへ出かけたらしいが覚えていない――ククク。アンドロイドの私でも、もう少しマシな嘘をつくというものだぞ、ニンゲン!!」
取調べ専門に特化したアンドロイドは、見た目はほとんど二十代後半の若い男と変わりありません。そして、ブランド物のとても高価なスーツを着、潔癖症に見えるくらい清潔な髪や顔や服装をしているように見えました。革靴もピカピカに磨かれており、一見するとどこかの青年実業家のようにさえ見えます。
「だけど、それが本当のことなんだ。そうだ!家の玄関のところに埋め込み型の監視カメラがある。それを見て、俺が一体何時何分に家を出たのか、調べてもらえないか?」
「オマエは本当にアホなのか?そんなもの、こっちですでに調査済みに決まってるじゃないか。だが、きのう、おまえは午後の五時頃家を出、二階堂京子のマンションへ行ってのちは、家に戻ったような記録は一切ないぞ。つまり、おまえは昨夜、そのまま二階堂京子の部屋にいて、彼女のことを殺してからそこを出た……そして、一度は愛した恋人を殺した罪悪感からか、正体不明になるまで飲んだくれていた――これが事実ではないのかね!?」
「ば、馬鹿なっ。そ、そうだ。俺はきのう、誰か名前もわからぬ女性の家に泊めてもらった。その彼女のことさえ調べてもらえたら……女性の名前はわからないが、マンションの大体の住所や号室はわかってる。そのこと、もし警察が調べてくれないのであれば、弁護士を頼む」
(そうだ。弁護士……!!)
自分で言っていて、秀一は心に希望を持ちました。この取調べ専門の尋問アンドロイドが、その合理的な思考回路によって自分に何を聞こうと関係ありません。自身の潔白はそれほど優秀でない弁護士にでも、十分証明可能なはずだと、この時の秀一はそう信じて疑いませんでしたから。
「弁護士か。まあ、好きにするといい。だが、貴様のアリバイは誰がどう聞いても筋が通らぬぞ。部屋のほうには貴様と二階堂京子が食事をしたあとらしき食器やワイングラスが残っており、どこもかしこも桐島秀一、貴様の指紋やDNAだらけだった。これでもまだシラを切り通すというのは、愚かにもほどがあるというものだろうな」
――ここから先は、流石に秀一もこの血も涙もない尋問アンドロイドに何を答えたところで無意味と思ったのでしょう。アンドロイド取調官の質問に必要最低限答える以外では、無言となり、沈黙を守り続けました。
この取調室の様子を別の部屋でモニターしていた人間の刑事たちは、一様に首を傾げていました。もし、桐島秀一が二階堂京子のことを殺したのだとすれば、あまりにも言い訳が稚拙すぎたからです。
「どう思いますか、チーフ」
秀一を乗せた警察車輌に乗っていた地味渋系警部の部下が、そう聞きました。捜査一課で働きはじめて三年目の刑事でしたが、一度大きな殺人事件を解決したことがあり、二十八歳ながらすでに警部補の役職にある男でした。
「さて、俺にはあの男が嘘を言っているようには思えんな。明日婚姻届けを出す予定であったのに、何かのことでカッとして二階堂京子を殺してしまったとしよう。だが、仮にそうであったとしても、あんなにもベタベタと『自分が犯人でございます』とばかり、証拠を残すような馬鹿はおるまい。あるいは、気が転倒してすぐその場から逃げだしたのであれば、逮捕された際にもっとうなだれて絶望した上、自分の犯行についてもすぐ認めていたろう。だが、アンドロイドにはそこまで人間の深い情による顔の複雑な表情は読めんのだ。また、空気や雰囲気的に『こいつの目は嘘を言っていない者の目だ』といったような、そうした空気を読むことが出来んのだな」
「まったく、基本的な取調べのほうはあいつらがやってくれるので助かるが……通り一編の合理的な答えしか奴らには導きだせんのだから、困ったものよ」
チーフと呼ばれた男のもうひとりの部下がそう言い、他の数人もげらげらと大笑いしました。「これだからアンドロイドは馬鹿だというんだ」と、そう言って。
こののち、地味渋系の刑事は、取調室のほうで直接容疑者である秀一にいくつか質問をしました。それは尋問専用のアンドロイドがした質問と内容的にさして変わりのないものでしたが、幾分か人情的な温かみの感じられるものだったと言えます。
それで、秀一は最初まったく話すつもりでなかったことを、彼に対しては少しばかり話してしまっていました。
「俺は京子と最初、ネットの掲示板で知り合ったんです。その……非常に言い難いんですが、こうなってしまっては、すべて正直に話すしかありません。ほら、来月から例の評判の悪い<独身税>が施行されるでしょう?その前に偽装結婚しようっていうわけで、京子とはそうしたサイトで知り合いました」
「ほほう。だが、二階堂京子は我々と同じ警察官だ。しかも、我々でも容易に特殊捜査本部の人間には選ばれない……『呼ばれる者は少なく、選ばれる者はさらに少ない』と言われるのが特捜部の人間なのだよ。彼らは国の特務機関にも等しい権力を与えられており、我々同じ警察の他の部署の者にも、一体どういった事件を探っているのか伺い知ることは許されていない。向こうのほうではこちらの縄張りにずかずか入りこんできて情報公開を求めるが、その逆は許さないというわけだな。だが、先ほど特捜部の人間に聞いてみたところ、二階堂京子は確かに、偽装結婚を取り締まる部署にいたそうだ。だが、彼女が提出したリストに君の名前はなかったよ。ということは、つまり……?」
「そ、そうなんです!京子は交際している途中で、自分がそのような部署の者だと俺に打ち明けて、でも、俺のことが本当に好きだから、俺の名前は報告リストに書かなかったって……確かに俺、京子にはすごく惹かれるところがあって。だけど、彼女のほうではどうなのかっていうのがよくわからなかったから、そういう自分の気持ちとかは一切話さなかったんです。そしたら、京子のほうからそういう話をしてきたんです。だから、俺も同じ気持ちだみたいなことを言って、それで本当につきあうってことになったんですよ。そういうわけで、最初は<偽装結婚>目的だったのが、最終的に偽装じゃなくなったんです。それに、俺はただの一般市民ですが、彼女はエリートの高所得者じゃないですか。そう考えた場合、なんで俺が京子を殺さなくちゃいけないんですか。実際、俺にとってはいいことずくめのことばっかりなんですから!京子との結婚は」
秀一は、根は結構真面目なほうなのですが、一度しゃべりだすとちょっと「チャラいな、コイツ」といった軽い印象を相手に与えてしまうところがあります。そこで、地味渋警部のほうでも――ここで少しばかり(やはり、彼が犯人である可能性も排除すべきでない)といったように傾いてしまったようです。
「では、こうは考えられないかね?明日、とうとう婚姻届けを出すという前日に、突然彼女のほうから『あなたとはやっぱり結婚できない』などと言ってきた。そこで、カッとなったお宅は……」
「ハー。勘弁してくださいよ、警部さん。俺が京子のこと殺して得られるメリットなんて、ゼロ%なんですって。それに、べつに俺、京子から『やっぱ結婚したくなーい』なんて言われたら、『あ、そースか』って言って、すぐ引き下がるタイプですよ。てか、絶対そーゆーふうに見えません?」
取調べアンドロイドに続き、人間の刑事にまで似た質問を繰り返されて、秀一はつくづく自分の置かれた今の状況が嫌になりました。また、その秀一の感情は彼の態度そのものにもよく表われていたといえます。ダラーっとした態度で椅子に座り、「もううんざりだ」という顔をずっとしていましたから。
「だが、二階堂京子のマンションで会った時から、君の態度はあまりに淡白すぎやしないかね?きのう……いや、もう今日だね。結婚するつもりだった女性が死んだっていうのに、涙ひとつ零すでもなく、今も淡々として彼女のことをしゃべっている。これは君の彼女に対する愛情の欠如を示すものではないかと我々が考えてもおかしくないのではないかね?」
「いや、俺は京子の死体を今目の前ででも見ない限り、彼女が死んだだなんてまるっきり信じられませんよ。だって、そうでしょう?きのう会った時はピンピンしてて、お互い結婚する気マンマンだったっていうのに……あ、もしかしてアレじゃないスか?俺もよくは知らないけど、京子は警察の特殊な部署で働いてたっていうから、きっと誰かが彼女のことが邪魔になったんですよ。で、そいつが俺に罪をおっ被せようとしてんじゃないかな」
秀一の中で、この可能性はかなりのところ高いものでした。先ほど、アンドロイド尋問官が言っていたように、食器やワイングラスなどに、秀一の指紋やDNAは残りまくりだったのは当然のことです。誰が京子のことを殺したのかはわかりませんが、とにかく殺害した相手の男か女は、今ごろほくそ笑んでいるに違いありません。そしてここまで考えた時、もうひとつの可能性があることに、秀一は思い至りました。
「あっ、そうだ!ねえ、警部さん。京子って俺とつきあうようになる前まではレズビアンだったんですよ。それで、その前の女の恋人とは、俺のことが原因で喧嘩になったのが別れることになった原因なんですって。だから、京子の前の女ってのも結構あやしかないですかね?なんでも、向こうは別の女とレズビアン婚してるってことでしたからね。でも京子と不倫してて、本当に愛してるのは京子なのに、結婚してる相手とは別れられなかったんですって。なんでかっていうと、結婚した時に契約したことがあって、どっちかに不貞の事実があった場合は、その後給料や給付金の半分を支払うっていう取り決めがあったとかで、それで別れたくても別れらんないみたいな?でも彼女のほうでは嫉妬深くて、仮に偽装でも俺とデートしたりするのが腹立たしかったらしーんスよ。ほら、そう考えたら、しっくりきませんか?俺にめたんこ罪なすりつけて、今ごろ「ホーッホッホッ」とかってどっかで笑ってやがるんスよ、きっと」
「それで、二階堂京子が君とつきあう前の恋人については何か知っているかね?たとえば、名前や容姿や……」
二階堂京子のマンションでは、すでに家宅捜索がすみ、押収したものについては今、調査中といったところでした。その中で気になるのが、携帯やパソコンといった電子機器類が持ち去られているといったことであり、彼女は家にロボットやアンドロイドを置いていませんでしたから(この時代、最低でも一台はあるのが普通でした)、交友関係等についてはまだよくわからないままだったのです。
「それがさー、警部さんも、俺のこの話してる感じとか聞いててわかるかもしんないけど、俺ってあんまし相手のコジンジョーホーとか突っ込んで聞かないタイプなんスよ。ほら、なんつーかこう……大事なのは俺と京子の気持ちじゃないすか。それなのに、前の恋人がどーの、聞いてなんになります?あー、でも、のちのちこうなるってわかってたら、色々根堀り葉堀り聞いてりゃ良かったなって思います。『いいからホラ、写真見せろよ』とか言って。でもほんと、京子の前の女のことについては俺、なんも知らないんスよ。でも、誰か友達とかに当たったら、絶対でてくるはずですよ。でも俺、それまで拘留とかされてなくっちゃいけないのかな……」
「今、君が言った二階堂京子の前恋人である女性のことはもちろん調べるが……だが、暫くの間は桐島くん、君のことは拘留しておかなくちゃならん。今のところ、すべての証拠は君に不利であり、いいところを言ってもっとも黒に近いグレーといった疑いを我々は君に向けている。だが、他の線についても考えられうる限り捜査するということだけは約束しておくよ。また、先ほど君は弁護士のことを口にしていたが、誰かすでに心当たりでもあるのかい?」
「いえ、今まで弁護士なんかに厄介になることがなかったので……でも、頼んだら呼んでもらえるんですよね?」
「ああ。当番弁護士を呼ぼう」
「よろしくお願いします」
こうして秀一は、一度留置場へぶち込まれることになりました。他に五名もいる、素性のわからぬ者と狭い場所に入れられたまま、秀一はそのプライヴァシーのない環境の悪さにすぐ胸クソが悪くなりました。中には明らかにヤクザ者とわかる者が二名おり、もうひとりは麻薬のディーラーででもあるのでしょう、半ばラリッているらしいのが見てとれます。残りの二名もともに犯罪者らしい面構えをしており――もちろん、人を見た目で判断してはいけないのですが――秀一くんは留置場の隅のほうで、ただひたすら情けない気持ちで蹲っていました。同時に、(こいつらに変なイチャモンつけられたりしませんように)と、心の中では震えながら祈っていました。
「おい、兄ちゃん。一体何したんだい?」
筋骨隆々とした胸や腕から、刺青をはみださせている若い男がそう聞きました。隣のヤクザ者は友達なのかどうか、ふたりで並んで座り、片方のモヒカン頭の男はニヤニヤ笑ってばかりいます。
「こんなところに来るようなタイプにゃ見えないがなあ」
こんな場所にいるからそう見えるのかも知れませんが、(コイツ、もう五~六人は殺ってるだろ)と感じるような、目つきの悪い男がそう聞いてきます。
「その、恋人を殺したんじゃないかっていう嫌疑をかけられてまして」
ここで、トリップ中のジャンキーを除いた四人の男が同時に口笛を吹きました。
「へえ。で、本当に殺っちまったのかい?」と、緑のモヒカン男。
「まさか。本当は今日、婚姻届けを出す約束をしてたのに、どうしてこんなことになったのか、俺にもさっぱりわからなくて……」
実をいうと秀一が落ち込んでいたのは、二階堂京子が死んだからではありませんでした。なんの根拠もなかったものの、秀一はまだ彼女が生きているような気がして仕方なかったからです。けれど、恋人を殺したわけでもないのに無実の罪でこんなクソ溜めのような場所にずっといなくてはいけないと思うと――それはもう本当に気の滅入る、これまでの人生に起きた最悪ランキング、第一位に輝く出来事だったと言えます。
「そうか。確かにそりゃひでえな。まあ、もし仮に本当にあんたが無実なんだとしたら……こんな場所には縁のない善良な市民なんだろうなってのは俺たちにもわかる。おい、おめえら!この恋人キラーの色男に、なんか手ェだしたりすんじゃねえぞ!」
刺青男が他の四人の男たちにそう命じると、ジャンキー男以外はそれぞれ「へい」と言ったり、「わかりやした」と言ったり、あるいはただ頷いて了解したことを伝えました。ところが、ジャンキー男だけがなんの意思表示もしませんでしたので、「兄貴の話、聞いてんのか、コラァ!!」と、モヒカン男が胸ぐらを掴んで体を揺すぶります。
「き、聞いてます。ゆ、ゆうとおりにします」
目のほうは完全にまだイッていましたが、ラリッた男がそう答えると、緑のモヒカンは「よし!」と言って、ジャンキーの体を離していました。とりあえず、このグループ内でいじめにあうことだけはないらしいと感じ、秀一はほっとしたのですが……それでも、刺青男が自分の隣にどっかと腰を下ろすと、ビビッたというのは言うまでもないことでした。
「兄ちゃん、こんなところにただ座って黙ったままでいたら、頭おかしくなりそうになんだろ?だから、こうやってテキトーにお互い、色々しゃべって時間潰しすんのさ。ま、その時々によりけりではあるんだがな……俺みたいのが別にもうひとりいて、お互いバチバチ睨みあって、他の四人はしーんと沈黙してるってなパターンもあるからな」
「そ、そうなんですか……」
刺青男の醸しだす雰囲気からいって、こうした場所、あるいは刑務所へ入った経験というのは一度、二度ではなさそうでした。男は金髪のクルーカットで、眉毛も金色、瞳の色はグレーでした(今の時代、コンタクトでなくても、目の色を変えるということはいくらでも出来ます)。
「で、俺はお宅がどこの何者で、何をしてる人間なのかとか、恋人を本当にブッ殺したのかどうかとか、そんなことには大して興味はねえんだ。ただ、お互いヒマだろ?だから、俺やこいつらの暇つぶしに、なんか面白いことでもしゃべってくれや」
緑のモヒカン男とジャンキー男は別としても、他のふたりの目つきと顔つきの悪い男たちは、一見こちらに無関心のようにしか見えませんでした。けれども、彼らも確かにヒマで、こちらに何気なく耳を澄ましているような気配があります。
「面白いことなんて言っても……俺の人生なんかスカスカで、人が聞いて面白いことなんかなんにもないですよ。ほら、来月から<独身税>が施行されるでしょう?それで俺、偽装結婚するための相手を探してたんですよ。ところが、お互いのことを知り合うために何度もデートするうちに、本当にお互いのことを好きになって……それなのに、殺すわけなんかないんですよ。だけど、恋人の部屋に残ってた証拠なんかは全部、俺のほうを向いてて……これまで、確かに俺は利己主義的などうしようもない奴だった。でも、やってもいないことのために刑務所行きになったりするなんて……そんな人生だけは絶対にごめんだ」
最後のほうは、押し殺したような小さな声でしたが、むしろそれであればこそ、秀一の本音が覗いていたといえるでしょう。人というのは、そうした<真実>を相手が覗かせた時……それがどんな人でも不思議と尊重する気持ちが生まれるものです。
刺青男は秀一の肩をがしっ!と掴むと、いかにも親しげな態度を見せはじめました。
「なあ、兄弟。そっちの緑のモヒカンと俺は暴行罪、目つきと顔つきの悪いのは騒擾罪ってやつらしい。あと、そっちのラリった奴はわざわざ言うまでもねえな?こんな奴、俺はこれまで数え切れねえほど見てきたが……コイツもまったく同じパターンだな、おそらくは。こうなったら、廃人になるまでヤクはやめられねえってやつさ。いや、廃人になってもか。お宅も気をつけな。実際やってもいねえことでも、一度ネット新聞なんかに名前なんかが出ちまうとな、あとで容疑が晴れて釈放されても、真犯人が捕まらねえ限り、『本当はオマエが犯人なんじゃないのか?』なんて言ってくる奴が必ず現われる……だが、心を強く持つんだぜ、兄弟。親や親戚や友人なんかが、寄ってたかって何か言ったり、自分の言うことを信じてくれなかったとしても――ヤケになってヤクになんか手を出したりしねえようにな。そういう時は留置場で会ったコイツのことを思いだすといい。『ああなっちゃ人間もしめえだな』って思った時のことを思いだして、なんとか堪えるよう努力しろ」
「は、はい……」
秀一はそれ以上何をどう言っていいかわからず、そう返事するのが精一杯でした。すると、男は秀一の肩を力強く叩くと、また緑のモヒカンの隣に腰かけて、ふたりで冗談を言っては笑ったりしていました。
その後、留置場では21:00就寝とのことで、六人はそれぞれ自分の布団を敷いて眠るということになりました。一応四方を遮蔽板のようなもので囲まれているとはいえ、トイレは個室の中で出来るわけではありませんし、秀一は(何故俺がこんな目に……)と、暗く絶望の底に落ち込むばかりだったと言えます。
「あー」とか「うー」としか言わないジャンキーのことを、みんなで手伝って寝かしつけてやり、それから秀一も惨めな気持ちで眠りに落ちていきました。考えたいことならたくさんありましたが、一日の間にあまりに色々なことがあって、秀一は疲れていました。それでも、明日弁護士に接見する予定だったので、そこにだけ、根拠もなく強い希望を抱いていたかもしれません。
翌朝、7:00に叩き起こされた秀一は、手早く布団を片付け、洗面を終えると、留置場の掃除をし、それから8:00に朝食でした。(トイレ掃除なんかしたの、一体何年ぶりだろうな……)秀一はそんなことを思いながら味気ない食事をし(白米に味噌汁、それにおかずが少々と漬物が少しばかりといった食事内容でした)、片付けがすむと、あとはただひたすら、弁護士との接見、あるいはまた取調室へ呼ばれるのを待ち続けるということになりました。
他の六人部屋では、上下関係が厳しかったり、あるいはいじめのようなことも行なわれているようで、秀一は自分が<比較的マシな>部屋へ入れられたことを、神に感謝しているくらいだったかもしれません。
そして、十時頃、秀一は接見室で弁護士と会うということになりました。自分で選んだ弁護士というわけではありませんので、もしかしたらまるで気の合わないような変な弁護士かもしれないと想像して、秀一はきのうの夜、夢の中でうなされたくらいでした。
夢の中で、立派なスーツを着た弁護士の男は、彼の話をあまりまともに取りあってくれませんでした。秀一が「自分は無実なんです!」と主張すると、弁護士のほうでは重々しく頷くのですが、それは表面上だけのことで、心の中では有罪だと思うが、一応無罪として自分は君を弁護せねばならない……何かそんな目と顔をして、自分のほうを見つめ返してくるのです。そして最後、(こんな奴、信じられもしなければ、アテにも出来ない)――そう腹立たしく思いながら秀一は目を覚ましていたのでした。
ところが、秀一が警察官に案内されて接見室に入ってみますと、ドラマなどでよく見慣れた、小さな穴が開いた透明な間仕切りの向こうにいたのは……男性ではなく、女性でした。しかも、中年のベテラン弁護士といった雰囲気の女性でもなく、相手は秀一と同じくらいの世代の女性で――いえ、はっきり言いましょう。彼女は<二階堂京子>だったのです!!
「き、京子……やっぱりそうだ。君が死ぬわけがないと俺も思ってたんだ。よかった……これでみんな解決だね!ほんとう、まったくひどい目に遭ったもんだけど、今にして思えばこれもいい人生経験だったと思えるかもしれない……」
透明な間仕切りのところに手をつくと、秀一は泣きながら我知らずそんな言葉を口走っていました。そして今、再び<二階堂京子>と会ったことで、自分が彼女のことをどれほど大切に思い、愛しているかがわかって、彼は胸を熱くしていたのでした。
「ごめんなさいね、秀一さん。驚いたでしょう?これには色々事情があって……姉の二階堂京子が死んだのは、本当のことなんです。でも、わたしがきっとあなたをここから出してみせますから。まずは、姉が死んだ夜のことから順に話しましょう」
「ええっ!?姉だって?そんな馬鹿なっ!だって君、どこからどう見たって……」
秀一は頭が混乱してきました。思えば、二階堂京子という女は、最初から謎だらけでした。まず、実は自分が警察の人間だということを隠し、次には地下組織のメンバーであることを告白し――そして最後にはこれです。もしここが警察の建物内でなかったら、秀一はもしかしたら生まれて初めて女性に暴力を振るっていたかもしれませんでした。
「わたし、京子の双子の妹の涼子って言います。それで、忙しい姉のかわりに時々わたしもあなたとデートをしたりして……こんなこと、当然秀一さんにとっては腹が立つ以外の何ものでもないと思うの。だけど姉さん、秀一さんは気の強い自分よりも、性格の大人しいわたしとのほうが合うんじゃないかって、そう思ったらしいのね。それで、秀一さんが偽装結婚するのは二階堂京子とだけれど、それは戸籍上のことで、本当の結婚生活みたいなことはわたしと送ればいいんじゃないかって……」
「ま、待ってくれっ。双子の妹で、これまでの間、僕とデートしたりしてただって!?そうか。わかったぞ。それで君たちはあとでふたりで会った時に、俺の間抜けぶりを笑ってたってことなんだなっ!?クソッ。冗談じゃねえぞ!俺はもう誰とも絶対結婚なんかしないっ。政府の奴らに独身税なんかいくらでもくれてやるっ!まったく、最初からそうしてりゃ、今ごろこんなややこしいことに巻きこまれたりすることもなかったんだっ」
秀一はあらためて自分が情けなくなってきて、その場に突っ伏して泣きはじめました。何故か不思議と、今この段になっても、秀一は二階堂京子の死が悲しくありませんでした。それはもしかしたら、この双子の妹の涼子という女性が……あとになってから、「実はわたし京子なのよ」などと言ってくるのではないかと、そんなふうに錯覚していたせいなのかもしれません。
「ごめんなさい、秀一さん。わたしにはただ、あなたに対してあやまるっていうことしか出来ないけれど……とにかく、時間も限られていることだし、話のほうを順に整理してゆきましょう。姉さんの京子はね、本当に自由奔放で、結婚して落ち着くって感じの女性では全然ないのよ。だけど、高給取りなだけに、そこから毎月税金として自動的に三割天引きされるっていうのはつらいわ。そこで、とにかく誰かとそうした<契約婚>をしたいと考えたみたい。たまたま、ミッションの失敗でヒマな部署に飛ばされていたものだから、好都合だと考えたっていうのもあるでしょうね。それで、<偽装結婚>についての報告リストを作成して提出しつつ、その中で一番気に入ったあなたという人を京子は選んだの。でも、姉さんは可愛い女性を見るとその日のうちにもすぐ寝たいって考えるような人だから……あなたとの関係はうまくいかないのは目に見えてたんだと思うわ。それで、わたしにどうかって言ってきたの」
「どうかって……君こそ、一体何を考えてるんだ」
これまでの間、自分は一体いつ京子とデートをし、あるいは涼子と寝ていたのか――さっぱり見当もつかないだけに、秀一は色々思いだしていくうちに、顔と体が熱くなっていきました。けれど、ふとひとつのことを思いだしていたのです。『今日は明かりはよして』と言ったのはおそらく、今目の前にいる涼子のほうなのだろうと唯一見当がつきましたから。
そして、(となると……)などと逆算して考えるうち、秀一はますます目の前の美人弁護士を直視することが難しくなっていったのです。
「あの……秀一さんの言いたいこと、わたしにもわかるわ。わたしだって今、とても気まずいし、恥かしいですもの。だけど、京子が死んだ以上、そうも言ってられないものね。おとつい、京子の部屋であなたと話したのもわたしなのよ。京子はいつでも、『ただの偽装結婚相手にそこまてしゃべることないんじゃない?』って言って止めたけど、わたしはそれはフェアじゃないと思うって姉に言ったの。それでね……京子はたぶん、例の――その、ここではあるカンパニーってことにしたほうがいいかしら」
ふたりが間仕切り越しに話す部屋には、一体のアンドロイド警察官がいて監視していましたから、二階堂涼子はそんな言い方をしていました。
「自分がカンパニーに所属してるっていうことが、特殊捜査部にわかってしまったんじゃないかっていう気が、あたしはしてるのよ。つまり、もしそうなら相手は隠蔽のプロだから、京子を殺した真犯人がわかるっていうことは、これからもないんじゃないかって思うの。そして、秀一さん、あなたは――たまたま偶然罪をなすりつけるのにちょうど良かったんじゃないかしら。ひどいことだわ。わたし、なんとしてでもあなたのことを助ける。本当は、京子のことを殺したのが誰なのかも突き止めたいけど……それはカンパニーにでも任せるしかないことですもの」
「そっか。だんだんに少しずつだけど、俺にもわかってきた気がするよ。もちろん、京子が何がしかの陰謀に巻き込まれたわけじゃないっていう可能性もあるとは思う。ほら、彼女が前までつきあってた女性とか、その他、本当はそんなに気が多かったっていうんなら、そういう方面のトラブルっていう可能性もゼロではないだろ?でも、おそらくは涼子、君の言うとおりなんだろうとは思う。ほら、その、前にミッションに失敗して左遷されたとかいうのも――カンパニーの人を助けるためだったんだろ?そう考えた場合、そこから足がついて特捜部の人間にバレたとか、それで消されることになった……なんていう映画を昔見たことがあった気がする」
「ええ。だけど秀一さん、あなたきっと無実であることがわかって必ず釈放されるってわたし信じてるの。だってそうでしょ?仮にあなたが取調室で刑事たちにとてもキツく絞られて罪を認めたところで……京子のことをどんなふうに殺したのかとか、必ず現場検証しなくちゃいけないけど、どんなふうに殺したのかなんて、あなた知らないんですもの。刑事たちだって馬鹿じゃない。あなたが京子を殺してないってことは、必ず証明されて、無罪放免ってことになるわ。だから、どうかお願い。もう暫くの辛抱だと思って、どうにか耐え抜いてちょうだい。わたしも差し入れの品物とか、色々がんばって持ってくるから……だから生きる希望を捨てないでね」
秀一が驚いたことには、涼子は泣いていました。それで、彼は思いだしました。秀一の記憶にある限り――彼女は二度泣いたことがありました。そしてそのうちのどちらもが涼子だったのかもしれないと。きっと、彼女も自分を騙していることが心苦しかったのでしょう。そして、今妹の涼子と対面してみて思うのは、性格的に実は彼女は姉とあまり似てないのではないかということだったかもしれません。おそらく、<二階堂京子>として自分と会っている間、彼女は「姉に似た性格」を秀一の前で演じていたに違いありません。けれど、一度目の弁護士との接見を終えて留置場へ戻ってみても、やはり秀一にはわかりませんでした。自分が本当に惹かれたのは二階堂京子と涼子のうち、そのどちらなのか……また、京子は本能としては女性のほうを好んでいたことから、自分のことはつまみ食い程度の気持ちしかなかったのか、涼子のほうでも自分に対しては遊びだったから、姉の奇妙な誘いに乗ったのかどうか。
それに、実際のところ、秀一はそれどころではありませんでした。アンドロイド尋問官の取調べの途中で、二階堂京子が頭に二発銃弾を受けて死んだことは聞いていました。その後の会話の中で、涼子もまた「これは間違いなくプロの仕業よ」と言っていましたが――秀一のほうではだからといってあまり楽観的になれませんでした。「凶器は現場に残ってなかったの。それで、今後、捜査の段階でどこからもこの凶器の拳銃が出てこなかった場合……当然、どこに捨てたんだって聞かれるでしょう?でも、あなたは何も知らないんだから、答えようがないわ」と、涼子が言っていたとしても……。
(きっと、冤罪っていうのはこういうところから作られるんだ。拳銃のありかなんか俺が吐かなくったって、そんなことはどうにでもでっちあげが可能だし、現場検証っていったって、頭を二発撃たれてるんだ。違いなんか、前から撃ったか後ろから撃ったか、あるいは側頭部を撃ったかの違いくらいだろう。本当は後ろから撃たれてるのに、俺が彼女を前から撃ったなんてでたらめ言ったところで、有罪になりたくないがための演技としか思われないだろう。しかも、頭に二発ということは、計画性のある、明らかに残虐な行為だ……これは有罪が確定したら、相当罪が重いな。それじゃなくても、エリート階級の人間が一般市民を殺した場合、若干罪が軽くなるのに対し、その逆は罪が重くなる傾向があるからな……)
あのあと、秀一は非常に言いにくくはあったのですが、京子の部屋で涼子と会ってのち、自分がどういう行動をとったのかを説明せざるをえませんでした。家で飲んでいたはずなのに、その後の記憶がまったく不明瞭であること、また、まったく記憶がないにも関わらず、翌朝、見ず知らずの女性の部屋にいたことなど……。
「君の前だから、それでこんな嘘をついてるってわけじゃないんだ。俺は君と京子の部屋で別れたあと、家で結構飲んでた。それは確かなんだ。もし、可能性があるとすれば、酔ったままふらふら外に出て、その後も飲み続けたってことだろうけど……俺は、明日結婚するっていうのにそんなことをするような人間じゃない。だけど、状況からしてみれば、他にどうにも説明のしようがないんだ」
「わたし、あなたのこと信じるわ、秀一さん。それに、もし仮にそうであったとしても、前の日にあたし、随分あなたに重いことを言ったものね。無理ないって思うわ……わたしも京子もあなたを騙してひどいことをしたんですもの。それに、その女性こそは秀一さんのアリバイを証明する唯一の希望の星ですものね。わたし、その件について調べてみる。朗報を待ってて」
この時、涼子はとても悲しそうな瞳をしていました。そして、秀一には女心というものが……京子も涼子も本当は何を考えて自分とデートしたり寝たりしていたのか、さっぱりわからないと思いました。それに、彼女の本心を計りかねるところもあり、秀一は<二階堂京子殺害事件>について、集中しきれなかったかもしれません。また、彼女が自分の弁護士としては不適任ではないかと思えて仕方なく、別れ際にそう言ってもいました。
「秀一さんの言いたいこと、わたしにもわかるわ。だけど、あなたのことを弁護するのは何もわたしだけってわけじゃないの。そうだわ。わたしの名刺、まだ見せてなかったわよね」
<クロスハート法律事務所、弁護士 二階堂涼子>とデジタル名刺の文字が空中に浮かび上がり、秀一はあらためて妙に感心したかもしれません。双子の姉は警察機関のエリートで、妹は弁護士……亡くなった親御さんもきっと鼻高々だったに違いないと、そんな気がしました。
「うちの法律事務所には、わたしじゃなくても優秀な弁護士が他にもいるから……何かのことで都合が悪くなったら、わたしから引継ぎしてチェンジすればいいでしょ?でも、それまではわたしにあなたの弁護を担当させて欲しいの。わたしにはあなたが絶対に姉の京子を殺したのでないことがわかっている……ねえ、こんなに心強い味方もいないでしょう?」
(いや、俺は君以外の、他の誰か別の弁護士がいい)とは、秀一には強く主張したり出来ませんでした。そして、混乱した頭のまま、留置場のほうへ戻って来ると、ちょうど正午だったので、昼食のお弁当を食べました。そして、午後からは、13:00からの運動がすんでのち、秀一は二階堂京子殺害にまつわる件に関して、思考を集中させ続けたのでした。
被留置者は、起床や食事、運動や就寝など、決められた時間以外は比較的自由に過ごせるようになっています。ラジオを聴くことも出来ますし、貸し出し図書もありますので、本を読んだりすることも出来ます。秀一くんの部屋の他の五名は、ラジオで音楽を聞き、あとは本を読む者もいれば、おしゃべりする者もおり……秀一くんはそのうちのどこにも加わらず、ただ壁に身をもたせかけて、今後自分を待つであろう運命について思いを馳せていました。
そして、二階堂京子殺害について、自分は今後どうしたらいいのか、再び取調室へ呼ばれたとしたら、刑事たちに何を話して何を話すべきでないのか……そんなことを考える必要があるにも関わらず、その思考を常に涼子が邪魔してくるのでした。
正直なところを言って、秀一が結婚しようと考えていた女性は、とても素晴らしく、立派な人間でした。自分のことを見つめ返してくる、澄んだ、この世にはまだ正義があると信じているような眼差し……京子は別として、秀一は自分が彼女に相応しい人間とは思えませんでした。けれど、デートしている最中は何故そんなふうに思わなかったのか不思議でしたし、涼子が自分に対してどの程度の好意を持っているのかも、今ではよくわかりませんでした。
秀一がこれまでしたことのある恋愛といえば、ただ<駆け引き>だけを楽しみ、実際に寝るのはアンドロイドのコールガールといったような、そんな程度のものだったかもしれません。もし、涼子が一言、「わたし、ひとりの男性としてあなたとの結婚を考えるくらい、今も愛してるの」と言ってくれたら――いえ、ここまではっきりした恥かしいような科白じゃなくていいのです。彼にとってそうと確信できるような何かが得られさえすれば、秀一は心から涼子のことを信頼し、自分の弁護を依頼することが出来たでしょう。
(だけど、あんな初心そうに見えて、京子と同じように実は結構遊んでるのかもしれないな。それに、妹のほうはレズってわけじゃないってことだよな、たぶん……そしたら、他の男とはどのくらい経験があるんだろう。弁護士なんていうオカタイ立派な職業に就いてるんだから、きっと相手の男もそれ相応の――彼女に相応しいエリートだったに違いない。それなのに、働きもせず、ただ国から給付金をもらって暮らしてるだけの男を、彼女のような女が本当に相手にするものだろうか?)
何より、涼子のあの、優しさと哀れみの入り混じったような、菩薩のような顔立ち……そのことを思うと、秀一は堪らない感じがしました。涼子の与えるそうした純粋さと優しさを信じたい気もしましたが、それは自分が考えるのとはまったく別のもののような気もしたからです。つまり、『あなたの恋人として、全力で愛するあなたを助けるわ』というのではなく、彼女の眼差しがどこか、『三日もごはんを食べてなくて可哀想に』と、捨て犬を見るのにも似ているように思われたからです。
(そうだ。その路線でいったとすれば、エリートのまともな男とつきあったりするより、四流以下の遺伝子の一般市民の男とつきあったほうが彼女には気楽だったのかもしれない。ほら、そういう種類のエリート男とつきあっていて振られたあとだったとか、何かそうした理由によってさ。だから京子の提示した、あんな変な条件でも俺とデートしたり寝たりしたんじゃないか?……)
秀一は、本当はもっと別のことを真剣に考えなくてはいけないとわかっていながら、そんなことばかりをつい考えてしまい――二階堂京子殺害のことにまつわることに集中しなくてはと思えば思うほど、何故かむしろ涼子のことばかりを考えてしまうという結果に終わっていました。
つまり、それは簡単にいえばこうしたことでした。こんなことになってしまったとはいえ、秀一は京子か涼子かわからない女性のことを愛していました。けれども、自分はそのくらい真剣な気持ちがあったにも関わらず、涼子に今そのことを告白するわけにもいきませんし、かといって今の悪い条件下にあっては、彼女の本心など確かめようもないということなのです。
仮に、自分が泣きながら涼子に対し『ちゃらんぽらんな俺が、結婚を考えるくらい君を愛しているんだ』と告白したところで、涼子のほうではただある種の哀れみから、『わたしも同じ気持ちよ』とか『だから一緒にがんばりましょう』と答えるかもしれません。秀一は今の状態では涼子の本心を知りようがないということに対し苛立ちを覚え、かといってそんな感情を彼女にぶつけるわけにもいかず、接見の際にはなるべくクールを装っていなくてはならないこと――実はそれが秀一が、他の弁護士に弁護を頼んだほうがいいかもしれないと考える、一番の理由だったのです。
>>続く。