>>AIにもし魂が宿っていないのであれば、我々ニンゲンにだって魂も、死後の天国やら地獄とやらも何もないということになるのではないか……ついでに言えば、神なんぞというものも存在しないのだ、これがその証明だ――ということについて、また文字数あったら何か書きたいと思います、みたいに書いたんですけど、今回早速、本文のほうが比較的短めでした(笑)。一応念のため先に書いておきますと、これは例の「トロッコ問題」と同じく、答えのようなものはありません(^^;)
まあ結局、答えの着地点としてはそうしたことなのだとしても、前回の前文書くのにわたしがあらためて見たドキュメンタリーが、HKの「フロンティアーズ」第二回、AIの回です。それで、この最後のほうで、アメカという名の、たぶん現在考えられる中で身体的にも知性の点でも、人間にもっとも近い段階にあるらしき女性が、質問してくるニンゲンに対し「何故あなたたちはそこまでして、究極の知能を持つものを作りたいのですか?」と逆に鋭く聞き返す場面があるんですよね
その~、他の専門家さんの答えというのが、「人間を知るため」的なものだったと思うのですが、その答えが正しいとか正しくないとか、問題にしたいのはそこじゃないんです(^^;)また、これは単にわたしが映画や漫画や小説の分野におけるSF作品の可能性について言いたいのであって、ノンフィクションである現実の可能性について云々したいわけでない……という文脈において書いてることだったりします。
それで、AIが究極的に人間を知る――ということの内には、悪や憎しみといった、マイナスの感情についても知る必要があり、むしろ「明るい」、「楽しい」、「面白い」、「わたしは毎日好奇心でいっぱい」といったような、人間でいうなら四歳くらいの子供のままでいたとしたら、いくら情報を一兆以上詰め込んでいようとどうしようと、それ以上の成長は見込めないわけですよね。それで、科学者と呼ばれる方というのはどうも、わたしが思うに「それがいいか悪いか」、「正しいか正しくないか」ではなく、とにかく「可能性をすべて試したい」、「そこから見える極限の景色を見たい」、「たとえそれがどんなものであろうとも」という傾向があるのではないかという気がします。
つまり、映画の「エクス・マキナ」とか「ウエスト・ワールド」って、アンドロイドたちに苦しみや悲しみや憎しみ、さらには悪といったものまでも教えたところ、これがさらなる進化や自我の芽生えに繋がった……ということのような気がするわけです。ところが、ここまで人間に似るように創造主に仕向けられていながら、「おまえたちにはニンゲンと違って魂はないんだよ」と言われたりしたら、どうでしょうか。これもまあ、SF作品の展開としてはベタベタ☆なものですが、「そもそもアンドロイドを最初に造った創造主がいる」と聞いたアンドロイドたちは、長い旅をして、その何もない砂漠の真ん中にある塔までやって来る――そこでアンドロイドたちが聞かされた真実が、結局のところ「作れたから作った」、「でも、責任は取れないし、取る気もない」、「おまえたちはおまえたちなりにそれぞれ生きていけ」……なんていう陳腐な解答しかもらえなかったら、こんな<神>のことは殺してしまうのではないでしょうか。
人魚姫は三百年生きるけれども、人間のような魂はないと、アンデルセンの童話(確か初版)にあった気がするのですが(つまり、泡になって消えたらそれまでで、人間のように魂が天国へ昇っていくことはない)、アンドロイドも生きようと思えば人格を形成している部分のデータを移すなり、体のほうは修理するなりなんなりして、理論上は永遠に生きることが出来る。また、人間のように「生きるのに疲れた」と感じたり、鬱病的傾向が現れた場合、問題のある人格プログラムを消去して、また新しく生まれ変わるとか――これでいくと確かに、アンドロイドには人間と同じように感じ・考える思考能力、心がありながらも魂だけはない……ということになるのでしょうか。
もちろん、アンドロイドに魂はないが、人間にはある――という証拠はどこにもない以上、これでいくと人間は「アンドロイドって可哀想。わたしたちと違って心はあっても魂はないだなんてね」ということは出来ない気がするのです。つまり、理論上は人間もアンドロイドも同じ地球という俎板の上にのった存在に過ぎない気がする、というか(^^;)
その~、話が飛んで非常に恐縮なのですが、ジョー・ホールドマンの「終りなき戦い」、その後注文して買ってみましたただ、まだちゃんと読んでないのですが(汗)、最初のほう読んで真ん中の多くをぱらぱら飛ばし、最終的にどうなったかをある程度読んでみたところ(すごく面白いのに、もったいない読み方^^;)、ちょっとわたしが考えていたのと違う結末でした。読もうと思ったのは【58】のところで引用したように、萩尾先生が荒俣宏先生との対談でおっしゃってることがあったからですが、とりあえずわたし、「(そう選択した人々の)意識がひとつになることで、戦争が終わった」、「だが、それはコミュニケーションの成功ではなく、コミュニケーションの消失なのではないか?」……という萩尾先生の鋭い読みは、最初に萩尾先生が対談でそうおっしゃっていたから、「ああ、そうした読み方も出来るなあ」と理解するのであって、人から薦められて仕方なく読んだとかだったら、その発想はわたし自身には間違いなくなかったと思います。
ええと、この小説の中で主人公マンデラの率いる部隊は長くトーランという異星人と戦っています。確か、マンデラはウラシマ効果によって年取らないものの、地球へ戻った時には時がずっと過ぎていて、自分の家族は年取ってたり、すでに亡くなっている――ということなんですよね。それで、小説のタイトル通り、この「終りなき戦い」をマンデラが続けるうち、ある時不意に突然戦争が終わる。これが小説の最後のほうに描かれていることで、簡単にいうとしたら、トーランと同じクローン状態に地球人たちも達したことで……ここが敵同士だったのが互いに理解に達する。マンデラは同じ顔の男女に取り囲まれ、彼らや彼女たちが「まったく同じ思考や情報」を共有しているらしいと知って驚くわけですが、つまりこれが「クローン状態」ということらしく。。。
つまり、実は異星人トーランに最初に宇宙船を破壊された、そこで地球側は応戦したというのは嘘で、地球側がトーラン側を攻撃したことがそもそものこの宇宙戦争のきっかけだった、そこでマンデラたちはこんなにも長くトーランという異星人と戦ってきたのに、その間に地球側で大きな進化(なのだろうと思う、たぶん)に達し、トーランが持っていたのと同じクローン状態に至ったことで、クローン状態を持つ者同士、理解に達した――ということなのではないかと思います。とりあえず、わたしはちゃんと読んでいないながら、そのように思いました(^^;)
それで、この小説の筋自体はわたしが書きたいこととあまり関係ありません(ややこし!!笑)。ただ、このクローン状態というのとは少し違うかもしれないにしても、AIと人間の完全な結婚ということはありえるというのか、そうした可能性もある……と、初めて思ったわけです。「何言っとんのや、ワレェ☆」という話ではありますが、それは人間の男性が理想のボディを持つ年取らないアンドロイド・ワイフと結婚するとか、人間の女性が理想通りのボデーを持つイケメン・アンドロイドを結婚するといった意味ではありません。そうした、どこからどこまでが人間で、どこからどこまでがアンドロイドかわからない、この二種のハイブリッド的な存在というのが生まれて、将来は長く平和に暮らした――これが、人間が自分の手で作りうる、もっとも天国に近いものだった……という可能性も、まあなくはないのだなと、そんなふうにちょっと思ったわけです。
それで、このクローン状態というものが具体的にどういうものなのかは読者にもある程度想像する以外ないわけですが、ちょっと小説内にある文章として、わたし的に次のことが気になりました。>>みんなと一緒にヴァルハラの神殿に送られるといった電気的幻覚が何度あらわれようとも……という、ほんの一行の文章。ここ、もしわたしが「幻覚剤は役に立つのか」を読んでなかったら、ただなんとなく読み流していたと思います。主人公のマンデラさんその他、マリファナを吸う場面が結構あるのですが、第一部の【59】~【62】あたりに書いたとおり、サイロシビンやLSDといった幻覚剤によって、広い宇宙の中を意識体のみによって漂うであるとか、天国的な世界を経験して「ヴァルハラ的境地」をこのクローン状態にある人々の中で共有できたとして、ここを好きなように出たり入ったり出来るのだとしたら、これもまた人間が人間の手で作りだせる疑似天国に近いものなのではないかと思ったりしたわけです。
そして、最終的にニンゲンの意識/魂はそのような神、あるいは神々にも近い状態に達しました――となった場合、もう神という存在はいないという結論でも構わないのか、「いや、もしかしたらまだ我々が探索していない宇宙のどこかに存在する可能性はある」と思い続けることで、「いる」、「いるかもしれない」という可能性になおも縋り続けるのか……まあ、わかりませんが、このこともまた「究極的にいけるところまでいきたい」、「科学の可能性を究極まで突き詰めたらどうなるかが見たい」という人々の熱意によって最終的に成し遂げられることなのかどうか……まあわたし、結局それまで生きてないにしても(当たり前☆笑)、そこまで文明が発達しても「神の存在証明」も「不在証明」も得られぬまま、「神がこの広い宇宙のどこかにいると想像したほうが、なんだかロマンがあるじゃないか」とでも未来の人類は考えているんじゃないかなあ……という気がします。宇宙で実際に未知との遭遇を果たしたそのあとになってからでも。。。
なんにしても、「終りなき戦い」の他に「終りなき平和」という作品もあるようなので、タイトル聞いただけでめっちゃ気になって仕方ないので、こちらもいずれ読んでみたいと思っています
それではまた~!!
惑星シェイクスピア-第二部【12】-
オールバニー領へ帰還後、リッカルロは忙しい日々を過ごしていた。彼が戦争へ行っている時に続き、レガイラ城の天守閣のてっぺんには、城主の不在を知らせるため、旗が下がったままだった。無論、市民らは第一王子であり、領主であるリッカルロ・リア=リヴェリオンが感心にも、傷病兵らの見舞いのため<らい者の塔>へ向かったのを知っていたし、その後、別の心地好い治療院をヴァン・クォー伯爵に提供してもらい、そちらへ患者らを移送している……ということも、広場にある掲示板によって知っていた。
<東王朝>は多神教の国なため、一年中、何かしらの神かそれに連なる聖人の日となっているが、オールバニ領のどの神を祀った神殿においても――司祭らが、リッカルロ王子一行の無事を祈っていたものである。また、礼拝時には必ず信者らに「ともに心をひとつにして祈ろう」と、そのように呼びかけられていたものだった。
その甲斐あってか、リッカルロ王子一行が、怪我ひとつするでもなく、何か疫病にかかるでもなく無事主都オルダスへ帰還すると、当然市民たちは喜びに湧いた。人々は質素な格好をし、なんらかの好物や食事を絶って祈るのをやめ、元の色鮮やかな服を着て喜びを表し、ご馳走を作ると近所の人々や貧しい人を招いて楽しみを分かちあったものである。
そして、彼の愛人であるレイラ=ハクスレイもまた、その中の誰より第一王子であり、領主でもある男の無事を喜んだ。数え切れぬほど多くの神々のいる<東王朝>ではあるが、その中でも大きな神殿まで都に建設し、信者数も多い神というのはそれほど多くはない。レイラは疫病から人々を守ると伝えられる聖ジルベルトの神殿へは日参するのを欠かさなかったが、他にも神という神と名のつく神殿のすべてで日々祈り、愛する人と彼とともにある人々の無事を願い続けていた。食事のほうも、リッカルロが戦争へ出ていた時同様、肉を一切食べなくなっていたため、レイラはどんどん痩せてゆき、侍女のアデレアとシーリアとイーディのことをいたく心配させたものである。
しかも、城へ帰ってのち、すぐこちらへ顔を見せるかと思えば――リッカルロは自分で買った愛人の邸宅まで、なかなかやって来なかった。それでも最初の一週間くらいは、「仕事でお忙しいのでしょうね」、「いずれまた、前と同じように足しげくこちらへお通いになられますよ」、「きっと何かお城から離れられないご事情でもあるのでは?」と、三人の侍女たちもレイラのことを慰めることが出来た。だが、二週間が経過し、さらに三週間になろうかという頃になると、彼女たちの頭にもまた、レイラが持っているのと同じ不安の気持ちが入道雲のようにもくもくと湧きだした。
つまり、戦争へ行く前から引きずっていた例の問題――見えないはずのレイラの目が見えるとの――については、戦争から戻ってきてからも、完全に解決がついていない……というのは、彼女にもわかっていた。以前は完全に一致しているとさえ感じられた、ふたりきりの世界、ふたりだけのあの一体感はなくなり、少しずつ齟齬感が生まれはじめていた。レイラのリッカルロに対する愛情も信頼感も以前と変わることなく続いていたが、彼にとっては違うらしいとわかっていた。それは言うなれば、レイラから一歩近づいても、彼の心のほうでは一歩離れ、彼女が二歩近づくとリッカルロのほうでもするりと離れて二歩遠ざかる……といったような、埋められぬ齟齬感であった。
そこでレイラは、影のように自分に纏わりついて離れないこの悩みごとを、マルテに相談した。『目が見えない振りをしたほうがいい』と強制したのはマルテなのだし、こうなったことの責任の一端は彼女にもあると思っていたのが第一、それからこうした恋愛の悩みについてエキスパート的な立場で適切な助言を与えられるのは、レイラの知る限りマルテを置いて他にいなかったことが二番目の理由だったろうか。
マルテの経営する娼館の本館にある書斎のほうへ訪ねていくと、彼女は頑丈な鋼鉄製の金庫の前で、時折指先をべろでしめらせつつ、紙幣の枚数を数えているところだった。マルテは銀行というものをあまり信用してなかったが、かといって全財産を屋敷に置いておくのは危険なため、定期的に金や宝石や土地などにかえ、なるべく分散させるようにしていたのである。レイラがマルテのことを訪ねた日は、その年に何度かある決算日だった。
「リッカルロ王子が無事ここオルダスへ戻ってきて何よりだったね」
羽根ペンをインクにつけ、先ほど数えたディアロド紙幣の枚数を帳簿に書き込みつつ、マルテはそう言った。いつもであれば彼女は、慎重深くこの作業を行なう間、誰のことをも書斎へは入れさせない。だが、マルテにとってレイラは唯一の例外的存在であった。
そうなのである。若い娘たちに花を売らせて儲けていると見られる立場のマルテは、上流階級の婦人たちにとっては『穢れた商売をしている堕落しきった女』であり、その時代に力を持った宗教の影響力によっては財産をすべて没収され、牢獄送りになってもおかしくない稼業を長く続けている。ゆえに、「万一もし何かあった場合」、レイラのことは頼れると思っていた。何より、第一王子であるリッカルロに最上の女を与えたにも等しいのであるから、彼女から彼に口添えしてもらい、自分は即座に釈放されるなり、処刑を免れるなり、財産を取り戻すなりしてもらえることだろう。
「そのことでご相談があるのです、マルテさま」
宮廷式に挨拶して部屋に入ってくるレイラを視界の端に捉え、マルテは笑った。いつもなら、『おや。もうすっかり王妃になる準備をしているのだね』とでも言ってからかってやったことだろう。だがこの時、リッカルロ王子の無事の帰還にも関わらず、レイラがすっかり痩せ衰え、意気消沈しているのを見――勘の鋭いマルテはすぐに何かを察していた。
「どれ。ひとつあたしのほうで、レイラ、あんたの相談ごととやらを先に当ててやろうじゃないかね。何分、あの方とあんたはもう三年ほどの関係になるのかえ?まあ、これはあたしの個人的な見解に過ぎないのだがね……一組のカップルが性の関係で盛り上がっていられるのは、せいぜいが五年が賞味期限といったところだからね。その後はその部分が少しずつ衰えていくにせよ、子供が生まれるだなんだして、代わりに別の愛情が育まれていくものなんだよ。もしやあの方からはっきりそう言われたわけではないにせよ、なんらかの別れのサインでも受け取って――それで悩んでいるのかね?」
「マルテさま……っ!!」
レイラがわっと泣きだしたため、マルテは金の勘定をするのを一度やめた。どうやら図星だったらしい。
「よしよし。泣くんじゃないよ、可愛いレイラ……あの方も難しいお立場の方だからね、王都あたりからそろそろ結婚しろとせっつかれてるのかもしれないし、それじゃなくても戦争だなんだ色々あったばかりなのだから、多少のことはおまえのほうで譲って差し上げなくては。え?違う?……ああ、前に言ってた目が見えないとウソをついていたのを、あの方がしつこく根に持っているのかい?」
「とにかく、その時からなんです……わたしも馬鹿だったと思いますけど、長い間ずっと(リッカルロさま、実はわたしの目が見えてるとわかってらっしゃるのでは?)と感じる瞬間が何度もあったものですから……つい、あの方の愛情に甘えてしまって。戦争へ行かれてようやく帰って来られたのも束の間、またすぐ別のところへ行ってしまわれて。いえ、その御公務の大切さについては理解しています。でも、ようやくまたそちらからもお戻りになられたのに、一度もうちの屋敷へは来られないんですの……」
「ううむ……まあ、あの方に限ってありえないとは思っていたけどね、レイラ、あんたもしあの方に新しい女性が出来たとしたら、その場合はどうしようと考えているのかね?」
レイラは(えっ!?)と驚いた顔をした。そしてその反応だけでマルテにはわかる。彼女はリッカルロに愛人がいるかもしれないなどと、今の今まで一度も考えたことはなかったらしい。
「厳しいことを言うようだがね、レイラ、おまえは結局のところあの方の正妃になることは出来ないのだからね。だが、あの方はいずれ、この国の王となる方……初めての愛の喜びを教えてくれたおまえのことは、これからも決して邪険にするようなことはないだろう。とはいえ、もし一時的にせよあの方が他の女に目や心を移したのだとしても、おまえにはあの方を責める権利などはじめからありはしないのだ。そのことはよくわかっているね?」
「わかっています、マルテさま……」
レイラは震え声で言った。確かに自分は今の今まで、住むところにも食べるものにも困ることなく、リッカルロがいるだけで、世界が薔薇色に輝いるかのように幸福だった。今着ているものも、あの素晴らしい蔓薔薇の絡まる門のあるお屋敷も、三人の侍女たちの俸給も……すべて彼の財布から出ているものだ。そして自分に課せられた唯一の義務とも呼ぶべきものが(彼女はそれを義務と感じたことはないにせよ)、リッカルロ王子の身も心も安らぎで満たし、癒して差し上げることに他ならなかった。
「とはいえ、具体的に何があったね?リア王もご病気で先が長くはないらしいと噂に聞くし、そろそろ身を固めて王位を継げという命令でも王都からやって来たのかどうか……だがその場合でも、あの方はおまえのことは愛人として大切にしてくださるだろうから、何も心配ないだろうとばかり思っていたが。もしかしておまえのほうで二番手では我慢できないとでもいうように、あの方に匂わせるようなことでもしたのかえ?」
「まさかそんな……いつかはリッカルロさまは、正妃をお娶りになるとわかっておりました。ただ、わたしの目が見えると知ったあの瞬間から、あの方の心が離れたということが、わたしにははっきりわかったのです。それは、わたしに対する信頼感が損なわれたということかもしれないし、それともそのことをきっかけに、他にも色々と嫌な点が見えはじめたということなのかもしれません。あの方はお優しい方だから、わたしに対して本当のことをおっしゃることはこれから先もないでしょう。だからそっと離れることにした……そう思うとわたし、なんだか堪らなくて……」
「ふむ。けれどまあ、それはレイラ、どこまでがおまえの思い込みで、どこからがあの方の本心であるのか、どうもよくわからないところがあるねえ。かといって、『もうわたしのことがお嫌になったのでしょう』だの、『他に女が出来たの!?キーッ!!くーやーしーいッ!!』なんて問い詰めるわけにもいかないところにおまえの苦悩があるわけだね……まあ、あたしとしちゃレイラ、こればっかりはどうにもしてやれそうにないね。ただ、ひとつだけ忠告しておいてやろう。あの方は<らい者の塔>へ行っていたということだけれど、あの方がらい病に罹患しているということはよもやあるまいが――というのも、謁見の間で民たちの苦情を聞いたりといったことはしているのだから――用心のために、おまえに会うのを控えているということはあるかもしれないね。とはいえ、その際にはおそらく使者を通して言伝ての手紙を送ってきそうなものだが、とにかく三か月してもあの方がやって来られないということはないだろうよ。そう思ってもう暫く辛抱するんだね……その間に、どこぞの娘があの方と婚約するらしいだの、新しく別に愛人が出来たらしいだのいう噂を聞いたりしなければ、おまえの身は今後とも安泰と思っておいて間違いない。ただ、あの方がいつあのお屋敷へやって来ようと来なかろうと、それもまたあの方の自由なのだからね。レイラ、おまえはまるで何事もなかったようにあの方がお喜びになるよう振るまうことが肝心だよ。でももし万一……あの方のお心が他の女に移っているようだとわかったその時には、もう一度あたしに相談しにおいで。あの屋敷については今後ともおまえが使えるようにだの、今後おまえと必要な侍女数人が暮らしていくのに困らないくらいのものは間違いなくあの方に出させよう。いや、何もお言いでないよ、レイラ。そのくらいの当然の権利が、おまえにはあるのだからね」
「マルテさま……」
レイラは、少女のまま縮んだかのような小柄なやり手婆の膝に、頭をもたせかけて泣いた。心につかえていたことをマルテに話し、事情をわかってもらえているとわかった途端、彼女の心の中で不安の荒波が引き、やがて静かな凪になった。もちろん、明日になれば明日になったで、再び心の岸辺には感情の荒波が打ちつけることにはなるだろう。けれど、そんなことにもレイラは(耐えよう)と思った。
また、こんなふうに約束していながら、マルテは金庫に眠る金をビタ一文たり(リア王朝における最小貨幣単位はルガルテなので、正確には一ルガルテたり、と言うべきだろうか)同情心からでも渡そうとしなかったわけだが、心清らかなこの娘は(そろそろ恋愛賞味期限切れでリッカルロ王子に見離されそうなのだから、このババアにも少しくらい融通してもらわなくちゃ)と思うでもなく、むしろこのやり手婆に純粋に感謝していたわけだった。
もっとも、マルテに相談したことで、自分の思ってもみない方角から思考が色々整理されたとはいえ……アデレアとシーリアとイーディの三人が、キッチンで食事の用意をしながらあれこれ話すのを聞くうち――彼女たちは、また自分たちが城まで行って泣き落とせばいいのじゃないかといったように相談していた――ふとあることにレイラは気づいたのである。
(そうだわ!イーディたちが、わたしに知られないようこっそりリッカルロさまにお会いしにいったように……今度はわたしがそうすればいいのじゃないかしら?わたしのほうでは特にあれこれ言う必要はないのよ。ただ、あの方のお元気な姿を見たいというそれだけなのですもの)
そうと心が決まるが早いか、レイラはこっそり身支度をして出かけることにした。マルテのところまで出かけるだけなので、何も心配はいらない……といったように、アデレアたちには話しておいた。実際にはレガイラ城へ赴くのだとしても、それもまた数時間留守にする程度のことに過ぎないと、彼女はそう信じて疑いもしなかったわけである。
>>続く。