さて、今回は前回の前文の続き(?)ということで……わたしがロボットアニメで一番影響受けたのはたぶんガンダムだと思います
しかも、小学生の頃に再放送で見た、初代とそれに続くZとZZ(年がバレる☆笑)かなって思うんですよね。でもこれにしても、見たのが相当昔で、内容や登場人物についてもかなりのところ記憶が曖昧にww
そして、高校生くらいの頃に「ファイブスターストーリーズ」のアニメ映画を見まして、何故かこれだけものすごーく記憶に残ってるんですよ。主題歌の「瞳の中のファーラウェイ」をカラオケで何度も歌ってたり、友達から1~4巻くらいまで借りて読んでたりとか
でも、ファイブスターの世界観ってあまりにも壮大すぎて、作者の永野護先生の解説みたいの読んでようやくわかったりとかして、その後アトロポスが登場してるところをニュータイプか何かでちらと読み、「おお、ここまでストーリー進んだんだ!これは読まねば」とか思ってそのままになってたり……そんで、今回世界の終わりに際してメカっぽい兵器が出てくるということで、このあたりのことをすごく調べたくなったわけです(^^;)
たとえば、レディオス・ソープとラキシスの乗ってるナイト・オブ・ゴールドとか、これもガンダムと同じく、総重量ですとか、燃料は何なのかとか、たぶん細かい設定資料集とかあるんじゃないかなって思うので――そのあたりのことを色々調べたいと思ってて
そんでわたし、「重戦機エルガイム」って名前だけ聞いたことがあって見たことなかったんですけど(汗)、かなり昔にロボット系アニメの特集か何かやってた時に……その、エルガイムの主人公のダバくんの妹さん、だったかな?が、「キャハハハ!キャハハハ!!」とか笑ってて、頭が狂ってる描写っていうのがものすごく印象的でなんかもう忘れられなかったんですよ。
いえ、なんていうか、「アニメでこういうのやっていいのか?」的な。今の時代だったらコンプラとか何かに引っかかりそうっていうか、なんていうか……そんで、わたしストーリーまったくわからないんですけど、主人公の男の子にこの頭のおかしくなった女の子がべったりくっついてて、ようするに、この子に対する責任みたいのがダバくんには物凄くあって、そのせいで他の子と恋愛して幸せになることもままならない――みたいな感じに見えるのが、なんか物凄く衝撃的だったのです。。。
以来、わたしの中で「エルガイム」は「いつか絶対見たいアニメリスト」に入ることになったんですけど、それから一体何年経ってるのかわからないのに、いまだに見ていないという
ただその時、そのロボットアニメの特集番組か何かで、この頭狂っちゃった女の子の影響が富野監督にあったがゆえに、Zガンダムのラストってああいうことになったらしいと知り、この事実にもものすごくびっくりしました!!
いえ、今のお若い方にお話しても……たとえばシード世代の方とか、それ以降のガンダム世代の方には、もしかしたらあんましピンと来ないかもしれないのですが、たぶん当時「漫画アニメ流行語大賞」なんていうのがあったとしたら、Zガンダム放映時の年は「カミーユしてしまった!」が絶対受賞してたんじゃないでしょうか(笑)
わたし、Zガンダムも再放送か何かで見て、あの最後はやっぱり衝撃的でしたww
なんていうか、全50話あって、大体47話くらいとか見てて、やっぱり思いますよね?「え?このお話、ほんとにちゃんと終わるのかな?」みたいに……で、かなり未消化のフラストレーションが残る形で物語のほうは終わるわけで――ええと、Zガンダム見てない方にはネタバレ☆になってしまうかもしれないんですけど、主人公のカミーユくんの頭がおかしくなって終わるっていうあれ、あの状態がもう「カミーユしてしまった!」っていうもうその年のアニメ好きさんの間での流行語だったんじゃないでしょうか(^^;)
例:「ドラクエⅡのふっかつのじゅもんが間違っていた時……わたしはカミーユしてしまった!!」
みたいに使うわけてすけど、このたとえも古すぎて、今のお若い方にはわかんないと思います(すみませんww笑)
いえ、まあガンダムは宇宙の歴史のある時代を切り取ってるというアニメなので、そのあたりのある意味容赦のなさは、大人になってからある程度理解できるようになりましたけれども……初めて見た時にはやっぱり「ええ~っ!?」な感じだったのです
それはさておき、次回もまたこの続きについてでも何か書いてみようかなって思います♪
それではまた~!!
ティグリス・ユーフラテス刑務所-【12】-
その後、秀一と涼子がイラクにあるティグリス・ユーフラテス刑務所へ到着するまでに、三日ほどかかりました。途中、休憩地点がいくつかあって、車のエネルギーを補給したり、軽い食事をしたり、ちょっとした買い物をすることも出来ました。
ふたりは何より息子のシュートのことを心配していたのですが、外は昼間、三十度を越すことがあっても、メルセデス・ベンツの車内はエアコンが効いて涼しく、見渡す限り砂漠しかない世界が果てしもなく続く中でも、快適に過ごせてほっとしていました。
ティグリス・ユーフラテス刑務所は、かつてティグリス川とユーフラテス川のあった間くらいに位置しており――七階建ての、90メートルほどの高さの建物でした。砂漠の中に何故このように洗練された建築物を一棟だけ造ることにしたのかは謎でしたが、刑務所というのは本当のことのようで、つまり、イスラエルやシリア、イランやイラクなどで何があったかを知らないテロリストの一味が戻ってきた場合……国境を接するトルコやイスラエルやパキスタンなどで逮捕し、ずっとこの建物の中に囚人として捕えていたようです。
イスラム過激派組織が、何故除々に弱体化していったのか、世界は別の理由を信じこまされていますが、実はこうしたことだったのです。他にも、メッカへ巡礼に行く者の中からも顔認証システムによって、手配されているテロ組織の人間がいれば、すぐに捕獲されてメソポタミア刑務所送りになりました。こうして、少しずつテログループの大物を捕えては刑務所送りにし、イスラム過激派組織というのは、だんだんに牙を抜かれたトラのようになっていきました(もちろん、今もそうした組織の散発的な活動というのはありますが、一頃あった時のようなピークは過ぎたということです)。
入口にある検問所で、アフマド・カリフはふたりと赤ん坊のことを下ろし、スーツケースやボストンバッグなども入口のところまで運んでくれました。秀一も涼子も心から彼に感謝し、最後は抱きあい、握手してから別れました。
建物のほうは、全面がソーラーパネルになっており、そのような形で電力を得ているようでした。入口から奥の待合室に至るまで、まるで洗練された芸術作品のような造りをしており、まるで美術館か博物館にでもやって来たようで、刑務所といった感じはまるでしません。
「こちらのほうで、少々お待ちください。今、地下のほうから責任者を呼んできますから」
検問所のところにいた、半袖の警備服を着た男は、テレビ電話に向かうと、モニターに映った金髪碧眼の女性に、「ミスター・リーはそちらにいるかね?」と聞いていました。
『そりゃいるわよ。みんな、ポーランドの映像に釘付けになってるわ。え?こんな時に新しく誰かやって来たっていうの?……シュレンの紹介ですって?』
こんな会話の続いたあと、ミスター・リーと呼ばれた男性がモニターに映りました。リーという苗字で、容貌が東洋人ということは、おそらく中国系ではないかと思われます。彼は、癖の強い髪型に、浅黒い肌の、四十代くらいに見える男性でした。
最初にモニターに出た美しい女性同様、彼もまたとても不機嫌そうでした。けれども、『今行く』と返事をして通話を切ると、彼は十五分ほどしてから姿を現していました。
「シュレンの紹介ということは、身許のほうはしっかりしていると見ていいだろう。ただ、これは総帥のひとりによる特例措置なのだということだけは、覚えておいてほしい。本来であれば、ここへ入居できるのは長く命を賭けてマザー・コンピュータの支配から人類を解放しようと戦った同志や、国の政府高官など、極一握りの限られた人間だけなのだから……そうした意味で、もしかしたら居心地の悪い思いをするかもしれないが、子供のことを思ってどうにか耐えてほしい。現在、ここにいるのはまだ百名ほどの人間だけだが、これからさらに多くの人が押し寄せてくるだろう。刑務所の収容人数は表向き九百名となっているものの、それはあくまで地上七階建て部分に囚人を寿司詰めにしたらという意味で、実際に人間らしい快適なスペースも確保してということになると、その半分も人を収容できるかどうかといったところだ。他に、地下に19階分の居住スペースもあることにはあるが、何分こちらは下へ行くにつれて狭くなっていく構造だし、核シェルターの役目もあることを思えば……わかるだろう?普段地上で生活している人々もこちらへ来るわけだから、そのように考えて収容人数のほうは制限しなくてはならないんだ。また、それだけの人間を秩序を持って治めていけるかどうかも謎だし、物資が足りなくなれば、当然止めようのない骨肉の争いとなるかもしれない。ここへ滞在するつもりなら、そう覚悟してくれ」
警備員が責任者と言ったということは、彼がこのティグリス・ユーフラテス刑務所のリーダーということなのでしょう。けれども、人を見た目で判断してはいけないとはいえ、秀一も涼子も、第一印象としては『何か、頼りないような……』といった思いを持ちました。ローゼンクロイツァーはピラミッド型の位階制であり、上の位階に位置する者ほどより重要な機密情報に関わる仕事をしていたわけですが、南朱蓮も言っていたとおり、志においては末端の会員も上層に位置する者もまったく同じわけです。
そうした意味での上下関係はないとはいえ、仮にもこの地球の危機に際しての、最後のシェルターのリーダーなのです。一見そう見えないながらも、このジェイムズ・ジェイソン・リーという男は、もしかしたら隠れた才覚を持つ優れた男なのかもしれません。
「いえ、わたしと夫と息子は、どこか隅の狭い場所にでも置いていただければ十分です。そちらのおっしゃることには従いますし、何かお仕事のことを邪魔したり、煩わせるようなこともしません。ただ、子供のことだけ……つらくあたらないでいただけると、助かるんですけど」
「その点なら、大丈夫だ」
涼子の、従順そうな態度や、いかにも気遣わし気な様子を見て、リーはどこか嬉しそうにしていました。というのも、組織の女性は能力のある切れ者が多く、彼はあっちからもこっちからも色々なことでせっつかれ、疲れ果てていたからです。
「赤ん坊や子供向けのものは備蓄庫に結構あるが、喜ぶといい。これからどうなるかはわからないが、今のところ君の子供がそれをすべて独り占めに出来る。何故といって、我々の間には赤ん坊も子供もいないからね……それに、今こんな状況なのに、子供が欲しいと望むような男女もいないだろう。ラッキーな子だ。みんな、きっとこの子を見たらちょうどいい癒しになるよ」
秀一は英語がしゃべれないため、会話のほうは(警備員に対してもそうでしたが)涼子が担当しました。秀一のほうでは、ジャンキーのくれたスコープと時計に自動翻訳装置が付いていたため、それで会話のほうは翻訳されたものを聞いていました。
荷物のほうは数人いる警備員たちが運んでくれるとのことで、まず涼子と秀一は地下の一階に案内されました。通された一室のほうは、中央に大きなモニターのある、階段状に椅子が設置されている会議室で、おそらくざっと見て五~六百名は収容が可能だったでしょう。そこに約百名近くの人間が、少しずつ距離を置いて数人で固まってモニターを見ていました。
ちなみに、秀一や涼子の入ってきたことに気づいた人間はひとりもいませんでした。そのくらい、みなモニターの映像に夢中だったのです。
秀一はシュートのことを抱く涼子と一緒に、座席の少し後ろのほうに座り、彼らが釘付けになっているのは何故なのか、その理由を探ろうとしました。モニターに最初に出た金髪碧眼の女性が、『みんなポーランドの映像に釘付けよ』と言っていたということは……そういうことなのだろうと、ある程度察しはついていたものの。
けれどもその後、十分ほどが過ぎても、秀一には事態がどうなっているのか――よくわかりませんでした。どこかの家の家庭の中で何人も人が倒れていたり、公園でも母親や子供や、ベンチに座るおじいさんやおばあさんが眠るように倒れており……確かに、ワルシャワの街の大通りを埋め尽くすように人が大勢倒れているというのは、かなりのところ異常な光景ではありました。
しかしながら、秀一の見たところ、人々はみな眠っているような様子であり、何やら死んだようにも見えず、これが一体どういった事態を意味するのか、秀一にも涼子にも、よくわからなかったと言えます。
とりあえず、街のシンボルなどが爆撃で吹き飛ばされたといったこともなく、軍隊がポーランドの都市のどこかへ攻めこんでいるというわけでもなさそうです。とはいえ、秀一にも涼子にも、誰かに何かを聞いたり、説明を求めたりする勇気はありませんでした。そのくらい、みな瞬きするのも忘れたように画面にじっと見入っていましたから。
「ちょっと、チャーリー!このヘタクソ!!もっと他にどこか、映すべきところがあるんじゃないの!?」
最初にモニターに出た、例の金髪碧眼の女性がそう叫びました。チャーリーというのは、大画面モニターの脇にいて、パソコンを通して何かを操作している少し――いえ、かなり――太った感じの男性でした。眼鏡をかけていて、ウェーブのかかった長い黒髪をしています。
「うるさいな!!こっちだって一生懸命やってんだよ。国会議事堂も、ワルシャワの街の主な通りも、線路や鉄道、駅、デパートやその他個人宅だって今見たとおりさ!クラクフや他の都市もまったく同じ!ロシア側から爆弾一発降ってきたわけじゃない。これは新手の戦争さ。みんな、もうわかってんだろ!?だけど、そうと認めたくないから、俺にもっとカメラ回せっていうんだ。でももうちゃんと現実を直視しろよ!」
「確かに、チャーリーの言うとおりだ。みんな、これは我々が想定していた最悪の戦争のはじまりだ。<アナスタシア>は賢い……とても賢い女性だ。チャーリーが操作しているのは、ポーランドの街や建物内にあるカメラや、インセクト(昆虫)による映像だ。チャーリー、インセクトのほうはどこか目立たないところに一旦隠したほうがいいな。向こうのインセクトに気づかれて攻撃されたら、ひとたまりもない」
リーは、一番前の座席に座っていたのですが、立ち上がって彼らのほうをくるりと振り返り、そう言っていました。涼子にはもちろん、彼らが何を話しているのか、この段階ではまったくわからなかったのですが、実をいうと音声を翻訳して聞いている秀一には、ある程度察するところがありました。
インセクトというのはおそらく、秀一が拘置所にいた時に飛んできた、緑と白の不思議な虫のことでしょう。どういう仕組みかはわかりませんが、この虫が映像として取り込んだものをこちらで見ているということだったのではないでしょうか。
秀一はここで、「えくーすきゅーずみ~」と、奇妙なイントネーションの発音で、片手を上げました。他の人々が振り返ると、秀一は涼子に対して「訳して」と頼みます。
「えっと、私の名前はシューイチ・キリシマ。そして、わたしの名前はリョーコ・ニカイドーです。日本から来ました。それで、夫が申しますには、まだポーランドで他の事態が起きない今のうちに、ざっとこれまでの経緯について説明してほしいと……」
むしろ、涼子がそのように申し出たことで、辺りに充満していたピリピリした空気が一瞬沈静化したようでした。みな、溜息をついたり、見開きっぱなしにしていた疲れた眼頭のあたりをほぐしたり……そして、やはりリーダーであるリーが、疲れたような顔の表情を桐島夫妻に向け、説明してくれたのでした。
「君たちは、シュレンの紹介だということだったから……ある程度の事情についてはわかっているだろう?」
シュレン、という言葉に反応して、人々は一瞬秀一たちのほうを振り返りましたが、再びみな一様に画面に見入りはじめました。何かちょっとした変化、希望のカケラでもないかどうかと探す人のように。
「はい」と、答えたのは、涼子でした。「ロシアのマザー・コンピュータ<アナスタシア>がポーランドに侵攻すると宣言したことは知っています。けれど、その後どうなったのかというのは、わたしたちにもわからなくて……情報規制を敷いて、全世界にはまだわからないようにしているっていうことくらいはわかるんですけど」
「そのとおりだ」
リーは、階段を上がってくると、秀一の隣に腰掛け、説明をはじめました。
「その後、ポーランド国内でバタバタと人が死にはじめたんだ。<アナスタシア>の放ったナノテク兵器による攻撃さ。ほんの小さな、虫くらいの……蜂よりも小さく、蚊と同じくらいか、それよりも小さいくらいの羽虫だな。そこに一刺しで人が死ぬくらいの量の神経毒を盛るんだ。痛みは一切ないし、仮にあってもそれこそ「あれ?虫が刺したかな」といった程度の痛みしか感じない。先ほど人が眠るように倒れていたのはそのせいさ。彼らは誰ひとりとして、今何が起きているか、わからないまま死んでいったのだ」
「その……こんなことを言うのは僭越ですが、先制攻撃があるとわかった時点で、どうにか止める手立てはなかったんですか?」
秀一の言った言葉を、そのまま涼子が訳します。
「いや、ある程度わかっていないこともなかったが、事のほうはなかなか複雑でね……NATO軍がロシアへ攻め込むには、国連の批准が必要だ。だが、ロシアが何故ポーランドへ侵攻するのか、説明しようとすればずっと隠蔽してきたイスラエルとイランの戦争に触れないわけにもいかない。それに、アメリカが直接ロシアへ乗り込むというより、まずはヨーロッパが戦線を開いて、そこへアメリカが加勢するという形を取りたいと、アメリカ側はその点については譲らなかった。ポーランドに兵を送ろうにも、相手がナノテク兵器でどのように攻めてくるかもわからない以上、ヨーロッパの同盟軍は派兵をためらったんだ。あいつらは普通の虫とは違うからね……体のほんの小さい隙間から入ってくるし、ちょっとした厚さの衣服であれば、貫通できるくらいの鋭い針を持っている。その場合ははっきり強い痛みを感じるだろうが――アメリカ側NATO軍は、それよりも爆弾か何かが飛んで来て欲しいと願っていた。何故といって、一発でも爆弾が飛んできて着弾すれば、戦争するだけの大義名分が出来るからね。けれど、やはり我々が予想していたとおり、そうはならなかった……」
「それで、これからどうなるんですか?」
涼子がそう聞くと、何日も風呂に入っていないような油ぎった髪をかきあげ、リーは溜息を着いていました。フケが雪のようにひらひらと机や床の上に落ちてゆきます。
「さあな。わからんよ。なんにせよ、数日のうちに、ポーランドの約4百万以上もの市民が死んだ。この死の行軍を<アナスタシア>はどこまで続けるつもりなのか……ポーランドの隣のドイツでは、国境にシールドを張り巡らせたようだが、チェコやオーストリアのほうに虫たちは南軍しつつあるようだ。もう、この死の虫の行軍は誰にも止められないだろう」
「そんな……何か方法はないんですか?ミサイルが飛んで来たら迎撃ミサイルで破壊する、といったように、対ナノテク兵器の開発だって、随分しているはずじゃないんですか!?」
涼子の問いに対しても、リーはただ溜息を着くばかりでした。
「アメリカやドイツやフランスや……各国が研究開発しているはずなんだが、何分、どこの国もナノテク兵器については超極秘事項であるとして、常に秘密にしてきた。この段に至っても互いの国益を優先するのかということだが――みな、自分の身が可愛いからな。それに、自国を守る程度の数しかその対ナノテク兵器がなかったとしたら……どの国もそれを国外に出したくはないだろう」
ここで、画面のほうが、ルーマニアへ移りましたが、大体状況のほうは同じです。首都のブカレストでは、教会も、街の大通りも、観光名所の各地でも、人が虫に刺され、バタバタと死んでいました。先ほどと唯一違うのは、まだ少しは生きている人々がおり、みなこの事態に驚き、携帯を手にして救急車を呼ぼうとしている様子だったのですが――その人自身がまたバタリと倒れてゆくのです。
各国の各所に潜ませてある<虫カメラ>は、人の体の袖や首筋などから出てくる『殺人虫』の姿を捕えていましたが、動きのほうは相当に素早く、よく見ていないとわからないほどでした。
「こ、これ……止められないんですかっ。せめて、この人たちに逃げるように伝えるとか……」
「さて、政府上層部の人間には伝えてあるはずなんだが……こうして一般市民がいつも通り買い物したり散歩したりしているところを襲われているのを見ると――彼らは自分たちだけで逃げたものと思われるな。嘆かわしいことだ……」
そう言いながら、リーは追い詰められた人のように、絶望的に顔を覆っていました。そして、事ここに至って、涼子にも秀一にもわかったのです。入ってきた時、彼らが何かに魅入られたように画面から目を離せなかったのが何故なのか。真っ先に安全な場所に来ていながら、それと同時になすすべもなく倒れてゆく人々を救いたいという矛盾……そうした絶望する気持ちや苛立ちが、なんとも言えないフラストレーションを彼らに与えていたのでしょう。
このあと、ポーランドの二の舞になる人々の姿を見たくなかった女性に――秀一と涼子は自分たちの部屋へ案内してもらいました。というのも、それまで眠っていたシュートが、突然火のついたように泣きだし、後ろを振り返った人々の強い非難の眼差しに耐えかねていると……その中の女性のひとりが立ち上がり、リーと何か話したあと、涼子に声をかけてくれたのです。
「部屋のほうへ案内するわ。リーの話じゃ、まだあまり人のいないうちは、少し広い部屋を使っていいそうよ。ただ、これから世界中からたくさん人が集まってくるだろうから、そしたら、とても狭い場所へ移ってもらうことになるけど、それまではって。来てちょうだい。こっちよ」
その女性はチリチリしたブロンドの髪をポニーテールにした、フランス国籍の女性でした。大体三十代くらいに見えますが、今の時代は美容術がとても発達しているので、五十台くらいの女性が三十代くらいに見えることもよくあります。
彼女はジュスティーヌ・オベールと名乗り、涼子と秀一も自己紹介しました。スポーティな雰囲気の、少し体に筋肉のついているのがわかる、性格のさっぱりした印象の女性でした。
案内してもらったのは、同じ地下一階の、2LDKほどの広さの部屋でした。キッチン、トイレ、バスときちんと揃っていますが、秀一も涼子も、(おそらくここには長くいられないだろうな)と覚悟していました。というのも、先ほどの映像により、世界の終わりの一端を垣間見たことで……たくさんの人がここへ押し寄せてくるのは時間の問題でしたから、そうなれば、このような居心地のいい部屋は、エリートの家庭の政府機関勤務の人などに譲らなくてはならないだろうと、ふたりともわかっていました。
他に、ジュスティーヌは、備品庫にも案内してくれ、ベビー用品のある棚を見せてくれました。備品庫は地下の4階にあり、まるで巨大な倉庫のようでした。
「びっくりするくらい広いでしょ?人類最後の砦だからね。たくさん備蓄してあるのはいいにしても、上の階の刑務所まで人がいっぱいに溢れたら、これだけあってもなくなるのはあっという間よ。まだ、この世界で誰か、わたしたちの秘密機関の者が生き残っていたら……誰かが食物や物品のことを手配してくれるでしょう。あるいは、とにかくどこかの国の人が生き残ってさえいてくれたら――そこからもう一度、この世界をやり直していけるんじゃないかと思ってるんだけど……それはあまりに楽観的というものかしらね」
ジュスティーヌと涼子はすぐ仲良くなり、2LDKの部屋へ戻ってくると、ふたりはお互いのことを知り合うために、随分長く英語で話しこんでいました。その間、秀一はシュートのことをあやしたりして遊んでいたのですが、ジュスティーヌが帰っていくと、彼女と何を話していたのかを聞かせてもらいました。
「えっと、彼女は旦那さんと逃げてきたんですって。旦那さんは黒人で、名前をアダム・オーバルとおっしゃるんですって。ずっと、フランスのパリの地下組織で、マザー・コンピュータ<カトリーヌ>と戦ってきたってことだったわ。ふたりとも、コンピューター関係のことに詳しかったから、外部から<カトリーヌ>に対して攻撃を加えるとか、そうしたユニットで活動してきたんですって。政府機関の差し向けたアンドロイドに危うく捕まりそうになったことも、あるいは実際に捕まったこともあったそうよ。でも、ほら……フランスの人ってそういうところあるじゃない。人権とか、そうしたものに対して、他のどの国よりも敏感っていうか……だから、そういうところで誇り高く戦う人っていうのが多かったんですって。彼女自身も死を覚悟したし、彼女とアダムの友人や同僚や知り合いの人たちも随分たくさん亡くなったそうなの。それで、ね……だから、自分たちはそうした亡くなった人たちのためにも、この世界が最後どうなるのか、見守っていく義務があると思うって……」
「そっか……っていうか、あそこにいた人、みんなそういう何かを背負っているんだろうな。そこへただの<一般市民>の俺と、子連れの涼子が現われたら、特にこれといって何か功績があるってわけでもないのにってことに当然なるよな」
「ええ。でも、ジュスティーヌが言うには、そんなこといちいち気にしてちゃいけないそうよ。むしろ、これからもっと大変なことになるだろうから、もっと図々しくなったほうがいいって。何より、子供もいるんだしって……」
「確かにな。俺は自分のことはかなりどうでもいいけど、涼子とシュートのことは死んでも守らなきゃなって思うし。ま、英語もしゃべれない奴が何言ってんだかって感じだけど」
秀一が少しばかりいじけオーラを出していると、涼子が隣にやって来て、「わたしがしゃべれるんだから大丈夫よ、秀一さん!」と慰めてくれます。
「うん……でも、ここは男がビシッと言わなきゃっていう場面でも、『あ~、妻が通訳します』だなんて、なんかダッセェだろ?やれやれ。俺も少しは英語勉強しないとな」
秀一は溜息を着きました。もちろん、通訳機を介すれば、互いに会話は出来ます。けれども、それでは<生の会話>といったようには言えない部分が残ってしまうということなのでしょう。
「じゃあ、わたしちょっと、持ち出し票に書き込んで、早速シュートのオムツとか離乳食とか色々、持ってくるわ。そのためには、アダム・オーバルさんと、ビアンカ・バルトさんと、ジェームズ・ジェーソン・リーさんの許可が必要なんですって。あと、夕食は六時からで、食堂へ行けば、当番の人が何か出してくださるって」
「わかった。だけど、ひとりで大丈夫か?英語さえしゃべれれば、俺がひとりで行くところなんだけど……」
「いいのよ!だって、他に赤ちゃんのいる人もいないんですもの。きっとどうということもなく、許可は下りるわよ」
――と、頼もしく言った涼子でしたが、ジュスティーヌの夫のアダム・オーバルと、リーさんはともかくとして、あの金髪碧眼の女性、ビアンカ・バルトは涼子についてくると言います。
アダムとリーは眉をひそめていましたが、「だってそうでしょ?」と言って、ビアンカは譲りませんでした。「子供用品だけなんていって、他の物だってこっそりくすねるかもしれないじゃないの。新顔には用心しておくにこしたことはないわ」
涼子は、最初の第一印象で、ビアンカ・バルトに対し(なんだか、意地悪そうな人……)と思いましたが、地下四階まで一緒について来る間も、ビアンカは感じが悪かったものです。
「ねえ、あの赤ん坊、あの男との間に出来た子なの?」
「え?あの男って、秀一さんのこと?」
(他に一体誰がいるの?)という顔で振り返られ、涼子は戸惑いました。
「そりゃそうよ。じゃなかったら、こんな遠くまで苦労して一緒に来たりしないわ」
「へえ……あの男、わたし知ってるわよ。京子と紗江子を殺して無期懲役になった男でしょ?それで、そのあと刑務所へ移送中に逃げだして、日本じゃ大騒ぎになっているそうね。だけど、アンドロイドのコールガールを十人もレイプして惨殺ですって?あなた、よくそんな男とつきあって妊娠までしたわね。それとも、ガキまで出来ちゃったから、仕方ないってやつ?」
「…………………」
涼子は黙りこみました。その話は、あまり他の人に広めてほしくありませんでしたし、いくら「無実だ」ということを主張したところで誰も信じてなどくれないでしょうから。
「心配しなくていいわよ。そんなこと言ったら、まわりの人が不審がったり不安がったりして、むしろマイナスだもの。そのかわり、黙っててあげるんだから、何かあったらあんた、あたしの味方をするのよ。それか、わたしがあんたに頼みたいことがあったら絶対言うこと聞いて。わかったわね!?」
――涼子は断れませんでした。このあと、ビアンカが見張っている前で、涼子は必要最低限の物だけ手にすると、地下一階まで戻ってきました。機嫌の悪さを隠しきれなかったためでしょう。秀一は涼子の顔を見ると、「何かあったのか?」と、シュートを抱っこしたままで聞きました。
「うん……あの、ここへ来た時、最初にモニターに出た綺麗な女の人、覚えてる?」
「ああ。あの外人の人っていうか、まあ、向こうにしてみりゃ俺たちのが外人か」
涼子は少しだけ笑うと、都合の悪いところは省いて、ビアンカ・バルトと一緒に地下倉庫へ行ったことを話しました。
「綺麗な人だけど、なんかこう……ちょっと意地悪な感じ。『一緒に連れてる子ども、あの男との子?』とかって聞くし。それでね、地下四階の倉庫でベビー用品を持ってくる間も、疑わしそうな目でこっちのことじろじろ見てるの。感じ悪いったら!」
「そんなこと、気にするなよ。さっきあのジュティーヌさんって人にも言われたんだろ?もっと図々しくなったほうがいいって。きっとそんなの序の口だぜ。これから、もっとたくさん人がここに押し寄せて、俺たちも邪魔者扱いされるに決まってる。まあ、問題は食糧が一体いつまで持つかだ。これからも赤ん坊がやって来なければ、ベビー用品は確かに全部俺たちにもらえるだろう。けど、高級官僚とやらのひとりにでも赤ん坊がいたら、うちのシュートくんはなんにももらえないってことになるかもしれない。その高級官僚夫妻が、よほどのご温情あふれるお人柄でもない限りな」
「うん……そうね。でも、もしそうなったら……あたしたち、どうしたらいいの?」
「最悪、ここから出ていくしかないだろうな。だって、ここは七階建てって言ったっけ?で、そのうちのどのくらいにまで人を入れるつもりか知らねえが、人でぎゅうぎゅうになれば、食糧もすぐに尽きる。そしたら、ここにいる意味もなくなるよ」
シュートが「だあだあ」言うのをあやす秀一の姿を見ながら、涼子は少し悲し気に瞳を伏せました。
「だって、まわりは見渡す限りの砂漠なんですもの。こんな焼けつく場所で、一体どこへ行けばいいの?わたしたちだけならともかく、シュートだっているっていうのに」
「だから、そこから先は発想を転換してかなきゃならないだろ?人が醜く物の取り合いしてるような環境でシュートを育てるのも良くないしな。そうなると結局、自分で農業やって、牛や羊を育てるとかしていかないと……たぶん、もし本当に世界が滅びるなら、どこかでそうしていくしかない。生き延びるためにはな」
「…………………」
意外にも秀一が頼もしい発言をしたので、涼子はそれ以上のことは何も言いませんでした。たとえば、作物を育てるにしても、こんな砂漠だらけの場所で、一体どうやっていくのか、種はどこから手に入れるのか……牛や羊は誰から買うのか。ただ、涼子はこの時、もしかしたら自分の夫はここにいる誰より賢いかもしれないとすら思ったのです。もしこの、人類最後のシェルターにも近い場所にしつこく拘るなら、その先は餓死が待っているだけかもしれないのですから。
「じゃあ、ちょっとわたし、シュートにお乳飲ませるわね。ミルクももらってきたんだけど、それはまた何かあった時のためってことにしようと思うし……」
「そっか。俺、ミルクの温度とか見るの、せっかく慣れてきたんだけどな。そしたら、俺があとでシュートのこと、風呂に入れるよ」
「うん。じゃあ、わたしも手伝うから、一緒にやりましょ」
もしかしたら、秀一と涼子の間には、シュートがいたから、<世界の終わり>ということにも、あまり煮詰まらなくて済んだのかもしれません。もちろん、ポーランドがあれからどうなったのか、ルーマニアが今どうなっているのかも当然気になります。けれど、その前に赤ん坊のことを第一にしなければならず、それ以外のことはすべてそのあとでした。
その後、六時になり、秀一と涼子は夕食を食べに食堂のほうへ下りていきました。もちろん、寝ているシュートも一緒に。
食事は六時からということでしたが、食堂にはあまり人がいませんでした。みな、トレイに食事の品をのせたそのあとは、すぐに出ていくのです。会議室のモニターのことが気になるのでしょう。
けれども、秀一と涼子は人の少ない食堂で食事してから、会議室のほうへ行きました。何故かというと、シュートは今たまたま眠っていますが、何かの拍子に起きて泣きだした場合――他の人の迷惑になるでしょうから。その点、食事し終わってからなら、イライラせずにすぐ外へ出ていけばいいだけのことです。
秀一と涼子が、パンと鶏肉のソテー、豆のサラダ、ミネストローネ……といったような食事をして会議室のほうへ行ってみると、事態に進展のほうが見られていました。ウクライナ側からポーランド入りしたアンドロイドたちが、僅か数ミリグラムの猛毒によって殺した人々を――広場などに大きな穴を掘って埋めはじめたのです。そして、他の人間そっくりのアンドロイドたちは、家の中から死んだ人間を追いだして捨てると(そのまま庭に埋めたアンドロイドもたくさんいました)、何食わぬ顔をしてそこに住みはじめたのです。「♪ラランラ~、今日からここが、わたしのおうち~」と、ミュージカル風に踊りながら歌っているアンドロイドまでいました。長いワンピースの裾を翻して……。
恐ろしいことですが、そのアンドロイドたちは、前にその家に住んでいた人々にとてもよく似ていました。ということは、もう何年も前から、<アナスタシア>はこの計画を思いつき、ポーランド侵攻について考えを巡らせていたということなのでしょう。
こうして、ポーランド中で、人とアンドロイドの入れ替えが進みつつありました。ルーマニアのほうでも同様でした。そしてここで――NATO軍が動いたことがわかりました。ドイツ軍側からポーランドの国境を越え、アンドロイドの国となったポーランドを、攻撃しにかかったのです。ただし、NATO軍が投入したのも、アンドロイド兵でしたから、ある意味、命のない者同士の命の奪いあいというのでしょうか。何かそのような奇妙な局面がポーランド全土において繰り広げられました。NATO軍側のアンドロイドは、人間がいた場合は即座に識別して、何をおいても助けるようプログラムされていますから、こうしてまだ生き残っていた人々は、ひとり、またひとりと救われていったものの……それでも、ナノテク兵器で皆殺しにされた国民のほうが遥かに多かったのです。
ルーマニアへは、セルビア軍がまず真っ先にNATO軍の後ろ盾を得て、ルーマニアへ進軍してゆきました。何故といって、ルーマニアのほうは、戦争後、その領地について一部を分け与えても良いという話しあいがアメリカとセルビア間で成立していたからです。
けれども、ポーランド・ルーマニア両国で、NATO軍の旗色は非常に悪いものでした。何故といって、ロシア側のアンドロイドは、小型の核爆弾を内臓しており、死ぬ直前にそれが破裂すると、周囲1000メートルほどが一瞬にして焼け野原になりました。こうして、ポーランドの象徴ともいえる建物が次々と消えてなくなると、NATO軍(この場合はアメリカですが)の司令官は、アンドロイド兵に一旦退却することを命じました。
NATO軍はここで戦術を変え、まずはナノドローンによって核兵器を無効化する兵器(これもインセクトと呼ばれる昆虫型の兵器です)を散らばせ、アンドロイドに取り憑かせて小型核の無力化をはかりました。これには地道な戦略と時間が必要ではありましたが、他に方法がないのですから仕方ありません。そして、こうした息詰まる攻防を、ティグリス・ユーフラテス刑務所にいる人々は、祈るような気持ちでじっとモニターを通して見守り続けていたのです。
また、小型核が使用されてから、アメリカ軍はカザフスタンに南朱蓮の言っていた『トランスフォーマー張りの巨大兵器』をパーツをばらばらにして送りこんでいたのですが、その組み立てを開始しました。NATO軍のシナリオとしては、つまりはこういうことでした。この場合、一番恐ろしいのは、追い詰められたロシア――この場合、マザー・コンピュータの<アナスタシア>――が、ヒステリックになって自分の敵対国に核弾道ミサイルを発射するということでしたから、その前にアメリカやヨーロッパ側のマザー・コンピュータとの閉じた回線を向こうが開き、降伏を申し込んでくれるということでした。
けれども、相手は何分頭の狂いつつあるコンピュータですから、説得工作をして向こうが降伏してくるということがありうるのかどうか……また、ここまでロシアが追い詰められたことには、経済的な事情もあったといえます。かつての超大国が年ごとにGDPを減らしてゆき、もはやアメリカや中国などとは肩を並べることはこれから先もありえそうにないほど、ロシアは国としての威信を失いつつあったのです。
そして、<アナスタシア>はそうした『ロシアらしさ』や『ロシア的なものの考え方』も組み込まれたコンピューターでしたから、その誇りとともに、他の自分以上の大国を巻き込んで、世界を滅亡させようと考えても不思議はありません。そして、各マザー・コンピュータの計算によるその平均値は、67.65%と、高いものでした。そこで、<アナスタシア>に核を使わせないためにはどうしたらいいのか――ということを第一に念頭において、戦術は練られていたのですが、いつ何がどうなるのかは誰にとっても先ゆきが予測不能かつ不透明だったといえます。
ティグリス・ユーフラテス刑務所内でも、人々はいつでもモニターを注視しつつ、色々なことを話しあっていました。これからのロシアの出方についての予想や、どうすればこのロシアの暴走を止められるかといったことや……現在、ここにいる人々はその半数以上が各国の諜報機関に所属していた者、あるいは軍部に所属していた者で占められていましたから、何かいいアイディアでも思いつけば、直接NATO軍側にホットラインをこちらから繋ぐことも可能だったからです。
またこの翌日、朝の早くから人の出入りがありました。ずっとモニターを見続けるばかりだった人々の中で、大義、あるいはある種の罪悪感を感じた者が、「一度国へ戻ろうと思う」と言い、この日(6月13日)、秀一たちと同じルートで刑務所へやって来た人々と入れ違いに帰っていったのです。
このことを、秀一はシュートの夜鳴きで眠れなくなってから、朝早く――五時頃に会議室へ行って知りました。もちろん秀一は、翻訳機に訳された言葉が並ぶのを見つめるだけで、彼らに話しかけたりはしませんでした。そして、ポーランドでもルーマニアでも、事態が現在は一時的にせよ鎮静化したらしいと知ると、ただ静かにもう一度部屋のほうへ戻っていったのです。
この段になると秀一は、『世界が滅ぶ』とまでは思わないようになっていたかもしれません。何故といって、犠牲になったポーランドとルーマニアには哀悼の意を表するしかなかったにしても、このロシア側のアンドロイド軍の進軍が、このまま全世界に及んでいくとは思えなかったからです。また、ロシア側でも兵力はこのまま行けば減りゆく一方なのですから、どこかで必ず戦局のほうは臨界点を迎えることでしょう。
(そうだ。ロシアからの核弾道ミサイルで、すべての国を滅ぼすことはどう考えたって無理なんだから……どんな形にせよ、人類は必ず生き残るはずだ。そして、生き残った国がまた世界を再興させていければいいんじゃないだろうか?)
ただ、秀一にとっても恐ろしいのは、この世界最終戦争(になるかもしれない戦争)で、被害がどこまで広がるかということでした。ナノテク兵器については、核兵器と同じく、国際条約が結ばれているものの、一度戦争状態になり、自国の敗色が濃いとなれば、ロシアは当然これをさらに守らないに違いありません。それでなくても、アンドロイドに小型核を搭載してはならないという核条約のひとつをすでに完膚なきまでに破ってもいるわけですから……。
自らの大義や責任感のために、メソポタミア刑務所からは、その日、20名ほどの人が出てゆき、かわりに9名のイギリスから来た政府高官の家族を受け入れました。彼らもまた、ローゼンクロイツァーのメンバーである人々です。いかにもイギリス紳士といった高貴な雰囲気の男性がふたりと、その奥さま、それにその子供たちなどでした。子供、といっても、一人は三十代、ふたりが二十代、ひとりが17歳といったところでしたから、秀一と涼子はほっと胸を撫でおろしていたかもしれません。
また、部屋のほうを彼らに譲るよう言われることもなく、彼らは秀一と涼子のいる隣の部屋にある、3LDKほどの部屋をふたつ与えてもらったようでした。ふたつの家族は仲が良いらしく、廊下を行ったり来たりする音がパタパタとよく聞こえるもので、あたりは突然賑やかになりました。
会議室でも食堂でも、ほとんどの人にまるでいないかの如く扱われ続けた秀一と涼子でしたが、このイギリス人のふたつの家族は、とても好意的に色々と話しかけてくれました。今起きている戦争のことや、これから先の見通しのことなど……そうした暗くなる話をご夫人方はせず、ただ、日本の文化のことを聞きたがったり、あとはとにかくシュートのことを「可愛い可愛い」と言って、まるで競うように抱きたがり、何かと世話をしたがるのでした。
秀一も彼らとは、自動翻訳機を介して色々と話し、言葉の足りないところなどは、涼子が始終フォローしてくれました。けれども、この二つの感じのいい家族と知り合いになったことは、あとになってみると秀一たちにとって良いことだったのかどうか、わからなかったかもしれません。子供たちもみな、どちらかというとシャイで、エリート家庭に育ったお坊ちゃま、お嬢さまといった雰囲気で、曲がったところのない素直な青年、少女たちでした。
けれども、戦争がはじまって約半年後、イギリスに向けて核を搭載した弾道ミサイルがロシアから発射されると――絶望したこれらふたつの家族は、食事に薬物を混ぜて子供を殺し、自らも同じように毒を含んで亡くなりました。そのようなことがすぐ隣の部屋で起きたものですから、流石に秀一も涼子も気持ちが滅入ったものです。
そして、彼らが家族で無理心中をはかったのが何故なのか、秀一にも涼子にもある程度理解は出来ていたかもしれません。第四次世界大戦が勃発して半年が過ぎても、事態はNATO軍にとって好転しているとは言えませんでした。あれからさらにロシアは西進し、ドイツをもその手中に収めていました。NATO軍が駐留していて何故そんなことになったのか、多くの人が訝ることでしょう。それは、ロシア軍のナノテク兵器によるスウォーム攻撃でした。それは爆弾を搭載した大きなカエルほどのナノテク兵器が、自ら無限に自己増殖して、相手に攻撃を仕掛けるというもので、それはまるで、作物を食い尽くすイナゴの大群のようにドイツ全土を覆い尽くしていったのです。
NATO軍はこれを小型戦術核によって撃退しようとしましたが、ドイツを襲った恐怖はさらにフランス、イタリアへと向かい……ここで、イギリスへ対する核攻撃がなされたのです。アイルランドはかろうじて無事でしたが、イギリスは文字通り地図上から姿を消してしまったのでした。
こんな一進一退の戦況を毎日、ただじっと会議室のモニターを眺めて見守り続け、食糧などの物資は変わらず定期的に入ってきたものの、刑務所の中で食欲の旺盛な者というのはほとんどいませんでしたし、そんな中、何か気を紛らわせるものもなく、刑務所の地下にじっとし続けるというのは――人の精神に自殺を決意させてもおかしくなかったかもしれません。
また、この頃、ティグリス・ユーフラテス刑務所には、人が400名近くにもなっていましたから、毎日刑務所のどこかで何かしらのゴタゴタした問題が起こっていました。大体が「何故俺たちはあいつらよりも狭い監房にいなくちゃいけないんだ」ということや、「自分たちはプレデター作戦で、ここにいる誰より命を危険にさらして活躍したんだ。もしそうじゃなかったら、世界は今より早く今のような事態になっていたろう」といったように過去の功績を誇り、もっといい待遇をしてもらって当然だと主張する者たちや……実をいうとジェイムス・ジェーソン・リーは責任者として、こうしたゴタゴタがほとほと嫌になったのでしょう。イギリスの高級官僚一家が自殺する二か月ほど前に、自分の部屋でピストル自殺していました。しかも、自分の口の中に銃身を押しこんでの自殺でしたから、その片付けを担当した人々は「何もこんな陰惨な死に方をしなくても……」と、その肉片を片付けながら愚痴をこぼしたものでした。
>>続く。