ええっと、今回は割と本文がつまんな……じゃない。比較的短いので、こちらの前文に多めに文字数を使えます
なので割と最近ふと気づいたことについて、二冊の本からそれぞれ文章を抜粋させていただこうと思いましたm(_ _)m
>>身を清め、祈りを捧げ、食事をすませると、それぞれの男は従者の手を借り、慎重に決闘の身支度をはじめた。素肌のうえに軽い麻のチュニックを着、そのつぎに、あばら骨や股間など傷つきやすい部分に詰め物をいれたもっと重い麻の長い上着を着た。それから長い身支度のあいだに身体にかかる負荷を考慮し、足からはじめて上半身へと、甲冑の板金がひとつずつ留め具でとめられていく。
最初に布か革靴で足をおおい、そのうえに鎖かたびらか板金をつなぎあわせた鉄靴をはく。そのあとに鎖かたびらのすね当てで、むこうずね、膝、腿の正面側を守る。腰から股、大腿部上部にかけては鎖かたびらの垂れでおおう。袖なしの鎖かたびらの上着を着て、革のベルトで腰を締める。このうえに、うろこのような板金でおおわれ、詰め物がはいった上着を着るか、堅牢な鉄の胸甲を着る。肩や上腕部を板金でおおい、肘と前腕をべつの板金が保護する。鎖かたびらの手甲と、武器をよく握れるよう布か革の裏地がついた、巧みに接合された板金を手につける。鉄のあご当てで首を丸く囲み、最後に詰め物入りの革の帽子で頭をおおい、そのうえにヘルメットの一種であり、ちょうつがいのついた面頬をもちあげると顔とあごがでる仕組みの密閉式かぶとをつけ、首から肩にかけて保護する鎖じごろをつける。先端が尖った面頬には細い切れ込みがはいっており、目で見て、口や鼻で呼吸できるようになっているが、面頬をおろしてしまえば闘士の顔は見えなくなり、だれだかわからなくなる。そのため闘士は甲冑のうえに、それぞれの家の紋章が刺繍された袖なしの陣中着を着る。こうして決闘のため完璧に甲冑を揃えると、武器やほかの用具をべつにしても、重量は60ポンドにもなった。(※60ポンド=27.2155キログラム)
(「最後の決闘裁判」エリック・ジェイガーさん著、栗木さつき先生訳/ハヤカワ文庫より)
>>部屋に戻ったが、あたりはまだ静かだった。ぎりぎりまで眠ろうとするチームメイトもいたが、おれは気が高ぶっていた。小便ボトルをつかまないように気をつけながら、歯ブラシとミネラルウォーターを持つと、表に出て歯を磨き、すすいだ水を地面に吐き出した。
朝食、OK。
歯磨き、OK。
<クレイ・プレシジョン>の”デザート・デジタル”柄の戦闘服は、すでに用意してある。もともとは長袖シャツとカーゴパンツで、それぞれ決まったモノを入れるためのポケットが10個ついている。シャツはボディアーマーの下に着る。袖から肩は迷彩柄だが、シャツの胴体部は褐色で、汗を発散する軽量素材でできている。暑いからシャツの袖は切り落としている。
おれは寝台に座り、着替えはじめた。パンツをはくときから、手順はすべて決めている。
すべてのチェックが集中力を高め、忘れ物をしない保険になる。
まず、パンツをはく前に、戦闘服のすべてのポケットを確認する。
一方のカーゴ・ポケットには戦闘用グローブとファストロープ降下用の革ミットを入れている。もう一方には、さまざまな予備バッテリー、エナジー・ジェル(ゼリー・タイプの栄養補給剤)、そして、チョコバー2本だ。右足首のポケットには予備の止血帯が、左足首のポケットにはゴム手袋とSEE用のキットが入っている。
左肩のポケットに200ドルの現金が入っているのも手でたしかめる。正体がバレて、車に乗せてもらって逃げたり、だれかを買収する必要が生じたときに使うカネだ。逃走にはカネがかかる。しかも、アメリカのカネに勝るものはない。
カメラは右肩のポケットに入っている。<オリンパス>の全自動デジタル・カメラだ。ベルトの裏側には、<ダニエル・ウィンクラー>の固定刃ナイフを仕込んでいる。
シャツの裾をズボンに入れ、装備一式を手に取ってまたチェックした。セラミック・プレートを体の前後に着けて重要な臓器を守る。胴体前部のプレートの両端には、それぞれ無線機を取り付ける。2台の無線機の間に、H&K416アサルトライフルの弾倉3本と野球のボール大の破片手榴弾1発を留めておく。化学反応発光灯(ケミカル・ライト)も数本、防弾ベストの前部に取り付ける。暗視装置でなければ見えない赤外線を発するものもある。プラスチック製のライトを折って、確保済みの部屋などに置いておく。裸眼では見えない光だが、暗視ゴーグルを装着したチームメイトなら見えるから、どこが安全かがわかる。
ボルト・カッターは背中のパウチに入れるから、2本の把手が肩の上から顔をのぞかせる。防弾ベストには、無線機用の2本のアンテナも取り付ける。装備を手で触り、ゴムバンドで装備の裏側にくくりつけたブリーチング爆薬を引っ張り、しっかり固定できているかたしかめる。
お次はヘルメットだ。暗視ゴーグルを装着しても、重さは4.5キロもない。公式には9ミリ弾を防ぐとされているが、これまでAK-47の銃弾を防いだのは知っている。ヘルメット側面のレール・システムに取り付けているライトのスイッチを入れた。<プリンストン・テック>の真新しいチャージ・ヘルメット・ライトだ。前回の派遣でもこいつを使った。
ヘルメットをかぶり、暗視ゴーグル(NVG)を下ろしてのぞく。通常の部隊で使う二つ目とはちがい、これは四つ目のNVGなので、40度ではなく120度の視野角が確保される。標準的なNVGの見え方は、トイレット・ペーパーの芯をのぞいているような感じだが、このNVGはもっと楽に周辺部がよく見え、はるかに精確な状況認識が得られる。この6万5千ドルのゴーグルのスイッチを入れると、部屋が緑がかった色に染まった。多少の調整をすると、家具がはっきりと見えた。
最後に、ライフルを手に取った。肩につけ、<EOテック>のサイトの電源を入れた。そのうしろに3倍の拡大鏡を搭載し、日中はさらに精確な射撃ができる。寝台の近くの壁に狙いを定め、裸眼でも見える赤いレーザーを試したあと、NVGをかけて、赤外線レーザーを試した。
ボルトを引き、1発の銃弾を薬室に送り込んだ。さらにボルトをうしろに引いて薬室をのぞきこみ、銃弾が送り込まれているのを確認する。安全装置が入っていることをしっかり確認してから、再びライフルを壁に立て掛けた。
装備のチェックと準備を終えたおれは、小さなラミネート加工のシート――作戦のカンニング・ペーパー――を防弾ベスト前部の小さなパウチから取り出し、またぱらぱらとめくった。
最初のページは小さなグリッド・リファレンス・ガイド(GRG)だ。GRGというのは敷地の航空写真のことで、主要な地域がラベル分けされ、建物には番号が振ってある。パイロットから迅速対応部隊(QRF)、さらに作戦室にいる連中まで、全員が同じGRGを使う。
次ページには無線の周波数が記載されている。そのうしろは、ターゲットの屋敷にいると予想される全人物の名前と写真がリストになっている。おれはアル・クウェイティ兄弟の写真をじっと見た。C1に住んでいると思われるアフメド・アル・クウェイティの写真は、特に入念に確認済みだ。どのページにも、身長、体重、これまでに判明している別名といった重要な情報が添えられている。最後のページはビンラディンの写真で、彼とその息子の現在の姿と思われる何枚かの絵もあった。
迷彩柄の戦闘服を着て、装備をそろえると、おれは<サロモン・クエスト>のブーツをはいた。数人のチームメイトが使っているロートップのトレイル・ランニング用シューズより、多少かさばるが、しょっちゅう捻挫するやわな足首を守ってくれるから、おれは全幅の信頼を置いている。このブーツでクナル州の山に登り、イラクの砂漠も踏破した。おれの装備はすべて、これまでの任務で有用性が実証されてきたものばかりだ。
ブーツの革紐を締めていたとき、ある思いが脳裏に浮かんだ。革紐を締めるのも、これが最後かもしれない。おれたちは、これからスゴイことをしようとしている。慌てて歴史を脳裏から締め出そうとした――すべきことをするのみだ。ある屋敷を急襲してターゲットを捕縛ないしは殺害する。今回もひとつの任務にすぎない。
準備はすべてが完璧でなければならない。革紐で輪をつくり、二重結びにして、ブーツの上部に挟む。部屋の真ん中で30キロ弱のベストを頭からかぶり、肩まで下ろす。ストラップを締め、防弾プレートで胴体を挟む。すべての装備に手が届くことをしっかり確認する。頭上に手を伸ばすと、ボルト・カッターの2本の把手がつかめる。左肩にあるドア突破用の爆薬も触ってたしかめた。
(「アメリカ最強の特殊戦闘部隊が「国家の敵」を倒すまで」マーク・オーウェンさん、ケヴィン・マウラーさん著・熊谷千寿先生訳/講談社より)
ええっと、文章のみ読むと「なんのこっちゃら☆」という話なのですが、先のほうが前にも映画の感想書いたりした「最後の決闘裁判」という中世に実際にあった騎士同士の決闘のはじまる前、鎧その他の装備を順に纏っていく場面の描写で、後のほうが<DEVGRU>(デブグル)という海軍の特殊戦闘部隊がビンラディンのいる屋敷を襲撃するという前に装備の点検をする場面を描写したものです。
何故このふたつをわざわざ並べてみたのかというと……ようするに、「最後の決闘裁判」のほうは「決闘」ではあるかもしれないけれども、戦争へ出撃する前にも同じように装備を整えて身に纏うという意味では同じでしょうし、その後五百年以上が過ぎた今も――戦争の本質のようなものはまったく変わりがないんじゃないかと思ったからなんですよね。。。
中世時代の重装備の騎士がずっしりと重い鎧を身に纏っていたように、現代のアメリカの陸軍や海軍などでも……三十キロを超える重量の装備品を身に纏ったり背負ったりして訓練したり、あるいは本当に戦争で戦ったりと、本質的な部分で実は昔も今もまったく変わりなどないのではないか――と思ったりしたわけです。
実はこの「惑星シェイクスピア」というお話は、バロン城塞については最初から「絶対無血開城する」といったように考えて書いたわけじゃなかったりするんですよね。何故かというと、「流石にひとりも誰も死なないというのは、戦争してるのにウソくさいかな」と思い、少しくらいは誰か死ぬかもというか、ストーリーの展開上殺さざるを得ないかも……と、最初はそう思っていたというか(^^;)
でも、実際の現実のほうでウクライナやイスラエルの紛争といったことがあり、「平和」ということについて(わたしなりに)考えた結果として、「絶対に無血開城ということにしよう!」と最終的に決まったというか、何かそんな感じだったと思います。。。
それはさておき、<デブグル>というのは、「Navy SEALs」の精鋭の中からさらに厳しい訓練によって選ばれたメンバーで構成されているとのことで、本の中で描かれているのは「ビンラディン殺害」について、その前後に起きたことが中心軸かも知れないものの……著者であるマーク・オーウェンさんが「何故海軍特殊部隊(SEAL)に入りたいと思ったか」の理由や、彼の生い立ち、海軍に入隊してからの訓練その他の様子など――要点を押さえた簡潔な読みやすい文章によって描かれていて、最初のほうを少し読んだだけでも本の内容にぐいぐい引き込まれるような感じです
どちらかというと、ビンラディンを殺害した経緯などは……こう言ってはなんなんですけど、割とあっさりしているというか、イラクのフセイン大統領が捕縛された時もそうであったように、「ターゲットが間違いなくそこにいる」という場所さえ特定できれば、残りの作戦実行に関しては軍のエリート部隊にはそんなに困難ではないといったような印象すら受けます(どちらかというと、そうしたことのために日頃からいかに訓練を積んでいるかなど、「人間じゃねえなあ、この人たち」というそちらのほうに驚異を覚えました、どちらかというと)。
なんにしても、この世界から戦争といったことがなくなるよう、心から祈り、願っております
それではまた~!!
惑星シェイクスピア-第三部【36】-
ハムレット軍はライルフィリー城砦、次にラ・ヴリント城砦を出、それからラ・トゥース城砦へ達し、そこからさらに北上すると――モンテヴェール州とアデライール州の州境に位置する山間の道を通っていった。
ここは昔から山賊などが出没することで有名のみならず、歴史的に何度となく決戦の場所となることの多いルートであった。というのも、モルドレッド公爵家とアグラヴェイン公爵家はいつの時代も仲が良かったというわけでもなく、これは他の州境でもそうだが、こうした場所では紛争が起きがちであった。
内苑州・外苑州とも、今のような形に落ち着くまでには何度となく戦争があり、お互いの領地を広げたり、それを取り返したりといったことが繰り返されてもきており、そうした時、王都テセウスから鎮圧の兵が派遣されるといった場合においても――このアデライール州とモンテヴェール州の州境を通りそちらへ向かうということは、歴史上何度となく繰り返されてきたことである。
言うなればこの時、ハムレット王子軍は現在の王権に真っ向勝負を挑むが如く、この山間の道をあえて選んでいた。これは星神・星母の導きと、<神の人>ギべルネの言葉を信じてなかったとすればなんとも愚かな行為だったと言えただろう。というのも、斥候の兵をモンテヴェール州側、アデライール州側それぞれに派遣し、先にあたりの様子を探らせていたとはいえ、この両軍に挟み撃ちにされる可能性もあれば、さらにはそこへ持って来て、北からはクローディアス王の軍がやって来る可能性が極めて高いことから……戦略ルートとしてはやはりどちらかの公爵領を攻略していくことを選ぶのが、人並みに正常な頭の働きを持つ軍略家の考えるところである。
だが、ハムレット王子軍はこのもっとも危険な山間の道を選んで進軍していった。アベラルド・アグラヴェインとモルディガン・モルドレッドのふたりの公爵がすでに亡くなっていたにせよ、ふたりにはすでにその位を譲っていておかしくない年齢の跡取り息子がおり、このアクロイド・アグラヴェインとラルドレッド・モルドレッドは自分たちの父の訃報を聞くなり、今ごろ『打倒!ハムレット軍!!』とばかり、復讐の怒りに燃えていることだろう……と彼らは想像していた。また、クローディアス王も亡くなったふたりの公爵とは幼なじみであり、政権運営に当たっても三人でがっしり手を組み合い、とはいえ時に仲違いすることもあった――ということすらなく、王座とそこから流れてくる金脈という名の甘い蜜をすすりまくり、そのために家臣らの死体が何人無碍に転がることになろうとも、骨になるまで権力というものをしゃぶり尽くしてきたという、この三人は間違いなくそのような関係性であった。
この無謀とも思える進軍に対して、まず最初に降服してきたのは、その山間や谷間を縄張りとしてきた山賊たちであった。彼らは音に聞こえしハムレット軍が進軍してきたと聞くと、その御前に平伏し、「忠誠を誓いたい」と申し出ていたのである。
いかにもゴロツキやチンピラといった感じのする人相の悪い男たちであったことから、タイスとカドールは難色を示したが、ハムレットは彼らをすぐに仲間として認めてしまった。山賊たちはこのことにすっかり感銘を受けると、この近辺のことに関して自分たちの知りうる限りのすべてについて色々と教えてくれたのである。
それは地形的なことに関してもそうであったし、何より一番大切だったのが、近くまでアグラヴェイン公爵軍、あるいはモルドレッド公爵軍がやって来ているとわかり次第、彼らはそのことのわかる情報網を持っていたということであった。
「そうか。ではこれからはアルマンド、なんでもおまえの言うとおりにしよう」
何より暗殺を心配するタイスとカドールの叱責の言葉をよそに、ハムレットは彼らの招待を受け入れ、その日の夜は山賊の頭領だというアルマンドという男の天幕で過ごしていた。山賊である彼らは一所に住む場所を持たず、その日によって場所を変えるという生活であったらしい。というのもこの山賊たちは、脛になんらかの傷を持つ者ばかりであり、カッと逆上して人を殺してしまい逃げた者もあれば、やむにやまれぬ事情から犯罪に手を染めてしまい、お尋ね者として逃亡中の者や、冤罪にも関わらず処刑されそうだというので逃げてきた者や、あるいは犯罪とは無縁であったにせよ、生活が苦しく、流れ流れてここまでやって来た者などなど――ようするにここには、社会のはみだし者ばかりが勢ぞろいしていたわけである。
だが、ハムレットはそのことを知っても顔色を変えることはまったくなく、「オレがもし王となった暁には、功労のあったおまえたちにも必ず安心して住める場所を与えてやろう」などと約束する始末であった。ランスロットは常にハムレットの背後に立ち、『おかしな動きを見せれば問答無用で叩き斬るぞ、おぬしら』といった睨みを利かせていたが、彼の隣にいて共に王子を守る役目のギネビアなどは「こいつら、そこまでするようなあやしい奴らじゃないよ」などと、楽観的だったものである。
無論、タイスとカドールや他の多くの家臣たちは、アルマンドを頭領とするこの山賊の一団に対して、脇の甘いようなところを見せることは一切なかったと言える。だが彼らにしてみれば、そのような態度を示すのが他の人間たちや冷たい世間というものだのに、ハムレット王子のような高貴な方があまりに容易く自分たちを信頼したように見え……ただその一事のみによって、ひたすら感動に打ち震えるばかりだったのである。
「我々の罪を赦してくださるなどとは、まったく畏れ多いことでございます。ですが、もしも道案内を我らに任せてくだされば、無事、王州テセリオンへと通じる道までは敵の姿を察知できましょうが……問題なのは言うまでもなくその先でございます、ハムレットさま」
ニムロッド・ニーウッドやその愉快な仲間たちとよく気が合ったらしいこの山賊の仲間たちは、飲めや歌えの大騒ぎによって歓待してくれたが、他のお堅い騎士たちなどはやはり『この大切な時に……』と、食事をしながら苦虫を噛み潰すような思いであったらしい。
「我々には、アデライール州、モンテヴェール州それぞれの公爵さま方の軍が動いたとすれば、すぐにそれと察知できる情報網があります。ですが、軍の動きを察知できたところで如何いたします?このふたつの公爵領では、他の内苑州とはまた少し事情が違うのでございますよ。民衆が蜂起してまで公爵さま方の軍に反乱することはないでしょうし、挟み撃ちにされた場合、我ら山賊如きすぐに蹴散らされてしまう程度の存在に過ぎませぬ」
「いいのだ。わかっておる、アルマンドよ」と、ハムレットは彼らからもらったエールを盃から飲み干し、不敵に笑って応じた。炎を囲み、それぞれ故郷の歌を披露しあう山賊たちやニムロッドの仲間たちの愉快な歌声が聴こえてくる。「我らにもしものことがあったとすれば、背後から援軍がやって来る手筈となっているのだ。オレはな、自分の王子としての面子に拘るつもりはまったくない。ただ、兵士のひとりたりとも決して失いたくないと思うておる。それなのに何故こんな無謀とも思える危険なルートを選んだかといえば、何よりも星神・星母の導きを信じているからなのだ。もし危険が迫っているとわかれば、すぐにも軍を退く。ここまで、神の奇跡が共にあったからというので無用に油断しているわけでもない。また、協力してくれるおまえたちも、オレが神の御心によって王になれたとすれば、この国の大切な民だ。これからは新しい時代がはじまるのだから、過去のことは忘れ、山賊からは足を洗えるよう、今後は平民として幸せに暮らしていけるような国造りをオレたちはしたいと思っている」
ハムレットが語ったこうした言葉は、山間や谷合の町や村々にも広く言い伝えられるようになった。ハムレット王子は高貴な身分の方なれども、平民たちとも親しく口を聞き、酒宴を共にしてくださる方だという噂とともに――そして、ギべルネスとユベールはこうしたハムレット軍の様子を見て、(これはむしろやりやすいかも知れんな)などと思っていたわけである。
というのも、ハムレット王子軍がここまで進軍してくる数日の間に、モンテヴェール州のモリア城、アデライール州のアディル城ともにそれぞれ動きがあった。モリア城よりの使いが、アディル城、それに王都のティンタジェル城それぞれに遣わされたように、それはアディル城にしても同様だったわけだが――モリア城へは王クローディアスの使者、それにアクロイド・アグラヴェインからの返事が、そしてアディル城へも王都、それに隣州からの使者が到着していたからである。
誰より、クローディアス王の動きは迅速だった。彼は親友のアベラルド・アグラヴェインとモルディガン・モルドレッドがラ・ヴァルス城砦で民の反乱の蜂起を止めに赴き、逆に返り討ちにあったと聞くと、逆上するあまり使者からの便りを震える手で破いていたという。すぐにも、北へと進軍してくるハムレット軍を討つべく王州の軍のすべてを結集する旨、親友の息子であるアクロイド、ラルドレッドそれぞれに親書によって伝え、彼らにも兵のすべてを集め、これを討伐するよう命じていた。彼らの父である公爵の死をいかに自分が嘆いているかという、悲嘆の言葉を長く連ねたそのあとで。
その親書は、アベラルド、モルドレッドという親友と、いかに自分が幼なじみとして小さな頃から過ごしてきたかというところからはじまる、実に感動的な手紙であった。ゆえに、アディル城・モリア城それぞれにおいてこの親書を読んだアナベラやアクロイド、ラリスやラルドレッドたちは、感涙に咽いだほどであったという。
こうして、アデライール州においてもモンテヴェール州においても、すぐにも騎士や兵士らが呼び集められ、さらには一般の志願兵も各都市、各市町村において募られたようである。だが、ユベールがアデライール州を、ギべルネスがモンテヴェール州をそれぞれ担当し、ハムレット軍へと迫るのを妨害することになり、これらの約二万ほどの兵力は州境へ到達しようという頃には――すっかり戦う気力を削がれていたと言える。
それは、大体のところ次のような手法によってであった。まずはアデライール州の軍から説明をはじめるとすると、アディル城を出たアクロイド軍は西方へと進むうち、近道をするにはアルヴィル大河を渡らねばならなかったのである。無論、そのための橋もあり、敵兵が橋の向こうへ迫っているというわけでもないのだから問題は何もないはずである。だが、ユベールの後ろにいて、彼が何をしようというのか思考を読み取った精霊型人類と呼ばれる存在は――とりあえず彼を精霊型人類アルファと呼ぶことにしよう――惑星シェイクスピア側にいた仲間にそのことを一瞬にして知らせていた。
そこで、この知らせのイメージを惑星シェイクスピア側で受信した精霊型人類たちは一瞬にしてこの情報を共有し、すぐにアルヴィル大河の手前の道に、ある演技の仕掛けを準備しておいたのである。
「なんだ、この薄汚いババアは……」
ハムレット軍と行き会うには、まだ相当距離があるとわかっているアクロイドは、先頭に立って軍を率い馬を走らせていた。だが、ここから各県へと立ち寄り軍がさらに増えてきたならば、彼はサッと後ろのほうへ退いて戦いを静観するという、すっかりそのような心積りでいたわけである。
「フヒッ、フヒッ、フヒヒヒヒッ!!旦那方ァ、用心しなせえよお。ここから先、アルヴィル河が血のように赤く染まって見えた者は……この戦争で死ぬとそのように運命が決まってる者でさァ。ウヒヒヒヒッ!!」
「乞食のババアよ、口に気をつけろ」と言ったのは、アクロイドの右方から出てきた、煌びやかな甲冑を纏った騎士のひとりであった。名をアッバス=アバディーンと言い、実はアベラルドが特に信頼し、アディラ城砦の警護を任せていた者である。「この方をどなたと心得るか!その名を聞けば、おまえが腰を抜かして気を失うほどの高貴なお方ぞ」
「もちろん、知ってますよお」と、血走った目の老婆はおどけたように続けた。薄汚い灰色のスカートの端をつまみ、スキップをしながら。「あんたァ、アクロイド・アグラヴェイン、つまりは近ごろラ・ヴァルスで市民に虐殺された公爵さまの息子だぁーい!!フハ、フハ、フハハハハッ!!」
「ぐぬう。このババア、何故父上のことを……俺のことはともかくとして、亡くなった父上のことまで愚弄する者のことは断じて許せぬ。おいっ、誰かこのババアを一打ちの元に殺せっ!!」
するとアクロイドの左側にいた騎士が、鞍の後ろにかけていた弓矢を取りだし、それによってこの裸足の老婆を射た。ところが後ろから背中を射抜かれたにも関わらず、この老婆はムクリと起き上がるなり、まるで子供のような足の速さでそのまま森の茂みの中へと逃れ去っていったのである。
この不気味な出来事は、のちのちまでアクロイド・アグラヴェインと側近の騎士たちの間で記憶された。その上、戦争に向けて幸先が悪いという印象を兵士たちにまで強く印象づけてしまったのである。
しかも、あの不気味な老婆が語っていたとおり――十メートル以上もの川幅のあるアルヴィル河は、まだ朝も早い時刻だというのに血のように赤く染まって見えた。これはユベールがAIクレオパトラに命じて、そのように赤く見えるよう幻影を投射させたことで起きた現象であった。
そのようなことが何故可能なのか、少し説明が必要だろうか。たとえば、ギべルネスが乗ってきた無音のヘリコプターを人の目から姿を隠す技術がちょうどそうである。あれは0.00…1秒ごと、ヘリコプターが移動する先の景色をAIクレオパトラが計算し、衛星を通してヘリコプターの表面に絶えず映し出すことを繰り返すことで――ギべルネスが乗っているヘリコプターは人の目には風景と同化して見えるということなのである。
この場合、河には多少流れや揺れがあるにしても、ヘリコプターよりも移動速度は速くないという意味で、このアルヴィル大河を血のように赤く見せる程度のことなど、クレオパトラには造作もなく簡単に出来ることだったと言えよう(それとも計算出力が少なくて済んだと言ったほうが的確だっただろうか)。
「ムムッ!!あれをご覧くださりませ、アクロイドさま」
不気味な老婆の予言が当たり、騎士たちは恐れおののいた。だが、アクロイドは橋の手前で立ち止まった彼らの先頭に立つと、「わかっておるわい。俺がめくらだとでも思うてか」などと呟きつつ、先に血の河にかかる石造の橋を渡っていったのである。
こうして、勇敢であるはずのアデライール騎士団の面々はゾーッと怖気立ちながらも、自分たちの主君に続き橋を渡っていった。だが、さらに後続の兵士らには、この光景に怯える者がいたため――彼らを率いる隊の隊長はそうした者を𠮟りつけねばならなかったほどである。
アクロイド・アグラヴェイン公爵軍の進軍に、こうして初めからケチがついたように、彼らはその後も次々と災難に見舞われた。野営をしていれば昆虫の群れに襲いかかられ、野営地がカエルだらけになったり、バッタの大軍に襲われたということもあった。おそらく、こうした攻撃ひとつひとつは地味なものであったかも知れない。だが、アシリアス県、アクシア県、アルトヴァ県、アンドーバー県……といったように順に抜け、ようやくアグラヴェイン公爵軍が、州境へ迫ろうかという時――彼らは再び例の不気味な老婆と再会していたのである。この白髪頭の老婆は、襤褸を纏った服装も裸足であることもまったく同じであったが、胸のところに負ったはずの傷については、矢が刺さった服のところに穴が開いているというところのみ最初と違ったと言えよう。
「おぬしらもまったく懲りん奴らよのう。じゃが、これが最後の警告じゃ。明日、もし天から落ちる火の玉や隕石を見た者は、これから全滅する軍のひとりとして滅びると予言しておこう。ただひとつ、ぬしらが助かる方法があるが、それは神が選ばれたハムレット王子の軍に投降するということじゃ。あるいは、これから滅びゆくクローディアス王の味方などせず、アディル城へ逃げ帰ることじゃな。そしてこの戦いの決着がどのようにつくものか静観しておったらええじゃろう。違うか?ああん?」
「チッ、見れば見るほど気違いじみた、見ているだけでムカムカしてくるような乞食ババアだ」と、アクロイドは怒りとともに軍馬の手綱をギュッと握り締めた。「せっかく苦労してここまでやって来たのだぞ。今さら引き返して堪るものか。それに誇り高き母上も、息子の俺が父上の無念も晴らさず尻尾を巻いて逃げ帰ったと知ったとすれば、嘆き悲しむあまり今度こそ本当に卒倒しようぞ。とにかく、クローディアス王の軍と合流することさえ出来れば自ずと勝てる。みなの者ども、このまま進軍せよ!!」
「フヒヒッ!!それでは達者でな、アクロイド公爵殿。わらわは一応忠告するだけのことはしたぞえ」
こうして老婆は以前そうだったように、子供のように元気な足取りで去ってゆき、森の中へと消えていった。騎士たちの中に「引き返しましょうぞ、アクロイドさま」と申し上げる者はひとりもなかったが、それがもし許されるものであれば、故郷へ戻りたいと思った騎士も兵士も数多くいたことだろう。
だが、この先でアクロイド・アグラヴェイン公爵の、一万五千ばかりの兵たちは(志願兵の数はあまり集まらずに終わった)、驚くべき光景を目にするということになる。彼らは森の間の道を進んでいたのだが、その時青く晴れ渡った空に巨大な火の玉が横切っていったのである。
「うげえっ!!そ、そんな馬鹿な……」
アクロイドが思わずそう叫び、他の騎士や兵士らも驚愕とともに天空を見上げていた次の瞬間のことである。ズズズズズズン……ッ!!という轟音とともに地面が大きく揺れた。これはユベールがAIクレオパトラに命じて起こさせた現象ではない。(やれやれ。全然甘いのう)と思った精霊型人類アルファが仲間たちに思念を送り、火の玉やそれに続く隕石が視界から消えた段階で、そのような地響きを起こさせたわけであった。
後続の兵士たちの列は乱れ、「これは神の御旨に背くことに対する呪いだぁっ!!」とか、「ハムレット王子が星神・星母の導きによって進軍してきているという噂は本当だったんだぁ!!」といったように彼らは口々に叫び、それぞれ左右の森の中へとあっという間に逃げ出していたものである。
「お、おまえたちっ、一体何をしているっ!!逃亡兵はその理由のいかんに関わらず死罪だぞっ!!わかったら、さっさと先へ進まぬかっ!!」
アクロイドがそう叫び、馬を棹立ちにさせ、手本でも見せるかのようにひとり早駆けしていこうとした時のことであった。左右の森それぞれからラッパの音が高らかに鳴り響いて来たのである。
「射ていっ!!ハムレット王子に叛旗を翻す逆賊どもを手打ちにするのだっ!!」
そう叫んだのは山賊たちに道案内され、州境へ至る道をここまで弓兵を率いてきたニムロッド・ニーウッドであった。彼らは地震に驚きはしたが、むしろこれをチャンスと捉え、引き続き弓で敵兵を射るべく狙いを定め続けていた。そして、時は来た。アクロイド・アグラヴェイン公爵が我先にとばかり飛び出して来るのを見、百五十メートルほども先から確実に的を射ることの出来る極めて優秀な弓兵らが、五十メートルと離れてない位置から、それぞれこの敵の大将を狙い撃ちにしたのである。
アクロイド・アグラヴェインは無論、鎖帷子の上に鎧を身に着けていた。だが、何十本となく一斉に降り注いだ矢は、あるものは胸甲を突き破り、首を覆うアーベンテイルも突き破り、さらには頭部を覆っていた鉄冑(てつかぶと)までもを貫通して彼の体に突き刺さっていたのである。こうしてアクロイド・アグラヴェインはどう、とばかり軍馬から倒れた――いや、倒れ損なった。彼は片方の足が鐙に引っ掛かり、そのまま三キロ以上も体を引きずられていったからである。
アデライール騎士団は公爵家に大恩ある身であったし、アベラルド公爵の悲報に接し、仇を討つことでも心をひとつにしていた。だが打ち続く災難と、最後にとどめとばかり天空の火の玉と隕石、震度五度級の地震を経験したことで――自分たちは人間を敵に回しているのではなく、神を敵として戦おうとしているのだと悟ったわけである。
こうして、アグラヴェイン公爵の率いていた大軍は打ち崩されるようにして降服した。アデライール騎士団の副騎士団長であったイルシッド・イルスは、弓兵隊を率いていたキリオン・ギルデンスターンと取引すると、安全に道を引き返していったのである。彼はハムレット王子……というよりも、正確にはタイスとカドールに、であったであろうが、次のように言われていたのである。「アデライール領の者たちに味方となり、モルドレッド公爵家の軍やクローディアス軍と戦えというのは流石に酷であろう。彼らはアベラルド・アグラヴェイン公爵の仇を討つために出てくるのであろうから、これはありえぬことではあるが、もし取引して協力せぬまでも軍を引っ込めるというのであれば良し、逆らうというのであれば致し方ない。そちらへ軍を差し向けよう」ということだったのである。
アデライール騎士団の騎士団長は、アベラルド・アグラヴェイン公爵の側近として近くにいたことで――彼と運命を共にするような形で非業の死を遂げていたのだが、イルシッド・イルスはこの時、騎士団長についてはまだ生死不明であると聞かされていた。それでも、公爵のそばで護衛の任に当たっていたろうことから、亡くなっている可能性が高いとは使者から報告を受けていたのである。
だが、この時イルシッドも、彼の部下である騎士たちもすっかり戦う気力がしなえていた。それのみならず、ここまで士気の落ちている軍を立て直すのは最早困難であると判断したのであった。
とはいえ、彼らが気を変えて再び側面から襲うべく進軍してくる可能性というのはある。ゆえに油断せず、見張りの兵を要所要所に配備する必要は当然あった。また、王州軍と交戦状態となり、その際にクローディアス王の軍が一時的にせよ優位であると知らされたとすれば、そうした際にも立て直した兵士らを率いて牙を剥くという可能性も残されていよう。
イルシッド・イルスは、アナベラ公爵夫人に息子のアクロイドの死とその死に様のことを自分の口から知らせるのは気が重かったため、先に使いの者にその報告をさせた。そして不幸というものは続くもので、この日以降アナベラは悲嘆のあまり病いの床に就き、その間も一生懸命ハムレットと彼の軍が滅びるよう始終祈っていたのだったが、その甲斐もなく、彼女はこの四十日後に自分の呪いの言葉が自身に返って来たとでもいうように息を引き取り、亡くなっていたのであった。
>>続く。