生きる-Living(映画)
1952年に公開された日本映画、黒澤明監督、志村喬主演の『生きる』をリメークしたイギリス映画である。2022年に公開されている。
脚本はノーベル賞作家のカズオ・イシグロ。彼は若い時に黒沢の『生きる』を観て衝撃を受け、イギリスを舞台にしてその内容を再現しようとしたという。その試みは見事に成功している。
舞台は1953年のイギリス。近郊の住宅街からロンドンの市役所に列車で通勤する、初老のロドリー・ウイリアムズが主人公である。息子夫婦と同居しているが、家庭では二人から疎外されている。
ロドリーの容姿は典型的なイギリス紳士で、市民課の課長である。しかし、仕事に積極性はなく、婦人たちからの児童公園造成の嘆願書が、公園課、都市計画課、下水課とたらい回しにされて市民課に押し付けられても、預かって未決書類の山に入れてしまう。そんな課長を就職したての新人、ピーター・ウェイクリングは奇異の目で見つめる。
ある日ロドリーは自分が末期がんで余命がわずかであることを医師に告げられる。残された人生を楽しくと、役所を無断欠勤し、喫茶店で知り合った遊び人の男性にあちこち連れて行ってもらうが心は満たされない。
ロドリーは欠勤をつづけ、ロンドンの街を漫然と歩いていると、元部下でレストランに転職した若い女性のマーガレット・ハリスと出会う。彼女の働く姿と生き生きとした若さに触れて、忘れていた「生きる」意味について気づき、役所に戻って嘆願書にあった公園候補地に部下を連れて視察に出かける。
ここで映画はロドリーの葬儀のシーンに移る。葬儀の参列者や、元部下の市役所職員の回想で、児童公園造成に向けての彼の仕事ぶりが写し出される。
新任の市民課長は、ロドリーの遺志を継いで責任を持った仕事を行うと宣言するが、それは口先だけで、前の課長の仕事をそばで見ていたピーターはがっかりする。
心が折れそうになったピーターは、そんなときは自分たちが作った公園を思い出しなさいという、彼宛のロドリーからの遺言ともなる親展の手紙を思い出し、夜の公園を訪ねる。そこに通りかかった若い巡査の職務質問に答えて、自分がこの公園を作ったロドリーの同僚だったと話す。
それを聞いた巡査は、「雪の降る晩にブランコに乗ってスコットランド民謡の『ナナカマドの木』を歌っている老人を見たが、あまり幸せそうだったので、帰りなさいと声をかけられなかった。あんな立派な方のことを放置して死なせてしまったことを悔いている。」と打ち明ける。
それに対してローリーは、ロドリーが末期がんだったことを告げ、彼は幸せだったから気にしないでと慰め、二人はうなずきあって別れる。
この最後の挿話は、黒沢作品にはなかったもので、降る雪の中ブランコに揺れながらスコットランド民謡を楽しそうに歌うロドリーの映像とともに、印象的である。
テレビ画面を撮影
課長役のビル・レイは。イシグロがこの役者を思い浮かべながらシナリオを書いたというだけあって、すばらしい演技である。黒沢作品における志村喬を思い浮かべながら観ていた。
不朽の名作、黒澤明の『生きる』がイギリスの地で新しい息吹をもって生まれかわったことを喜びたい。
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