拈華微笑 ネンゲ・ミショウ

我が琴線に触れる 森羅万象を
写・文で日記す。

 馬骨の南無

2021年03月23日 | 還暦録

  還暦も今年で9年目にもなると、自分の過去のアレコレを微に入り細に入り探求してみる。(今年5月で69歳になる)

  還暦とは一面、片足を棺桶に突っ込んでいる状であるから、今のうちに還暦を精査して腑に落ちる形にしておきたい。

 (その意味で、定年退職70歳を政府は計画しているようだが、健康寿命は男で72歳であれば、還暦する暇さえなく、賛成しかねる)

  自分が30歳の時、縁があって坐禅を始めたけれど、自分でも不思議だったことは、人生で最も大切な時期と思える三十代を

  禅の修行に、何故打ち込んだのか?・・・しかも、『禅』が何者、何物なのか全く分かっていなかったにも関わらず???なのだ。

  私の場合、修行中『悟り』たいと思った事がなかった。『悟り』が何であるか、分からなかったからで、

  『悟り』を馬を誘導する為の『人参』のようにして修行することが出来なかったのだ。公案をもらって参禅するようになってからも

  そういった心持ちであったから、指導する側としてみれば『やりにくい奴…』と思われていたと思う。回りはだいたい3年を期限に

  修行に来ている世襲の若い雲水で、彼らの必死さの横で泰然自若に坐っている中年オッサンの存在は邪魔であったろうか?

  今、この時期のことを考えた時、これは恐らく私の仏法に対する『帰依』の姿であった…としか思えないのだ。

  初めて坐禅をした時、何だかわからないが、『何かある…』と直感して、これについていけば、この『道』を行けばいいんだ…と

  肚を決めた…という大袈裟な気持ちではなく、ただそういう風に思ったのである。(若気の至り)

  昨日、松岡正剛著の本を読んでいたら『帰巣本能』という言葉があって、魚のサケや渡り鳥の話とともに、人間にもそういう本能

  のようなモノがあるのでは…という話の流れなのだが、私が、『悟り』は『郷里サトリ』であると主張するのもそう言った脈絡

  で言っていることを思った。だから、『悟り』が一部の特殊な人達の境涯なのではなく、誰もが心にある『郷里』への帰巣本能

  に意識を向ける・・・これこそが『帰依』=『南無』の姿で自他救済の第一歩なのではないかと思うのだ。

   (南無とは昔のインドの言葉サンスクリット語(Namas)から音写したもので、敬意を表すこと=帰依すること)

     



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