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怖いものより本当はもっと怖いもの

2011-05-16 15:36:35 | 日記
それは言葉だと思う

言葉によって考えが作られる

耳元でささやかれる言葉

脳の中で会話する自分との言葉

親からの・教師からの・・・言われた受け取った言葉・・・・




生きて生きた過程で怖いものはそれぞれ違う

どんなことが過去に怖かったのか?

そのことが人生を形造る

それを観念というなら

観念は続くなんて思っても見なかった

時と場合においていろいろ変わるものだと思っていたが

とんでもないような切羽詰まったことなどが起こったり

何かがあるとその観念が自動的に作動し始める

だから・・・結果が同じ方向へ行くのだ



今20代30代の若者たちと今自分をしっかり見つめる訓練というようなことをしている


率直に言うと何がそんなに怖いのか?と・・・・

私には『へたれ』としか見えなたったが・・・

これについては土下座して謝らなければならない

人はそれぞれ経験したことと中でその人が最も怖いことがある

怖くなくても人生を縛ってしまう言葉がある

それは怖かったことよりわかりにくい

大きな声や体罰やそんなことではない


私のことを考えてみると・・・・・

ありました
問題解決に邪魔になる観念です

ほんとうは賢いと思っているが
いつもはあほを振る舞っている
だからか賢いことを忘れている
そして自分ができることは
他人もみんなできるはずである
なぜなら私はあほやし・・・
みんなのほうが賢いからできるはず

そんな中・・
出来ないとかいったん時には
『なんでやねん!私が出来るのに出来ひんはずがない!』と思っている

そして『私もできるんだからできるよ』と言ったら
『あんたは賢いもん』とくる
すると私は
『うん。ほんまはかしこいねん。ばれた?』

という会話が出てくる

それは二極性と言われるものではないかなあ・・・・

上下・優劣・・・・

そんなことは絶対ないと思っていたことであるが・・・・

母がそういう二極性が強く極端にそれを嫌っていた私であるからこそ
なんで・・・
とおもう

が・・・

耳にタコができるほど聴いていた言葉
知らず知らず
私の脳みそにささやきかけ
しみついていたのではないか・・・・・

自分の知らぬ間に
しみついている考え・・観念

それが体調が悪いときやとっさに・・どん詰まりになった時に
何かしら浮き彫りになって来るのではないだろうか・・・・・


そんな風に気が付かぬまに
親から受け継いだことが
子供に受け継がれていっている

ポソッっと出てくる言葉でちょっと気にはなっていたが
その根源は何を隠そう私や父や・・・・
子供たちのお父さんの言葉の影響は決してなかったとは言えないと思う

そこに気が付くかつかぬか

知らぬ間の出来事・・・・
知らぬ間にその観念が自分の人生を
選択するときに
影響している

自由に考え選んでいるようだが
反応的に反応しているだけかもしれない


自分の感情によく目を向けて観察することが何にとらわれているかを発見することにつながるんだろうなあ……

マイブームは
いやなことが起こっても
目的は何か?を考えることで
気分はすぐに平静になる
そしてやることをやり遂げ
一日の終わりか
やることに抵抗あるときに
その感情をいったん立ち止まってみるようにしている
そして『目的は?』と自問自答することにしている

だから脳みそはフル回転で・・・・
へろへろ・・

けれど
良く聴く
さらに聴く
そして言う時も
しっかり脳みそを通してからにしようと努力中

まだまだ練習中

だからこそ
自分の出す言葉を選ぶ
勇気の出る言葉なのか
やる気をそぐ言葉なのか

愛を感じる言葉かそうでないのか

気持ちを伝える言葉の選び方もセンスがいるのだなあ・・・・・

子供を育てるお母さんやお父さん等には心がけてもらえたらと・・・・・

それも自分がやって見せる事からだと・・・

自分を律しやり続けること

今始まり始めた私の新たな挑戦・チャレンジだ