そして事件は起こった。エンゲル係数が非常に高い我が家では常に自炊を心がけている。たまに弁当を買ってすますこともあるがHM弁当の一番安いものが我が家の定番である。ファミレスでの外食などご法度中のご法度である。しかし正月くらい多少の贅沢は許されるのかと思っているところに宅配ピザとGSTの宅配弁当チラシが目に入った。
そう言えばスパーの格安ピザを買い込んだ際に息子が宅配ピザの方が絶対に美味しいとか言っていたのが記憶をかすめた。だが家族3人で食べられるLサイズのピザは1枚3千円前後である。いくらスーパーのピザが1人前で小さいとは言え、ちょっとサイズが大きいだけで10倍はないだろうと考えてしまう。ファミレス宅配のチラシを見ると3人分でも何とか2500円以内でおさまりそうである。それでも普段食べているHM弁当よりは高級弁当である。我が家の経済事情を考慮してファミレスの宅配弁当に決定した。今日は1月の2日である。おせち料理に飽きた家族でファミレスもそこそこ混んでいるだろうし、宅配便も大忙しであろうと予測して早めに宅配弁当を頼んだ。案の定、電話で配達予約を受け付けたオペレーターの返事は45分待ちであった。
GSTでは地域の店舗に直接電話をするのでなくコールセンターで一括して注文を受けるシステムのようである。0120で始まる電話番号のコールセンターに電話を入れ、電話番号、住所氏名、注文品と個数を伝えるとコールセンターから各店舗に配達依頼を送信する仕組みなのであろう。このコールセンターが東京の本店にあるのか、沖縄や北海道といった遠隔地にあるのかは定かでないが、沖縄に各社のコールセンターが集中しているような話をテレビの特番で見たような気もする。いずれにしても初めての宅配便利用が事件の始まりであった。
宅配弁当の予約をしてから約30分後に近隣のGST店舗から電話が入った。これから弁当を持って配達するので、念の為に配達場所を確認したいとのこと。確かに我が家は町はずれの田園地帯に点在する農家に囲まれた、目立たない建物ではあるのだが、すぐ近くには片側2、3車線の国道が走りガード下の交差点を潜り抜けると50メートル先に大きな運動公園の看板がある。野球場が二つに、サッカーの試合も可能な陸上競技場やテニスコートなどを擁した広大な運動施設である。市内に住む者なら運動公園というだけで、すぐにわかる場所である。我が家は道路を隔てて、この運動公園の反対側に位置する。しかもこの運動公園入り口の看板から200メートル弱の距離である。間違えようのない場所であると確信していたのは自分ばかりであった事があとでわかった。これから出発しますと電話があってから到着すべき10分後になっても20分たっても玄関のチャイムが鳴らない。
この店では2回ほど姉からランチをごちそうになっているので、場所はわかっている。店から我が家までは3、4kmしかない。途中に渋滞がなければ車で走って5,6分で行ける距離である。バイクでも10分から15分もあれば十分である。
どうやら道に迷ってしまったらしくバイク便から直接電話がかかってきた。左折する場所にプラスチック廃材のリサイクル工場があるので、これを目印に曲がれば2件目の家が配達場所であると説明して待つこと5分、10分そして20分。え? 宅配便のバイクはどこに消えてしまったのか? 迷ってしまったバイク便が不憫に思えて玄関から外を覗いてみるが迷いバイクがうろうろしている気配はない。我が家の目の前の道路をそのまま南下すれば4、500メートルで反対側の運動公園に突き当たる。大きな道路を挟んで北側と南側に位置する、しかも同じラインの道路で結ばれている。運動公園がどこにあるのかさえ知っていれば、こもまでくるのは目をつぶってでも可能である。ところが電話予約してから1時間半もたつのに届く気配さえない。さすがに堪忍袋の緒が切れてしまい、GSTのI店に電話を入れると店長らしき責任者が電話の向こうで平謝りの低姿勢で対応。さっそく弁当をつくりなおして別の配達員に届けさせる手配を取ったので15分ほど待ってほしいとの説明が続いた。
それから20分ほどして、バイクの音が聞こえたので、表に出るとバイクのライトが真っ暗な我が家の庭でまぶしい光を放っていた。バイク便到着を確信して玄関に戻り配達員を待った。遅くなって申し訳ありませんと謝ってはもらったが、待つこと実に2時間である。6時半に依頼した弁当が9時少し前になってやっと到着である。もっとも7時前に着いていたら、さほどお腹もすいていなかっただろう。遅れたおかげで丁度よいころに食事となった気もするが、2時間以上も待たされたことに変わりはない。それにしても最初のバイク便はどこに消えてしまったのだろうか。2番目の配達員が、「先に出た配達員が来たら、店に戻るように伝えて下さい。」と言ったのが気になった。という事は、その時点で店には戻っていないということになる。2時間前後もバイクを走らせながら暗い夜道を迷っていたのだろうか。相当な方向音痴か、あるいはアルバイトの学生で市内の地理に相当うとい人間だったのだろうと思わずにはいられない。それとも何かの事件に巻き込まれてしまったのだろうか。突然バイトが厭になり家に帰ってしまったのだろうか。いやはや何とも不思議な事件であった。ファミレス宅配便失踪事件の真相は文字通り闇の中である。まさか運動公園の駐車場で宅配便のバイクと配達員の死体が発見されるという事には、推理小説でもない限り、ならない。
だが、どうして二人目の配達員が全く迷うことなくたどり着けた同じ場所に最初のバイク便はたどり着けなかったのか、謎は残ったまま。