クランクイン直前に主演予定だった志村けんがコロナ罹患により急死、直後本作の撮影中止が決定したという。キネマの神様ならぬ悪魔に取り憑かれた作品でもあるのだ。代役として沢田研二が剛ちゃん役に決定し、撮影再開にいたるまでかなりの準備期間があったらしい。シナリオを練り直した結果、新たに盛り込まれたのがコロナ禍にまつわるくだりだったとか。
どうも山田洋次のコアなファンであればあるほど、本作への評価があまり芳しくないようだ。もし仮に志村けんが問題なくキャスティングされていたとしても、やはり凡作に終わっていたのではないだろうか。個人的にはそう思えるのである。ほぼ素人の志村けんの演技力にあわせたのかどうかは知らないが、その他プロ俳優たちの大根演技はいかがなものか。フェミニストでも有名な山田だけに、今回初共演となる北川景子、永野芽都への演技指導も甘々だったに違いない。
松竹で長年助監督をつとめた山田洋次のおそらく分身であろう2人(菅田将暉、野田洋次郎)の浮きっプリも半端ではない、違和感バリバリなのだ。「役者の台詞なんてどうでもいいんだ。俺はこの海を撮りたいんだよ」役者を小物以下に扱おうとする出水(リリー・フランキー)の演出に反論をとなえる剛の姿は、優しきリベラリスト山田洋次そのものといってもいいだろう。気心の知れた山田組の俳優陣に囲まれた作品では効力を発揮するのかもしれないが、本作のような初顔合わせ作品では逆効果、結果は見ての通りである。
「君の演技より私の構図の方が大事なんだよ」と笠智衆にいい放った小津安二郎の叱責は有名だが、コロナ云々や『今夜ロマンス劇場で』の2番煎じ的演出よりも、この映画に限っては、むしろ古の巨匠たちとの演出との違いを際立たせるラストシーンの方がはまっていたのではないだろうか。フェミニズム重視の昨今の風潮とも合致した流れの方が、本作には合っていたような気がするのである。もちろん役者を監督の計算通りに動かす厳しい現場あっての話だが......
キネマの神様
監督 山田洋次(2021年)
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