意思による楽観のための読書日記

空の色紙 帚木蓬生 ***

「空の色紙」、主人公の小野寺は精神科医師、息子殺しの容疑がかかった男の精神鑑定に鹿児島に向かうところから始まる。男はアルコール依存症とみられ、家族の証言を総合すると、普段はおとなしいが酒を飲むと手がつけられない、もう一緒には住みたくない、という。男に聞くと、男の妻は殺した息子と肉体関係にあり、息子は父親である自分をないがしろにした、という。こうした妄想から息子を殺してしまったらしいが、男の妄想は消えていない。もし、精神耗弱などの診断をすると男が家に戻ることになり家庭は崩壊する危険性が高い。男の妻は、夫が息子を殺してしまった家に今でも住み続けていたが、自殺してしまう。小野寺の妻との関係が同時に描かれ、本論はこちらにあることが分かる。戦争で特攻隊として出撃した兄、戦死が伝えられた兄には新妻がいた。両親は新妻に弟との再婚を懇請した。それが小野寺と妻である。小野寺は妻が兄の面影を今でも抱きながら暮らしているのではないかと勘ぐる。妻は兄のことは忘れてくれと両親から頼まれていたという。小野寺は精神鑑定に妻も同行することを打診、知覧にある特攻記念館や兄との思い出の場所を妻と訪れる。今まで妻とは兄との思い出を語ることを避けてきた。息子殺しの男と妻、兄の幻影に悩む小野寺と妻、二つの夫婦の関係が描かれる。小野寺の兄が出撃するときに書いたと思われる色紙を小野寺は特攻記念館で見つけるが、色紙には名前以外には何も書かれていない。その色紙を妻にも見せたくて再度訪れたときにはその色紙は見当たらない。小野寺の心のなかでの出来事であったのか。

「墟の連続切片」、ニセのデータを使って書いた論文が学園紛争で取りざたされ、論文執筆筆頭教授との確執、妻との確執、医局のメンバー、若手医師と教授連との確執が描かれる学園紛争時代の物語。

もうひとつは「頭蓋に立つ旗」、筆者のデビュー作だという。学園紛争時代の九州の大学医学部でのおはなし。学生を容赦なく落第させる鬼教授が実は個人的なコンプレックスをもち、戦争犯罪を自分も犯したのではないかと悩む。

筆者の作品の「カシスの舞」、「安楽病棟」「閉鎖病棟」「アフリカの蹄」「三たびの海峡」「総統の防具」「逃亡」といずれも非常に印象に残る作品である。それらの出発点を感じる中編集である。

空の色紙 (新潮文庫)
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